家族を問う

 

「子供の通学カバンに付けられる盗聴器はありますか」。東京・秋葉原のあるディスカウントショップで最近、携帯用盗聴器を買い求める女性の姿が目立っている。いずれも三十歳代の母親で、我が子のカバンにそっと盗聴器を忍ばせて、下校時の子供の素行を監視するのが目的だ、

 

調査会社に依頼

母親たちが買っていくのは、UHF(極超短波)の発信機と受信機をセットにした商品。発信機は縦六・六センチ、横二・七センチ、厚さ一・四センチ、ライター程度の大きさだ。母親は学校近くに止めた車の中などで、ひそかに子供たちの会話を聞く。六万五千円で販売しているセットは「咋年末ごろから、週に二、三セット売れている」(店員)という。

「下校時にいじめられてはいないか」「塾の帰り道に危険な目に遭っていないか」----。いじめ、ナイフを使った少年犯罪の急増、覚せい剤使用の低年齢化など子供たちを取り巻く環境は悪化している。母親たちが盗聴器に頼るまでになった背景には、普通に育てるだけでは我が子を守ることができない、という不安の高まりがありそうだ。

子供の素行調査から、いじめ現場からの救出までをプロの調査会社に任せる母親も増えている。

東京・渋谷にある調査会社、アングルコーポレーションに、東京近郊に住む加藤則子(仮名、38)から電語があったのは今年一月。「近ごろ高校一年生の娘の様子がおかしい。昨年十一月から学校に行きたがらなくなった。娘の行動を知りたい−…」

二年前から夫が県外に単身赴任した加藤は高校生の娘と二人暮らし。娘が入学すると同時にパートタイムで働くようになったが、昨年秋から娘が登校を拒むようになった。理由を聞いても何も言わないため、たまりかねて素行調査を依頼した。

 

進学も安全志向

アングルには、こうした親からの電話相談が一日平均二十五件ある。素行調査は、子供の携帯電語に記録されている通話相手の電話番号のうち通話頻度の高いものを絞り込み、交友関係を割り出していく。カード型の薄い盗聴器を子供の財布に入れて登校させ、調査員が会話をチェックし、いじめが行われているかを突き止める。

盗聴や素行調査といった手段にまで訴えるケースは全体から見ればまだ一握りだろう。だが、悪化する社会環境から子供を守ろうと様々な手立てを探る母親たちが増えでいるのは確かだ。

NT工中央パーソナル通信綱が二月に発売したPHS(簡易型携帯電話)端末、「ドラえホン」。発売前から二万台の申し込みがあり、すでに出荷した一万一千台はほぼ売り切れ、品切れの店が出ている。デザインに採用したアニメ「ドラえもん」の人気もさることながら、端末を持った人が東京都内の通話区域ならどこにいるかを確認できる位置情報サービス「いまどこサービス」も人気の起爆剤になっている。

同社に電語すれば、子供がどこにいるかを示した地図を家庭にファクスで送ってもらえる。四月末まで実験的に始めたサービスだが「平日は小学校の下校時に当たる午後二−三時に依頼の電話が集中してかかってくる」(NT工中央パーソナル通信綱)。

都内のある母親は、息子の入学先に指定された公立小学校のいじめのうわさを耳にして、教育委員会に指定校変更を申請した。「学級の数が多いところで学ばせたい」などと理由を挙げ、遠くても評判のいい学校を選ぼうとする母親が少なくない。中学受験事情に詳しいフリーライター、杉山由美子(46)は「最近、私立中学を目指させる母親には、進学実績だけでなく、いじめの少ない学校にという安全志向が目立つ」と語る。

 

育児の伝承崩壊

子を守り、育てるという家族の機能には、親の役割だけでなく、学校や地域社会の安全という暗黙の前提があった。それが崩れ始めたという危機感が、時として親たちの防衛本能を過激なまでに先鋭化させるのかもしれない。

心身症や育児学に詳しい久徳重盛・久徳クリニック院長はもう一つの要因を指摘する。「かつて、母親たちは大家族や近所づきあいなど集団生活で自然に育児力を身につけた。こうした伝承が壊れた結果、育児や教育に関するさまざまな情報に過敏に反応するようになった」。

母と子の新事情は社会と家族の構造変化を映し出している。

=敬称略 1998/3/25/