ゆとり教育の陰で

2002616日 日 日経新聞朝刊

 

 

「校長になりたくない」。公立学校の現場からこんな声が上がっている。東京都などでは降格を希望する校長や教頭が現れた。教育改革の一環で学校は独自色を求められているが、校長の多くは教育委員会、教員、保護者との板挟みに合うばかり。そんな憂欝(ゆううつ)さが敬遠されているのだ。

 

権限強まるが現実には壁も

 

教室内で車座になった生徒が、教壇に立つ大学生とともに、英語の曲に耳を傾ける。別の教室では、数学の問題を解く生徒たち。六月上旬、土曜日にもかかわらず、東京都台東区立浅草中学には全校生徒の六割に当たる約二百人が登校し、補習を受けていた。しかし、教室をのぞく中村日出夫校長の思いは複雑だ。

浅草中ではこの四月から、第一・第三土曜日に「土曜スクール」として、大学生による補習の場を設けている。「学校週五日制で学力が低下するのでは」との懸念が保護者に広がっているため、区が全公立中学での実施を打ち出した。中村校長は、補習に全力を挙げる職員や学生をねぎらいつつ、「本来、生徒たちは習い事をしたり遊んだり、家の仕事を手伝っていてもいいはずなんだ」と語る。個性を育てるのがゆとり教育の狙い。理想と現実のはざま、気持ちは揺れる。

「そんなことではダメだ」。三年前、東京都内のある区立中学。赴任したばかりの石山太一校長(仮名)は、怒鳴り声をあげた。当時、この中学は万引きや教師への暴力行為など、非常に荒れていた。「生活態度からしつけ直そう」と考えた石山校長は、職員会議などで「集団行動を通じて厳しくしつけを」と訴えた。しかし、教員からの反応は鈍かった。「生徒の自主性に任せるべきだ」。公然と反対を叫ぶ教員も少なくなかったという。怒鳴り声をあげたのはこの時だ。

結局、全教員を説得するのに、半年以上かかった。最終的に荒れは収まったが、石山校長は「学校選択制が広がり、保護者や子どもが学校を選ぶ時代。学校が荒れるに任せていたら、生徒が集まらずに学校が"倒産"していたかも」と統廃合に追い込まれていた可能性を指摘する。実際、都区部では今春、十人弱しか新入生が集まらなかった中学もある。

学校現場の変化の中で、校長が苦悩している。今春始まった完全学校週五日制。それに先立って、学校ごとの個性化が叫ばれ、教育委員会からの権限委譲や校長のリーダーシップ強化が進んだ。

例えば、新しい学習指導要領の目玉である「総合的学習の時間」では、教える内容を各学校が自主的に決められる。性格があいまいだった「職員会議」は「校長の補助機関」と位置づけられ、校長は最高責任者としてすべての校内の決定権限を握ることが明確になった。

福岡教育大の元兼正浩助教授(教育行政学)は、「これまで出先の店長だったのが、中小企業ながら社長の仕事に変わったようなもの」と指摘する。熱意と能力のある校長にとって「腕の見せ所」のはずだが、現実はなかなか思い通りに動かない。

 

希望降任制度 予想超す応募

 

中村、石山両校長のように、「やる気はあるけれど、思い通りに進まない」というケースばかりではない。「仕事に魅力がない」あるいは「自信がない」と、ポストを投げ捨ててしまう校長や教頭も出ている。

東京都と北九州市で今春から実施された校長・教頭の「希望降任制度」。四人が応募した北九州市教委の川原房栄教職員課長は「四人も出るとは予想外。かなりのプレッシャーがあるのだろうか」と話す。都でも十九人が希望した。。

北九州市で教頭から一般教員に降格した西川通雄教諭(仮名、58)は、「自分の信念と違っても教委の方針が優先する。教育者なのに管理者の立場ばかり求められた」。都内のある中学校長は降格希望者ではないが、「義務感で昇任試験を受けただけで、好きで校長をやっているわけではない。地域との行事が増えて土日も休めないのに、給料はそれほど上がらない。損な仕事だ」とこぼす。

こうした「悩める校長たち」へのカンフル剤として期待を集めるのが民間企業出身の校長。企業で培われた統率力や指導力を学校現場に生かし、閉鎖的な学校に風穴を開けるのが狙いだ。現在全国で二十人に上る。ただ、民間出身だからといって急に大改革に着手できるわけではない。

富士写真光機OBで、埼玉県川口市立幸並中学に今春やってきた石黒雅明校長(51)は、時間が空くと職員室に足を運び、教員同士の雑談に耳を傾ける。「企業では上司と部下の間での指示・命令関係が比較的明確だが、学校では企業でのように命令するのは難しい」。自分の考えを通すには、教員の考えを把握し、「学校文化」になじむ努力が不可欠。民間校長を招いた別の学校では、校長の教育方針に教員が猛反発、校長が孤立する事態も起きたという。

教員との関係に加え、硬直的な学校の仕組みも制約。筑波大の小島弘道教授は「欲しい教員を配置する人事権も、自由につかえる予算もない」と指摘する。

校長自身にも間題は多い。小島教授らが中学校長を対象に実施した調査では、自らの力量不足を感じる部分として、「ビジョンの提示」「教職員への伝達力、説得力」を挙げた人が多かった。学校づくりについて自分の考えを持っていない校長が多く、「どうすれば特色が出せるでしょうか」と、PTA"お伺い"をたてた小学校長さえいるという。

 

専門大学院で再教育の動き

 

「優れた校長をキャンパスで養成します」----。京都大はこのほど、校長や教頭の養成を目的とする専門大学院の開設を検討し始めた。

現在、多くの都道府県では、論文や面接試験にパスし、研修を受けて教頭や校長に任用される。ただ、管理職試験の採点に携わった関係者によると、「記述問題や小論文では同じような答えがずらっと並ぶ」。試験対策の勉強会などを通じ、事前に模範解答を暗記して受験するためだ。自分で物を考える校長を生み出す仕組みとはとてもいえない。

京大の専門大学院では、管理職を目指す人材にリーダーシップ論や学校運営のノウハウを身につけさせる方針。いわば企業経営者を養成するビジネススクールの校長版。企業の人事担当者による講義も想定しており、「経営学なども学んでもらいたい」(高見茂教授)という。教育学者らでつくる「日本教育経営学会」も、こうした専門大学院の設置を進めるよう、文科省などに働きかける方針だ。

その文科省も重い腰を上げ始めた。六月になって、ようやく校長養成のカリキュラムづくりに乗り出したのだ。各地の教委が実施する研修の指針を定めるのが目的というが、「校長に求められる具体的な資質が何かについては今後考えたい」(教職員課)という。道のりは遠い。

円滑な意思決定ができる組織づくり、決断力を持ったトップの育成。学校に自主性を迫る前に、文科省や教委はこうした基礎を固めておくべきだったろう。それを怠ったツケが今、教育現場に暗い影を落としている。