アスペルガー症候群(注を参照のこと)と診断された子どもは,教育場面で特別な問題を出してきます。同級生からは,よく奇人変人だと見られ,人付き合いが下手なためにしばしばいじめられます。不器用さと理解しがたい強迫的な興味のゆえにますます「変なヤツ」と思われます。人間関係の理解が難しく,人付き合いをする上での約束事がわかりません。ナイーブで常識に著しく欠けています。柔軟性が乏しく,変化に対応できにくいために,ストレスがたまりやすく,精神的にもろいのです。同時に,アスペルガー症候群の生徒は(大多数が男子です),知能の点では平均,あるいは優秀であり,単純記憶は優れています。自分が興味を持つことにはのめり込むので,その分野で後々大きな業績をあげることもあります。
アスペルガー症候群は自閉症連続体のうちで能力の高い方の端に位置する障害と考えられています。この連続体に属する人たちを比較して,ファン・クレフェルン(Wing,
1991の中の引用)は,低機能自閉症児は「自分だけの世界に生きている」が,高機能自閉症児は「われわれの世界に生きている。ただし自分流に」と記しました(p.
99)。
当然ながらアスペルガー症候群の子どもたちはみんな同じというわけではありません。アスペルガー症候群の子どもたちがまさにひとりひとり独自のパーソナリティを持っているように,<典型的な>アスペルガー症候群の症状は子どもたちひとりひとりに特有のかたちで出ます。よって,どのアスペルガー症候群の子どもにも提供できるような完全な授業方法はありません。ちょうどアスペルガー症候群ではない子どもたちが必要としていること(ニーズ)のすべてを満たす唯一の教育法があるわけではないように。
以下に述べることは,アスペルガー症候群の7つの特徴の説明と,それに応じた学級経営戦略案です。(学級での関わり方の例は,ミシガン大学医学センター児童青年期精神科病院院内学校での私自身の教育経験からのものです。)これらの案は,一般的なものなので,実際には一人一人が必要としていること(ニーズ)に応じて調整しなければなりません。
1 変化を嫌う
アスペルガー症候群の子どもはわずかの変化に圧倒されやすく,周囲のストレス要因にきわめて敏感で,時には儀式的行為にふけります。何が期待されているのかがわからないと,不安になり,強迫的に心配するようになります。そしてストレスや疲労がたまり,感覚に負荷がかかりすぎて容易にバランスを失います。
提案
- 予測可能で安全な環境にする。
- 変更を最小限にする。
- 日課を恒常的なものにする。すなわちアスペルガー症候群の子どもには,毎日の日課はどのようなもので,その子には何が期待されているのかが分かるようにし,取り組むべき課題に集中できるようにしなければならない。
- びっくりさせるようなことは避ける。具体的な活動や時間割の変更,その他の日課の変更は,それがどんなにささいなものであれ,前もって十分に準備させておく。
- アスペルガー症候群の子どもが初めての活動や先生,クラス,学校,キャンプなどに出会う時の,未知の物事に対する恐怖心を前もって和らげておく。その変化について知らせたら,そのことばかり心配することがないよう,実施はできるだけ早くすること。(たとえば,アスペルガー症候群の子どもが転校するにあたっては,登校日までに,新しい先生に会わせ,新しい学校を見学させ,日課を知らせておくべきである。新しい環境での日課が子どもになじむよう,最初の数日間,課題は前の学校のものを与えるとよい。新しい先生はその子独自の興味の領域に気づき,子どもの初登校日に,その興味に関連した本や活動を用意できるかもしれない。)
2 対人相互交流の障害
アスペルガー症候群の子どもは,人付き合いの複雑なルールが理解できません。ナイーブで,極端に自己中心的です。体が触れることを嫌うことがあります。人に話しかけるのではなく,人に当てつけるような話し方をします。冗談や皮肉やたとえが通じません。単調な話し方や,大げさな話し方,あるいは不自然な声の調子で話します。不適当な視線や身ぶりの使い方をします。気配りができず機転がききません。人と付き合う時の手がかりを誤解します。<相手との距離>が判断できません。会話を始めたり続けたりすることが下手です。話し言葉の点ではよく発達していますが,コミュニケーションの点ではよくはないのです。話し方がとても大人びていて気取っているので,<教授>とあだ名されることがあります。人にだまされやすいです(人は嘘をついたりだましたりすることがあるということがわかっていません)。しかも普通は対人的世界の一部(仲間のひとり)でありたいと思っています。
提案
- 子どもをいじめから守る。
- 対人関係がひどく下手なら,年長児の場合,アスペルガー症候群について,対人関係の問題は実は障害なのだということを話し,他児を教育する。他児が配慮してくれたらそれをほめる。他児の共感や寛容の気持ちを育てて,いじめの予防をする。
- 共同学習場面を作り,アスペルガー症候群の子どもの優れた学習能力に注目させる。その場面で,他児がその子の読解,語彙,記憶などの力を評価するようになれば,その子を仲間として受け入れるようになる。
- アスペルガー症候群の子どもは,たいてい友だちをほしいがっている。つきあい方が分からないだけである。対人関係上の手がかりにどう応じたらよいかを教え,いろんな対人場面での行動の仕方を教える。何をどう言うべきかを教える。やりとりの手本を示し,ロールプレイ(役割練習)をさせる。他の生徒なら直感的に気づくようなルールを教えられてはじめて,対人関係上の判断力が向上する。あるアスペルガー症候群の人は,「人間の行動を猿まねすることを習得した」と言っている。アスペルガー症候群の大学教授は,人間の相互のやりとりを理解しようと努力すると,「火星から来た人類学者のような気持ちになった」と語っている(Sacks,
l993, p.112)。
- アスペルガー症候群の生徒は他者の感情を理解できないが,正しい対応の仕方を習得することはできる。そのつもりはなくても,人を侮辱したり困らせたり無遠慮だったりしたら,なぜそういう行動がよろしくないのか,どういう行動なら良かったのかを説明しなければならない。アスペルガー症候群の生徒は,対人関係のコツを頭で理解しなければならない。対人関係の本能と直感とが欠けている。
- アスペルガー症候群の年長児には<担当生徒制(buddy system)>が役に立つことがある。気の利く生徒を選んでアスペルガー症候群について教え,席を隣同士にする。その生徒は,登下校の途中,休憩時間中,廊下にいる間などにアスペルガー症候群の生徒に注意を払ったり,学校のいろんな活動に誘ったりすることができよう。
- アスペルガー症候群の子どもは孤独になりがちなので,まわりの子どもとかかわるよう教師は促すべきである。活発に人と交際するよう励まし,興味の追求に費やして孤立する時間を制限する。たとえば,昼食時に,教師の助手がアスペルガー症候群の子どもの隣に座り,友達との会話に参加するよう積極的に励ます。それは意見を求め質問をすることによるだけでなく,他の生徒達からも同様の働きかけをさせ,それができたら彼らを上手に強化するということによっても行う。
3 限局的な興味
アスペルガー症候群の子どもは風変わりなものに夢中になったり,奇妙で強いこだわりを持ったりします(変わったものを強迫的に集めることもあります)。興味のあることについて,一方的に<講義>しまくったり,何度も繰り返し質問したり,ある観念から離れるのが困難であったり,まわりのことにはおかまいなしに自分のしたいようにしたり,時には特定の関心事以外のことは学ぼうとしないという傾向があります。
提案
- その場に関係のない関心事についてしつこく話したり質問したりすることを許さない 。そういうことのできる時間を別に設けること。例えば,あるASの子どもは動物にこだわり,教室で飼っているカメについておびただしい数の質問をするが,このような質問をすることが許されるのは休憩時間だけだということがわかっていた。これは彼の日課の一部となり,他の時間にこのような質問を始めてもほどなく自分からやめられるようになった。
- 望ましい行動を形成するため,選択的に正の強化をすることは,アスペルガー症候群の子どもを援助する上で重要な戦略である(Dewey,
1991)。アスペルガー症候群の子どもはほめるとよく応じてくれる(たとえば,子どもが一方的に質問しまくる場合,教師はその子が間をとった時や,他者に発言を譲った時にはいつもすぐにほめる)。他児なら当然と考えられる簡単だが望ましい対人行動がみられた時にもほめるべきである。
- アスペルガー症候群の子どもの 中には,自分の興味の範囲外の課題はしたがらない者もいる。授業課題をやりとげれば,どうなるかが確実に予測できるようにしておかなければならない。子どもが,自由にできることと,特定のルールに従わねばならないこととが,子どもにはっきりとわかるようにしなければならない。しかしまた,子ども自身の興味を追求する機会を与えることで,子どもに歩み寄ることも必要である。
- とくに扱いにくい子どもには,最初すべての課題を子どもの興味に応じたものにする必要があろう(たとえば,恐竜に興味を持っているなら,恐竜に関する,文章,数的特徴,読み,つづりの課題を出す)。そして徐々に他のテーマを課題に取り入れる。
- 生徒の興味を学習テーマに結び付けて,課題を与えてもよい。たとえば,社会科の単元である国について学習する場合,電車にこだわる子どもには,その国の人々に使われている交通機関について調査させる。
- 子どもの興味の範囲を広げるために,子どものこだわっているものを用いる。たとえば,熱帯雨林についての単元で,動物にこだわるアスペルガー症候群の生徒の場合,熱帯雨林にすむ動物について学習するだけでなく,その森林についても,森林は動物たちの家である,というようにして学習を進めた。そうして彼は,生き延びるためには動物たちの生息地である森林の木を切り倒さざるをえない地元の人たちのことについても知りたいという気になった。
4 集中力の不足
アスペルガー症候群の生徒は,しばしば自分の心の中の刺激に気をそらされ,課題に集中できなくなります。まとまりのある活動ができず,授業に集中し続けることが困難です(これは注意集中力の不足ではなく,むしろ注意集中の対象が<風変わり>なことが多いのです)。何が重要なことなのかに気づくことができないのです(
[Happe, 1991],そのために重要でない刺激に注意を向けてしまうのです)。また白日夢よりもはるかに強力に複雑な心の中の世界に引きこもりやすいのです。そして集団場面での学習が難しいのです。
提案
- 教室内で生産的な活動をさせるためには,かなりの程度外的な構造を組織化する必要がある。課題は細かく分け,教師はたびたびフィードバックをかけ,再方向付けをする必要がある。
- 集中力に重度の問題がある子どもには,時間を決めたワークセッションがよい。これはアスペルガー症候群の子どもが自分自身の行動をまとめるのに役立つ。授業時間内に完成できなかった(あるいは時間内だがぞんざいに終えた)授業課題は,自分の時間(すなわち休憩時間やその子独自の興味の追求に費やす時間)に完成させるべきである。アスペルガー症候群の子どもは頑固なことがある。彼らは確かな見通しや構造化されたプログラムを必要とする。構造化されたプログラムによって,ルールに従えば正の強化を受けるということを子どもたちに教える(この種のプログラムによって,アスペルガー症候群の子どもは生産的になろうという意欲をもつようになる。そのことで子どもは自分の能力を実感し,自尊心が高まり,ストレスが軽くなる)。
- 普通学級で教育を受けているアスペルガー症候群の生徒の場合,集中力があまりなく,筆記速度がゆっくりで,活動にまとまりをつけることが非常に困難であるため,宿題や授業課題の量を減らしたり,リソース・ルームを利用する必要がある。リソース・ルームでは,特殊教育の教師が,子どもが宿題や授業課題をやりとげるのに必要な構造化を付加する(集中するのが非常に困難な子どもの場合,毎晩何時間もかけて子どもと一緒に宿題をすることを期待すると,親にストレスをかけすぎることになる)。
- 席は最前列にし,授業に集中できるように頻繁に質問する。
- 注意がそれたら,非言語的なシグナルを出す(例えば,肩を優しくたたく)。
- 担当生徒制を採用するなら,担当生徒は隣の席に座らせ,アスペルガー症候群の生徒が課題にもどり,授業を聞くように担当生徒が気づかせるようにする。
- アスペルガー症候群の子どもが自分の内面の考えや空想から離れて,現実世界に注意を向けなおすよう教師は積極的に働きかけるべきである。これは絶え間なく続く戦いである。この内面世界での安心感は,現実生活の何よりもはるかに魅力的と思われるからである。幼い子どもたちの場合,自由遊びでさえ構造化する必要がある。なぜなら彼らは儀式化された孤独な空想遊びに没頭するあまり,現実との接触を失うからである。注意深い指導のもとで,1人か2人の人と一緒に盤(ボード)ゲームをさせることで遊びが構造化されるだけでなく,対人スキルを練習する機会も与えられる。
5 協調運動が下手
アスペルガー症候群の子どもは身体的に不器用でぎこちない。堅くてぎこちない歩き方をします。運動技能を必要とするゲームがうまくできません。微細運動が困難なために筆記に関する問題が生じたり,筆記速度がゆっくりだったり,描画能力に悪影響を及ぼしたりすることがあります。
提案
- 粗大運動の問題が重度の場合は,適応運動教育プログラムを受けるよう紹介する。
- 競技スポーツプログラムよりも,身体教育プログラムの方の健康カリキュラムに入れる。
- 協調運動が下手なために,フラストレーション(欲求不満)がたまったり,チームメンバーにからかわれたりするので,無理に競技スポーツに参加させない。ASの子どもは,自分の動きと他のチームメンバーの動きとを協調させるということの対人関係の理解が欠けている。
- ASの子どもは,高度に個別化された書字プログラムを必要とする場合がある。黒板で動きの手本を示すとともに,紙の上でなぞらせたり模写させたりするのである。教師は繰り返し子どもの手を取って文字を書かせたり,文字を続けて書かせたりし,また手の動きを繰り返し教える。また,発声書字を利用する。いったん子どもが発声書字を憶えたら,自分1人で文字を書きながら,発音することができる。
- 低学年の子どもには,書く文字の大きさと均等性をコントロールするためのガイドラインを紙に書いておくことが有益である。それによって文字を十分に時間をかけて注意深く書かせることになる。
- 制限時間のある課題を与える時,子どもの筆記速度は遅いということを考慮すること。
- アスペルガー症候群の子どもが試験を受ける場合には,他児よりも多くのものを必要とするだろう(リソース・ルームでの試験では,時間を与えるだけでなく,構造化を付加したり,教師がすぐそばで課題に注意を集中するのに必要な方向づけを行う)。
6 学業不振
アスペルガー症候群の生徒の知能は,だいたい平均から平均以上(特に言語領域では)ですが,高度の思考力や理解力が足りません。理解や思考は非常に融通がきかない傾向があります。想像力は具体的なものに限られ,抽象的なものは苦手です。その学者風のしゃべり方と印象的な語彙力は,実は単に聴いたり,読んだりしたことをオウム返しに言っているだけなのに,それをちゃんと理解しているという誤った印象を与えてしまいます。アスペルガー症候群の生徒はしばしば素晴らしい暗記力を示しますが,実はそれは自動機械的なものです。セットした順序で動くビデオのように子どもは返答しているのです。したがって問題解決能力は乏しいのです。
提案
- 必ずやり遂げられるように構成された,高度に個別化された学習プログラムを提供すること。衝動に身を任せないようにするためには,非常に強い意欲を持たせる必要がある。学習は満足感が得られるものにし,不安を引き起こすものにしてはならない。
- 聞いたことをオウム返しするだけのことがあるので,それを理解しているとは思わないように。
- 授業内容が抽象的なときは,説明を補足し,簡単にすること。
- 優れた記憶力を活用すること。事実に基づく知識を憶えることはしばしばASの子どもの得意とするところである。
- 感情の微妙なニュアンス,意味の重層性,小説に出てくるような人間関係の問題は理解できないことが多い。
- 課題として文章を書かせると,繰り返しが多く,主題が次から次へ変わりやすく,言葉の意味を間違えたりする。一般常識と個人的な意見との違いが分からないことがよくある。したがって,時々する難解な言い回しを教師は分かってくれていると思い込む。
- しばしば優れた読解力を持っているが,言語理解力は低い。文章をすらすら読めるからと言って,よく理解しているとは考えないこと。
- 興味のない科目には努力する意欲がわかないので,学業成績は振るわないだろう。学業成績を向上させるためには,非常に確かな見通しが立てられるようにしなければならない。時間制限のある課題は,ちゃんとやり遂げるだけでなく,丁寧にできなければならない。うまくできなかった学習課題は,休憩時間内あるいは自分のしたいことができる時間にやり直させるべきである。
7 心が傷つきやすい
アスペルガー症候群の生徒は普通教育を終えられるだけの知能を持っていますが,教室内で求められることに対応するための感情的な力が足らないことがよくあります。柔軟性に欠けるために,ストレスが溜まりやすいのです。自己評価が低く,自分を責めることがよくあります。また間違いを犯すことに耐えられません。青年期には,特に,うつ状態に陥りやすいようです(大人のアスペルガー症候群では,うつ状態になる率が高いという報告があります)。怒りの反応やかんしゃくの爆発は,ストレスや欲求不満に対する反応としてよく見られます。めったにリラックスできないようです。物事はかくあるべしと固く考えていることがそのようにならないと,たちまち頭に血が上ってしまいます。人と交わり,日常的にごく普通に要求されることに対処するにも,超人的な努力をし続ける必要があるのです。
提案
- 高度の一貫性を保って,感情の爆発を予防する。日課の変更には十分な準備をさせて,ストレスを下げる(<変化を嫌う>の項を参照のこと)。予期せぬ変化に直面させられると,よく恐怖心や怒りにかられ混乱する。
- ストレスに圧倒されそうになったとき,かんしゃくを爆発させないためにはどうしたらよいかを教える。混乱したときに使える具体的な指示リストを子どもに書かせる(たとえば,(1)
深呼吸を3回する,(2) 右手の指をゆっくり3回数える,(3) 担任に会いたいと申し出る,など)。当該生徒が安心するような儀式的行動をリストに含める。これらの手順をカードに書き,いつでも直ちに使えるようにポケットに入れておく。
- 教師の声に表れる感情は最小限に保つ。ASの生徒とのやりとりは,共感的で寛容な態度を明確に示しながら,冷静に,予測できるように,事実に即して行う。「分かり切っているように思えることを教える必要があるのだということを理解できない教師は,辛抱できなくなり,イライラしてしまうだろう」(p.57)と,この障害名のもとになった小児科医ハンス・アスペルガーは書いている(1991)。悲しいとか落ち込んでいるとかを本人が認識しているとは期待しないこと。他者の感情に気づくことができないのと同様,自分自身の感情にも気づくことができない。抑うつ症状を隠したり否定したりすることがよくある。
- 教師は,重度の混乱,注意散漫,孤立化,ストレスに対する耐性の低下,慢性疲労,泣き叫び,希死念慮など,抑うつの徴候となる行動変化に注意することを怠ってはならない。本人が「大丈夫」と言っても,その判断を安易に認めてはならない。
- 子どもの治療者に症状を報告するか,抑うつ状態を評価し,必要なら治療を受けられるように精神保健の専門職に紹介すること。自分の感情を評価できなかったり,他の人から慰めを得られないことが多いので,抑うつ状態をすぐに診断してもらうことが重要である。
- アスペルガー症候群の青年は特に抑うつ状態になりやすいことに注意すること。ソーシャル・スキルは青年期には非常に大切である。アスペルガー症候群の生徒は,自分が他の人と違うことや,普通の人間関係を形成するのが困難なことに気がつく。学業はますます抽象的になり,課題はさらに困難で複雑になる。あるアスペルガー症候群の青年は,ある時から数学の課題を見ても泣かなくなったため,うまく切り抜けたのだと信じられていた。その後彼は数学に取り組んだり,数学の力を発揮したりしなくなったが,それは実は数学を避けるために内的世界へ逃避しているからだということが分かった。したがって彼は決してうまく切り抜けてはいなかったのである。
- 普通学級にいるアスペルガー症候群の青年には,特定の支援スタッフがついて,少なくとも1日1回はチェックするようにすることが重要である。このスタッフは,毎日生徒を面接し,他の教師の観察情報を集めることによって,生徒がどの程度うまくやれているかを評価できる。
- 特定の科目が難しくなったら,アスペルガー症候群の生徒は,すぐに学業面の援助を受けなければならない。アスペルガー症候群の生徒は精神的につまづきやすく,失敗すると他の子ども以上にひどい反応を示すからである。
- 感情的にとても傷つきやすい生徒の場合,高度に構造化された特殊学級へ移し,個別化された学習プログラムを提供することが必要になることもある。自分は有能であり,生産性があると感じられる学習環境が必要である。したがって,授業内容を理解できず,課題をやり遂げられないなら,普通学級にとどめておくことは,生徒の自己イメージを下げ,消極的にし,うつ病のお膳立てをするだけに終わってしまうことにもなりかねない。(場合によっては,特殊学級に入れるよりも個人的な援助者をつける方がよいこともある。援助者は,心理的な援助,構造化,一貫したフィードバックを提供する。)
アスペルガー症候群の子どもは,環境から受けるストレスに傷つきやすく,対人関係を形成する能力に重い障害を持っているので,「とてももろく,どうしようもなく子どもっぽい」(Wing,
1981, p.117)という印象を与えても不思議ではありません。エヴァラード(1976)は健常者と比較して,次のように書いています。「彼(彼女)らが,普通の人とどんなに違うかは誰でもすぐに気づきます。また,譲歩してもらえず,同調することを期待される世間で暮らすためには,多大な努力がいるということはよく分かります」(p.2)
教師は,アスペルガー症候群の子どもが世の中と折り合うことを学習できるよう援助するという,きわめて重要な役割を果たします。アスペルガー症候群の子どもはしばしば恐怖心や不安感を表現できないため,安全な心の内の空想生活にとどまります。しかしそこから離れて外の世界の不安定さに向かう努力を,やりがいのあることとするのは,大人の責任です。学校でアスペルガー症候群の子どもに関わる専門職は,彼(彼女)らに欠けている外界の構造化・組織化・安定性を提供しなければなりません。アスペルガー症候群の人々に独創的な教育戦略を用いることは重要です。それは学業成績を向上させるためだけではなく,他の人からの疎外感を減じ,日常生活の中で普通に要求されることに圧倒されることを減ずるためにも重要です。
注:診断基準については,DSMーIV(精神疾患の診断・統計マニュアルIV)を参照のこと。
アメリカ精神医学会(1994):DSMーIV精神疾患の診断・統計マニュアル(高橋三郎・大野裕・染矢俊幸訳,医学書院)
アスペルガー,H.(1991):子供の『自閉的精神病質』.ウタ・フリス著,冨田真紀訳「自閉症とアスペルガー症候群」(東京書籍)所収(p.83-178)
デューイ,M.(1991):アスペルガー症候群とともに生きる.ウタ・フリス著,冨田真紀訳「自閉症とアスペルガー症候群」(東京書籍)所収(p.317-360)
エヴァラード,M.P.(1976,7月):軽度自閉症の人たちの問題.スイス,セントガレンでの自閉症国際シンポジウムでの発表
ハッペ,F.G.E(1991):アスペルガー症候群の成人による自伝.ウタ・フリス著,冨田真紀訳「自閉症とアスペルガー症候群」(東京書籍)所収(p.361-423)
サックス,O.(1993,12.27):火星の人類学者.吉田利子訳「火星の人類学者」(早川書房)所収(P.259-310)
ウィング,L.(1981):アスペルガー症候群:臨床報告.Psychological Medicine,vol.11,pp.115-129
ウィング,L.(1991):アスペルガー症候群とカナーの古典的自閉症.ウタ・フリス著,冨田真紀訳「自閉症とアスペルガー症候群」(東京書籍)所収(p.179-222)
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