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子どもたちが立ち歩いたり、騒いたりして授業ができなくなる「学級崩壊」が小学校などで問題となっているが、その背景には、家庭や子どもたち自身の変化が隠されているようだ。カウンセリングなどを通して小学校の実情に詳しい早稲田大学教授の菅野純氏に、この問題とどう向き合うべきか、親たちへの提言をまとめてもらった。
昨年初夏、「学級崩壊」がテレビで取り上げられたころから、私に「学級崩壊状態なのでクラスの様子を見て助言してほしい」という依頼が各地の小学校から来るようになった。学級崩壊の原因については様々な意見があるが、問題の根は深く多岐にわたり、解決もたやすいものではない。多くの場合、担任教師が疲弊し、傷つき、自信喪失して、時には休職や退職にまで追い込まれていく。しかし同時に、崩壊状態になったクラスの子どもたちにとっても不幸な時期なのである。どの子も本当は楽しいクラスでニコニコしながら学校生活を送ることを望んでいるからだ。
小学校のいろいろな崩壊クラスを見ているうちに、学級をかき乱す子どもたちにもいくつかのタイプがあることに気がついた。
@無自覚タイプ=小学生になったという自覚がなく、保育園・幼稚園的感覚でふるまう Aハングリータイプ=家庭で満たされぬ甘えを、教師との一対一の関係を強く求めるという形で満たそうとする B社会性未学習タイプー=ルールを守る、我慢する、といった集団生活に必要な行動が十分身についていない C発散タイプーー学校をストレス発散の場としている D反抗タイプ=ぷつかるべき相手を求めて反抗する----である。
「学級崩壊」とひとくくりに言ってしまうと、こうした個々の子どもたちの行動の背後にある本当の問題が見えにくくなってしまう。クラスを混乱させる子どものタイプが複数あることを理解したうえで、親として、そんな子どもたちに対して何ができるのか。三つの提言をしたい。
▼新入学の感激を祝う
低学年の学級崩壊クラスでは、気持ちはまだ保育園や幼稚園のままではないか、と思われる子どもが少なからず見られる。彼らにとっては教室と先生が変わっただけで「自分は小学生になったのだ」という心の切り替えができていないのだ。かつて「小学生になること」は、これまでとは一段違った何かになることだった。地域や家庭でもそうした成長の節目を祝い、そうすることで子どもは幼さから脱皮をとげた。しかしいま、子どもは幼少期から幼稚園や保育園、習いことなどで学校と似た生活を体験してきている。新入学を迎える時、それぞれの子ども、そして家庭にどれだけの感激があっただろうか。ささやかでもよいから、その感激を祝いたい。そして子どもには「小学生になる」ことのψ覚悟。を伝えたい。
▼十分な愛情を与える
一対一の関係(二者関係)を教師に強く求めてくる子が少なくない。自分だけを相手にしてほしい、自分だけの先生であってほしい、とする子どもだ。集団に向けて教師が指示しても、その時は全く聞いていない。いま指示したばかりのことを「これどうやるの?」と聞きに来る。一対一で説明してはじめて聞く耳をもつのである。授業妨害する子どもでも、一対一で相手をすれば「いい子」であることが少なくない。学級崩壊クラスにはこうした二者関係を教師に強く求める子どもが数多くみられる。一見すさんだ行動が、実は教師の愛情の奪い合いだったりするのである。家庭で親との十分な愛情関係を体験してこそ、家庭外での自立した行動が可能となるのである。
▼親子の葛藤避けずに
現代の多くの子どもたちはたしなめられることに慣れていない。学校で教師がたしなめると、ひどく傷ついて教師不信に陥ったり、不当に感じて反発したりするのである。親が時にはしっかりたしなめることも大事だ。子どもは、成長と共に、自分の周囲にある枠を破りたがるが、破ることで、自分と社会との関係を確かめるのである。もし大人が子どもとの葛藤(かっとう)を避けるならば、子どもは大人社会に対して、たかをくくるようになるだろう。しかし、社会は決して「ちょろい」ものではない。かつて校内暴力のあらしが吹き荒れた後、多くの子どもが「あの時、もっと、しかってもらいたかった」という言葉を口にした。親子の葛藤は、やがて出合う社会との葛藤に耐え得るよう、子どもの心を鍛えるのである。
1999/3/18/木