ココロジー981228
「地方にある主人の実家に行ったとき、五歳の長男が木が風で揺れるのを見て泣いてしまい、屋根を打つ雨の音で眠れなかった。家に戻ってからは、大きな木をこわがるようになった」。最近来診した母親の話だ。子供はこれまで変わったことはなく、物分かりのいい子だという。話をよく聞くと、子供の置かれた生活環境が原因らしい。
その家族は、市街地のマンションの十六階に住んでいる。幼稚園もすぐそぱのビルの中にあり、子供にとっては生活のほとんどは戸外と遮断されている。しかも部屋が高い場所にあるので、強い風が吹いても、目の前で大きな木がゆれるというような経験はない。雨が降っても窓がぬれるだけで、音の出ないテレビ画像を見ているようなもの。大げさに言えば、生まれて初めて自然というものを実感して、まるで青天のへきれきのように体が受け止めてしまったのだろう。
風、雨、暑さ、寒さなどは、本来なら〔常生活でいくらでも体験する。赤ちゃんのころからのこうした積み重ねが、からだを環境に適応させるぱかりでなく、人間という生物が、自然の中で生きていくときの知恵を身につけていく。
人のからだや心が複雑であると同時に、自然は一時もとどまることなく、様々な情景で私たちに迫ってくる。たとえ道端に咲く小さな花でも、私たちに四季を感じさせ、美しさは情緒を和らげてくれる。普段意識しなくても、人は自然の中で心が育っている。
家のなかの、身の回りのほとんどは作られた物。テレビ画面も実体験とは程遼い存在である。テレビゲーム機の操作が上手であっても、それは人造のキャラクターの動きに過ぎない。文字や数字が書けても、それは「できる」ということだけであって、単なる記号としてインプットされているに過ぎない。
降る音を聞いたこともない「雨」を、本で知っただけでは、ただそれだけのこと。雨粒に触れて冷たさを感じたり、水しぷきに目を見張って「お空が泣いている」と感じたとき、心は広がっていく。
幼児期、計算された生活環境の中で、理屈で育てられれぱ限界がある。自然という無眼の組み合わせの中では、いつも不思議を感じさせ、「どうして」「なぜ」ということで、向学心が芽生えていく。
近ごろテレビの天気予報がもてはやされていて、地球規模の画像を目の前で説明してくれている。このような動きを見ていると、子供が家の中で、自然を征服しているように感じとってしまわないだろうか、と心配になる。「あした天気になあれ」と、テルテル坊主に願いをかけたころのように、幼児の心は、真っ白な大きなキャンバスの上に十分に広げておきたい。
(聖徳大学教授 巻野 悟郎)
おなかが大きい臨月間近の妊婦さんの集まりのとき、「いま、おなかの中の赤ちゃんを育てているという感じですか、それとも育っているという感じですか」と質問したら、ほとんどの人が「育っている」と答えた。「育つ」は自動詞で「成長する、大きくなる」という意味だから、おなかの赤ちゃんには、直接手をかけていないけれど、育っていっているということである。
妊婦は栄養をとったり、運動に注意したり、睡眠をとったりということで、絶えず赤ちゃんが育ちやすい環境をつくっている。ところが、赤ちゃんが生まれて一、ニカ月たったときに、お母さんに同じ質問をしたら、今度は「育てている」であった。「育てる」は他動詞であり「成長させる、大きくなるようにする」(広辞苑)というのだから、お母さんが一生懸命手をかけて、育でなければという様子が口に浮かんでくる。同じ赤ちゃんを、おなかの中で見えないときは、育つ胎児を守っているけれど、目の前にすると育てるという気持ちが強くなり、そのあたりから育児不安がつきまとってくる。
そして育児や子育てという言葉を何となく、目や耳にするにつけて、「育つ」から「育てる」の意識が強くなっていく。その結果、どういう人に育てるか、それにはどうしたらよいかが、日常の育児につきまとってくる。更に、将来一流の学校に入れるために、今から他に負けないようにという教育のレールにのせかねない。
外国での子育てという言葉には、日本でいうような育てるという意味ではなくて、例えばケアーというように、「そぱにいて注意する、見守る」というような意味合いのものが多い。すなわち、子供は育っていくという意味でとらえた、ゆとりのある育児である。
日本では育てようとするから、成長発達していく子供に、特定のことを教えこんだりしかねない。その結果、本来持っている発達がゆがめられて、自立し始めるころに、子供らしさが見られなくなってしまう。友達と遊べない、言葉がおかしい、乱暴するなど、集団とのかかわりがおかしくなったりする。それには、子供本来の発達の順序を経過していかなければならない。毎日の遊びを通しての生活体験を、富士山のすそ野のようにだんだんと積み重ねていくのである。
車ならすぐに五合目まで登ることができるし、ヘリコプターなら、頂上まで容易に到達するが、子供の発達はそのようなわけにはいかない。時間をかけて力をたくわえて、その合目に合った体験をしながら、登りつめていきたい。
「育っていく子供」を見守っていく、楽しい育児に転換したいと思う。
(聖徳大学教授 巷野 悟郎)
1999年(平成11年)1月4日(月曜日)
ココロジー990111
1999年(平成11年)1月11日(月曜日)
出産後退院した母親の元には、子育てに関するおびただしい量の、ダイレクトメールが送られてくる。ことに初産のときは毎日が心配な育児だから、身近に椙淡する人がいないと、いやでもそれらの印刷物が目につく。書かれているのは「今すぐに始めないと取り返しのつかないことになる」「ほかのお母さんもみんな始めている」といった内容だから、心が揺れ動く。
赤ちゃんというものを知らないままに、ある日母親になる今のお母さん方は、競争社会、学歴社会の中で育っているから、人より早く教育を始めるということには、すぐ納得してしまいがちである。妊娠中やお産で入院している間でも、新しいお友達が出来ているに違いないが、早くからの教育の是非についてはあまり話題にならないらしい。
早期教育についてはマタニティー雑誌や、育児雑誌でも、記事としては特別な場合以外あまり書いていないが、広告としては目につく。赤ちゃんが生まれたら、と満を持していたところにダイレクトメールによる情報がどっと入ってくる。周囲のほかのお母さん方はいわば競争相手だから、相談はできない。しかし皆がやらないうちに、うちの子だけ先手を打って、ということで高額を支払って、00教室や△△通信、□□教育玩臭(がんぐ)に、こっそりと申し込む。特に孤独な子育てでは、何かをしていないと不安という気持ちが強まる。そんな状況の中で、次第に本来の子育てから遊離して、早期教育の路線に乗ってしまうことが多い。
話は変わって、発達や情緒の面で問魑のある子供たちの診察では、妊娠中から出席、その後の育児についての状況や、お母さんの考え方をくわしく問診する。その納果、現在の子供の心身の問題点の源に、かなり早いころからの無理な「教育」が関係しているのではないかという例に遭遇する。
ジャネーの法則というのがあって、時間の感じ方は年齢に逆比例して、戸供は長く感じるという。この考え方からすると、三十歳のパパ、ママが感じる一日は、赤ちゃんにとっては無限の長さといってよい。この無限の時間と空間の世界で、赤ちゃんは未知と遭遇しながら、いろいろなことを学んでいる。そのようなときに、限られた教育でまとめようとすると、それ以外のもっと大切なものを、失うことになる。
その結果は、やがて自我が芽生える三-四歳のごろになって、現実のものとして理れてくるであろう。残念なことに、子育てはこうすればこうなるということを、客観的に証明することはむずかしい。しかし現在のような、いわゆる早期教育を取り入れると、それこそ将来「取り返しがつかない」ことにならないだろうか心配である。
(聖徳大学教授 春野 悟郎)
ココロジー990125
榎本クリニック
榎本 稔
長男(28)の家庭内暴力に耐えかねた父親(54)が相談にきた。長男は大卒後会社勤めをしたものの、仕事がうまくいかず、上司や同僚との人間関係のトラブルもあって退職、そのまま四年間も家にいる。「上司はバカだ」「親や社会が悪い」などと当たり散らし、テレビや家具を壊し家族に乱暴するのだった。思い余った両親は近くの相談所を訪ねたが「いつかきっとわかる時がくるから、耐え忍んでください」と言われるだけだった。
しかし、暴力はいっこうに収まらず、父親は母親と娘を別居させ、はれ物に触るような気持ちで、息子のご機嫌をとりながら、毎日のように暴力を受けている。三十年帥に起きた開成高校事件以降、三年前の金属バット事件のような家庭内暴力は今も続いている。
現代は「アメ(母性原理)」の時代である。何事も豊富に与えられ、家族や周囲の入たちに温かく受容され、安心して生活できることが最高の幸せであろう。しかしルソーは『エミール(教育について)』で「子供を不幸にするいちぱん確実な方法はなにか。それはいつでも何でも手に入れられるようにしてやることだ」と述べている。
少子化の中で、一方的に愛情を独占し、アメばかり与えられている子供に自立心が育たないのは当然である。その依存(甘え)が受け入れられないと、相手を攻撃する。「依存と攻撃」という両価的情動を示す。かえって愛情飢餓感に陥り、愛を惜しみなく奪い、他罰的となり、決して自己反省しないのである。
昔は「ムチ(父性原理)」の時代だった。課題達成のため、常に尻(しり)をたたかれ、刻苦勉励することが推奨されていたのである。今はムチは無くなってしまった。父権の喪失である。社会のルールを守り、困難に立ち向かって刻苦勉励するなど、とんでもないことになってしまった。今の若者は飽食して、生きる目標(モデル、自己原理)そのものを見失ってしまったようだ。何を求め、どう行動したらいいのかわからず、自分探しの旅に出かけている若者をよく見かける。何かの「モデル」を見いだすと、人間はどんな困難にも耐え忍んでまい進するものだ。自己実現に向かって旅立っていく時、人間は光り輝くのである。
人間の成長・発達にはアメとムチとモデルがバランスよく作用していくことが必要であるが、今の若者にはムチとモデルが欠如しているように思える。
古今東西、父親と息子との葛藤・争いは続いている。父親には以上のことを話して、毅然(きぜん)たる態度で、息子と対時(たいじ)するよう勧めた。現在、父親は奮闘中である。
1999/1/25/月
ココロジー990118
東京・青山にある「こどもの城」は国立の総合児童センターで、音楽や体育、遊び、視聴覚など子供に関係するいろいろな部門がある。そこの小児保健クリニックでは、今日的な問題を抱えた子供たちの相談を受け持っている。
これまで取り上げた話題にはそこでの臨床例が多いが、それは都会地でも農山村でも離島でも、保母さんや保健婦さんが日常的に経験していることである。ココロジーということで小学生や中学生に起こっている、いろいろな問題を考えたとき、その遠因は心やからだの基礎が発達する乳幼児期にあると考えたい。生まれてから二、三歳までの子育てでは、母と子、親と子の触れ合いがいかに大切かということである。
もうひとつ強調したいのは、育っていく子供の立場から考えたとき、子供同土の触れ合いが大切であるということだ。ときには本能を丸出しで行動できる「子供同土の遊ぴ」が必要である。
こどもの城では、「赤ちゃんサロン」といって、生後三-四カ月ごろから歩き始めるころまでの母子の集まりをしている。毎回五十組から百組くらいが、満員電車の中のような状態で時を過ごす機会を持っている。およその月齢でグループ分けをして、赤ちゃん同上の遊びを見守る。
ふだんの母と子だけの生活だと、平穏無事な育児が多いから「何もこういうところで、知らない赤ちゃんと一緒になって余計なことをしなくても」と、初めは戸惑いの様子も見られるが、やがて同じぐらいの赤ちゃんを見ているうちに、全体の雰囲気に巻き込まれていくようである。三-四カ月の赤ちゃんでも、お亙いに顔を見合わせるように寝かせると、じっと見つめている。それは緊張や本能的な同属意識で、やがて相手に対して積極的な行動に出る。小さな手で相手に触ったり、髪の毛を引っ張ったりする。密林の中で、敵を警戒しながら、遊んでいる野生の動物にかえったよう。恐らく脳の中では活動電流が激しく飛び交っているに違いない。
一時間半の集まりだけれど、その間に昼寝をする赤ちゃんはほとんどいない。普段は昼寝の時間なのに、寝るところではない緊張感が、子供たちの間に走っていることを、ほとんどのお母さん方は感じとるようである。そして後日間いてみると、その日は昼寝をしないで早寝をして、朝までぐっすり寝たという。
現在活躍している大人たちと話をすると、「自分たちが小さいころはよく遊んだものだ」という言葉を聞くことが多い。子育て中の若いパパ、ママたちに、子供同土の遊びの大切さを、声を大きくして教えてほしいと思う。
(聖徳大学教授 春野 悟郎)=次回から榎本槍・榎本クリニック院長が執筆します。
ココロジー990208
二十年間も家に閉じこもって、一歩も外に出ない妓(A子、40)のことで、母親が相談にきた。家族以外の人とは顔を合わさず、話もしないという。昼夜逆転の生活を送り、夜中、二階の部屋で音楽を聴いたり、本を読んだり、キッチンで何か作って食べたりしている。ふろにあまり入らず、.蔀屋の中も片付いていないという。母親にあれこれ指示して欲しい物を買ってこさせるなど、まるで召使のように使っている。家を訪ねてドア越しに話をしたところ、どうやら精神病ではなさそうである。
A子は幼小児期からおとなしく、素直で良い子であった。小学生のころから人見知りをして、なかなか友達ができなかった。かぜをひきやすく出席率はよくなかったものの、成績は良く先生からもかわいがられた。中学生のころからは少し元気になり、欠席することもなくなったが、皆の仲間には入れず、一人で読書することが多くなった。高校生の時は集団生活になじめず、人間関係に敏感となった。不安感が強く、頭痛、めまい等を訴えたが、何とか卒業して大学に入った。
大学では大人数の講義には出席できなかったが、友人に誘われて文芸サークルに入った。文章を書くのは得意だったので、文集発行には協力した。二年の時、やさしくしてくれていた男の子から彼女の文集に対して、意外にも手厳しい批評をされショックを受け、それがきっかけで家に閉じこもるようになった。
最近、若者の閉じこもりに関する相談は多い。一、二年ならともかく、五年、十年に及ぶ例もある。男も女もである。人生の旅立ちにつまずいたり、傷ついたり、大人になるのを回避(成熟拒否)したりしているうちに、社会へ飛び立つ力を失ってしまい、社会的子宮(家族)の中に逃げこんでしまったのである。
子供返り(退行)した若者は小児的万能感をもって、親に依存する。家族も、飛翔(ひしょう)力を失った子供をそのまま仕方なく、やさしく受け入れている。家族もお互いが傷付くのを恐れるあまり、当たらず触らずの接し方をしていることが多い。
相談に来た家族には「かわいい子には旅をさせる、ということもある」などとアドバイスするが、子供に対する態度をなかなか変えようとはしない。やさしい家族の精神病理である。自分たちのやさしさが閉じこもりの原因になっていることに気付いていないのだ。こうしたケースの治療としては、同じような悩みを抱える人が集まる家族教室に出席してもらい、自らの悩みを打ち明ける(カタルシス)とともに、他の家族の話を聞かせる。こうして家族相互の学習をしていくうちに自分たちの「やさしさの病理」に気付いていくのである。A子の母親も一生懸命、勉強中である。
(榎本クリニック院長 模本 稔)
1999/2/8/月
ココロジー990215
東京・池袋駅前にある私のクリニックは夜遅くまで診療しており、若い女性の相談が多い。最近、リストカット(手首自傷)や摂食異常(拒食、過食や嘔吐Hおうと)の悩みを訴える人が目立つようになった。
B子(25)は頭重感、集中力困難、人間関係がうまくいかないなどの訴えで来所した。左手首内側にぱんそうこうを張っており、はがしてみると、横方向にかみそりの傷跡が十筋ほど見られた。職場の同僚やボーイフレンドと些細(ささい)なことでトラブルを起こし、ストレスがたまって、無意識のうちにリストカットしてしまうという。
手首を切るときは痛みも感じないが、赤い血を見てハッと我にかえり、ホッとした気分になり、自分が傷つけば何となく許されるような気がするという。その時の状況をたずねても「よく覚えていないしという。毎週来院するたびに、深い傷跡が今度は縦方向に一本、二本、三本と増えて、次は左手首外側、さらに右大腿(だいたい)部に。手首自傷症候群である。
B子は地方都市の旧家の一人娘として育ち、母親に厳しくしつけられた。父親は実直な銀行員でB子をかわいがった。B子は母との間でかっとうを感じ、大卒後上京した。コンピューター関係の会社にあこがれて就職した。しかし、雑用ばかりさせられ、次第に不満がたまっていった。そんなとき、何人かの男性が近づいてきた。その中の一人、社長の息子に心がひかれ、一年後には結婚を約束したが、相手の両親に反対され破談となった。退社したB子は人を信じられなくなり、自己嫌悪から死にたいと思ったが、家族や周囲の人に迷惑がかかると思って死ねなかった。リストカットをするようになったのはそのころ。その後は数人の男性と出会ったが、結婚する自信はなく、情緒不安定となりリストカットを頻回にくり返している。
国連国際婦人年(一九七五年)以降、女性の行動・心理は、二十余年の間に際立った変ぼうを遂げている。女性の高学歴化、社会進出、男女の共同参加が強調され女性を鼓舞している。しかし結婚をめぐる選択などをきっかけに、昔ながらの女性像に直面する。自立志向と伝統的な女性らしさという、矛盾する自己像のせめぎあいと、人間関係の緊張の高まりが様々な異常行動の背景にある。幼いころから育てられた「つつましさ」、理念としての「男女平等」、現実社会で経験する「惨めさ」に折り合いをつけるという、大変難しい人生の課題である。
六〇年代に米国でリストカットが大流行した。日本では七〇年代にも流行したが、今は死までには至らない、スリルを楽しむような嗜虐(しぎゃく)的な遊びと化して、若い女性に広がっているようである。
(榎本クリニック院長 榎本 稔)
ココロジー990222
C子(女医、28)は不眠、過食と嘔吐(おうと)、人間関係がうまくいかないという訴えで来所した。何回か話を聞くうちに、「買い物依存症」でもあることがわかった。ストレスがたまるとデパートに行き、高価な物を手当たり次第、一回に数万円から数十万円も買ってしまうのである。買った後は気分もすっきりして、晴れた気持ちになるという。買った物はとくに使うわけでもなく部屋にいっぱい置いてある。お金は自分の給料では足りないので、両親(ともに医者)から、出世払いするからと借りている。しかし、いくら買っても心は満たされないのである。
C子は二人兄妹の妹として生まれ、特に父にはかわいがられた。ストレ-トで一流大学の医学部に入学した。知的できまじめ、好奇心おう盛であるが、少女的.で涙もろい面がある。学生時代に親の反対を押し切って、二年先輩と同せいし結婚した。二人とも医者になったが、研修と勉強に忙しくスレ違いの生活が続いた。C子の不満はつのり、情緒不安定となった。
そんな時、同級生のD男にグチをこぼしていくうちに、やさしく話を闇いてくれる彼にひかれていった。自己愛的人間関係のもとに育てられたC子は、いつも愛されていないと不安定となるのである。先日は彼とドライブに行った。彼との会話は新しい別世界を夢みるような心地だった。心は夫と彼との間でブランコのように揺れ動く。真剣に離婚を考えるようになったが、まだ決心はつかず宙ブラリンのままである。
現代はストレスの時代である。ストレスがたまると、女性はおしゃべりしたり、日用品や食料品を余計に買ったりして、気分を発散させているようだ。軽い買い物依存傾向はだれにでもみられる。歴史上、リンカーン大統領夫人とケネディ大統領夫人の買い物依存症は有名である。
最近は女性の自立が強く叫ばれて、甘えたくても甘えられない状況(土居健郎の説)にある。人に甘えることはよくないことだというメッセージが絶えず流されて、依存性(甘え)は物質依存に行きつくようになる。アルコール・薬物依存症、ギャンブル依存症、買い物依存症等となる。対人依存性の物象化である。価値観が多様化し、いかなる人生を生きるか、全くその人の自由である。あり余る選択肢の中で、どこに基軸をおいて選択するか迷ううちに途方に暮れ、空虚なる自己(影山海佐の説)に逢着(ほうちゃく)する。その自己の心の空虚感を満たそうとして物を買いこむのである。
そして物によって自己の空虚感を埋める作業には限りがない。瀬戸内寂聴は世俗の有限の物によっては心は満たされず、無限の世界の仏教に入信したと語っている。
(榎本クリニック院長 榎本 稔)
ココロジー990301
(平成11年)3月1目(月曜日)
E子(27)は恥ずかしそうに話し始めた。夫婦間のセックスレスの悩みである。「お見合い後にデートしても、ちゃんと送ってきてくれるし、まじめな人だと思いました。ところが新婚旅行の夜は疲れてるからと。私もそうかなと思い、そのうちに、と思って過ごしていたのですが、もう三年もないんです。両親から早く孫の顔が見たいといわれ、プレッシャーになっているのです。夫に子供が欲しいわとナゾをかけたのですが、面倒くさいからと断られてしまいました」
今度は夫に来てもらい話を聞いた。二十九歳の銀行員。「自信がないんです。その気になることもあるんですが、もしうまくいかなかったらどうしようと。仕事で疲れていますし、一人でマスターべーションをした方が気楽なんですよ」という。
彼の父は小学校の先生でおとなしく、まじめである。母は気が強く、やや感情的で活動的である。彼は父に似て、おとなしく敏感で、友人も少なかった。大学を一年留年して卒業して就職した。女の子に好意をもち、何度も声をかけようとしたが、断られたら自分が惨めになるからと、声をかけられなかったという。いまだに重責という。
妻とはセックスのことを除けば仲がよく、周囲からもいい嫁さんをもらったといわれている。E子は「旅行にも連れて行ってくれるし、やさしくしてくれてます。三年間セックスがなくても、これまではそれほど重大とは思いませんでした」という。
こうしたセックスレス(結婚後未完成婚)の相談は時々ある。夫の側はセックスを嫌悪しているどころか、内心では男女間の最終ゴールとしての性的合体を切望しているのである。彼らはほとんどが一人っ子で童貞で見合い結婚である。高学歴で、専門職に従事している者が多い。彼らの母親は育児ママ、教育ママが多く,過干渉である。
良い子として育てられ、おとなしくまじめで、自由に感情表現するのが不得意であり、対人関係に自信がない。親密な人間関係をもつよりテレビゲームを楽しむ、といった傾向がある。セックスは最高の人間的コミュニケーションであるが、彼らはマスターべ-ションを選ぶのである。彼らは合理的で、目的達成のためにまい進するタイプであるが、他人に対する配慮に欠け、ロマンの心にうすい人たちである。そして傷つきやすく、人前で困惑したり恥をかくことをおそれるあまり、重要な人間関係を回避してしまう。
やさしさ志向の現代社会の思潮の中で,女性の高揚と男性の凋落(ちょうらく)が顕著である。女性の自由解放と性のはんらんの陰に、セックスレスがあるように思われる。こうしたケースは専門的なセラピーをお勧めする。
(榎本クリニック院長 榎本 稔)
ココロジー990308
1999年(平成11年)3月8日(月曜日)
大学四年目のF男(20)は、もう一年間も大学に行.かず、下宿に閉じこもっている。相談に来た母親によると、ストレートで一流大学に入ったのだが、二年目から休みがちとなり、三年目からほとんど大学に行かず、下宿に閉じこもるようになったという。午後に起きて、ボーとしているうちに夕方になり、腹が減れば近くのコンビニに行って食べ物を買ってくる。後は部屋でマンガやテレビを見て、パソコンでゲームをしたり、インターネットでホームページを見たりしているうちに、夜が白々と明ける、といったあんぱいだという。
そして「自分とは何か」「何のため生きているのか」などと同じことをくり返し考えている(レコード的思考)うちに眠くなりベッドに入るが、朝起きて大学に行くことはできない。昼夜逆転の生活である。
私は国立大学の保健管理センターに二十年近く勤務して、多くの学生たちと付き合ってきた。最近では大学生の不登校が増えており、どの大学でも無気力症の学生が一、二割認められ、一、二年間の無気力留年はあたり前になっている。昭和四十年ごろから無気力学生が目立つようになり、大学紛争の終焉(しゅうえん)とともに倍増した。彼らは「語学についていけない」「自分はかり勉で人間的取りえがない」とか、些細(ささい)なことが引き金になって学問そのものに興味を失い、学業全体から退却するのである。
無気力、無感動、無快楽の心理状態となる。軽い場合は選択的退却で、学業以外のアルバイトには熱心になるが、多くは日常生活全般からも退却して、毎日ブラブラと過ごす。卒業が近づくと、就職から逃避して留年を決めこむ。あるいは就職活動して、内定が出ると不安となり、心身症状を訴え、ギリギリまで葛藤(かっとう)し続ける。そして「人間関係に自信がない」「男同士の付き合いができない」などと言って人間関係からも逃避するのである。留年やオーバードクターをくり返すとか、卒後はフリーターをしているとか、大人への道程を回避して(成熟拒否)、モラトリアム(猶予期間)をいつまでも続け、責任を回避する。
彼らは競争や葛藤を好まない。勝負する前に、さっさと降りてしまう。負けて自分が傷つくのが怖いのである。感情は平板で白けた感じである。治療的には「家族全体の病」となっているので、家族全体の治療への参加と、機能・役割の変革が必要である。母性性しか受容できない無気力症の学生には、母性的に指示しながら、母性的援助を続けて成熟を促し、次いで父性性を注入し、男性性を構築していくという厳しい作業となる。最近は無気力症は男女を問わなくなりつつある。
(榎本クリニック院長 榎本 稔)
ココロジー990315
3月15日(月曜日)
妻が夫(G男、38)のギャンブル依存症のことで相談に来た。G男は父親がパチンコ好きで、幼いときに時々パチンコ店に連れて行かれた。学生時代はマージャンが好きで、かなりの腕前だった。大学中退後、父親の紹介で就職し、初めは精を出して働いた。しかし上司や仲間との人間関係がうまくいかず、ストレスがたまっていったようだ。そんな時、友人に誘われパチンコ店に行った。運よく数万円勝つことができたのが病み付きとなった。パチンコ台の前に座って「チ-ン、ジャラジャラ」という音を聞くと、イライラや不快な感情もたちまち消しとんで、気持ちも解放され心がいやされるのだった。負けがこんでも「いつか必ず大当たりが出る」と思って、足しげく通うようになった。
出勤前にパチンコ店に行くので遅刻が多くなった。昼休みにも出かけ、夕方はパチンコ店に直行し閉店までやる。当然、給料では足りなくなり、友人や会社から借金し、サラ金にも手を出し、あっという間に三百万円の借金ができた。驚いた妻は自分の両親に話して借金して返済し、もう絶対にパチンコはしないと夫に約束させた。
ところが、ひと月もたたないうちにG男はパチンコ店に行き、また二百万円の借金をつくってしまった。ついには朝から夜までパチンコ店に入りぴたりとなり、会社も辞めさせられた。妻は工面して返済し、夫に誓約書を書かせた。しかたなく妻が働きに出たが、G男のパチンコ通いは止まらず、借金を重ねた。妻は離婚を考えている。
パチンコ、マージャン、競馬などのギャンブルにのめり込むと、さまざまな不都合が生じる。借金ができ、家族関係に軋較(あつれき)が生じ、職場でも信用を失うことになる。わかっていでもやめられないのが心の病気である。
パチンコ依存症者は一般に、もの静かで無口で目立たない。自己主張は乏しく、消極的な性格である。友人は少なく、他人と付き合うことに気をつかい、ささいなことで傷ついたり、気配りで自分が疲れてしまい、程よい人間関係がつくれない傾向がある。半面、負けず嫌いで、強い自尊心をもち、他人からの干渉を嫌う。心は強い空虚感に被われ、イライラし、不安を感じ、.葛藤(かっとう)している。
治療の際の注意として、自らの置かれた事態を認識させるため、借金は家族が安易に肩代わり返済するのではなく、少しずつでも自分で返させるのが大事だ。家族も心理的に巻きこまれていることが多いので、家族全体が治療・回復に協力し、治療グループや自助グループに参加し、回復した仲間と出会うことが有効である。治療・回復のメカニズムはアルコール依存症の場合とほとんど同じである。
(榎本クリニック院長 榎本 稔)