心の教育の在り方に関する

 

ナイフを使った中学生の殺傷事件が相次いで発生する中で、中央教育審議会の小委員会が、家庭のしつけの重要性に言及した座長試案を公表した。再び荒れ始めた子供たちに、大人社会の困惑が広がっているが、真の問題解決には、家庭の教育力を高める勢力とともに、現在の学校制度に対する大胆な改革も必要なのではないか。

 

理念だけでは通じず

 

中教審の「幼児期からの心の教育の在り方に関する小委員会」(座長・木村孟前東工大学長)がまとめた座長試案(中間報告骨子案)は、大人社会のモラル低下を指摘する一方で、「家庭のしつけ」に初めて踏み込んだのが特徴。「思いやりのある円満な家庭を作ろう」「間違った行いはしっかり正そう」「幼児には親が本を読んで聞かせよう」などと、育児書と見まがうような異例の内容だ。

同小委は神戸の連続児童殺傷事件を契機に、「心の教育」について文相の諮問を受けた。木村座長は「理念的なものでは親に読んでもらえない。できるだけ具体的にするよう努めた。ヒアリングの結果などからは、親が子育てに悩んでいる姿がはっきり出ている。当たり前すぎるとの指摘が出ると予想していたが、悩む親には理解してもらえると思う」と述べている。

確かに、試案には目新しいものは何もない。だが、当たり前のことを、文相の諮問機関があえて述べざるを得ないところにこそ、問題の深刻さがある。

志水宏吉・東大助教授らは昨年、兵庫県内の小中高教師63人を対象にインタビュー調査をまとめた。「学校の先生は大したことない、と社会も親も思っていると思う」「(親)全員が評論家のよう」「しつけに甘さがある」「子供に遠慮して機嫌を取る」「子供が反抗すると一気に引いてしまう」「学校の対処の仕方に文句をおっしやる親が、本当に増えた」「子供を指導する前に、親を指導しなければならない」

志水助教授は中学教師の肉声を紹介しながら、「教師たちは、従来なら家庭で自然に子供たちが身につけできたであろうことを、自分たちが学校の中で肩代わりしなければならない、すなわち親代わりをしなければならないと感じている」と分析。「教師の親に対する見方は、親の教師に対する厳しい見方に比例するように批判的」と述べている。

こうした思いは、現在の多くの教師に共通するものだ。現場の教師と話をしていると、保護者への不信感の強さに驚かされることが多い。試案はこうした学校現場の思いを代弁したものとも言える。三月下旬にまとまる中間報告は、これまでの中教審の答申や報告に比べ、はるかに多くの共感を学校現場から得られるだろう。

 

中学で問題顕在化

 

この際、保護者=家庭は、学校側の厳しい視線を目覚して、家庭教育の役割を真剣に見直す必要がある。もちろん、試案が指摘するように、大人社会のモラル低下の問い直しや、企業中心社会から家族に優しい社会への転換など、子供を取り巻く環境の見直しなどに取り組まなければならない。だが、それだけでは問題は解決しまい。かつての校内暴力や、いじめ、不登校といった問題は、主に中学校を舞台に起こっている。日本の教育の矛盾は、常に中学で最も激しく噴出し、それが小学校高学年にも伝播(でんぱ)しているのが昨今の現状だ。

日本PTA全国協議会の調査によれば、「学校で大事にされている」と感じる子供は、小学六年生でも32.4%に過ぎず、中学三年生になると10.6%に急減。「どちらとも言えない」は小六の57.9%に対し、中三では65.2%だった。学校の主役であるはずの子供たちの、学校や教師に対する信頼感が揺れているさまがうかがえる。こうした揺れが具体的な形で現れるのが、不登校や保健室登校であり、子供たちの荒れやいじめなのだ。

中学校に問題が集中する原因について、専門家の分析は一致している。13歳から15歳という肉体的にも精神的にも著しい成長を見せる不安定な時期に、高校受験という過酷な選抜の世界に放り込まれるということである。今の中学生は偏差値で見事なまでに輪切りにされ、常に調査書を意識した学校生活を送っている。思春期の彼らにとって、3年間はあまりに忙しく、あまりに短い。

六・三・三・四制の現行学制が発足して半世紀。この間、進学率は大幅に同上し、高校進学率は96.8%(96年度)と、半ば義務教育化している。高校進学が一部の生徒だけの時代に作られた制度がいつまで通用するのだろうか。

高校入試は、昨年の中教審答申が指摘するように、推薦入学の実施や、学力検査の工夫、面接・小論文・作文・実技検査の実施、受験機会複数化などの様々な改革が進んではいる。しかも、中教審は改革のいっそうの推進を具体的に求めている。

 

入試の重圧なお重く

 

だが、入試制度をいくらいじっても、学歴社会の弊害を声高に叫んでも、入試の重圧がいっこうに軽くならず、中学の状況がますます悪くなるのはなぜだろう。少子化で、公立高校の統廃合が話題になる時代である。いつまでも、高校入試を前提にした六・三・三・四制にこだわる必然性はない。中教審自身、公立中高一貫校の部分導入を打ち出しているのである。

家庭のしつけに再考を促すのは、それでいい。だが、学制の見直しを含めた抜本的な制度改革を視野に入れるべき時機に来てはいないか。それですべてが解決するとは思わないが、そのくらいの改革を断行しない限り、中学校が抱える矛盾は解消できないような気がしてならない。

 

(編集委員  構山 晋一郎)1998/2/15/

 

中教審小委員会座長試案の骨子

 

1)未来に向けてもう一度我々の足元を見直そう

@新しい時代を拓(ひら)く積極的な心を育てよう

A倫理観・正義感や思いやりの心など豊かな人間性をはぐくもう

B社会全体のモラルの低下(利己的・享楽的・拝金的な風潮、自已責任の考え方の欠如等)を問い直そう

C「次世代を育てる心を失う危機(夢を語らない、しつけを怠る、自分本位等といった大人社会の問題)を乗り越えよう

2)もう一度家庭を見直そう

@家庭の在り方を問い直そう

A悪いことは悪いとしっけよう

B思いやりのある子どもを育てよう

C子どもの個性を大切にし、未来への夢を持たせよう

D家庭で守るべきルールをつくろう

E遊びの重要性を再認識しよう

F異年齢集団で切礒琢磨(せっさたくま)する機会に積極的に参加させよう

3)地域社会の力を生かそう

@地域で子育てを支援しよう

A異年齢集団の中で豊かで多彩な体験の機会を与えよう

B子どもの心に影響を与える有害情報に地域で取り組もう

4)心を育てる場として学校を見直そう

@幼稚園・保育所の役割を見直そう

A文化と伝統について理解を深め、未来を拓く心を育てよう

B道徳教育を見直し、よりよいものにしていこう

Cカウンセリングを充実しよう

D間題行動に温かくかつ毅然(きぜん)として対応しよう

Eゆとりある学校生活で子どもたちの自已実現を図ろう