進化するIT教育
「2001年はIT教育元年」。後世の日本の歴史年表では、こう表記されてもおかしくないほど、教育分野でのIT化は急ピッチで進んでいる。何がどう変わるのか、現状は、課題は…。“進化"するIT教育最前線を紹介する。
日経パソコン2001.2.5
待ったなし教育のIT武装
力レンダーにこそ記載されてはいないが、毎年10月は「情報化月間」。同制度は通産省など9省庁が推進するもので、情報化の促進に貢献した個入、団体、企業などを表彰する。昨年は、岐阜県教育委員会が通産大臣表彰を受賞した。教育委員会が受賞するのは同賞が1972年に始まって以来初のことだ。同県教育委員会は、95年から県立図書館を中心に、教育関係施設の「教育情報ネットワーク」(SMILE)を構築。さらに専用回線で、図書館や生涯学習センターなどと結び、書誌情報、生涯学習情報などが得られる通信網を整備。並行して県内697校の小、中、高等学校などの公立学校全校に、合計2万8538台のパソコンを導入し、インターネットにアクセスできる環境を整備した。ソフト面でも、県総合教育センターが従来の集中型研修からインターネットを活用した「分散型研修」や「在勤研修」などを推進してきた。文字通り「パソコン教育先進県」への'1変身IIが評価されたのである。教育現場でのパソコンやインターネットヘの取り組みは、このほかにも全国各地で急ピッチで進行中だ。例えば鹿児島県。全教員に基本的な操作を習得してもらうと同時に、パソコンを使って学習指導ができるようにする
体制づくりを、県教育委員会がすでに昨年4月から推進している。具体的には、公立学校全校にパソコンに精通した40人の専門アドバイザーを派遣、全教員が「データを入力してグラフ作成ができる」「インターネットで情報を収集し、教育に利用できる」といった、基本操作ができるようにするのが当面の目標だ。
都道府県レベルの公立高校の全教室を結ぶ情報ネット構築は全国初の試みだが、それにチャレンジする県もある。昨年末に102億円の補正予算を組んだ和歌山県では、約5億2000万円をIT(情報技術)教育の推進に割いた。具体的には、全国に先駆けて、高等学校などの県立54校の約1200の普通教室にパソコンを配置すると同時に、県立学校と県立の生涯学習施設等を県庁の高速コンピューター通信基盤「黒潮ネットワーク」で結び、全ての普通教室から、インターネットなどを利用できる情報環境の整備を図るというものだ。新潟県柏崎市では、独自の教育情報支援システムを導入する。生徒はもちろん教職員にもパソコンを活用してもらうためには、簡単に使いこなせる工夫が不可欠と判断、教員が作成したプログラムを登録すると、他の教員も使える、といった実用的な機能が付け加えられている。京都府も、府内12の小・中学校にインターネットの仕組みやアクセス方法、情報収集の方法を担当教員と協力して教える特別非常勤講師□Tインストラクター」を配置する補正予算を昨年末に組んだ。各市町村から希望校を募り、インストラクターには情報技術分野に詳しい社会入を選ぶ。
昨年7月下旬にサミット(主要国首脳会議)が開催された沖縄県では、「マルチメディアアイランド構想」を打ち出し、人材育成のため、学校でのインターネット常時接続利用を進める計画だ。
パソコンヘの対応が全国津々浦々で次々と急ピッチで進行しているのは、森首相が第2次改造内閣の重点政策の1つとして掲げた「IT革命」施策に呼応したためのものではない。それよりむしろ、間近に差し迫った新学習指導要領対策という側面が明白だ。
2002年度に改定される新学習指導要領は、完全週休2日制だけが話題になりがちだが、実はパソコンの導入という点ではこれまでにない大がかりな改革が実施される。自ら学び、目ら考える力を育成するために、小・中学校では、「総合的な学習の時間」が設けられ、教科の垣根を超え全ての教科でパソコン使用が求められる。年間の授業時数は小学校中学年で105時間、高学年で110時間と国語、算数に次いで多く、総授業時数の11%に及ぶ。
中学校ではパソコンが必修になる。高校でも、2003年度から「情報」科目が新設され、学校ごとに独自性のある自由な教育内容が求められているのだ。
平成10年12月14日に発令された新指導要領を具体的にみてみよう。まず小学校では、第1章「総則」の「指導計画の作成等に当たって配慮すべき事項」として『各教科等の指導に当たっては、児童がコンピュータや情報通信ネットワークなどの情報手段に慣れ親しみ、適切に活用する学習活動を充実するとともに、視聴覚教材や教育機器などの教材・教具の適切な活用を図ること』と規定されている。
また、中学校では、「技術・家庭」が「A:技術とものづくり」「B:情報とコンピュータ」に別れ、パソコンの理解が必修になる。「情報とコンピュータ」では、「生活や産業の中で情報手段の果たす役割」「コンピューターの基本的な構成と機能及び操作」「コンピューターの利用」「情報通信ネットワーク」「コンピューターを利用したマルチメディアの活用」「プログラムと計測・制御」をメインに学ぶ。
また、中学校の他の教科でも、指導計画の作成等に当たり配慮すべき事項として小学校と同様の一文が記されている。
すべての教科で、パソコンを教育道具として活用することを目指す新指導要領下では、受け身の授業から脱して、自分で課題を見つけ解決する能力を養う授業へと変わる。
華麗なる変身は「生徒」だけではなく、「先生」にもまた求められているのである。
小学校は2人に1台
中高では1人1台時代へ、
文部科学省では、昭和62年度から公立学校の情報教育の実態を毎年3月末に調査し、「学校における情報教育の実態等に関する調査結果」として公表している。最新の平成11年度版(平成12年3月31日現在)版からは、情報化への対応が急ピッチで進んでいる実態が浮かび上がる。
パソコンの設置率は、前年を0.7ポイント上まわり99.3%に達した。内訳を見ると中学校、高等学樹ま100.0%、小学校でも98.9%にのぼる。平均設置台数は全体で28,4台(小学校15,7台、中学校36.8台、高等学校81,9台)。1台当りの生徒数は、現状では13人に1台。これは情報先進国の米国の6,3入に1台(98年)、カナダの約8入に1台(99年)に比べると劣るが、英国の約12人に1台(98年)、仏の約15人に1台(同)と肩を並べる所まできている。
計画では、「コンピューター専用教室では、小、中、高等学校ともに1人1台」体制が2002年3月末を目標に進められている。計画が予定通りに実現すると、この時点での普及率は、一挙に生徒5.4人に1台になる。校内LANの普及も急ピッチで進んでいる。パソコンを設置している学校のうち小学校では57,6%、中学校は89.9%、高等学校も92,4%がLANを導入している。また、インターネットに接続できる小学校は48.7%、中学校67,8%、高等学校で80.1%。これに対して米国は98年で89%、力ナダが99年で100%。急ピッチで進む八一ドの普及に比べ、インターネットの接続率では、諸外国に比べると明らかに見劣りする。
IT教育のカギ握る「先生の情報化」
同調査からは、八一ド先行で急ピッチで進むIT教育に悪戦苦闘する先生の実態も同時に浮かび上がる。パソコンを操作できる教員は、小学校で63,0%、中学校は67.2%、高等学校で73.8%。全体で66.1%。さらに、新指導要領で求められる「パソコンで指導できる教員」となると小学校36.5%、中学校29.7%、高等学校28,1%と激減する。40%を超えたのは京都市、千葉市、愛知県、滋賀県の4地域のみで、ほとんどが20%台。
パソコンを操作できる教員の割合を自治体別に見ると、93.1%と全国平均の66.1%を大きく上回って1位になったのは山梨県。パソコンを授業に活用できる教員の割合も6位につけている。
同県は、前年度の同調査では、「操作できる」が59,0%で22位、「活用できる」が25.7%で32位だったから大躍進といえる。大躍進の秘密は、「教師へのパソコン教育」。同県教育委員会では昨年度から各校最低1人の教員の参加を義務付けた「情報化推進指導者養成研修会」を開催したり、民間インストラクターを学校に派遣し15時間の特訓を実施、夏休み中には約1000人が計12時間の研修を受講など、教員に対するパソコン教育に力を入れてきた。こうした成果が着実に現れた、と同県教育委員会は分析している。しかし、喜んでばかりはいられない。というのも、同調査は自己申告方式で「パソコンが操作できる」というのは、rファイルの操作ができる」「ワープロソフトで文書処理ができる」「表計算ができる」「データベースソフトが使える」「インターネットから必要な情報を取り出せる」の5項目のうち2つ以上に該当すればよいのだ。1人1台のパソコン環境がもはや当たり前の一般企業からすると隔世の感があるのは否めない。lT化で「子供たち」の思考、創造力、表現力を飛躍的に高め、さらにネットワーク化によって学校・家庭・地域間の連携を図るという理想を実現するためにも、先生の情報化が急務という実態が浮き彫りになる。
では、パソコンを教育に利用する際に何が問題になるか。
これは、文部科学省のメディア教育開発センターの「高等教育機関におけるマルチメディア利用実態調査」に詳しい。同調査は、平成12年1月に全国の高等教育機関を対象にマルチメディアの利用実態を調査したもので、その中の1項目として「利用の障害」がある。それによると、「設備機器の導入や維持などの費用問題」「支援スタッフが不足し特定者への負荷増」「準備時間がかかる」が利用障害の上位を占めている。lT教育で先行する大学では、機器の導入コストとともに、サポート体制をいかに構築するかが大きな課題になっているのである。
校内LANの導入が急増している小・中・高等学校でも、同様の問題に直面するのは時間の問題であるばかりでなく、ネットワーク管理者は深刻な入手不足なだけに、看過できない問題といえそうだ。
フィルタリングなどオープン時代ならではの間題も
インターネットが使える環境になったがためにかえって、生徒が放課後などに自習したくてもパソコンを使用できない、使用させない、という理不尽な事態も起きている。
これには、指導者不足、高額な通信料という側面もあるが、それ以上に大きいのが有害情報対策だ。外部にダイレクトにアクセスできるようになった結果、爆弾製造技術、強盗など、犯罪を促進する方法を教えたり、教育上適切でないサイトヘも、簡単にアクセスできる。
こうした有害情報へのアクセスをブロックするための対応として種々の「フィルタリング」が講じられている。愛知県や大阪市教育委員会などは、インターネットヘの接続をネットワークに一元化、有害ホームページのブラックリストを登録し、ブロックすることでこの問題に対処している。具体的には「愛知エ一スネット」を運営する県総合教育センターがネットワーク拠点として、市販の一般企業向け専用ソフトを導入、こうした有害サイトヘのアクセス遮断に取り組む。
生徒の良識に任せるべきという意見もあるが、学校内で利用する以上、予めブロックできるものは極力ブロックする、というのが同県の方針だ。同ネットを通じた1日あたりのアクセス件数は約100万件。このうち0.2%、約2000伯が有害情報と見なされてブロックされているという。フィルタリング対策としては、このほかにも、優良と認定したホームページ(ホワイトリスト)へのアクセスしか認めない(横浜市教育委員会など)という対策も試みられている。フィルタリングにより、有害情報への接続は理論上遮断される八ズ、なのだが現実はそう甘くはない。有害サイトは毎日雨後の筍のように
続々誕生しており、いくら監視の眼を光らせても100%完壁にブロックすることはできない。ホームページだけでなく、不特定多数のメール友達を募集するようなBBSやe一メール、チャットなどからも有害情報に接触する危険はつきまとう。もともと、フィルタリングソフトは一般企業向けのものだから、それを学校用に流用しようとする場合には、より細かな調整が必要なのに、それをそのまま転用して状況では防ぎきることは難しい。また、教育現場の現状の人員体制からしても、とてもそこまでは手が回らない、というのが実態だ。
生徒がインターネットで得た資料は授業で使えない?
著作権問題も、IT教育が本格化する前に解決しておかなければならない課題だ。新学習指導要領では、情報通信を活用した授業が本格化することは誰でも容易に想像できる。例えば、生徒がインターネットを使って集めた資料を、担任がコピーし教室で生徒に配るといったことはIT教育では当たりまえ…と誰しも思いがちだが現実はそうではない。現行の著作権法では、論文や新聞記事などを教材として用いる場合、著作物の複製の主体は、教師など「教育を担任する者だけ」に限定されているのである。
さらに厳密に解釈すると、授業のために教師がパソコンに著作物を無断で入力・蓄積すると「著作権者の送信可能化権」の侵害にあたる。つまりこのままでは、授業で使える著作物がかえって制約されかねないのである。
そこで、文化庁では現行著作権法の改正案作りが進んでいる。生徒など"学習者"にも著作者の許諾を得なくても複製することを認め、生徒がインターネットで調べた文章や写真をコピーして教室内で同級生に配ったり、コピーを校内のLANサーバーにアップロードし、他の教員が授業で使用することも「同一教育機関内」に限って自由にすることや、資料をパソコンに送信する方法として、現行法では有線方式の校内しへNに限定しているがそれを、通信技術の発達に合わせ、無線の校内LANにも拡大すること、など諸外国の著作権法では当たり前のことへの対応が、進められている。また、ユーザー・インタフェースは漢字を多用しているため、そのままでは低学年生徒には分かりにくい。こうした新たな問題を解決するための様々な工夫が現場では必要になる。
パソコンは、ハ一ド先行とはいえ、教育現場に確実に入り込んでいる。そのパソコンをいかに使いこなすようにするかが次の課題だ。
あるシステムの専門家は、「学校は一般企業に比べて、OA化やネットワーク化が遅れている。その本当の便利さ知らない教師が多いことが、パソコンを活用していく上でのネックになっている」と分析する。同時に、「教師のパソコンの利用率を飛躍的にアップする秘策がある」と指摘する。その秘策とは、日常校務に頻繁に利用される文例をデジタル化し、自由に使えるようにすることだ、という。
実際、役所の文書量も多いが、それ以上にすごいのが教師が抱える書類の山。処理しきれない情報を教師が抱え込むから、会議を開いても議論がまとまらない。
汎用文書をデジタル化し、簡単に使えるメリットを1度でも実感すればイヤでも使うようになる。会議で配る資料も、事前に電子メールで出席者に送信すれば、資料のボリュームもスリムになり、会議の時間も減る。こうすれば自然に、生徒に接する時間も増えて、一石数鳥というのだ。
また「職員室の情報化」も不可欠だ、と指摘する。実際、パソコン利用実験のモデル校の調査結果からは、先進校ほど職員室にLANを欲しがるという結果がでている。
次の段階で、各クラスの日直が一日の目標や授業内容、反省を綴る学級日誌を、パソコンで処理できるようにする。欠席や遅刻、早退者などを当番の生徒が書き込むと、学級ごと、生徒ごとにリアルタイムに状況を把握できる。
生徒や家庭との関係も当然変わる。学習内容を事前に校内LANのホームページに出す。こうすれば、生徒は授業開始前に何を学習するのかを前もって知ることができる。
次の段階は、家庭と学校をインターネットで結ぶ。数多いプリント類を配信するだけでなく、メールも可能にする。そうすれば、家庭では学校での様子が簡単に分かるし、逆に教師は生徒の様子を把握でき、教師、両親ともに生徒との会話も増える。どれもこれも、もっともな指摘だが、よく考えてみればこれらの指摘はみな、ビジネスの分野でグループウエアやインターネットが急速に広まった秘訣を流用したものに過ぎない。
社内の伝達や、汎用文書をデジタル処理に一本化すれば、否が応でも使わざるをえない…というのはビジネスの
世界ではもはや一般常識といっても過言ではない。そう考えていくと、教育分野であれビジネスであれ、これからいっそう必要性が高まるのがコンピューター・リテラシーのスキルアップだ。
これまでは各種の研修に参加することで各自が習得するというのが一般的だったが、インターネット時代にはWETを巧く使いこなすこともポイントになる。WebBasedTirainingとは、インターネットやイントラネットを利用したオンライン教育・研修システムのこと。好きな時間、好きな場所から、教育用コンテンツにアクセスし、自由に学習できる。
受講者のレベルに応じたペースで学習を進められるのもこれまでにはないポイントだ。受講者は対話型の練習問題などを解きながら知識や技術を習得する。講師への質疑応答はもちろん、受講生間の情報交換もe一メールでできるし、データベースに蓄積された自習履歴や成績をもとに講師から学習法についてのアドバイスを受けることもできる。
最近では、CD-ROM教材を併用するものから、授業や教材をネットで放送し、その場でメールを使い質問を受ける「ライブ型」のWBTも登場している。例えば、電子メールを送る場合、「TO」「CC」「BCC」の違いは重要だが、意外に知らない人が多い。あらたまって他人に聞くのは恥ずかしいこんなことも、WBTなら簡単に学べる。受講料も、専門学校などで研修や講習を受けるよりも格段に安い。
こうした個人個人のITのスキルアップが、個入を変え、それが全体の成長につながるというのは、ビジネスであれ教育であれ不変の鉄則である。そのうえで、キーボードを器用に操作することではなく、パソコンの特性を活かした生徒に魅力ある授業をすることが、今教育の現場に求められているのである。