教育関係資料目次へ

総合Menuに戻る

キレない食事


1998/11/10/火


中学生による暴力・殺傷事件が続発し、子供たちが心のブレーキを失う原因として、乱れた食事の影響を危ぶむ声が高まっている。これまで見過ごされていた学説が急に注目され、文部省も子供の心の健康のために学校教育で食の指導を充実させるよう動き始めた。「キレない食事」をめぐる論議を追った。

講演で引っ張りだこ

広島県の福山市立女子短大の鈴木雅子教授にあてて、子供の食生活への助言を求め、研究内容を問い合わせる電話や手紙が、今年の春ごろから日を追うごとに目立ち始めた。「朝食の欠食や栄養バランスの悪い『現代型の栄養失調』が子供たちをいらつかせている」という鈴木教授の研究が、「突然にキレる」中学生の暴力事件が続いたことで急に脚光を浴びることとなったのだ。
鈴木教授が福山市と尾道市の中学生約千二百人を対象に心と食事の関連を調査し始めたのは一九八四年。この年、朝食の有無、野菜類のバランス、インスタント・加工食品の摂取習慣などで食生活を五段階に分類したところ、@「すぐかっとなる」子供は、最も食事のバランスの良いグルーブの男子では二五%なのに、最も乱れた食事のグルーブでは八八% A友達をいじめている男子は前者のグループではゼロだが後者では四〇%----などとする結果が出た。しかしこの当時、学会で発表したが反響はほとんどなかったという。
「子供のキレる、むかつくは、低血糖症の典型的症状」と唱える岩手大学の大沢博名誉教授は、学校の栄養士や養護教諭向けの講演に引っ張りだこ。全国を回る日々だ。スナック菓子や清涼飲料水ぱかり口にしていると、吸収が早い糖類を多く含んでいるため血糖値が急上昇、これを下げようとインシュリンが体内で分泌され、逆に低血糖になる。するとまた糖分を求めて清涼飲料水を、となり悪循環に陥る仕組みがあるという。
同名誉教授は「世帯当たりの年間に米を買う金額と菓子を買う金額は八七年に逆転、いまや前者が四万七千円で後者は八万円と差は広がるばかり」と話す。

文部省も腰を上げる

心の健康と食事の影響の研究が注目されるに従い、文部省も腰を上げた。同省の小学六年生と中高三年生の一万人調査によると、「日常的にイライラ、むしゃくしゃすることがよくある」のは約二割。「時々ある」を加えると約八割がストレスを抱えた状態であることが分かった、これをふまえた九八年度版教育白書で。は、カルシウム不足や朝食の欠食が背景となって子供の心の健康問題が深刻化していると強調している。このため、今年六月には各都道府県教委に向けて食に関する指導を充実するよう異例の通知を出した。学校の教育現場も、楽しい給食や子供たちに食事に興味を持たせる工夫が急務と取り組みを始めている。
「給食で初めてカリフラワーを見て食べられないという子供など、偏食の多さは深刻。『おなか減らないの?』と聞くと、返ってくるのは『家でおやつ食べるからいい』。食に対ずるどんよくさがないのが今の子供の特徴」と話すのは東京・世田谷区立旭小学校の養護教諭、中井レイコさん。赤、黄、緑と色分けして必要な栄養素を学ぶ紙芝居の授業をし、今は偏食とダイエツトの危険性をビデオドラマにして校内で流す準備を進めている。

パランスの思さ進む

もちろん、学校給食だけでは、子供たちの食生活が変わるわけではない。一家そろっての朝食がない家庭は一七%。夕食でも週四回以上一緒というだんらん家庭はぐっと少なくなる----。全国で料理教室を展開するベターホーム協会(東京・渋谷)が中学生の子を持つ母親会員らに調査したところこんな結果が出た。母親の63%が犯罪多発の原因に食の乱れがあると答え、コミュニケーションの欠如が最も重要だと指摘している。
このため同協会は「だんらんを作り出す料理本」の出版を企画中だ。なべ物や焼き肉、ホットプレートで焼くパエリアやパンなど、準備が簡単で父親・子供も参加しやすい食卓で作る料理を集める。
鈴木雅子教授によると、食生活が最も良いグループに分類される子供の比率自体、80年代には20〜30%だったのが、昨年の調査では2−5%と、食のスナック化、バランス悪化は急激に進んでいる。
同教授は「今やだんらん食事の基盤は崩れ、好きなものを思い思いに食べる〃ホテル家族〃とでもいう状況。時間がかかるようだが、米国やラランスなどが取り組んでいるように、学校や家で、何をどう食べればいいのかという『食育』を始めるのが最短の道。キレない食事を考える風潮は急激に盛り上がった感もあるが、単なるブームで終わらせてはいけない」と話している。
一方、学校カウンセリングが専門の菅野純早稲田大学教授は「キレない食事」熱にややクールな見方をする。「親や学校が、即効薬を求めて焦っている気がする。バランスの悪い食事など栄養学的な問題もあるかもしれないが、乱れる食の背後にある家族の人間関係、例えば子供へのしつけ放棄や放任、夫婦の不仲といった現象をクローズアップしないと、食の改善だけで何でも解決する、といった理解を生む恐れもある」と語る。この問題の奥は深いようだ。