教育関係資料目次へ

総合Menuに戻る

子供が消える


1


元気で明るい、子供らしい子供。どこにでもいたはずのそんな子供が減っている。街角で子供の歓声を聞かなくなった。ごく普通の少年、少女らにいま何かが起きている。もう一度子供たちを見つめ直し、そのメツセージに耳を傾けてみる必要がある。2020年、日本を支えるのは彼や彼女らなのだから----。
若者の街、東京・原宿の竹下通り。精いっぱいのおしゃれとかっこよさの裏側に若者のもうひとつの顔がのぞく。それはビルの五階にあった。「原宿指圧ルーム」。瞳騒(けんそう)はここまで届かない。息をひそめたような小さな部屋に中学生や高校生がよく姿を見せる。「信じられないかもしれませんが、肩凝りなんですよ。ストレスで、話しかけても返事もできないほど疲れている子もいる」。代表取締役の堀場多津郎さんは、予期せぬ客に戸惑い気味だ。
そこから数軒先のビルの地下にも、子供の〃駆け込み寺。がある。占い館「塔里木(タリム)」。黒や紫の布を巡らせた神秘的な空間に、中高生、時には小学生までやってくる。友達とうまくいかない、進学問題で両親と対立しているー−。子供が持ち込む悩みは真剣で深刻だ。
「カウンセリングですね」と、占師の幸月シモンさん。断定的な占いは避け、じっくり話を聞いてあげる。子供たちはほっとした表情に変わり帰っていく。「だれかに話を聞いてもらえるという安心感を求めているのかもしれない」
東京都内のある中学校の保健室には、休み時間ごとに生徒が集まってくる。「先生、頭痛てえよ」「私、熱あるみたい」
養護の先生がケガをした生徒の手当てをしている間も、構わずまとわりつく。無視していると、「私の話も聞いてよ」とすねる。「普段だれも構ってくれないのではないか」と先生は感じる。「まるで小さな子みたいだ」
彼らは保健室登校や不登校の生徒ではない。授業中や家庭ではごく普通の生活を送っているはずの生徒たちだ。そんな子供たちも連休明けなどにはリズムが崩れるのか、休み時間ごとに保健室を訪れる。

「ちょっと転んだだけで鼻骨を折る子供がいる」。日本子ども家庭総合研究所の平山宗宏所長は、全国の小児保健専門家からのアンケート回答を見て、がくぜんとした。転んだ時、反射的に手が出せず顔から倒れる。ボールが飛んできても距離感がつかめず、よけられない。こんなことは普段の遊びや生活を通じて身につくはずだ。ところが、そんな当たり前が通用しなくなっている。
日本体育大の正木健雄教授は、「子どものからだと心・連絡会議」を結成、一貫して子供の体を見続けているが、最近、子供の背筋力が目立って落ちていることに気づいた。
男子の背筋力の目安は「成人になった時に親を背負える」、女子は「同じく子供を抱ける」というもの。しかし、11歳男子の平均はすでにこのラインを下回り、14歳も2000年には警戒水位に達する。女子は11歳、14歳、17歳のいずれもこのラインを割り込んでいる。「このままでは極端な場合、日本人は親の介護や育児に耐えられない体になってしまうかもしれない」
「恒温動物として機能していないのか」。東京都江東区の中学校で取った生徒の体温データを見た時も、正木教授は驚いた。36度未満と体温が低い生徒が多い半面、牛後になると、約37度が3割以上もいる。中には一日に2度近くも体温が変化する子もいる。体温調節がうまくいかないのだ。運動中に熱が上がり過ぎて、熱中症になるケースも続出している。
背筋力は布団の上げ下ろしや日常の遊びの中で、自然と身につく。体温調節は汗腺(かんせん)の数に左右されるが、3歳までにたくさん汗をかいていれば、汗腺は育つはずだ。体を動かしてよく遊んでいれば、こんな問題は起きない。

その「遊び」が極端に貧弱になっている。遊びの空間と時間の変遷を調べた、東京工業大の仙田満教授は危機感を隠せない。75年、子供が遊べる空間は、55年の10分の1に減ってい一た。90年代になって再度同じ調査をした。すると、遊ぶ空間は75年の2分の1になっていたうえ、遊ぶ時間も激減していた。
「典型は部屋の中で三輪車に乗っている子供ね」と育児雑誌「プチタンファン」の高江幸恵編集長は指摘する。高層住宅が増えたうえ、外は車が多く危ない。共働きでお母さんは忙しい。面倒を見てくれるおばあちゃんはいない。自然破壊、地域社会の崩壌、家族の変容、そうした中で、子供は、外で暑さ、寒さを感じながら遊ぶ機会を奪われていく。小児科医でもある平山氏は「転んだら手を出す。こんな基本的な〃身のこなし”を子供が身につけられない環境は、見直す必要がある」と、〃遊び欠乏症”は子供の体だけでなく、心にも影を落とすと警告する。
いつの日か、元気な子供の骨が発見された時、人々は驚くのだろうか。「ゲンキナコドモザウルス」と名付けるかもしれないが、それでは遅い。2020年、現在の小学6年生は35歳になっている。
(「2020年」取材班)=毎週月曜日に掲載
1997/9/30/月

<参考>
食習慣や睡眠など、ライフスタイルの乱れも子供の体と心に影響を及ぼす。日本学校保健会は92−94年の3年間、小学3年生から高校生まで総数2万6千人余りを対象に「児重生徒の健康状態サーベイランス調査」を実施した。 学校に行く日に朝食を「ほとんど食べない」、あるいは「食べない日のほうが多い」子供は、年齢が上がるにつれて増え、中学生男子で9.8%、女子で9.7%。高校生になると男子が13.8%、女子が8.9%。1割前後が朝食を食べずに登校している。理由は、「朝起きるのが遅いので、食べる時間がない」が一位。「太りたくない」を理由に挙げた人は女子に多い。
日本子ども家庭総合研究所が実施したアンケートでも「塾や部活などのため外食や1人での食事が増えている」「朝寝・夜型の生活が幼児から見られ、食事のリズムが乱れがち」などの指摘が多い。核家族化が進んでいるうえ、働く母親の増加などで、食事をとる時刻が遅くなる子供が増えている。

1.jpg



2.jpg


大阪家裁の調査官、藤川洋子さんの扱った少年に中二のカズがいた。バイク盗にシンナー。不登校で時に母親に暴力をふるう典型的な非行少年だった。
カズが立ち直ったのは審判での裁判宮の言葉がきっかけだ。「君は自分の持っていないものに目を向け過ぎていたね。自分の持っているもの、そっちをよく見てごらん」。親にも教師にもこれまで言われたことのない「自分の持っているもの?」 自問を繰り返し、カズは「高校に進学し、家族ともちゃんと暮らしたい」という自分の本当の心を発見したのだ。
三無主義かと思えば、突然非行に走る。子どもは不可解、と日本の大人たちは今頭を抱えている。
「ハーイ、何している?」。日本の中高生は携帯電話が好きだが、ここにも電話好きの寂しい少年がひとり。米ペンシルベニア州にあるペンシー高のホールデン・コールフィールド君(17)だ。「ザリー?ホールデンだよ。元気かい?」。放校になり、寮を抜け出して故郷へ帰る途中、あやしげな女や友人、親しくもない古い知り合いに次々に電話をかける。
この少年、実は、1951年に発表されたサリンジャーの小説「ライ麦畑でつかまえて」の主人公だ。自分を見失い、ライ麦畑のがけから落ちそうになっている危うさ、不安定さは古今東西を問わない。若者の間で半世紀近く読まれ続けているこの本の人気の秘密もそこにある。子どもの問題は普遍的だ。狭い視点から子どもを捕らえようとする大人の「物差し」を手直しする必要がある。
例えば、幻想化している〃子どもらしさ”という神話。「日本では近代化の始まる二十世紀になって『子どもは素直だ』『子どもはかわいい』という価値観が構築された」(本田和子聖学院大学教授)。だが、子どもはもともと純真無垢 (むく)の存在ではない。悪意を持ち、時に残酷でさえある。ところが親の幻想を押しつけられ、期待通り”いい子”になろうとして悲劇が生まれている。
心理学者の小倉千加子さんはこの夏、パニック障害(過呼吸症侯群)の少女たちの相談に追われた。ほとんどが有名な国立・私立中高に通っている子どもだった。彼女たちは皆こう言う。「希望して今の学校に行ったわけではない」そこには親の期待に悩む本音がある。しかし、同時に「親には感謝している。だって、こんなにいい学校に入れてくれたのだから」と殊勝なことを言う。
子どもが自由に生きられないことで、大人の世界への移行がうまくいかない。そのまま、彼や彼女たちは2020年の社会を背負い、さらに次の世代の子どもたちと向き合う。
神戸のように子どもの凶悪事件も目につく。だが、こうした事件を下支えしているのは万引きのような軽微な犯罪の多発だ。非行少年と普通の少年の区別がなくなり、非行予備軍が増大する中で、頂点に抑圧のはけ口として爆発型の凶悪事件がある。

何が欠けているのか。「解」を見つけるのは容易ではない。少年期を感性豊かに描いた「泣けない魚たち」で坪田譲治文学賞を受賞しだ阿部夏丸氏は「子どもたちの一番の不幸は生命と触れ合う機会が少ないこと」とみる。阿部氏は小さいころ、矢作川(愛知)の土手に咲いていた百合を何百と摘んでしかられたことがある。二度としませんと泣いて謝ったが、驚いたことに翌年には土手いっばいにもっとたくさんの百合が咲いていたという。
「現代の子どもは孤独になることを極端に恐れ、自己と向き合わない。いかに生きるかを考えない。生きるとは死を知ることなのだが………」と田代俊孝同朋大教授。真宗大谷派の行順寺住職で「死そして生を考える会」の代表でもある。大家族の崩壊で、身近に死を感じる機会が少ないことを残念がる。
田代教授のところに不登校の高二の男の子が「歎異抄」を読みに通ったことがある。「歎異抄」が彼にどこまで理解できたかは分からない。しかし、寺に集まる年齢も職業も様々な人たちとの付き合いの中で、自分と向き合うことを学び、立ち直ったという。子どもたちがしたたかな復元力で、21世紀に向け、時代のメツセージを育もうとしているのも確かだ。加藤智見東京工芸大教授は、教え子のある大学生のレポートを読んで衝撃を受けた。「三十年前、僕らの親の世代が若いころは政治や社会について熱く語り、学生活動にのめり込んだ。しかし、今の学生はボランティアにしろ、遊びにしろ、昔の学生より〃澄んだ心”をその源としている。僕らは熱くなく、涼しげで、さわやかであることが好きだ」。その時、加藤教授は無口で心を閉ざした彼らの本音にわずかだが触れたような気がした。
大阪家裁では非行少年と親の合宿がある。一緒にシイタケの菌打ち作業をし、ハイキングをする。親と子の心がどんどん近付いて行くのが手に取るように分かる。子どもたちはただ漂っているわけではない。未来に向かって人とのかかわりを求め続けでいる。

(「2020年」取材斑)=毎週月曜日に掲載 1997/10/20/月


非行歴ない少年の「いきなり型」増加

子どもの非行の歴史を分析すると時々の世相を見事に映している。警察庁によると、戦後からこれまでに、非行には3つのヤマがある。第一のピークは戦争直後の1950年、物不足から「貧困の底に非行あり」といわれた。国内の安定化とともに非行の数は減少したものの、東京オリンピックの64年には第二のピークを迎える。高度成長下における人間疎外から睡眠薬遊びや暴力非行が増えた。
第三のヤマは石油ショックから83年にいたるもので、女子中高生の売春やシンナーが社会問題化した。しかし、平成に入るころから非行は急激に減り始める。子どもの数そのものが、88年を境に減少に転じたことも影響していると見られる。ただ、人口比で見ると、非行率ほ92年から4年連続で上昇しでいる。これは戦後の3つのピークと同じ傾向であり、「戦後第四のピークが始まる可能性がある」(警察庁の渡辺康弘少年課理事官)。
最近、高校生の強盗など暴力非行が急増しているが、非行歴のない普通の少年の「いきなり」型の重大非行が目立つほか、共犯率が上がっているのが特徴。2020年には、少年犯罪の凶悪化、集団化に拍車がかかる可能性がある。

4


3.jpg


テレビゲームを加えると、子どもたちの家での生活の大半はテレビ画面に向き合っている----。千葉市立新宿小学校の広森滋教諭は、6年生の子どもたちに調査票を渡し、家での一週間の生活を書き込んでもらった。「テレビの視聴時間は平日で3時間11分」という結果になった。
新宿小学校では、昨年から授業でのパソコン利用を始めた。子どもたちの吸収は早く、高学年になるとデジタルカメラの映像や作画ソフトを駆使して教師が驚くような作品を作る。しかし、広森さんにぱ不安が広がっている。「今でさえテレビ漬けの生活の中に、これほど便利なパソコンまで入り込んできて大丈夫なのだろうか」
杉並区の小学6年生、高能稚奈ちゃんは、帰宅するとまずパソコンのスイッチを入れる。一日に届く電子メールは約30件。小学生から社会人まで100人とメールの交換を楽しんでいる。品川区の社会人「エミリ ーさん」はインターネツトの使い方やパソコンの操作方法などを教えてくれる。岩手県の「フーディン君」は中学1年の男の子でゲームの話で盛り上がる。「遠くの人、いろいろな人と話ができるのがとにかく面白い」と稚奈ちゃん。
父親の高能彰さんは「最初は私がパソコンを教えたが、今ではメール友達が稚奈の先生。私の出番はなくなった」と苦笑いする。
インターネツトを使って新しい学びの場を作ろうという試みも始まっている。「名前が出ずプライバシーが守られ、先入観なく意見の交換ができる」。不登校の子供たちの居場所を作ってきたフリースクール「東京シューレ」(奥地圭子代表)は子どもたちのこんな声にこたえ、サイバー社会基盤研究推進センターの支援を受けて9月からネット上に出合いの場を開設した。
不登校への情報提供や相談を受ける[不登校の広場」、参加者が意見を交わす「出会い・交流の広場」。「学校という場に集まらなくてもいいインターネツトは、学び方の常識を変えるかもしれない」と奥地さんは期待する。

急速な電子技術の発展ともにテレビゲーム、インターネットと、子どもたちの周囲にバーチャル(仮想現実)な世界が広がる。流れは2020年に向かいさらに加速するだろう。だが、その影響は一様ではない。
パソコンを十年以上も前から導入している川崎市の私立川崎ふたば幼稚園の園長、小川哲也さんは最近2人の子どもに出会った。友達ができず孤立していた2人。2人とも一人遊びができるコンピュータが大好き。だが、遊び方も本人への影響も大きく違った。一人は、ちょっとでもつまずくとすぐにリセットしてしまう。他の人がやっていると「僕それ知ってるよ」 とすぐに割り込んできて、ますます孤立してしまい、さらにパソコンにのめり込んでしまった。もう一人は、パソコンで失敗しても、何度も跳戦して最後に成功するとい経険を学んだ。友違にも「パソコンうまいね」とほめられ、自信を取り戻した。今ではすっかり友達の輪に溶け込んでいる。
明治学院大学の富田加久子教授は「現実と虚構の世界をしっかり分けて認識できるかが、両者の境目になる」という。テレビゲームやパソコンなど双方向性のメディアが、これまで以上に人間に与える大きな影響は、状況を自分でコントロールできるという感覚の増大だ。これは、人間に快感と自信をもたらす。
しかし一方で、この感覚が強ずぎると、実際は思い通りにはならない現実から逃避したり無気力になってしまう。「バーチャルな経験が増せぱ増すほど、子どもたちには豊かな現実体験がより一層重要になってくる」と宮田教授は言う。

一大ブームを巻き起こしたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」。これまでのアニメにはなかった深い人間関係の葛藤や心の動きまで描き込んだのが子どもたちと若者の心をとらえた。それにもかかわらず、作品をプロデュースしたキングレコードの大月俊倫エグゼクティブ・プロデューサーはブームに批判的だ。
「エヴァンゲリオンには狭いアニメの世界に安住せず、もっと広い世界に目覚め、自分で考えてほしいというメッセージを込めた。でも、実際のフアンの9割は逆に思考停止状態でブームにのっかっている」と手厳しい。
横浜市立大学の中西新太郎助教授は、1980年代以前と現在の子供のメディア環境の大きな違いは「量が圧倒的に多くなり、影響力も格段に増したことだ」という。そして「子どもにとって学校や家庭などの実生活よりも、バーチャル体験の方が主役となる、逆転現象が起きている」
任天堂のテレビゲーム「ポケットモンスター」は、昨年2月の発売以来、620万本が売れた。ゲームの中の町や自然を探索し、隠れている151種類のモンスターを探して遊ぶ。わくわくして探検する。虫を捕まえる。ペットを育てる。大切に集めた宝物を友達と交換する----。「画面というだけで、昔からの子どもの遊びの要素をすべて含んでいる」とプロデューサーの石原恒和クリーチャース社長は言う。
バーチャルの中で子どもたちの成長に必要な体験がすべて得られるのならば、それで十分なのかもしれない。しかし、そうでないとしたら……、答えは、子どもたちが大人になる2020年に出る。
(「2020年」取材班) 毎週月曜日に掲載 1997/10/27/月

※ 資料
総務庁が青少年とその親を対象に実施した「情報化社会と青少年に関する調査」によると、調査対象の12〜17歳の子供たちの生活の中にテレビゲームやパソコンなどのバーチャル体験が深く浸透している。テレビゲームが家にある子供は78.0%。パソコンも25.5%の家庭で所持している。テレビゲームやパソコンソフトでゲームをして遊んでいる子供は66.0%。男女差が大きく、 男子では8割以上の子供が「遊んでいる」と答えたのに対し、女子では約5劃が「金くしない」と答えた。男子の場合、ほほ毎日遊んでいる子供が19.6%、週に3、4回の子供も25.0%いる。
ゲームで遊ぷ理由は、「ゲームをすることそのもの飯楽しい」(47.4%)がトッブ。以下、「相手がいなくても一人で遊べるから」(33.9%)、「いろいろな遊ぴ方ができるから」(32.8%)、「ゲームに熱中できるから」(29.3%)と続いた。
画面の中で他人を気にせず思い切り羽を伸ばせる点が子供たちの心をとらえているようだ。


5


東京の国立小児病院には、腹痛や摂食障害に陥った子どもたちが、親に手を引かれてカウンセリングにやって来る。「子どもの大半はコミュニケーション障害。相手には目分の表面だけを見せようとするから、淺い部分でしか付き合おうとしない。自分について語る言葉を持たず、『私』について考えるチャンスが無いまま育ってしまった」。崎尾英子・心療内科精神科医長の感想である。
人は他人と付き合うことで、相手を鏡にして自分を見ている。だが、今の子どもには、周囲の人と交わる機会が乏しい。友人の中に、自分の知らなかった内面が映し出されると、戸惑ってしまう。崎尾医長は「自分について考える機会を奪ってしまっているのは、実は親であることが多い」と分析する。
育児雑誌や早期教育、「お受験」などの情報に振り回され、地域とも隔絶し、孤立した環境の中で親たちは子育てを強いられる。時には思わず暴力を振るう母親もいる。「たたいているときは頭の中が真っ白に、気が付くと、あざだらけで横たわる子どもを見下ろしているんです」。社会福祉法人子どもの虐待防止センター(東京・世田谷)にはこんな母親たちからの電話がひっきりなしに鳴る。
「子どもがミルクを飲まなくてイライラして殴ってしまった」「内気で友達ができないのではないかと思うと、不安で」と、だれもがほぼ一時間、電話の向こうで訴える。「彼女たちは、わが子に何か問題があると、それをそのまま自分の問題と受け止めてしまう」と野村一枝専任相談員。そこには、一歩離れて子どもを見守るという余裕は見当たらない。
2020年、日本社会の核になる世代は、今の子どもたちだ。しかし、親たちは子育ての中で彼らに伝えるべき何かを見つけられず、立ちすくむ。

「神戸の少年は、自分のことを『透明な存在』だと言った。でも、彼は地域や学校における〃大人の透明さ”にも、気づいていたんじゃないですかね」とは、和歌山大学教育学部の山本健慈教授(社会教育)だ。地域社会そして大人が、今何ができるのか。
身近な方法はPTAだ。しかし、母親任せで現状は多くの問題点を抱えている。今年8月に出版された「PTAの掟」は、専業主婦を都合のいいときだけ利用しようとする働く母親たち、分譲住宅派による都営住宅派への差別、若い母親と年配の母親の対立、内気な母親が学年のPTA委員長に祭り上げられ「登校拒否」になってしまうなど笑えない話を紹介している。
著者の一人、フリーライターの川畑英里花さんは「まさか、ここまでひどいとは思っでませんでした。PTAはあくまで子どものために、学校を補助し、かつ学校を監視するオンブズマンでもあることを忘れている」と訴える。
米国・コネチカツト州グリニッジ町にあるセントラル中学校。ここでは、生徒の親たちが朝から学校の事務所でボランティアとして働いている。彼らは事務所の電話の前に座り、欠席者からの電話を受けたり、図書館の本の整理をする。近くのジュリアンカーティス小学校では、親たちは、授業で辞書のめくり方を児童のそばについて教えたり、図画工作の時間も絵の具の使い方を手伝ったりする。コンピューター室にも何人かの親の姿がある。学校教育は先生任せではない。学校そのものが地域に溶け込んでおり、親は学校に足を運んで、より学校を知り、学校は親を知ることで、生徒たちを理解しようとする。母親任せ、学校任せで父親不在の日本とは大きく違う。
しかし、日本の父親たちも動き出した。十月中旬のある土曜日、朝九時。文京区立後楽幼稚園(東京)に、眠そうな目をこすりつつ、園児の父親たちが三々五々集まってきた。この日は月に一度の「お父さんと遊ぼうデー」。園児の約半数、二十人前後の父親が集まった。外で子供たちと一輪車に乗ったり、取っ組み合う。教室内でアクセサリー作りに一緒に精を出す。そして勤め先で修得したパソコンを持ち込んで教えるなど、子どもたちと現実の社会との橋渡しを試みる父親もいる。
「幼稚園の父親参観日はよくある。でもこれからの父親は”参観”から〃参加〃、さらに”参画”へがキーワードですよ」と、同幼権園の酒井幸子園長。
PTA再生の動きもある。「いじめを見かけたら、知らんぷりしちゃう」と生徒が言えば、教師は「それを先生に伝えることは、君たちの言うところの〃チクリ〃にはならない。大人に伝える手立てを考えてほしい」と呼びかける----。九月二十日、神奈川県城山町立相模丘中学校(生徒数五百八十二人)で行われた「PTSふれあいトーク」での一コマだ。
「いじめ」「小遣い」「部活動」など、学校が難色を示しそうな五つのテーマについてP(親)T(先生)S(生徒)が二時間半にわたって意見を交わした。企画・運営をしたのは、同校PTAだ。「PTAは本来、何のための組織なのか。どの学校も『S』が抜けちゃうんだよね」と、田尻欽則PTA会長は言う。「子どもの心に耳を傾ける」。そんな当たり前の作業が、ようやく始まろうとしている。

1997/11/3/月 掲載記事


4.jpg


※ 参考
〃子どもの心、親知らず。----。文部省がまとめた「児童生徒のいじめ等に関ずるアンケート調査」(全国94校、小学4年〜高校3年・9420人の生徒、その保護者らを対象)では、そんな結果が浮き彫りになつた。「自分は今の学年でいじめられた」と答えた小学生の保護者のうち、「いじめられた」ことを知っているのは37%で、「いじめられていないようだ」「わからない」と答えたのは計59.8%に上る。子どもの年齢が上がるにつれいじめに対する親の認識度が低下。中学校の親は33.9%、高校生では一17.7%にとどまり、むしろ「いじめられていない」と信じている親の割合は増加する一方。いじめたことのある子どもの親では「しつけに自信が持てない」「子どもが勉強しない」と答えた割合が、全体と比べて高い。とりわけ、中・高校の「いじめっ子」の親は「子どもの考えていることが分からない」「配偶者が協力的ではない」と答えるなど子育てへの不安をのぞかせる。
同調査を受け、文部省は家庭や地域社会と学校との連携を呼びかけている。


6


5.jpg


「メール友達、ベル友達募集」----。都内の私立女子中学三年生の洋子さん(仮名、15)はインターネットにこれまでに三回、こんな広告を出した。クラスメートとの関係に疲れ、新しい友達が欲しいと思った。
洋子さんの学校は小学校から高校までエスカレーター式に上がれる。小学校低学年のころは、だれとでも遊んでいたが、高学年になって友達は三−五人の小グループに分かれた。今は、グループが固定し、他のグループの子とつき合うことはほとんどない。
「あなたのグループに入れて欲しい」。一度、ある子からこう頼まれたことがある。「入れてあげようよ」。グループのみんなに話したら、一人が「絶対イヤ」だといったので、仕方なく断わった。「こんな時、どうしたらいいの」と母親に相談したら、「みんなに合わせないとあなたまで仲間外れにされてしまうわよ」と言われた。
「友達募集」の広告を出したおかげで、何人かのベル友が出来た。「オハヨー」「ゲンキ」。簡単なメツセージを交換するだけだが、学校の友達と違って「無理に合わせなくてもいいのでほっとする」と言う。
東京都児童相談センターに寄せられる子供からの電話相談は年間約千件。圧倒的に友人関係に関するものが多く、約四百件にのぼる。「お弁当を一緒に食べる友達がいない」「グループからはみ出た」「親友がほかの子と仲良くなってしまった」----。
「一人になってしまうこ」とが怖い。でも自分から働きかけて友達の輪に入っていくことができない。子どものジレンマが電話の向こうに透けて見える」。同センターの兼本貴司相談担当係長は言う。
国立精神・神経センター精神保健研究所の吉川武彦所長は「今の子どもは自分らしさ(自我)が育っていないから、他者ともうまくつきあえない」と言う。乳幼児期の自我の成長に不可欠なのは、欲求とそれを押さえる規範の適度なせめぎ合いだ。何でも子どもの思い通りになるのも、逆に親がすべてを決めてしまうのもよくない。異なる年齢の子供たちとの接触も自我の形成には欠かせない。
しかし、「少子化や都市化で子どもが異なる年齢の子と交わる機会が少なくなった。母親も豊かさにかまけ何でも与えてしまうか、逆に必要以上に縛り付ける」と吉川氏は分析する。
東洋大学の中里至正教授は、二十年以上前から継続的に小学生を対象とした思いやり意識を調べている。簡単なゲームに勝つと、子どもたちはチップをもらえる。そして「余分なチップを負けた人のために寄付してください」と頼む。
70年代は、約80%の子供がチップを寄付していた。それが、90年前後には40ー50%になった。
中里教授は、93年から94年にかけて日本、中国、韓国、トルコ、米国の五カ国の中・高校生を対象に思いやり意識の国際調査も実施した。
「学校に行く道で前を行く人が急に倒れた」「登山の途中、残り少ない水を分けて欲しいと頼まれた」などの場面を想定し、どんな行動をとるかを答えてもらう。五段階評価にすると、一番のトルコは〃5〃に近く、日本は〃2〃。
「日本が豊かになった80年代以降に子供たちは他者への思いやりを急速に失った。他人に頼ることか必要なくなり、モラルを失っていった社会の縮図でもある」と中里教授は話す。
希薄な人間関係を何とか”数”で穴埋めしようと、子どもたちは〃友達作り〃に精を出す。
都立高校一年生の久美さん(仮名、16)の手帳には男は青、女は赤のペンでびっしりと連絡先の電話番号が書かれている。「二百人以上はいる。いろんな世界の人と知り合うのがとにかく楽しい」。友人(16)も「渋谷の街を歩けば、必ず知っている子がいて声をかけてくる」。手帳のプリクラは三千枚を数える。「何でも話せる親友は3、4人いる」。二人は口をそろえるが、彼女たちにとっての”親友”の意味は軽い。現に二人はこの夏までは「親友だった」。しかし、今はただの遊び友達だ。何度かけんかして「親友はやめた」。

日本青少年研究所の千石保所長は咋年末同研究所などが主催する「全国高校生の主張」大会の客席で、隣に座った男子高校生がポロポロと泣きながら、「何で涙が止まらないんだろう」とっぶやくのを聞いた。
大会は、全国予選を勝ち抜いた高校生代表が本音の意見を発表する催しで、今年で二十回目を迎える。企画、募集、選考、運営などをすべて高校生だけで担う。発表者も応募者も毎年増え、昨年は実に約5千人の高校生スタッフがボランティアで参加した。
「自分の殻を破りたい」「本音で語り合う友人が欲しい」というのが大半の応募の動機だ。「たとえポケベルや携帯電話で百人、二百人集めても本当の友達はできない。多くの高校生はそれがわかっている」と千石氏は話す。
ルソーはエミールで、「子どもを不幸にする確実な方法はいつでも何でも手に入れられるようにしてやることだ」と書いた。豊かさのなかで、友達の数に救いを求める〃さびしい子ども”たちが2020年に向かって増えている。


※参考資料
日本青少年研究所は昨年末、日本・米国・中国三カ国の高校生約三千人を対象に、ポケットベルや携帯電話など情報機器の利用実態と、友人関係などに関する意識調査を行った。 ポケベルを持っている高校生は、日本が29.8%とトップ。女子に限ると、42.5%にのぼる。米国は19.1%、中国は3.8%で男女差は小さい。携帯電話・PHSは、米国が10.7%で日本(6.2%)を上回った。ポケベルなど通信機器の利用頻度を比較すると、一日5回以上使っている人が日本は23.4%で、米国(11.5%)の倍以上だった。
親しい友人とのつきあい方について聞いたところ、日米で大きな差があったのは「テストの結果をよく見せ合う」が米国67.0%に対し日本は35.7%。「父と母がけんかしたことを話す」が米国25.8%、日本は4.1%。プライベートな事は、親しい友人でもあまり話さない日本の特徴が見でとれる。「親友でも互いに干渉しないようにつき合うべきだ」との答えも、米国37.9%、日本51.7%だつた。


「子どもが消える?」はおわり。
この項は原田勝広、金子豊、安部修一、黒阪幸伸、岩城聡、杉崎仁美が担当した。

1997/11/10/月 掲載記事