ココロジー28
不登校(1)
青少年の不登校は単なる怠けではない。ほとんどが「学校に行きたいが、行けない」という葛藤(かっとう)に苦しんでいる。彼らは心理的な面も含めた何らかの援助を必要としているのである。今回は、不登校の中で比較的よく見られるタイプについて話したい。それは神経症的なタイブというべきものである。
十六歳のA君は気が小さく、まじめで、きちょうめんな性格である。一人っ子のため母親は何かにつけ手をかけてきた。一方、父親は仕事で家を空けることが多く、息子とのかかわりは少なかった。
A君は自分の希望する高校に合格したが、一学期は体がだるい、おなかが痛いなどと訴えて休みがちだった。二学期の初めのこと、髪に寝癖がついているのを級友に指摘されたのをきっかけに、学校に足を向けなくなった。
心配した母親は登校するように何度も説得した。しかし、彼はかたくなに拒んだ。無理やり外に連れ出そうとすると、ふだんはおとなしいA君が「うるせい」と怒鳴り、家の中で暴れ、その後、かえって自室に閉じこもるようになった。両親は困り果て、私のところを訪れた。
A君は初めのうち、絶対に来ないと言い張っていた。しかし、家族面接を通して、両親が彼への対応を変えてゆくにしたがって、来所する気を見せ始めた。家族に会うということは、治療者が家族の中に入るという心理的な意味があり、それだけでも家族間の緊張関係を緩める効果がある場合がある。
ニカ月ほどたってA君は初めて来所し、それ以来ほとんど休まなかった。徐々に元気になってきた様子なので、私は学校と連絡をとり、彼を迎える準備をしてもらった。結局一年留年することになったが、彼は復学した。ただし、彼の神経症的な傾向は残っており、何かの拍子に挫折する可能性もあったため、その後も約二年間、面接を続けた。
不登校の中でも神経症的なタイプの場合、一般に本人の問題、家庭の問題、学校の問題などが絡み合って、準備状態が作られる。そこへはたから見ればささいな、しかし本人にとっては深刻なきっかけが働いて登校不能となる。
多くの場合、初期には頭痛、めまいなどの身体症状を訴えて、数日休んでは登校し、また休むという繰り返しがみられる。そして、次第に登校不能となっていく。この時期には、思考障害と見まがうほど混乱することもあり、情緒的にもたいへん不安定となり、親に当たることもある。
不登校にもいろいろなタイプがある。手遅れにならぬうちに、まずは精神科医や専門家に相談してほしい。本人・家族・環境を適切に見立てることで、初めてほどよい応援が可能となるからである。
(北山研究所 顧問 精神科医 賀陽 斎)1997/11/10/月
ココロジー29
不登校(2)
中学二年生のA君はいくぶん気の小さなところもあるが、本来は明るい性格である。一人っ子のため、母親が手をかけて育ててきた。母子関係には取り立てて問題はなかった。一方、父親は仕事で家を空けることが多く、A君とのかかわりは少なかったが、子煩悩であった。
A君は中学生になってから級友に陰湿ないじめを受け始めた。そのために学校へ行き渋り、欠席しがちになった。両親も担任もいじめが不登校の原因であることにこの時点では全く気付いていない。彼はいじめに遭っていることを打ち明けなかったのである。
両親や大人に秘密を打ち明けたがらないのは思春期の特徴的な心性であるが、そのために事態がこじれることも多い。両親がいじめを知ったのは、彼が二年生になり、本格的な不登校となってからであった。
困り果てた両親は、A君を連れ、私の外来を訪れた。当初、A君は物を投げたり、とりわけ母親に怒鳴ったりするなどの逸脱した行為も見られた。私は、そうした行為が両親ばかりか、A君自身をも傷つけることになる、と彼をさとした。また、父親にはA君のためにこのような行為をたしなめてほ しい、と指示した。こうしてA君との面接が始まった。
彼の逸脱した行為はほどなく鎮まった。また、学校とも連絡がとれ、登校可能となった。しかし、再ぴ級友による陰湿ないじめが始まった。学校に連絡しても。一向にらちがあかない。緒局、彼は登校を断念せざる をえなかった。
A君は学校に通う代わりに、不登校児を対象とした塾へ自発的に通い始めた。そこで友人もでき、笑顔も戻ってきた。その後、彼は高校に進学し、現在は大学受験を目指している。
近年、不登校児が増加していると言われているが、単に増加しているだけではない。不登校の特徴も変化してきているのではないかと思われるのである。これまでは、神経症的なタイプが多くみられた。これは本人の神経症的な傾向がまずあって、それに家族の問題、学校の問題などがからみ合い、準備状態が作られて、何かのきっかけで不登校となる、というタイプである。しかし、最近、A君のような不登校児が増えているように思われる。
A君は私の外来を初めて訪れたころは、強いストレスにさらされていたため、情緒的に不安定になっていた。しかし、彼のような少年が心の病気であるかどうかは大いに疑問である。むしろ、いじめをする少年たちの側に心の問題があり、また、そうした少年の家族に大きな問題があると思われてならない。学校や社会に問題があるのはもちろんだが、私はいじめをする側の少年やその家族こそ精神療法に訪れてほしいと望んでいる。
(北山研究所顧問 精神科医 賀陽 斎)1997/11/17/月
不登校、その時親は・・・
「一体どうして」−−我が子が不登校になったとき、親は子供本人や学校を責めようとする。だが、親の側にも子供との接し方に問題があることが多いらしい。不登校の相談を受けているPDS子育て研究所所長の菊池容堂氏から、実例をまじえて報告してもらった。
親子関係を見直す
「高校二年生の息子が四カ月前から学校に行かなくなり、家で暴れるようになった。手がつけられない」。ある日、会社員A氏から電話があった。息子は、公立の受験校に上位で合格し、入学後もまじめに勉強をしていた。一切反抗せず、「まったく問題のない子」と思われていた。このまま順調に大学へいけば一流企業に就職できる、と欲目があっただけに、親のショックは大きかったようだ。
私はA氏に対して、まず次のように助言した。「息子の生活に口出しや手出しをせず、徹底的に本人にまかせること。ただし三度の食事は準備し、また毎月の小遺いを渡し、洗濯はしてやる」。親がすべきことはこれだけだ。あとは週に最低一回、親が勉強会に参加することを勧めた。ここでは、子供との接し方を見直すため、同じ不登校の子供を持つ父親数人と別の子供たちが一緒になって話し合いをしている。時には親自身の生い立ちまでさかのぼり、自分の価値観の中に「こだわり」「偏見」「頑固さ」「独り善がりの常識」がなかったか、それが子供に悪影響を与えていなかったか、客観的に把握するように指導している。
「いい子はそんなことしないよ」。そう言われ続けてきた子供は、親の顔色をうかがいながら物事を判断する。見捨てられたくないから「いい子」の枠の中で無理をして生きる。その反動が思春期の問題行動として表れる。
価値観尊重し対応
親にとって、自分流の子育てが否定されるのはつらいものだ。「自分に原因があるとは考えたことがない」と多くの人が言う。しかし、子供たちはゆがんだ親子関係の中で自主性を発揮できず、苦しんでいる。それをわかってもらうために、私はときには親に対して厳しい批判もする。
こうした経験を通して、A氏は次のような感想を述べた。「自分の人生があまりにも順調だったので、人の心の痛みに対し理解が足りなかった。自分の価値観を押しつけ、何げない一言で子供を傷つけてきた。妻に対しても聞く耳を持たず、ワンマンだった」。
A氏夫妻は辛抱強く、子供との接し方を変えようと努力を続けた。やがて「なぜ学校に行かないのか」という非難の気持ちがなくなり、子供を温かく受けとめるようになっていった。特に父親のA氏が、それまでの命令・決定済みの調子(「ああしろ」「こうするべきだ」)から、受け入れ・信頼の構え(「そうだな」「力になってくれ」)で接するようになったのは大きかった。子供は落ち着きを取り戻し、迷いながらも7カ月後に自分で再登校を決意した。大学合格も果たした。
「息子のおかげで人生観が変わりました。妻に対しても少しは思いやりをもてるようになりました」とA氏。「夫がとてもやさしくなりました。大変な変わりようです」と妻は語った。
焦らず着実な努力
我が子が不登校になった時、多くの親はまず焦り、世間体を気にして一刻も早い再登校を望む。次に悪い意昧であきらめ、本人に判断をまかせているふりをする。だがこれでは、親が自分を快く思っていないことを子供は微妙に感じ取り、心をオープンにしない。この段階から、不登校の現状をそのまま受け入れ、周囲の雑音に影響されずに子供の自主性を大切にする親になれるかどうか。それがポイントになってくる。
すべてのケースがA氏のように解決するわけではないが、少なくとも子供たちとの勉強会を通して、父親の間には「家族について、子育てについて真剣に考え直すようになった」との声が多くなる。それが親子関係にプラスに働くようだ。結局、子供の問題行動は親子のかかわり方を見つめ直してほしいという訴えでもある。再起できない子供はいない。親が自己点検できるかどうか、それが解決の大きなカギを握っている。
1996/4/27/土