単純化する感情表現
1998/3/11/水
子どもたちの感情表現が単純化している。代表例が「むかつく」という言葉。腹立ち、イライラなど不快感の多くをその一言で片づける。また快・不快両極端の表現しかできず、中間の感情がすっぽり抜け落ちているのも特徴だ。家庭や集団の中で、子どもたちが感情表現の訓練をする機会が減ったことが背景にある。
不快感を一語で処理
神奈川県大和市にある小学五年生のクラスで、「ムカツキ特集」と名付けた学級通信を作った。三十人の生徒たちに、記憶にある限りの最近のむかついたことを書いてもらったところ、出るわ出るわ。延べで二百七十七項目も挙がった。
「悪口を言われた」「うそをつかれた」というありきたりのものから、「駄菓子屋で消費税をとられた」「鼻がつまった」などといったものまで。中には「朝起こされる時」「休み時間が終わる時」「なかなか眠れない時」と、朝から晩までに経験した出来事を次々と列挙した生徒もいた。
一見、子どものイライラやむかつきの多さに驚くこの学級通信だが、見方を変えれば、他の言葉で表すことができる不快感を「むかつく」の一語で処理してしまったともいえる。
「今の生徒たちに『思い通りにならずに怒りを感じる時どういう表現を使うか』と聞くと、まず全員が『むかつく』と答える」と話すのは、立川市立立川第五中学校(東京)の藤川章教諭。「腹が立つ」「頭に来る」といった同じ系統の言葉はほとんど使わない。
「確かに『むかつく』は多い。あとは『関係ない』 『うるさい』『うざったい』などの突き放す言葉も常套(とう)句。注意されたり問いただされたりして、いちいち理由を説明するのが面倒な場合もあるが、ほかの言葉を知らないために使っているケースが多い」とは、神奈川県相模原市の公立中学で教える女性教諭の指摘だ。
「あいまい語」が減少
「『ムカつく』子どもの本当の心理(わけ)、」(佼成出版社)の著者で、青少年相談機関「フレンドスペース」(千葉・松戸市)の 顧問を務める富田富土也氏はこう話す。「最近の子どもたちは感情の起伏が激しく、『イエス』『ノー』や『好き』『嫌い』といったどちらか一方の表現しかしない。人間関係はあいまいで煩わしいこともあるのだが、そんな時、子どもたちはそれに耐え切れず『むかつく』『きれる』といって関係を絶ってしまう」
かつて日本には明確な肯定・否定の表現をしなくても、気配や雰囲気で察知する「あいまいさの美学」があった。だが人間関係が希薄になり、核家族化や個人主義が進展するに従い、あいまいな感情表現は徐々に衰え、言葉の裏を読んだり、言外の意を察知するような風潮は後退している。
子どもたちの感情表現の変化の理由は色々考えられる。母子密着や幼児向けの教育産業の普及に原因を求めるのは、横浜市で不登校児のカウンセリングや教育相談などを実施する民間団体「教育研究所」(磯子区)の牟田武生所長。
同氏によれば、「母親が常に子どもを快適な状態にしておこうと気を配るので、子どもは不快感を十分に経験しないまま育つ。そのため感情は未分化のまま。しかも小さいうちから学習おもちゃが介入してくるので、知能は発達しても情緒が育たない」。
幼稚園に入るころから習い事に通い、コーチが登場する。確かに技術や能力は向上するが、言われたことしかできなくなる。競い合う子ども同士の人間関係は育たず、集団の中で感情表現のトレーニングをする機会は少ない。そのまま子どもは成長していく。
内心は複雑との声も
一方、表現力の不足からその胸のうちを表現しきれない子どもたちもいる。教育雑誌「現代と教育」編集長を務める大東文化大学教授(教育学)の村山士郎氏は、子どもをめぐる社会システムの変化に言及しこう説明する。
「最近の子どもは受験や授業ばかりか、塾やスポーツ少年団の活動などで常に忙しく、達成課題を次々と与えられる。たとえ怒りやイライラを感じても、対象は社会的なもので多くが矛先を特定できない。整理のつかない感情だけにうまく表せず、逆に表現は単純化する。不快感を表す言葉は文節にも満たない『むかつく』一語に単純化されているが、実は内心はかなり複雑なのだろう」
立川五中の藤川教諭は、「子どもたちに快・不快の感情をきちんと認識させ、表現させる努力が重要だ。また何にそんなにむかつき、どうしたら解決できるのか、一緒に考えていこうという姿勢も親や教師に望まれているのでは」と言う。国語の授業では「うれしい」「悲しい」をほかの言葉で表現する課題があるという。「むかつく」「きれる」といった言葉にも、そんな訓練が必要なのかもしれない。