IQ(知能指数)ならぬEQ(感情指数)という言葉が、持てはやされている。自分の感惜をコントロールでき、相手の感情も敏感にくみ取れる能力を表すこの言葉。研修などの楊をとらえて、社員にこれを植え付けようという企業も登場しているが、果たして付け焼き刃で身につくかどうか。過剰とも思える反応は、IQ偏重社会への危機感の現れとはいえそうだ。
米でのプーム引き金
〃EQ人気〃の引き金は米国人ジヤーナリスト、ダニエル・ゴールマンが書いた『EQ〜こころの知能指数』(講談社)だ。IQは七○だが、人間味豊かな主人公が活躍する映画「フオレスト・ガンプ」の人気も相まって、米国で昨秋ブームに火が付いた。日本では七月末に発刊するや、九月末までに九刷、二十八万部を売り上げるベストセラーになった。
EQとは、簡単にいうとその人の感情の豊かさを示す。自分の気持ちをコントロールし、目標に同かって自分を奮い立たせるという内に対する能力と、他人の気持ちを察し、人聞関係をうまく処理する対外的な能力など、エモーショナル(Emotional)な面での総合的な評価だ。
ゴールマンによれぱ、仕事の出来、不出来もこの二つによるところが大きい。世界的に有名な科学系シンクタンクで、仕事ができる社員と普通の社員を比べた場合、両者の工Qに大差はなかった。しかしできる社員を調査すると、やる気もさることながら、日ごろから仕事上重要な人や他の研究員と良好な人間関係を保つよう心掛けていた。
以心伝心や根回しといった文化がすでにある日本では当たり前のように聞こえるが、講談社学芸局次長の富田充氏は「自分の考えをちゃんと主張し、相手にそれを理解させることができることもEQの高さ」と強調する。
幹部に参考書配る
豊かな感性や人を思いやる心を『人間力』と名付け、社員に身につけるようかねがね主張していたという成田豊社長は、この本を社内幹部に実践のための〃参考書〃として配布した。
EQ向上を掲げた研修を取り入れる企業も出ている。スリーマインド教育センター(東京・港)は、ここ二カ月の間に、金融関係や化粧品会社などへEQを取り入れた研修や講演を約三十回実施した。
「営業や接客など『ノー』と言われることが多い職場や企業で、社員にいかにやる気を持たせ、維持させるかを模索している」と同センター所長の岡田昭一氏は一言う。
その一つ、近畿日本ツーリスト東京営業本部は、今年一月から平成入社の社員同けにEQ向上のための一泊二日研修を行ってきた。「業務上の知識や技術は、日々の仕事や社内教育で身につけることが出来る。しかし、契約を断られた際、自分のやる気を立て直し、再び客の要望をくみ取っていい関係を築いていくのは、本人の性格にかかわる問題。これまで指導してこなかった」と同本部管理部能力開発課長の兼高均氏。
バプル期のいい時代を知っている社員の中には、壁にぶつかると立ち直りに時間がかかる社員が多い。研修では高飛車な客や、一度の商談では「うん」と言わない客などに社員がふんし、互いに相手とのコミュニケーションや自分の感情を制御することを体験する。
こうしたブームを早稲田大学の加藤諦三教授(社会心理学)は次のように見る。「これまで日本企業は、学歴の高いIQ型秀才を集めてきた。だが、彼らはいざ仕事になると、期待したほどの成果は出さないし、中にはすぐに辞める社員もいる。知識の詰め込みは出来ているが、内面の強さがない。そんな時にEQという言葉に出合い、『そうだ、彼らに足りないのはEQだ』と膝をたたいた」。
心のゆとりこそ必要
研修は一種のショック療法にはなっても、これでEQが身につくというものではない。企業が社員のEQを本気で高めようと思うなら、社員の感性や豊かな感情を養える時間を与えるように、時短を進めるなど心にゆとりを持たせる企業努力が必要だ。
「EQはIQと違って数値化できない。しかもEQは家庭教育の中で培っていくものであり、一朝一夕に高まるものではない。EQの重要性を認識しなくてはならないのは、企業よりむしろ親や幼稚国の園長だ」(加藤教授)。
たとえテストの結果が悪くても、それまでの努力は認め、褒めてやることで子供は自分に自信を持つ。他人への思いやりも、まずは家庭内の他者である親との関係で育っていくものだ。そうしてこなかったツケを、払わされている企業が、とうとう音をあげ、さかんにEQを言い始めたという事情もある。
北里大学一般教育総合センター教授、養老孟司氏は言う。「前向きな考え方や、人柄のよさを表す言葉は今までもたくさんあった。EQそのものも言葉遊びに過ぎない。それよりも環境の良い場所で人が生きていれぱ、こうした感性は自然と身についてくるんですよ」。
1996/10/15/火曜日 掲載