「なので」と「じゃないですか」

20111220日(火曜日)晴れ

気になる言葉がある。「じゃないですか」と「なので」だ。どちらも違和感を感じる言葉である。

調べると「なので」は文の頭につかない言葉らしいのだ。「それなので」と使うのかなと思うのだが、言葉の節約のためなのか、「なので」をこのところよく耳にする。気になるのは小野アナウンサーをはじめとしてNHKのアナウンサーも使い始めているということだ。さすがにニュースの時間では耳にしていないのだが、「ためしてガッテン」などのバライティ番組の担当の時には使われることが多い。NHK以外の放送局では、当たり前のように使われている。しかし、年配の方が使うことはないようだ。NHKに問い合わせをしてみたいと思う言葉である。

一方の「じゃないですか」は、間違いではないが、会話の中で変なアクセントで使われると違和感をもたせられる。これは、お互いに了解している事柄について使われる分には納得がいくのだが、そうでない場合、押し付けを感じてしまう。おそらくこれを使うことで、相手も自分と同じ考えをもつことを押し付けるということなのだろう。それこそ余計なお世話である。さらに言うと、自分の考えに自信がないので、反論させまいとして無意識に使う言葉なのではないだろうか。「じゃないですか」といわれると、「そうなんですか」「私はそうは思わない」と言い返したくなってしまう。

同じような自信のなさを感じされるのが「語尾上げ」である。これを使う人は、相手に聞いているわけではなく、自分自身を納得させるか、ごまかす場合の方便なのではないかと思う。自信の無さを露見するようなものであり、相手を説得させるような場面で使う言葉ではない。まさに、私は自分の言っていることに自信がありませんが、と白状しているようなものであり、ビジネスでは避けるべき言葉である。こうした言葉を使う方を信用する気にはなれないのは老年の頑固さだろうか?

このところ耳にする、気になる言葉であるが、いつのまにか社会的地位を獲得するのかもしれないが、それまでは、違和感をぬぐえない。

 

 

 

無駄な作業をしてしまった

20111220日(火曜日)晴れ

 

横浜市立桜岡小学校に在籍していたのが1980年から84年までの4年間だった。その間に、70周年記念行事としてタイムカプセルを埋設するということが行われた。私はそのことをすっかり失念していた。

7月上旬に桜岡小学校のPTAの方から電話を頂いた。今年の10月に100周年記念行事を行うが、それに先立って、30年前に埋設したタイムカプセルを取り出すイベントを行うので参加してもらいたい、という内容だった。もう30年もたっているのに、まだ、忘れないで丁重に電話を下さったということに感激してしまった。勿論、そのイベントに参加させてもらった。723日のことだ。

残念ながら、10月に行われた100周年記念行事に参列することができなかったのだが1216日の夕方に、記念誌が送られてきた。その一ヶ月前には、723日に撮影した写真が送られており、こうした丁寧な対応に嬉しくなった。そこで、田村先生にお話していたのだが、記念誌をPDFに仕上げることにした。頼まれたわけではなく、あくまでも自分の考えからである。

記念誌は表紙も含めて全部で84ページほどの冊子だ。それを一ページずつスキャナで読み取り、画像を補正していった。せっかくの記念誌である。ページがかたむいていたり、画像のトーンが暗かったり、または明るすぎたりというのを補正しながらの作業である。なにより、冊子を解体しないでページを読み取っていくというのが面倒な作業だった。見開き写真の場合は、一ページずつ読み取って、ソフトの機能で2枚の写真を合成したのだがずれを少なくするという難しい作業であった。

金曜日の夜から始め、日曜日の夜に全ページのデータ化が完了した。3日で完了したことになるのだが、相当な速度である。そしてそれをPDFに変換したのだが、なぜか最後の2ページが変換できず、ページは白いままで記録されてしまった。PDFを編集するソフトはほとんど使ったことがないので、習熟していなかったのだが、カンで白地のページを削除し、別途に2ページだけをスキャンしてPDFにしたものと合成してやっと全体をPDFにすることができた。

ついでに目次からその当該のページにリンクをはる作業に移った。やはりソフトの扱いに習熟していないせいで作業がはかどらなかったが、とにかくリンクをはる作業が完了した。最後にPDFに名前をつけて完成である。

翌日の月曜日、1219日に桜岡小学校まで届けた。残念ながら個人面談ということで、田村先生にお会いすることができなかった。教務も不在、管理職も不在ということで、背の高い若い男性の職員にデータを渡した。ところが、何のリアクションもなかった。わざわざ戸塚から交通費をかけ、しかも好意でPDFに仕上げたのである。なんらかのねぎらいの言葉があってもよいのではないかな、いいや、お茶の一杯でもと思ったりもした。その若い男性教諭はPDFをみても何の反応も見せなかった。これにもがっかりした。驚きとか感謝とかの表情があれば救われたのだが、それもなく、何のためにつくったのか、無駄な作業だったな、と疲れがどっと出てくるのを感じた。まだ若くて社会人としての訓練がみについていなかったのだろうか。そして、PDF化するという意味が理解できないのだろうか。だとしたら、鈍い感性だと思う。

帰りの電車の中で、あのデータは多分、死蔵されてしまうだろうな、と考えた。なら、自分のWEBサイトで展示することにしよう。ま、余計なお世話になってしまったようだ。

翌日の火曜日、つまり今日、電話があるだろうかと淡い期待をしていたのだが、その電話もなかった。業者が何かを持ち込んだくらいの見方だったのだろう。学校教師は業者をえてして業者から何かしてもらったり、物をもらったりすることがある。いつしかそれに慣れてしまい、感謝するという感性が鈍くなりがちだ。それはいい。業者としても先の利益を考えてのことだから納得してのことだろう。しかし今回はちがうだろう。個人の好意であるし、利益を求めたわけでもないからだ。ただ、「ありがと」「たすかります」といった一言があればよかったのだ。

教訓。ひとからの親切に感謝する気持ちを忘れてはいけない。

無駄な作業をした4日間であった。でも、転んでもタダでは起きない。PDFソフトの使い方がわかったし、スキャン作業にも慣れてより早く作業をすることができるようになった。画像補正の技術も向上したはずだ。

 

Appleとスティーブ・ジョブズ

20111230日(金曜日)晴れ

 

スティーブ・ジョブズが今年105日に亡くなった。まだ56歳という若さである。天才は夭逝するというが、彼もそうなのだろう。

Appleが私の視野に入ったのは1979年頃だった。そのころ、「マイコン」としてタンディ・ラジオシャック社とコモドール社からそれぞれモニタ(勿論モノクロで解像度は低い、というか、テキストだけしか表示しないので高い解像度は必要ない)、キーボード、本体が一体化された形で出されていた。その中に、AppleKというのがあった。これは、キーボードと本体が一体化されているがモニタは別売りだったと記憶している。レインボーカラーのアップルのロゴが特徴だった。しこうしたマイコンを見たときに、すぐに「欲しい」と思ったが、どれも高価なものだった。

Appleの製品が次に目をひいたのは1984年だった。「マッキントッシュ」の発表だ。これには驚いた。白黒の小さい画面なのに、くっきりとした文字、そして何より、グラフィックを駆使した画面、さらにマウスの登場だ。何より、キーボードとマウスは別だが、モニターと本体が一体化した、ズングルムックリではあるが可愛い機械だ。デザインが良かったのだろう。以後、Appleの製品は素敵なデザインの商品を提供し続けている。しかも使いやすそうであった。こうしたAppleの製品から「良いデザインの商品は使いやすい」ということを学んだ。ただ、きれいというのではない。使いやすいものは自然とデザインもよくなるのだろう。

この「マッキントッシュ」で日本語が使えるようになり、さらにソフトも豊富にそろってきた頃に「Macintosh SE」を手に入れた。1990年のことだ。80メガバイトのハードディスクとフロッピー・ディスクを2基そなえて、70万円という価格だ。今なら驚くがCPU7.8MHzというものであった(今、使っているCPU3.4GHzのクアッドコア)。が、搭載されているソフトは使いやすく、とくにグラフィック関係は素晴らしい出来であった。平面図、立面図、組織図、学区図などはこの機械で作成した。いまでも使いたいソフトである。

Appleの先進性はこのころからみられた。ただ、意固地だと思うほど、他のコンピューターに迎合することはなく、独自の道を切り拓いたのだが、その先進性を他のメーカーが真似をしていった。Appleが始めて採用したツールは多い。Windowsを使ったグラフィック画面、マウス、フロッピー・ディスク、WYSIWYGWhat You See Is What You Get―みたままを手に入れる)という思想、iEEEのインターフェースやUSBなど。あたりまえに使われるようになったタッチパネルで指を使って画面を操作する方法もアップルが率先して採用した。iPodとそれに続く音楽配信システムもそうだ。一体型のパソコンはその後「iMac」で継承された。だが、NewTonであったか、消えていったツールもある。こうした考えは他のメーカーに取り入れられた。Windows、グラフィック画面、マウス、USBなど、いまは当たり前に使われているがもともとはAppleが採用していたものだ。

そうしたAppleも、その技術はStar80からヒントを得たものだ。この機械はパロアルト研究所で開発されたもので、見学にきていたジョブズがこれを見るなりその先進性に気がつき、その後の「マッキントッシュ」開発につながったのだ。

以前から感じていたのだが、Appleは、新しい技術を開発するというより、既存の技術を改良したり組み合わせたりすることに長けているようだ。そして使いやすさを追求した結果のデザインの良さ。さらにマーケティングも洗練されている。イメージを前面に押し出したコマーシャルは見ていても美しく感じるし楽しい。さらに、厳格に規格されているソフトの開発原則。この開発原則があるからソフトの使い方に統一性があらわれるし使いやすきものになる。DOS系では得られない使い心地をマックでは得られるのだ。DOS系との違いはマウスで操作するときに(今でも)よくわかる。思想の違いといえるのだろう。DOS系では「どうする、何を」となる。最初に命令を選んで、その命令をどれに対して出すのかという流れだ。Appleは最初から、「何を、どうする」という方法を選んできた。まず対処となるものを選び、それに対してどうするのかという命令を選ぶのだ。このほうが自然ではないだろうか。これがソフトを使う上で決定的な使いやすさとして出ているのだ。この考えがいまのiPadiPhoneiPodに見られるのではないか。まず指で選んでそれから操作をするという方法だ。

ソフトとハードが一体化していることは、かつてはAppleの弱点であった。DOS系では、それぞれが別の会社が作るので競争効果があって価格が安くなるし、多くのソフトが開発されてくる。その結果、パソコンが普及するのだが、独自に作るために、使い勝手が悪くなってしまうという傾向も出てきた。Appleはハードもソフトも自社で開発するので使いやすい製品となって出てくるのだが、価格が高くなってしまう。今でこそ、手ごろな価格で手にはいる製品が多いが、以前はそうではなく、Appleの製品の価格の高さには目をむくものがあった。レーザープリンターもAppleが最初に採用したものだが、価格が100万以上もあってとても手が出せるようなものではなかった。Macintosh SEだって、購入にあたって躊躇したが、当時、あれほど使える機械がなかったのでどうしても手に入れたくて購入にふみきった。この独自路線が会社を傾かせて一時期は吸収合併の話もあったほどだ。ところが今はこのハードもソフトも自社で開発する姿勢がApple社を支えているのだ。

それでもAppleが磐石と言うことはできない。ネット分野では、Yahooから始まった検索部門では今はGoogleが力をつけている。そのGoogleも追われる立場になっている。パーソナルな通信ではiPhoneに代表されるスマートフォンは使いやすさではぬきんでているが、機械への自由度がないために他のメーカー、たとえばサムスンが台頭する余地を与えている。iPhoneはバッテリーを交換できないしくみになっているし、メモリーも増設できないという弱点がある。これはAppleに機械をユーザーに触らせないという考え方があり、機械の品質を保つという点では有利である一方、ユーザーとしては、バッテリーぐらいとりかえたいとか、メモリーを増設したいという要求を無視するものだ。これからどう展開するかはわからないが、現時点で私が選んだスマートフォンは、サムスンのものである。

Appleが送り出した製品を追いかけるように、似たコンセプトの製品が多数、市場にでるようになったが、単なる真似では限界がある。根っこにある考え方、姿勢、が大事なのではないか。ただ、マイクロソフトのWindows搭載機が普及した。使い勝手はMacOSのほうが良いのにだ。実際、メインとサブで使っているパソコンはWindows XP とWindows 7であるし、サブサブはLinuxUBUNTUだ。サブサブサブで映画や音楽を視聴するために使っているのがMac miniである。Mac SEとその後に入れたMac 6100はのWindows系パソコンの横で鎮座している。

ジョブズがいないAppleは普通の会社になるのだろうか、気になることである。ジョブズのAppleはワクワクさせてくれた会社だ。次に何が出るのか、楽しみだった。「決断力」「市場の綿密な調査とその結果に惑わされない強い意思」「真似をしても、その先を作り出さなければ単なるサルマネで終わってしまう」「使いやすいものは自然とデザインがよくなるし、デザインのよいものは使いやすい」「いつも新しいものに目を配る好奇心と意欲」こうしたことを学ばせてくれたと思う。

ジョブズの動きをみていて、司馬遼太郎のことばが思い出された。正確に覚えているわけではないが。「批判するはヒトにあり」という言葉であったと思う。

 

ところで、教育に何の関係もないと思われるかもしれないが、そうではない。教育実践をかさねるにあたってヒトの評判や言葉などを気にするのではなく、自分の考えをしっかりともてば恐れる必要はない。いわく、「言いたいやつに言わしておく」「面と向かって言われるのでなければ取り上げる必要はないし、無視すればよい」。よく設計された授業は必ず児童・生徒の理解を深める、従前の方式を学ぶだけではなくそれを発展させたり組み合わせたりして独自の考えを作り出さなければいけないこと、真似だけでうまくいくはずがなく良い点を取り入れてそれを消化して自分のものとしていかなければ単なるサルマネに終わるということ、多くの方面に目を配って自分の考え方を深めなければ」いけないこと、として捉えていけば、決して教育から外れることにはならない。

 

 

 

 

 

 

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