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「自殺予告」で学校混乱

「文化祭をやめないと」「テストを中止しないと」「体育祭をやめないと」−一「死にます…」。こんな脅迫まがいの自殺予告が学校に舞い込み、関係者を混乱させている。どんな思いから子供たちは自分の命を盾にとり、このような行動に走るのか。そして教師や親はどう対処すればいいのだろうか。

「体育祭を中止してください。このままでは自殺します。中止してください。当日二十二日、学校で自殺します。私は本気です。ウソではありません」これは山梨県のある中学校に九月下旬に届いた手紙だ。「こうした行事中止を求める自殺予告の報道を目にし、気にはしていたもののまさかこの学校にくるとは…・」。校長はその時の衝撃を隠さない。

全校で緊急クラス会

翌日には、全校で緊急のクラス会を開いて生徒に内容を伝え「悩んでいるなら相談してほしい」と呼び掛けた。同校は体育祭の前目が文化祭。とりあえず、文化祭は実行すべく生徒の反応を見ながら準備を進めた。PTA執行部にも意見を諮り、議論を重ねた。「中止しよう」「きぜんとした態度をとるべきだ」−−意見が飛び交ったが、二十一日、文化祭当日の昼休みに、体育祭の中止が生徒に伝えられた。「人命の尊重を考えればやむを得ない」との意見でまとまったのだ。

「レクリエーション色が強い体育デーは皆、楽しみにしている。事前・事後アンケートでも嫌がる声はなかった。思い当たる節はない」。校長の言葉は中止決定が苦渋に満ちた選択だったことをにおわせる。

いたすらの可能性も

校長は手紙がいたずらである可能性を否定しない。「表記が体育デーではなく体育祭となっていることからも学外の者が書いた可能性は高い。直近に他県であったケースと似ているし」。「最後の体育デ−だったのに」「今までの準備は何だったのか」と生徒は慣り落胆した。だがその後、生徒会で体育デーに代わる行事の催行を決議、学校は落ち着きを取り戻した。

この種の事件がこの秋、北海道や神奈川などで連鎖反応的に起こった。ファクスで、あるいは電話で、学校や、校長の自宅、役場などに文化祭やテストの中止を求める目殺予告の通知が届いた。実数はわからないが中止した学校の方が多いのではないかとある教育関係者は見ている。一連の自殺予告は、いじめ対策電話などにかけられてきた「XXさんにいじめられているので自殺する」といったものとはやや趣が異なるとの指摘がある。当事者の具体的な被害を明記せず、ただ「OOをやめないと死ぬ」とだけ書いてあるパターンも自に付くのだ。

日本青少年研究所の千石保所長は「切羽詰まった揚げ句の行為でないとはいいきれない」と前置きしつつも、「学校が慌てる姿を想像してシニカルに笑っている子供の姿も見え隠れする」と話す。「子供は学校の建前主義にうんざりしている。茶髪やポケベルはだめだといいながら、全部黙認。いじめはいけないとしながら体罰は横行する。学校の建前と本帝のかい離に不信感を抱き、自殺予告という形で批判している」と分析する。

学校の建前主義を親も助長しているとの声もある。親が何でもかんでも学校に期待するので、学校はすベての行動に口を出し模範的行勤をとるしかない。ところが,現実はそんなきれいごとですむはずもなく,矛盾が大きくなていくというのだ。

命はり大人に訴え?

都内の私立高校に勤める松田孝志教諭は最近の子供は、相手を自分の思うとおりに動かそうとする傾向が強まっていると指摘する。

周囲のだれもが自分の言うことを聞いてくれる環境で育ってきた彼らは、命を盾にすれぱ間違いなく相手は屈するとわかっている。

「子供が救いを求めているのは事実なのだから真撃(しんし)に受け止めなけれぱ」と強調するのはせたがや教育フオーラムの豊田キヨ子さん。「子供の立場で話を聞ける大人が少なすぎる。そのために子供は命をはって声を聞いてもらおうとしているのかもしれない、こうした事件はいたずらか本気なのか結局、見抜けない。ある精神科医は犯人

捜しや原因究明もさることながら事後対応こそ大切だと言う。

米国では目殺したいと言う友人に向かい何を言うかロールプレイをしたり、デ−タ分析から自殺危険因子を学んだりと、親や教師、カウンセラー、心理学者や医師がチームを組んだ自殺予防教育を小さいころからする。「日本でもこうした事件を教訓に人間の生死などタブ−だった問題を考えるべきだ」。

同時に,親や教師がこんな行動に走ってしまう子供の心を理解し,その声を吸い上げる努力をすることも大切だろう。

1996/11/27/水 掲載記事