争う2

 

いじめなど様々な理由で年間30日以上学校を休んだ「不登校」の小中学生は、96年度に約94千人。文部省が統計を取り始めた91年度以降、毎隼増え続けている。

東京都内の中学に通っていたA子さんも、その一人に数えられたほずだ。

学校に行かなくなったのは昨年11月、中学3年の時だ。原因は女子のクラスメートからの継続的ないやがらせだった。無視される。仲の良い友達と話をしていると割り込んできてじゃまする。押さえつけられて、洋服をはぎ取られることさえあったという。

「言い返すことなんてできなかった。向こうは何人もいるのに、こっちは一人。言い返したら、大変なことになっちゃう……」

話を聞いでくれる先生が担任だった間は、まだ救われた。3年の担任は全く相談に乗ってくれなかった。「いじめを知ってたくせに、いじめてる女の子と仲良く語してた」

いじめられた時、どうしましたか?----。塙玉県川口市の教師グループが市内の小中学生にアンケートを行った        ところ、「一人でがまんした」と答えたのは小学男子の45%、中学男子では5割近くに上った。女子小中学生も4人に1人は一人でがまんしている。

一方、中学男子の二割以上がいじめを面白がってみたり、いじめに加わっていた。「罪悪感なくいじめを遊戯化している」とこの調査は分析を加えている。

「塾、受験、部活動など格段に忙しくなって、人間関係でもストレスが高まっている。結局、どこかにいけにえを作り出さざるを得ない。いじめが一つなくなっても、別のいじめが作り出される」。調査に当たった小学校教諭は、こんな見方を示した。

いじめ問題の難しさを別の角度から浮き彫りにするのが、教師をとりまく実情だ。「いじめに気付いた場合、他の先生に相談できるか」との質問には、10%の教師が忙しさや指導のまずさと受け取られることを理由に「できない」と回答したという。

「会議や研修に追われ、いじめに向き合う時間が限られている。解決には、子供と一緒に雑談する時間を増やす努力を続けるぐらいしかない」と先の教諭は力なく話す。

A子さんは今、通信制高校に通っている。「いじめた子を恨んだことはないし、そんなことはできない。その代わり、私だって頑張って学校に通ってるんだということを見せたい」ときっばり言った。夢は保母さんになること。「いろんな経験を積んで、子供の気持ちを分かるようになりたい」

1997/12/2/

 

争う5

 

最近、子供のアイドルという意味で「チャイドル」という言葉をよく耳にする。高山美笹(みてき)ちゃん(5)は、チャイドルの階段をとんとん拍子に上ってきた一人だ。

「幼稚園ママ」「おやこ」などの雑誌のモデルをはじめ、子供のしつけを扱ったビデオに出演。今年9月末にはラフォーレ原宿主催の「キューティーキッズコンテスト」で約800人の中からグランブリを射止めた。10月からは 入浴剤のテレビCMにも出演した。

きっかけは2年前の春、母和代さん(32)が神奈川県厚木市のパルコ店内で顔見知りの店員から「うちのファッションショーに出てみない?」と声をかけられたことだった。イベントは、洋服を着てステージを往復するだけだったが、内気な美笛ちゃんが「また出たい」と言い出した。美笛ちゃんは人見知りが激しく、家族写真でも笑顔を浮かべられなかったという。それが今や「表情が豊か。とりわけきれいな目が印象に残った」(ラフォーレ原宿)と、プロをうならせるほどになった。

母親たちの関心も高い。雑誌の表紙モデルやテレビの子役募集などのオーディション情報が載る「キツズ デ・ビュー」は公称部数15万部。椎葉克宏編集長は「昨年3月の創刊以来、実売数は上がっている。季刊からいつ隔月刊に変えるかが課題」と強気だ。

椎葉編集長は「勉強は点数至上だし、スポーツもタイムや成績が第一。でもオーディションの子供たちは、いわば選ぷ側の主観で評価される。それが親にとって、新鮮な基準と受け取られている」と分析する。

オーディションを目指す親たちの中には「勉強で頑張るのも犬変だし、芸能界に入れたらめっけもの。宝くじを買うようなもんですよ」(子供をタレント養成所に通わせる会社員)という声も目立つ。ただ、かわいい子供が合格するわけではないのがこの世界。受かるコツほ「他人の物まねでなく、自分らしさを持つこと」(椎葉編集長)という。

和代さんは「どうしても芸能人に、とは思わないけど、子供の可能性を広げられればいいなと思っています」と話した。

1997/12/5/

 

争う971201

 

「分刻みで時問に追われて忙しいのに、飽き飽きするほど退屈な毎日。学校でも家でもお小言の洪水。(中略)いったい、あと何年この平凡なうっとうしい生活を送らなければならないのだろうか」(『現代と教育』鍋号より)

 

「取っ組み合いのけんかは、この1年で1回だけでしたねえ」。約400人の児童が通う東京都内の公立小学校に勤める教師歴21年のA教諭は、こう振り返った。小学生のけんかは、友達をからかったりちょっかいを出して、それが口論や取っ組み合いに発展する場合が多い。しかし、A教諭によると「最近の子供はおとなしくて物分かりがいい。からかうこども、からかわれて反発することもあまりなくなった」。

子供の問題に詳しい尚美学園短期大学の深谷昌志教授は昨年、東京都近郊の小学校56年生約1500人を対象に、けんかの調査をした。結果は、「したことがない」が73%。「口げんかもない」が32%に上った。

同教授は82年と91年にも、中学生を対象に同様の調査を実施。取っ組み合いの経験が「一度もない」は82年の39%から91年は40.8%に微増していた。

昨年の調査は対象が小学生だから直接比べられないが、取っ組み合いが子供の世界から消えつつある現状はうかがえる。その理由を同教授は「子供だけで群れる機会が少なくなったため」と分析する。兄弟が減り、おやつを奪い合うこともない。放課後は塾やけいこ事で忙しい。個室が与えられ家の中で快適に過ごせるから、外に出なくても済んでしまう。子供が群れなければ、争う場も理由も生まれない。

「けんかは、自分の意見を強く主張したり相手の気持ちを思いやって謝ったりする社会性を身につけるうえで必要。それなのに、子供がぶつかり合う     機会は減り、唯一、勉強の争いだけが激しくなった」と同教授。

給食の時間、小学校3年の男の子が突然「何でそっちからまわすんだ」と大声で怒鳴った。一瞬、教室は沈黙。牛乳のキャップを回収するビニール袋が、いつもと違う順番で回されただけだったのに----

別の男の子はサッカーの試合中、友達からルール違反を指摘された途端、着けていたゼッケンを地面に投げ捨ててやめてしまった----。こんな場面を見たA教諭は、「子供たちがすぐキレるようになった」と言ってから付け加えた。「思い通りにならない時に感情をどう出したらいいのか分からず、苦しんでいるのです」

1997/12/1/月 連載記事

 

 

争う971204

 

最近、闘争心をむき出しにする「男のスポーツ」の人気が、特に男の子たちの間で低下しつつある。例えば、”お家芸”の柔道。全日本柔道連盟によると、中学生以下の競技人口は、統計を取り始めた八九年度は約八万三千人だった。バルセロナ五輪      の翌年の九三年度には十万五千人まで増えたが、その後、九六年度は約八万四千人に逆戻りしてしまった。

去年のアトランタ五輪で金メダルを三個とったが、今年は「十二月に入った今でも、思ったほど伸びていない」(全柔連)という。少子化の流れの中で、七年前と比べて減っていないのは善戦ともとれるが、全柔連評議委員の長谷川博之さん(61)は「最近は女子の割合が増えている。男子は八九年 度に比べ減っているはず」と話す。

「最近の子供に闘争心がなくなったとは思わないが、苦しさを乗り越えてまで勝つことにこだわらなくなってきたのだろうか」。浦和市で二十年以上前から男子だけの柔道教室を開く長谷川さんはこう漏らす。

試合に負ければ涙を見せる。だが、それをきっかけに練習に打ち込むような子供は減った。「強くなりたいと思って自ら練習する子は十人のうち一人か二人。昔は十人が十人とも強さを目指したものだが……」

同じく若い競技人口の低下に悩むのはラグビー。日本ラグビーフツトボール協会によると、中学生のチーム数は九二年度の336をピークに九六年度には275まで減った。本来ならラグビーの魅力であるはずの体のぶつかり合いを禁じた「タグラグビー」の普及に同協会が乗り出したのも、人気回復のためだ。タグラグビーの指導者の一人、川島淳夫・八千代国際大学助教授は、子供の間のラグビー人気低迷の原因を「今の子供たちは相撲など倒れる、取っ組み合うという遊ぴの経験がないし、親にもラグビーは体をぶつけ合う危険なスポーツと映るのだろう」とみる。

川島さんも子供たちへの指導を通じた実感として「子供の闘争心が弱くなったり、なくなったとは思わない」と言う。ただ「タックル、スクラム、キックなど多様な技術が求められるだけに、その複雑さが敬遠される一因かもしれない」とも川島さんは指摘する。

「楽しい柔道」を目指す長谷川さんの道場では、しかりつけることはせずまずはほめる。「子供に優越感を持たせ、楽しさにつなげていくこどが大切」

それでも人数は減っていく。「どうやればうまく子供の闘争心を引き出せるか、頭を悩ましている」と、長谷川さんは打ち明けた。

1997/12/4/

 

争う971208

 

タイムマシンでもできれば話は別だが、歴史学の問題については、結局どちらが妥当かとは言えても、完全にシロクロの決着はつけられないことが多い。(『逆説の日本史』井沢元彦著)

大阪府柏原市に住む高校教諭、金井聖光さん(56)の日課は、全国紙五紙のチェック。その所在をめぐって「畿内説」「九州説」などが渦巻き、論争が続く邪馬台国に関する記事をすべて切り抜き、講演会やセミナーの情報も見逃さない。関連書籍を買いあさり、弥生時代の遺跡が見つかったと聞けば遠くても飛んでいく。邪馬台国とその女王、卑弥呼に魅せられた現代人の一人だ。

信州に生まれ育ったが、もともと歴史好きで、「奈良、京都に近いところで働く方が研究にも便利」と、大阪に出て教壇に立った。職場では、暇を見     つけてはパソコンに向かう。「邪馬台国論争に関するデータベースも作っている。だれが何という本でどんな説を唱えたか、入力しているところ」

金井さんの夢は、本格的な研究書を出版すること。「定年退職後は邪馬台国研究に專念する。自説を世に問いたい」と意欲満々だ。「卑弥呼は政治、経済的な権力はなかったが、祈ることで大乱を鎮めた。卑弥呼の精神を現在と未来に生かしたい」と目を輝かす。

東京都板橋区の弘中芳男さん(70)は、大手電機メーカーに勤務していたころに、古代史ファンの団体に入った。定年後は、この会の運営の中心的な役割を担っている。「邪馬台国畿内説」の有力な手がかりとされてきた古地図を見で疑問を感じたのが、古代史研究にはまるきっかけになった。大家の説をそのまま信じるという風潮に憤慨して、サラリーマン時代に、その古地図が「後代に誤って描かれたものだ」とする五百ページもの大論文を出版。それまでの定説に異議を唱えた。出版に当たっては私財三百万円を投じたが、「在野の意見でも、徐々に取り上げられるようになった。研究者が見逃してきたこともあるはずで、專門家とは違った観点から指摘できるのが我々の強み」。弘中さんは胸を張る。邪馬台国はどこにあったのか。古代史最大のロマンを求めて、プロの研究者だけでなく多くの古代史ファンが血眼になっている。

「奥さんは、研究について何て言っていますか」。こんな質問に、金井さんも弘中さんも口をそろえた。「もう、あきらめてますよ」

1997/12/8/

 

争う971211

 

今年六月、埼玉県越谷市の寺で江戸時代の能役者、斎藤十郎兵衛の過去帳が見つかった。この十郎兵衛こそ、なぞの浮世絵師、東洲斎写楽ではないかといわれる人物。諸説入り乱れる写楽論争の中で、「十郎兵衛」説に立つ人たちは色めき立った。

「そりゃもう、ぴっくりしましたよ」と話すのは、徳島市に住む写真家の花岡徹さん(39)。過去帳が越谷市の寺にあることを突き止めた「写楽の会」の事務局長だ。花岡さんが写楽研究を始めたのは二年半前。東京から故郷の徳島に戻ったのを契機に、歴史好きの友人と勉強会をスタートした。十郎兵衛が阿波藩お抱えの能役者だったことから、「徳島を盛り上げたい」との思いで写楽について調べ始めたのだ。

「いろいろ説があることは知っていたが、調べていくうちに写楽は十郎兵衛だと確信した。ただ、今回のような決定打を見つけられるとは夢にも思わ     なかった」と花岡さんは興奮気味。ちょうど「写楽の会」の年次総会の日に寺から連絡を受けた。集まっていた十人ほどの会員たちも、過去帳発見の報に驚嘆の声を上げたという。

写楽をめぐっては、まさに「百家争鳴」が続いてきた。中でも十郎兵衛は、江戸時代の浮世絵辞典でも写楽説が取り上げられ、有力視されていた。ただ、浮世絵辞典の記述は後年書き加えられたもの、との指摘があるうえ、何より十郎兵衛が実在の人物であることが証明されてこなかった。「過去帳の発見で、十郎兵衛が写楽である可能性は九十数パーセントになった」。花岡さんは言い切る。

しかし、これまで別の説を掲げてきた人たちはあっさりとは引き下がらない。神戸市に住む自営業、中右瑛さん(63)は、「これで、『写楽=十郎兵衛』と決まったわけではない」と反論する。

浮世絵コレクターとして知られる中右さんは、「写楽=烏居清政説」に立ち、十年前には本も出している。「過去帳の発見には一時は落胆したが、十郎兵衛が実在したと分かっただけ。十郎兵衛が写楽でないという余地も残っている」と〃徹底抗戦〃の構えだ。

「過去帳の発見で写楽論争は魅力が薄れてしまったかな、とも思う。定説のほかに異説があったほうが面白い」。花岡さんは余裕を見せつつも、複雑な心境を打ち明ける。中右さんも「写楽にはロマンがある。論争をしながら楽しく夢を追いかけたい」と言う。

江戸中期、わずか一年足らずの間に140点もの役者絵と相撲絵を残し、こつ然と消えた浮世絵師は、現代人に夢を与えてやまない。

1997/12/11/

 

争う971222

 

「私たち」ではこれまで三週間、「争う」を掲載した。その間に届いた読者の声を紹介する。「君、どこへ行くの」には、学歴を重視しすぎる親の考え方や社会の風潮を厳しく批判する声が相次いだ。

×××

立派すぎる親にはかなわないと思ってしまう、というのがあったが、自分の子供の黄信号に気付かず、赤信号に対処できない親のどこが立派なのだろうか。肩書の立派な人がいたら「偉い、すこい」と思うかもしれない。しかし、そういう人たちに一目置く世の中は、やはりおかしい。

周りがみんな、エリートに弱く、こびていて、甘いのだと思う。いかなる理由があっても、自分の子を苦しめているならばその親は間違っている。せめて、周りの大人たちが「おまえの親は間違っている」「この件に関しては、おまえの方が正しいぞ」という態度を取ってやりたい。不器用で飲み込みが悪い「親に似ない」子のよさも、認めてあげたい。一つの物差ししか持たない大人が住む学歴社会を、私たちの勢力でなくしていきたいと思う。東京都主婦(34

×××

”親業”は難しいと思った。欠点が多すぎても一見立派すぎても子供に影響する。親を過大評価してしまい、越えられないと思いこみ、自分に自信を     持てない焦りで荒れる育年たち。広く人と接し、狭い考えから早く脱して欲しい。

それには何十年もかけて社会全体を変えていくしかない。一度社会に出てからまた戻って来られる大学や、長く休学しても戻れるような中学や高校の体制づくり。机上の学問だけで人間を評価することのない社会。大手の証券会社も崩れた今こそ、新しい価値観や、家庭や学校でも息苦しくない、開かれた社会を作って行けたらと願っている。東京都主婦(43

×××

自分の子を見ると、子供は年齢ごとに遊ぶことに気付く。まず三歳までで区切れ、それ以上の子は幼稚園に入ってしまうので公園にはいない。小学生は同じ学年とだけ。異なる年齢層が遊ぶには工夫と思いやりが必要になるはずだが、そもそもそんな機会さえない。

異質な集団に出会わなければ争うこともないし、争わなければ仲直りの仕方を学ぶこともなかろう。これからは国際化社会と言われ、日本人はより異質な集団とぶつかることになる。その時、争いから和解に持っていくすべを知らない世代はどうなるのか。せめて様々な年齢がふれあえる場を今から作る必要があるのではないか。名古屋市主婦(35

 

1997/12/22/

 

派閥971215

 

はぱつ【派閥】一つの集団の中で、出身・所属・利着関係などを同じくする一部の人々が、その利益を守るためにつくっている、排他的なつながり(学研国語大辞典)

 

☆  ☆

「もう本当に人間関係が嫌になっちゃって……」

横浜市の新興住宅地に住む主婦Aさん(38)はこの夏、三年間通っていた自宅近くのテニスクラブをやめた。現在は電車で約四十分かけて都心のクラブに通うが、「ラケットを抱えて、駅前で以前の仲間とばったり出くわすと、気まずい」と漏らす。     

出産を機に仕事をやめ、子供の幼稚園入園と同時に、「友達を作りたい」とテニスクラブに入会。「スポーツならさわやかな関係が結べ、気軽に参加       できる」ことが理由だった。ところが、一カ月もすると「さわやかさ」とは程遠い現実に気がついた。入会したのは平日に週二回練習できる「平日会員」。メンバiは全員主婦で毎回固定していたが、Aさんが通う日は約十人ずつの二組に分かれ対立していた。両組織の”ボス”は、テニスの腕で一、二を争う五十代の女性。その下に、上手な順にビラミツド式の序列が出来上がっていた。

派閥の力関係は腕一つ。クラブ内試合で相手グループに負けようものなら、いい場所・時間を確保できなかったり、コートを占拠する時間が減ったりという不利益を被る。ボスの座争いもすさまじく、ひそかに個人レツスンを積む人も。どちらかに所属しないと練習相手すら確保できず、Aさんは初回に「お昼をご一緒しましょうよ」と声をかけられた主婦の側に自然、引きずり込まれていった。

つき合いはコートの中にとどまらない。昼食は一緒、練習が終わればだれかの車で買い物に行き、その後お茶。ボスの一声で、夕食までともにすることがある。

ある昼食時、対立グルーブの人の家庭問題が窺上(そじょう)に載り、Aさんははっとした。「皆、家は近所。今後、プライベートな生活にますます踏み込まれると思ったらぞっとしたのです」

距離を置き始めると、あっという間に孤立。派閥に属さない二人の若い主婦が転勤やストレスで退会したのを契機に、Aさんもやめた。今のクラブでは男性も学生もいる土日会員で、濃密な人間関係はない。

都内のあるテニスクラブの支配人は、「主婦も最近は大会で上位に入りたい、といった上昇志向が強い。うまい人がせん望を集め、シンパが集う。主婦グループも趣味を楽しむ和気あいあいとしたものから、力関係にしのぎを削る構図に変わってきたのです」と苦笑した。

1997/12/15/

 

派閥9712516

 

まだ大人の世界を知らない子供たちの間にも、大人の世界のような一蓮托生(いちれんたくしょう)の派閥は存在するのだろうか----

東京都内のある児童館で、小学五、六年生に直接聞いてみた。

六年の女子は、「はばつ?意味が  わかんない」。じゃあ、グループ同士でけんかしたりすることはあるの?「週二回、放課後にバスケットボールの練習があるんだけど、男子がまじめにやらないので注意すると、男子が『でしゃばるな』とか言って、男子と女子でにらみ合いになって、一カ月ぐらい口きかない。でも、その後は忘れてまた話すようになる」。五年の男子は、「グループなんて別にない。日によって遊ぶ人が違うから」と話す。      「子供の世界には、政界や企業社会に見られるようなドロドロした派閥関係は成り立たない」と話すのは、千葉県白井町立池の上小学校の滝川良一教      諭。「彼らの間には、金銭的な利害関係がありませんから」とその理由を説明する。

ただ、子供の世界にも、学校のクラスなど比較的大きな集団の中に、複数の小さな集団が存在するのは事実だ。子供は「ギャング・エージ」と呼ばれる九歳ころ、学年でいえば小学三年になると、集団意識が芽生え、似た価値観を持った同士がグループを作り始めるという。

当然、グループの内と外で、人間関係に濃淡が生まれる。グループの規模が大きくなると、外部に対して共同歩調を取ったり、時にはボス的存在の子供が一部のメンバーを追い出そうとするなど、大人の派閥に似た行動も見られる。一歩間違えばいじめに発展しかねない、と先生たちは言う。

東京都大田区立池雪小学校の向山洋一教諭は、「派閥的な行動を取るのは高学年の女子に多い」と話す。わりと優等生がまとめ役となり、クラスの女     子の半分以上からなるグループを作る。〃派閥の長〃は、自分の気に食わないメンバーがいると、みんなで申し合わせてグループからはじき出す。気に入らない担任が攻撃対象になることもあり、その場合は、無視という形で表れる。「こうなると担任は手に負えなくなる」(向山教諭)。「男子は、より直接的な暴力に訴える傾向がある」(同)という。

とはいえ、子供の世界では派閥も意外にあっさりと解消してしまう場合が多い。滝川教諭は、「最近は特に、この傾向が強い。クラス替えするとグループ自体が消えてしまう。人間関係が希薄になりましたね」と、複雑な表情で語る。

1997/12/16/

 

 

派閥971217

 

首都圏のある老人会。会員五十人前後の、規模としてはさほど大きくないこの老人会で、今年の夏、クーデター騒ぎがあった。かれこれ七、八年会長を務めてきた八十代の女性を、入会してまだ日の浅い六十代の男性会員が、総会での正式な手続きを経ずに、会長の座から引きずり下ろそうとしたのだ。結局、試みは矢敗したが、このごたこたの一部始終は周囲の老人会にまで知れわたるところとなった。

老人会といえば、柔和な笑顔のお年寄りの集まりで、出世・権力争いとは無縁の世界と思われがち。ところが、老人会ではしばしば、派閥争いが繰り広げられる。くだんのクーデター事件でも、”首謀者”の男性会員は、水面下で着々と多数派工作を展開した。その様子を、事情に詳しいある関係者は次のように語る。「女性会長は人望も厚く、敵を作るようなタイプではないが、強いて言えば、長く会長をやり過ぎて一部の反感を買ったようだ。男性会員は、まず会の運営に口を出し、会長の悪口を陰で言うようになった。大勢いた会長の側近は徐々に離れていき、ついには会長の右腕の会計係も寝返った。条件は分からないが、副会長の座を約東された可能性はある。今では、会長側の会員はほとんどいない」

大半を味方につけたと確信したその男性は、老人会事務局がある自治体の窓口に会長交代の届け出をしたが、総会の承認手続きを経ていなかったため受理されなかった。しかし、味方をほとんど失った会長は、観念してか、次の改選期に辞任する意向を示しているという。

派閥のボスになりたがるのは、何も老人会の中ばかりではない。東京都に住む七十代のA子さんは、五年ほど前、市の高齢者のための娯楽・集会施設に通い始めたが、すぐに通うのをやめてしまった。「大広間で腰を下ろそうとしたら、奥の方に座っている女性に『そこは、だれだれさんの場所よ』と怒鳴られた。実は彼女が、その大広間のボスだったんです。彼女は自分にゴマをする人は迎え入れ、そうでない人には徹底的に意地悪した。いつも二、三人の取り巻きがいて、彼女にお菓子を献上してご機嫌をとっていました。彼女は派閥の領しゅう気取りでした」。A子さんは、こう振り返る。

老人問題に詳しい、あるコミュニティー誌の編集者は、「年を取っても欲がなくなるわけではないし、自己顕示欲などは、むしろ年齢とともに強まる印象だ。派閥争いも、ささいなことで起きてしまう」と語る。

1997/12/17/