2003年家族のゆくえ
作家・高村薫さんに聞く
児童虐待や少年の非行など家族をめぐる事件が絶えない。二〇〇三年、これからの家族はどこに向かっていくのか。昨年注目を集めた小説「晴子情歌」で、家族のひとつの形を描いた作家の高村薫さんに、現代の家族問題への視点を聞いた。
2003年(平成15年)1月4日(土曜日)
---現代の子供と高村さんの時代との落差を感じるのはどんなことか。
「私はとにかく早く大人になりたかった。大人は、遅くまで起きていられるし、お酒や映画、本などの中の大人ならではの世界にあこがれていた。だから、親と音楽会や美術館に一緒に行くと、とてもうれしかった。普段は子供が行けない大人の世界に踏み込んだような感じがしたからだ。当時は、子供と大人では世界がはっきり分かれていた」
「それが今では、逆。子供は大人になりたくない。子供にとって、大人の世界がつまらなくなったこともあるが、子供に禁じていたものがなくなったことが大きい。携帯電話を持ち、いつでもコンサートや繁華街に行くことができる。お金があるからでしょう」
孤独引き受けず
一-家族の間の様々な問題もそうした変化と関係あるのか。
「家族というのは、本来子供が大人になる場所だと思う。ところが、肝,心の親が十分に大人になっていない。そんな親に、子供を育てる力はない。そこに問題の核心がある」
「子供たちは、大人になっていくと家族から離れていくものだ。大人への準備期間を終えたのだから、当然のこと。だが、今はいつまでも親と同居するか、近くにいて社会的な独立を目指さない。それを親が許容してしまう」
「親も子供と別れるには、孤独を強いられるものなのに、それを引き受けなくなった。本来、親は子供をきちんと社会的に独立させる責任があり、そのために育てる義務がある。育て上げるためには、相応の犠牲を強いられるのは当たり前。それを怠っているのが現代の親だ。親だから、子だからといって密着している家族の姿は、幻想に過ぎない。巣立ちや別れを経て、精神的な自立を迎えねばならないはずです」
一どうして自立できなくなったのか。
「日本社会の価値観が大きく変わったからだろう。より豊かな生活を追い求めるのが第一の価値観になった。モノの豊かさを得るには、可処分所得を大きくしたい。そのためには、親から離れるよりもその財力に頼る」
「二十歳の若者が、平気でブランド品を買い、海外旅行を繰り返すのは日本だけの現象です。年相応、分相応の暮らしが日本だけ崩れた」
「もともと経済は人間の暮らしのためにあるのだが、その暮らしの共通の価値観が固まらないままモノの豊かさに流されてしまった。人間はなんのために生きるのか、自分は世の中で何ができるのかという根源的な問いを避けてきた。戦前までは別の大きな価値観に支配ざれて目立たなかったが、その後はそういうわけにはいかなくなった」
少子化の遠因に
---子供の数が減る、少子化の遠因もそこにあるのか。
「子供が増えれば、将来の自分たちの豊かさが減少していくと考える夫婦が多い。親の収入が変わらないのに、教育費など子供にかかるお金は相当なものだからだ」
「子供を産み育てる根本には、人が生きることへの肯定的な価値観が必要だと思う。モノでなく、人生というか人間への無条件の賛美があるはず。それがないと、子供を育てることへの社会的な評価やサポートが出てこない」
一経済的な欲望はそれほど強いものなのか。
「人の消費行動への欲望は限りがない。最近の百万円もするようなプラズマテレビなどその典型。次々と新製品が出てきて、欲望をかき立てる。車を一度持てば外車にあこがれ、外食を月に一回始めてしまうと、毎週、さらに三日に一回になってしまう」
「日本は平等社会だから、津々浦々誰でもがモノの豊かさを求めることが許される。このエネルギーが、世界でもまれな一億総中流の社会を作ってきた。それはそれでいいことではあるが、それなりの社会的価値観が必要だった」
----いつごろから変わったのか。
「高度成長以来だが、顕著なのは一九八○年代からだろう。象徴的なのが大学への見方だと思う。人類の英知を学ぶこと、学問をすることの社会的意味づけが失われたため、単なるブランドに成り下がった。医師や官僚になるための関門に過ぎなくなった」
「モノ重視の消費文化の波に、知恵や知識、教養という大人の世界が吹き飛んでしまったというか、大人自身が捨ててしまった。いわば、頭の豊かさとモノの豊かさが結びつかなくなり、すべての社会的価値観がモノヘ収敏(しゅうれん)してしまった」
器は問題でない
---小説「晴子情歌」の中で、主人公の母親、晴子が抱える家族はどのように見ればいいのか。あまり生活力のない夫、父親の違う息子、母親の違う娘という四人は特異な家族にみえるが。
「家族の器としては最低でしょうが、晴子夫婦は子供をきちんと大人に育てた。貧富や職業などに関係なく、親としての責任と義務を全うして成人させた。その意味では、ごく当たり前に成り立っていた家族だと思う。そして自立した息子が親とどういう関係を結べるかというのを、ひとつのテーマにした」
---これからどうすれば、そんな本来の家族が復活するのだろうか。
「まず、社会の価値観が変わってから、家族がそれについていくしかない。モノを作って売り、どんどん消費していくような二十世紀型生活モデルが、次第に成り立たなくなってきているのは確かなこと。昨今のデフレは、そうしたモノ頼みの価値観を変えるいいチャンスだと思う」
「家族で過ごす時間が増えれば、モノに頼らない暮らしの中で人間的な価値観を探ろうという動きが出てくるかもしれない。生活を維持できる範囲での経済成長で十分のはず。それは停滞でなく安定であり、欧州のような社会に近づいていくのがいいでしょう」
(聞き手は編集委員 浅川 澄一)