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母親の目を通し作られる父親像


六月第三日曜日は父の白。母の日がカーネーションのプレゼントといったシンボルによってくっきりと彩られているのに比べると、父の日の方ははっきりとしたシンボルが見当たらない。
第一、子供たちに聞いてみると、父の日がいつか知らない子が多いのである。首都圏の小学三、四年生に〃お父さんのイメージ〃について質問してみた。お父さんにふさわしい形容語を選ぱせると、「やさしい」「おもしろい」「物知り」「気前がいい」がベスト4となった。
ふだん多くの子供たちは、自分の父親が会社や工場で一生懸命働いている姿に直按接することはできない。子供の目にうつる父親は、ギャグを言ってみんなを笑わせたり、宿題を見てくれたり、おもちゃを買ってくれたり、休日に遊園地に連れて行ってくれたりする「やさしく」て「おもしろく」て「気前のいい」父親なのである。
もっとも、「ばくのお父さんはいつも疲れた疲れたと言ってテレビの巨人−広島戦を見ながら居眠りをしている」という証言のように、いささかぐったりとした迫力のない男性像でもある。
さらに「お父さんへの注文」を子供たちに質問すると、次のような答えが返ってきた。「もっと一緒に遊んでほしい」「もっと、話し相手になってほしい」「いつまでも社宅じやなくて自分の家を造ってほしい」「もっとお小遣いを上げて」「お酒やたばこをやめてほしい」「あまり仕事で無理をしないでからだに気をつけてほしい」
はて、この口調、どこかで聞いたことがあるぞ。そう、これは世の女房たちが亭主にいつも言っているぐちや注文と同じ語り口であった。家庭における母子一体化の生活の中で、子供の父親像は母親の目を通して形づくられているといえよう。
(高山英男 子ども調査研究所所長)
1996/6/12/水