善悪の判断ができていない子供

1999(平成11)1212(日曜日)

 

子供たちの非行・問題行動の背景には、規範意識が崩れ、善悪の判断ができていないことがあると指摘する大阪大学の秦政春教授に寄稿してもらった。

 

相変わらず、子供たちは「荒れて」いる。それは、一時期の校内暴力だけではない。いじめ、不登校、「ナイフ事件」、そして「学級崩壊」と呼ばれる最近の問題状況も、その一つである。昨年ごろからは「従来型」の非行行為の多発が目立ってきた。少年非行の「戦後第四のピーク」という指摘もある。

そうした背景の一つに、子供たちの規範意識の崩れという事実がある。みんなで、よってたかって弱い立場の子をいじめる。しかも手口はかなり陰湿、過激、かつ悪質である。これだけをみても、子供たちの規範意識は崩れているとしか言いようがない。

 

いじめ絶対ダメ半数

九六年度に福岡県内の小中高校生約二千五百人を対象に実施した調査によると、例えば「いじめはどんな理由があっても、絶対に許してはいけない」と回答した割合は、小学生(五・六年生)では六三・九%、中学生が五三・二%、高校生では四五・七%でしかない。これほどいじめが問題にされ、学校現場で様々な取り組みがされているにもかかわらず、いじめを全面否定する子供たちの割合は、実際にはこの程度なのである。

子供たちの規範意識に関する問題状況は、これだけではない。親や教師に対する悪質な暴力、シンナー、薬物、暴走行為といった非行・問題行動が、子供たちの世界にまん延している。規範意識どころか、基本的な善悪の判断すらあいまいになっているともいえる。

したがって我々がある行為を非行・問題行動と判断している基準そのものが、すでに子供たちの基準とズレている可能性もある。そこで、まず様々な非行・問題行動に対し、小・中・高校生がどんな意識を持っているのかみていきたい。

小学生の場合、「人のものを隠す」のは「絶対にしてはいけない」と考えている割合は七七・一%、「学校(授業)をさぼる」ということになると六〇・五%にとどまる。ほかにも「学校のものをわざと壊す」九〇・○%、「飲酒」六九・一%、「喫煙」八八・三%、「家出」六三・八%、「万引き」九二・六%、「親・祖父母に暴力」七九・二%といった具合である。どれも間違いなく悪質な行為であり、非行行為である。にもかかわらず、既に小学生の段階で、こうした行為を容認・許容する割合が決して少なくない。

中学生では、「人のものを隠す」七六・八%、「学校(授業)をさぼる」四四・八%、「学校のものを壊す」七九・七%、「飲酒」四六・三%、「喫煙」七五.七%、「家出」四五・七%、「万引き」八七・八%、「親・祖父母に暴力」七五・九%---。いずれも割合がかなり低下する。

この割合は高校生になるとさらに低下し、「人のものを隠す」六三・七%、「学校(授業)をさぼる」一八・七%、「学校のものを壊す」六〇・二%、「飲酒」一七・一%、「喫煙」三五・二%、「家出」三三・七%、「万引き」六四・六%、「親・祖父母に暴力」六六・八%といった状態になる。

ほぼすべての行為内容で、小・中・高校生の順に、これを容認・許容する割合が増加している。この傾向は、これ以外のより過激な行為内容でも、ほとんど例外なく当てはまる。これでは、もはや規範意識が崩れているといった状態ではない。善悪の判断がまるでできていないのである。

そうすると、子供たちがある非行行為に走ったとしても、悪いことと分かっていながらその行為をしたとか、ある種の覚悟をもってその行為に及んだということではないのかもしれない。むしろ、さほどの罪悪感も抵抗感もなく、まさにサラリと非行行為に走っている可能性もある。事実、最近は、それほど明確な理由もなく、なんとなく非行・問題行動を起こしたという子供たちが少なくない。

 

「欲求充足」「正当化」

なんらかの非行・問題行動に走った子供たちに、どんな理由があったのか尋ねた。小学生では「欲求充足」「友だちに誘われて」「正当化」「むしゃくしゃしていた」などが並び、中学生になると、「欲求充足」「特別な理由はない」「正当化」「友だちに誘われて」「むしゃくしゃしていた」等々。高校生は「欲求充足」「特別な理由はない」「正当化」「むしゃくしゃしていた」「刺激がほしかった」などの順である。

率直なところ、これが果たして非行・問題行動に走る理由だろうかと思うようなものが、上位を占めている。しかも、小・中・高校生ともに最も高い割合を占めた「欲求充足」について子供たちの具体的な記述をみると、さらに驚かされる。「ただ、そうしたかったか'ら」「おもしろいから」「楽しいから」「つい飲んじゃった」などの言葉が並ぶ。それにしても、「……したかったから」「……したくなかったから」という表現がかなり多い。

学校をさぼった子供は「行きたくなかったから」、自転車を盗んだ子は、「歩くのが面倒臭かったから」、飲酒の場合は、「飲みたかったから」・…-。明快といえば明快である。それにしても、これが非行・問題行動に走る理由になるところに、今の子供たちの不思議さを感じる。

そして、「なんとなく」「暇だったから」「つまらなかったから」「特別な理由はない」などの答えに接すると、より一層の驚きを覚える。コンビニで万引きをした子供は「近くを通ったから」、学校をさぼった子は「面倒臭かったから」と言うのである。

 

判断能力が最要

やはり上位に顔を出した「正当化」についてもみておきたい。「みんなやっているから」「別に悪いこととは思っていない」「はやっていたから」「友だちと約束したから」「親もしているから」といったものである。家のお金を黙って使った子は「必要だったから」、子供だけで夜遊びをした子は「みんなで楽しめるからいいと思った」、たばこを吸った子は「親も吸っているから」と言う。

これまで、子供たちが何か問題を起こせば、それに対処するということに終始してきた。いわば、対症療法である。ところが、それに追われる中で、子供たちに規範意識や価値意識、そして善悪の判断を教えるという最も重要な作業を忘れていたような気がする。いじめ対策、非行対策も)重要な課題にちがいない。しかし、それ以上に大切なことは、ことの善悪をきちんと自己判断できる能力を育てることである。

 

警察庁のまとめによると、九八年の刑法犯少年の検挙者数は十五万七千三百八十五人、前年比三・○%増と、三年連続して増加した。警察白書は「少年非行情勢は戦後第四の上昇局面を迎えており、依然として極めて憂慮すべき状況にある」と指摘している。

検挙少年のうち、高校生が四三・九%を占め、中学生も二八・一%に上る。凶悪犯は二千百九十七人だが、四六・六%(千二十四人)は非行歴がなく、それまで非行を犯したことのない少年が重大な非行に走る「いきなり型」が増えているのが最近の特徴の一つだ。ただこうした少年も、飲酒や禁煙、深夜遊興など非行の前兆となり得る問題行動があることが指摘されており、問題行動が重大な非行につながるケースが少なくない。

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