崩そう 見えない壁
小学校の児童と先生
1996/6/19/水
ある日突然、児童が授業をボイコット。いじめは教師の知らないところで起きる−−小学校の教室で、先生と子供たちの間に〃見えない壁〃があるようだ。だが教師と児童間のコミュニケーションを密にする努力で、この壁を崩すこともできる。その様々な試みを探った。
「児童の授業ボイコットは、私の学校でもありました」。こう話すのは、ある小学校の教諭。新潟県や大阪府で小学生が集団で授業を欠席した事例を聞いて、目撃談を語った。
五年生を担任する同僚のA教諭。教育熱心たが児童の反応が思ったほど良くなく、疲れた様子。子供たちは彼の言うことを聞かなくなった。同じクラスを六年でも担任。児童は、担任以外の先生の話は聞くが、A教諭を無視。二学期のある日、ついに集団で授業を欠席した。
理想の教育実現焦る
「A先生は自分の理想の教育を実現しようと焦って子供の考えに耳を傾けず、コミュニケーションが一方通行だった」と、その小学校教諭は振り返る。
東京の杉並区立杉並第六小学校の土橋稔教諭は94、95年の夏、静岡大学の深谷呂志教授らと共に東京、仙台などの小学校の延べ94クラス(4−6年生)を調査し、担任教諭と児童との人間関係を探った。その結果、担任に対する児童の満足度が低いクラスでは「忘れ物をすると厳しくしかる」「宿題をたくさん出す」という教師像が浮かび上がった。一方、満足度が高いのは「間連えたとき索直にあやまる」「何か決めるとき話し合いを大切にする」先生だった。「児童の満足度が低い先生は、裏返せば教育熱心とも言える。単純にいい悪いと割り切れないが…,」と前置きしたうえで、土橋教諭は子供たちとの関係について次のように分析する。
1対1の開係が40個
教室には先生1人と児童が約40人いる。ここで先生が児童をまとめて引っ張ろうとすると失敗する。1人対40人の人間関係があるのではなくて、先生1人と児章一人の関係が40個あると感じられればうまくいく。児童に対して「先生だから」と力むと努力は空回りしてしまう、と。
教師と児童とのコミュニケーション次第で、いじめ問題も解決できる場合がある。高知市立潮江東小学校の平山英生教諭の話に耳を傾けてみよう。
以前に赴任した小学校で、担任の6年生のクラスで仲間外れ事件が発生。そこで児童に「だれがだれに悪口を言った」「彼はこういう点がむかつく」という個別の事例をじっくり聞き、学級会で黒板に匿名の「いじめ相関図」を書いた。栢関図は結局、3年生の時、ある児童が不用意に発した言葉に行き着いた。「ささいな原困だなあ」とあきれたのは児童の方。教諭が席を外した休憩時間に、子供たちは自分で匿名の相関図を実名にし、いじめはジ・エンド。細かいことまで突き止めた先生に、児童は驚いたようだった。
平山教諭によれば,高学年になると児童が自分を「おとなしい」「親分肌」などと色分けし、それがいじめにつながることがよくある。色分けをなくそうと同氏が心掛けているのは、授業中などに写真を撮ることだ。写真の中の自分を見て、おとなしい子も生き生きとし、自然に色分け意識が薄れていく。
忙しさも障害に
昨年からはインターネットで学級通信を公開、児童の写其や絵を載せている。
教室で目立たない子も、クラス外に新しい活躍の場ができ、自信につながっているという。杉並第六小の土橋教諭は今年、実験的に机の配置をコの字の形に変えてみた。児童が教壇に向く従来のスタイルより、私語は増えるが、先生との親密度は高まりそうだとみている。先生と児童のコミュニケーションを妨げる要因はほかにもある。
「教師のパフォーマンス学入門」を著した国際パフォーマンス研究所の佐藤綾子代表は「最近の先生は自己表現が下手だ」と辛口の批判をする。特に若い教師は、欲しいものを自分から言わなくても親などが与える環境で育った。考えを論理的に述べることや、他人の心を読み取るのが苦手で、子供たちとうまく意思疎通できないことが多いという。
半面、教師は受験対策などに忙殺され、落ち首いて児童とコミュニケーションを図れないとの声もある。乗り越えるべき壁は、なお高いというべきだろう。