いじめの生成メカニズム
森田洋司・大阪市立大学教授らのグループが「児童生徒のいじめの生成メカニズムとその対応に関する総合的調査研究」をまとめた。森田教授に研究成果などについて寄稿してもらった。
いじめ問題は少しは減少しているものの、依然として憂慮すべき状態が続いていると言われている。事実、先月公表した私たちの全国実態調査でも、一学期間にいじめの被害にあった子供は小中学生の13.9%にあたり、悪化の傾向は見られないものの好転しているとは決して評価できない数値である。
その背景の一つには、電話相談やスクールカウンセラーの導入、学校などでの取り組みなど、いじめられた子供たちへの対応はルーチン化してきたものの、いじめる側の子供たちへの対応は具体性を欠き、まだまだ不十分と言わざるを得ない状況がある。
垣間見える親のエゴ
親の意識はさらに問題を含んでおり、自分の子供がいじめられているかどうかには関心が強くても、自分の子供がいじめていることを知っている親は7%にすぎない。自分の子供さえ被害にあっていなければそれでいい、という親の身勝手なエゴイズムが垣間見えており、家庭での取り組みに期待がもてる数値ではない。
今回の私たちの調査から多くの注目すべき点を引き出すことができるが、そのひとつがこうした親の意識や親子関係のあり方といじめる側とのかかわりである。たとえば、いじめの「加害者」、いじめを面白がる「観衆」、かかわらないようにする「傍観者」の子供たちは、止めに入る子やいじめられている子供たちに比べて、親が自分の生活をつかんでいないと考えている子供が多い。子供の気持ちなどをも含めた生活把握が十分ではないというのである。
いじめはどこにでも見られる現象であるがゆえに、私たちはこれに対する「歯止め」を人間の知恵として蓄えてきた。いじめ問題が、1980年代以降大きな社会問題になってきたのは、このいじめに対する歯止めの弛緩(しかん)や欠如に原因がある。歯止めは個人の内面にも、また集団の中にもある。
いじめが多くの子供たちに広がったり、特定の子供に集中してエスカレートしていくのは、こうした歯止めがゆるんだり欠けてきたことによる。
この80年代の日本社会は、プライバタイゼーション(私事化)という社会の動向が大幅に進展した時代である。私事化とは、簡単に言えば、「公」重視から「私」尊重への価値の転換である。しかし、それは異常な現象ではなく、個人の幸福の実現を図り、自分に素直で自由な生き方が認められてきたという意味ではむしろ歓迎すべきことである。
社会とかかわり薄く
ところが、私事化には否定的な側面もある。社会や集団へのかかわりを弱め、他者への無関心を生み出し、自分さえ人に迷惑をかけなければそれでよいという傍観者意識を増幅する。
「自分に素直に」生きるライフスタイルは、欲求の無制限な拡張や他者の権利の侵害を生み出し、自分さえ楽しければそれでよいという風潮をまん延させていく。いじめ行動や傍観者心理は私事化の否定的な側面から表れた現象であり、いじめへの歯止めを緩めでいく現象でもある。
私事化が進行する社会では個人の幸福の追求が何よりも優先され、個性が尊重されるとともに、異なった考え方や利害が錯綜(さくそう)し、同質的な社会から移行するため、多様な異質性の共存をいかにして図るかを求めることが必要になる。しかし、そこでは、生き方に関してはだれからも干渉されることはないが、人の邪魔をしたり、迷惑をかけることは絶対に許されないというルールが最低限必要となる。それがいじめへの歯止めともなり、その基礎を形成する場が家庭である、今回の調査結果によると、いじめの場面で止めるように注意をしたり、教師などに助けを求めるなど、いじめを止めようとする子供たちには概して親子関係が良好であることを示唆する回答が多い。
子への迎合は逆効果
家庭が子供たちによるいじめへの歯止めをはぐくむ場となるためには、厳しくしつけるだけでは効果がないことはいうまでもない。その根底には子供を包み込むあたたかさが必要である。しかし、それは子供におもねったり迎合することではない。海外の研究によれば、子供の機嫌をとる親にはいじめる子供が多いことが指摘されている。
私事化社会は、個人にとっての心地よさという「快」価値を求める社会でもある。人間関係でもお互いが傷つくことを避け、相手のためになることでも恨まれたりいやがられることはあえて口にしない傾向がある。それが子育てにも入り込んできでいる。
しかし、普段から良好な親子関係が形成されていれば、しかられようが小言をいわれようが子供は親に相談し親を信頼することを調査結果は示している。いま、いじめの解消に向けてさまざまな取り組みがなされているが、その狙いとするところは、私事化に則して言えは、自立した個の輝きを図りつつ、多様な個と個との共同生活を担いうる資質と能力をいかにして子供たちに培わせるかにある。それは、学校だけでなく家庭における教育の目標でもある。
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森田教授らのグループは昨年一月、小学五年生から中学三年生までの児童・生徒とその保護者、教員ら計一万八千四百三人にいじめ問題に関するアンケートを実施、一万五千九百十五人の回答を分析した。
それによると、「いじめられた体験がある」と答えた子供は、小学生で18.4%、中学で12.0%。逆に、いじめた経験がある子供は小学生22.2%、中学15.5%で、ともに学年が進むにつれ減少する傾向にある。いじめられた子供に、だれに相談したかを聞いたところ、「保護者」は28.9%で、「学級担任」(23.1%)よりは多かったものの、トップの「友達」(44.8%)を大きく下回った。「だれにも言わなかった」子供が33.4%いたことも注目される。
一方で、[いじめられたことを知られたくない」相手としては、保護者(46.8%)、兄弟(30.8%)が目立った。また、実際に自分の子供がいじめの加害者・被害者になっていた場合、どの程度の保護者がそれを知っていたかを分析したところ、加害者では7.3%に過ぎず、被害者の場合でも27.5%。いじめられた子供は保護者にあまり相談しておらず、保護者もいじめの実態をきちんと掌握していない現実が浮き彫りになっている。(横)
1998/5/31/日 朝刊