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いじめと闘う


自殺ほのめかす子供たち
理解望むSOSサイン

「死にたい」。そんな自殺予告ともとれるメッセージを、子供が相談電話などに寄せている。突然の重大な訴えに、教育関係者の間ではどう対処したらいいのか混乱もみられるようだ。一体、子供たちは大人に何を伝えようとしているのか。専門家の話をもとに探ってみた。

予告電話やまず
今年一月末、ある地方テレビ局に自殺をほのめかす連絡が入った。話の内容から女子高校生と推測がついた。このため県教育委員会は、県内の高校に生徒の安否確認を指示。しかし、だれがメッセージを寄せたのか結局わからなかった。そして2月、同じ県の別のテレビ局3社に、いじめを苦にした同様の電話がかかってきた。教育委員会によると、県内の自治体が行っているいじめホットラインにもいくつかの「目殺予告」が入ってきている。
別の県でも、昨年設置した自治体などのホットラインに合計8件の予告電話が来ている。中学1〜2年の女子生徒とみられるケースが目立つ。
なぜ、子供たちは予告をしてくるのか。社会福祉法人いのちの電話常務理事の斎藤友紀雄氏は「子供は、だれかに助けてもらいたいからこそ訴えてくる」と、SOSのサインであることを強調する。
自殺したいという人の心理は複雑。確かに死にたいのだが、その一方でもっと生きていたい気持ちも残る。助けてもらうことは難しくても、せめて理解してほしいと望んでいる。特に思春期の子供の場合はその傾向が強い。こんなとき、本来、子供を受けとめるのは家族であり、地域社会であり、学校の友人や教師であるはず。しかし、死を考える子供ほど家族関係に問題をかかえ、家族が子供の悩みに気づいていないことすら多い。地域社会のきずなは現在では弱い。学校でも「死にたい」と告白できるような友人関係や教師との信頼関係は希薄だ。かりに告白できたとしても「命を粗末にするな」と説教され、心の傷をくみとってもらえないおそれが大きい。

別の子供に〃暗示〃
こうして、昨年あたりから各地に開設されたいじめホットラインに、「匿名で受けとめてもらえる」安心感から電話する子供が出てきたといえそうだ。ただし、同じ悩みをかかえながら電話してこない子供のほうが圧倒的に多いのかもしれない。
予告があると、一部の自治体では臨時記者会見を開いて「死んではいけない」と訴えたり、電話の録音テープを公開したり、大がかりな取り組みをしている。しかし、斎藤氏はそれは好ましくないと語る。
相談電話は子供のプライバシーを守らなけれぱならない。そうでないと信用してくれない。また会見が生々しく報道されると、別の子供に対して暗示効果が働き、自殺予告の連鎖反応が起きてしまうという。
では、今後どうしたら自殺予告やその先の悲劇を食い止めることができるのか。大切なのは家族や学校、地域社会が心に傷を負っている子供たちを受けとめるだけの包容力を高めることだ。

つらさに寄り添う
東京都精神医学総合研究所副参事研究員の高橋祥友氏は、「そのためには日木でも自殺防止教育を行う必要がある」とみている。教師、保護者、子供のそれぞれに対し、自殺防止のための専門家を招いた勉強会を開催する。例えば、悩みを告白されたときには、批判をまじえずにその子供の自殺願望をとことん聞き、つらい気持ちに寄り添うようにする。こうした対処法を学ぶ。
親しい人間と死別したり、転校したばかりで友人がいないケースなど、死を考えやすい状況について習得。小動物をいじめたり、「遼くに行きたい」とほのめかしたりする、自殺行為につながりやすい兆侯についての知識を身につける。精神科や相談機関とのネッワークを日ごろから確立しておく、などだ。米国カリフオルニア州では80年代から一部地域で防止教育を行ってきた。自殺について真っ向から議論するのは「子供に死を考えさせてしまうから逆効果」という声もあるが、同州ではマイナスの影響は出ていない。
防止教育により、周囲の人々が、子供の「死にたい」という気持ちを受けとめる環境ができてくれぱ、電話やファクスにすがる現状が改善される可能性はあるだろう。

1996/3/6/水曜日 夕




いじめと闘う 1996/5/22/水 

菅野 純

相談事、正面から受け止めて

困った時、因った顔をして親に訴えることのできない子どもがたくさんいる。いじめ問題だけでなく、不登佼、ノイローゼ、非行などさまざまな問題のさなかにいる子どもとかかわるとよくそう感じる。自分の気持ちを訴えても親から返ってくる「お姉ちやんのくせに」「しっかりしなさい」といった言葉で、口まで出かかった言葉を心の奥深く飲み込んでしまう子どもも少なくない。
いじめについて訴える時、親は子どもの話をどのように聴いたらよいのか。前回私は「ただひたすら聴くこと」と書いた。聴くことにはどんな効力があるのか。ある人に話を聴いてもらったら気持ちがすっきりした、元気になった、やる気が出てきた……こんなことはないだろうか。何もアドバイスされなくとも、相手に一生懸命聴いてもらうだけで、自分の心の中にエネルギーのようなものがわいてくることが確かにあるのである。そしていつの間にか自分のとるべき道が見えてくる。こうした変化はなぜ生じるのだろうか。
一つは孤独感からの解放。「自分は独りぼっちじやない」ことを知るからである。二つ目は自分のことをよく聴いてもらうことで「わかってもらえた」という安心感がわき起こるからである。三つ目は相手に自分の気持ちを受け止めてもらうことで、ちようど抱っこされたような気持ちになるからである。
「抱っこすること」こそ子育ての原点である。親は子どもを抱っこすることで、子どもを寒さや危害から守り、身体のみならず心をも温めてやるのである。子どもの話を正面からしっかり聴くことは「目と耳で抱っこすること」ではないだろうか。
子どもは、語ることによってこれまでたまっていた毒素を心の中から吐き出し、代わりに元気のもとをたくさん取り入れるだろう。語ることによって心の中を整理し、これまでかたくなに思い込んできたことを、少し違う角度から考えるようになるかもしれない。親がその子の気持ちになって、ひたすら子どもの話に耳を傾けることで、子どもの心の中に、いじめに立ち向かう勇気と知恵がわき起こってくることがあるのだ。

(早稲田大学助教授)



教師に言葉の裏読む感性を

いじめ問題がこじれていく例をみると、学校側の初期対応の段階で、親側が学校不信になっている場合が多い。学校にいじめを訴えても「クラス全員に聞いてみましたが、いじめの事実はありません」といった取り付く島のないような答えが返ってきたり、「いじめられる側にも、それなりの問題がある」といった親の気持ちを逆なでするような言葉が返ってきたりすることがある。
一方、教師側からは「保護者からいじめについて電話がかかってきた時、とっさに何と答えてよいかわからない」という戸惑いや、「いくら指導しても、いじめ側が認めようとしない時にはどうしたらよいのか」という悩みが打ち明けられることがある。
ある母親がわが子のいじめを訴えるために学級担任に電話した。「先生、クラスのAくんっていう子はどういうお子さんでしようか?」。それに対して教師の方は「Aくん」はどのような子か、その親はどんな人でいかに教育熱心であるかを延々と説明したという。訴えた親側がすっかり担任不信となったのはいうまでもない。教師対象の研修会などで私はよくこの実例を使ってロールプレイング(役割演技法)をする。私が母親役となり電話する。それに応じて、自分だったらこう答えると思う返事をしてもらう。
ある学校でのこと、ほとんどの教師が「Aくん」のことしか答えない。母親役の私の気持ちはどんどん落ち込んでいた。ところがある教師の返事を闇いたとたん、気持ちがす−っと楽になったのである。その教師はこう答えたのである。「お母さん、○○くんに何かあったのですか?今すぐうかがいますから、待っててください」。
わが子のいじめをどのように伝えるか。難しい問題であればあるほど、率直に伝え難い。まわりくどい言い方になることもある。時には教師を責める口調になることもある。親側も伝え方に工夫が必要だ。しかしそれにもまして教師側に、こうした言葉の裏側にある親のつらい気持ちをくみ取る感性と技量が必要である。
いじめ問題をめぐって大人側のコミュニケーション能力や共感能力が問われているのである。
(菅野 純 早稲由大学助教授)




記録作りのリスク

ある父親がつくった膨大ないじめの記録を見せてもらったことがある。実に詳細な記録だった。学校から帰宅すると母親が一時間以上かけて子どもからその日のいじめを聞き出し、夜遅く帰った父親がそれをもとに、さらに何時間も費やして記録をつくる−−そんな毎日だった。

いじめは確かに教師にとって見えにくく、とらえがたい。いじめについて親と教師が話し合う際に、いつどのようなことがあったかという具休的な出来事をもとに話し合った方が実り多い。また、いじめられているわが子のことを語るのはつらいことでもあるため、感情が高ぶり、思うことが十分話せないまま話し合いを終わることもある。時には防衛的な教師の能弁に二の句を継げず、釈然とせぬ気持ちで帰途につくこともあるかもしれない。そんな時、冷静な気持ちできちんと親側の要望を伝えるのに記録は役立つたろう。
しかし親として、記録づくりの持つリスクも自覚しておきたい。それは、いじめを語ることによって、いじめ以外の子どもの生活が消えてしまうことである。つまり、いじめ問題に子どもの心も親の心も固着し、それが生活のすべてになってしまう危険性である。毎日子どもが帰って来るのを待ち構えるようにして母親が聞き出す。いじめっ子一人ひとりの行状が書き出される。真夜中、記録をつくりながら父親が、今日は登場しないほかのいじめっ子の行動を、その子に思い出させる。
いじめの報告を受けて以来、その子について注意してかかわり続けている担任教師に言わせると、学校では明るく元気に友達ともよく遊んでいるという。毎週親が持参する記録と学校場面で自分が知るその子の姿とのギャップに戸惑いを隠せない様子だった。
親の〃期待〃にこたえて毎日いじめを創作してしまう子どももいるかもしれない。親がいじめをめぐっての学校との戦いに熱心になってしまうあまり、子どもの心が見えなくなってしまうこともあるのではないだろうか。子どもの方は親や教師の熱意とは反対に、さめた感じとなり、孤立し、落ち込んでいく例もある。
親の役目は、子どもに代わって代理戦争をすることではない。あくまでも子どもが自立的に歩むためのサポート役でありたい。
(菅野 純 早稲田大学助教授)
1996/7/3/水




文部省の「児童生徒の問題行動等に関する調査研究協力者会議」が初めて全国規模のいじめ実態調査をまとめた。協力会議のワーキンググループ座長を務めた森田洋司・大阪市立大教授に寄稿してもらった。

友達間で発生6割
友達という言葉には、気の合った信じあえる仲間という響きがある。だからこそ友情が芽生えもする。しかし、文部省のいじめの実態調査によれば、いじめの六割近くが仲良しや普通のつきあいの友達の間で発生している。いじめた子がいじめられる側に回る場合もかなりある。
特に、中高校では、いじめて「面白かった」「いい気味だ」「何とも思わなかった」と答える者が小学校に比べて多くなる。周りで見ていても「いじめか、ふざけ半分かわからない」。多くの子どもたちも、クラスのいじめにはできるだけかかわらないようにし、止めに入る子も少ない。うがった見方をすれば、これらの子どもたちにとって友達や仲間とは、いじめを日常的に組み込んだ関係とも解釈できよう。
いずれの社会問題でも、それが大きな関心を呼ぶのは、一つには、その被害の大きさと痛ましさであり、被害者を擁護しようとする社会正義の訴えである。しかし、そこに人々がそれまで信じてきた価値のゆらぎや秩序の解体をかぎ取ったとき、問題は、単なる被害者だけの問題から国民の多くを巻き込んだ全社会的な間題へと転化していく。
いじめ問題は、直接には、いじめに苦しむ子どもたちの叫びや希薄化する人間関係、見て見ぬふりをする傍観者の姿を映し出している。しかし、私たちは、いじめをめぐる子どもたちの姿の中に、むき出しのエゴイズムがぷつかり合う現代社会のすさんだ人間模様と社会正義の荒廃を重ね合わせていた。そして私たちはそこにこれまで人々の心を温めてきた人間関係や家族のぬくもりが失われているのを感じ、人々の共同性がひび割れるきしみの音を聞きつけたといえる。この社会のすさみは、一面では,人々に不安と孤独を感じさせるものであるが、他面では、人々が好んで選び取った一つの帰結でもあり、現代社会に生きる人々がいやおうなくのみ込まれ直面する時代のジレンマの一断面ともいえる。

無制限に欲求広がる
この時代の底流の一つが、プライバタイゼーション(私事化)という社会の動向である。私事化とは、「公」重視から「私」尊重への転換であり、社会が近代化していく過程で、生きる意昧や価値を私的な生活世界に求める傾向が強まることである。
しかし、私事化は異常な現象ではない。むしろ、集団や組繊にのみ込まれ、ないがしろにされがちだった私生活や、その中心にある「私」を大切にし、自分らしさを味わいたいという価値やライフスタイルが登場してきたという意味では歓迎すべきことである。
ところが、私事化には否定的な面もある。社会や集団へのかかわりを弱め、他者への無関心を生み出し、自分さえ人に迷惑をかけていなければそれでよいという傍観者意識を増幅する。「欲求に素直に」生きるライフスタイルは、欲求の無制限な拡張や他者の権利の侵害を生み出し、自分さえ楽しければそれでよいという風潮をまん延させていく。このように、私事化は、肯定的にも否定的にも評価される面を傭えている。
学校社会の表層で浮かんでは消え、形を変えてはまた渦を作っていく今日のいじめ問題も、現代社会の深層を流れる大きなうねりや変化とつながっている。いま、日本社会では、いじめの解消に向げてさまざまな取り組みがなされている。しかし、この取り組みの目標は単にいじめの解消や予防だけにとどまらない。その延長上には、社会の深層の流れのプラス面を伸ばしつつ、いかにしてマイナス面を極小化していくかという課題が横たわっていることを忘れてはならない。私事化に則していえば、自立した個の輝きを図りつつ、個と個との共同生活を担いうる資質と能力をいかにして子どもたちに培わせるかにかかっている。この取り組みは、今いじめが起こっている学級だけでなく、いじめがないクラスにも望まれる教育目標の一つである。
それは、即効性がなく長い回り道のようではあるが、より本質的な解決につながる最も近い道のりの一つであり、日本社会がより成熟したものとなるための方途でもある。

議論まだまだ必要
文部省が公表した調査結果には、百ページ以上にわたる資料が付けられ、さまざまな論点が含まれている。この論評はその一部を一社会学徒の目で切り取り解釈したにすぎない。いじめの社会的背景に限ってもさまざまな議論の余地が残されている。より多くの人たちがこの調査結果に関心をもち、そこから伝わるさまざまな声を読み解きつつ、その結果が取り組みに生かされていくことを願ってやまない。
1996/6/9/日


塾通い対策 学校が勉強クラブ
三時過ぎにソウルの小学校を訪ねると、四年生以上の子どもがクラプ活動に参加していた。クラプの時間は週に三回。サツカーやバレーなどと並んで、英語や算数などもあり、こうした勉強系クラブの人気が高い。
韓国の受験競争は激しい。高校生は授業が終わった後も夜九時過ぎまで学校に残り自習に励む。その後、町の「勉強ルーム」で明け方まで受験勉強をする生徒が少なくない。そうなると、高校からでは聞に合わないと、受験勉強が低年齢化し、小学生の学習塾通いが盛んになる。
八○年に韓国では大統領令を発して、学習塾通いを禁止した。しかし、親たちは規則の裏をくぐって、「遊びのお姉さん」(家庭教師)や「創造性開発塾」(実際は進学塾)に子供を通わせたため、塾通いが潜在化し、むしろ深刻になった。
結局、質的に充実した塾を「学院」として公認する形で、学習塾の解禁が進んだ。私が訪ねた小学校では高学年生の七割が塾に通っており、学校のクラプに参加する子は少なかった。そこで、塾通い対策として、学校で勉強系のクラブ(実質は補習教室)を始めたところ、クラプに参加する子が増加し、通塾率も三割に低下したのだという。学校が学習塾を始めたようで心苦しいが、塾にとられていた子供を取り戻せた気がすると、校長は語っていた。悩みの多い選択だったらしい。
1996/6/9/日



「こらっ、カツオ!」−−長谷川町子さん原作の漫画「サザエさん」では、いたずら好きの小学生カツオが両親や姉からよくしかられる。その様子はほほえましく、さらっとしている。ところが「現実の親たちのしかり方は最近、ちょっと陰湿では・・・」という指摘が教育関係者から出ている。背景に一体どんな事情があるのか。

専業主婦のA子さんは、小学校三年の息子と一年の娘が学校から帰ってくると次々に、細かい注意を並べたてる。「玄関の靴はきちんと並べておきなさいと言ってるでしょ」「クッションをおしりに敷かない。何度言ったらわかるの?」「テレビの音を小さくしなさい。もっと遠くから見ないとだめだって、あれほど言い聞かせてもわからないの?」。そして「ああ、本当にいやだ」とため息をつく。

■心の余裕なく
B子さんは、中学受験を控えた小学六年生の息子をしかりつけてばかり。ある時、息子が塾をさぼっていることが判明すると、家の中に入れず、おきゅうをすえた。それだけではおさまらず、塾にきちんと行っているか尾行までする。「どうして勉強しないといけないんだよ」とベソをかく息子に対して、「いい学校に入らないと、いい就職ができないの」とさとす。けれども納得させられず、いつも最後には手をあげてしまう。
こうした事例から伝わってくるのは、親たちの心の余裕のなさだ。東京大学助教授の汐見稔幸氏は「いたずら盛りの子供を内心ほほえましく思いながらコラッとやる。しかるということのそんな原風景がなくなってきた」と語る。ねちねちと追いつめるようなしかり方は、いじめの陰湿さにつながっているとみる。

■歯止め役なし
しかり方が陰湿になってきた背景について、私立成渓小学校教諭の大場繁氏は、核家族化の弊害を語る。「以前だったら、子供の周りにはおじいさん、おばあさん、そして地域の人々がいた。今は母親ひとりしかいないために、母親に大きな負担がのしかかっている」。
明治大学講師の勝浦クック範子さんは「子供の数が減って、親の監視の目は行き届きすぎるくらいになった」と指摘する。まじめに子育てをしようとすればするほど、しかるべきことは際限なく見えてくる。きつくしかりすぎる場合もあるだろうが、そんな時にプレーキをかけてくれるほかの大人がいない。小学校高学年から中学にかけての思春期になると、親は受験勉強にいろいろ問題点があることを承知しながら、子供に勉強を押しつける形になりがちだ。実のところは本当にそれでいいのか自信がない。だが、そんな本音をみせるわけにいかず、頭ごなしに「子供は勉強するものだ」としかってしまう。時には子供の嘆きを聞くが、実はまず勉強させようという結論を固めている。これでは「子供の心が晴れないのは当たり前」と勝浦さん。

■押し付けダメ
では、陰湿なしかり方に陥らないための注意点は何だろうか。
第一に、もっと限定してしかるように心掛けたい。細かいあらが見えても、見てみぬふりをするのも大切。いざしかる時には「〃現行犯〃でつかまえて、その場でスカッとしかるのがいい」(汐見助教授)。
ある意昧で「いい加減」になることも必要かもしれない。育児書などには、どんなときに子供をしかるべきか、マニュアルが出ているが、自分が機嫌が悪くて子供に八つ当たりすることがあってもよしとするくらいでいい。筑波大学助教授の桜井茂男氏は「信頼関係ができていれば子供はそんな親をやさしくみてくれる」と語る。
逆に言えば、ふだん一緒に遊ぶなど、時間を共有し、信頼関係を培っておくことが肝心だ。「日本では父親は、釣りやゴルフといった趣味を自分一人だけで楽しんでいることが多い。家族みんなで休日を過ごすほうが望ましい」と桜井氏。
第二に、「先に結論ありき」で親の論理を押し付け、しかりつけるのは控えたい。米国式の子育て指導をしている親業訓練協会理事長の近藤千恵さんは,「子供が抱えている不満や悩みに素直に耳を傾けてほしい」と強調する。
「受験勉強がいいことなのか、実はお父さんもわからない」。そんなふうに、親の本音も率直に語って、どうすればいいか一緒にとことん話し合う。そして、子供に自分で考えを決めさせれば、たとえさぼっているときにも「おい、おまえ」と言うだけで効くというわけだ。
1996/6/5/水



いじめと闘う
何も生じていない時が大事

私はよく教師向けの研修会などで「何事も生じていない時のかかわりの大事さ」を説く。何事も生じていない時、さまざまなかかわりを積み重ねていれば、何か生じた時にそれが生きてくる。しかし現実には、学校と親との関係は、何か事が生じてしまってからの関係であることが少なくない。

いじめ間題が起こった時に初めて教師と親とが言葉を交わす状況であれぱ、トラブルが発生するのは当然だろう。親も教師も生じた出来事にとらわれ、相手の立場や気持ちを思いやる心のゆとりがない。問題が深刻であればあるほど、攻撃性や被害感にとらわれやすい。
教師と親とが直接互いに理解を深める機会はそう多くはない。PTAの役員などをしていない限り、家庭訪問、保護者会、学校行事などせいぜい年三−四回ではないだろうか。あとは子どもを介しての間接的関係である。その数少ない機会を、親も教師もどれだけ活用しているだろうか。
私の知っているある中学教師は、家庭訪問の時にはじめだけ子どもに同席してもらい、まず子どもから親と教師双方を紹介してもらっている。子どもは教師に向かって自分のお母さんはどんな人かを紹介する。それから親に向かって先生がどんな人かを、子どもの方は少し恥ずかしそうに紹介するという。
親も教師も自分が紹介される時、少し照れる。しかしすぐ感激に変わるという。その子が自分のことをこんな風にとらえてくれるようになったのだと。自分を紹介する子どもの言葉を聞きながら涙ぐんでしまう親もいるという。
その教師は毎日のように学級通信を発行している。教師によるクラスの子ども一人ひとりの紹介の連載がある。教師が感じたその子のよい面が生き生きした言葉でたくさん紹介されている。他の教師から取材したその子にまつわるグッドニュースもある。
「親である自分も気づかなかった子どもの長所を知ることができてうれしい」。そう話った親もいた。
学級通信には親からの通信もよく掲載される。信頼関係という宝をたくさん蓄えている−−そう私は感じた。その教師のクラスにいじめが発生したという報告を聞いたことはない。
(菅野 純  早稲田大学助教授)
1996/6/19/水




問われる大人の問組解決力

「わが子のいじめ問題について親は学校とどのように〃交渉〃すべきか」「学校はどのように親に〃対応〃すべきか」−−様々な書物で語られることは、いじめ問題の深刻さを反映してシビアである。
「学校が事実をもみ消す時には」「報告書作成に際しての注意点」。そこにあるのは一種の敵対図式である。親は学校を攻撃し、学校は防戦する。時には家庭の事情を暴いたりして逆襲することもある。加えてマスコミ取材陣という「煽(あお)り手」、隣人の苦しみにかかわろうとしない傍観者、無関心層…・。いじめ問題が常に複雑な様相を呈するのは、いじめ問題にかかわる大人たち自身が気づかぬうちに、いじめの構造に巻き込まれ、子どものいじめ問題と自分自身の問題とが重なってしまうためではないだろうか。いじめ問題にかかわる大人は、みな心のどこかで被害感を抱いている。いじめ被害児の親はもちろん、加害児の親も、そしていじめを見落とし防ぐことができなかったと責められる教師も。いじめ加害側の親が「学校はいじめられ側の親子の肩をもち、こちらの言い分を聞こうとしない。差別だ」と様々な機関に訴えることも少なくないのである。
問われているのはまず大人自身の問題解決力ではないたろうか。子どもは大人の問題解決の仕方をモデルに学んでいく。「勝った」「言い負かしてやった一た」「してやられた」−−こうした敵対図式は子どもの人生を幸せにするだろうか。
ある親からワープロで作成された膨大ないじめの記録と、いじめっ子の転校要請を含む申立書を突然送り付けられ、ノイローゼになってしまった女性教師がいた。文書以前に電括などによる親からの相談や訴えはまったくなかった。その親の子どもは,彼女なりに一生懸命みている子どもの一人だった。彼女は教師としての自信を失い、人間不信に陥ってしまったのである。
いじめ問題こそ子どもが大人から学ぶよい機会である。共に喜び共に悲しむ,一生懸命に考える、心を開く、根気強く理解を求める、率直に非を認める、許す、いたわる……。大人たちのこんな光景を、子どもはどれだけ見ることができるだろうか。
(菅野 純 早稲由大学助教授)
1996/6/12/水




いじめと闘う/救い求める気持ち

親は、子どもの様子が何か変だと感じている。いじめられていないかと尋ねても、子どもの方は語りたがらない。気になっている名前を二、三人あげても、血相を変えて否定する。「あいつはいいやつだ」と。いじめ自殺事件ではこうしたエピソードが少なくない。
なぜ子どもはいじめられていることを親に訴え、救いを求めようとしないのだろうか。その理由には
@親から「弱い」「だらしない」などとしかられたくない
A親に心配をかけたくない
G親がへたに介入していじめがさらにひどくなることを恐れる
Cいじめを語ると、自分がよけい、みじめになるのでいやだ
−−といったことが考えられる。こんな時、親はどのように我が子に接すればよいのだろうか。結局はケース・バイ・ケースであるが、大事なことだけあげてみる。
まず、何も語ろうとしない時には、そのことで子どもを責めたりせずに、親目身の気持ちや意思を、一方的ではあってもしっかり伝える。
「親としてこういうことを心配している」「どんな時にも守っていく」と、子どもの心に言葉を投げかけておくのである。そして「相談したい時にはいつでも言いなさい」と親はいつでも〃受信可能〃であることを伝えておく。
プライドの高い子どもには「人に救いを求めるのも大事な能力である」と話す。こうしたはたらきかけを一回限りにしないで、あきらめずに三回は繰り返したい。子どもが何かを少しずつ語る場合には、さえぎらずにとことん聴く。親の心にゆとりのない時には、つい我が子のふがいなさを批判したり責めたりしがち。言葉には語られないつらさがたくさんあったのだろうなと思いながら聴く。子どもがこうやって語ることで心がいやされているのだと思って聴くと、耳を傾けやすい。聴き終えたら「大変だったね」「よく我慢してきたね」といった言葉を返してあげたい。
アンビバレンス(両面感情)は、思春期の子どもの心理の大きな特徴といわれる。言いたいけど言いたくない、頼りたいけど頼りたくない、など相反する心が同時に生じることである。語らないという行動の背後に、だれかに聴いてもらいたいという相矛盾する心が隠れているのである。

1996/5/15/水



いじめと闘う
欲求不満 ”孤立した的”作る

「担任の先生との懇談で『S君、成績もいいので安心してたんですけど,先日、複数の家庭からS君に子供がいじめられたと訴えられてぴっくりしました。最近おうちでの様子に変わったことはありませんか』と聞かれたんです」と、S君の母親が相談に訪れた。進学校の中学部に在籍しているS君は、小学六年の時は勉強しないわりに成績がよかったが、中学入学後だんだん成績が落ちてついに不登校になり、私のルームで苦心の未、再登校しだした。その後成績も回復して一年がたち、親も私もホツとした矢先である。
今、子供が激減しているのに不登校といじめと大学進学率は年々増えている。この三つの間に困果関係がある。
「まず、S君を進学校に入れたのはだれの希望だったんだろう」と私。
「そういえば中学進学を決めるころちょっと成績がよかったので、親のほうが『将来有名大学へ』と期待したんです。本人は『ベつにどうでもいいよ』と言ってました」
「彼はやさしいから初めは親の期待を裏切るまいとしたんだ」
「でも私たちはひそかに期待しただけで、Sには何も言いませんでしたよ」
「敏感な子は親の期待がすぐわかるんです。その証拠に不登校になってからも毎日『明日は学校に行くからね』と言い続けたでしょう。それでいて親が学校に行ってほしいという期待を捨てた時に、彼は再登校しだしたじやないですか」
「登校できるようになると、今度は『いい成績を』と親の欲がでたんですね」
「そう、彼のことだから心配かけるからもう不登校を繰り返すまいとしたし、今度こそ親の期待に沿ってよい成績をと決意したと思うな」
「そういえば、少し前まで学校と塾の両立で『遊ぶ暇もない』とこぽしていました」

〃遊びのない子供生活〃はゆがんでいる。放置すれば子供は欲求不満でストレスがたまる。クラスに欲求不満にな
る要素を持った子、たとえば授業内容が理解できない子が多く存在すれば、そうでない〃孤立した的〃を設定して、欲求不満を解消するためにいじめることになりやすい。昔のいじめは「非行」の一種といえるものが多かったが、近年のいじめはあくまで欲求不満解消のためだから、S君のように「見た目は優秀な子」がリーダーになることも多い。お母さんにはS君を加害者と決めつけず、学校を仲介にして「いjいめられた」と訴えた複数の家庭から実情を聞き、実態をつかんでから何気なく彼の気持ちを聞くようすすめた。
説教でいじめは収まっても、欲求不満が解消しない限り、チックとか閉じこもりなど別の形で噴出しかねない。
(土屋 守  精神科医)
1995/8/23/水

何か違ったら真剣に耳を傾ける

子どもは自分の本当の気持ちを言葉で正確に伝えているだろうか。問いかけると「別に」とそっけない子。「うるさい」と拒絶する子。黙ってしまう子。悲しい時、怒る子。不安な時、はしゃぐ子。つらい時、明るくふるまう子。苦しい時、けろっとしている子。問題の根が深ければ深いほど、また悲しみやつらさを外に出さずに心の中にためておく能力があればあるほど、そして成長して心が複雑になれぱなるほど、子どもの表現はわかりにくくなる。長期間いじめを受けている子どもは、その苫しみを外に出さずに自分の内側で耐えてきた歴史を持つ。つまり心の中で「我慢大会」を続ける能力を持っているのである。それゆえ、親や教師から見て、いじめられているのではないかと気になる子どもは、どの子もうまく言えない言葉を心の中にいっぱい持っていると考えて間違いない。「呼び出して聞いても本人がいじめられていると言わなかったので、いじめたとは思わなかった」
「けっこう明るかったので、それほど深刻だとは思わなかった」…。いじめ自殺事件のあとによく聞く言葉である。しかし子どもの方は遺言などに「わかってもらいたかった」と書く。この落差は埋まらないものだろうか。
子どもとかかわる大人側に、子どもが「いじめられている」と言葉では表現しなくとも「いじめられて苦しいのかもしれないな」と思いやる姿勢が必要なのではないか。だれでも過去を振り返れば、心のすぺてを言菓に出して表現できたわけではなかったことに気づくはずだ。その時は、だれにも話さず黙していたが、大人になったいま初めて語れる、ということがあるのではないだろうか。自分と回じことが目の前にいる予どもにも起こっているかもしれないと考えると、子どもの心の声が間こえてくるだろう。
このことは、いつも子どもの言葉の裏を考えよとか、子どもの一挙手一投足に常に気を配れとか言っているわけでもない。「何かいつもと違う」と感じた時に、いつもよりもていねいに、真剣に子どもの言葉に耳を傾けるということである。そのために、子どもはいつもどんな顔で、どんな言葉を交わしながら暮らしているのかを知らねばならないが。
(菅野 純 早稲田大学助教授)
1996/5/29/水




人と折り合いつける能力弱く

前回に引き統いて強い自我の条件について考えてみたい。
「何を言っても黙っていておもしろかった」−−ひとりの女子生徒を死に追い込んだ同級生たちはこう語ったという。「いやだとはっきり言えない」「やられてもやり返せない」。いじめ被害者についてよく言われる言葉である。
社会の中で他者とかかわりながら生きていく際に身につけておいた方がよい行動がある。たとえばあいさつの仕方、頼み方、断り方、話の輪の中に入り方、謝り方、自己主張の仕方、相手の真意の読み方、状況判断の仕方、冗談の見分け方、攻撃のかわし方……。こうした社会的行動を人はいつどのようにして身につけたのだろうか。
おそらく多くの人は答えられないだろう。いつの間にか身についたからである。正確に言うならばだれかの行動を気が付かないうちに観察し、意識せぬまま学習したのである。
しかし現代ではそうした社会的行動のモデルが子どもに示される機会はきわめて少ない。まずモデルたるべき大人自身の社会的行動が少なくなった。近所付き合いにせよ親せき付き合いにせよ相手と直接かかわることが減った。
それと同時に子どもの社会的行動のトレーニングの機会もなくなった。地域の子どもとしての役割も、家庭の一員としての役割もなくなった。夫婦、親子、兄弟それぞれが異なった時間の中で暮らし、ふれ合いも葛藤(かっとう)もない生活。そんな中で子どもは知的能力の向上のみを期待され訓練されながら生きている。子どもの社会的能力は弱体化せざるを得ないのではないだろうか。学校現場の教師たちは子どもたちが「幼く頼りなく」なったと感じていることが多い。
社会の中で他者と折り合いをつけながら生きていく社会的能力をいかに子どもに身につけさせるかが、豊かな時代の自我育成に必要ではないだろうか。ソーシャル・スキル・トレーニングと呼ばれる方法がある。ソーシャル・スキルすなわち社会生活に必要な技能を明確にし、訓練によって身につけるのである。次回はこのソーシャル・スキル・トレーニングについて具体的に紹介したい。
菅野 純(早稲田大学助教授)
1996/4/17/水

いじめと闘う
ソーシャル・スキル・トレーニング
考えさせ、モデル示し、自立へ

前回、前々回とソーシヤル・スキル・トレー二ングについて紹介したところ読者の方々から多くの問い合わせがあった。社会の中で他者と折り合いながらも自分を失わずに生きていく力を、子供たちにいかに身につけさせていったらよいのか。こうしたことを多くの大人たちが暗中模索していることを改めて感じた。
ソーシャル・スキル・トレーニングの基本は社会的に好ましい行動が「できない」ととらえるのではなく「まだ学習していない」ととらえる点にある。未学習なのだからいかにして学んでもらうかを考える。その際「こんなこともわからないの」「こんなことまで教えなければならないのか」といった疑問はちょっとわきに置く。教科学習については未学習だから教えるということに私たちは何の疑問も抱かないが社会的学習になるとつい厳しくなってしまう。
ある中学生の男の子が困った顔をして私に訴えたことがあった。「お母さんは、あなたはもう中学生なのだからどうすればいいかわかるでしょうっていつも言うけど、僕、本当にわかんないんだよ。どうすればいいか教えてもらいたいよ」。大人は時々子どもに教えているつもりで、何も教えていないことがある。「しっかりしなさい」「強くなりなさい」と言われても、何をどうすればしっかりし、強くなることなのかわからないことが子どもにはたくさんあるのである。ソーシャル・スキル・トレニングでは何をどうしたらよいのかを考えさせ、モデルを示し、実習を通して身につけさせる。
「社会的な対立場面を解決するトレーニング」では教師は次のような問いかけをする。「最初に何が起きたの」「その前に何があったの」「その時どうしていたの」「その時どうしていた方がよかった?」「ケンカする以外にもっといいやり方はなかったかな」「いまだったらどんなやり方ができる?」。こうした問いかけは日常的に親子の間でもできることではないだろうか。強い子どもに育てるために親は何を心がけるか、という私の問いかけに、あるイギリス人の教育者は「自分で考え、選び、行動できること」と答えた。「自立」−−ソーシャル・スキル・トレーニングの目的はまさにそれである。
1996/5/1/水



「私の作戦はクール。とくに、学校という世界で生きるためには、クールということは、とても重要だと思う。中学にはいるまえに決めたことが二つある。一つ、クールに生きていく。二つ、友だちをつくらない」
魚住直子著『非・バランス』(講談社)の主人公、中学二年の少女はこう語る。彼女は小学五年から陰湿ないじめにあっている。しかし先生には話さなかった。「いってもむだだ」。母親にも話さなかった。「母親はそのころ、パートから正社員に登用されて、はりきっていた。そういう人にうちあけるのは、むずかしかった」。三つ違いの弟は「おさなすぎた」。父親は「もともと帰りがおそく、土日もゴルフか、その練習か、または寝ていた」。
学校では〃ミドリノオバサン〃の話がはやっていた。髪の毛を真緑に染め、全身真緑の服を首ている中年の女の人。その人の緑色の髪や服にふれながら願いごとをとなえると、願いごとは必ずかなうという。ある雨の日、彼女は〃ミドリノオバサン〃に出会う。早く願いごといわなきゃと思った瞬間、口からとびだした言葉は「タスケテ」。
「えっ?」といって振り向いた女性は〃ミドリノオバサン〃ではなかった。若い女の人だった。主人公の少女はこうして「サラさん」という女性と知り合う。
いじめ、登校拒否、万引き、無言電話、唯一の友達の自殺未遂…、女子中学生の傷つきやすく不安定な日々の中で、不思議な雰囲気を持つサラさんとのかかわりが始まり、「わたし」が少しずつ変わっていく。
いま子どもたちが大人に求めているもの。それは〈癒(いや)し〉ではないだろうか。子どもたちの周りの大人はあまりにも忙しすぎ、心は自分のことでいっぱいであることが多い。だれも学校での人間関係やいじめに悩んでいることに気づいて立ち止まってくれない。偶然出会った「サラさん」だけが主人公の「わたし」の心の叫びに立ち止まる。
親でも先生でもない「サラさん」の存在。「サラさん」とのかかわりの中で、「わたし」は大人自身も心の中にたくさんの傷を持ち、子どもと同じように〈癒し〉を求めて必死で生きていることを知るのである。
(菅野  純  早稲田大学助教授)
1996/8/7/水


現代のいじめでは、いじめられっ子が、親や先生など身近な人にその悩みを打ち明けないことが自殺など悲惨な結果をもたらす一因となっている。それを未然に防ごうと、いじめられっ子の悩みを聞き、主に精神面から積極的に支援していこうという活動が各地で広がっている。活動母体は市民グループやフリースクールなど様々だ。

父親も巻き込んで
神奈川県の小田原駅前。繁華街を一本入った路地にある三階建てビルの一階に、いじめの相談などにのっている親たちのネットワーク「こぽね」の相談室がある。同ネットワークは自分の子どもがいじめにあった親たちを中心に約三十人が名を連ねる。しかも「いじめは父親を巻き込まないと解決に結び付かない」というポリシーから、夫婦で登録しているメンバーが多い。「いじめを乗り切った親たちの知恵を、同じ悩みを抱える人に伝えることができれば」−‐。
同ネツトワーク代表の小寺やす子さんがこんな思いでいじめの相談を姶めたのは七年前。昨年末の愛知の中学生、大河内君のいじめを苦にした自殺事件以来、電話相談件数が急増。それとともにいじめられた子どもとその両親、そしてメンバーである数組の夫婦が相談室に集まり、その子をいじめからいかに救済していくかを考える、通称〃作戦会議〃を開くことも多くなった。
いじめられっ子は自己表現が苦手な場合が多い。そこで小寺さんが取り入れているのはロールプレーイング(役割実演法)。例えば小寺さんがいじめっ子の役になって、いじめの現場を再現する。何を言われたり、されたりしたのか、またそこで何と言い返したのか。迫力のある小寺さんの演技で、子どもはその現場を思い出すとともに、いじめっ子の攻撃パターンや自分の防御方法のまずさなどを客観的に見ることができるという仕組みだ。

土日も電話相談
また、いじめっ子に囲まれて暴力を振るわれたり、お金を強要されたりしたら、大声で叫び助けを求める、机や自転車など手当たりしだいに、彼らの足元めがけて投げ付けることなどを実戦編として教えている。「弱いものには弱いものなりの戦い方がある。それを伝授します」と小寺さんは力強く語る。
台東区(東果)にも、今年六月「いじめから若い命を守ろう」をスローガンに元教師や塾講師によるいじめ相談機関「ステップアップセンタ共学会」が誕生した。同会では、いじめられている子どもに気軽に電話をかけてもらおうと、フリ-ダイヤルを設けた。いじめを受けると、その子どもからは次第に友達が離れていく。しかもクラスは、その子をいじめることでまとまりが強くなり、いじめられっ子はますます孤立する。そんな時「良き兄、良き姉になって一緒に悩み、考える」(同会)ために、土日もスタツフを置いて対応している。これまで百件近くの電話が入っているが、途中で切ってしまったり、泣き出して話せなくなったりする子どもも多い。そうした悲痛な叫びにスタツフは耳を傾け、場合によっては家族とも連絡をとり解決策を探っていく。
一方、不登校児やいじめられっ子の学習指導や相談に当たっているフリースクール高崎学園(東京・渋谷)は、今年から生徒にテレホンカードほどの大きさの金色のカードを渡している。その名は「いじめ・不登校お守りィ」。「いじめられっ子や、学校に行けない子どもは、自分だけが特別で取り残された気分にさせられる。しかしこのお守りを持つことで、苦しんでいるのは自分だけじやないという仲間意識と安心感を持ってもらいたかった」と同学園代表の高崎甫史氏は語る。
小学校五年生の男の子は、腰に巻いたウエストポーチに大切にしまい,いつも持ち歩いている。また財布に忍ばせているという男子中学生や、学校にいかない日「自分の部屋でこのお守りをずっと眺めて、中学校に行けるよう暗示を
かけていたこともありました」と振り返る女子高校生もいる。単なる気休めとも取られそうだが「くじけそうになった時、心のよりどころともなっている」(高崎氏)のは確かなようだ。このお守りは同学園に通う子どもだけでなく、いじめ相談に訪れた子どもや、悩みを手紙で書き送ってきた子どもにも無料で渡しており、今後その輪を広げていく予定だ。

打ち明ける環境を
こうしたいじめられっ子に対する支援の広がりについて、早稲田大学人間科学部助教授菅野純氏(学校カウンセリング専攻)は、「自分だけで抱え込んでしまいがちないじめられっ子の悩みやその実態を頭在化させ、また話すことでその子の心がいやされるということでは有効な手立て」と評価する。ただ相談を受けるだけではなく「問題解決の系口をつかみ行動することまで求められている」。また小寺さんは「あくまで我々は精神的な支え。本人と親がどれだけ団結し,いじめに立ち向かっていけるかがカギを握っている」と語る。ともあれ,いじめられている子どもが安心して悩みを打ち明けられる環境作りが急務。それには,親,教師,そしてこうした第三者的な機関が力を合わせていじめられっ子をサポートしていくことが必要だろう。
1995/8/9/水



いじめと闘う
責任の自覚は親の態度次第
菅野  純(早稲田大学助教授)

親は、わが子の友だちいじめにどうやって気づくのだろうか。あそび感覚で集団いじめをしている子どもは、いじめ加害をそれほど自覚せず、家に帰るころには忘れているかもしれない。一方、友だちへのいじめを自覚している子どもは、その痕跡を徹底して隠そうとするだろう。時には親に学校での「光」の部分のみを報告し,「翳(かげ)り」の部分の隠しをはかることもある。親はわが子がクラスでリーダーとして活発に活躍し、先生にもよく評価されていると思っていた−−そんないじめっ子の例もよくあるのである。
多くの場合、わが子以外の第三者から知らされる。学級担任からの連絡、いじめ被害側の親からの苦情、同級生や近所のうわさなどである。わが子の友だちいじめを知らされたら、親はどうしたらよいのだろうか。
@事実を冷静に確認する。
子どもと話し合い,親に屈いた惰報が事実か否かを確かめる。子どもの行勤や言葉のやりとりをできる限り具体的に聞いていく。そのためには途中でしかりつけたり、非難したりせず、「大事なことだからよく思い出して」と、親の真剣さと本気さを伝える。
A子どもは友だちいじめを自覚していたか。
客観的にはいじめ行為をしていても、子どもの方はいじめと認めない場合もある。「もしあなたがそうされた場合はどのように感じるか」、やられる側の気持ちを思い至らせることも大切である。
G自分の行為の貢任を持たせる。
「やったのは僕ばかりではない」。集団いじめの場合、子どもは自分の行為の重みを自覚しにくいものである。仮に十人でやったら、十分の一しか罪悪感は感じないだろう。
親の方も「いじめていたのはわが子ばかりではない」と内心ほっとしたり、「なぜ、わが子ばかりが責められるのだろう」と怒りがわいてきたりすることもある。ここがいじめ行為から目をそらすか、否かの分かれ目である。子どもが人を思いやる心と自分の行為への責任のとり方を学ぶか、それとも責任の逃れかたを学ぶか。親の態度ひとつなのである。
1996/9/4/水曜日

いじめと闘う/真実隠す各種の逃げ道

大阪で、いじめ側といじめられる側、双方の児童が法廷に立ち、直接尋間に答えるという。それぞれ小学四年生の男子(いじめ側は複数)。小学校入学直後から二年間いじめが続いたらしい。転校という形でいじめは回避されたが、いじめられ側の児童は、いじめを知りながら十分な指導をしなかった学校と、保護監督義務を怠ったいじめ側の親を訴えた。
いじめられ側の子どもは、公開の場に出て自分の気持ちを話したいと望んだ。被告側も「いじめとされたわが子を
証人として法廷に立たすことにした。公開の場でいじめ問題当事者である子どもが陳述するのは異例のことだ。
いじめられ側といじめ側との間に、いじめをめぐる認識の大きなズレが生じることがある。この大阪の例でも、いじめられ側にとっては転校にまで追い詰められた出来事が、いじめ側にとっては「子どもの世界ではごく自然な付き合いだった」(被告側代理人弁護士の話)と認識される。
いじめ問題ではこうしたズレが少なくない。「いじめっ子」とみなされる子どもはさまざまなタイプがある。
@相手の心を傷つけたり、怖がらせたりしていることに全く気づかない子。他意はないが言葉がきつかったり行動が粗野なため、低学年時代はいじめているとみなされやすい。
A相手の心を傷つけていることを知ってはいるが、「遊びだ」「みんなもやっている」と自分の心をごまかし、相手の苦しみに気ブかないふりをする子。
B「(相手の)弱い心を鍛える」「部活をさぼったから注意する」などと、大義名分の陰に隠れていじめを行う子。C普段は目立っていじめたりはしないが、相手の弱点をよく知っており、相手の心をぐさりと傷つけることをさり気なく言ったりする子。
Dまわりの子どもたちがその子をいじめるように仕向け、自らは手を下さずに陰でいじめ指令を与える子。
いずれの場合も「いじめをしている」と指摘されても、「いじめているわけではない」と主張できる逃げ道を持っている。その主張が真実なのか虚偽なのか、非常に見分け難いのが現代の子どもたちの特徴なのである。
(菅野 純  早稲田大学助教授)
1996/8/29/水 掲載記事





いじめと闘う
癒しの空間

「子どもの領分」(写真・薗部澄、文・林えり子、淡交社刊)と題された写真集がある。昭和二十年代から三十年代にかけての子どもたちがよみがえる。服装は貧しいが、生き生きした子どもたちの目がある。この写真集は現代の私たちに二つのことを教えてくれる。
その一つは、子どもにとっての心の癒(いや)しのありかである。「道草」という言葉が都会ではほとんど死語になったのではないだろうか。かつて学校と家との間には子どもにとってさまざまな空間があった。広場、路地裏、小川、田んぼ、境内…。いたるところが道草の場所となった。学校であった嫌なこともランドセルを背負いながらカエルを追い掛け回したり、仲間とささ舟の競争をしたりしていると、いつの間にか忘れることができた。子どもは「心のお掃除」をしてから家に帰ったのである。いま学校と家との間に、そうした癒しの空間はない。子どもは、だれからも「お帰り」と声をかけられずに、コンクリートの道路を車に気をつけながら帰るだけである。
もう一つは、写真の中の当時の子どもの姿である。現代の子どもが見たら,いったい何をしているところなのだろうと不思議がるのではないだろうか。
首から手ぬぐいをけ、野球帽をかぶり、暮れなずむ川の浅瀬の石に一人すわっている少年がいる。彼は何をしているのだろうか。同時代に子どもだった私には彼が何をしているのかよくわかる。何もしていないのだ。ただ川の流れをぼ−っと眺めているのである。でも、思春期にさしかかったころに、それまでいつも一緒にいた友達とも離れて、一人河原にやって来てこうしたい時があるのだ。こんな時間を、今の子どもたちは持つことができるだろうか。
学校でも家庭でも常に何かを「すること」を強いられる。勉強、部活、塾、おけいこ、練習。何かをしてはじめて認められ、ほめられる。しかし薗部氏のまなざしは明らかに異なる。「何をしようがしまいが、そこにいるだけで子どもは大事で、かわいい」−−。そんなまなざしである。心を癒す空間も、時聞も、人のかかわりも乏しい現代の子どもたちのささくれがちな心を、だれがどのように癒すのだろうか。
(菅野 純 早稲由大学助教授)
1996/10/2/水

いじめと闘う
加害者もストレスに苦しむ

わが子がいじめの加害者であることに気づいた時、どうすればいいのか。「その時は、いじめている感覚などほとんどなかった。ただイライラする気持ちを、彼文にぶつけていただけだった」−−小学五年生の時のいじめ体験を、ある女子学生はこう語っている。
もし子どもが親からしっかり愛されていると感じ、家庭の中に心をすり減らす緊張や不安も、心を痛めるもめ事もなかったら、そして学校では自分の持つ力を十分に発揮し、教師やクラスメートからよく認められるような生活を送っていたら、だれかをいじめたいという気持ちがわき起こってくるだろうか。いじめという行為自身もまた心の危機のサインである。親や教師は、いじめを行う子どもも精神的に追い詰められた状態にいるかもしれないと、まず考えてみる必要があるだろう。
人間に過剰にストレスが加わった場合に身体的には免疫性が低下するといわれる。風邪をひきやすくなるなどの変化である。精神的にも「免疫性の低下」ともいうべきものがあるのではないか。柔軟性に欠けてくる、物事にこだわる、被害的になる、などの変化である。「こんなことを毎日繰り返して、何がおもしろいのだろうか」−−飽きもせずいじめを繰り返しているいじめっ子をみるとこう思う。「もっとほかにやりたいことがないのか」と。でも彼らは容易に方向転換ができない。それは彼らの「症状」なのかもしれない。いじめっ子もまた過剰なストレスによる精神的免疫性の低下に苦しんでいるのである。
わが子が実際に友だちをいじめていると知ったら、友だちいじめという泥沼からわが子を救い出してやらねぱならない。なぜいじめはその子に向けられるのか、いじめることに対してどのように思っているか、これからどのようにしようと思っているか、親はわが子に静かに問い、じっくり言葉に耳を傾けるとよい。いじめの背後にある「いじめをしてしまう気持ち」に耳をすます限り、何かが返ってくるのではないだろうか。
「みんな何かに苦しんでいて、その時何かのきっかけでいじめは始まり、エスカレートする。少しずつゆがんで、修正がきかなくなる」−−はじめに紹介した元「いじめっ子」だった女子学生の言葉である。
(菅野 純 早稲田大学助教授)
1996/9/11/水 掲載記事



けじめの無い育児、「生きる力」弱める
田中喜美子

現代の子供たちは「生きる力」が弱まっている。それが、まん延する「いじめ問題」などの根っこにあるのではないかI−。女性の投稿誌「わいふ」編集長の田中喜美子さんはこんな視点から、「生きる力」をはぐくむ育児の大切さを母親たちに呼び掛けている。


「ひどいじゃないですか。私たち親がこんなに苦しんでいるというのに…」今年の五月、私の著書「いじめられっ子も親のせい!?」(主婦の友社)が出版されるや、版元へ親たちの抗議電話が殺到した。予期したことではあった。ここ十年ほど、子どもの世界にどんな悲惨な事件が起ころうとも、「親」の責任を問う人はほとんどいなかった。私の著書はそのタプーにあえて触れたのである。

しかしどんなに非難されても言わずにはいられない。
「いじめっ子」「いじめられっ子」を育てる真の、そして最大の責任は、私たちの社会にある。しかしその直接の、そして最初の責任は、まぎれもなく「親」に、とくに「母親」にある。それゆえ母親の子育てを問いなおすことなしに、子どもの現実が改善されることはあり得ないのだ。

「不登校」「いじめられ自殺」そして「無気力」−−いま子どもたちをむしぱんでいるのは、いわぱトータルな「生きる力」の衰弱である。
いつもかったるく、生きるのが面白くない子どもたち−−何につけても自発的な「やる気」のない子どもたち−−‐最近では「モノを食べたい」という意欲さえ失った子まで現れはじめた。
つい最近も、三歳の子が「ごはんを食べないんです。食事の度に、たいへんな思いをして食べさせているんです」と訴えるお母さんに出会った。「何がなんでも食べさせようとしないこと、食べなければさっさと片付けてしまうこと、冷蔵庫の中に麦茶以外のものは入れておかないこと(この子は勝手に冷蔵庫をあけて中のものを飲んでいた)、おやつは極力滅らすこと」という私のアドバイスで「まるで魔法にかかったみたい」に子どもは食欲を取り戻したけれど、こんなふうにケジメもルールもない子育ての結果、子どもに振り回されている母親があまりにも多い。

子どもを産むまでは男性に伍(ご)して社会で活動してきた彼女たちはタコツボのような息苦しい家庭のなかで、朝から晩まで子どもにかまけて暮らしている。そして子どもの「生きる力」の衰弱は、基本的に母親のこの状況から生まれてくる。おそろしいのは、多くの母親が、ここ二十年来猛威をふるっている「赤ちやんのいうことは何でも聞いてやりなさい」という子育て理論に振り回されていることだ。最近では四六時中赤ん坊を抱いている母親、始終乳房を含ませている母親まで現れはじめた。
こうしてすでにゼロ歳のとき、わがままでひ弱な、こらえ性のない子どもが育つタネがまかれてしまう。
母親たちの最大の不宰は、彼女以外に子育てを担ってくれる人が家庭のなかにほとんどだれ一人存在していない、ということである。孤独のなかで子育てを背負っていくしんどさは、経験した人でなけれぱ分からない。母親たちはいつもイライラしている。そしてそのイライラのなかで、子どもをいじくりまわす。
食が細ければさじで口のなかにモノを突っ込み、子ども同士がケンカをすればとんで行って引き離し、すべてに手を出し、口を出し、いつも子どもをせき立てている。それでもその生活にしがみつく。「三歳までは母の手で」の神話に呪縛(じゅばく)されているからである。

母子密首のこうした育児は、確実に子どもの「やる気」を奪い、さらに子どもにとってもっとも必要な、三歳前後での仲問同士のふれあいを、その生活から奪ってしまう。最近ますます「学習の場」としての色彩を強めている幼稚薗は、子どもの「生きる力」をつける役にはほとんど立たない。
百のお説教も、千の努力も、この現実を改嘗することはできない。問題は母親たちが送っている生活そのものにある。母親には父親の代わりも、子どもの遊び仲間のかわりもすることはできない。母親を家に閉じ込めて子育てのすべてを押しつけている限り、子どもたちの「生きみ力」はこれからも限りなく衰えていくだろう。
1996/10/16/土 掲載記事


いじめと闘う/褒める

「相手を三分間ほめ続けること」「もし言葉が切れたら、何度でも同じことを言い続けてもよい」。教師を対象とした研修会で、初めて出会った同士をペアにし、こんな練習をすることがある。すると様々な光景が展開する。何げない立ちいふるまいから、素早く相手の長所をつかみ、あふれるようにほめ続ける人。ほめられる方は、はじめは照れている。しかし次第に自信に満ちた表情になっていく。
言葉が出てこないで、絶句したまま見合っているペア。ほめられているはずなのに、浮かぬ顔をしている人。近づいて、どのようなほめ方をしているのか、耳を傾けてみる。「お若いわね」「ネクタイは素敵ね」…・。ほめているような、皮肉を言っているような、何ともあいまいに聞こえる表現である。これではほめられる相手の方も喜んでよいのかどうか迷ってしまう。元気や自信を得るどころか、反対に心からエネルギ−を吸い取られてしまうのではないだろうか。
批判すること、非難することにかけては、だれもが天才である。あふれるように言葉が出てくる。しかし、ほめたり、認めたりするには努力が必要だ。実際私たちが持っているほめ言葉、認め言葉、人の心にエネルギ−を与える言葉のボキャプラリーは貧弱なものであることが多い。家庭ではどうだろうか。
わが子の悪い点を二十くらいリストアップして相談にやって来るお母さんがいる。一通り訴えを聞いてから、「A君の、よい点はどんなところですか」と尋ねると絶句してしまう。これまでそうした発想で子どもを見てこなかったのである。
街中や車中で耳にする親の言葉には鋭く、突き放すようなものが少なくない。「そんなこと、知らないわよ−」「あんたの勝手にすれぱ−」。相手はまだ五、六歳の子どもだったりする。いつしか子どもは身近な大人の口調を身につけるものだ。子ども同士の会話を聞いてみると、相手をいたわったり、フォローしたり、励ましたりする言葉よりも、文句や非難、責めといった言葉が多いのが気になる。いじわるや攻撃、いじめ以外の人とのかかわり方のモデルを、大人は示すべきではないだろうか。
(菅野 純  早稲由大学助教授)
1996/10/9/水 掲載


いじめと闘う
宝のような言葉

つらくとも、苦しくとも、それに負けない心はどのようにして育つのだろうか。
「言語化」−−心の状態を何らかの形で表現することをさすカウンセリング用語である。この「言語化」という言葉をキーワードにして考えてみたい。
例えば、夏の暑い日にみんなで校庭の小石拾いをしたとする。作業を終えた時、教師が「手を洗って、教室に入りなさい」とだけ言ったならぱ、その体験はただ流れてしまうだろう。しかし「見てごらん。これで一年生も思い切りはだしで校庭を走れるよ。暑かったけど、みんな、よくがんばった」と言ったならぱどうだろうか。「そうだ、ぼくたちは暑さに負けないで、やり遂げたんだ」と子どもの心の中で反復され、一つのまとまった体験として子どもの中に蓄積されるだろう。
子どもは毎日のように克服体験をしている。「難しかったけど、がんぱって解いた」「疲れたけど、我慢して最後まで歩いた」…・。たとえささいなことでも子どもが何かに耐え、何かを克服して行ったならぱ、それを見逃さないことである。きちんと言葉で評価するのである。
子ども自身に言語化させてもよい。「校庭の石を拾う前と、拾った後では、何が違う?みんな、やり終えて、どう感じた?」と。一度言語化したものは、心の中に〃貯金〃される。そして必要な時にその人を支えるのである。
こうした体験を積むうちに、子どもは言葉に出さなくとも、心の内側で言語化するようになる。克服し、成し遂げたことを自己評価し、自分で自分を支えるようになるのである。実は、校庭の石拾いの例は、私自身の体験例である。出来たぱかりの校庭は、雨が降ると薄く覆っていた砂が流され、一面小石だらけとなった。のどが渇き、汗だくになり、カニのようにはいながら、石拾いをする。それが体育の授業だった。しかし、つらい時や、めげそうになる時、なぜか小学校時代の石拾いが私の心の中に思い浮かぶのである。石拾いをする意味と、評価の言葉を、当時の教師たちはしっかり言語化し、いまもその言葉が私の心に貯金されているせいであろう。あなたにも、そんな宝物のような体験がないだろうか。
(菅野 純 早稲田大学助教授)
1996/10/30/水 掲載記事



いじめと闘う
何気ない言葉

学校一のつっぱり生徒がいた。ある時、男性教師が彼を呼びだした。ふてくされた顔でやって来た彼は、多くのつっばり生徒がするように、いすに浅くふんぞり返り、教師の顔を鋭くにらみ続けた。「なんだ、その態度は!」−−多くの教師はこうしかりがちである。しかしその教師はこう言ったのである。「君の目は、何かを考えている目だなあ」。すると生徒の方は急に座り直し、真剣に教師の話を聞き始めた。
話は、体育祭の応援団長をやらないかということだった。彼はそれを引き受け、体育祭では立派に役目を果たしたのである。
自己概念という言葉がある。「私はこういう人間だ」という自分自身についての概念をさす。カウンセリングの場で出会う子どもの中には、このマイナスの自己概念でいっぱいの子どもがいる。「どうせ、ぼくは頭が悪い」「みんなから嫌われている」「生まれて来なけれぱよかった」…。
人は目己概念に近づけるように行動する。「頭が悪い」と思っている子は、勉強しなくなる。「嫌われものだ」と思っている子は、嫌われるような行動をしてしまうのである。いったい、どのようにしてこの自己概念が子どもの中に形成されるのだろうか。
生まれてくる時、「どうせぼくは頭が悪い」と生まれてくる子どもはいない。つまり、そうした自己概念は子どもの外から与えられるものなのだ。子どもに対して向けられる評価、言葉、まなざし、態度。「生まれて来なければよかった」という自己概念を持っていた子どもは、毎日のように母親から「あんたなんて、産むんじやなかった」という言葉を浴びていた。
大人が子どもに向けて発する言葉は、子どもの自己概念形成の材料となる。マイナスの言葉が発せられれぱ発せられるほど、子どもの中には否定的自己が形成される。自信がない、やる気がない、根気がない、自分を大事にしない、他人を大事にしないなど。一方、大人の投げかけた一つの言葉がその子の人生をプラスに変えた、という話も少なくない。
冒頭の生徒も、教師の一言で、これまでとは違う自分を生きる可能性に気づいたのではないだろうか。
(菅野  純  早稲田大学助教授)
1996/11/6/水 掲載記事



いじめと闘う
幼稚園児で窮地救う思いやり

幼稚園時代の私の悩みの一つは、姉のお下がりを着なけれぱならないことだった。(昭和二十年代に子ども時代を送った読者の中には、私と同様の悩みを抱いていた方もおられるのではないだろうか)。お古を着ることには抵抗はなかったが、女物であることが幼い私の自尊心を傷つけるのであった。
当時の我が家の家計状況では、幼稚園に通わせることで精いっぱいで、子どものそんな心を省みる余裕などなかったのかもしれない。私も正面切って「嫌だ」と言った記憶もない。幼い友人たちは、ボタンを取り換えたり、ベルトを付け替えたりしてカムフラージュをしているものの、どこか違う私の服装にかすかな違和感を抱くことがあったことだろう。
ある日、その違和感が頂点に達する日がきた。破けてしまった室内履きのズック靴の代わりに、姉のお下がりの赤色のズック靴を履くはめになってしまったのである。私はその時初めて、「赤だから嫌だ」と抵抗した。
母は妙案を考え、ズック靴を墨で黒く塗ってくれた。靴は赤黒くにじみ、よげい奇妙な色になったはずだ。幼稚園のホールで遊んでいると、何となく皆の視線が私の靴に集まっているような気がする。だれも言わないが、遊びながら何度も私の靴に目がいくのがわかる。無邪気にボール遊びをしながらも、心の中は私の靴への違和感でいっばいで、だれが最初にそのことを口に出すかを互いに気にしている…・。そんな緊張感が高まった時、一人の男の子が(「ゆさ君」という子だった)何気ない口調で「クツって水につかると、かんの君のようになっちゃうんだよね」と言ったのである。するとまわりの子たちは、急に納得したように「んだ」などとうなずき、私の靴へ重くのしかかっていた視線はさっと消えてしまったのである。そのあとは何事もなくボール遊びが続けられ、私は内心ほっとし、窮地を救ってくれた「ゆさ君」に心の中で感謝した。
幼稚園児にして私の窮地を思いやり、さりげなく救ってくれた「ゆさ君」とはどんな子だったのか、いま改めて思う。いじめられて子どもが死んでいくこの時代を、いま彼はどんなふうに思っているだろうか。
(菅野  純  早稲田大学助教授)
1996/11/13/水 掲載


「自殺予告」で学校混乱

「文化祭をやめないと」「テストを中止しないと」「体育祭をやめないと」−一「死にます…」。こんな脅迫まがいの自殺予告が学校に舞い込み、関係者を混乱させている。どんな思いから子供たちは自分の命を盾にとり、このような行動に走るのか。そして教師や親はどう対処すればいいのだろうか。

「体育祭を中止してください。このままでは自殺します。中止してください。当日二十二日、学校で自殺します。私は本気です。ウソではありません」これは山梨県のある中学校に九月下旬に届いた手紙だ。「こうした行事中止を求める自殺予告の報道を目にし、気にはしていたもののまさかこの学校にくるとは…・」。校長はその時の衝撃を隠さない。

全校で緊急クラス会
翌日には、全校で緊急のクラス会を開いて生徒に内容を伝え「悩んでいるなら相談してほしい」と呼び掛けた。同校は体育祭の前目が文化祭。とりあえず、文化祭は実行すべく生徒の反応を見ながら準備を進めた。PTA執行部にも意見を諮り、議論を重ねた。「中止しよう」「きぜんとした態度をとるべきだ」−−意見が飛び交ったが、二十一日、文化祭当日の昼休みに、体育祭の中止が生徒に伝えられた。「人命の尊重を考えればやむを得ない」との意見でまとまったのだ。
「レクリエーション色が強い体育デーは皆、楽しみにしている。事前・事後アンケートでも嫌がる声はなかった。思い当たる節はない」。校長の言葉は中止決定が苦渋に満ちた選択だったことをにおわせる。

いたすらの可能性も
校長は手紙がいたずらである可能性を否定しない。「表記が体育デーではなく体育祭となっていることからも学外の者が書いた可能性は高い。直近に他県であったケースと似ているし」。「最後の体育デ−だったのに」「今までの準備は何だったのか」と生徒は慣り落胆した。だがその後、生徒会で体育デーに代わる行事の催行を決議、学校は落ち着きを取り戻した。
この種の事件がこの秋、北海道や神奈川などで連鎖反応的に起こった。ファクスで、あるいは電話で、学校や、校長の自宅、役場などに文化祭やテストの中止を求める目殺予告の通知が届いた。実数はわからないが中止した学校の方が多いのではないかとある教育関係者は見ている。一連の自殺予告は、いじめ対策電話などにかけられてきた「XXさんにいじめられているので自殺する」といったものとはやや趣が異なるとの指摘がある。当事者の具体的な被害を明記せず、ただ「OOをやめないと死ぬ」とだけ書いてあるパターンも自に付くのだ。
日本青少年研究所の千石保所長は「切羽詰まった揚げ句の行為でないとはいいきれない」と前置きしつつも、「学校が慌てる姿を想像してシニカルに笑っている子供の姿も見え隠れする」と話す。「子供は学校の建前主義にうんざりしている。茶髪やポケベルはだめだといいながら、全部黙認。いじめはいけないとしながら体罰は横行する。学校の建前と本帝のかい離に不信感を抱き、自殺予告という形で批判している」と分析する。
学校の建前主義を親も助長しているとの声もある。親が何でもかんでも学校に期待するので、学校はすベての行動に口を出し模範的行勤をとるしかない。ところが,現実はそんなきれいごとですむはずもなく,矛盾が大きくなていくというのだ。

命はり大人に訴え?
都内の私立高校に勤める松田孝志教諭は最近の子供は、相手を自分の思うとおりに動かそうとする傾向が強まっていると指摘する。
周囲のだれもが自分の言うことを聞いてくれる環境で育ってきた彼らは、命を盾にすれぱ間違いなく相手は屈するとわかっている。
「子供が救いを求めているのは事実なのだから真撃(しんし)に受け止めなけれぱ」と強調するのはせたがや教育フオーラムの豊田キヨ子さん。「子供の立場で話を聞ける大人が少なすぎる。そのために子供は命をはって声を聞いてもらおうとしているのかもしれない、こうした事件はいたずらか本気なのか結局、見抜けない。ある精神科医は犯人
捜しや原因究明もさることながら事後対応こそ大切だと言う。
米国では目殺したいと言う友人に向かい何を言うかロールプレイをしたり、デ−タ分析から自殺危険因子を学んだりと、親や教師、カウンセラー、心理学者や医師がチームを組んだ自殺予防教育を小さいころからする。「日本でもこうした事件を教訓に人間の生死などタブ−だった問題を考えるべきだ」。
同時に,親や教師がこんな行動に走ってしまう子供の心を理解し,その声を吸い上げる努力をすることも大切だろう。
1996/11/27/水 掲載記事



いじめと闘う

いじめ問題をきっかけに、スクールカウンセラ−が配置される学校が少しずつ増えてきた。学校の内側にいる教師と、外側からやって来たカウンセラーとがどのように協力し合っていくのかが今後の大きな課題である。わが国の教育においては、立場の違うもの同士が「連携」することはかなり難しい。
勤務一日目に校長から「何も期待していませんから」と言われたカウンセラーがいた。「とにかく学校をかき乱さないでほしい」とまるで問題児が転校してきたかのように言われた例もある。子どもの心のケアという同じ立場に立つ養護教諭がスクールカウンセラーの導入に猛反対した学校もある。いじめや不登校問題でやっと保健室の価値が見直され始めたのに「おいしいところだけを持っていかれるような気がして」という理由だ。
一方スクールカウンセラーに対しても「相談室に閉じこもって顔を合わせようとしない」「生徒のことを聞いても、守秘義務を盾に教えてくれない」「相談室が甘やかしの場になっている」などと、さまざまな批判や不満が聞こえてくることがある。教育の場で連携やチーム活動が難しいのは、子どもをめぐっての三角関係が生じるためである。
教育実践ですぐれている教師が、教師集団の中では浮いてしまうことが少なくないのも、子どもとの二者関係から他教師も交えた三角関係にうまく移れないためだろう。三角関係にともなう嫉妬(しっと)や寂しさの感情をどう乗り越えるかが連携では重要となる。
先日、神奈川県相模原市のある中学校で教師とスクールカウンセラーの連携についての実践研究発表があった。みごとな連係プレーだと思った。
カウンセラーが多方面で活躍している。子どもや親からの相談はもちろんだが、教師からの相談も受けつける。教師が互いに生徒役になり、子どもの話に耳を傾け相談に乗ったり、子どもの長所を見つけるための体験学習を、カウンセラー主導で実施している。「子どもを勇気づける」「子どもの話を聴く」といった保護者への研修もやっている。実際に会ったカウンセラーはスポーティーなシュ−ズを履き、校内を縦横無尽に動き回っていた。教師とも母親とも違う、深い輝きを持った女性だった。
(菅野 純  早稲田大学助教授)



完壁でない方が・・・

今日は、我が研究館での仕事の一つを紹介させていたゞこう。
ミドリムシ、ご存じだろうか。私は、中学生の時、秋になってもまだ溜まっていたプールの水を顕微鏡でのぞいて見つけたのを憶えている。生物学の言葉では原生生物と言って、私たちの身体をつくっているのと同じ細胞のたった一個で生きている仲間だ。
ところでこのムシ、専門書を見ると「ミドリムシ藻」と書かれている。白状すると、これを知ったのは数年前、〃なに、この名前?〃と驚いた。〃ムシ〃と言えば動物、〃藻〃はクサカンムリがついている以上植物なんじゃないのという素朴な疑問である。鞭毛があって泳ぎまわっているけれど、葉緑体を持っていて光合成をする。そこで、動物学者は動物と分類し、植物学者は植物の中に入れているのだそうだ。
二十分の一ミリほどの小さな生きものを巡っての学者の勢力争いだ。そんなものどちらでもよいじゃないかと言うこともできる。しかし、原生生物の中から、動物、植物、菌類という三つの生物界が生まれたことが分かっているので、私たちの祖先探しという意味も含めて、この辺りの様子を知ることが大事になっている。そこで、現代生物学の武器である「DNA解析」を用いて、「ミドリムシ藻は、動物か植物か」という、極めて単純だが基本的な問いに挑んだのである。結果は明快。細胞としては動物。ミドリとか藻という名前のついた理由である葉緑体は、緑藻由来ということになった。なぜこんなものができたのだろう。最も考えやすいのは、「動物細胞が緑藻をパクリと取り込み、通常なら分解して養分にしてしまうところを、分解しそこなった。すると緑藻の中にある葉緑体が光合成をしてくれるのでなかなか具合がよい。他の細胞よりも生きる力があるので安定した生物として生き残った」というシナリオだ。原生生物の間では、今でも食べたり食べられたりがあるので、十数億年前にもそれがあったと推理するのはそれほど無理な話ではない。
しかも、他の原生生物を調べてみると、藻と言われているものの本体が実はアメーバで、それが緑藻を食べていたとか、マラリア原虫も昔は葉緑体を持っていたに違いないなどということが、次々とわかってきた。現在の動物・植物ができあがる前、小さな単細胞ぱかりが生きていた時代の生物間での複雑な絡み合いが見えてきたのである。
それらがわかったうえで、改めてミドリムシを眺めるとふしぎな気持になる。光合成をして栄養分を作れるし、自由に泳ぎまわれる。人間だと、どうしても自分で作れないアミノ酸やビタミンがあってそれを外から取らなけれぱならないが、そんなものもほとんどない。完壁とも言える能力を持っているわけだ。でも、それゆえに、もうこれ以上は結構というわけで、十億年以上変わらずにいるのではないだろうか。
欠けている所があるから次なる可能性を求める。人間という生物、欠点だらけのところが、長所なのかもしれない。
(中村  圭子  生命科学者)
1996/12/14/土 掲載記事




行き過ぎ”横並び”

米プランド「ラルフ・ローレン」のVネックセーターに英国「バ−バリー」のマフラー。全国津々浦々の女子高生が制服の上に身につけるプランドは一極集中型だ。その傾向は年々高まり、し烈な商品獲得競争が発生している。「横並びファッション」の好きな女子高生にメーカー、小売店も困惑顔。しかもこの騒勤、親も一役買っている。

ラムVに殺到
「ラムV、ないの?」。秋冬物が売れ始める今年九月、都内の各百貨店はぞんざいな口ぶりで商品の有無を確かめる女子高生からの電話対応に忙殺された。彼女たちのお目当てが、ラルフ・ローレンのラムウールのVネックセーター(一万二千円)、通称「ラムV」。
制服に紺のセーター着用を認める高校は多いのだが、そのプランドとして最近、不動の地位を占めているのがラムV。マーク以外はとりたてて特徴もないのだが、都内の私立高校二年のさちこさんは、「昨年は学校指定のセーターを着ていた人もいたけど、今は、ラムVじゃなきや、浮いちゃう。品がよくてかわいい。今年はぜんぜん手に入らなくて、友達なんか、二枚も盗まれた」と言う。

小売店も困惑顔
人気のある紺、白、グレ−は電話予約が殺到し、店当たりの販売量は昨年のほぼ倍増という。西武百貨店池袋店では、九月時点で二千三百枚、現在までに四千七百枚が売れた。三色はすべて女子高生の電話注文によってさばけるほど。「口コミパワーがすごく、北海道からも九州からも電話が来た。どの店に在庫があるかまで把握しているのです」と、西武百貨店商品部バイヤ−の僑爪敏明氏は鷲く。
「女子高生の購買力は年々強まり、今や大事なお客様ですが、売れ筋が極端に偏り、何が何でも手に入れようとする行動は正直いって迷惑です」とあるメーカ−。売り上げに貢献し、将来の「顧客予備軍」となろうとも、決して手放しで歓迎されてはいない。
女子高生が冬季身につけるマフラーといえば、チェック柄のバーバリー。ライセンス生産している三陽商会は九月、団塊ジュニア向け新プランド「バーバリ−・プルーレーベル」を発売したが、マフラー人気が引き金となってか、瞬く間に女子高生の話題プランドとなった。
店頭は制服姿があふれ返り、「何でもっと広いところで売らないの」と、店員に詰め寄る一幕も。人気小物は店頭からすぐに姿を消し、予約待ちが続出した。「女子高生人気は、一過性のプームで終わる怖さがあり、他の客が入店しにくいこともある。核のターゲットにはしたくない」(三陽商会の新名宏行バーバリー企画部次長)とメーカーも少々困惑気味だ。
こうした動きに、親たちは、歯止めをかけるどころか、加担している様子さえうかがえる。
「うちの娘はAプランドのセーターを着て行ったらいじめられた。三十枚でも四十枚でも買うから、すぐに作れ」。ある百貨店では、娘にラムVを頼まれた中年男性が販売貝にこうまくしたてた。「親は子供以上にあきらめが悪い。子供が登校中に、せっせと電話で情報を集め、新規入荷当日に店頭に並ぶ母親も多い。手に入らないと苦情がものすごいんです」と百貨店販売員はあきれる。

着用禁止令も
ラムV人気を見兼ねて関東の私立高では「セーター着用禁止」を打ち出したところもあるという。とはいえ「学校帰りに着替える」(神奈川の私立高校二年のみきさん)から、影響はほとんどない。
都内のある高校教師は「今の親の大半は、自分の子が少しでも人と違うとかわいそう、と思い、子供の〃横並び意識〃を助長する。我慢という当たり前のしつけができないのです」と苦言を呈する。そんな親に見事に付け込むのが彼女たち。
「シャネルはさすがに買ってくれないけれど,制服に着ると言うと,親はお金をくれる」とみきさん。「制服に着る」「皆が着ている」は親を納得させる一番の理由になっているようだ。
1996/12/4/水
掲載記事



いじめと闘う
喧嘩作戦〜相手側を分断する

いいかい、六人全部を相手にしないでその中の一人にターゲツトをレほるんだよ。ナンバー2くらいの子がいいかも知れない。その子の名前を大きな声で呼びながら、相手の目をしっかり見てこう言う。「○○さん,ウソをみんなに言いふらすのはやめてください」。何度も何度も繰り返すんだよ。○○さんが「なぜ私ばかり」と言ってきても答える必要ないよ。これは作戦なんだから、ほかの子が何か一言っても、絶対相手にしない。「あんたは関係ない」と言ってわざと無視する。いじめグループをそうして分断するんだ。
中学二年生の少女がクラスで集団いじめにあっていた。いじめグループは、その少女がクラスの一人の男子に好意を持っていていろんなモーションをかけている、という噂(うわさ)をぼらまいた。これまでも不登校経験のある少女である。このままでは危ない。少女と一緒にいろいろ考えた末、いじめからけんかに展開する作戦をとることにした。少女は私を○○さんに見立てて何度も何度もロールプレイを繰り返し、だいぶ迫力がついた。
そして、実行。結果は勝利だった。ターゲットにされた子がまず謝った。あとから三人の子が電話などで謝ってきた。残り二人はまだ「私たちは悪くない」と言い続けているがいじめグループは分裂した。まあまあの戦果である。これまで言い返したり口げんかしたりすることのなかった彼女にとって、ずいぶん自信がついたみたいだ。もちろんそのまま不登校に陥ることはなかった。
いじめもけんかもどちらも人を傷つけるからいけないことだ、と子どもたちは親や教師から教わることが多い。しかし本当にそうだろうか。その教えを固く守る子は、いじめ状況にあった時、ジレンマに陥りはしないか。「けんかはできればしないほうがよい。でも自分に危険が迫った時には、やり返すことも必要だ」、こう私は思う。少なくとも集団いじめ状況では、一方的いじめを抑制することができる。いじめ側は「あそび感覚」ではいられなくなる。歯向かってくる相手を見た時、自分たちの言動が相手を苦しませたことに気がつく。
人と人の出会い−−いじめにはないが、けんかにはある。
(菅野  純  早稲由大学助教授)


いじめと闘う/教育の言葉

はじめて金八先生のドラマが放映されたころ、私のまわりの中学教師たちの反応は意外にも冷ややかだった。「あんなふうに授業中長々と話していたら、生徒はすぐ飽きて騒ぎ出すのが現実だ」「教室の生徒数は、あの倍の多さだ」といった批判的な感想を何度か聞いたことがある。当時校内暴力が吹き荒れていた。多くの教師は自信を失いかけていた。
仮想の世界の金八先生が子どもや親の心をとらえ、評判がどんどんよくなっていくことに、現実の世界の教師たちは嫉妬(しっと)ともつかない複雑な思いを抱いていたのかもしれない。しかし「金八先生」は、教育が失いかけている大事なことをはっきりと表現しているすぐれたドラマだと私は思う。
とりわけ「言葉の力」である。いま三回目のシリーズの再放送が行われている。たまたま私が見たのはこんな場面だった。クラスの中の一人の少年が陰湿ないじめにあっている。そのことを登校拒否から立ち直って再登校し始めた少女が知り、金八先生に訴え、もうこんなクラスに来たくないと再び学校に来なくなる。翌日、金八先生はクラスの生徒にこう問いかけるのである。「チクる、ということはよいことですか、悪いことですか」
生徒たちは口々に「悪いことです」と答える。
「つぐみは幼なじみのあゆみがいじめにあっているのを知って私にチクりました。これはよいことですか、悪いことですか」
生徒たちはだんだんわからなくなってくる。そして自分たちが「チクる」という魔物のような言葉に振り回されていたことを知るのである。こうして金八先生は「チクる」という呪縛(じゆばく)的言葉から生徒たちの心を解き放つ。教育の言葉の勝利だと思う。
いまから八年前、女子高校生を四十一日にわたって監禁し、暴行のすえ殺してしまった少年たちも、金八先生にあこがれていたという。当時私がかかわった「非行」少年たちも、たまり場となった家でよく金八先生のビデオを見ていた。いつの時代の子どもの心の中にも、目分たちを真剣に思い、真剣にかかわる理想の教師像があるのではないだろうか。
(菅野 純  早稲田大学助教授)
1996/11/27/水 掲載記事


犬養智子
「わんぱく」ではピンとこない。ティ−ンエージャーのほうがびたりとくるのは、私がその年ごろを戦後の占領時代に持ったからだろう。
寒い教室と蒸しパンのお弁当が、疎開から帰った私の中等科のスタートだった。でもそれがちっとも苦にならなかったのはティーンには新しい刺激が待っていたからだ。それは世の中には男の子がいる、という発見だ。
学習院には女子部と男子部があり、同じ山手線で通い、降りる駅が違うだけだ。毎朝、女の子は男の子と顔をあわせる。日が照れば花が開くように、「あ、彼がすてき」「あれはだれ?」ということになる。
同じ学校で人数も少ないから、名前はすぐわかる。気に入りが見つかれば、乗り換えの新宿や渋谷のプラットホームで、目当てが現れるのを,電車をやり過ごしても待つ。彼はこっちに気づくか?知らんぷりをするか?話をするか?電車の中の十五分がスリリングだ。
おせっかいな大人はどこにもいて,先生に告げ口の電話がはいる。そのたびに私たちは先生に注意された。でも,だれも気にしなかった
ラプレターもずいぷんもらった。その中に一人、「愛しています」という言葉と一緒にダイヤの指輪を入れてきた子がいた。ディアマンテなんていうにせもののない時代だ。きっとママのを勝手によこしたんだわ。私は困って親に渡したから、きっと彼の親に戻されて、ひどくしかられたに違いない。
ずっと後に,娘が幼稚園に行くようになり,そこで彼の子供と一緒になった。ダイヤの指輪のことを覚えていたかどうか。
(評論家)
1996/11/27/水 掲載記事


いじめと闘う/心象風景画

いじめにあっているという中学二年生の男の子。少し緊張気味に座っている彼の前に、私は一枚の画用紙を置く。「これから言うものを順番に描いて、ひとつの風景を作ってください。はじめに川を描いてください」「次に、山を描いてください」と言って私は十個ばかりのアイテムを言っていく。彼は戸惑いながらも黒いサインペンで少しずつ描いていく。終わったらクレヨンで色を塗る。
一枚の風景画が完成する。風景構成法−−絵画による心理療法の一種である。言葉ではうまく表現されない彼の心の内側が、風景のかたちで表出される。荒涼たる風景。山は赤茶けて、一本の本も生えていない。川は細くその前を流れるのだが、途中で立ち消えてしまう。小さな家が砂あらしに吹き飛ぱされそうに傾いている。そして人が一人。目も鼻もない小さなスティックフィガー(棒状人間)。人間関係にくたびれたり、人間を恐れたりしているときは、表情豊かな人物を大きく描くわけがない。まるでいばらの中を跳びはねるようにして逃げているこの人物は彼自身だろうか。
彼を守るかのように石で護岸工事をしているが、完成に至らず、工事は放棄されたままである。川の向こう側に一匹の犬がいて、こちらを見ている。犬はかわいらしく描かれている。ほっとする。でも、見守るかのようにたたずむ犬と人間との間は川によって隔てられている……。
学業不振。優秀な姉と比べられ、彼はいつも親からしかられていた。自信もない。根気もない。友達もできず、クラスではいつもからかいの的だった。からかいはエスカレートしていった。彼のそばを通りがかる子は、当然のように彼の頭をたたいた。教室で彼が歩くと、たれかが足を出し蹴(け)たぐりをかけた。
やり返すこともできず、いじめを恐れて休み時間も席から離れられない。そこに遊びに飽きた子たちが集まりいじめを繰り返す。ある時、彼は学校から消えた。彼が見つかったのは、かつて彼が通った保育園の物置だった。(彼のことをとてもかわいがってくれた保母さんは、もう転勤していなかった)。
そんな彼の心の世界が描かれてる絵を見ている私を、じっと見つめている彼がいる。
(早稲由大学助教授)
1996/12/18/水 掲載記事


いじめと闘う
もっと何とかできなかったか

はじめに祖父が来た。広告紙の裏にびっしりとこれまでのいじめが記録されていた。「果物の皮を無理やり弁当に入れられた」「足をけられた」「頭をたたかれた」「髪の毛を抜かれた」「教室に閉じ込められた」「授業中、教師が板書している間にA子の頭めがけてぞうきんやボールを投げつけた」「ノートや教科書を隠し、懸命に探すA子を笑い者にした」…、数えてみると五十を超している。
次の日、祖父が孫娘を連れてやって来た。中学三年生。相談室へとつながる廊下をひどくゆっくりと歩いてくる。歩き方が異様だ。無表情。何物かを探すようにじっと床を見ながら、ときどき立ち止まる。まるでそこに障害物があるかのように、またいだり、迂回(うかい)したりする。祖父が困ったような顔をして「早く。先生が待っているよ」と言うが、まったく聞こえていないかのようにゆっくりゆっくりと近づいて来る。
彼女は何をしていたのだろうか。私の印象では、地中に埋め込まれている地雷におびえながら地雷原を進む兵士に似ていた。彼女にとって学校は砲弾が飛び交い、地雷がさく裂する戦場だったのではないだろうか。
朝自習、休み時間、そして放課後…、初めいじめは教師の見ていないところで行われた。やがていじめっ子たちは大胆になっていく。授業中いかに教師の目を盗んでいじめるかスリルを楽しむようになるのである。そんな中で彼女は常に緊張を強いられ、不安におののくようになる。心が少しずつ破壊されていったのである。
いじめられ,心を病んでいく孫娘への心痛ぱかりではなかった。学校の対応はもっと祖父の心をかき乱した。「中学生だったら、その程度のことは当たり前。ウチの学校の子はみんな素晴らしい子ばかりです」といった誠実味のない答えが学校から返ってくる。事件屋が聞きつけ、「学校から謝罪文を取ってやる」と祖父から高額の金をだまし取る。そんな世の中を怒りながら、孫娘の精神病院入院後、祖父は病死した。
教師もカウンセラーも、もっと何とかできなかったか。そんな事例が私の仕事の原点にある。
(菅野  純   早稲田大学助教授)


心の中の「いじめ」みつめて

いじめって、いじめを許す自分って何だろう。生徒一人ひとりが心の根っこを掘り下げる試みに、三十時間をかけた中学校がある。東京都杉並区立東田(ひがした)中学校の一年生。子どもたちにとって、いじめは最初、遠いできごとだった。それがアンケートをとってみると、被害者、加害者とも過半数に上っていた。気づかなかっただけで、いじめは実は身近にあったのだ。生徒らは、作文を十二回書き、読み、話し合う。その半年余りの軌跡を二回に分けて報告する。
(社会部・氏岡真弓)

12回の作文、重ねた討論 変わりはじめた生徒たち
一戸建てが並び、生け垣越しにピアノが聞こえる。そんな山の手の住宅地の一角に、東田中学校はある。
福田博行先生(四六)が、生徒の親から「うちの子がいじめられている」と連絡を受けたのは、二年前だった。「表に出してもらっては困るんです」
からめ手から行くしかない。クラスの問題点は何か、匿名で書かせてみた。「いじめ」を挙げた生徒はゼロだた。この子たちは、目の前で起こっていてもいじめと思っていないのか、いじめとわかっていても言葉にできないのだろうか……。
いじめの指導は多くの場合、事件が表面化して始まる。当事者双方から聞き取りをし、加害者に謝らせ、今後はしないと約束させる。
だが、いじめた側は指導を受け流しているだけだ。「チクった」子への報復が始まり、かくて、いじめは地下にもぐる。
いじめをクラスの問題として意識しない生徒を前に、先生は考えた。事件をモグラたたきのように処理するのではなく、いじめを生む心そのものに切り込めないか。
そうして、一年の担任として生徒を迎える今年度、学年全体でイチから取り組もうと決心したのだ。
  
●遠い世界の話
まず、いじめで自殺した愛知の中学生大河内清輝君の遺書などを読み、感想文を求めた。
奪われた金額にびっくりしたことにふれる作文が目立つ。
〈一番驚いたのは3万〜6万円も取られていたことです〉
〈この学校では自殺する人はいない。なぜなら、この学校には、いじめる人も、いじめられる人もいないからである〉
生徒は、いじめをどこか遠い世界の話ととらえていた。
続いて、京都の中学生土屋怜さんが体験をつづった『私のいじめられ日記』(青弓社)を紹介し、感想文を書かせた。
〈親友と思っていた人から「いじめられ」る。信じてたのに「いじめられ」る……。これはやはりつらいことだと思います。私も似たようなことをされたことがあったから〉
 〈いじめっていうのは前は簡単に考えていたけれど、今考えると本当に全然分からない〉
  
●あふれた肉声
そして求めたのが、自分の体験文だった。生の声があふれた。

 いじめた体験。
〈口攻撃・物をどうにかしちゃう攻撃・必殺シカトアタックなど、いろいろやった〉
 〈集団で、口をきかなかったり、さけたりした。そのこがすごく嫌いだった。自分はそのこと正反対で、頭は悪いし、運動しんけいも悪いし、かわいくなかったから……〉
 〈時がたつにつれ、残るのは後悔と罪悪感〉

 いじめられた体験。
 〈犬のフンの上にぼうしをかけられたり……さらにハゲとか息くせーとか、机をつけるななどいわれました〉
 〈朝「学校にいきたくない」と泣き叫んだことも〉
 〈小学生の時、おふろばのかみそりで何度もゆびをきりおとそうとしてケガしました。手くびを切ろうとしておこられたこともあります。つめをライターでもやしたこともあった。私はあの時、本当に死にたかった〉

 いじめを見て加わった体験。
 〈こわくて、しかたなく私は犬みたいにしたがった〉

 いじめは日常の風景だったのだ。名前を伏せて作文の抜粋を渡し、感想文を集めた。
 〈自殺未遂した子の話だけで、体がぞわぞわしたり心臓がドキドキドキドキした〉
 〈みんなの笑ってる顔がつくりものに見えた。笑っている顔も泣いているように見えた〉
 〈みんな「いじめ」におびえている〉
  
●過半数が経験
六月に、アンケートを取った。集計すると、九十五人中、これまでいじめられた経験のある子は四十八人。いじめたことがある子は五十三人。いじめを見た子は七十一人。そのうち、何もしなかった子が三十人、自分も参加した子が六人いる。
生徒たちは、自分の学年の、自分のクラスの、自分の隣の席に苦しんでいる子がいる事実に突き当たった。
だから、いじめはなくせるか、なくせないかの討論をするとき、先生は「なくせる」派が多数を占めると予想した。
ところが。
「人はいじめをなくせるほど強い心を持っているとは思わない」「ストレスがあるから無理です」「難しいのは、いじめをなくそうと思ってるのが私だけだったらどうしようということ」
「なくせない」派が二対一と優勢だった。生徒はシビアだな、いじめを本当に真剣に考えてるんだ、と先生は感じた。
気になることもあった。「一人ひとり個性があるから、いじめは起きる。全員同じ性格にならないと無理だ」という発言だ。それに対する反論がひとつも出なかった。
生徒たちは、異質なものを排除することから出発している。思えば、自分たち教師だって、個性を認め合う教育がいじめをなくすと言いながら、たとえば校則の名のもとに、生徒に同じであることを求めてるんじゃないだろうか……。
先生の気持ちは苦かった。
だが、この討論会で生徒は変わり始める。

<2月24日付朝日新聞朝刊より>




いじめと闘う
枠組と親子の葛藤
開口一番、「先生、聞いてよ。ウチのおやじ最高に頑固。わからず屋。ケチ」とまくしたてる。彼の高校ではバイク通学を禁止している。しかし実際には、かなり多くの生徒が学校近辺まで乗って来るらしい。教師の目の届かぬ駐輪場などに隠しておくという。当然、彼もそうしたい。それ以前に、バイクの免許を取りたくてたまらない。
はじめ、彼はカウンセラーの私に父親を説得することを頼んできた。もちろん私は断った。父と子の対決のチャンスを奪うつもりはない。仕方なく彼は自分で何度か頼み込んだらしい。しかし何度父親に頼んでも許してくれない。私は彼の声が、不満そうでありながらも、何となくはずんでいることに気づいた。
「お父さんの不満言ってるけど、何となくうれしそうに僕には聞こえるのだけど」
「そんなんじゃないよ、本当に!」。
ムッとして彼は否定する。
面接の終わりごろ、唐突突に彼は語った。「さっき、先生がうれしそうにしゃべっていると言ったけど,もしかして、そうかもしれない。おれ、頑固おやじみたいなのにあこがれていたから。まさか、おやじがあんなに反対すると思わなかった。ダメって言われて、気持ちのどこかでほっとしていたんだ、おれ」。
子どもは親の設けたさまざまな枠組みを払いのけるようにして成長する。時には枠組みの強さに押し負けて、いつまでも枠から抜け出せない子もいる。しかし現代の親子関係はむしろこの逆のケースが多い。つまり筒単に払いのけられる枠しか設けていないのだ。
家庭の中にほとんどこの枠がない場合もある。いじめ問題の根底にも、この枠−−秩序や規範の欠如が存在する。葛藤(かっとう)なしで子どもは欲しい物を手に入れ、行動範囲を広げ、家庭の中に君臨してしまうのだ。そうした子どもは本当に幸せだろうか。
枠−−秩序や規範は、子どもの行動を制限するものでもあるが、子どもを守るものでもある。子どもが無事に育つように、世の中で無事生きていけるようにとの親の願いがそこにある。枠組みをめぐる親と子の葛藤の中で、子どもは親の切なる気持ちに触れるのではないか。
(菅野 純  早稲田大学助教授)
1997/2/19/水 掲載記事


いじめ考1

「もう生きていても仕方がない」。こんな内容の手紙をA子から受け取ったのは一年前のことである。まさにSOSだ。私は中学校で生徒指導を担当しているが、それまで彼女とはほとんど面識がなかった。私はうろたえながらもA子に関する情報を収集し、すぐに会ってみた。
会うと彼女は友人関係の悪化を理由に「生きていても仕方がない」どころか「死にたい」と明言した。しかも小学校4年生の時にも、同様の理由で飛び降りようとしたこともあると告白した。
A子との面接は連日続けられた。いや何とか無事で翌白も会ってくれることだけを願い、それを約束してもらう。私ができたことは、その時間稼ぎだけだったかもしれない。その間には両親にも手紙と面接の内容を伝え、家での様子を注意深く観察してもらった。またA子をできるだけひとりにさせないように配慮するようにも求めた。
私とA子の間の、双方の張り詰めた雰囲気に変化が生じたのは手紙から6日目、いや7日目だっただろうか。相変わらず「死にたい」とは口にするものの、彼女の顔には笑みがよみがえってきたのだ。何とも不思議な瞬間だった。すぐに母親と連絡を取ったところ、仕事を休み、娘と過ごそうと努めていること、実は夫婦仲がしっくりいかず、娘は置き去りであったこともわかった。
A子の言動は家族関係を何とかしたいと、いじめに便乗して発せられたのだった。
(酒)
1997/2/17/月 朝日新聞掲載記事


いじめと闘う970319
話し合いは様々な場面で

いじめ、いじめられという問題をめぐって父親は何をすればよいのだろうか。
まず子どもと直接話をする時には、子どもの話を丁寧に聴く。特に、現代のいじめはいじめ以外のさまざまな問題として現れる。学業成績低下、授業妨害、無断欠席・早退、夜遊び、金品の持ち出し、万引き−−つまり本当はいじめの被害者であるのに表面的には「生活の乱れ」や「非行」といった困った行動が多発したように見えるのである。
こうした間題行動の背後にはいじめ問題が隠れているかもしれないと、まず疑ってみる。このことに気づかないで母親から「私では手に負えないのでしかってほしい」などと委託を受けた父親が、強圧的態度で子どもを問い詰めてしまうと、罪意識の強い子どもほど、本当の問題を吐き出すことができないままいじめの事実を心の奥深く隠してしまうだろう。
また「思春期の子どものだれにでもあるエピソードだ」と軽くとらえてしまうことも本質的問題を見失うことになる。安定した家庭で、親からも十分愛され、親を信頼し、学校でも自分の力を発揮し、認められ、友達とも楽しく充実した生活を送っている子どもは、前述のような問題には陥らないはずだからだ。
つまり子どもの問題行動の背後にはそれらのいずれかが欠けたり、つまずいたりしていることが推測されるのである。わが子は救いを求めているのかもしれないのだ。
一回話し合うだけでは不十分である。最低3回。できれば場面も違う方がよい。車の中や男子であればふろの中、一緒に夜食のラーメンを作りながらでもよい。自分の少年時代などを語ったりしながらさりげなく。この場合、目的はあくまで子どもからの話を聴くことなので、あまり自分の話に夢中にならず、適当なところで「そんな感じのやつってクラスにいない?」などと子どもの方に水を向けることが大事である。
子どもなりのプライドにも配慮したい。「弱い」「甘い」「情けない」「しっかりしろ」といった言葉はこの際使わないように心がける。最初はぎこちなくても一向にかまわない。父と子は肉親としてつながっているのである。父の〈存在〉を子どもは必ず感じるはずたから。
(菅野  純  早稲田大学助教授)
1997/3/19/水 掲載記事


いじめと闘う
母子の行き連ぎ、父が抑制
子どものカウンセリングをやっていると、母親の力の偉大さに感動すら覚えることがある。母親の絶対的受容力といおうか。わが子がどのような状態になっても、最終的には受けいれていくのである。
例えば、わが子が重い不登校状態に陥ったとする。初めは確かに動揺する。このまま休んだら成績はどうなるのか、進学はどうなるのか。しかしわが子の問題がそのレベルをはるかに超え深刻であるとさとった時点から、母親の意識は変わりだす。「成績なんてどうでもよい、一日でも二日でも学校に行ってくれさえすれば」「学校などどうでもよい。家で元気でさえいれば」「とにかく、生きているだけでよい」と。わが子の成長とともに少しずつ膨らましてきた夢を、目らの手で一つずつ摘みながら、ついにはわが子の誕生にあたってどの母親も願った「無事でありさえすれば」という願いにまで戻ってくるのである。
重い不登校状態にあった子、背中に入れ墨まで彫った子、無気力で学業不振の子、クラスメートはおろか担任教師にまでいじめられた子…。数多くの子どもたちが、母親のこうした力によって立ち直ったり回復していくのを私は目のあたりにしてきた。反対に、母親のそうした力が様々な理由で発現しない時には、問題が長引いてしまうことも感じてきた。
母親の持つこうした絶対的受容力は、わが子を不快な状態から守ろうとする母親特有の本能に由来するという説がある。つまり、わが子が不快な状態にある時(例えぱおむつがぬれている時)、母親はわが子の不快を取り除き、快の状態にしてやりたいという気持ちが強く動く。子どもがどのような状態でも受けいれることで、子どもの心を快
適にし、生きるエネルギ−を与えるのである。
しかしその延長上に一つの問題も発生する。「校長先生、うちの子だけは金髪パーマ認めてください」とやって来た母親がいた。社会的ルールを守ることが子どもにとって不快な時、その不快さまでも取り除こうと動いてしまうのだ。
ここで、母と子の行き過ぎを、社会的視点にも立ってたしなめ,遠くをみすえた生き方を示す父親の存在が必要となる。
(菅野 純  早稲田大学助教授)
1997/4/2/水


いじめと闘う

動揺、非難…親も矢面に
「いじめっ子」とクラス中から糾弾された子どもの一家が、ある日こつ然と姿を消す。転居先をだれにも伝えることなく、引っ越してしまったのだ。こんなことをときどき耳にする。同様のことを「いじめられっ子」の側にも聞くことがある。どんな家族にとっても引っ越しは大きな出来事のはずである。家族の内側でどのようないきさつがあったのか。死に直結するいじめの出現によって、子どもたちのいじめ問題は親たちにとっての最大の関心事ともなった。
「学校は怖くない」−−新入学児童の親のためのガイドプックなどにこんなタイトルの記事をよく見かける。いじめをテーマとしたPTA主催の研修会などもよく開かれている。このことは同時に、子どもの問題に大人がすぐ介入するようになったことを意味する。子どもたちのいじめ問題の背後に、同じ数の親たちの動揺や不安、非難、傷つき…が存在するのである。
「いじめっ子」の親がクラス中の、いや学校中の親たちから、白い目で見られることもある。「あの子を学校に来させないようにしてほしい」「転校させてほしい」。こんな要求が学校に出される。また、子どもたちのいじめの被害と加害のあいまいさを親たちも受け継ぎ、いじめを問題化した「いじめられっ子」の親が、複数の親たちから攻撃されることもある。
ところでいじめが親たちの間で問題化されるようになった時、はじめに矢面に立つのは母親であることが多い。子どものいじめ問題をめぐって、母親は突然、高度に複雑で、難しい人間関係のただ中に立たされてしまうのである。これまで仲の良かった親たちが離れていく。顔も知らない親から攻撃的口調の電話がかかってくる。無言電話が続く。信じていた他児の親に裏切られる。子ども同様、いたずらにあおる親もいれぱ、無関心を決め込み相談しても取り合おうとしない親もいる。父親である夫はこうした状況にいる妻を孤立無援にしてはいけない。まず不安定になりがちな妻を精神的にしっかり支える。帰宅後、妻の話の聞き役になる。よく聞いてもらえることでたまった不安などを吐き出し、心の中を整理することができる。日中の電話でのサポートも大事である。
(菅野  純  早稲田大学助教授)
1997/3/26/水


いじめと闘う/父親が行動

「小学生の時、一度だけ泣いて家に帰ったことがあった。二人の男の子が一人の女の子をいじめていたので、止めにはいったが逆にその男の子二人と私一人のけんかになってしまったのだ。大げんかになったので先生まで出て来たが、結局仲直りしないまま無理に帰された」「くやしくて泣きながら帰ったら、その日に限って父が早く帰宅していた。鷲く父に泣きながら説明した。すると父は私を自転車の後ろに乗せ、その男の子二人を追いかけ捕まえようとしたのである。結局見つけることはできなかったが、私はその時の父の行動に感動した。いつもは優しい父が私が予想もしない行動を、私のためにとったのだ」ある女子学生は父親をこう書き述べる。
子どもの危機に際して父親のとった決然とした行動。娘は驚くと同時に、父親の強い愛情を感じる。それと同時に、母親とは異なる〈父としての行動〉を感じたのではないだろうか。
どんな行動か。一つは決断の速さである。迷いがない。自分が何をすべきかを判断し、勤き出す。二つ目は、〈行動〉への展開である。多くの場合、母親は<言葉>の世界へと問題を展開するだろう。「どんな子だった?」「先生はどう言ったの?」「泣かないで言ってごらん」…。しかし父親は娘を自転車に乗せる。猛烈な勢いでペダルをこぐ。父の激しい息づかい。
〈行動〉は時にこっけいである。手間暇がかかる。効率も悪い。しかし問題の根が深いものでない時には、<言葉>よりもこうした〈行動〉への展開の方が、さっぱりしていて子どもの心性に合っていることが多い。
〈父としての行動〉の三つ目は、他児へ向けた働きかけである。彼女の父親は、もし男の子を見つけたらどうしただろうか。「男の子二人で女の子をいじめるんじゃない」ということを、怒鳴るなり、注意するなり、諭すなり、何らかの方法ではたらきかけたのではないだろうか。わが子とともに、よその子も成長することを願う。社会的広がりを持つ、そんなゆったりとした視点を父親は持ちたいものである。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/4/9/水


虐めと闘う970416

もう二十年も前になるが、父親が女装して女子大を替え玉受験したことがあった。現象だけ見る限り、父親の母親化を象徴するような事件だった。しかしその後、父親にも母親的こまやかさとやさしさが求められ続け、「父不在、母二人」といった家庭は結構増えているのではないだろうか。
ある時期から男性の関心事がきわめて女性寄りになってきた。衣服や装飾品のプランド、グルメ、化粧、電話でのおしゃべり…、もちろん女性の男言葉にみられる男性化を考えれば、無性化といった方がよいかもしれない。性役割もそれにともなって再編される。家庭でもそれぞれのカップルに応じて性役割をある程度自由に選択できるようになったのである。
家庭に日常が平穏に流れている時には、「父不在、母二人」は特に問題にならない。しかし家族の中で何か問題が生じた時に意外なもろさが露呈する。危機状況になった時、人間は少し先祖がえりをするのだろうか。妻は夫に古い時代の父親像を求めだすのである。つまり募黙で、威厳があり、外に向かって闘う家長としての父親を。だが、突然、男性的性役割を求められた夫は戸惑うほかない。動揺した夫が一人でカウンセリングにやって来る。このような場合、ちよっと難しいぞ、と思う。動揺する夫の背後に、一緒に来なかった妻の不信が見え隠れすることが多いからだ。あるいは夫の妻不信が、目ら一人でカウンセリングに出向くという行為になっていることがあるからだ。それぞれ背後にあるのは「父親なのにでんと構えていることができなくて、惜けない」「母親なのに母性的でなく、子どもがかわいそうだ」といった不信感である。
いじめや不登校、非行といった有事が家庭に生じた時、現代の家族では多かれ少なかれこうした動揺そして相互不信が生じやすい。しかしだからといってその妻が、あるいは夫が、特別に問題があるわけではない。未学習なだけなのだ。ここがスタ−トとなってその夫婦なりの危機管理の方法を学んでいく−−そう前向きにとらえたい。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/4/16/水
 

いじめと闘う
子どもから教えられたこと

「菅野さんこんにちは」とはじまる手紙が小学六年生からきた。いま「未来の教科書」作りをしているという。自分たちの班はいじめの問題を取り上げた、アンケートに答えてほしい、と。そのアンケートの問いかけにまず感心した。「私たちはみんなで話し合って、いじめの原因は○○と考えましたが、先生はどう考えますか」と必ず自分たちが論じ合ったことが記してある。私は小学六年生の彼女たちに向かって必死で回答を書いた。
「未来の教科書」の発表会があるという。私は授業を見せてもらうことにした。真ん中に五年生が座っている。周りに六年生。縦割りの二クラスだ。作成した六年生から五年生へ教科書の贈呈式がある。教科書は自分たちで印刷、製本したらしい。
五十ページに及ぶ立派なものである。いじめばかりでなく、さまざまなテーマを扱っていた。「高齢化社会と僕達」「戦争と子供」「地雷」「原発」1料理」「栄養と健康」。「いじめ」には二つの班が取り組んでいた。一班十分ほどの発表がある。図表はもちろんのこと、小さなコントを入れたりして見る側が飽きないように、そしてより興味を持つように発表に工夫がなされている。五年生からは積極的に意見や感想が語られる。来年は自分たちが「未来の教科書」を作るんだ、という意気込みが感じられる。
いじめ研究グループは私以外にもある女性記者へインタビューをした。「あなたたちのクラスにいじめはあるの?」。彼女たちは記者から逆に質問される。「大きないじめはないよね」と互いに確かめ合いながら答える。すると「じゃ、大きないじめと小さないじめとの境はどこなの?」とさらに問いかけられるのである。彼女たちは衝撃を受ける。わからない。そこまで考えなかった。そこで今度は教育評論家を訪ねて行く…。そんな体験が発表された。
自分のことばかりではなく次の世代のことを思いやる姿勢、疑問を率直に問いかけるさわやかな言葉、そしてものおじしない行動力。さまざまなものを子供たちから学んだ。東京都杉並区立浜田山小学校、旧六年二組の皆さん、ありがとう。
(早稲田大学教授 菅野  純)
1997/04/23/水 日経新聞連載記事



いじめと闘う970430

保育園、あるいは学童保育所で過ごす子どもたちは母親が仕事を終えて迎えに来た時どのような行動を示すだろうか。アームライズ・ポースチャー、両腕を上げ抱っこしてとせがむ姿勢である。
母親に飛びついてくる子もいるだろう。自分が作った作品や散歩の途中見つけた〃宝物〃を見せる子もいる。その日あったことを堰(せき)を切ったように母親にしゃべりだす子もいるだろう。しかし表し方は異なっても、どの子も母親との「再会」を心待ちにし、うれしく思っていることは確かだ。
「子どもの方はお母さんが迎えに来たことを心から喜んでいるのに、お母さんの方ぱ鷲くほどそっけないことが多い」。学童保育で働く友人が語る。服が汚れるからといって抱きたがらない。子どもの作品にも〃生物〃にも関心を示さず、ただ支度をせかせる。「そんなことどうでもいいから、早くしなさい」と子どもの言葉に耳を貸そうとし
ない。
「忘れ物ありませんか」というスタッフの言葉に、「忘れてもいいんです。忘れたらこの子の責任ですから」と言い切る母親。いきなり何事かしかりつける母親もいる。つぎつぎに母親と帰宅する仲間を横目で見ながら、いつ来るかと首を長くして待っていた子どもの姿を知っているだけに友人は心が痛む。
発連心理学ではこうした「再会」場面を重視する。親子の関係がわずかな時間に象徴的に現れるからだ。と同時に工夫次第でわが子とのきずなを強めるチャンスも含まれているからである。
友人によれば「再会」の時そっけなくされる子どもは、その代償を保母や指導員に求めてくることが多い。それも「自分だけ特別」に、あるいは執ように。友達とも大人の愛情をめぐって競り合う。ほかの子がしてもらったことは自分がしてもらわないと気が済まない。友達を思いやることなどずっと先の課題になってしまうのである。
思いやりの根、それはささやかな「再会」場面を少し工夫すること(抱っこしてやる、話を聞いてやる、ねぎらいの言葉をかけてやる……)で子どもの心に育つものなのである。
(菅野 純 早稲田大学教授)


いじめと闘う970514
心の内側が安心できる時

幼い子どもは怖いものに出合った時どうするたろうか。もし親と手をつないでいれば、親の手を強く握ることだろう。親の近くで遊んでいれば、安全基地である親の所に駆け寄ってくるかもしれない。大きくなるにつれて親が近くにいる場合には、親の姿を目で確認するだけで恐怖心に耐えぬくことができるようになる子もいる。そうした体験を積み重ねていくうちに、子どもはいつしか親がその場にいなくても不安や恐怖心に耐え、自分なりの活動をしていけるようになる。親と子が離れていても、目には見えない絆(きずな)で親と子がしっかりつながるからである。大人になった時、たとえ孤立無縁の状況になっても、心の中では母とつながり、父とつながっている人は孤独感を克服できる。たとえ地の果てに独りぼっちで立っていても、決して孤独ではないのである。
反対にこうした親とのつながりが十分形成されなかった人は、大勢の人に囲まれていても、ふと寂しさに襲われたり、いつもだれかがそぱにいなければ落ち着かない気持ちに陥りがちになる。心の中の孤独感や不安をまぎらわすことが最優先となり、自分の内面を豊かにしたり、自分の能力を麿いたりすることは後回しになってしまう。いじめや困難にくじけない「心の強さ」について考えていると、こうした幼いころからの親と子の関係がとても大事なものと思えてくる。
子どもが不安げに手を握ってきた時、「大丈夫だよ」としっかり握り返す。いったんは探検に出たのだが何かあったらしく安全基地に引き返してきた時には、エネルギーを十分補給してやる(抱き上げる、頭をなでてやる)。子どもの行動をいつも視野に入れ、子どもが目で親の存在を確認している時には「ここにいるからね」とうなずいてこたえてやる。
こうした毎日の生活の中での安心体験の積み重ねが、子どもの心の中に「お母さん」「お父さん」というお守りを形成するのである。心の内側が安心できる時、子どもは外に向かって積極的になれるのである。
(菅野 純  早稲田大学教授)1997/5/14/水


中学二年生の娘がポケットベルをねだります。友人はたいてい持っており、自分だけ持っていないと不便だといいます。でも親としては、なぜポケベルが必要か疑問に感じており、できれは持たせたくありません。どうしたらいいでしょう。
(東京都三鷹市・主婦、42歳)

中学生にとってポケベルは、連絡手段というよりは友人との交信ゲームの手段でしょう。
娘さんは今、充実した毎日を送っていますか。もしそうなら、ポケベルを持たせても持たせなくてもそれほど深刻な問題は生じないと思います。ポケベルも一過性のおもちゃで、やがて卒業していくでしょう。もっとも私目身は中学生にポケベルは要らないという考えですが。
一番の問題は、子供の生活が空疎で、子供に充実した何かを与えられない状態にある場合です。子供はポケベルで友達との交信ゲームにのめり込み、家族との会話は上の空、ベルが食事中でも深夜でも授業中でも鳴り響くことになりかねません。ベルは私生活への侵入者となって、子供の生活をかき乱すだけでなく、親までがそれに巻き込まれるでしょう。
子供の生活がトータルに見て文化的に豊かであれば、ポケベルに限らず、家庭用ゲーム機でも漫画でも与えて悪い結果にはならないものです。親として必要なのは、家庭の教育方針を持ち、ポケベルを与えるならば、子供には使い方のルールを教えることです。
(千葉大学教授  宮本 みち子)
1997/5/14/水




いじめと闘う

親子が人間関係の土台
人と人はふつう、初めて会った時よりは二度目に会った時の方が親しい気持ちになれる。トラプルがない限り、二度目よりは三度目,三度目よりは四度目と回数を重ねていくほど、関係が深まっていくだろう。
しかし最近カウンセリングをしていて、なかなか関孫が深まっていかないケースに出合うことがある。このくらいカウンセリングの回数を重ねたらもっと信頼関係が強くなってもよいはずなのにと思うが、初めて会った時の緊張感と警戒心が依然として消えない。何度会っても、慣れてきた、親しくなった、という感じになれないのである。いったん形成されたと思う関係もちよっとしたことが原因であっさりと崩れてしまうことが少なくない。もう何年もカウンセリング関係が続いているのに「私の話を聞きながら、時計を見た」という理由で来なくなってしまう人もいる。
人間関係のきずなが不安定。学校でも子ども同士の関係や教師と子どもとの関係に同様の問題が指摘されることがある。親友を体を張っていじめから守ったというエピソードより、親友と信じていた子に裏切られるエピソードの方が圧倒的に多い。
表面的には親しそうでも心の中はいつも張り詰めている。小さな出来事で傷つき、友達不信に陥ってしまう。教師との約束もいとも筒単に破ってしまう。教師のなにげない言動に一方的に傷つき、教師不信に陥る…・。
人間関係が表面的で壊れやすく、修復されにくいのである。
人間関係の芯(しん)になるもの、それは親子関係である。乳児期からの親子関係を芯にして子どもは他者との人間関係を形成していく。「お母さーん」と駆け寄ったら、邪険にはねのけられた。無視された。「うるさい」とたたかれた。こんな体験を積み重ねた子どもは他人に心を開いていけるだろうか。
いじめ問題であらわになってくる現代の子どもたちの人間関係の厳しさの背後には、こうした芯のか細さがある。学校が子どもにとって〃職場〃となるかそれとも〃成長の場〃となるかは、それぞれの子どもたちの親子の間で信頼し、安心できる関係が形成されてきたか否かにかかっているともいえるのである。
(早稲田大学教授 菅野 純)1997/5/7/水 日経新聞掲載記事


息子は新中学一年生。小学校と違い、中学校には科目ごとに担当の先生がいるので戸惑っています。小学校の担任の先生は友達のように親身になってくれたので、中学に入ってから寂しく思っているようです。今後、どのように先生と接していけぱよいでしようか。
(神奈川県鎌倉市・主婦、41歳)

四、五月ごろは中学一年生がよく古巣の小学校を訪ねるそうです。担任とふれ合いの多かった小学校と異なり、中学一年生たちにとって、中学生活はちょっと寂しさを感じるのかもしれません。学級担任といえども、中学では教科担任制のため他学級、他学年まで授業のために渡り歩いており、担任クラスで〃密着〃指導しているわけではありませんので、どうしてもクラスの生徒一人一人との接触度は低くなります。
でも、考え方によっては、思春期(自立・独立願望期)まっただ中の中学生にとって、より広い世界で、担任以外の様々な大人(教師)たちとふれ合い学ぶ絶好の機会です。お子さん目身が身を乗り出して授業や学習活動にのぞみ、学級・生徒会・クラプ活勤などに参加していけば、いろいろな友や教師とのふれ合いもでき、中学生活の楽しさや生きがいをたくさん味わえます。質問など先生との対話の材料を持って職員室に出かけていくのもいいと思います。ほかの先生とも話せますから。お母さんもPTA活動などに進んで参加し、担任と話す機会をふやしてください。担任の呼びかけにも進んでこたえましょう。
(山田中学生問題研究所 山田 暁生)


「いい子」が変身する時

幼いころから言葉の発連も早く、知恵づきも早かった。親が何も言わなくとも、親の気持ちや願い、期待を察してふるまうことができた。言われなくとも勉強した……。不登校や拒食症、非行などさまざまな問題に陥っている思春期の子ども(とくに女の子が多い)のカウンセリングをしていると、幼いころはとてもいい子だった「過去」をもっている子どもに出会うことがよくある。
親の方はそんな輝かしい過去に比べて今の状態はと、わが子を責めてしまうことが多い。子どもの方は何とか過去の栄光を取り戻そうと意欲だけが空回りし、気持ちがどんどん落ち込んでいく子もいれぱ、開き直って親や教師に反抗する子もいる。友達いじめが、こうした「いい子」からの転落や変身の過程で生じていることがある。するずると「いい子」の立場から落ちていく時、あるいは「いい子」でいるうちはソンばかりしているように思える時、子どもは心のいら立ちやすさみ、そして不安をだれかにぶつけることで解消しようとする。
「いい子」の分別を捨て、自己中心的になる。子ども時代を取り戻すかのように駄々をこねる。いじめて相手を苦しめているのに、被害者意識が強い。その背後には「親に言ってもわかってもらえない。だれも信じられない」という悲しみと怒りが存在する。「いい子」の不幸−−そう思う。
こうした「いい子」からの転落はなぜ生じるのだろうか。@「いい子」のポジションを保つことは大変な努力が必要。子どもによっては、途中で息切れしてしまう。A幼いころからしっかりしているため「やれて当たり前」と、努力が評価されにくい。G困った時に親や先生に救いを求める方法を知らない。また大人の方もその子が救いを求めていることに気づきにくい。C親は「どうしたの」「あなたらしくない」「しっかりしなさい」といった責め言葉が多くなり、子どもの心をさらに追い込んでしまう。
いじめ問題の奥に,「かわいがってほしい」「わかってほしいトという子どもの素朴な願いを感じることがよくあるのである。
(早稲田大学教授)
1997/5/21/水 日経新聞連載記事


いじめと闘う970528

人にはきついことを言うけど、自分が言われるとすぐ傷ついてしまう−−こんなことが今の子どもたちによくみられる。
中学二年生の女の子が、転入してきた子にいろいろ教えている。「国語は寝てても大丈夫」「英語の先生はすっごくこわい」など。すぐ傍らの教卓で担任の女性教師が耳を傾けながら仕事をしているのだが、気にする様子もない。j「昔楽の先生は」と彼女が言ったところで、担任教師も話に加わる。「とってもやさしいわよ」。すると女生徒は「そう、やさしくて、美人。あんたのようにプスじやない」。担任はムッとする。ふだん反抗的な子ではない。むしろ何かといえばやって来てあれこれ話しかけてくる人なつこい子である。
その子は得意げに転入生に教え統ける。先生やクラスの子のゴシップのたぐい、クラスの掟(おきて)…、担任教師は、今度は転入生に向かって言う。「あんまりこの子の言うこと、気にすることないわよ」。すると女生徒の方は負けずと言う。「こいつの言うことなんて気にすることねーよ」。ここで担任の女性教師はついにキレてしまう。「先生に向かって『こいつ』とは何ですか!」
そのあと落ち込んだのは女生徒の方である。「冗談で言ったのにわかってくれない」と。「冗談でもがまんできることとできないことがある」と教師がたしなめても、女生徒は泣きながら、なおも教師に向かって食い下がった。
「私だったら、冗談だと許せる」と。
この話を間いて、現代の子どもたちのいじめの構図を垣間見る思いがした。発する方はほんの冗談や遊びのつもり、あるいは親しさを表現しているつもりでいる。「うけ」狙いのこともあるかもしれない。いずれにしても当初から悪意があるわけではない。しかし度が過ぎてしまう。自分が発している毒に無感覚のままエスカレートしていく。傷ついた相手から自分が発した毒と同じような毒が返ってきて、初めてストップする。たがその時には、意識は加害者ではなく被害者になっている。
なぜ相手の表情や反応を見て修正できないのだろうか。だれに気兼ねすることもなく屈託なく育った現代の子どもたちに、何が欠けているのだろうか。
(菅野  純  早稲田大学教授)
970528



いじめと闘う970612

これまで読者から一番反響があったのは意外なことに、いじめそのものについてではなく、ソーシャルスキル(社会的技能)についてであった。「うちの子は現在いじめられているわけではないが、ここに書かれているようなソーシャルスキルが身についていない。勉強もできるし、それさえ身につけぱと思うのだが。ソーシャルスキル・トレーニングはどこで受けられるのか教えてほしい」。そんな問い含わせがたくさんあった。
最近わが国でもソーシャルスキル・トレーニング関係の本が何冊か出版されている。また「心に訴える話し方」「ほめ言葉辞典」といったハウツーものの中にソーシャルスキルが説かれているのをよく見かける。しかしソーシャルスキルを専門にトレーニングする機関はそれほど多くない。
こうした、人の中で生きていくための知恵は元々、家庭で親から授けられたものだ。向田邦子著「父の詫び状」にはそんな場面がよく出てくる。転校して新しい学校に行く朝、子ども心に気が重い。そんな子どもに父は言うのである。「しっかりご飯を食べてゆけ。空きっ腹だと相手に呑(の)まれるぞ」「先にお辞儀をするな。みんなが頭を下げるのを見渡してから、ゆっくりと頭を下げなさい」「いじめられるかどうかは、この一瞬で決まるんだぞ」。こうした生きるための知恵をひと昔前の親は子どもによく話したのではないだろうか。
その時はうるさがったり、適当にあしらいながら聞いていたが、意外にも耳の底に残っている。いざという時、ふと思い出したりするのである。
教師たちもそんな知恵を子どもたちに授けてくれた。「ちよっと待て。考え直せもう一度」。小学五年の担任だったY先生がこんな言葉を教えてくれた。そのころ、すさんでいた私はすぐ激高した。上級生を何回か殴ったこともある。そんな私にある時「腹が立った時には、この言葉を心の中で言ってみるといいよ」と教えてくれたのである。
この言葉を手の平にボールペンで書いて、時々眺めていた覚えがある。自己コントロールということを学んだのだ。
(早稲田大学教授 菅野 純)


いじめと闘う970618

A君には知能障害があっだ。小学六年生になってもまだ平仮名が全部書けない。漠字はほとんど書けない。手先もまるっきり不器用だ。はさみで切ったり、折り紙を折ったりすることは大の苦手である。しかしA君は何にも代えがたい大事なものを持っていた。知的能力や運動能力は未発達だが、社会的能力−−つまりソーシャルスキルはよく身についているのである。友だちも多い。先生からも人気がある。A君のいるところに笑いが絶えないのである。
その学校でA君の名前を知らないものはいない。いろんな子に声をかけるからである。それも柑手を喜ばすようなことを言うのである。教育相談に来所した時にも、カウンセラー控え室をちょっとのぞき、何か声をかけて行く。新しいカウンセラーを見かけると「かわいい子、入ったじゃん」なんて言う。言われた方は悪いい気はしない。ついこちらからも声をかける。「A君の髪形カッコいい」などと。おそらくA君と言葉を交わした人は、その日一日愉快な気持ちで過ごせたのではないだろうか。
中学を卒業するころになってA君は漠字を覚えたくなった。私は彼の人づきあいの良さを生かそうと考えた。これまでお世話になっだ幼稚園や小学校時代の先生にはがきを書くことを通して漢字を学べないだろうか。
結果は上々だった。幼稚園時代からの先生の名前を実によく覚えている。それを漢字で表現することで漠字の魅力を知った。文章もはじめは、はがき一枚に四行、私のお手本を見て大きく写した。そのうち、字も小さく書けるようになり、文章も自分で作るようになった。
「相手をほめる、認める」。これはソーシャルスキルの中で友情形成スキルと呼ばれる大事な能力である。A君はこの社会的能力が身についていた。おそらくA君の両親がよく彼をほめていたのだろう。教師ともよい出会いがあったに違いない。心の底に人に対する信頼感があると、子どもの社会性は豊かに広がっていく。いま、子どもたちはA君のように、相手をほめたり、認めたりしているだろうか。
1997/6/18/水


子どもの顔が変った
田沼 武能

長いこと子どもたちを撮っている私だが、ファインダーからのぞく日本の子の顔つきは、時代とともにずいぷん変る。定点観測をしてきたつもりはないが、最近になってつくづくそう思う。
昭和三十年頃の話になるが、東京の佃島で紙芝居を見ている子どもたちを撮ったことがある。一人一人が実に真剣なまなざしで、食い入るように見ている。すべての神経が、おじさんの語る一点の絵に集中しているのだ。あの表情に出会う例は、今ではきわめてまれになった。コンピューターゲームをしているときの子どもは、あの佃島での写真とやや同じような表情になるが、やはり質的にちがうものがある。
同じころにガキ大将というのがいて、広場や空地で撮影していると、たいていは目についた。そういう子は顔つきを見れぱ、すぐそれだなと分かったものである。そしてガキ大将がいれば、周りには年少の子どもたちが一緒に遊んでいた。今のようなイジメをする子とガキ大将はちがう。多少なりとも年少者に敬まわれなげれば大将になれない道理で、そうした雰囲気が顔つきにも表れてくる。
運動会などに行くと、かつては先生の目を盗んでいたずらするような子が必ずいて、茶目っ気顔を、こちらはフアインダーから楽しんでいた。好奇心旺盛の顔といい換えてもいいだろう。今は、みんな優等生で先生のいう通りよく動くが、いたずら好きの顔に出会わない。
いわゆるおっとりした顔というのがある。これまた目にしなくなった。塾通いも含めて超過密スケジュールでは、のんびり遊ぶ時間もないし、それもむべなるかなと思う。変化は変化なのだから、善し悪しを云々しようというのではない。
しかし、私としては年々、残念な気持ちが増えていく。ベーゴマでもメンコでも、ままごとでもいい、体を思いきり使う、戸外でのシンプルなゲームが減ったこと、これが顔つきの変化をうながしたと、これは経験からの推測である。例えば途上国に行くと、日本で減った一連の子どもの顔に出会う。鼻たれ小僧が元気いっぱい悪戯をしている。その瞳は好奇心に満ちあふれていて、キラキラ輝いている。物質には貧しいかもしれないが、心の豊かさを感ずるのは私だけだろうか。
大人の顔も時代によって変ってくる。明治の顔、大正の顔、昭和の顔など、どこがどうちがうとはいいにくいが、ちがいはある。快適でスピーディーな生活をおくると、それも顔に出るということだ。その点でいえば、人間が手でものをつくり、生み出した時代と現代では、正反対なのではないか。だから職人肌の顔などは、とても貴重な文化財的存在に思えてくる。子どもは自分で自分の環境を変えることはできない。受け身である。したがって、子どもの表情の変化は、大人社会のそのままの反映といえる。この先、十年、二十年後も、社会変化とともに子どもも変る。してみれば、子どものいい顔が見られるようにするのは、大人の責務ということになる。
(写真家)
1997/6/7/土 日経夕刊掲載記事



いじめと闘う970625

言葉巧みな子供たち

いじめによる自殺でわが子を失ったある父親が「いまの子どもたちは言動に非常に幼い面を持つと同時に、まるで世にたけた大人のようなずるい側面も持っている」とカメラに向かって話していたことが心に残っている。問われてもしらを切る,言葉巧みに言い逃れをする,うそをつき通す,互いにかばい合って事実を隠す−−こうしたことにかけては大人以上に度胸もいいし、やり方もうまい。
いじめ問題の指導で学校側が「いじめの現場を見ていないと指導できない」と後手にまわらざるを得ない原因でもあろう。つまり、教師が見ていなければ、何をやっても隠し通す技能をもつ子どもたちがいるのである。プラスのソーシャルスキル(社会的技能)とマイナスのソーシャルスキルのアンバラシスー−子どもだちにみられる幼さとずるさの混在は、こう表現することもできるだろう。
なぜマイナスのソーシャルスキルの方が多く身についてしまうのか。こんなふうに考えてみるとよい。大人は、気づかぬうちに、子どもたちにしらの切り方や言い逃れの仕方、うそのつき方、事実の隠し方などを訓練し身につけさせてきたのではないか、と。
親と子、あるいは教師と子どもたちの関係を見ていて気になることがある。それは子どもに問いかける言葉のきつさである。子どもに問いかける時、多くの場合、大人は怒っていないだろうか。「どうして?」「なぜ?」と純粋に子どもに問うのではなく、怒りや責める気持ちが質問という形をとっているのではないか。
カウンセリング場面でも、こちらは純粋に知りたくて問いかけているのだが、子どもの方は責められていると感じてしまうことがある。「別に」「わかんない」など、とりつくしまのない答えや言い訳、弁解、沈黙といったものが返ってくるのだ。彼らがこれまで問われながら黄められてきたことの後遺症のように私には思えるのである。
問いかけという形の大大の攻撃から身を守らなければならない。いつの間にか、子どもは生きる術としての、しらの切り方、言い逃れ方、うそなどを身につける。マイナスのソ一シャルスキルを大人が無意識に予どもの中に育ててしまうのである。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/6/25/水


いじめと闘う970709

子どもは自分を取り巻く現実が厳しい時、夢の世界に入ることで自分を救うことがある。例えば、母親からヒステリックにしかられた時など,「この人は、ぼくのお母さんじゃないんだ。木当のお母さんはもっと美人で、やさしくて…」などと、空想の中でもう一人の母を作る。こうしたイメージの力によってつらい時期を乗り越え、大人になった人もいるだろう。
スウェーデン映画「マイライフ・アズ・ア・ドッグ(犬のような僕の人生)」はそんな空想力豊かな少年が主人公である。父は蒸発、母は病弱でときどき不機嫌発作に襲われる。兄からはいつもいじめられる。つらい時、少年は自分よりもっと運の悪い人を思い浮かべることにしている。原住民に殴り殺された宣教師、ターザンをまねて高圧
電線をロープがわりにし即死した人、オートバイでバスを飛び越える記録に挑戦して死んだ男、そして人工衛星に乗せられ地球を五十日回り餓死したライカ犬。最愛の母が死んだ時にも、少年は思う。「こういう時は、ライカ犬のことを考えよう。それよりは僕は運がいい」と。
ある子にとって空想は心をいやす。現実がどうにもならない時、空想で現実に耐えることもできる。空想の中では、いじめた相手をやっつけ、嫌な先生に復しゅうし、みじめな自分の境遇を変えることができる。やがて成長とともに子どもは等身大の自分と世の中を知っていくのだが、どっぷり空想の世界に入りこんでしまい、出て来なくなる子どももいる。その子の現実があまりにも過酷であったり、だれも現実側からはたらきかけて来なかったり、空想以外の表現方法が閉ざされている場合である。主人公の少年もあまりにもつらい時には、一時的に現実のかなたに行ってしまい本当のライカ犬のようにワンワンとほえ続ける「危ない」側面も持っていた。
神戸の被疑者の少年のことを考えていたら,無性にこの映画を見たくなった。ライカ犬の少年は、田舎の村に引き取られる。豊かな自然、のんびりした村の生活。何とも言えない温かみ。その村での多くの出会いによって犬から人間の心へと少年はいえていくのである。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/7/9/水




神戸小6殺害で少年逮捕に寄せて

神戸市の小学六年生殺害事件で、中学三年の少年(14)が容疑者として逮捕されたことは、世間の親たちに大きなショックを与えた。思春期を迎え揺れる世代ともいわれる中学生。いじめや不登校問題なども広がる中で、親たちは様々な迷いを感じている。現場の教師やスクールカウンセラーなどに助言を求めた。


スクールカウンセラーのヴィヒャルト千佳こさん
心の奥底に恐ろしい暴力性を秘めている子どもは確かにいる。そういう子に共通するのは家庭の中で「いい子」の役割を演じていながら、「親からも教師からも自分の感情を受けとめてもらったという手ごたえを感じたことがない」という点だ。
「うれしい」とか「くやしい」という子どもの声を親や教師は無条件聞き、時には抱きとめてやるようにしないといけない。幼いころから、こうした相手に恵まれないと、子どもはいつの間にか内々に感情を押し殺すようになる。蓄積された感情が爆発すれば暴力を振るうことにもなる。今の親たちは子どもの感情を受けとめるという原初的なコミュニケーションが下手なのではないか。
子どもが思痴を言ってきても、気持ちをくんであげないまま、説教したりする。中学に入ると親に対して秘密を抱えるようにもなるが、子どもに対して根ほり葉ほり聞きだして助言しようとするのではなく、さみしそうであれぱその痛みを感じてやる、という感情の交流を大事にしてほしい。


立川第五中学(東京・立川市)教諭の藤川重氏
中学生の大半は二年生で反抗期を迎え、理由なくガラス窓を割るなどの行動が目立つようになる。だが、ちょっとぐれてみたりしながらも、やがて自分の進路や将来を見定めていく。その期間に気持ちの整理がつかず、不安定な心理状態のまま三年生を過ごす生徒が問題行動を起こすことがある。
しかしその延長線上に殺人や頭部切断という残虐な行為があるとは思えない。やはり彼の特殊性に起因しているだろう。
ただ少年の場合は、同級生への暴力を教師にしかられたことが、引き金になったとも言われている。同じ言葉でも、それをどう受け取るかは、つまるところ、生徒と教師がいかに良好な人間関係を築いているかにかかっている。その関係もないままに「ダメなものはダメ」的なしかり方をしていたとしたら〃逆恨み〃した可能性は否めない。
運動会などで我が子ぱかりをビデオで撮影している親がいるが、もっと集団の中での子どもの振る舞いを見てほしい。近所の子どもとの関係や部活での先輩としての態度など、我が子の社会性に目を配ること。思春期、家で見せている麓度は彼らの一面でしかない。


狛江第一中学(東京・狛江市)養護教論の中村善子さん
保健室に来る生徒に事件について話を聞いてみた。みな一様にショックを受けており、容疑者の十四歳の少年については「こういう人って身近にいるよね」という反応だった。今回は非常に特殊なケースだが、ああいう事件が起こる素地は至る所にある。
容疑者の少年にはすべてを「周囲が悪い」と考える幼児性・依存性が見えるが、こういう幼児性が抜けない子どもたちが増えている。例えば、友達同士で話をしていて相手の子が途中トイレに立ったとする。それだけで「無視された」と思いこみ、瞬間的に悲しくなって落ち込む。時にはそれを理由に、悪口を言いふらしたりする。すると恨まれた子も訳が分からないから「あいつ、むかつく」となる。
大人が見るとほんのちよっとしたすれ違いに過ぎないのに、この繰り返しがエスカレートすると大きな事件に発展する恐れもある。
子どもたちとの意思疎通は年々難しくなっている。信頼関係がないまま、いきなり子どもとかかわり合おうとするのは危険だが、問題行動が目立つ子どもに対しては親は体当たりでぶつかる覚悟が必要だ。


神戸女学院大学教授(精神医学)の頼藤和善氏
中学生の行動や考え方について、大人が分からないというのは、いわぱ当たり前のことだ。また親と口をきかなくなるのは情緒的な発達として思春期ではむしろ正常なこと。親が子どものすべてを把握しようと強引に話しかけたり、部屋に入り込んだりするのは子どもにとって息苦しく、かえって親子関係をいびつにする。ただ、未成年者の凶悪犯罪が起こると親の不安がつのるのも確かだ。
しかし今回のような事件はめったに起こるものではないことを認識してほしい。「うちの子はどうか」と疑心暗鬼にならず、子どもへの介入を踏みとどまる努力が求められる。
大切なのは子どもとつかず離れずの付き合い方で情報を共有すること。そのためには親子が手紙で言いたいことを伝え合うとか、兄弟や親せきの力を借りるなど、親と子どもを間接的に結びつける「バイパス」をたくさん持った方がよい。
いつの時代にも世代問ギャップがある。やみくもに自分の子ども時代の経験に画執するのは避けるべきだ。

1997/7/2/水 日経新聞夕刊掲載記事


いじめと闘う970702

あのむごだらしい事件の容疑者が十四歳の中学生、という二ュースに衝撃を受けたままテレビを見続けていると、さらに衝撃的な光景が画面に映った。警察署前からのリポーターの実況報古。興奮を隠せない面持ちでマイクを握るリポーターの背後に映る若者たちの姿である。ある者はピースサインを、ある者はおどけ顔を、ある者はツッパリ少年が見えを切るようなポーズをして、リポーターとともにテレビ画面に映ろうと大騒ぎなのである。携帯電話で笑いながら何かしやべっている者もいる。殺された少年への畏敬(いけい)や、報じられていることの深刻さとまったくおかまいなく、まるで祭りを取材に来たテレビカメラに群がるかのように、はしゃいでいるのだ。
そういえぱ、こんな光景を最近よく目にするようになった。いじめ自殺事件の起きた中学校の生徒たちの取材場面でも、同じような光景が見られたことがある。起こっている出来事の内容が何であれ、面白ければそれでいい、という心理なのだろうか。もしそうだとすると、実際のいじめ場面における「はやし立てる観衆」の心理と同じだろう。こうした観衆の存在が、人を死に追いやるほどのいじめを側面から支えてきたのである。
かつていじめ自殺した鹿川裕史君の同級生の一人が、事件から8年後、当時をこう振り返っている。「けんかとか、いじめとか、あると、わーっと盛り上がっちゃう。大人だって、目の前で交通事故でも起きれば、わーっと寄っていくでしょ。やはり刺激を求めているんだ」(豊田充著『葬式ごっこ』8年後の証言)
確かに大人だって、同じかもしれない「毎日のように、人の不幸やスキャンダルに群がるテレビのリポーター。それを見てちょっとした刺激を味わっている無数の大人たち。
現代の子どもをつくったのは、私たち大人である。子どもの、どんなに不可解に見える行動でも、根の部分では大人につながっている。子どもの悪と、大人の悪を切り離して考える地平からは、何も見えないのである。
(菅野 純 早稲田大学教授)
1997/7/2/水
14歳の少年逮捕は6月28日 夕方 新聞報道は6月29日であった。


いじめと闘う970723

川端博監修「拷問の歴史」(河出害房新社)には、ヨーロッパの中世に行われた拷間が数多く紹介されている。串(くし)刺しの刑、斬首(ざんしゅ)刑、火刑、水責め、吊(つる)し刑、車輪刑、さらし刑、切断刑……と分類されるさまざまな拷問に使用された拷問器具や刑具、そして当時の拷問風景が水彩画や版画、写真などで見ることができる。
拷問は相手を筒単に死なせずに、できるだけ苦痛を与え続けるために行われたという。悪夢のようなさまざまな拷問場面を見終えてまず感じるのは、人間の内側に潜む「悪」への情熱である。人間は、何とばく大なエネルギーを、人をいかに苦しめるかに費やしてきたのだろう。異端者や魔女を精力的に摘発した人、彼らへの拷問の方法を考えた人、器具や刑具を試行錯誤を繰り返しながら完成させた人、拷問を執行する人、そして見物する大勢の観衆。現代に生きる私たちがこうした人々とまったく無縁だとは言えまい。
今度の神戸の事件で目を引いたのは、いくつかのメディアで行ったアンケート調査で、少なからぬ数の思春期の子どもたちが「(逮捕された)少年の気持ちもわかる」といった回答をしていたことである。「透明な存在」といった表現が思春期の心をとらえ、少年の心の中を吹きすさぶ孤独感や疎外感に、共感したためでもあろう。しかしそれと同時に自分の内にある「悪」の部分、つまり攻撃性や残虐性といったものをも正直に見すえたからではないだろうか。
少年の行為を異常だとする考えがある。何らかの医学的病変が彼の中に起こったという仮説も有り得るだろう。しかし彼の存在を私たちから切り離す考えの中からは、人間の長い歴史に厳然と存在し続ける攻撃性や破壌性、残虐さの解明は生まれない。
人間の内に潜む「悪」は、ある時は戦争の中で合法的に、時には一見平和な日常生活の中でいじめや犯罪として現れる。自分の内なる「少年」と正直に対面し、対話することこそ、いまだ私たちの心に重く残るあの事件を後世に生かすことではないだろうか。
(早稲田大学教授 菅野  純)


いじめと闘う970604

報復せずに生き残る

前回、子どもたちが悪意なく発する毒のある言葉について書いた後、たまたまゼミ生と読んでいる本の中に、子どもの破壌性について言及してある個所を見いだした(井原成男著「ぬいぐるみの心理学」日本小児医事出版社)。
イギリスの小児科医でもあり精神分析医でもあったウイニコットは、子どもの破壊性を「偶然による破壊」とよんだ。子どもは活動的であるために悪気でなくまわりの世界を壌してしまう、という考えである。こうした悪意なき破壊性が向けられた時、子どもとかかわる大人はどうすればよいのか。ウイニコットの「生き残ること(サバイバル)」という考えの中にその答えのあることを私は学んだ。
ウイニコットのいう「生き残ること」という言葉は、「報復しないで生き残る」という意味をさす。例えば子育ては親にとって楽しいことばかりではない。夜泣きする赤ん坊に親の方が泣きたくなることもあるだろう。やりたいこともできず、子どもの世話に明け暮れなければならない。反抗期になると、子どもはいっぱしのことを言って親を困らせる。時にはわが子のために心身ともにくたくたになって寝込んでしまうこともあるかもしれない。親はわが子によって体も心も破壊されるかも知れないのである。
しかしウイニコツトはいう。こうした出来事に反応して子どもに報復してはいけないと。大人は報復せずにこの事態をしっかり受けとめ、生き残らなければならないと。あんなに困らせた親が生き残り、ちゃんと自分の前にいるーーそんな親の姿が、子どもにつらくとも生き続けるモデルとなっていくのだと。
カウンセリングをしていると、子どもが自分に攻撃を向けてきた時、その何倍もの攻撃を加えて子どもの攻撃を封じてしまう親や教師のあり方に出合う。報復され不安におとし入れられた子どもはどうなるか。井原氏によると
@バラバラになる
Aならくに落ちる
B魂がぬける
C途方にくれる
−ーという。
報復せずに、子どもの(悪意なき)破壊性の中に閉じこめられているエネルギーを、創造的に開花させることこそが育児や教育の意味ではないだろうか。。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/6/4/水

いじめと闘う970730
表情を失った子供たち
しかられてもしょげるのはその時だけであとはけろっとしている、かたい能面のような表情である----。最近こんな話題を学校現場でよく聞く。子どもの感情表現をどう理解してよいかわからないという困惑の声である。子どものカウンセリング場面でも「泣かない子ども」に出会うことがある。聞いているこちらの方が思わず涙ぐむような悲しい出来事を語っているのだが、表情も変えず淡々と語るのである。
なぜ子どもは泣かないのだろうか。それは、泣いても無意味なことを体験したためではないだろうか。今は「泣かない子ども」でも、過去のどこかで少なくとも一度は泣いたことだろう。しかし泣いても何事も変わらなかった、泣いたらもっと事態がひどくなった、といった体験を積み重ねていくうちに、子どもは泣かなくなるのである。そうするうちに、悲しみばかりか喜びや楽しさも表現しなくなる。なまじ感情を表現するともっとみじめになるー−子どもなりにそう思うからである。
事件後の取り調べでのA少年の無表情さがよく取りざたされる。少年が「顔色一つ変えずに」「淡々と」供述していることへの違和感からだろうか。しかし14,15歳の子どもが逮捕、取り調べという状況の中で、大人の期待どおり、しおらしく犯行を悔いるそぶりを見せる方が不自然なことだと私は思う。
彼の無表情さはもっと別の根をもっているのではないだろうか。ある時期から彼は喜怒衷楽のうち、怒りだけを残してその他の感情を押し殺してしまったのではないだろうか。もしそうだとしたら、彼の顔から笑顔や涙が失われた時点に戻って、彼の心の軌跡をていねいにたどってみる必要があるだろう。
カウンセリングがすすんでいくうちに「泣かない子ども」が目に涙をためて話したり、涙を抑えきれなくなってわーっと泣いたりするようになることがある。これまで堅くふさいできた心の城門を開きはじめるのである。心の奥底にたまっていた、つらい気持ちや悲しい体験が、涙とともに少しずつ心の外に押し流されていく。それと同時に、笑顔や笑いが増えてくるのである。そんな体験がA少年に起こればと思う。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/7/30/水 掲載記事

虐めと闘う970806
痛みが思い やりうむ
進駐軍の基地があった東北の私の町には混血児がいた。混血児ゆえに子どもからばかりではなく、大人からもいじめられ、差別される光景をときたま見ることもあった。
中学の私のクラスにも混血の少年がいた。入学式の後、初めて教室に入る。だぶだぶの学生服を着て、みんな緊張した面持ちで互いを眺め渡していた。その中に、色白で青い目をした太り気味のF君がいたのである。担任の教師はまだ来ない。そのうち一人のやんちゃそうな男の子がクラスのひとりひとりにあだ名をつけ始めた。それが絶妙にうまくて、緊張気味だったクラスが笑いの渦となった。「そいつは小野寺か、じゃオヤジだ」「お前はげらげら笑うから、ゲラ子だ」。彼は得意になってつけていく。
しかしそのうちに私はF君のことが気にかかってきた。彼にどんなあだ名をつけるだろうか。それとなくF君を見ると、顔を赤らめ大きな身体を丸めてうつむいている。私以外にも彼のことを気にしている子がいることもわかった。あだ名がF君に近づくにつれて、何となく笑い声が減ってきたからである。先生が早くやって来ないかなー、そんなことを願ったりもした。
ついにF君の番になった時(私にはF君が全身を硬くこわばらせているように見えた)、その男の子は「あいつは太っているから、デブだ」と言った。なあんだ、つまんないあだ名だなという拍子抜けした気持ちと、うまく外したなという安どの気持ちが私の中で入り交じった。クラスにもほっとした空気が流れた(ように思う)。
以後もその中学校で、F君が混血児であることでいじめられる場面を私は見たことがなかった。あの時あだ名を見事に外した男の子は、やがて番長になった。体は小さかったが、腕力が強く、すばしこく、頭が切れた。たった一つ、番長にそぐわない行動があった。それは食べ終わった弁当を水飲み場でいつも洗っていることである。父親が酒乱で、母親が家を出ていってしまったとも聞いたことがある。弁当も自分で作っていたという。
差別されることの本当の苦しみを、彼が一番知っていたのかも知れない。
(早稲田大学教授 菅野 純)
1997/8/6/水 掲載記事


中学一年生を対象にした一つの実践を紹介したい。クラス全員で四人グループを作り、いじめのロールプレイング(役割演技)をする。「あなたたち四人は遊園地に遊びに行く約束をしました。ところが当日、約束の時間を過ぎてもBは来ません。電話をしても連絡がとれないので、一時間待ったところで計画を変更しデパートでの買い物となりました。次の日の朝、三人はBを取り囲んで文句を言い始めます」と状況設定する。
AとBはともに気が強く、互いにライバル意識をもっている。Aは中心になって「無責任」などとBを攻撃する(ふだん攻撃的でない人が演じる)。Bは責められる役割だが「だって、しかたがなかったんだ」などと言い訳もする(ふだん人から責められる経験のない人が演じる)。Cはいつもは二人と調子を合わせているが、強い側につきがちで「私たちのことなんてどうでもいいと思っているんだ」「ひどい」などと結構きついことも言う。Dは人がいいけど気が弱い役割。クラス全員によるロールプレイングの後に、いじめの当事者が味わう感情を疑似体験できたか話し合う。
大事なことはこのロールプレイングをする前に、学年規模で十分な事前指導をしていることである。いじめの実態調査をし、学級委員会で計画を練る。さらに学年集会でいじめ間題を提起。実際のいじめをもとにした 学級委員によるロールプレイングを学年全員で見て、話し合う。その一週間後、各クラスに分かれて前述のロールロフレイングを学年の生徒全員がするという手順を踏んだ。
事後の指導もある。三日後に再び学年集会が開かれ、いじめの原因や解決策などについて対立する意見を出しあってのパネルディスカッションをした。
今の日本の中学教育の中で、これだけの時間をかけて、いじめ問題に取り組むためには、教師側の強い問題意識に加えて、学年の教師同士の、そして生徒と教師たちとの信頼関係がなければ不可能だろう。この三月、それを実際に行った中学校がある。東京都渋谷区立鉢山中学校での藤川章教諭を中心とした一年の生徒と先生たちである。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/8/20/水 掲載記事

行動する傍観者
今から十二年前の昭和六十年、警察庁が初の「いじめ白書」を発表した。前年にいじめが原因で自殺した小、中、高校生は七人。その年の一月に水戸市の女子中学生がいじめを理由に自宅前の電柱で首をくくり自殺。九月にいわき市の山林で男子中学生が自殺。十一月に東京・大田区の女子中学生がいじめグループに加わるよう強制されたのを苦にして飛び降り自殺(同じ中学校では半年前にもいじめを苦に自殺していた子がいたことが判明)。十二月に脊森県野辺地町で男子中学生が自殺。
そして東京・中野区の中学二年生・鹿川君が「このままじゃ生きジゴクになっちゃうよ」という遺書を残して自殺したのが翌年の二月である。彼の死をきっかけに、「いじめ自殺」という言葉が社会の注目を浴びるようになるのである。
そのころのいじめ報道や報告書などを改めて読み直してみると、当時すでに現在のいじめを構成する要素がすべて出そろっていたことに驚く。いじめの構造、いじめの方法、執ようで陰湿な暴力から現金の脅し取り、非行の強要にいたるプロセス。当時の学校側のコメントまでが昨今聞く学校側のコメントと同じであることにも。
この十二年間、わが国の家庭と学校ではいじめをなくすために、そしていじめを理由に自殺しようとする子を救うためにどんな努力をしてきただろうか。
矢部武著「アメリカ発いじめ解決プログラム」(実業芝日本社刊)にはアメリカで試みられているさまざまないじめ解決法が紹介されている。薯者の矢部氏自身が、子どものころいじめにあい、先生からも親からも助けてもらえず一時は農薬を飲んで自殺しようとまで考えた人であるだけに、切実な気持ちでアメリカ各地をまわり取材したことがよく伝わってくる。
「行動する傍観者」と矢部氏は言う。すべての傍観者が、いじめられる可能性を持っている。あすはわが身と不安におびえるよりも「行動する傍観者」となっていじめっ子に立ち向かった方がいい。そのためには-----、と具体的な記述に満ちあふれている本である。
(菅野 純  早稲田大学教授)1997/8/13/水 掲載記事

いじめと闘う

いじめられる子も悪い、という考えは意外と根深い。ロール。フレーイングで涙を流しながら「いじめられっ子」を演じていた子が、終わってから皆の前で「でも、いじめられる方にも原因があるんだよな」と語ったことに、その場で指導していた藤川章教諭は衝撃をうけたという。子どもばかりでなく敦師もそう考えていることがある。いじめ対策のための研修会などで、「本音を言えば」と教師の口から同じことが語られることが少なくないのである。
生意気だ、約束を守らない、裏切った、他人のことを考えない、鈍い・・−・ということがあっても、だからいじめてよいということにはならない。その子が持っている問題と、いじめるという行為は、本来何のつながりもないはずである。
最近「困った人」とタイトルのつく本をよく見かける。身近にいて、日常的にかかわっている人の中に、病的と診断されたり犯罪になるような問題を起こすほどではないが、周囲を困惑させてしまう人がいる。そういう人の問題の本質は何か、どのように対処したらよいかなどを 説いた本である。
何冊かその種の本を読んでいるうちに、ふと気がついた。子どもたちもまた、学校での人間関係の中で出あう困った問題にうまく対処するすべを持たず、悩んでいるのではないだろうか。先生もなかなが気づかない問題だ。例えば、相手がとりたてて悪いわけではないのにどうしてもそのふるまいが気になってしまう。態度が気にいらない。その言動に心がかき乱され、時には傷ついてしまう。そんな時、子どもたちが思いつく唯一の方法が、反対に相手を困らせることではないか。それも一人ではできないので、同様の思いを抱く何人かの仲間と。
いじめられる方も悪いのだからいじめを受けても仕方がない、という考えや、いじめ側の子どもたちが加害意識よりも被害憲識を持ちがちであることの背後に、こうした人間関係力の弱さという問題が隠れていないだろうか。いま子どもたちは、相手の言動に困った時、相手を「避ける」「いじめる」以外に、どのようなかかわり方を知っているだろうか。
(菅野 純  早稲田大学敦授)
1997/8/27/水 夕刊掲載記事

いじめと闘う
困った人への対処法

「困った」と感じる相手にどのような対処法があるのかを大人の職場の例で説明した本がある。ロバート・M・ブラムソン著「困った人たちとのつきあい方」(河出書房新社)である。
私たちはだれでも時々、だれかの邪魔をしたり、悩ませたり、困らせたりすることはあるが、常にではない。困った人とは常習的に困惑行動をとり、相手に害を及ぼす人のことをいう。ブラムソンは困った人を
@敵意を秘めた攻撃的タイプ
A不平家
B無口で無反応な人
C愛想が良すぎる
D自信過剰な人
E否定的
F優柔不断
----などといくつかのタイプに分けている。例えば@の敵意を秘めた攻撃的タイプはさらに、シヤーマン戦車型、狙撃手(スナイパー)型、爆弾手型の三タイプに分けられる。シヤーマン戦車型とは、いじめるのは当然だとばかりに口汚く開いてを非難攻撃し、相手を見下す傲岸不遜(ごうがんふそん)な人である。彼とかかわると、こちらが混乱し、心身ともに疲れ切ってしまう。少しでもこちらが怒りや弱みを見せると、さらに突入してくるのがこのタイプの特徴だ。
こうしたタイプには次のような対処法がある。押し流されるに任せてしまうと気に掛けるに値しない人間だと見なされる。そこで、まず立ち上がり、彼と対等の立場にいることを知らせるのも有効だ。相手の勢いが衰えるまで相手を直視して待ったり、逆に丁寧 な態度を取ろうとせず、自分の話を遮られたときには「話し中です」と断固というのもいいだろう。これまでの被害者と同じ反応をするだろうと期待していることが多いので、その期待を裏切ってやる。相手の脅しに反応せず、相手の名前をはっきりと大声で呼びかけてみてもいい。ほかにも「多くの人は座ると攻撃性は弱まるので、イスを指し示して座るように歓める」「自分の見解を迫力を持って述べる」という手もある。
大切なのは勝つことではなく、退却しないことだ。戦火を交えて勝ったとしても、周りの人はあなたを彼と同類の人間だとみるだけである。いつでも親しくなる心の用怠だけは持っておきたい。
(菅野 純  早稲田大学教授)
1997/9/3/水

いじめと闘う970910

「いじめによる衝撃を最小限にする」「いじめる子に打ち勝つ必要はないが、退却はしない」。ブラムソンが著書『「困った人たち」とのつきあい方』で言わんとしていることをいじめ問題にあてはめるならば、この二つの対処法に集約される。
それらを実行するためには
@状況を把握する
A相手の行動を客観的に観察する
Bいじめ・いじめられ関係の流れを方向転換する対処プランを立てる
C自分の戦略を実行する
D対処法の効果を検討し必要なら軌道修正する
----というプロセスが必要であるという。
この発想は戦場や砂漠での「サバイバルマニュアル」に似ている。日常の人間社会の中でも、生き残るためにはそれ相応の知恵が必要なのだ。しかし、いじめられている子どもには、いじめに対処するための余力は残っていないのではないか。いじめによって生きるエネルギーを吸い取られた子どもは、いくらノウハウを教えられても動けない。
そうした状態から脱出するための原動力をどのようにして得たらよいのか。サバイバルマニュアル風にいうならば次のようになる。
第一に、いじめに対抗するエネルギーがまだ十分残っているうちに、いじめに立ち向かう。いじめられている事実に早く気づき、相手のいじめ攻撃体制が 整う前に対処することだ。
第二、いざという時、少ないエネルギーでも対処できるように対処法をよく学び、訓練しておく。「困った人」に対処する方法を習得し、ロールプレーイング(役割演技)などで予行訓練をしておくとよいだろう。
第三、いじめに対処するためのエネルギー供給ルートを確保し、エネルギーが枯渇しそうになった時には補給する。エネルギー供給源とは先生、親友、親のことである。そのコミュニケーション回路を常に整備し、自分なりに複数の供給源を持ち、段階的に便い分ける。
かつて私はこのコラムで「学校という戦場」と書いた。一見、平穏な日常生活の中にも戦場があることを、今の子どもたちはよくわかっている。
(早稲田大学教授  菅野 純)
1997/9/10/水

いじめと闘う970917

小動物に対する残虐行為は何を物語るのだろう。神戸の小学生惨殺事件では猫だった。最近やたらと多い学校の飼育小屋荒らしでは、ウサギがターゲットになることが多い。
カウンセリングで出会った小学2年生の少年を思い出す。ヒヨコや金魚をたまらなく欲しがる。買ってやると、しばらくはヒヨコのからだにほおをくっつけたり、金魚と一緒に泳いでいるかのように腹ばいになって金魚鉢を見つめてかわいがる。しかし小一時間後に子ども部屋をのぞくと、ヒヨコはヒモで巻き殺され、金魚はひれをはさみで切り取られて、だるまのようになって浮かんでいる。
初めてのプレイセラピー(遊戯療法)の日、まるで2,3歳の幼児のような幼いふるまいに担当の若い女性カウンセラーは 戸惑ってしまった。ベタベタと抱っこしたがり、か細い甘えるような鼻声で返事をする。
しかし何回かのセラピーの後、彼はひょう変するのである。女性カウンセラーをターゲットに信じられないような暴力をふるいはじめたのだ。カウンセラーの名を呼び付けにして怒鳴りまくる。思いっきりおもちゃの竹刀で打ちすえる。スタッフのだれもが、これがあの○○くんだろうか、と驚いた。
小動物への残虐行為が起こる前に、彼は母親に自分の小遺いで割りばしを買ってきたことがあった。「返して来なさいよ」と激しくしかられた。猿の親子の写真を持ってきて「こういうふうに抱っこして」と言いにきた時にも、「お兄ちゃんのくせに」と小突かれた。攻撃行動の奥底に、悲しみど入り交じった怒りがあったのである。
彼のそうした心を受けとめ、ルールを設けながら攻撃を遊ぴに変える−ーそんな方針で何カ月か根強くセラピーを続けた結果、彼は普通の小学2年生に戻っていった。残虐行為も、それと並行して生じていた恐怖症状も、ウソのように消失した。
愛を求めても得られない悲しみが、いつしか怒りに変質し、直接その怒りを人間に向けることができない時、小動物が人の代わりとなって犠牲になるのではないだろうか。
(菅野 純  早稲田大学敦授)
1997/9/19/金

いじめと闘う970924

母のストレス、子に伝染
「いじめの解明」(第一法規)で、長岡利貞氏が、北原白秋のこんな詩を引用していた。
金魚
母さん、母さん、どこへ行た
紅い金魚と遊びませう。
母さん、帰らぬ、さびしいな
金魚を一匹突き殺す。
まだまだ、帰らぬ、くやしいな
金魚を二匹絞め殺す。
なぜなぜ、帰らぬ、ひもじいな
金魚を三匹捻じ殺す。
涙がこぼれる、日は暮れる
(以下略)
いまから78年前に「赤い鳥」に掲載されたものだという。前回紹介した、金魚のひれをはさみで切り殺してしまう小学生の心情そのものではないだろうか。「母さん」は自分をしっかりと抱きしめ、守ってくれる存在である。そんな存在を失った時、 子どもの心の中に見捨てられた悲しみと、怒りがわいてくるのである。
「我が家は、精神的母子家庭ですから」。その男の子の母親のこんな言葉を思い出す。三人の子どもを抱え、家事に追われる毎日。子どもの教育、近所や親せきとのつき合い----。母親の心を悩ますことはたくさんあったが、1人で解決していかねばならなかった。早朝出勤、深夜帰宅の夫は、帰宅後はおろか休日もひたすら体を休めることで精いっばいだったからである。母親には夫が「自分のことしか考えない」人と映る。
心の支えを得られない母親の心はいつしかストレスでいっぱいになる。そのストレスを三人兄弟の中でも父親似で、母親の愛を得ようといじましくふるまう少年にぶつけていたのである。父親の不在が母親の心を悲しませ、母親の不在が子どもの心を悲しませる----いまこんな状況に生きている子どもは少なからずいるのではないだろうか。
母親が我が子に当たり散らしたように、子どもにも当たり散らす対象が必要だ。それが金魚、ウサギ、猫、ハトといった小動物に向けられる。その矛先がクラスの仲間に向けられることもあるだろう。(菅野 純  早稲田大学教授)

教育相談
パソコン通信にはまる息子

高校二年生の息子が夫に誘われてパソコン通信を始めました。ところが毎晩、何時間も通信するため、電話代が先月は5万円を突破。パソコンばかり見ていると目も悪くなるだろうし、画面をのぞき込んで笑ったりする姿は見ていてとても暗いです。機械ばかり相手にして、人間椙手のコミュニケーション能力にも不安を感じます。(東京都・主婦、50歳)

父子で同じパソコンネットですか。なかなかほほ笑ましい風景ですね。しかもかなり熱中なさっているようですね。もっともこの熱はたいがいの場合、幸か不幸か、やがて過ぎ去っていくものです。健康への最低限の留意は必要だとしても、過度の心配は裏目にしか出ません。
ひょっとして、パソコンを何だかえたいの知れないものとして怖がっておられませんか。パソコンに限らず、テレビも自動車も、出てきたころには大げさなことがいわれたものです。携帯電話で笑い出す人を見て不気味なのはわかりますが、暗いといって批判するほどのことでもありません。パソコンも同じことでしょう。「機械親和性」など々の言は、コンピューターの向こうに人がいることを理解していない人が口にするものに渦ぎません。
電話代は確かにかかり過ぎですが、各種のディスカウントを利用されることをみなさんでお考えになってはいかがですか。そのうえで、 お母さんもともに楽しまれるのもよろしいのではないでしょうか。(近畿大学溝師  竹村 洋介)


いじめと闘う971001

一言で変わる子供の未来
先ごろ刑が執行された永山則夫死刑囚の書いた自伝的小説には、たくさんの「もし〜」が隠されている。もし彼の父親が失そうしなかったら、もし彼の母親が子どもを置き去りに家出しなかったら、もし集団就職先のフルーツショップの上司が彼の過去の万引きを「知っているぞ」と言わなかったら、彼の人生は異なるものになっていたのではないだろうか。そう思わせるような記述に満ちているのだ。事実彼の人生にはたくさんの分岐点があった。
教育に向かって彼は、多くのものを投げかけたのではないだろうか。中学二年の終わりから彼は学校を休みだす。学校側は彼の机といすを教室から運ぴ去ってしまう。母は浮気をし、蒸発中の父は遠い異郷の汽車の中で野垂れ死にしてしまう。寂しさと行き場のない怒りに打ちのめされ彼は自殺をも考える。ある日担任が家にやって来る。「学校に来ねば、少年院に送る手もあんだぞッ。何だと思ってんだッ」と言って彼の顕を拳(こぶし)で殴りつけるのである。
家出しよう。彼は社会科の地図を手に、まだ十分に鋪装されていない道を自転車で青森の板柳から福島駅までたどり着く。しかし、ほこりですすけた顔をし、薄茶になった学生服姿の彼は家出を見抜かれ、あっさりと保護されてしまう。やがて母親と担任教師が引き取りに来る。
青森へ向かう列車の中で担任も母親も一言もしゃべらない。あれだけ苦労して自転車をこいで来たのに、あっけないほどはやく膏森に着いてしまう。「何かしらむなしく悲しかった」
もしあの時、青森に戻る列車の中で担任が彼の心をゆさぶる投げかけをしていたなら(「なぜ家出したんだ。心配したぞ」でも、「見つかってよかった」でもよい。その時彼のことを思う何らかの表現がなされていたなら)、あるいは母親が彼の心のむなしさや悲しみを包み込んでいたなら、彼の人生は変わっていたのではないだろうか。
大人が子どもに向かって発する言葉や行為が、子どもの人生を支えもすればねじ曲げてしまうこともあることを、彼の人生は教えてくれた。
(菅野 純  早稲田大学教授)1997/10/1/水

教育相談

単身赴任で娘が疎遠に
小学校二年生の娘が、三年間、単身赴任で離れている間によそよそしくなってしまいました。赴任中も月に一度くらいは家に帰ったのですが、帰任してみると、以前のように話ができません。母親にべったりで寂しく感じるとともに、我ながら父性が欠落した家族関係に不安を感じることもあります。この先、どうやって娘とつきあったらいいでしょう。(神奈川県茅ケ崎市・会社員、33歳)

学校での由来事や友遠のこと、近所の犬や道々の草木のことなど、小学校低学年ころは家族に話したいことはたくさんあります。しかしその時期にお父さんが不在であれば、すべてを母親に向けていたはずです。また、母親も父親像を兼任していたはずです。月に一度、娘さんの前に現れていたとしても、それは日常の風景ではなく、疎遼になるのは仕方ないことだと思います。親子だからといって、時空を超越した絶対的な関係はないという悲しい現実なのです。娘さんのよそよそしさは当分続くと思います。
しかし、またこれから喜怒衷楽を共育する時を重ねることで新たな親子関係がはぐくまれることに気付いてほしいと思います。ありのままのあなたの働く姿や、暮らしぶりこそが、最も近い人として語り合う日々をもたらすことだと思います。今の多少のギクシャクは我慢して、「お父さんね、今日、仕事場でこんなことあったよ」というように、3年前よりずっと成長している娘さんに話しかけてみましよう。
(小学校教諭 平山 英生)

いじめと闘う971022

母親たちの過剰な心配
母親たちの書いたいじめ体験談を読んで次に気になったことは、母親たちの予期不安の高さである。予期不安とは、まだ起こっていない先のことを過剰に心配して不安になることだ。
「小学一年の時にいじめられた。一応いじめは解決したが、これからもいじめられ続けるのではないか」「今はいじめられていないが中学に入ったらいじめの標的にされるのではないか」。まだ起こってもいないことを心配しても仕方がない。その時はその時で対応を考えればいいのではないか、と説得しても、容易に納得しない。不安がどこからか、わいてくるのだ。あるいは頭ではわかるのだが不安な気持ちは解決されない。
こんな状態を予期不安というが、情報過多で、予測し得ない事件が頻発する現代に生きる母 親たちは、多かれ少なかれこうした予期不安にとらわれやすいのではないだろうか。
親の不安は子どもに伝染しやすい。特に親の気持ちをよく察する子は、親の不安を先取りしてクラスメートの何げない言葉や行為を「いじめ」という枠組 みでとらえてしまうこともある。そのことが子ども同土の親和的な関係をかえって妨げてしまうこともあるかもしれない。
それでは母親の子膏てについての予期不安はどのようにしたらやわらぐだろうか。三つのことを提案したい。
まず母親自ら、自分は親にどのように育てられたのかをていねいにふりかえる。足りなかったものは意識的に補う。過剰だったものは少し減らす。いま自分がこうして存在するのは、何に恵まれていたからなのかを考えてみるとよい。時代は大きく変わっているが、子育ての基準は自分がいかに育てられたかにある。一人の人間の成長の過程には、数多くの子育ての知恵が詰まっているものである。
また夫の意見も聞いてみる。夫は妻の不安(それはグチや怒りに姿を変えて表現されることが多いが)に耳を傾け、とにかくよく聞く。そして一緒に結諭を急がずに考える。第三者(学校の先生、クラスメートの親など)に相談し、距離をおいた立蜴からの意見に耳を傾けるのもよい。
(菅野 純 早稲出大学敦授) 1997/10/22/連載記事

教育相談
学校の監督貴任はどこまで
質問
友人の娘が通う中学の校長が「最近、中学生の行動範囲は校外に広がっている。学校内で起きたことについては当然、学校が指導すべきだが、放課後に学校外で何か問題があったときは、学校に連絡する前に警察へ通報してほしい」と発言し、父母たちの間で波紋が広がっています。学校任せも問題だと思いますが、校長からこんな言葉が出る時代、親はどこまで学校に任せたらいいのでしょうか。(浦和市・主婦、48歳)

回答
従来、学校は授業だけでなく、放課後まで、また生活の隅々まで何もかも抱え込みすぎると批判されてきました。それが教師の仕事を増やし、また行き過ぎた管理につながっていた面もあります。それを思うと校長もずいぶん思い切った発言をするようになったものです。
好むと好まざるとにかかわらず、学校は管理できないとのことですから「学校にお任せ」は通じなくなったわけです。学校が学校として校内でのことなど最低限の責任をとらねばならないのは言うまでもありませんが、子供のことすべてをゆだねきれるもの ではありません。
かつて地域社会が強い影響力をもっていた時代もそうでしたし、今も全体としてはこの方向に向かっています。
お任せが通じなくなった以上,子供は親を含めた大人たちが責任をもつのだと覚悟せねばなりません。学校の責任逃れを許すことはありませんが、大人とし子供の教育に責任を持つ姿勢が求められてきているのです。
(近畿大学溝師  竹村 洋介)
1997/10/22/連載記事

いじめと闘う971015

「抵抗の論理」も必要

小学生の子どもをもつ母親たちが書いたいじめ体験談を読む機会があった。いくつか気になることがあった。その一つは、子どもたちが自分の身を守ることを、だれにも敦えられていないのではないかということである。「人の嫌がることを言ったり、やったりしてはいけない」とは教えられる。しかし、ほかの子から自分がやられた時、どうすべきかを子どもたちは意外と教えられていない。子どもによっては、母親からの教えをなんとか守って無抵抗を続けるが、いじめはどんどん拡大してしまう。残された方法は回避しかない。登校拒否----そんな問題に発展していく例もある。これは父親不在の一つの表れといえるかもしれない。
「たたかい」について、女性と男性では感覚が異なるのではないだろうか。例えば西部劇、チャンバラ、サバイバルゲーム、格闘技といったものへの関心興味は男女差があるだろう。わが子がいじめられた時の対応の仕方にも、母親と父親とに差が生じるのではないだろうか。ごく一般的にいえば母親は「避ける諭理」、父親は「闘う論理」である。今の子どもの現実からいえば「避ける論理」で対処する限りいじめはエスカレートし、集団いじめに発展する可能性も強い。一方、「闘う論理」での対処はけんかに転化する可能性があるが、相手の一方的暴力を少しでも抑止する可能性がある。父親の意見があまり反映されず、学校でも女性教師に教えられることの多い現代の子どもたちが、歯がゆく思うくらい抵抗せずに一方的にいじめられたりしてしまうのは、こうした「闘う諭理」の欠如のせいもあるのではないだろうか。
母親と父親の諭理をミックスさせるとどうなるか。「人の嫌がることを言ったり、やったりしてはいけない。しかし時には自分を守るために闘うことも必要だ」「打ち負かさなくともいいから、負けない」----こんなメッセージになるだろうか。
いま自分の息子や娘が、危機に際し、どのように対処しようと考えているか、何事も起こっていない時にこそ、父親は尋ねてみてはいかがだろうか。
(菅野 純  早稲田大学教授)

※ 教育相談

質問
うちの近くで小学生を狙う通り魔事件が起きました。ナイフで衣服を切られる程度で、まだけが人などはいませんが、小学四年生の娘がいるので怖いです。といって、友人と遊ぶために外出するなとはかわいそうで言えません。他人を見たら犯罪者と思えなどという極端な人間不信も植え付けたくありません。親としてはどのように言い聞かせたらいいでしょうか。(埼玉県草加市・主帰、39歳)

回答
四年生の子供にできる自衛法は「相手から離れている場合は、大声で助けを求め、最も近い家や店に逃げ込む」「なるべく一人で歩かない」「日没以降の外出(帰路も含めて)はしない」「人通りの少ない道は避ける」ことぐらいです。しかし「お触り魔」ぐらいならこのような自衛でしのげることがほとんどですが、刃物が登場する場合は子供の自衛の域を超えています。警察の出番です。
「他人を見たら犯人と思え」ということはあまり効果がありません。まずは命の尊さをお子様と話し合ってください。その上で「残念だけど、世の中には人を愛せなくなって、見境なく切りつけたりする人もいる」ということを話してやってください、でも多くの人は信じられるのだということも合わせて伝えてください。だから「人に助けを求めることが命を救うことだよ」と話してください。
解決するまで日々ご心配のことと思いますが、学校・保護者、そしてこの場合は警察も交えて三者がよく相談し、子供たちの命を守ることを第一に、具体的・集団的な取り紺みが望まれます。
(小学校敦諭  平山 英生)
1997/10/15/水 掲載

いじめと闘う971105

先週の本紙「子ども・教育」欄の記事(10月29日付)がずっと気になっていた。中学生雑誌に寄せられた中学生たちの「いじめられても仕方がない」「いじめは楽しい」という声。「しぐさや容姿が気に入らない」ので「むかつく」、だから「いじめる」という図式。なぜ子どもたちはむかつくのだろうか。他人のしぐさがどうであれ、容姿がどうであれ、自分と何の関係もないのではないか。そう思いながら、子どもたちのむかつきの原因を考えてみた。
カウンセラーになって10年ほどたったころに受けたある研修を思い出した。「大嫌いな人を1人思い浮かべ、その人のどんなところが嫌いかを、その人の名前を入れて、個条書きにしてみる」という課題。それから1人ひとりが書いたものを大声で読み上げさせられた。それも、大嫌いな人の名前の代わりに「私は」をつけて。
「私は、人の心を平気で傷つける」「私は、鈍感である」。はじめこそ研修生の間で笑いが起こったが、すぐしーんとなった。私も含めてそれぞれが、自分では認めたくない自分の弱さや欠点を大声で告白していたからである。嫌悪していたのは相手の中に見た自分だったのだ。
子どものむかつきは、こうした自己嫌悪の変形ではないだろうか。思春期の子どもたちは懸命に脱皮し続ける。本当はまだわがままをしたいのだが、しないようにしなければと思う。かっこよくふるまいたいのだが、自分がそれほどかっこよくないことも知っている。いい子で皆からほめられたいのだが、自分をごまかすようなのでいい子ぶらないようにする。自分が必死で我慢して乗り越えようとしているのに、自分が否定したいことをまだ平気でやっている子を見ると許せないー---。いじめにつながるむかつきはこんな背景をもっているのではないか。
「わがままっていうけど、君たちの心の中にわがままにふるまいたいという気持ちはこれまでなかった?いつごろから我慢できるようになった?どんな努力をしたの?」。いじめのエネルギーを、成長のエネルギーに変えることはできないだろうか。
(菅野 純 早稲田大学教授)
1997/11/5/水


※ 教育相談
相談
中学二年生の息子が、二学期になってから学校に行きたくないと言いだし、休みがちです。多くを語りませんが何かあるのかと思い、無理に学校に行かせず、様子を見ています。不登校の子供たちを学校の外で教育するサークルのようなものがあると聞きましたが、どんな活動をしているのでしょうか。一時的な避難場所として役に立つのでしょうか。(東京都・主婦、40歳)

回答
無理やりに学校へ行かせることだけが解決策ではないというのが、この問題を考える場合の原則です。学校へ行かなくなるのは、それなりの理由があるはずですから、それを解決せずにただ再登校すればよいというものではありません。無理な再登校は問題をこじらせることすらあります。
質問にある不登校生徒向けのサークルやフリースクールの多くは、若い人やお母さん方がボランティアで自主的に運営しているものがほとんどです。その内容も主宰者や参加者の個性によりますから、レクリエーション的な活動をするところ、生活するための技術の習得を中心にするところなど実に多様です。
参加者の年齢層や規模も様々です。ただ受験勉強に積極的なところは少ないでしょう。しかし受験や進学よりも、もっと大切なことを息子さんは心のうちに抱えておられるのではないでしようか。
そこに合うか、合わないかは息子さんが何を求めているかによります。それが重要なカギです。本人が進んでいきたいと言うのならば抱えている問題の解決にもきつと役に立つでしょう。よく調べて利用してみるのがいいのではないでしょうか。
(近畿大学講師  竹村 洋介)
1997/11/5/水

いじめと闘う971029

向田邦子の「笑う兵隊」というエッセーの中に次のような一文がある。「戦争に負けて、GIが入ってきた時、私は一番ぴっくりしたのは(中略)一人一人、まるで仮縫いでもしたように体にピッタリ合った制服と、ガムを噛(か)み噛み仕事をしていること、そして、よく笑うことであった」
「仮縫いでもしたように体にピッタリ合った制服」に驚いた背景には、当時、兵隊だけでなく多くの国民が「合う、合わない」などおかまいなく、とにかく何か着られればよいという窮乏生活があった。世の中がまだ貧しかったころ「合わせる」ことはごく普通のことだった。子どもはお下がりのダブダブの服のそでをまくって、靴の中に詰め物をして、ごちそうを食べたつもりになって間に合わせた。草野球のルールも時々のグローブの数や広場の大きさに合わせて変わった。子どもたちは与えられた環境と折り合って生きることを「貧しさ」や「不足」から学んだのかもしれない。
しかし世の中が豊かになるとともに、自分に合った服、合った食べ物、合った仕事を求めはじめる。国家や世間への協調性が過剰に説かれ我慢を強いられた前時代への反発もあり、「合わせること」は軽視され、自分の好みや個性に合うものを求めて心を満たすことがごく普通なこととなった。
いま、子どもたちはよく「合 う、合わない」を口にする。「あの子とは合わない」「このクラスは自分に合わない」。子どもばかりではなく、大人の口からもこうした言葉をよく聞く。「この大学は私に合わない」「この仕事は私に合わない」
しかしこの世の中に自分に合う人なんてはじめからいるわけがない。「合った」と感じるためには、互いが歩み寄る努力が必要だ。自分に合う「クラス」も「学校」も「会社」も、自らが「慣れよう」「合わせよう」という努力なしには存在しない。近年ますます増えてくる不登校、中途退学、中途退社を考えた時、子どもの発達課題の中に「合わない時の葛藤(かっとう)能力」と「適度に合わせて生きていくための調整能力」を加えてはどうだろうか。
(菅野  純  早稲田大学教授) 1997/10/29/水


教育相談
相談
中学二年生の息子の数学の試験結果を見て驚きました。小学生のころは算数が一番得意科目だったのに、悲惨な結果だったのです。証明や方程式など抽象的な内容を勉強するようになってから、理解できないうちに授業が進むようになったと息子は言います。本人も好きな科目だっただけにショックが大きいようで、どうやって立ち直らせればよいのでしょうか。(千葉市・会社員、40歳)

回答
小学校の「算数」から中学校の「数学」に移る段階で二つの高いハードルがあります。それは「正・負の数」(プラス・マイナスの理解と計算)という新しい数の世界に入ったこと。もう一つは「文字を含んだ式」の理解と計算(方程式も含む)です。いずれも「なぜそうなるのか」「なぜそうできるのか」という「なぜ?」をしっかり理解して次へ進む学習の仕方が要求されるのです。
中二で数学が分からなくなったというのは中一のこういった基礎 の上に、さらにレベルを上げた「なぜそういえるのか」という学習内容が立ちはだ かっているからです。図形の証明や連立方程式などがそれです。
でも恐れることはありません。数学は石垣のようなもので、一年の基礎をしっかり固め直せば、中二の積み上げも今から十分できます。家で十分時間を割いて自主的に復習するとよいですね。
もともと算数が好きだったお子さんですから、その気になれば”補強”も今なら容易です。中一の教科書か問題集で不明点だけ集中的にやってみましょう。きっと回復しますよ。
(山田中学生問題研究所  山田 暁生)1997/10/29/水

いじめと闘う971119

小学5年生の時、初めて人を殴った。クラスの仲間と昼休み校庭で野球をしていた時、サッカーをしでいた六年生のグループがなだれ込んできた。彼らはそのままボールをけり続けた。「出て行けー」と怒鳴ると、6年生の1人が私に向かって来た。口げんかからつかみ合いが始まり、相手が私に殴りかかろうとした時、機転をきかしたひとりの同級生が彼を後ろからはがいじめにした。私は相手が泣き出すまで殴り続けた。
翌日、一つ年上の姉が泣いて学校から帰って来た。私が殴ったのは、姉の同級生だったのだ。幾日かたって、私は姉をいじめた別の6年生2人を思いきりたたきのめした。
私の中にすぐに激高するもう一人の自分がいた。普段はクラスの委員長として「いい子」をやりながら、ときどきすさんだ荒々しい自分が突出した。6年生になって上級生という当面の敵がいなくなった分だけ、私のすさみは空想化していった。「大人になったらやくざになろう。表の世界ではなく、裏の世界で生きよう」----ひそかにそう思い続けていたことを思い出す。
こんな自分の少年時代を思い出すのは、最近かかわるカウンセリングケースに小学5,6年生の男の子が多いためである。
「ハツカネズミをアパートの8階から投げた」「ぼくは生まれなきゃよかった、と言って自分の首を絞める」「ランドセルをつかんで友達を突然引っ張り倒す」「相手に考えられないような残酷な仕打ちをする」など。
「一見するとおとなしい普通の子」だった神戸事件のA君が、カッターナイフの刃を何十本もセロテープで張りつけた不気味な工作物を作ったり、手裏剣や鉛筆を軸にした矢といった”武器”を作り、先生から注意されるのもこの時期である。
この時期、人知れず、心の奥深くから噴き出してくる攻撃衝動を御しかねていたり、いつも何物かと架空の戦いをしていたり、悪魔のように邪悪になっていく自分におののいていたりする子どもがいるのではないだろうか。
私自身も当時、「いい子」の仮面の下で、帰宅後は独り”改造けん銃”づくりに熱中する少年だった。
( 菅野  純  早稲田大学教授)
1997/11/19/水 連載記事

いじめと闘う971008

念願だった中高一貫の中学に入学したが、授業についていくのがやっと。毎日課題が出る。授業が進むのもすごくはやい。しかし周りの子たちは、たいして予習などしていないのに楽に授業についていく。小学校時代は勉強も運動もトップで「スーパーマン賞」をもらったくらいだったのに。近ごろは学校からの帰途、きまって胃のあたりが重苦しくなる。
魚住直子著「超・ハーモニー」(講談社刊)はこんな毎日を送っている少年が主人公である。彼に一人の同級生が親しげに近づいてくる。太。名のとおり太っている。そして斜視のためどこを見ているかわからない。少年は彼の存在がうっとうしい。いつも心の中で「あっちへ行け」と念じているが、顔ではついにこにこしてしまう。その笑顔を真に受けたのか、太はいつも少年にひっついてくる。迷惑だ。太とグループのように思われてはたまらない。少年の中の悪意が頭をもたげる。親切を装ってウソをつく。太と一緒にコンサートに行くための金を借りては「使ってしまった」と言って、 また借りる。太をだました後、少年は心地よさを味わう。
「学校はどうだ?」と父が聞いてきた時、周りよりもできなくて悩んでいる自分のことをわかってもらいたかった。しかし父から返ってきた言葉は「あまいんじゃないか」「しっかりしろ、まだ入学したばかりだろ」だった。中間試験の結果が送られてきた時、「ひどいじゃないの、どういうことなの」「どうして、こういう成績になるのか説明してほしいな」「なんだ、もう、メッキがはがれたのか」。こんな父と母の罵声(ばせい)が入り交じった。
そんな少年の家庭に、7年前、高3の夏に家出した兄が帰ってくる。それも「女」になって。表面的には幸せそうに見えても、どこかきしんでいる家庭。名門校に入っても全然楽しくない毎日。押しつぶされそうな不安や息苦しさを抱く少年の心を、そして「じぶんたちの望んでいるとおりの子どもしか、見えない」親の心を、人生から脱落したようにみえる「女」になったにいちゃんが救っていく。(菅野 純 早稲出大学教授)
1997/10/8/水 連載記事

いじめと闘う971203

危うい十代を乗り切る

十代を歩み抜けること、これが難しい。これまで感じたことのない衝動がからだを駆け回る。言っていることとやっていることがバラバラだがどうすることもできない。はやく今の状況から脱け出したいが、行く手に期末試験やら高校入試やら立ちふさがる。うかうかしているうちにいつの間にか自分の序列が決められている−−。
崩れそうな自分を救うことで精いっぱいで、他者の気持ちを考える余裕がないのが十代なのである。かつての校内暴力は教師へのいじめだとも言われた。私のまわりにも生徒に殴られけがをした教師や指導に自信を失い教室から去った教師、生徒不信の塊となってしまう教師がいた。
最近こんな話を聞いた。子どもたちを信じて見守り続けた教師がいた。しかし校内は荒れすさみ、女教師に暴力をふるった生徒が逮捕された。生徒と教師のもめ事の中で、彼も暴力を受ける。信じていた生徒たちの仕打ちに彼は深く傷つく。彼ばかりでなく教師たちの多くが生徒不信に陥っていた。卒業式の後、教室へ戻った生徒の前に彼はいなかった。教卓の上には卒業証書が置かれてあった。主のいない教卓から生徒たちはそれぞれ自分の卒業証書を取り出し、教室を後にした。校舎の出口から父母たちが手のアーチを作って祝ってくれたが、最後の卒業生がアーチを通り抜けると教師たちの手で校門は素早く閉じられた。数日後、生徒のもとに一通のはがきが届く。「きみたちが二十歳になった時、会おう」。短い文面に彼の精いっばいの気持ちがこめられていた。そして五年後、生徒たちが二十歳になったある日、クラスのほとんどの生徒が彼のもとに集まったのである。
彼は子どもたちの時間を信じた。信じたとおり、子どもたちは荒波を泳ぎきって、彼の待つ大人という対岸へたどり着いたのである。20歳になった生徒たちと彼との間でどのような話題が出たのか。タイムスリップして五年前の卒業式の日に戻り、彼は一人ひとりにはなむけの言葉を贈りながら卒業証書を手渡したのかもしれない。(菅野 純 早稲田大学教授)1997/12/3/水 夕刊連載記事

※ 教育相談

相談内容
私立高校一年生の娘のことですが、茶パツ(茶色に染めた髪)、化粧、PHSの持ち込みなどは学校の規則で禁止なのに、平気でやっています。母親として気が付けば注意はしますが、校則を軽んじているのかいっこうに直しません。どのような形で助言するのが効果的でしょうか。
(神奈川県鎌倉市・主婦、46歳)

回答
子供たちが校則を守る気がなくなっている原点は、家庭のルールがなくなったことと密接に関係しています。何をしても許される家庭で育った子供たちは、社会の規則さえ無視してしまいます。茶パツ、化粧、PHSの女子高生3点セットは、その他の行動とセットになっていませんか。朝寝坊、夜更かし、遅い帰宅、乱雑な部屋、友人宅の泊まり歩きなどです。こうした現象は、友達の中に伝染病のように広がる性質を持っています。
親が対応に苦慮するような新しい現象が子供をさらい、何が正しく何が悪いのかさえわからないことがしばしばです。一つの家庭だけで対処することはほとんど不可能です。
そこで一つの提案です。子供の友達グループの親同士で連絡を取り合い、まずつきあいの決まりを作ります。たとえば帰宅時間を決め、それを全家庭で実行するのです。親がしなければならないことは、時代にあった子供のルールを親たちが協力して作り、実行することです。母親だけでなく父親も参加しなければ成功しません。また「校則で禁止しているからダメ」でなく「遅刻したりPHSを教室で使ったりするとなぜ悪いのか」を、子供と話し合いましょう。(千葉大学敦授  宮本 みち子)1997/12/3/水 掲載記事

いじめと闘う971126

心がすさんでたあのころ

小学校高学年時代の私の心の中を吹きすさんだあらしの原因は何だったのだろらか。一つは、母から事切られたように感じたことだ。物心のつくころから母は病気がちであった。私はその母の傍らを離れず、下の世話までするけなげな子だった。同時にいつも母の死に俵(おび)えていた。しかし、その母が大手術を受け、その後めきめき健康を取り戻し始めたのだ。母の死を覚悟しながら、看病をし続けてきた私にとってそのことは決して喜ばしいことではなかった。
私にとっては母が別人のように思え、母もこれまでとは別人のように活発にふるまうようになったからである。私の困惑など意に介さず、PTAの役員をやり、私の担任だった教師に夢中になった。幼いころから私が 耐え続け、母のためにとやってきたことは何だったのだろう。私は母に対し、喪失のかなしみと怒りとが入り交じった感情を抱くようになった。
そのころ、自分の未来も見えなかった、当時私は工学少年だった。模型飛行機やラジオの製作に興味を覚えた私は帰宅後は ほとんど友人と交わらず、あちこちから部品を集めては製作に熟中した。しかし部品といい、知識といい、あるところまでいくと必ず限界にぷつかるのだった。それらに関する学校の図書はすべて読んだ。しかしわからないことだらけだった。
飛行機の主翼と尾翼の長さはどんな比が一番よいのだろう?
知りたくともどうにもわからなかった。当時我が家にあるのは文学書が中心で、工学系の本など手に入らなかった。学校代表で出場した模型飛行機大会で、自分の飛行機が風にあおられて無残にも地面にたたきつけられた時以来、私はそれらの趣味を一切やめてしまった。
性に目覚め、罪悪感と、抑えきれない衝動とが心と身体の中で毎日のように闘っていた。私がそうした心のすさみから一歩脱却するのは、中学二年の時である。級長として、自習時間うるさかった一人の男の子を殴った時、思いがけず彼は泣きながら私に抗譲したのである。「なんでおれだけ殴るのや!」----その時、不意に、私は悪夢からさめたように感じたのである。
(早稲田大学教授 菅野 純)1997/11/26/水 連載記事

※教育相談

書きやすさは時代で変化

相談
小学校一年生の息子に「”右”と”左”の書き順はなぜ違うの」と聞かれて困りました。子供の問いには理論的にわかりやすく答えるようにしていますが、書き順は理由が付かない気がします。まだ子供にとって父親は何でも知っている存在なのでごまかしたくはないのですが「そういうことになっている」としか言えませんでした。
(川崎市・会社員、34歳)

回答
学校で教える筆順は1958年に文部省が出した「筆順指導の手引き」に基づいています。しかし元来、筆順は書きやすさ、整えやすさを根拠に成立しました。現実には、かい書・行書などの書体や縦書き・横書きによって書きやすさが違うため、複数の筆順があります。時代とともに筆順も変化しているのに、学校教育の場では一つの「手引き」が正しいとして教えられています。
「右」と「左」の筆順の違いは「手引き」を見れば解説されていますが、納得できるかどらかは別問題。筆順を記憶カテストのように扱う傾向は 減ってきたとは思いますが、私は「書きやすさ」「整えやすさ」で筆順を教えるべきだと思います。必要に応じて変化しているモノとして子供たちに教えでいます。
私も時々、教科竈やドリルで「正しい」筆順を覚えた子供から「先生、筆順が違う」と指摘されることがあります。教室では父親同様、すべてを知っているはずの先生ですが、実際にはそんなことは不可能。「先生だって知らないことや忘れること、間違って覚 えることがあるから、今も勉強しているんだよ」と言い張っています。
(小学校教諭  平山 英生)1997/11/26/水 連載記事

いじめと闘う971210

「それはちょっと違うんじゃないかな、と思うことがよく起こる」。少し控えめに新人教師がこう言った。最近の親たちの反応についてである。たとえば,勉強の遅れが気になっている子どもに放課後の30分、一対一で補習をした。しかし母親から連絡帳に書かれてきた言葉は感謝の言葉ではなく「差別しないでほしい」だった。子ども本人は決して嫌そうではない。「どうだった?」と尋ねると、今日もやりたいと言う。「別に親から感謝されたいと思っているわけではないのですが、あまりにも返ってくるものが違うなあと思うんです」
市立敦育センターにカウンセラーとして勤めていたころ、こんなことがあった。休日あけ出勤してみるとカウンセリングルームの大きなガラスが壊れていた。軟式ボールが飛ぴ込んでいたのである。近所の子どもが駐車場でキャッチボールでもし、受けそこなったのだろうか。事務長とも話し合い、弁償は要求しないで自前で修理することにした。昼近くになって子どもの親が血相を変えてやって来た。「そんなに気にしなくてもいいですよ。こちらで直しますから」。これが事務長が用意していた言葉だった。ところがその母親は文句を言いに来たのである。「なぜ、駐車場にキャッチボール禁止と立て札を立てておかないのか」と。若い新人教師の言葉を聞いて、そんなエピソードを思い出した。
「外罰的」という言葉がある。自分は悪くない、相手が悪いのだと、常に目分以外のだれかのせいにしがちなことをいう。「学校が悪い」「先生が悪い」「友達か悪い」:…・。親の外罰的態度は子どもに受け継がれる。自分のやったことを棚に上げて友達を非難したり、教師を非難したりする子が結構多いのである。
一方、親の方こそ教師が外罰的だと考えているかも知れない。「親が悪い」「家庭が悪い」----こうしな言葉もよく学校側から聞こえてくるからだ。いま、教師と親の間には深い溝があるのではないだろうか。この溝を少しでも埋めていくヒントは「無罰的」という言葉にあるのではないか。
無罰的とは、だれをも悪者にしない態度をさす。
(早稲田大学教授 菅野純)1997/12/10/水

※ 教育相談

「人質諭」拾て 話し合いを

相談
中学二年の娘の学校のPTAの役員をしています。いじめらしいものがあるようで、先生に対して意見もありますが、PTAでは学校側の話に従い、正面切ってモノを言う雰囲気ではありません。役員であるほかの母親は「子どもを人質に取られているので余計なことは言えない」ど言います。こんなことでいいのでしょうか。(東京都武蔵野市・会社員、45歳)

回答
PTAはP(保護者)とT(教師)とが対等の立場で学校や子どもの問題について話し合い、協力して解決することを目的としている組織です。学校の従属機関でもなければ、後援団体でもありません。ですから、PTAの一員である校長がツルの一声で、PTAが子どものためにやろうとしていることをつぶしたり、学校側に都合が悪いからと広報の内容を勝手に変えたりするのは目的に反しています。あくまでも民 主的に運営すべきで、PとTの十分な話し合いと協力がなければなりません。
その橋渡し役とかじ取りをするのが役員の仕事ですから、「人質に取られている」などと後ろ向きになっていては任務は果たせません。子どもの成長にとってこれは問題だと思うことは発言し、教師とともに解決に向かう姿勢を持ってください。
お母さん方はよく「人質論」を出しますが恐れるに足らず。事実があれば堂々ど話し合い、の場で問いただしてください。「いじめ」も大事な話し合い問題です。勇気を持って切り出してください。(山田 中学生問題研究所  山田 暁生) 1997/12/10/水 掲載記事

いじめと闘う971217

子どもが身につけるべきソーシャルスキルに、問題解決力がある。何か問題が発生した時、。自分なりに原因を探り解決策や予防策を見いだす力である。
そんな問題解決力を育てようと子どもたちに「なぜこのようになったのか」を問いかけてみる。しかし問いかけられたことを、責められていると誤解し、口をつぐんでしまう子が少なくない。時にはやおら弁解しはじめる子もいる。なぜか。子どもたちは普段大人たちから「問いかけ言葉」でしかられることが多いからである。「なぜ、宿題を忘れたの」「どうして、けんかしたの」と。一見問いかけられているようなのだが、実は責められているのである。もちろん子どもの方が「なぜ」「どうして」に素直に答えてもそれで”追及”は終わりにはならない。
その結果、子どもたちは自らに「なぜだろう」「どうしてだろう」と問いかけ、物事の原因や仕組みを考え、探求することが減ってくる。それらの言葉としかられた時の嫌な体験が結びついているためだ。子どもたちが自力で問題解決をはかろうとしない一因にこうしたことがないだろうか。
これは子どもたちにとって大きな損失である。幼いころは「なぜ」「どうして」を連発して知識欲の塊だった子どもが、成長とともに知識欲や探求欲が薄れていくからだ。
中学のころ、軽い知的障害はあったが知識欲の塊だった級友がいた。彼は級友のだれにでも問いかけるのである。例えば、「なんでレコードは音が出んのや。(セルロイドの)下敷きを丸く切ったらレコードのように音が出るの?」と。だれもが彼に答えていた。純粋な問いかけだとわかっていたからである。時には改めて問われてみると、だれもわからなくて「なんでだろう」と皆で考え合うこともあった。いま思い出してみると、何の含みもなく問いかけられ、一緒に考えたり、調べたりすることは、楽しい作業だった。
いま子どもたちは家庭で、教室で、問いかけ考える楽しみをどれだけ体験できるだろうか。問題解決力を育てる環境づくりとして「責めないで問いかける」習慣を大人は身につけるべきではないだろうか。
(早稲田大学教授  菅野 純)1997/12/17/水 連載記事

※教育相談

相談
五歳の娘が近所の友達と遊ぶ約束をするのですが、いつもすっぽかされます。相手のお母さんも「じゃあ、あしたの○時にね」と娘に言ったのを覚えています。後日、相手の方に「娘が楽しみにしていたんだけれど……」というと、「ほかに用ができたのよね」と言われてしまいました。子どもの約束をないがしろにされたようで不愉快です。子どもに、どう説明すればいいのでしょうか。(滋賀県大津市・主婦、36歳)

回答
まさか、そのお母さんは、ご自分の友達と会う約束を簡単にすっぽかしはしないはずです。ということは、幼い子どもの「あすまた遊ぼうね」という約束は、大人の約束と同じように守らなければならないものとは考えていないのでしょう。だから親の都合や子どもの気分で、簡単に破っているのだと思います。
一方あなたは、お子さんの年齢にかかわりなく、お子さん自身の気持ちや予定時間というものを非常に尊重しているのです。さてどうしたらよいでしょう。
子どもさんをがっかりさせたくないのなら、約束はしないほうがよいようです。それでもその子と遊ばせたいのなら、その日ごとに一緒に遊べる機会をみつけていってはどうでしょう。それがいやなら、あなたのスタイルに合うようなお友達を探すことになります。もう少し大きくなれば、親に関係なく子ども同士で遊ぶ約束をし、目分たちで遊ぶようになります。いつも約束を破る子は、友達を失うでしょう。その時期まで待ちましょう。
(千葉大学教綬  宮本 みち子)
1997/12/17/水

いじめと闘う971224

子どもたちは言葉で相手に元気を与えているだろうか。相手をほめたり、励ましたり、もりたてたり、うれしい気持ちにさせる言葉をどれくらい使っているだろうか。教師たちの実感では、口げんかやひやかし、からかい、悪口といった相手を傷つけ元気を奪う言葉ばかりが目立つという。相手を罵倒(ばとう)する言葉はたくさん知っているし、使い方のタイミングも絶妙なことが多い。
社会的行動面に未発達などの問題を持っている学習障害児や自閉症児、不登校児などが通級するある情緒障害学級でこんな試みを行った。一人ずつみんなの前に出る。みんなはその子に向かって前の調理の時間に感じたその子の「よかったところ」を言うのである。その際に以前みんなで作った「うれしいことば」のリストを使う。「すごいなあ。いいなあ。うつくしいなあ。かわいいなあ。かっこいいなあ。うまいなあ。つよいなあ。たくましいなあ。おおきいなあ。りっぱだなあ。じょうずだなあ」。「A君、キュウリがうまく切れたなあ」「B君、おつかいで重い荷物を持ってきて、力もちだなあ」----。そして家に帰る時には相手に「うれしいことぱ」をかけてから一緒に帰るよう指導する。「○○君、……で……だったなあ。ぼく、うれしいよ。一緒に帰ろう」と。
人工的、と思われるかもしれない。しかし人を傷つけたり、元気を奪ったりする言葉に比べると、こうした人をうれしくさせる言葉は大人といえども案外身についていないのではないだろうか。知ってはいても、「宝の持ち腐れ」状態になっていないだろうか。
友達がつくれない、ういてしまう、すぐトラブってしまう----いじめや不登校、集団不適応といった問題の手前にこんな問題が発生していることが多い。集団の中に入れる、これが従来の処方せんであった。確かに新入りにそれとなく気を配り、ころ合いをみて仲間に入れてくれるリーダーがいた時代はそれでよかった。いま、そんなリーダーはいない。受け身でいる限り友達関係は育ちにくいのである。八王子市立第三小学校あおぞら学級での実践は、学校教育の中でソーシャルスキルトレーニングがどう可能かを示してくれた。(早稲田大学教授 菅野 純)
1997/12/24/水 夕刊連載記事

いじめと闘う971112

17,8年前、校内暴力のあらしが吹き荒れたころの中学生と現代の中学生は何が違うのか。「あのころ、子どもたちは、たしかに教師に対して敵意をあらわにした。しかし子ども同士は強く結ばれ、互いを裏切ったりしなかった」。校舎の廊下をオートバイが走る荒れた中学校で、当時懸命に生徒たちにかかわったある教師はこう語った。いまの中学生はどうか。「平気で友達を裏切る」というのだ。
何かグループで問題を起こす。問題を起こした生徒を呼び集めて事情を聞く。しかし言うことが一致しない。一見同じ目的で、仲間同±「ぐる」でやったように見えるのだが、その関係が意外と希薄であることが明らかになる。自分の罪を軽くするために、だれかの悪事をばらす。事の責任をたらい回しにし て、だれも罪を引き受けようとはしない。話を聞けば聞くほど、互いをただ利用していたり、それぞれの気持ちがばらばらであることが露呈する。最後には教師の前で、仲間のように見えた生徒同士が互いを中傷し合う。
互いに傷つけ合うが、離れられない----現代の子どもたちのこんな人聞関係のあり方。ある時はそれがいじめ、いじめられ関係に発展し、ある時はそのような人間関係に心底疲れはて、不登校に陥ってしまう。
校内暴力時代に中学生だった人たちにそのころのことを尋ねると「楽しかった」という答えが返ってくることが少なくない。「毎日いろんな事が起きて変化があった」「荒れている子たちの事情を知っていたので、自分はやらなかったけど共感していた」「いまは先生たちも大変だったんだなあと思う」
意外なことに、あれだけ敵対した生徒−教師なのに、生徒の側も、教師の側も、いま、互いに対して言うに言われぬ懐かしさのようなものを抱いていることがある。ぎくしゃくしながらも生徒と敦師、それぞれの存在がたしかにぶつかり合ったからではないだろうか。
「自分を、いないかのように、『透明な存在』として扱ってほしい」----こんなふうに教師に求める子もいる、という。現代の子どもたちは将来、かつてのクラスメートや教師に懐かしさを抱けるだろうか。
(早稲田大学教授 菅野 純)1997/111/12/水


教育相談
ブランド品欲しがる小学生
相談
小学六年生の妓が誕生日プレゼントに海外ブランド物の財布がほしいといいます。学校で仲の良い友達が使っているのを見てほしくなったようです。女子高生のブランドブームの話は聞きますが小学生はまだ早いと思いますが……。(横浜市・主婦、37歳)

回答
ブランドのサイフがなぜほしいのか、子どもさんに説明を求めてみてはどうでしょうか。「友だちがもっているから」というのは理由にならないことも伝えましょう。価格・品質・デザインを総合的に評価してブランドのサイフの方が勝っているということになれば、キャラクター物の安物ではなくブランドのサイフをプレゼントする方が適切な選択ということになります。
今、子どもたちは、流行の波に乗せられて、次から次へと新しいものを求めています。高校生のなかに流行したものが、あっという間に中学生、小学生に広がっていくという昨今です。親も先生もめまぐるしい変化にたじたじです。
でも、親が自分の考え方を子どもにきちんと示さない限り、子どもは商業主義の波にさらわれてしまいます。子どもの要求に対して「ちょっとおかしいな」と感じたら、それを子どもに話しましよう。そして、なぜおかしいと思うのかを説明し、子どもからも意見をもとめ、よりょい答えに達するというプロセスをもちたいものです。子どもは説明をもとめられるなかで、自分の欲求をあらためて点検することになり、取捨選択ができるようになるのではないでしょうか。
(千葉大学教授  宮本 みち子)1997/11/12/水

いじめと闘う980107

校内暴力が急増しているという。かつてそのあらしの渦中で名を馳(は)せた一人の少年を思い出す。彼は校内暴力のもっとも激しかった中学校のリーダーだった。暴力を制止しようとした校長の胸ぐらをつかみ、あわやというところで何人かの教師たちに取り押さえられたり、ちょっとやそっとでは壌れないはずの玄関のワイヤ入りガラスをけ破り穴をあけた。さまざまなうわさが私の耳にも届いていた。
やがて私は彼と出会うことになる。彼の対応に苦慮した学校側が彼を出校停止にし、その期間、私のいたカウンセリングルームに通うことを義務づけたのである。まず彼がやって来るかどうかが問題だった。非行や暴力といった問題はカウンセリングとなじみにくいからだ。どうせ説教されるのだろう、ぐらいにしか思われない。しかも警察とは違って強制力はない。彼らにとってやわなカウンセラーなど何の恐れも、まして魅力も感じないのである。
しかし彼はやって来た。変形ハンドルの自転車に乗り、「家来」を一人連れて。端正な顔立ちをした頭の良さそうな子だった。私は彼らとペンキ塗りをすることにした。古くなった遊具棚やいす、机など、彼らが結構夢中でやることに意外な感じがした。昼休み、私は彼と交代で二人乗りの自転車をこぎ、「家来」と三人でラーメンを食べに行った。
翌日、彼は一人で来た。その翌日も。毎日黙々と一緒にペンキ塗りを続けた。時々ぽつりぽつり話される彼の言葉から、校内暴カリーダーとしての言動の背後に、幼いころに家族を捨てた父親への愛着と憎しみのまじった複雑な思いと、世の中をうそと開き直りで処していく母親に対しての恥と哀れみの気持ちが隠れていることを私は知った。
卒業後、父親の店で働いているはずだった。彼からの音信が途絶えたため、彼がシンナー中毒になっていたことを私は知らなかった。彼は二十歳を前にした夏祭りの夜、シンナーで、朦朧(もうろう)状態となり遮断機を越え、自殺のような死を遂げたのである。なんだか哀れでしょうがなかった。暴力の背後に、彼が越えようとして越えられなかった深い悲しみがあった。
(早稲田大学教授  菅野 純)1998/1/7/水 夕刊連載

※教育相談
質問
中学二年の息子が最近、週に二日は学校に行きません。いじめもないし、先生が嫌いでもなさそうです。「政強はしたくないけど高校は出ておきたい」と、甘えた言葉を吐きます。単なる怠け病にしか見えなくても、背後には深い問題があることもあるという話を聞き、頭ごなしにしかりとばすこともできません。(千葉県船橋市・主婦、45歳)

回答
学校へ行かない日、息子さんは家にいるのでしょうか。それとも、どこか特定のところへ出かけているのでしょうか。どちらにしても、なにかに取り組んだりはしていませんか?
それが、親の目からはつまらないこと、理解しがたいことであっても、本人にとっては今、とても大切なことであるかもしれません。いじめや先生のことなど人間関係のトラブルを抱えていても、大人の目には見えないように振る舞うのはよくあることです。ましてや、勉強嫌いなどまったく不思議でも何でもないことです。
怠け病という病気はありません。強制的に登校させることは可能かもしれませんが、それは表面的な解決です。せっかく見えてきた問題にふたをしてしまうことにもなりかねません。なぜ息子さんが学校へ行こうとしないのか、そこから理解を始めるしか方法はありません。
杷憂(きゆう)でしょうが、非行にかかわることなら、なおさらこの理解が大切です。息子さんがしようとしていることがわかれば、おのずど自信を持った態度で対応することができるようになるでしよう。
(近畿大学講帥  竹村 洋介)1998/1/7/水

いじめと闘う980121
学級崩壊、小学校に拡大
一昔前「荒れる学校」といえば中学校のことをさしていた。しかしここ二、三年は小学校のことをさすことが多くなった。「荒れる」舞台が学校から学級に変わり、あちこちで学級崩壊が生じているのである。 発端は一人の子の度を超すイタズラや教師への反抗から始まることが多い。小学五年生の男子。級友の鉛筆を三階の教室の窓から訳もなく投げる。「やめてくれよ」という声をよそに、今度はペンケースを投げる。必死になって止めようとするのをまったく意に介さず、まるでひとり遊ぴを淡々と楽しむかのように次々とエスカレートしていく。ノート、教科書、ランドセル、座布団−…。そのつど彼は「やった!」と無表情につぶやく。はじめは騒いだり、はしゃいだりしていたまわりの子たちもだんだん恐れと不安の入り交じった目で傍観するようになる。彼はそうして一人の級友のいすから机まですべてを三階の窓から投げ捨てたのである。 学級担任がしかってもけろりとしている。自分がしたことがいかに危険であるか、事の重大さを何度も言い聞かせるのだが彼の心に伝わっている気がしない。家庭に遵絡すると「家ではいい子なのですが」と当惑したような母親の声が返ってくる。 しかし翌日、彼は朝から大荒れの状態となる。家に連絡したのが不満なのだ。教師に食ってかかる。「お母さんは関係ないじゃんか」と。授業中、床に寝転んでストライキする。寝転びながら教師や級友をからかう。ときどき下品な言葉を言ってクラスを沸かせる。しばらくすると次第にクラスが揺れだす。勝手なおしゃべりを始める子。彼と呼応してふざける子。「トイレ」と言って教室から出て行きそのまま戻って来ない子。 彼があらかじめ手下の子どもたちに指示したのか、それとも彼のような子が二軍三軍とクラスに存在していたのか。クラスがきしみ出し、担任教師の指示や注意がまったく通じない状態が生じたのである。やがて父母たちが騒ぎだす。わが子の行状よりも担任教師の指導力の方がやり玉にあげられる。学級崩壊はころして始まるのである。 (早稲田大学教授)1998/1/21/水
※教育相談 息子が通う中学の担任の先生宅に、嫌がらせの手紙がありました。先生は手紙の文字から、息子とその友人グルーブを犯人と決めつけ、注意しました。校則を守らず、態度がよくないからのようです。でも十分な証拠もなく犯人とされて息子は傷つきました。先生に抗議したいのですが。 (大阪市・主婦、40歳)
回答 筆跡からのおよその推察で息子さんたちだと決めつけている担任に抗議したいお母さんの気持ちはわかります。十分な証拠もなく”犯人”にされてはたまりません。大きく傷ついている息子さんを見るにつけ、親として何とかしてやりたいと思うのも当然でず。 ですが、いきなり抗議ではなく、まずその手紙を直接見せてもらい、担任が決めつけた根拠を冷静に、じっくり聞いてみてはどうでしょうか。そして、親としての思いもはっきりと伝え、もし担任の勘違いであることが明らかなら、たとえ相手が子どもであれ、心を大きく瘍つけたことに対し、本人への謝罪を求めてもよいと思います。 それとは別に、先生に次のことを伝えましょう。普段、決まりをあまり守っていないとお母さんも認めるお子さんの生活姿勢も、親の責任において併せて指導していくこと。また、いきなり子どもを犯人と決めつけてしまわず、保謹者にも相談を持ちかけてもらって、問題解決に協力させてほしいこと。そうすれば、あなたの〃抗議。は良い結果を生んでくれるでしょう。お子さんにも経遇を伝えてあげてください。 (山田中学生問題研究所  山田 暁生)1998/1/21/水

いじめと闘う980128
学級崩壌の原因は何か。根は複雑で深い。子どもや教師側だけでなく、学校制度、家庭、地域、文化といった様々なものがからみあっていると考えるべきだろう。まず子どもの学校生活か成り立つための条件を考えてみたい。 まず不可欠なのは規範意識である。一昔前ならは子どもに「なぜ学校に行くの?」と尋ねれば「だって、学校は休んじゃダメだから」といった答えが返ってきた。学校は行かなければいけない所、という規範が親にも子どもにも社会全体にも存在していたのである。同様に「学校では静かに勉強しなければならない」「友遠をいじめてはいけない」「先生の言うことは守らなければいけない」など、学校生活に関する様々な規範が比較的守られていた。 現代ではどうだろうか。たとえば「学校は休んではならない」という規範がどれだけの家庭で固守されているだろうか。旅行する、受験のための勉強をする、何となく行きたくない----こうした理由で欠席することが決して珍しいことではなくなった。つまり学校が絶対的ではなく相対的な機関になったのである。その他の学校生活に関する規範も、親たちの忙しい生活の中でどれほど子どもたちに伝えられているだろうか。親が口すっばく言う言葉は「勉強しなさい」にワンパターン化されていないだろうか。 次に欠かせないのは学校の魅力である。知らないことを教えてもらえる、友達と遊べる、先生と話せる、部活ができる----かつて学校には家庭にも地域にもない魅力があった。「学校でやることはすでに塾で教えられたこと。塾の先生は『初めて習うふりをしろ』って言うけど、たいくつでつまんない」。小学六年生のこんな言葉を聞いたことがある。教師たちは新しいゲームソフトを一緒に試みる時間もない。子どもたちのアイドルである歌手の曲を聴く機会も、親たちの情報源であるワイドショーを見る機会も少ない。朝のテレビで子どもの事件が大々的に取り上げられ、子どもたちはその話題でもちっきりの時でも、教師の方は全く知らずに、いつも通りの学校生活が淡々と始まることもあるのである。 (菅野 純  早稲田大学教授)1998/1/28/水
教育相談 おつかけに熱中する娘
高校一年の娘がよく旅行すると思っていたら、人気男性アイドルグループの”おっかけ”をしていたそうです。アルバイトで旅費を稼ぎ、くっついて歩いていたのです。やめさせたいのですが「アイドルの一人と仲良くなれそうなのに、ほかの女の子に取られてしまう」と言って聞きません。 (東京都・自営業、48歳)
回答 アイドルの”おっかけ”は大人になれば卒業すると言います。アイドルの正体が分かって幻滅したり、夢やあこがれをアイドルに託すことはできないことを悟るようになるからです。また、恋人が出来たり、打ち込める対象が見つかったりすれば、度を超すことはないし、自然に卒業するようになると思います。 おっかけに熱中する背景に、家庭や学校がつまらないなど、満たされない感情がありませんか。それとなく、娘さんの生活全体を検討してみてください。 今ただちにやめさせることは難しいかもしれません。頭ごなしに否定するよりも、おっかけの内容を親にオープンに話せる関係をつくりましょう。また、娘さんの夢や希望、将来のこと、悩みなどを親子でじっくり話す時間を大切にすることが根本的な解決につながると思います。進路や目標がきちんとつかめれば熱は冷めていくのではないでしょうか。 なおおっかけにはお金がかかるはずです。高校生が普通のアルバイトでまかなうことができる金額なのかは疑問です。金銭の計画をたてる指導が必要かと思います。 (千葉大学教授  宮本 みち子)1998/1/28/水
いじめと闘う980204
子どもの学校生活が成り立つためには、規範意識と学校の魅力のほかにあと二つ条件がある。子どもの元気がわくような周囲からのはたらきかけが必要なのである。安心できる、大事にされる、しっかり守られる、ほめられる、励まされる、慰められるなど元気のもととなる「心のエネルギー」の補給である。 もし仮に子どもが朝、家を出る時に両親がけんかをしていたらどうだろうか。子どもは少ないエネルギーを心にわき起こる不安を静めるために使わなければならない。子どもの方は、勉強どころではない、ルールを守るどころでもない、友達への思いやりどころではない心境だろう。時には級友へ当たり散らすことによって不安を解消しようとするかもしれない。 もうひとつの条件は社会的能力である。この連載でも時折触れてきたが、他人の迷惑にならないような社会的場面でのふるまい方をいかに身につけているか、である。適切な自已表現ができる、感情を自己コントロールできる、他人と協調できる、これをやればどうなるかといった社会的予測ができる、といった諸能力である。 かつて子どもはこうした社会的能力を学校に入る前からさまざまなルートで学んだ。柳田国男は子どもの遊びを、内遊び、外遊ぴ、そして軒遊びに分けている。軒遊びとは年長児たちの遊びを軒下で眺めながら、一人遊びをすることをさす。内遊びと外遊ぴの間の段階である。子どもたちは実際に行動する前に、年長児たちの行動を観察することで社会的なふるまい方を学んだのである。 また家庭では社会的能力を高めるためにしつけが行われた。柳田によればそれは、他人の下で働くようになった時に恥をかいたりして苦しまないようにという、親の愛情の表れだった(「親のしつけ」昭和十四年)。 少子化と地域社会の崩壌、そして子どもの生活に学校が大きくのしかかってくることで、子ども社会は集団より個の時間が長くなり、協力よりも競争の方が強くなった。「しつけ」に代わって「勉強」が親の「愛情の表れ」として強調されるようになったのである。 (菅野 純  早稲田大学教授) 1998/2/4/水
※教育相談
帰国子女の娘が、市立小学校の「男が先、女が後」という名簿に疑問を感じたようです。「名簿だけでなく並ぶときも男女別だし、身体測定の時、なぜいつも女の子は待たされるの」と聞かれ、答えられませんでした。担任の女性教諭に男女混合名簿を検討してほしいと言うと「今まで不都合はなかったし、その必要はない」と言われました。 (名古屋市・主婦、35歳)
回答 男女混合名簿の文化の中で育ってきた娘さんが不思議に思われるのは、至極まっとうです。日本でも男女混合名簿を採用する学校はあるし、それで現実に何の不都合もないのです。今、学校教育の中で、こうした形でいつの間にか性別役割分業や性差別の意識が〃刷り込まれる〃という批判が出ています。 生徒や親の素朴な疑問を検討もしないのはどうかと思われます。市立学校では教育委員会などへの配慮が必要で、一人の教師が行う改革としては重荷かもしれませんが、先生にはもう少し誠意ある回答が望まれるところです。 納得できるまで様々なところに回答を求めるのも一つの方法です。小さなことでも、こうした疑問を地道に考えることが、学校や地域の文化を変える切り口にもなりうるからです。 性別役割分業に疑問を感じない人を説得するのは難しいことですが、娘さんの疑問は正当です。先生に受け入れられなかったことで間違った挫折感を与えないように、まずはご両親が支えてあげてください。 (近畿大学講師 竹村 洋介) 1998/2/4/水

いじめと闘う980218
「攻撃的」という言葉は英語では必ずしもマイナスのイメージではない。「アグレシブ」は積極的、意欲的、活動的といった肯定的評価の時にも使われるのである。 「アグレシブな演技だった」など最近のオリンピツク放送などで時々耳に入ってくる。人間の攻撃的エネルギーは人間が積極的に生きるエネルギーと紙一重ではないだろうか。言い換えれば人間はだれでも、攻撃的エネルギーが文字通り生の攻撃性として他人に向けられるか、あるいば攻撃エネルギーが形を変えて合法的な形で発散されるか、それとも攻撃とは異なるレベルのものに昇華されるか、紙一重を生きているのだともいえよう。 しかしいま、子どもの持つ攻撃的エネルギーは成長のエネルギーとして昇華されずに生の攻撃行動として身近な人々に向けられているのではないだろうか。いじめ問題、校内暴力、学級崩壊、そしてナイフによる殺傷事件…。こうした問題の背後に、行き場を失ったまま圧力だけが高まっていく攻撃的エネルギーが存在する。 いま、子どもの攻撃的エネル ギーを正面からとらえた教育が必要なのではないだろうか。つまり攻撃的エネルギーを「危険」「有害」と封じてしまうのではなく、子どもが自分の生を積極的に生きるためのエネルギーに昇華させていく教育である。 たまたま町の柔道場と剣道場に子どもたちのけいこを見学する機会があった。小学生の低学年クラスだったが、子どもたちのエネルギーに圧倒された。大声の気合い。激しい乱取り、打ち込み。子どもたちの小さな身体のどこにこんなエネルギーが隠れているのだろう、と不思議でさえあった。子どもたちは緩急を取り入れた指導の下に、エネルギーを発散させながら筋力を鍛え、運動神経を鍛え、社会性を学び、心を鍛えていく。 武道に限らなくてもよい。子ども同土が互いに相手の息づかいや体温を通じて、力と力をぶつけあって、他者の存在や自分の限界といったものを感じる何かが子どもの成長には必要ではないだろうか。ゲームの仮想現実でのみ体験される攻撃性は、筋力も運動神経も鍛えなければ、人間としての心も育てはしない。 (菅野 純  早稲田大学教授)
教育相談
小学校二年の息子が、九九を覚えられずに困っています。人気キャラクターのポケットモンスターに出てくるモンスターの種類はすぐに覚えたのですが。九九が覚えられないと、ここで算数の理解がつまずいてしまいそうで不安です。(埼玉県朝霞市・会社負、42歳)
回答 昔、私は「九九の歌」を覚えられなくて毎日居残りでした。しかし「となえて覚える」指導には欠点があります。忘れた時に自分で復元できないのです。むしろ単なる暗記ではなく図にして、かけ算の概念を理解させるといいのです。 「1あたりの数×いくっ分」というかけ算の意味を理解させるには、目に見える図にするのが近道です。例えば「車一台あたりにタイヤが四個、その車が二台」なら「四個X二=八個」。これをまず、分かりやすくタイヤの絵をかいて表します。次に1を表す正方形を厚紙などで切って作り、タイヤの絵の代わりに使います。縦に一台あたり(四個)、横に何台分(二列)として並べます。ここで厚紙は四個が二列しきつめてあります。この長方形が四×二の量のイメージです。次にこの厚紙の図を自分でかけるようにします。そこまでがんばってできたらもう大丈夫。忘れたら、この厚紙の図をかけばいいのです。 結局は九九の歌を覚えなければいけないのですか、歌だけでは、記憶しただけでかけ算を理解したつもりになり、後々つまずく子供が出てきます。歌を忘れたときに概念を自分で思い出せるように、具体的な図で表すことを大切にしてください。 (小学校敦諭  平山 英生) 1998/2/18/水

いじめと闘う980218
「攻撃的」という言葉は英語では必ずしもマイナスのイメージではない。「アグレシブ」は積極的、意欲的、活動的といった肯定的評価の時にも使われるのである。 「アグレシブな演技だった」など最近のオリンピツク放送などで時々耳に入ってくる。人間の攻撃的エネルギーは人間が積極的に生きるエネルギーと紙一重ではないだろうか。言い換えれば人間はだれでも、攻撃的エネルギーが文字通り生の攻撃性として他人に向けられるか、あるいば攻撃エネルギーが形を変えて合法的な形で発散されるか、それとも攻撃とは異なるレベルのものに昇華されるか、紙一重を生きているのだともいえよう。 しかしいま、子どもの持つ攻撃的エネルギーは成長のエネルギーとして昇華されずに生の攻撃行動として身近な人々に向けられているのではないだろうか。いじめ問題、校内暴力、学級崩壊、そしてナイフによる殺傷事件…。こうした問題の背後に、行き場を失ったまま圧力だけが高まっていく攻撃的エネルギーが存在する。 いま、子どもの攻撃的エネル ギーを正面からとらえた教育が必要なのではないだろうか。つまり攻撃的エネルギーを「危険」「有害」と封じてしまうのではなく、子どもが自分の生を積極的に生きるためのエネルギーに昇華させていく教育である。 たまたま町の柔道場と剣道場に子どもたちのけいこを見学する機会があった。小学生の低学年クラスだったが、子どもたちのエネルギーに圧倒された。大声の気合い。激しい乱取り、打ち込み。子どもたちの小さな身体のどこにこんなエネルギーが隠れているのだろう、と不思議でさえあった。子どもたちは緩急を取り入れた指導の下に、エネルギーを発散させながら筋力を鍛え、運動神経を鍛え、社会性を学び、心を鍛えていく。 武道に限らなくてもよい。子ども同土が互いに相手の息づかいや体温を通じて、力と力をぶつけあって、他者の存在や自分の限界といったものを感じる何かが子どもの成長には必要ではないだろうか。ゲームの仮想現実でのみ体験される攻撃性は、筋力も運動神経も鍛えなければ、人間としての心も育てはしない。 (菅野 純  早稲田大学教授)
教育相談
小学校二年の息子が、九九を覚えられずに困っています。人気キャラクターのポケットモンスターに出てくるモンスターの種類はすぐに覚えたのですが。九九が覚えられないと、ここで算数の理解がつまずいてしまいそうで不安です。(埼玉県朝霞市・会社負、42歳)
回答 昔、私は「九九の歌」を覚えられなくて毎日居残りでした。しかし「となえて覚える」指導には欠点があります。忘れた時に自分で復元できないのです。むしろ単なる暗記ではなく図にして、かけ算の概念を理解させるといいのです。 「1あたりの数×いくっ分」というかけ算の意味を理解させるには、目に見える図にするのが近道です。例えば「車一台あたりにタイヤが四個、その車が二台」なら「四個X二=八個」。これをまず、分かりやすくタイヤの絵をかいて表します。次に1を表す正方形を厚紙などで切って作り、タイヤの絵の代わりに使います。縦に一台あたり(四個)、横に何台分(二列)として並べます。ここで厚紙は四個が二列しきつめてあります。この長方形が四×二の量のイメージです。次にこの厚紙の図を自分でかけるようにします。そこまでがんばってできたらもう大丈夫。忘れたら、この厚紙の図をかけばいいのです。 結局は九九の歌を覚えなければいけないのですか、歌だけでは、記憶しただけでかけ算を理解したつもりになり、後々つまずく子供が出てきます。歌を忘れたときに概念を自分で思い出せるように、具体的な図で表すことを大切にしてください。 (小学校敦諭  平山 英生) 1998/2/18/水

いじめと闘う980225
この冬、東京都内でめずらしく雪が積もった日、かなりの小学校で子どもを校庭に出して遊ばせるべきか否かで話し合いが行われたという。子どもたちはもちろん外で遊びたくてうずうずしている。しかし雪にまみれて遊んだ後、着替えはどうするか。「風邪をひかせた」と保護者から苦情が来るのでは----という危ぐが教師たちの心に走るのである。雪が降れば雪合戦し、雪だるまを作る。それから、かまくらを作り、そり遊ぴをするという一昔前の子どもにとってはごく自然の行動が、現代では大人の論議の的になる。 かつて子どもの攻撃的エネルギー発散の最大の方法は遊びだった。敵と味方に分かれ、あるいは追うもの追われるものに分かれ、物陰に隠れ、垣根を飛ぴ 越し、スリルを楽しみながら、子どもは心の中にたまった何かを吐き出していたのである。同時に身体を鍛え、仲間をつくり、友達の学校以外の顔を知り、遊びから本気に移り変わる人の心の微妙な境目を知った。 現代の学校の中に、あるいは児童館や青少年センターのような社会教育施設の中に、子どもが身体や声、活動を媒介としてかかわり合う遊具や設備を積極的に取り入れてはどうだろうか。剣道、柔道、空手といった武道でもよい。フリークライミング用ボード、アスレチックコース、レスリング用マツト、マウンテンバイクコースそして防音設備の音楽スタジオなど。 かつて母親に暴力をふるう小学五年生と、上半身裸になってプロレスをやり続けたことがある。何でも本気になってきまじめにやる子だった(その堅さが裏目に出て、学校生活につまずいたのだった)。身体のバネの強い子で、ちょっとでもこちらが気を抜くとけがをするくらいまともに攻撃してきた。私とのプレーでかなり発散したのだろうか。いつしか家では暴力をふるわなくなった。と同時に遊びの「妙」も身につけていった。やられた時、オーバーアクションで痛がる。大技をかける時に自分から協力する。唯一の観客である母親が思わず吹き出すこともあった。 きまじめに遊ぶ子が、楽しんで遊ぶ子に変身を遂げたのだった。(菅野 純 早稲田大学教授)
※教育相談 高校入試を来年に控えた中学二年の娘が内申書を気にしています。私も「先生の言うことをよく聞くのよ」「きちんとしてなければだめよ」と、学校生活全般や性格に口やかましくなります。おおらかに撰したいのに、娘の顔を見ると出てくるのはぐちばかり。内心でストレスをためているのではないかと心配です。(京都市・主婦、43歳)
回答 私が中学三年生を担任していたとき、内申書の成績が決まる二学期になって、これまでとは急に態度を変えて礼儀正しくなり、にこやかに教師に対応するようになった数人の生徒がいました。悲しい現実です。おそらく親からも「内申」を強調され、心ならずも仮面をかぶって息の詰まるような苦しい不本意な学校生活を送るようになったのでしょう。そのような生徒の内串書作りを課せられている私にとっても本当にいやな日々でした。 「きれる」「むかつく」と、気持ちを言葉や態度に出さないまでも、お母さんがそれを察せられる状態になっているということは、すでに危険信号をお子さんが発していると思うべきでしょう。もっと自然に生活させてください。内申成績を良くするために生きているなんて悲しいじゃありませんか。 教師から、親から、周り中から見張られて生きている、そういう思いから一刻も早くお子さんを解き放ってやってください。「何も気にせず、精いっばいやるべきことをやっていれば結果は自然とついてくる」と言ってやってください。 (山田中学生問題研究所 山田 暁生)1998/2/25/水

いじめと闘う980311
学校を巡る認識にずれ
ある中学の若い女性教師が悩んでいた。学校に行くのが気が重い、登校拒否寸前だという。原因ははっきりしている。近々保護者との懇談会があるのだ。彼女によるとそこで親たちにいじめられる、という。例えば違反の服装について家庭の協力を求める。「そのくらいいいじゃないですか」「先生もそんな時ありませんでした?」と何人かの母親が口々にいう。その多くは学級でいつも問題になる生徒の親である。 すごい迫力のためなかなかうまく言い返せない。学級での子どもたちの様子や頻繁に起こるトラブルを報告し親たちに注意を促しても、親たちはざわざわと勝手にしゃべり合い聞いていない。自分たちが毎日エネルギーをすり減らして指導していることは何なのかと落ち込んでしまう。いじめ、集会でのおしゃべり、あいさつ無視、面談約束のすっぽかし、ガムを噛(か)みながらの会話、ふてくされた態度など、生徒に生じていることは、ほとんどが親にも見られる。そうした親たちとこの先どのように付き合っていったらよいのかわからない、と彼女は訴えるのである。 学校教育をめぐって学校側と親とで、何かが噛み合わない。親とばかりではない。子どもとさえも大きなずれが存在する。学校はかつて学舎(まなびや)とも言った。教師は教え、子どもたちは学んだ。しかしいま子どもの方は学ぶことをたいして求めず、学校をくつろぎの場、情報交換の場、ストレスの吐き 出しの場、心の癒(いや)しの場としたがっているように思える。 いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊----。子どもたちのさまざまな問題の背後に、学校教育をめぐる学校側と子ども、そして親側との認識のずれがあるのではないだろうか。そのずれのためにいじめ問題がこじれていったり、不登校の回復が遠のいてしまったり、荒れた学級や学校の再建が困難になったりする例も少なくない。 いま子どもと教師、親と教師、時には教師と教師の間に生じる、ずれの原因の冷静な分析と根気強い問題解決が求められている。そのためにはそれぞれの立場とは異なる中立的立場のコーディネーターといった存在が教育の場に必要ではないだろうか。 (菅野 純 早稲田大学教授) 1998/3/11/水 (この日、突然発症した耳の病気で、7日、9,10,11日と4日連続有休。発症は2月26日。現在、難聴と右耳低音連続耳鳴りが発生。通院は4日より、2つめの通院は6日よりで、本格治療はこの日より始まるが、回復の兆候はないまま、現在にいたる。悲観的。)
※教育相談 高校二年生の娘が、大学を受験しないと言い出しました。メーキャツプアーティストになるというのですが、親から見ると化粧品好きが高じた非現実的な夢。米国で化粧の勉強をするつもりですが、学校の英語もろくに勉強していません。堅実に大学を出て就職してほしいと思うのですが、娘をどう説得すればいいのかわかりません。 (埼玉県大宮市・会社員、46歳)
回答 娘さんの職業観の甘さをご心配ですね。ですが、高校生がしっかりした職業観を身につけることは、今の社会では容易なことではありません。これは、なにも現在の高校生が甘やかされているからではなく、職種が増え社会が複雑化し、また学業と職業が大きく隔たっているためです。その中にあって、娘さんはむしろ職業意識を早く持ち始めたほうかもしれません。 とはいえ、まだまだ雲をつかむような話の段階なのでしょう。ならば、渡米しメーキャップアーティストになるために、どういう道をたどればよいのかを考えてみてはいかがでしょうか。具体的に動き出すと、職業への考え方も固まってくるものです。 もちろん、いったん、踏み出したからといってやり直しできないわけではありません。熟慮した結果、大学進学ということになっても、それは回り道ではなく、職業意識を高めた新たな選択となるのです。 生涯学習社会の時代といわれます。必ず大学に進学して就職しなくてはならないと固定的に考えるのではなく、長い目 で娘さんの進路を考えてみてはいかがでしょうか。 (近畿大学講師  竹村 洋介) 1998/3/11/水

いじめと闘う980318
子どもは変わったか、と問われれば、最近では少なからぬ人々が「変わった」と答えるのではないだろうか。我慢ができなくなった、意に沿わないとすぐムカつく、計算高く相手が弱いとなると冷血な行動をとる、いつ何をやりだすかわからない----。ナイフ事件が多発した後は現代の子どもへの不信感が沸き起こった。そう発言する教師や評論家、学者のほとんどが中学生の父親以上の世代である。 かつて学校には子どもたちとそれほど変わらない若い教師が必ずいた。新米の彼らは時にはめを外して失敗したりするが、子どもには人気者だった。世代的に近い分、子どもの側に立つことができた。私の友人でもそんな、ドジだがさわやか先生がいた。二十年ぶりで彼に会って驚いた。管理職になった彼の口から出るのは、今の子どもたちへの違和感である。「子どもたちは変わった。昔、自分の家にやってきては一緒にカレーを作ったあのころの子どもたちが懐かしい」という。しかし、子どもの側から見れば、彼も随分変わったことだろう。 第一、一緒に遊ばなくなった。風ぼうだってもうお父ちゃんを通り越している。学校でも子どもとかなり心理的な距離があるのではないだろうか。会えば夢中になって子どもたちのだれかれの話をしていた彼はもういないのである。 いま、学校を訪れるとかつての学校には見られなかった驚くべき光景がある。若い教師が見当たらないのだ。子どもの側に立って弁護したりする教師は少なく、子ども(と、やはり昔と変わったその親)の未熟さや過ちを非難するムードになりやすい。背景には年齢による落差があるのではないか。現代の子どもについて考える時、こうした”誤差”を考慮に入れるべきではないか。 地方のいわゆる底辺校といわれる公立高校の教師になった若い友人がこう言った。「先輩の先生たちの生徒たちへの言葉づかいや態度を見ていると、よく生徒たちはキレないで我慢しているなあと思う」。彼が考えていたのとは違う教師像がそこにあった。変わったのは子どもとかかわる私たちの方かも知れない。(早稲田大学教授) 1998/3/18/水
※ 教育相談
小学校六年生の息子が、下敷きや消しゴムに「死ね」「死」とびっしり落書きしでいるのをみつけました。単なる落書きだと思って放っておいたのですが、やめさせたほうがいいでしょうか。(奈良県大和郡山市・上婦、36歳)
回答 子供たちの藩書きに「死ね」などと書いてある場合、それは殺意の表現と考えるべきです。しかし、この殺意には死の具体的なイメージが希薄です。だからよけいに安易に殺意が表面に出たり、イメージの対象を他人や自分に容易に切り替える危険性があります。落書きを単に強制的に「やめさせる」だけでは、親や教師の権威で一時的に封じ込めるに過ぎず、かえってイメージが凝縮して危険性を増します。子供たちは今、塾や受験の日々の中で閉そく感や被害者意識に覆われています。この意識が殺意を生んでいるのです。しかし多くの子供たちは、戦争や社会問題に苫しむ人々に対して時には自分も「加害者」側にいることを認識していません。また社会の矛盾を解決するためにほん走している人々がいることも意識していません。子供にはこうしたことを教え、自分の周りの狭い社会で、被害老意識だけにからめ取られないように意識変革を促してほしいのです。 またもう一つは、自然の中でほっとする時間をもって、追い詰められた気持ちを解放してほしいと思います。 (小学校教諭 平山 英生) 1998/3/18/水

いじめと闘う980304
不登校状態が続いている中学二年の男の子の家を訪問したことがある。ノックしても返事がない。ドアにはカギがかかっている。真っ昼間だったがカーテンがひかれたままである。こんな時、子どもは家の内側で息を殺して耳を澄ましていることが多い。何度かこちらの名前を名乗っていたら、かすかにカーテンが動き、しばらくして内側からドアのカギが開いた。 一人でテレビを見ていたらしい。食卓の上には食べかけのトーストが置いてある。家族が出払った後も眠り続け、昼近くに起きる。それからガランとした家の中で食パンを焼き、テレビを見ながら一人で食べる。家に閉じこもるばかりではなく、「ママチャリ」(婦人用自転車)でゲームセンターなどに出かけるときもあるという。 不思議なくらい自由で、孤独な生活。親も教師も「遊びまわれるのに学校には行かないのだから、怠けだ」といって特にかかわろうとしない。でも何が楽しくて彼は「怠け」ているのだろう。 子どもの不登校が急激に増えている。最近では、だれにでも生じる可能性のあるものになり、以前ほど不登校は問題視されなくなった。その分、楽になった子どもも確かにいるだろう。しかし数が増えてきた分、親も教師も不登校という問題に慣れてしまってはいないだろうか。子どもは何の原因もなく不登校になるわけではない。 不登校の原因を探るのは、発生時には難しいことが多い。しかし  @休むことで身を守る  A登校する心的エネルギーがない  B退屈、苦手、窮屈、楽しくないなど快適でない環境にいることが非常に苦痛だ  C学校どころではない問題が自分の内外で生じている --などの原因が背後に存在していると考えるべきだろう。不登校を単に「怠け」という見地からしか理解しようとしないのは怠慢というべきではないか。 神戸の小学生殺傷事件の少年も不登校だった。女性教師をナイフで刺した栃木の少年も不登校の傾向があったという。不登校という問題の背後にどのような子どもの”ことば”が隠れているのか、今こそ耳を傾ける必要があるのではないだろうか。 (菅野 純 早稲田大学教授) 1998/3/4/水 (この日で低音の強い耳鳴りが始まって4日目、我慢も限界)
※教育相談 高校二年生の息子が「小遺いが足りないのでアルバイトしたい」と言います。社会勉強になるので悪くないかと思う一方、大学生ならともかく、高校生のうちからアルバイトするというのは、ちょっと早すぎるような気もします。許可すべきかどうか迷っています。 (埼玉県川口市・団体職員、50歳)
回答 アルバイトの長所は、実社会を体験するよい機会だということです。苦労してお金を稼ぐことによって、子供に目信が生まれるかもしれません。米国では子供時代から家庭や近所の小さな仕事をしてお金を得ることが生活スタイルとして定着しています。独立独歩の気風からきていると思います。高校生のアルバイト収入は大学進学の費用として使われることが珍しくありません。 しかし日本では進学費用のためにアルバイトする例は少ないのではないでしょうか。そこにアルバイトの位置づけの甘さがみられます。だから、アルバイトすることが金銭欲を膨らますだけの結果に終わる可能性もあるのです。 高校二年生ですから「小遣いが足りないから」ではなく、親に頼らず、自力でまかなうべきことは自分でするという、自立に向かう重要なステッブなのだという位置づけがほしいと思います。そうすれば、金銭欲を満足させるよりも大切なものを得ることができるでしょう。親の価値観と指導力が試されます。ただ、どんなところでどんな仕事をするのか、アルバイトに伴う事件・事故も散見されるので、安全面や健康面を親がチェックする必要があるでしょう。 (千葉大学教授  宮本みち子)1998/3/4/水
いじめと闘う980325 (最終回)
心の表現 分かりにくく
人から、かわいがられたい、大事にされたい、愛されたいという気持ちは昔も今も変わらずに子どもの心に存在していることだろう。親に見捨てられるつらさや、愛するものを失う悲しみも、いにしえの子どもたちと、それほど変わりはしまい。 では何が変わったのだろうか。その一つは社会的行動である。学校や地域といった、ある規範に沿って行動することを要求される社会場面での振る舞い方が変わった。例えば教師の話を聞こうとしない、人の迷惑を考えない、思いやりがない、といった問題が増加している。 第二は、心の表現の仕方である。分かりにくくなってきた。大人が期待するような素直な表現をするとクラスの中で浮いてしまう、と恐れている子もいる。自分の心を表現しても大人に受けとめてもらえるとは限らず表現した分だけ余計惨めになるかもしれない、という大人不信が背後にある場合もある。 様々な理由で子どもの心は分かりにくい表現になってしまうのである。冷ややか、淡々、けろっと、へらへら……。「何を考えているか分からない」と大人が感じる分だけ、子どもの方は心と表現のギャップに、いうなれば大人への心の伝わりにくさに苦しんでいるのである。 子どもたちの変化を突き放してみる限り、子どもたちの心との溝はどんどん深くなっていくだろう。子どもたちは好んで「変わった」わけではないからである。今、子どもたちがどんどん追い詰められているように思える。子どもたち同様、大人たちもこの国の先行きの見えなさに追い詰められているのではないだろうか。大人も子どもも、共通の揺れの中に生きていると感じたとき、子どもの心に一歩近づくことができるのではないか。子どもの心を癒(いや)すことは、大人自身のささくれだった心を癒すことでもあるのだ。 愛知県の大河内清輝君の自殺をきっかけに、一昨年の2月から続けてきた、私の連載も今回が最後となる。いつの間にか通算百七回の長い連載となってしまった。この間、読者の方々から示唆に富むたくさんのお便りをいただいた。心より感謝申し上げたい。 (菅野 純 早稲田大学教授)=おわり1998/3/25/水 夕刊