ドイツで学力低下問題化

 

日本経済新闘 2002(平成14)831(土)

 

日本では学力低下論争が盛んだが、ドイツでも国際的な学力検査を契機に学力低下が社会問題化している。五月から三カ月余、ドイツに滞在した潮木守一武蔵野女子大学教授に寄稿してもらった。

 

二〇〇二年六月、ドイツ国中の話題をさらったのは、ワールドカップの行方であった。ドイツチームが一勝するごとに、街なかはドイツ国旗であふれた。ワールドカップは、ドイツ人のナショナリズムに新たな刺激を与えたようだ。しかし世界選手権の行方と並んで、もう一つ、ドイツ人のナショナリズムを刺激する事件が並行して進んでいた。「ピサ・ショック」、「ピサ・パニック」である。

ピサとは経済協力開発機構(OECD)加盟三十一カ国が行った中学三年生の学力検査のことである。昨年末、この学力検査の国別平均値が発表になったが、その時、ドイツの子供の平均点が、他の国と比較してきわめて低いという結果が出て、国中を危機感が走った。調査によると、読み方の学力でドイツは三十一カ国中二十一位、数学の学力では二十位と、平均以下にしかならない。この時から、ドイツでは「新たな教育崩壊」という言葉をキーワードに、様々な議論が登場した。ところが六月末、ドイツ国内の各州ごとの平均点が新たに公表され、さらに話題を呼んだ。問題の焦点は、州の間でかなり大きな得点差が出たためである。例えば、読み方で最高の成績をあげたのはバイエルン州で、最低はブレーメン州である。国別ランキング表に、バイエルン州をあてはめてみると、だいたい十番目ほどにくる。三十一カ国のなかで十番目となれば、まあまあの成績となる。ところがそれとは逆に一番成績が振るわなかったブレーメン州は、下から四番目。その下というと、ルクセンブルク、メキシコ、ブラジルしかない。かなりの衝撃をドイツ国中に与えた。

こういう時にまず起きるのは、「犯人捜し」である。このミジメな教育危機をもたらした犯人はだれか。かつてはゲーテ、シラーの国と世界から尊敬された国なのに、その子供たちの読み能力を、これほど危機的な状態に陥れた元凶はだれか。第一に起きたのは、保守党・社民党間の教育政策批判の応酬である。調査結果によると、トップを占めたのが、バイエルン、バーデン・ビュルテンベルクという保守党政権下の州。成績が悪かったのが、社民党系の政党が政権を握っている州である。保守党が、これほど雄弁に社民党系の教育政策の限界を露呈した証拠はないと主張すれば、社民党系も黙ってはおらず、バイエルン州ほど高校が普及していない州はないではないかと反論する。

 

ドイツの社民党は、長年にわたって「すべての子供に平等な機会を」というスローガンのもとに教育政策を進めてきたが、むしろ現実は逆で、社民党が政権を握ってきた州ほど、家庭環境による学力格差が大きくなっている。いったい、この看板と現実とのギャップをどうやって説明するのかが今、問われている。

政党間の論争が過熱化の様相を帯びているのは、この秋に総選挙を控えているためでもある。ピサ論争が、総選挙にどのような影響を与えるのか、答えは秋にはわかることであろう。

こうした政党間の論争と並んで、われわれも耳を傾けるべき問題提起がなされている。それは、ドイツ社会のあり方そのものを問う論議である。つまり、世の中全体が「レジャー社会」になってしまった以上、学校だけ責めても、どうにもならないのではないかという議論である。

かつてのドイツは勤勉社会で、第二次世界大戦後、「奇跡の復興」を成し遂げたのも、ドイツ人の勤勉さのたまものと、世界が評価していた。しかしそれは既に半世紀前の話で、五十年も経つと、人々の考え方も変わるし、価値観も変わる。今や人々の最大関心事は、今度の休暇をどうやって過ごすかである。学校に喜んで通う子供はおらず、親も世間も、学校を一つの必要悪としかみていない。「どうして勉強しなければならないのか」と子供に尋ねられ、自信をもって答えられる親がどれほどいるのか。

しかしこれはドイツだけの話ではない。二十一世紀は「知識社会」だといわれている。これからの時代をリードするのは知識で、体系的な知識を持った人材が、これからの社会ではりーダーシップを担うのだという。しかし、体系的な知識を身につけるには、小さな時から、こつこつと勉強を積み上げてゆく忍耐力と集中力が必要である。だが周りを見回してみると、社会全体は「レジャー社会」で、こつこつまじめに勉強するという雰囲気は、どんどん薄れている。「知識社会」と「レジャー社会」。この二つは必ずしも相性がいいわけではない。二つの要素にどういう折り合いをつけるかが、今や先進諸国共通の課題となっている。これは海のかなたの問題ではない。われわれ日本の問題でもある。

 

※コラム

不登校について

 

多くの地域では九月一日から二学期が始まる。子どもたちは十人十色の顔して学校に集まる。初日は問題を抱えながらも学校に行く。ところが、先ごろ文部科学省が発表した問題行動に関する調査では、校内暴力やいじめの件数は減っているが、不登校児童・生徒の数は依然増え続け、過去最高となっている。

中学校では三十六人に一人の割合となる。ほぼ一クラスに一人いることになる。

いうまでもなく不登校児童・生徒は中学校で多い。そして急に増え始めるのが、一年生の二学期からである。それも体育祭が終わったころから兆しが見える。

人間はテーマがあればそれなりに元気を出す。そしてそれが無くなると活動は衰える。しかし活動テーマが百八十度変わると活動は停止してしまう。九月早々から体育祭の練習が始まる。授業がつぶれるのでグランド狭しと楽しく動き回る。これなら夏休みボケ気味の体でもついていける。

ところが九月の終わりごろから教師の態度が変わる。「これから体育祭で遅れた勉強の分を取り戻すぞ」と叱陀(しった)激励する。一学期の終わりごろから勉強がわかりにくくなっていた生徒にとって、この一言はこたえる。朝起きたときお腹が痛い。気持ちがブルーになる。学校を忌避したくなる。子どもが二学期からの学校にソフトランディングできるアドバイスはできないものだろろか。

(千葉大学教授  明石 要一)