算数教育
杉山 吉茂 寄稿文
1.はじめに
2002年の週5日制の実施に向けて,学習指導要領の改訂が進められている。過当たりの時間数が減少するために算数の時間を14%も減らされ,それにともなって内容は3割も削減されることになった。算数・数学の重要性が理解してもらえなかった悔しさが残ると同時に,日本が豊かであり続けるために欠かせない科学技術を支える数学のレベルダウンをしていてよいのか気になるところである。国の将来よりも「落ちこぼれ」を出さないようにすることにしか目が行っていないとしか思えない教育課程審議会の答申である。内容をいくら少なくしても,いくらレベルを下げても,全員がすべてを習得することなどできるはずもないし,落ちこぼれを一人も出さないことなどできるはずがないことくらい教育に当たっている人ならばだれでも分かるはずである。今度の教育課程の改訂は将来に禍根を残すことになると思う。
とは言え,全くすべてが悪いというわけではない。これまで行き過ぎていたり,適切でなかったようなことを改めようとしているところもある。それらは大いに歓迎すると同時に,与えられた範囲の中でよりよい算数教育をするように考えたい。そのことを教育課程審議会のまとめに述べられていることに即して考えてみたい。
2.数と計算
・分数の乗除は立式の指導に力を
教育課程審議会のまとめの中で「数と計算」の領域だけは満足できるものになっている。真分数に限ったにしろ,整数,小数,分数についての四則を小学校でまとめて指導されることになっているし,複雑な計算を避けようとしているからである。一時期噂されていたように,分数の乗除が中学校で指導されることになったら,中学校,高等学校の数学教育はレベルダウンを余儀なくされたにちがいない。また,分数の乗除を中学校に移すという考えの前提には,文部省の調査で分数の除法の立式の成績が悪かったことがあるが,中学校に移してもよい効果が望めないことを認めてもらえたことを評価したい。小学校では,計算の仕方だけでなく立式の指導に,これまで以上に力を入れてほしいと思う。
・計算の軽減は当然のこと
計算を軽減することについて,桁数の多い整数・小数の計算,帯分数の計算等具体的に例示しているところはよい。ただ,これは当然のことで,これまでの計算の指導がおかしかっただけである。そうなってしまったのは,学習指導要領のせいというよりは,昔から行われてきたことを断ち切れなかった教科書や参考書・問題集等を作る側,あるいは,そのような教科書や参考書・問題集を作ることを求めていた教師の側の問題だと思う。学習指導要領には,第4学年の「内容の取扱い」の(1)に「内容の「A数と計算」の(3)及び(4)については,乗数や除数が3位数である場合の指導は,2位数までの考えを基にして児童に考え出せるようにするとともに,複雑な計算を避けるものとする」と書かれているし,また,「第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い」の2の(5)には「数と計算の小数及び分数の計算の指導については,複雑な計算を避け,計算の意味や仕方についての理解を確実にするようにすること」となっており,良識があれば,今まででも行えたことである。それができなかったことを改めて徹底させることができるようになったことは慶ばしいことである。
・計算の意味,数の感覚を重点に
「数と計算」の指導では,これまでと同様「数の計算の意味を理解すること,数の大きさへの感覚を豊かにすること,計算の結果への見通しをもつこと」に指導の重点を置いてほしいし,これまで以上に数の感覚を豊かにする指導,計算の習熟よりも計算の意味がよく分かり,計算の方法を子どもとともに作り上げるような指導,計算の習熟に時間をかけるのでなく,子どもとともに計算の仕方を考え出すこと,うまい計算の仕方を工夫すること,出てきた結果の妥当性を判断する態度と力をつけることに重点を置いてほしい。
3.量と測定
・単位換算の削除はよいこと
「量と測定」では「単位の換算」を軽減・削除することを求めているが,これはよいことである。これまでも学習指導要領では「第3指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い」の2の(4)に「「B量と測定」の単位の指導については,豊かな量感をもち,およその大きさをとらえたり,単位を適切に選んで処理したりすることができるようにするとともに,形式的な単位の換算に偏ることのないようにすること」と書かれていることであり,現在でも形式的な単位の換算に陥らないことが求められていたものである。それなのに計算ドリル等の問題集には「単位の換算」の問題がたくさん出ている。その現実は困ったものだと思っていた。量の指導が,昔は単位の換算に重点が置かれていたことの名残が今もまだ残っているのである。単位の換算の練習をさせるのなら,単位の換算表を示してさせるようにすべきだと考えていたが,このように単位の換算に陥りがちな状況にあるとすれば,敢えてはっきり「単位の換算の内容は削除」と言ったのはよいと思う。
・量の感覚,測定の意味を重点に
量の指導も,これまで同様,量の感覚を育てること,測ることの意味の理解の指導に重点を置いてほしいと思う。面積や体積についても,公式を覚えて面積や体積を求めることに重点を置くのでなく,公式を作ることを通して考える力を育てるような指導になってほしいと思う。
・台形や多角形の面積は個に応じた題材で
柱体,錐体の表面積等が中学校に移されることになっているが,これは時間数の関係からやむを得まい。台形や多角形の面積は個に応じた指導の中で進んだ子に求めさせる題材として位置づければよいと思う。
4.図形
・図形の内容は削除しすぎ
「図形」の領域の内容は削除しすぎである。現在の図形の指導についても,行き過ぎていたり,扱いが適切でないものがあるので,それらを正したら,線対称・点対称の内容などは中学校に移す必要はなかったはずである。「学ぶことの楽しさを味わいながら数量や図形についての作業的・体験的な活動」をと述べられているが,楽しい活動をさせる図形の内容がなくなっているのはさびしい。
・操作活動の充実を
縮図・拡大回,線対称・点対称が小学校で削除されたのであるから,用語を教えるわけにはいかないが,図形の学習をするときに,図形を折ったり,回して重ねたりする操作を通して図形の性質を調べる等の学習では,線対称・点対称の素地となる活動をさせることができるはずである。難しいことかもしれないが,いろいろな操作を取り入れて図形についての活動を充実させ,豊かな図形の概念を形成させるように配慮をしてほしいと思う。
5.数量関係
「数量関係」の領域の内容のいくつかが削除されたり,中学校に移されたりすることは止むを得ないことではあるが,その素地となる経験はさせてほしいと思う。
・比例概念を意識化する指導を
たとえば,比例・反比例の内容の大半が中学校に移行されることになろうが,比例の考え方は小学校で適切に扱うようにしたい。いうまでもなく,比例の概念は乗法・除法が行われる場に見られるものであり,乗法・除法を用いることができるかどうかを判断するときに使われる概念である。また,割合や比を考える場でも見られる概念である。実際には,無意識で用いられている概念であるが,これを意識化するような指導を心掛けてほしいものである。
・文字式は教室でうまく使ってみせる
文字を用いた式が削除になるが,中学校のことを考えると,見せるだけでもよいから教室では扱ってほしいと思う。小学校で文字を指導するようになったのは,中学校で初めて文字を用いる式の学習をするのは困難なので,小学校で少し(見せる程度)扱っておこうということと,式を数学の言葉と考え,文章に書かれていることを素直に表現することを大切にしようというところにあった。□や○,あるいはXなどの文字はそのために必要なものである。文字のよさを教えたいと考えるあまり,方程式を立てて問題を解くような問題まで小学校で扱われるようになってしまっているが,これは明らかに行き過ぎである。この行き過ぎを改めればよいのであるが,削除の対象となってしまったのは残念でならない。教科書に載らないであろうが,教室では教師がうまく使ってみせたいものである。
・不等号も教室では扱いたい
不等式も削除されることになっている。内容も考えず「不等式は難しい」と言われるが,難しいのは不等式についての証明であって,不等号そのものが難しいわけではないはずである。知らない人が一を見て何を表しているか分からなくても,>,<は知らない人でも分かるのではないだろうか。不等号が小学校に入れられたのは,等号の意味の理解のためであり,「大きい・小さい」「多い・少ない」を扱う算数では,それを表現する記号が必要と考えられたためである。複雑な式表現や,式表現に基づく処理等は削除してもよいが,記号としての不等号は教えて,等号の意味の理解を助けたり,数学的表現の価値を知らせるようにしたいものである。学習指導要領になくとも,教科書になくとも,教室では扱ってほしいと思う。
・2割の余裕は授業改善に役立てる
算数の内容は,時間数の削減以上に減らされている。どの学年も,決められた時間の8割で学習できる内容になっているという。言い換えれば,2割ほど時間の余裕ができることになる。この時間の余裕を計算練習やドリルに当てるようなことには絶対になってほしくない。その時間のゆとりを算数の授業の改善に役立ててほしいと切に思う。