ココロジー980608
Aさんは公立中学校教師。日ごろから生徒の学習指導に熱心で、進学相談、情報収集を積極的にこなしていた。しかし毎年忙しい仕事を続けるうちに、ストレスがたまってか、最近では毎日酒を飲まずにはいられなくなった。指導の努力が報われていないと不満に思う一方、生徒に親身になって接しようというやる気もわいてこない。
Bさんは病院の看護帰。若いころから看護に特別の使命感を持ち、この仕事に全身全霊を打ち込んできた。若い看護婦の指導にも熱心で、職場で尊敬を集めている。ところがあまりにも忙しい日常生活が続くうちに、患者とのごくささいな会話にいらいらした気分になる機会が増え、看護婦としでの役割を十分果たしていないのではないかと悩むようになった。
このように人を援助する対人專門職の人で、自らの理想をもって熱心に取り組んだが、努力が報われずに不満足が長期化し、その結果、無力感から自己嫌悪に陥り、最終的には仕事への意欲をすっかり失う人は少なくない。こうして燃え尽きた心身の状態をさして「燃え尽き状態(バーンアウト)」という。
対人專門職の人は受験戦争に挑む生徒、病気に伴う恐れや痛みに苦しむ患者などを毎日相手にし、しかも彼らのプライバシーを守り、人権や倫理といった重要な課題がつねにつきまとう。筑波大学の宗像恒次助教授はこのような人の受難は単なる個人の問題ではなく、社会の大きな流れの中の軋鞍(あつれき)の表れであると指摘している。
では打開策はないものだろうか。京都大学の田尾雅夫教授らが看護婦を対象に実施した調査によると、職場内に強いネットワークをもつ人ほど、「同僚や患者の顔を見るのも嫌いになることがある」「自分の仕事がつまらなく思えて仕方のないことがある」「仕事の結果はどうでもよいと思うことがある」といった回答が少ないという。彼らはこのような社会的支持の重要性を示唆している。
バーンアウトを含め、職場にかかわるストレスに関連する問題を解決するために、われわれはひとりひとりが社会の現実を認識し、自分および周囲の人々を注意深く観察すべきである。そして自分の人生観、価値観、性格、自分がおかれている環境をみつめ、より長期的視点に基づき、仕事の取り組み、人とのかかわり方について考え直す必要があるだろう。悩んでいる人は早い機会に専門家の援助を求めることが望ましい。さらにわれわれは大きな枠組みに立って、現代社会がもたらすさまざまなひずみの解決を目指すことにより、人類全体として本当の豊かさが実現できるのである。
(大阪大学人間科学部教授 白樫 三四郎)
=次回から広瀕弘忠・束京女子大学文理学部教授が執筆します。
1998/6/8/月 夕刊掲載記事
ストレスを感じる教師
クラス担任にはなりたくないー−。子どもとかかわりあうことに、ストレスを感じる教師が増えている。思いもかけぬ子どもの反応に、どう対応すればいいかわからない。さらに、親とのコミュニケーションがうまくとれず、感情的な対立が尾を引くことも悩みを複雑にしている。
「これまでの二十年間の教師経験はいったい何だったのか」。東京都内の小学校に勤める四十代の女性教諭Aさんは、子どもとかかわりあうことに自信をなくした。
肩に手置いたら体罰
先日の授業中のこと。騒ぐ三年生の子を注意した後、スキンシップをかねて軽く肩に手を置いた。特段の反応はなかったものの、お互い何のわだかまりもなく解決したと思っていた。ところが、子どもは帰宅後、暴力を振るわれたと母親に報告。翌日には母親から”苦情”を受けた教育委員会が、校長に事情説明を求めてきた。校長は「体罰はいけない」と注意するのみだった。
Aさんにとっては寝耳に水。父母が直接自分に間い合わせをしてこなかったことに加え、校長が事情も聞かず体罰と決めつけていることもショックだった。「担任として直接子どもとかかわっている自分を全く無視した形で、事が進んでいる。こんな状況で、どう児童とかかわっていいのか」と悩むうち、不眠と体のだるさを覚えるようになった。
Aさんを診察した東京都教職員互助会三楽病院の精神神経科長、中島一憲氏によると、ここ2〜3年、児童・生徒指導のほか、保護者や同僚教諭との人間関係について悩みを訴える事例が増えている。
増加する精神性疾患
文部省の調査では、病気休職した小中学校教員のうち精神性疾患と認められるケースは、1970年代後半は約10%程度だったが、95年には34%に増えている。
悩む教師が増える背景として、最近の子どもの意識変化を指摘するのは、日本学校メンタルヘルス学会会長で東京学芸大学教授(精神医学)の児玉隆治氏だ。
まず、対人関係に距離を置き、教師が内面に踏み込むことを嫌うようになった。さらに自分の感情も「むかつく」など乏しい言葉だけでしか表現できず、周囲の大人には考えがつかみにくい。
かつては学校は知識を学ぶ場という共通認識があり、「先生の言うことに子どもが従うもの」という図式が成立していた。しかし、今や親、子どもが学校に求める役割はさまざま。熱心な教師であればあるほど、多様な役割を演じ、一個人として子どもと接しようとする。その過程で疲弊し、時に意欲喪失もする。
「教師の知っている子ども像と、親が家庭で感じているそれとが一致しなくなっている」。このズレを教師のストレス要因として挙げるのは、聖徳栄養短期大学教授(教育カウンセリング)の国分康孝氏だ。理解できない行動を繰り返す子と日々苦闘する教師は、時には保護者に対して「家庭かしっかりしていれば」と思うようになる。
一方、親は自分の子どもが問題行動を起こすなどとは考えられない。子どもたちは親にとやかく言われたくないと、「良い子」を演じていることもあるからだ。学校でトラブルが起きれば、「いったい教師は何をしているのか」と不満をぶつけることになる。
学校の組織に問題も
親が教師を信頼しなくなれば、その意識は子どもたちにも影響する。こうした悪循環の中で、「信頼関係を結ぶ出発点ですでに”借金”を負っていては、子どもや保護者とかかわりあっていくのはしんどい」(東京都内の四十代女性教諭)という声が出る。
教師の悩みを深刻にしている原因は、学校の組織自体にもある。一般に教職員同土の付き合いが乏しいことだ。教師がそれぞれ独立してクラス運営をしているため、例えば年配の教師が若手にアドバイスしようと思っても安易には踏み込めない。そのためトラブルをかかえても、一人で悩むことが少なくない。
日本産業カウンセラー協会中部部会は、昨年(1997年)6月に名古屋市で教師向けの悩み相談室を開設した。35人の相談員には教師はもちろん、看護婦など様々な職種の人が参加している。
相談員をつとめる名古屋家裁調停委員の森川千鶴子さんは「これまで教師と保護者が学校を舞台に自分たちの立場だけで、教育問題を論じてきたため、変化する子どもの実像をつかみきれなかった。広い視点を加 味し、卜ータルな立場で問題を考えていく必要がある」と話す。
「子どもと 互いに理解しあっているという実感があれば、親、教師といった立場の違いで対立するようなことはあり得ない」(児玉氏)。まずは、親や教師が無理に子どものすべてを理解しようとするのではなく、分かるところは自信をもって付き合う。足りない部分を子どもにかかわる大人たちで補う関係作りか求められている。
1998/3/25/水夕刊掲載
(曇り後晴れ この日は終業式。クラス担任としての最後の日。
耳鳴りの治療に通院 帰宅 上の記事と同じ経験をし、耳鳴りの原因となる16時30分)
ボロボロになった教師たち
小林正幸肋教綬。菓京学芸大学「教師のための電話相談」(0423−29−7700)の受け付け時間は毎週月噛と木曜の午後6時から7時半。
FAXは未尾が7698で随時受付。今年度の受付期間は終了、4月中旬から再開される
ボロボロになった教師たち
「教室は地獄だった」「明日がない毎日に疲れた」。荒れる学校で身も心もボロボロになった教師たち。登校拒否にはじまり、うつ病、休職、自殺。栃木県・黒磯北中の女性教師刺殺事件を「他人事とは思えない」と口を揃える教師たちが味わっている「地獄」とは1。
「栃木の中学のナイフの耶件を聞いたときは、『ついにここまできたか」というショックもあったんですが、『いずれこうなると思っていた」『やっぱりなあ』という気狩ちのほうが強かったです」
関西の公立中学の教師で現在、産休中のA子さん(31)は、自分の体験をボツリボツリと話しはじめた。「とにかく、授業自体が成り立たないんです。チャイムが鳴っても席につかないとかは当たり前。ときには二、三人連れだって、授業中でも教室の外に出てしまうんです」
A子さんにとって、今の中学は二校目。赴任したとき、生活指導のペテラン教師に、「ウチの中学は、生徒に殴られてアゴの骨を折ったり、突き飛ぱされてムチ打ちになったりした先生がいるぐらいで、校内暴力みたいなものはほとんどないから安心して」と肩をたたかれた。後でその先生も生徒に顔をロッカーにぶつけられ、歯を折った経験があり、それ以来、木刀を祷ち歩いていることを別の教師から聞いた。
「教師は、自分自身が生徒から暴力を受けたり、トラブル があって悩んでいても、それを同僚や上司に相談するのはすごくつらいんです。『そんな子、どこにでもいる」とか、『前のクラスではそんな子じゃなかった』とか言われ
ることもありますし、自分が生徒から嫌われている、自分の指導能力が低い、ということを自分から告白しているような気がして……。できることなら、自分に『このくらい大したことない』って言い聞かせて隠し通したいような気持ちになる。まるで、イジメの被害者の子供と同じような心境ですよね」
A子さんも、授業時間中に校舎の階段付近にたむろしていた男子生徒数人に、「何やってんの?」と軽く声をかけた途端、無言で殴られた。ゲンコツだったので、鼻血が出て、上唇も切れた。一週間近く、カゼのふりをしてマスクをはめて仕事をした。
そんな気丈なA子さんも何度か学校を逃げ出したいと思ったことがある。「両わきを抱え込まれて、顔の目の前でライターの火をつけたり消したりされるんです。ひるんではいけない、と思い、なるだけ落ち着いた声で『やめて」『放して』『落ち着こうよ」と言葉をかけたのですが、結局、気がすまなかったんでしょう。片方の屑毛を焼かれました」
さすがにショックが大きく、治療のための通院もあって、半月ほど学校を休んだ。
首蔀圏の公立中学のベテラン教師、Bさん(43)が登校拒否になったのは、一年半前。異動したばかりの学校で学年主任を任され、期待にこたえようと懸命に取り組んできたつもりだった。でも教師を教師とも思ってない生徒から、あからさまに背を向けられた。少し注意をしただけで、生徒に取り囲まれて土下座させられ、頭を蹴られたこともあった。ブライドはズタズタになった。
二年目に入ってまもなく、朝になると急な頭痛、下痢に悩まされるようになった。職員室まではなんとか行けたが、生徒と顔を合わせたくなくて早引けしてしまう。ついに、朝、布団の中から出ることすらできなくなった。「また、あんなつらい一年を繰り返すのか、と思うと、目の前が真っ暗になるような……。医者に行くとうつ病と診断されました。「あなたは伸ぴきったゴムと同じ、とにかく休みなさい」と言われ、休職を決意しました」
言葉通じぬ子供たちに絶望
Bさんのように、精神性疾恩の診断を受けて病気休職した公立学校の教師は、文部省の謁べによると、昨年度、全教員約九十六万四千人のうち、千三百八十五人(大学、高専、幼稚園を除く)。全病気休職者の三分の一を超え、人数も過去最高に。五年前に比べ、教員数は約三万も減少しているのに、精神性疾恩の診断を受けて休職した教師は約三割も贈えている。
都教委では、心を病み、休職している教師のために、八九年度から、関東中央病院 (世田谷区)に委託して、職場復帰訓練事業をスタートした。週三回、十週間のブログラムで、陶芸教室やスボーツ、グルーブ討諭といった内容を繰り返し続けていくことで、人間関係を取り戻していく。同病院の岡田謙・神経精神科部長は、こう語る。
「最近、ここを訪れる先生は、すさんだ子供たちへの接し方に悩み、保護者への対応に心労を使い果たした人たちが目立ちます。『自分はどうしてこんなつらい仕事を選んでしまったんだろう』と、自分の生き方そのものを否定してしまうんですね。もともとうつ病は、まじめな人がかかるから、そういう人は自分を責め続けて、最悪の楊合は自殺します」
自治体の教育委員会などに教師のための相談窓口などが設置されるケースも増えてきた。なかでも、注目されているのが、二年前からスタートした、東京学芸大学附属教育実践総合センターの「教師のための電話相談」だ。
臨床心理士の資格をもつ教授ら八人がボランティアでカウンセラーを務める。自治体主導の窓口と違って、教育委員会や学校と直結していないのが、悩む教師にとって安心感を与えているらしい。代表の小林正幸同大助教授は、こう話す。
「四十歳代の中堅の先生からの相談が多いですね。経験もあって、意欲のある先生が煮諸まっている。以肺の「話せばわかる」世代の子供を知っているだけに、言葉が通じない子供を相手にしていると、目分の力が落ちてきたように感じてしまうんです」
小林助教授によると、小学校低学隼の担任に悩みが多い。今どきの子供は幼稚化して五、六人がいっせいに、「抱っこ」や「手つなぎ」といったダイレクトな付き合いを先生に求めてくるが、「先生も体は一つですから、全員にはこたえられない。たまたまはじかれた子供のほうは自分は捨てられたという思い込みから、さらに榊紳灼に不安定になります。一人が騒ぎだすと聞囲にいる子のうち、弱い子が影響されて、同調し、あおる子も出てくる。黙って見ている子もいますけど、止める子はいません。雪崩をうったように集団が暴走をはじめ、学級崩壊と呼ぱれる現象が起こります。こうな ると、もう一人の先生ではどうしようもないのです」
数年後さらにひどい状況に
洞察力があり、愛情あふれる先生だがらこそはまる、こんな落とし穴もある。中学男性教師Cさんの場合。自分のクラスの女生徒から、いじめの相談を受けた。カバンをカミソリでズタズタに切られたというのだ。いろいろ調べてみると、どうやらその女生徒自身が自分でカバンを切ったり、体に傷をつけたりして、一種の作り話をしていることがわかった。Cさんは心配になり、熱心に指導するようになった。
女生徒はCさんに打ち解け、「先生、大好き」などと言いだし、異性としての関係を求めはじめた。拒絶すると、自分で服を破り、「C先生に襲われかけた」と他の先生に訴えた。C先生は潔白を訴えたが、その後も、女生徒は自殺未遂をし、大きな問題に。保護者からも反発を受け、学校へ行くのが怖くなり、教師を辞めざるを得なくなった。
このケースについて、C先生の名前などを伏せて小林助教授の意見を聞いてみた。
「三歳くらいまでの間に、場当たり的で不安定な子育てを受けた子供によくある症状で、愛情不足が原因ということに先生が気づく力があると、『何とかしてやりたい」と深入りしてしまいます。その結果、先生は振り回されて、大変な目にあうのです。子供はそれこそ命懸けでしがみついてきますから」
聞けば聞くほど大変な職場だ。同大の別のカウンセラーはこんな話も打ち明ける。
「文部省が指導力のない先生を休職させて、研修するシステムを導入するという報道があったとき、何人もの小学校の先生が、『あのクラスから解放されるなら、ダメ教師のらく印を押されて研修所に派遺されてもいい。自分から志願したいくらいだ』って言ってました。小学校もそこまできている。
最近、ナイフの事件や神戸の『酒蒐薔薇聖斗』事件などで、中学生の問題が指摘されていますが、それは四、五年酌に小学校が荒れ始めた時期を体験した予供たちが中学生になったという話。今の小学校低学年が中学生になるころには、もっとすごい状態になりますよ」
文部省はかつて、「不登校はだれでもなりうるもの」との見解を発表した。今、その「だれでも」に教師も含めるべき時代がきたのかもしれない。
本誌・奥村 晶 週刊朝日 3/6 号 p161〜p163