21世紀の時間割 その1

 大胆な厳選(スリム化)、総合的学習の時聞の新設、小学校での英会話----。十八日公表された小中学校の新しい学習指導要領秦には、様々なキーワードがちりぱめられている。これらを紡き合わせると、二十一世紀の教室の様子がおぼろげながら浮かび上がってくる。新しいカリキュラムで「落ちこほれ」や「学校嫌い」の問題は解消し、学校の”教育力”は回復するのか。新指導要領が目指すものと課題を探った。(1面参照)

先駆ける動き

 「私たちは肯定の立場から立論を行いたいと思います」。教室に明るい声が響く。栃木県石橋町立石橋中学校の一年四組。十一月のある日、社会科の時間ではディベートの授業が行われていた。「日本は木材の輸入をやめるべきか」をテーマに、「肯定派」「否定派」の生徒たちによる白熱した意見の応酬が続く。その後ろでは審判役の生徒が熱心にメモをとる。「アジアでほ年間二万平平方キロメ−トルの熱帯雨林が失われている」「木材の輸出によって途上国が発展する」。教師は教室の隅に立ち時々アドバイスをするだけ。教科書は一切開かない。ある男子生徒は「座って先生の話を聞くより、自分の意見が言えるので楽しい」と感想を口にした。

 同校は二年前から学校全体で授業内容のスリム化に取り組み、全教科にわたって年間の指導計画を見直した。今回の授業はその成果の一つで、社会の歴史と公民分野の重複部分を一本化するなどして、ディベートのための時間をひねり出した。数学でも独自のプリントを使って指導時間を短縮する代わりに、一つの資料から結論を導く問題に四時間かける試みを行った。「学力が上がったかどうかはまだわからないが、生徒に積極性が出てきた」とまとめ役の佐伯明弘教諭は話す。

 「基礎・基本に厳選」が新しい学習指導要領の最大のセールスポイント。教える内容をばっさり削り、生徒の負担を減らした上で、生徒に考えさせたり表現させる時間を持たせるのが狙いで、石橋中の取り組みはモデルケースといえる。

疑問の声上がる

 ただ、指導要領案が示した削減内容には現場から疑問の声も上がっている。厳選を実践している石橋中の渡辺仁志教諭(数学)でさえ、「基礎から発展した部分を教えなければ、数学の力はつかない」と批判する。「まんべんなく削った結果、内容が細切れになってしまった」(東京都内の公立中教諭)との指摘も聞かれる。特に懐疑的なのが私学関係者だ。開成中学(束京都荒川区)の数学主任、塚原茂夫教諭は「高校の範囲を中学で教えるような工夫が今より必要になるだろう。中学の入試問題をどうするかも難しい」と話す。佐藤学東大教授は「難しい問題に、こそ勉強の本質的な内容が含まれている。学習指導要領は学校で教える最低限の基準であることを明記すべきだ」と主張する。

生徒にも不安

 石橋中の渡辺教諭はある生徒から「先生の授業では心配です」と言われたことがある。教科書と板書中心の授業に慣れた目から見れば、同中の試みは確かに不安に映る。それでも一年間の授業を終えた後、その生徒は「分かりました」と笑顔を見せたという。「単にやさしくしただけでは生徒は関心を示さない。教師の工夫が求められる」。同中の教師らは、二年半の経験からこう口をそろえる。

 教育内容のスリム化で生まれたゆとりを、教育現場の努力などで』「知識」から「考える力」へという学力観の転換に結びつけることができるかどうか。それが、二十一世紀の教育の行方を握っている。

入試問題にも配慮

 有馬朗人文相の話教える知識の量は多少減ったが、自ら考え問題を解決する「生きる力」は身につくと思う。改訂によって、授業が理解できない子供が減ると確信している。今後は各学校で指導方法や指導体制について創意工夫してもらい,二十一世紀に生きる子供たちに必要な資質や能力をしっかり養ってもらいたい。文部省としては,入試の問題なのにも配慮したい。


学習指導要領案改訂のポイント

く総則など>……………………………

・幼稚園で「直接文字を取り上げない」とする項目を削除

・小学校で個別指導やグループ指導を充実

・一単位時間(小学校45分、中学50分)の規定を見直し、各学校が決める

・総合学習的な時間は国際理解、情報、環境、福祉・健康を例示。国繰理解については小学校段階にふさわしい学習とし、英語の文法学習などは行わない

・中学の選択教科を全教科に拡大。時間数も増加

<各教科>……………………………………

・国語は「話す・書く」領域を充実。漢字の「書き」は学年別配当表(1006字)の扱いを弾力化し、小6の181字は中学に移す

・数学・算数は複雑な計算や公式などを上の学年に移行したり、削除

・理科は高度な内容などを移行、削除。小学校では台風など自然災害を学ぷ

・社会の歴史は時代区分を再編成。公民の「資本主義経済」「社会主義経済」は削除。中学の外国語を必修とし、原則として英語を学ぶ。あいさつなど場面に応じたコミュニケーションを重視。3年問で指導する単語数を1000語程度から900語に削減。うち必ず教えなけれはならない箪語は507語から100語に

・晋楽は中学の歌唱と小中学校の鑑賞は共通曲を示さない。「荒城の月」「魔王」などが姿を消すことも

・小学校では琴や三味線など日本の楽器を学ぷ

・中学の技術家庭ではコンピューター領域が必修に。電子メールの送受信は全員が学び、一部はホームページ制作も

・子供の早熟化に対応し、保健体育は小3から。第2次性徴を小5から小4に移すほか、小学校段階でシンナーの危険性を指導。覚せい剤にも触れる

・中学美術では、マンガや映像メディアによる表現も

・入学式、卒業式での君が代斉唱、日の丸掲揚の義務づけは現行通り。君が代は小学校音楽のすべての学年で指導


学習指導要領

 文相が告示する小、中、高校や盲ろう養護学校の教育課程(カリキュラム)の基準。地域や学校間の差を超えて「全国的に共通に教えることが必要な事柄」とされ、教科書もこれに基づき編集される。「総則」「各教科」「道徳」「特別活動」で構成。それぞれ目標や内容、指導計画の作成と内容の取り扱いを記載している。戦後しばらくは「試案」として、教師の参考用とレての性格を持っていたが、58年から官報による告示形式がとられ法的拘束性を正面に打ち出した。ほほ十年に一度改訂され、今回は告示形式となって五回目の改訂。

1998/11/19/木

21世紀の時間割 その2

 秋暗れの十一月十三日、東京・渋谷区の千駄谷小学校(深海竜夫校長)は朝から異様な熱気に包まれた。この日は同校の授業研究発表会が行われたが、予想を大きく上回る約千五百人の小学校敦師らが全国から殺到。見学者の関心は新学習指導要領に盛り込まれた「総合的学習」に集中した。

児童が仮説立て検証

 総合的学習は、教科横断的な授業で考える力を伸ばすのが狙い。千駄谷小はほかの授業をやりくりして実験的に取り組んでいる。カリキュラムがなく、教える側にとってはすべてが手探りとなるため、見学に訪れた教師たちは真剣そのもの。児童をつかまえては「この道具はどうやって作ったの」などと質問責めにする姿も目立った。

 富山県の西田地方小学校の高橋亮一教諭(41)はビデオカメラを持参し、「二〇〇二年をにらみ、来年度どういうことができるか見に来た。東京とでは環境も違う。子供の関心に合ったものを見つけたい」。山形から来た女性教師(37)も「ぼんやりイメージはわいたが、まだこれでという方向は決まっていない」と不安を隠さなかった。

 千駄谷小の五年二組が総合的学習で取り組んだのは環境間題。総合的学習は従来以上に生徒自身の間題意識が間われるdテーマを選び、仮説を立て、実験を行い、仮説が正しいか検証するのは児童たち。結果に基づきどうすべきかを考え、発表もする。今回は学校の周りに何があるかという学習の中で児童が「明治神宮など緑も多いが、車の量も多い。神宮の中と車道では空気が違うのでは」と指摘。これがきっかけで、学校周辺の大気調査に乗り出した。

外に出て目を輝かす

実験器具は底をくりぬいたペットボトルと折り畳みプール用の小型ポンプを組み合わせた簡単なもの。「一、二、三……」。声を合わせてポンプを押すと、ぬれたろ紙をセットしたペットボトルに外気が入る。「どうかな、ついたかな?」。ルーぺでろ紙をよく見ると細かい粉じんが付いている。「大気の汚れという目に見えないものを、見えるようにする工夫です」と担任の菊原寛之教諭(31)は説明する。

子供のやることだけに粗い面もある。大事な「データ」のろ紙が無造作にカバンに突っ込まれていたりする。父母からは「遊びでは」「学力が付くのか」といった声も出たが、学校側は「実験結果をまとめたり、発表する力はいずれ社会でも役に立つ」と説明する。何より子供たちは授業の中で「外の方が面白い」「理科は好きじゃないけど、こういうのは大好き」と顔を輝かせた。菊原先生も「ポンブを持たせたら一日中やりかねない」ど笑う。

教師自身も勉強

半面、教師の労力は大変だ。授業内容の検討会議も毎週開かれた。しかも、押しつけではなく、児童の自主性尊重が大前提。教える前に教師自身の勉強も必要で、同小でも環境実験の専門家に教えを受けた。

原野にレールを敷きばがら走るような作業だけに,「総合的学習では学校育力そのものが問われ,学校の評価にもつながるかもしれない」(深海校長)との声も上がっている。

1998/11/20/金

21世紀の時間割 その3

 「Japan's money is yen.Malaysia's money is?(日本の通貨は円。マレーシアの通貨は?)」。マレーシア人のエン・ミヨシさんが問い掛けると、教室中から大きな声が上がった。「リンギ!」

小学校に外国人靖師

 十一月上旬、横浜市立富土見台小学校三年一組で開かれた「国際理解教室」。外国人講師が年四回教室を訪れ英語で授業をする試みで、同校は全学年で行っている。新学習指導要領で小学三年以上に導入される「総合的学習の時間」では、国際理解の一環として外国語会話を扱えるようになる。既に市内の小学校の七割近くが国際理解教室を実施している横浜市には、各地から視察に訪れる教育関係老が引きもきらない。

 授業では、エンさんが黒板にパック入りジュースの絵を描いた。「マレーシアではニパックで三十五円」と英語で話すと「えー、ウソー」「やすーい」と子供たち。物価の違いを実感したり、「じゃあ一パックはいくらかな」と割り算も交えながら授業は進んだ。

 児童は日本語で発言すればよく、日本語が分かるエンさんが英語で受け答えする。「イェス」「グッド」と励まされるうち、児童はふど英単語も口にする。だが、そこで単語を繰り返して言わせたり、全員で発音を練習したりはしない。「それでは勉強になってしまい、子供たちはつまらない」(エンさん)からだ。

戸惑う教師たち

 同市教育委員会は国際理解教室の狙いを「異文化を体験し、易しい英語に親しむこと」と説明する。英語については、全く知らなくても想像力を働かせて分かろうと努力することを重視。ゲームを多用するなど、子供を英語嫌いにしないよう注意を払っている。

 「小学校教諭が英語を教えることになるとは……」。全国の教師たちの間では戸惑いも広がっている。指導要領案は具体的な内容を「学校の創意工夫」に任せており、弾力的に授業を運営できる分、教師の力量が従来以上に問われる。

 「横並び意識が強い学校の体質から、ふたを開けたら先進校のマネばかりという結果になりかねない」と懸念するのは日本児童英語教育学会の後藤典彦事務局長。「不安がる前に、教師も子供たちと一緒に学ぶ姿勢を持つことがまず必要だ」と話す。

 小学校への英会語導入については、文部省も「発達段階に合った体験的な学習を」としており、語学の早期教育を目指すのがそもそもの狙いではない。岐阜大学の松川彊子教授(英語教育学)は「会話にとらわれず、広い視野で子供に目に見えない経験を蓄積させ、外国や言葉への興味を育ててほしい」と提言する。

英語にこだわらず

授業の中で「国際理解」を進めるには、必ずしも英語にこだわる必要もない。アジアヘの関心が強い関西では「在日朝鮮人学校との交流から始めたい」とする小学校もある。「異文化への関心が小学校から広がれば、語学に対する子供の要求も変わってくる。中学校の英語教師がただ教科書を教えれぱ済む時代ではなくなるだろう」と松川教授。中学校以降の語学教育のあり方、さらに日本人の発想方法までも変える可能性を秘めた九歳からの国際化教育が狙い通りに進むかどうか。二十一世紀の学校の大きな課題の一つになる。

1998/11/21/土

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