現代教育と躾け

2000/7/21/

 

日本の家庭は子どものしつけに、かねて、そして今でも熱心に取り組んでいるのか。青少年の犯罪が起きるたにび組上(そじょう)に上がる現代教育のしつけについて、教育評論家の小宮山博仁氏に寄稿してもらった。

 

学校だけの責任か

青少年犯罪が続けて起きている。そのたびに、学校教育の欠陥が指摘されて、しつけの教育が持ち出される。日本の学校の中での道徳教育が機能していないから、様々な事件や負の教育問題が生じると言うが、はたしてそうなのだろうか。

日本人は子どものしつけを、どこで行っていたのかを、改めて考えなくてはいけない時期に来ている。子どもをしつける場所は主に、家庭と地域社会と学校の三つがあるが、昔の家庭のしつけは素晴らしかった、とある年代以上の人は懐かしむと思われる。

隣人受、自己責任、といった倫理的なことを、だれに教わったかという日米比較のデータ(一九九二年)がある。父母から影響を受けたという日本の子どもの数は、ほとんどの項目で米国の半分以下である。

この時代の父母がしつけに無関心であったとは思われない。しかし、かなり以前から日本の父母は子どもをしつけることをしてこなかったということを、推測させるデータである。日本人は昔から家庭で子どもをしつけることは、あまりしてこなかったのではないか。家庭よりも、農村共同体の中で、道徳的なことを、子どもに教えていた時代が長らく続いていた。

 

共同体の崩壊進む

父母は家庭で職業的な伝達(農業技術など)はした。しかし、共同体の成員として生活していくための知識や社会性(しつけを含む)は、子ども会や若者組や娘仲間といった、共同体の組織で主に行われていた。

一九五〇年代半ばからの高度経済成長により、日本は一九七〇年代には大衆消費社会になったが、同時に、いたるところで共同体が崩壊してしまった。豊かになろうと必死に働いて、都市の八○%以上の国民は、一九七〇年代までに、生活に必要な耐久消費財を手に入れた。

そして、テレビなどの娯楽機器で遊ぶことを覚えた子どもが増えたのである。また農村での仕事は機械化され、共同作業があまり行われなくなり、人々の交流が都市も農村も疎遠になってきた社会であった。共同体が存在していた時代は、子どもをしつける場所があったことになるが、今はない。

一方、日本の家庭では、「子どもは親の背中を見て育つ」といったような、非コミュニケーションを頼りとするしつけが中心であったから、もともとしつけの機能は弱い。そのため、人間関係が希薄になると、学校にしつけが期待されるようになったのが、一九七〇年代以降である。それがうまく機能しなかったのは、校内暴力やいじめの増加を見れば明白だ。

もう一つ、子どもの道徳観を育てる居場所があった。それは子どもたち同士が群れて遊ぶ空間である。子どもは外遊びで様々なことを学んだ。遊びを楽しくするためには、たとえガキ大将だとしても、遊びのルールを守らなければならない。また相手の気持ちを知ると、遊びは楽しくなる。野球、馬飛び、すもう、かんけり、どの遊びをみても駆け引きが遊びを楽しくする。

そういうところから、社会性や協調性を自然に学ぶことになる。また体力のある者は、無い者に対して手加減をしたりして、皆で楽しく遊ぶことを工夫する。肌と肌とのぶつかり合いの遊びを通して、どこまでやれば相手に危害を与えないかを知り、適当なところで止める。

子ども同士が遊びを通して交流することによって、小さい集団ながらも、社会のルールを、お互いに教え合うといった機能が働いた。遊びによって、子どもはお互いに「しつけ」をしていたと考えることもできる。この外遊びが、一九七〇年代から急激に消滅してぎたころから、学校でいじめや校内暴力が増えてきたのは、偶然の一致ではない。共同体の崩壊と外遊びの減少により、子どもをしつける場所がなくなってきたことを認識しなくてはならない。少なくとも、アメリカの中産階級並みに、家庭でのしつけを真剣に考えなくてはいけない時代になってきた。

 

相手の痛み分かって

また、子ども同士を遊ばせる空間を提供することも大切だ。このままでは、相手の痛みが分からない青少年が増え、犯罪が多発する社会になってしまう。

高度な分業化社会になり、そして外遊びはテレビゲームに変わったため、子どもをしつける場所がなくなってきた。子どもに倫理的なことを教えるならば、遊びの空間を提供することも含めた、子育ての共同体を作ることが必要である。