キレる状態の子ども
2002年(平成14年)9月18日(水曜日)
ほかの子をたたく、ものを投げる---。いわゆる「キレる」状態の子どもは、保育園の時期から見られるという。背景は何か、親や周囲はどうすべきか。北九州市立大学文学部の楠凡之(くすのき・ひろゆき)助教授=臨床教育学=に寄稿してもらった。
「キレる子ども」の問題は思春期の現象として社会的には注目されてきたが、実際には幼少期から頻繁に見られる問題でもある。その実態はどうなのか。国立教育政策研究所の共同研究の一環として、北九州市児童相談所の安部計彦氏らとともに二〇〇一年五月に調査、全国六十六園の保育士の協力を得た。
それによると、保育士の目から見た「キレる子ども」の割合は四、五歳児クラスでは約四%で、ほぼ一クラスに一人だった。「キレる子ども」に多く見られる間題として、他者への身体的攻撃(七四%)、感情制御の困難さ(六四%)、暴言や脅迫(三三%)、器物破壊(二六%)などが挙げられた。
「キレるきっかけ」は自分自身の思いを言葉で伝えられないときや、やりたいことを制止されたとき、また、自分が否定的に評価される場面にであったときなどで、通常の幼児にも多く見られるもの。だが、パニックの激しさや一度「キレる」となかなか立ち直れないことなどが、「キレる」と判断される理由になっている。
このような子どもを生み出す要因は何なのだろうか。近年、ADHD(注意欠陥多動性障害)などの障害が社会的にも知られるようになってきた。これらが背景にあると推測される事例は、今回の調査でも一定の割合で存在していた。しかし今回の調査では、「キレる子ども」の事例のうち保育士の判断で約五六%、われわれ調査チームの判断では約七二%の事例が、ネグレクト(育児放棄)などの児童虐待の状況にあった。幼児期においては児童虐待と「キレる子ども」の問題との関連を検討せざるを得ないであろう。
ここで十分に注意してほしいのは、だからといって養育者の子育てを非難して済む問題ではない、ということである。夫の暴力等が原因で離婚し、一人親家庭のため、自分自身を支えるのに精いっぱいで、子どもをケアする力を奪われてしまっている事例、自分の思いや感情を受けとめてくれる入間関係をどこにも持てないまま、自らのいら立ちや葛藤(かっとう)を子どもの心を激しく傷つける言葉で表出してしまっている事例などが多く見られた。子育ての「責任」はその英単語(responsibirity)が示すように、子どもの感情や二一ズに対して応答(response)、できる力(ability)なしには果たし得ない。子育て支援の最大の課題は、養育者が子どもへの「応答能力」を回復できるように援助していくことである。それだけに、養育者が保健師らに、自分では整理できないいら立ちや葛藤を共感をもって理解してもらうことを通じ、子どもへの「応答能力」を回復していけるような社会的支援が今、切実に求められているのである。そのような支援なしの批判は養育者と子どもをさらに追いつめ、結果として、子どもが自らの傷つきを「キレる」ことで表出する状況を深刻化させるだけであろう。
もう一つの要因として、子どもをとりまく「生活世界」の変化を考える必要があるだろう。
人間も、他の動物と同様、幼少期のじゃれあいや取っ組み合いといった身体接触を伴う活動を通じて、大脳前頭葉をはじめとする中枢神経系を成熟させてきた。しかし近年、少子化の進行もあって、子ども同士の身体接触を伴う遊びや交流の機会が、大幅に減少している。
テレビ、ビデオ、テレビゲームといった、右脳に視覚的刺激を与えるメディアや商品がはんらんしており、子どもたちは音声言語を使ったコミュニケーションを通じて、左脳の言語野を発達させる機会を奪われている。自分の感情を言葉で表現する力を奪われていることが、自らの感情を適切に制御できずに「キレる」かたちで自分の感情を表出する状況を生み出してしまうのではないだろうか。
このように考えていくと、人類が作り出した現代の快適な生活空間が、幼児期の子どもの発達に必要不可欠な世界を奪い取っている可能性を検討せざるを得ないであろう。「キレる子ども」の問題は、現代社会への警鐘なのかもしれない。