アメリカのコンピュータ−教育現状レポ−ト
日本のコンピユーター教育は設備不足の一方で、機器が学校に導入されてもよき指導者が少ないなどの問題点を抱えている。コンピユーター教育の先進国アメリカの実状はどうなのか。先日視察に行つた国際大学グローバルコミユニケーションセンター研究員の豊福晋平氏にレポートしてもらう。
いなかった青い鳥
4月の初めに突如アメリカへ教育関係の視察に行くことになった。行政府から学校までさまざまな場所を回り、アメリカの現状をほんの少しだが垣間みることができた。だが、現実は良くも悪くも自分の予想を裏切った。やはり、アメリカにも幸せの青い鳥はいなかったのだ。古くなったマシンの買い替えが予算不足でできなかったり、年輩教員がパソコンを使いたがらなかったりなどという現場の悩みはどこかの国とそっくりだ。またコンピューターや情報を「持つ者と持たざる者」との格差が無視できないほど深刻な社会問題となっている。
ただ、問題に対する手立てが、日本とは比べものにならないほど充実していた。決定権を持つ各学校や学校区に対してスローガンを説明し、予算を確保させ、現場にスムーズに動いてもらえるよう、さまざまな人材/マニュアル/資料/研修機会が豊富に用意されているのだ。普段これらを研究し提案する立場にある筆者は、その必要性を改めて痛感した次第だ。
よみがえるオンボロマシン
さて、印象に残った話をいくつか取り上げてみたい。
まずは、サンフランシスコで出会ったレイ・ポーター氏だ。彼は、サンフランシスコ市学校区連合事務所のコンピューター調整官であり、市内公立学校に配置されるコンピューターの維持管理や技術指導を主な仕事としている。中川I氏のところで似たようなことを数年やってきた僕にとって、会う前から実に親近感のわく人物だった。
彼の作業場「ポトレロヒル・コンピュータ一・サービスセンター」は、サンフランシスコ市の中心部からやや外れた住宅街の中のミドルスクールにあった。作業場に案内されて圧倒されてしまった。教室4つ分はあるだろうか、広いスペースにびっしり埋まるほど古いマシンが山積みにされていたのだ。これはいったい何だ?ボーター氏は「企業からリースバックされたオンボロをただ同然で引き取ってトラックで運び込んでくる。ここでは検品と修理をしている」と言う。丹念に修理作業をしている女性の姿も見える。
では、これだけ古いマシンを何に使おうというのだろう?鍵はマシンにセットされる安価なモデムカードにある。モデムがあれぱ、ネットワークに接続して電子メールも読めるし、文字だけだがWWW(ワールドワイドウェプ)も楽しめる。文字中心の通信ならぱ、十分現役として勤められるというわけだ。これで500ドルネットワークコンピューターも真っ青の超ローコストなインターネット端末が出来上がってしまう。
彼は仕事の合間をみてはマシンを再生し、それらを貧困家庭の子供たちに無償で配るというボランティアを続けているのだった。アメリカではすでに「コンピューターが扱えるかどうか」が良い就職のための条件のひとつになっている。アッパーミドル層の親たちは、それを見越して幼い頃からわが子にコンピューターを触らせることに熱心だが、機械が買えない貧困層にとっては深刻な問題だ。そこでポーター氏は、リースバックされたジャンクマシンを再生し配ることを思いついた。たとえ古くても、家庭でワープロが扱え電子メールのやり取りができれぱ、子供たちは先端をいくサイバースペースに参加しながらコンピューターの経験を積むことができる(写典4)。彼は「Windows95はいいソフトだ。仕事で使えなくなるマシンがまた増えるからね」といたずらっぽく言う。企業にあるマシンが新機種導入などで大量に廃棄されれぱ、今よりもっと性能の良いマシンを子供たちに配ることができる。将来的には市内の全教員に対しl人あたり2一3台程度は配れるようにしたい、ということだ。実は帰りがけ「日本に200台ぐらい持ち帰らないか」という冗談のような申し出を受けたのだが、断らざるを得なかった。漢字など2バイト系の文字を扱うには、それなりのマシンパワーとグラフィックス性能が必要になるからだ。アイデアは素晴らしいが、日本で同じように古いマシンを通信用端末として復活させるのは難しそうだ。数年前までは各社のパソコンはバラバラの規格だったので部品調達が難しいし、拡張性に乏しい専用ワープロの占める割合も大きい。
だが、日本におけるもっと大きな問題は、通信コストだ。日本のような従量制では、通話料金が下手をするとコンピューター本体の値段より高くなってしまう。予算の少ない学校や余裕のない家庭からのネットワーク接続には、大きな障壁となるだろう。アメリカとだいぶ様子は異なるが、子供たちがネットワークを自由にじゃぶじゃぶ使えるようにするために解決すべき問題点は多い。ともあれ、ボーター氏いわく「ひとりのクレイジーな野郎が始めた」地道なボランティア活動は、特に脚光を浴びるわけでもないが、着実にコンピユーターやネットワークを必要とする人々に根付いてその輪を広げている。地味ながら、自分のできる範囲で最大限行動する彼のやり方は、いかにもアメリカ的だし、何もせずに待ち続けるより、よっぽどかっこよく思える。
マルコムXアカデミー
いくつかの学校を回ると、はっきりとした地域差や学校差を実感せずにはいられない。裕福な層の学校は潤沢な予算で設備を整え、時代の先端を突っ走る。この日訪れたある高校では、当然のようにT1(1.5Mbps)でインターネットに接続し、学校中にネットワーク用の情報コンセントを持ち、ハイスペックなマシンをあちこちにゴロゴロと合計120台以上も置いていた。コンピューターラボの生徒たちは、ホームページを開いて調べものをしながらレポートを組み立てていた。一方で、予算に余裕のない学校では新しい機材が買えないので、古いMS‐DOSマシンやAppleIIをいまだ現役で使っている。日本では見かけなくなった5インチフロッピーもまだまだ健在だ。ただ、どこへ行っても日本の小学校よりマシンの数だけは多かったが。
マルコムXアカデミーは幼稚薗から8年生までの学校だ。学校名の由来は聞けなかったが、確かに黒人の比率が高い地域だという。コンピューターラボには古いAppleIIeが40台あり、手作りのネットワークでファイルサーバーにつながれている。担当の先生によれぱ、ラボの稼働率はけっこう高く、授業でワープロとして使う機会が多いのだそうだ。
この学校で注目したいのは,「ライティング」や「パプリッシング」に対する積極的な姿勢だ。例えぱ、ライティングのカリキュラムでは、郵便やFAXを通じ社会人と子供たちとが文通するというユニークなプロジェクトを続けている。相手の社会人は、バンク・オブ・アメリカなどの企業から募ったボランティアだ。1人の女の子のFAX文通のケースを見せてもらったのだが、最初は片言数行のぎこちない文章が、文通を通じて次第に内容が生き生きと豊かになり、数ページの文章量に成長してゆく様子がよくわかる。先生は、基本的な書き方と時折スペリングのチェックをしてあげるだけ、という。相手に何かを伝えようとする意志が、ここまで強力に文章力を育てるという例を見て驚かずにはいられない。
また、この学校には立派なパブリッシュセンターがある。子供向けの施設とはだいぶ趣が違う。大型のカラーインクジェットプリンターが数台置かれ、学校内のプリントのほか、地域向けの出版物もたくさん作っている。廊下には、一面にここで刷られたデイリーニュースが飾られていた。子供たちの写真と文章が添えられた簡単なものだが、その数には圧倒される。一番下に宿題が載っているところから考えると、毎日子供たちに手渡しているようだ。
手持ちの材料を使って自ら行動する
本来「最新教育事情報告」なら、先ほどのインターネット先進校をトップに飾るのが筋なのだが、正直いうと僕にはあまりアピールしなかった。先進事例についても、テクノロジーがどう教育に結びついていくかについて、感銘を受けるほどのビジョンはついぞ語られなかったからだ。むしろ、手持ちの材料を使って最大限コンピューターを教育に貢献させるやり方を模索し、実際にアクションを起こす行動力に学ぶべき点は多かった。何事も「まず自らが動かねぱ」と考える姿勢は、私たちにいま一番欠けている部分かもしれない。
中川(横浜市立中川西小学校教諭)がアメリカを視察したのは7、8年前だが、豊福君によれぱ日本もアメリカも事情は似たり寄ったりらしい。結局「やる気のある個人」がコンピューター教育推進の原動力になっている。
1996/9/18/水 発行 マックパワ−10月号 p226〜p227