戦後教育50周年

 今春は六・三制などを盛り込んだ学校教育法が制定されて五十周年に当たる。戦後の六・三制誕生の背景などに詳しい、東洋英和女学院大学の土持法一教授に寄稿してもらった。

 戦後教育の基本となる「教育基本法」及び「学校教育法」が制定され、戦後教育の代名詞ともいうべき六三制がスタートして半世紀になろうとしている。

原点に返って考察

 現在、公立校への中高一貫教育の導入を検討している中央教育審議会は、現行の中学、高校を残しつつ、六年制中等学校を含む中高一貫教育の「選択的野入」の提言を検討している。しかし、中高一貫教音はあくまでも「運用上の措置」であって、正規の学校制度ではない。すなわち、中学校と高等学校は、「学校教育法」に規定された目的を持つ別種の学校である。しかも六・三制の九年間は義務教育の期間である。一貫教有には功罪もある。六年間の一貫教育という時間的な余裕を効果的、効率的に用いて、ゆとりある教育ができるという半面、受験競争の低年齢化や有名大学への進学の独占という弊害も考えられる。

 中高一東教育を検討するに当たっては、六・三制の原点に返って、なぜこの制度が導入されたのか、考察してみる必必要ある。
 戦後教育改革の「聖典」ともいわれた「ァメリカ教育使節団報告書」(1946年3月)の中でも基本的な意義を持ったのは、学校制度の改革であって、六・三・三制の改革案は画期的なものであった。
 しかし、この制度がどのような経緯で「報告書」の中に盛り込まれたのか、その事実はこれまで明らかにされてこなかった。
 その結巣、今でも六・三制は占領軍の「押し付け」だと考えている人もいる。しかし、六三制を強く要望したのは、ほかならぬ日本側であった。アメリカ教育使節団は戦前の日本の学校制度の一部である六・五制に基づいて男女共学及び霧務教育を延長することを検討していたのである。しかしこの五年生中学の一貫教有の最初の三年を義務教育として分離することが当然問題になったものと思われる。

米とは異なる経緯

 戦後日本におげる六・三制はアメリカの六・三制とは異なる展開をした。
 「報告書」は六・三・三制を勧告する理由として、戦前の差別的な複線型の学校教育の解消、特に中等学校における民主的改革を重視した。アメリカにおける六・三・三制は、本来、児童・生徒の生理的及び心理的な発達段階に応じた区切りであったが、その点が「報告書」では十分に勧告されなかった。この点に関して、アメリカ教育使節団の中で戦後教育改革のカギを握っていた国務省代表のゴードン・ボールス氏は、教育使節団は六・三制を導入するにあたって、それがなぜ必要なのか、その理由を明確に勧告すべきであったと証言している。

 アメリカの教育制度は伝統的には八・四制である。これはドイツのフォルクスシユーレの影響を受けたもので、科学的な論拠はなく、あくまでも宗教的な理由からであったという。それが今世紀になって児童・生徒の心身の発達に応じた学校制度の区切りが必要であるとの考えから、新たに六・三制が生まれたという歴史的経緯がある。

 「六・三制は人間の進歩の段階を考えたところから生まれたものだ。13歳から15歳までの3年間は、若者が最も悩む時期で、それを十二歳以下の年少者と一緒にしてはいけないし、十六歳から十八歳までの年長者とも別に教育したほうがいい。それでこの三年間を義務教育とし、形として六・三制にしたほうが自然というわけだ」ボールス氏はこのように述べている。また、「報告書」は「租税」によって維持されるすべての「公立学校」を単一の制度に統一させたほうがよいと勧告しており、私立学校などを押しなべて画一的に六・三制にすべきだとは勧告していない点に留意すべきである。

 「学校教育法」の制定後の六・三制の準備は十分だったのだろうか。当時文部省において「学校教肯法」の制定に参画していた安嶋情氏は、男女共学及び義務教育の延長による校舎の増築などに苦慮したと回想している。しかも、「学校教育法」はその後の新制高校及び新制大学についても規定しなければならないという制約があった。敗戦直後において、法律及び制度の完備が急がれ、占領軍がいかにそれを強制したかは疑う余地はないであろう。

体格向上、著しく

 戦後五十年を経過した今の子供たちの体格の向上は著しく、「学校保健統計調査」(1995年12月)によれば、「現在の中学生の身長や体重は終戦直後の高校生並み」となっている。
 それにもかかわらず、1947年当時の六・三・三制のままであることは、日本の学校制度の区切りが必ずしも子供の心身の発達を考慮したものではないことを裏付けるものである。
 「アメリカ教育使節団報告書」はその「序論」の冒頭において、「我々の最大の希望は子供たちにある」と述べている。
 今後は、子供たちの心身の発達、子供たちを取り巻く社会環境の変化などを十分に考慮し二十一世紀を担う子供の視点に立って、より良い学校制度を模索していかなけれぱならない。

1997/3/23/日 朝刊掲載

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