話す960621
閑東の若者は「何してんねん」や「おもしろいやん」など「ねん」「やん」をつける〃疑似大阪弁”を好んで使うようになってきた。お笑いブームの影響だけではなく、「東京生まれの人がふるさとにあこがれるような感じ。気持ちがなこむ」(0L,23)というのが理由らしい。
インターネットでは方言講座のホームページ開設が相次ぎ、お国言葉に光を当てた勉強会も数多い。方言による演劇、作品集の自費出版などは相変わらず盛んで、方言への関心は決して低くない。
にもかかわらず、方言を残していこ うとしている人々の危機感は強い。約十年前に発足した「名古屋弁を全国に広める会」では「名古屋弁の伝承は足元からゆらいでいる」との声が年を追って強まっている。
「広める会」の事務局長で、大須演芸場(名古屋市)の席亭、足立秀夫さん(62)も、「昔ながらの名古屋弁は、人が使わないから自分も使わず、自然に忘れてしまう−…・」と話す。名古屋近郊出身で東京で暮らし始めて二十年以上になる会社員のAさん(39)は最近、「言葉は世につれ」を実感している。折に触れて帰省する故郷では、かつて親しんだ名古屋弁も少しずつ変化している。たとえば共通語で「いないよ」というのは、名古屋弁では、幼いころは[おらせんがね」と言った。これを最近では「いないがね」と言う若い人が多い。
「がね」を残しながら、共通語と方言の折衷となる言葉が生まれている。名古屋弁の持つ美しさや温かみを奪ってしまう一方で、「若者言葉」として名古屋弁は確実に伝承されていると、感じる。
咋年、言語学者らが、札幌から那覇まで全国十四地点で二千八百人に言語意識調査を実施し、「変容する日本の方言」(大修館書店)で報告した。地元の方言が「好き」と答えた人の割合は六十歳以上では74%だったが、20−40代では61%、高校生では45%だった。
調査を取りまとめた弘前大学の佐藤和之助教授は、この結果について、「若者の方言離れと単純に解釈するのは早計。今の大人も子供のころは方言が嫌いだったかもしれない」と指摘する。
同助教授は「言葉は生き物だから、多くの人が使うようになれば、世の中に認められるようになる。ただ、言葉には万人に理解される規範が必要になることはいうまでもない」と話している。
話す970701
1997/7/1/月
「言棄によるコミュニケーションがうまくできない、ということをうまく生かすと、より深いコミュニケーションに到違することができる」(「ことばの海へ失語症ケアのはじまりと深まり」遠藤尚志著)
Q おはようございます
A はい
Q 朝起きて何するんですか
A 今週でしょ。頭も痛かったし
Q 駅は何ていう名前かな?
A そうね、七時ころかな
やりとりがかみあう気配はいっこうにない。六月上旬の東京・国分寺の西東京警察病院。男性患者のAさん(54)が質問に懸命に答えながら言語訓練を受けていた。地方公務員のAさんは今年一月末、脳卒中で倒れ、言語を操る左脳に損傷を受けて「失語症」になった。三月から週一度、言語訓練を受けている。
失語症とは、言語中枢が損傷されて言語機能が失われ、「話す聞く読む書く」が不自由になる症状をいう。損傷の部位により障書の程度や種類は様々だ。Aさんの場合は冗舌に話せるが理解する能力が著しく低下し、会話が成立しにくい「ウエルニッケ失語」に当たる。幸いにも先月下旬、Aさんは余り言葉を交わさずにすむ仕事に変わり職場に復帰した。
失語症の患者は、言葉を介さない知的作業には何ら支障をきたさず、人格も以前と変わらない。ただ、それまで当たり前と考えていた「話す」ことができなくなるストレスに加え、周囲の様々な誤解がのしかかってくる。
「耳が遠くなっただけだろう」と耳元で大声を出される。「声が出ないだけだろう」と子供の使う五十音表を持ち出してきて、指さすよう促される。痴呆(ちほう)と誤解され赤ちゃん言葉で話しかけられる……。
全国失語症友の会連合会(東京・新宿)の橋本 一夫理事長(54)は三十四歳の時、脳卒中で失語症になり、訓練で言葉を取り戻した。橋本理事長は自分の体験に照らしてこう指摘する。「言葉は本当に大切なんです。言葉を失ってしまうと、人間の社会的な価値が八割方失われてしまったような気になるものなのです」。
同会によると、現在、脳卒中などで言語障書を持つ患者は、約五十万人。脳卒中患者のうちおよそ二五%に言語障害が残ると言われる。毎年五万人の新たな患者が生まれている。
最近は三十、四十代の働き盛りに脳卒中などで倒れて言語障害を負うケースが増加。同会でも若い会員の入会が目立って増えているという。
「話す」重視の教育
1996/6/6/木
「それではディベートを始めます」
司会の宣言で、まず論題に賛成の立場のチームが口火を切る。「私た○○の実態と長所について調べました。第一に・・・」。持ち時間は五分間。次に反対するチームが立つ。さらに、作戦タイムを挟んで双方が相手を論破すべく質問、討論を繰り返し、最後に審判団が評価を下す。判定表には「話す速さや声の大きさは適切か」「筋道は通っているか」といった項目が並ぶ。東京都文京区にあるお茶の水女子大学付属中学校の国語科ディベート授業。意見をぶつけ合うのも、司会も、審判も、すべて生徒たち。議論がかみ合わないこともままあるが、慣れない経験に汗をかきかき、一生懸命に意見を述べ合う。
ディベートは年三回。その間に、だれもが必ず一度は弁論に立つ。そういう経験を1年生でも,2年生でも積み、3年生でばパネルディスカッションに臨むという。読み書き偏重の教育への反省から、ここ数年、「話す力」の教育に熱い視線が注がれている。89年に国語の学習指導要領が改訂され、音声言語指導の充実がうたわれたのがきっかけだ。
小学校も、意気込みでは引けを取らない。生徒に毎日交代でスピーチさせたり、討論ゲームに取り組んたりするところもある。東京都江戸川区のある小学校では、クラスの全員に一日一度は必ず発表させるように配慮。しかも、「私も同じ」という答えは許さず、なせそう考えるのかを、きちんと説明させる。
「話す」教育の重視は、国際化時代を見据えたものという。腹芸の通じない相手に、自分の考えをきちんと伝える能力が、今後ますます求められる。
裏を返せば、「子供たちは、おしやべりはできても、意見発表では何を言ってるか分からないことが多い」(東京学芸大学付属世田谷中学校)という実態があるからだ。「いろんな方法があり、すぐ成果があがるものではない。いつか花開くように、早いうちに種を植え付けてやりたい」と、ある中学校教諭は話す。だが、教える側に「話すことの教育をこれまで取り立てて考えたことはない」(大阪市のある小学校)という戸惑いもあり、まだまだ模索が続きそうだ。コンビニエンスストアやカラオケなどに象徴されるような「話さなくてもすむ生活環境」がどんどん広がり、「読解中心の大学入試」も立ちはだかっている。文部省によると、「話す」教育の重視は、過去に何度も叫ばれながら、結局、根付くことなく現在に至っているという。
話す2 発音平板化『かなり』の勢い
1996/6/18/火曜日
『かなり』と「かなり」を使い分ける?−−そんな若者が増えている。『かなり』は一音一音に抑揚をつけず平板なアクセントで発音する。「かなり」は頭高型(下降調)で発音する本来のもの。『かなり』は「かなり」よりも、程度が高い状態を言い表すときなどに使うという。首都圏の大学生に聞いてみた。
証言1「頭にきたり、楽しかったり、喜怒衷楽の感情がこもると力が入って、『かなり』になる」
証言2「友達と話す時は『かなり』。人をバカにした感じで敬語には合わないから先生には言わない」
証言3「『かなり』が当たり前の言い方。そうじやない人は古いかなって感じ」
キャンパス言葉の調査を続けている永瀬治郎・専修大学教授は、この現象に約一年前に気付いた。「今年の新入生はここ一、二年のうちに使い始めたケースが多い。関西出身の学生にはみられず、関東地方での新しい変化の兆しではないか」と指摘する。
若者の話し言葉の平板化は、とどまるところを知らない。『図書館』『同窓会』……。ただ、のっぺりと発音するだけなら、まだ分かるが、平板式の『彼女』は特定の恋人で、頭高型の「彼女」は指示代名詞、などという区別は、知らない人には禅問答だ。
「平板な『メリット』じゃないよ。平板化している人が多いからね。辞典をしょっちゅう引くように」−−。先月、都内で行われたNHKの新人アナウンサー研修。取材結果を報告する一人の女性のアクセントをとらえ、講師の中堅アナウンサーがすかさず注意する。
新人たちの机の上には、千ページを超える「NHK日本語発古アクセント編辞典」。NHKではこの辞典にのっとって、日々の放送に臨んでいるが、アナウンサー泣かせの言葉がいくつかあるという。その一つが『サポーター』。サッカーのJリーグでは、関係者のほとんどが、各チームのファンを指す場合、平板アクセントで発音する。「サポーターと本来の英語風に中高型(山型)で言えば、関節などを保護するゴム布製のバンドのことだ。
民放各局は「平板な『サポーター』が世間で定着している」などと現状迫認。NHKは〃バイプル〃のアクセント辞典に中高型しか載せていない。「アクセントによって語義が違うので、やむを得ず使っている」と苦肉の策だが、完全に統一されたわけではなく、ベテランの中には抵抗感を示す人もいる。
この辞典は、現在、国語学者らの協力を得て十一年ぶりの改訂作業の真っ最中。外来語を中心に進む平板化の問題をどうするかが大きな焦点になっている。平板な『かなり』が採用されるのは、『かなり』難しそうだ。
話す3 意昧もないのに?語尾を上げ
1996/6/19/水
「どうしたんだ」「今日はバイト?で遅刻?した」
「バカヤロー、自分のことを人に聞くなっ!」
こうした、質間でもないのに会話の途中で所々語尾を上げて一呼吸置く「疑問口調」の〃増殖〃が指摘され始めて二,三年になる。東京外国語大学を今春卒業したOLのAさん(23)は、この話し方を卒業論文のテーマに選んだ。「自分の疑問口調を指摘され、あれっと思った」のが出発点だった。
疑問口調を使う人はAさん同様、自分で意識していない人が多かった。どんな時に使うかを調べると、雑談や人に物を教えたり説得したりする場合に使用頻度が高い。また、電話になると頻繁に口を突いて出るなど、柑手の反応をうかがいながら話を進めるのに使う傾向があった。
東外大の井上史雄教授は「疑問の助詞を使わなくなり、イントネーションが文法的機能を担うようになった」と指摘する。
Aさんは「疑問口調を意識すると話せなくなる」という時期を経て〃自然治癒〃したが、話し方教室に通っても「人のがうつっちゃってる?かもしれない」などと疑問口調に〃感染〃したまま抜け出せない女性(37)もいる。
Aさんの調査では聞き手の側には、「軽薄」「耳障り」「なれなれしい」「甘えた感じ」などと、マイナスの印象が強いことも分かった。筑波大の城生価太郎助教授、東京医科歯科大の菊池士口晃助手らは疑問口調を聞かされる人の脳波に着目。脳に入ってきた信号が自分にとって意味があるかどうか、またそれが言語情報かどうかなどを判断・認識する「脳の高次機能」を測定した。音声情報が入ってから、この脳波の初期反応が起こり、ピークに達するまでの時間を比べると、疑問口調を聞いたときのほうが、そうでない口調のときよりも0.1秒以下のわずかの差だが、短い。疑問口調の方がスピーディーな反応を呼び起こす。大量の情報を高速処理する脳にはこの差は大きいという。
城生助教授は、「疑問口調は通常の口調より、聞き手の脳への刺激が強く、言語伝達効率の面からは勝っている。簡単にはすたれない」と話す。
ちなみに同助教授は、
@昭和三十年代の「それでネ」「それでサ」「それでヨ」の「ネ・サ・ヨ」廃止運動の影響
A全共闘世代のアジ演説
−−−が時間をかけてたどり着いたのが疑問口調だと指摘。「自分の言うことを聞いてほしい」という心理の反映ではないかとみている。
話す4
1996/6/20/木
「こういうことなのって聞き続けても、返ってくるのは『っていうか…』ばかり。小学六年生の女の子ですけどね。『はい』とも『いいえ』とも言わないから、話があやふやで分からない」。神余川県で小中学生の家庭教師をしている女性、Aさん(31)は、いらだたしげだ。
相手と真正面から向き合わない子供たち−−。Aさんは続ける。「人間関係が一番の悩みで、友達を減らさないよう話し方に気を使うらしい。でも、深い付き合いは息苦しいとも言い、友達のことは意外と知らない」。
同じ言い方は大学生や大人の間にも広がっている。「もう口癖。ビシッと言い切ると相手に悪くて」(女性会社員、25)、「冗談ぽく言い訳するときなどに使う。やめる気はない」(男子大学生、21)……。今春、社会人になったB君(24)は、業務報告で「っていうか」を連発し、先輩にしかられてばかりいる。
こうした「あいまい表現」としては、だれが名付けたのか、「とか弁」もよく知られている。本来は物事を例示・並列するときなどに使う「…とか」を、断定を避けてぼかすのに使い、「きのう渋谷で彼とデートとかして」と表現する用法だ。まだ「広辞苑」(岩波書店)にも出ていない。
これが、年配の女性にもじわじわ浸透していることが、現代日本語研究会のメンバー、遠藤織枝・文教大学教授らの調査で分かった。
同教授らは二十−五十代の女性を対象に、職場での会話を分析。二十代が使う「とか」は、ぼかし用法のケースが圧倒的に多く、五十代でも、かなりの頻度で使っていた。ぼかしの度合いの強い「…たりとか」の使用例が五十代でもみられた。
あいまいな物言いについて、遠藤教授は「相手への配慮ならまだしも、自分の発言の責任を回避しようとしているのだとしたら、いかがなものか」とくぎを刺す。
「自分の感じていることや気持ちは、言葉にできないもののほうが多い」(七八%)、「どんな話をしようと、分かりあえる人とそうでない人は最初から決まっている」(五二%)ーー−。橋元良明・東京大学助教授らが関東地方の大学生を対象に行った最近の調査で、こんな若者気質が浮き彫りになった。若者が、言葉によるコミュニケーションそのものに懐疑的な心情を抱えていることをうかがわせる。あいまい表現はそうした心情を反映したものなのか。橋元助教授は、「本当に分かりあっているのかどうか、互いに確かめられないでいるのではないか」と危倶(きぐ)している。
話す プロの口跡1
「用意周到は話し手のみが、自信を持つ資格がある」(D・カーネギー薯・田中融二訳「カーネギー話し方教室」)
「ありがとうございます、○○シヨッピングです。ご注文でございますね。お名前からお願いいたし ます」----。
受話器の向こうから聞こえる、丁寧でよどみない口調。少し甲高い声。通信販売で商品を頼もうと電話をかけると、申し分のない受け答えの女性が応対してくれる。彼女たちの大半が、実はテレマーケティング(テレマ)会社とよばれる代行業者が雇うパートやアルバイトだ。
十年ほど前から増え始めたテレマ会社は、アウトソーシング(業務の外部委託)の流れに乗って、急成長を遂げた。仕事は通信販売の注文受け付けのほか、電話代行や市場調査、消費財メーカーやサービス業の顧客対応など幅広い。
会社の評判は、受け答えをする「コミュニケーター」と、彼女たちを監督する「スーパーバイザー」の”質”にかかっている。電話交換手のOGらが指導員をつとめる大阪市北区のNTT系企業、「NTTテレホンアシスト」の研修をのぞいてみた。
「いいですか、開口して、笑声(えごえ)で、省エネ語を使わずに!」。
指導員が言葉に力を込める。「口を大きく開き、笑っているように聞こえる声で、最後まで省略しないで」という意味だ。これが電話応対の”三大要素”だという。そして、「最初の十五秒」で、成否が決まってしまうというのが、業界の合言葉でもある。もっとも、お互いに生身の人間同士。言葉じりをつかまえて、敬語や文法についてくどくど説明をする人にはベテランでも手を焼くという。なかには応対や声が気に入られ「うちの息子の嫁に」と求婚された女性もいる。
三百人を超すパートを統括する同社の岩谷厚子テレマ一部長(46)は「相手との距離感の取り方」についても気を使っている。臨機応変に対応するには「相手の状況を電話越しに察知して、相手に合わせること。要は”役者心”」と岩谷さん。
日本経済新聞社のサービス業総合調査では、94年度、テレマ業界は調査対象52業種中、前年比で最も高い24.1%の伸びを記録した。業界団体ではコミュニケーターやスーパーバイザーの資格認定制度の導入も検討している。話すことを職業にしている人たちは世に少なくないが、時代の流れのなかで、新たな話のプロフェッショナルが生まれつつある。
話す プロの口跡2
960625火
一出来ます、やれます、聞かせます。聞いていただきます。私たちの仕事はガイドです」
白とピンクのストライプの制服に身を包んだ若い女性たち。直立不動で唱和する声が夕日を受けた教室に響き渡る。大阪府東大阪市にある近畿日本鉄道バスガイド研修所。日課を終えた研修生たちは、ガイドの心構えを読み上げてから家路につく。
短大を卒業したばかりの新人27人。研修期間は1年。5月からは実際に乗車業務をしながら、研修所に通っている。
研修では発声法はもちろんマイクの持ち方から立ち姿、お辞儀の仕方までみっちりたたき込まれる。4月中旬には〃試運転・とよばれる車内でのガイドの実地訓練が京都で開かれた。
大阪市内の短大出身の城悦子さん(20)は、「やっとの思いで二条城の説明を終えて、西陣織の話をしようと思ったら、もう西陣を通り過ぎていた」と首をすくめる。見習い乗務も始まったが、「慣れるに従ってあれもいわなきゃ、これも言わなきゃ、と逆にあせってしまう」。
彼女たちを支えるのが歴戦の先輩たち。指導員を務めて24年になる白水国子さん(49)は「常にお客様に注目してもらえるようになりなさい」と説いている。その白水さんの話し方には、思わず目を向けてしまう”魔力〃がある。
例えば、名所が近付いてきたときに使う決まり文句「まもなく」も、”ま。を強調することで、客の視線を自分に向けることができる。そして、「右手に見えますのは」と言いながら手を上げるとき、少し小指を曲げるときれいに見えるという。
こんな細かな強弱の付け方やしぐさ一つで、客に与える印象はがらりと違ってくる。白水さんは長年の経験で得たノウハウを後輩たちに伝授しようと躍起だ。
臨機応変に対応できる柔軟さも欠かせない。昨春から新人指導に当たっている現役ガイドの西村美紀さん(30)は「幼稚園児にかしこまって話しても仕方がない」と言う。「ガイドは接客業。どんなに嫌なことがあっても感情を顔に出していては務まりません」。
西村さんは職場のバスセンターに向かう車のなかで、その日のあいさつに添える季節の話題を仕入れている。「私たちは話のプロですから」。口元を引き締め、一言一言かみしめるように話す言葉は明りょうで聞き取りやすい。
古くから女性の花形職業と言われた「バスガール」。時は移ろっても、彼女たちのプロ意識は健在だ。
話す プロの口跡3
960626水
出囃子(でばやし)を待つ間の緊張感。扇子を持つ手に汗がにじむ。意を決して高座へ躍り出る。「えー、しばらくの間、お付き合いを願いますが……」。
桂とんぼさん(22)は二年半前、專門学校を中退して上方落語の世界に飛び込んだ。これまで務めた高座は十回余り。初めて一門の長、桂米朝師匠も顔を出す寄席で前座を務めた時には「頭の中が真っ白になった」。
現在は京都市の実家から大阪府茨木市にある師匠、桂都丸さん(41)宅に通う「通い弟子」。 師匠の身の回りの世話や家の手伝いをしながら、見よう見まねで芸と礼儀作法を学ぶ。師匠や先輩に直接稽古(けいこ)をつけてもらえる機会はそう多くはない。
六月のある土曜日、大阪・キタの一角にある太融寺で開かれた先輩主催の落語会。とんぼさんのこの日の務めは高座づくりなどの雑用だが、これも大切な修業の場だ。
仲間や先輩と交わす雑談にも、プロ意識がにじむ。「師匠には、しぐさとか礼儀とか、よう注意されたわ」と先輩のひとりがほやけぱ、とんほさんは「それは、噺家(はなしか)に向いてないのとちゃいますか」とすかさず突っ込みを入れる。噺家にとって、日常会話もまた高座の延長なのだ。
「ネタ自体が生き物のようです」。とんぼさんは落語の難しさをこう表現する。「リズムや間(ま)はメモで残しておくことができない。気分や体調ひとつで違ってくる」。
何人もの登場人物を自然に演じ分けられるようになるには、まだまだ時間がかかりそう。米朝師匠からは、登場人物のうち、ひとりだけでも”色”を出すとメリハリがつくとアドバイスを受けた。
通い弟子の期間が終わる「年季明け」は来年の春。とんぼさんをじっくり見てきた都丸師匠は、「器用にしゃべっているけど、無理に玄人っぽく話そうとして鼻につくところがある。もっと純粋にやった方がいい」と指摘する。
その師匠の普段の口調はとつとつとしているが、ひとたび高座に上がると一変する。勢いのある話芸で、登場人物を鮮やかに演じ分ける。上方ばなしの定番「へっつい盗人」のヤマ場で、泥棒二人が古道具屋の前でけんかする場面などはまさに絶妙だ。
売れるとは限らない厳しい世界。とんぼさんは「今は、好きなことができるのがありがたい」と言う。「早く自分の落語ができるようになりたい」。そんな思いを抱きつつ、22歳の噺家修業は続く。
話す プロの口跡4
960627木
「熟れたトマトの薄皮に、こんなに簡単に刃が入る。ここまで切れたら気持ちがいいよねー」。
日曜日の昼下がり、東京・日本僑の百貨店前に人だかりができる。小気味よい七五調のリズム。テーブルの上には、どこにでもありそうな包丁が並ぶ。紺のエプロンにネクタイ姿、長身の中年男性が包丁を片手に実演を始める。見物人は膨れ上がっていく。その人の名はマーフィー岡田さん (52)。実演販売の世界では、知らないものはいない存在だ。岡田さんが口を開き、手を動かすと、それまで眠っていた商品がいきいきと動き始める。大道芸ともいえるこの世界に入ったのは30年ほど前。大学時代のアルバイトがきっかけだ。「おっちょこちょいで、目立ちたがりの性格だったからこの仕事が続いた」と笑う。
二年前からはテレビ番組にもレギュラー出演し、茶の間にも顔が売れている。それでも、現場が第一。ひところは月の三分の二は地方に足を運んでいた。今でも月の半分以上は現場に立つ。
鮮やかな手付きで品物を扱い、テンポの良い口上で客を引き付ける。長年の経験から、実演や口上のネタは「〃引き出し”のなかに諸まっている。あとはそこから、適当に引っ張り出ずだけ」という。
たとえば、油を使わなくてもくっつかないのが触れ込みのフライパン。「くっつかないでしょう」と説明するだけでなく、フライパンの柄をポンをたたき、目玉焼きがくるくると回るのを客に見せる。手品のような実演は、香具師(やし)を思わせる口上によって一段と引き立つ。商品が果汁絞り器なら、「キンカン、ポンカン、甘夏ミカン、ユズ、ダイダイ、ハッサク、ネーブル、ザボンで作れば、ザボンのジュース、ザボンのジュースがザボン、ザボン」。
まさに言葉の奔流。「だれも台本なんか作ってくれない」からすべて自作自演だという。子供のころラジオで耳にした浪花節。生家から近い浅草の演芸場で聞いた先代古今亭志ん生の落語。そんな環境が体に染み付いて、今に生きている。
この仕事のプロは、全国で300人ほど。売り場の数しか仕事がないのが実情。「テレビなんかにも出ているけど、実演販売なんて、しょせん資本主義のあだ花だよ」と岡田さんは自嘲(じちょう)気味でもある。
とはいえ、天性の実演販売人が行くところ、今日も二重三重に人垣ができる。「あとは勇気と努力と決断力。恵まれない業者に愛の手を」----。
話す プロの口跡5
960628金
今月半ば、大阪市内のホールで開かれたコンピューターグラフィツクス関連の展示会。デジタル映像か流れるモニター画面の傍らには人目を引く制服姿の若い女性。流れるような口調で新製品の説明が始まる。
「世界最大のTFTカラー液晶ディスプレーがワークステーションのビジ ュアル環境を飛躍的に向上させます。四百万画素の高画質表示、オフィスと環境を考えた省スペース設計など、まさに次の世代のワークステーション用高性能カラーディスプレー」。
カタカナ言葉と專門用語が連続するナレーション。彼女たちは、ショーに彩りを添える「コンパニオン」ではなく、「ナレーター」と呼ばれる話のプロだ。華やかな職業に見られがちだが、どんな難しい用語が並んでいても数十枚にも及ぶ原稿を完全に覚え込み、立ち 続け、語り続けるハードワーク。記念行事やイベントの司会を引き受ける「MC」(マスター・オブ・セレモニーズ)を兼ねることも多く、アドリブも要求される。
短大時代に始めたコンパニオンを経てこの世界に入り、三年目という大川信子さんは「聞いている人にうなずいてもらいたいと思って、試行錯誤を続けてきた」と言う。「先輩と同じ原稿を持って現場に立つのが一番の勉強になる」と話術や仕草を盗むのに必死だ。
業界は新陳代謝も激しい。ナレーター事務所「プルミエ」(大阪市)の小田千鶴子社長は「常時五十人ほどは登録しているが、結婚を機に辞めたりして1〜2年でほとんど入れ替わる」と言う。それだけにベテランは引っ張りだこ。
同社所属の長沢悦子さんは、この道十年。展示会ではいつも「行き交う人の背中を見て、立ち止まらせることを考えている」。言葉で振り返らせることができないと思えば声のトーンを変えてみる。客の反応を見る余裕ができれば一人前だ。新車の発表展示会、ファッションショーの司会、健康づくり講演会の進行係・…−。長沢さんにはありとあらゆる仕事が持ち込まれる。時にはポイントを個条書きにした紙を渡されるだけで、台本は自分で作ることも。最近は朗読のテープやテレビCMのナレーションにも手を広げている。
他人の耳障りな話し方にも敏感にならざるを得ない。長沢さんは妹にまで話し方を口うるさく注意した揚げ句、「職業病!」と揶揄(やゆ)された。「ちょっとした電話のやり取りでも、相手の人となりを想像してしまう」。
プロたちにとって、「話す」という何げない行為は限りなく奥が深く、厳しい。