今日、子どもの不登校やいじめ、自殺などが社会問題となっているが、何か事件がおこるたびに、子どもの悩みを理解してやれなかったか、心の中の苦しみのサインに気づかなかったかと、周りの人が残念がったり、ときには非難めいた批判が向けられたりしている。しかし、実際には、子どもの心の中の理解は、そう簡単ではない。
心理学は、人間理解の学問として発展してきたので、心理学を勉強すれば、人の心をすべて正しく理解できるのではないかと思われがちであるが、心理学を勉強しても、必ずしも期待どおりにはいかない。
心理学は、人の心の理解を目指しているが、理解についての考え方や方法は、その立場によって異なる。ここでは、その主な立場について述べるが、いろいろの立場があるということは、理解の困難さを反映しているともいえよう。
(1)意識を調べる
これは、人が覚醒時に、その心に感じている経験すなわち意識を調べることによって人の心を理解しようとする意識心理学の立場である。そこでは、いま感じていること、思っていることを本人に観察させ、その観察報告に基づいて、その人の心を理解しようとする。第三者が見ても目に見えない心の中を本人に報告させるので、内観心理学ともいわれる。この立場では、質問法、質問紙法、面接法、自己評定法などを用いる。教師が、「何を考えているのか」「何を悩んでいるのか」などと、子どもに尋ねるのは、この立場である。なお、意識を重視する立場では、行動は意識の反映にすぎないと考える。今日、よく耳にする認知心理学は、記憶とか思考とかいった認知過程や認知構造を研究の対象とするが、目に見えない内的状態を重視する点では意識心理学と同じである。
(2)無意識を調べる
これは、意識は心の活動の一部にすぎず、その大部分は無意識の働きによると考え、無意識の世界を明らかにしようとする無意識心理学(精神分析学)の立場である。つまり、人の心を理解するには、無意識の世界を調べることが必要だと考える。この立場では、無意識の世界に抑圧されている願望とこれを抑圧する自我の力との間の葛藤が人間生活を支配すると考え、無意識の中に抑圧されているコンプレックス(複合感情)を分析しようとする。しかも、そこでは、幼児期の外傷的経験(心の傷となって残るような苦痛の体験)とそれに基づいて作られたが抑圧されている衝動(不安や恐れ)を問題にする。つまり、「あのとき、あそこで」おこった体験や感情を明らかにすることによって現在の子どもの心を理解しようとする。
この立場では、あいまいな刺激を与え、それを自由に解釈させたり、構成させたりすることによって、その人の心の中をさぐろうとする。この方法は、投影法といわれ、ロールシャッハテスト、絵画統覚検査(TAT)、文章完成検査などは、その代表的なものである。しかし、低学年で使用できるものは少ない。
(3)行動を調べる
これは、意識とか無意識とかいった心の中の状態はあいまいであるから、もっと客観的に観察できる行動(表情・態度・言語・動作など)だけを観察して、その人を理解しようとする行動心理学の立場である。この立場では、行動の原因をその人の根底にある特性に帰するよりも、特定の環境条件(場面)に帰する。つまり、ある動をしたとき、それはその人の特性あるいは性格によると考えないで、そのときの場面によると考える。そして、その人は、このような場面において、このような行動をする傾向があると理解する。この立場では、観察法、面接法、観察者による評定法、本人による行動の自己監視などが用いられる。
なお、この方法は、行動を直接調べることから直接測定といわれ、意識や無意識を調べることは間接測定といわれる。前者では、観察可能な行動から心の中までは推測しようとしないが(低いレベルの推測)、後者では、観察可能な行動を超えて心の中まで推測しようとする(高いレベルの推測)。
(4)人間性を調べる
これは、人間を独自の個性をもつ統一的な存在とみなし、経験そのものを質的に記述し、人間を全体として理解しようとする人間性心理学、現象学的心理学の立場である。研究の対象を行動に限定することなく、むしろ意識を研究する。この立場では、人の行動を規定するものは、客観的な刺激ではなく、その人の感じている意味のある世界(現象的場)であり、その現象的場の中で自己をいかに認知しているかによって行動が影響されると考える。そこで、人の心の理解では、本人の体験をありのままに共感的にとらえようとする。すなわち、「いま、ここで」を問題にし、いま、この瞬間におこっている体験、感情を
重視する。人間性を尊重し、一人ひとりの人間がどんな意味と価値を実現しようとしているかという立場から人間を理解しようとする。そこでは、現象をそのまま記述する方法だけでなく、足りないところは実験的方法によって補おうとする。
いままで、人の心を理解する立場とそれぞれの立場で重視する理解の方法について述べたが、次に教師が実践の場で用いる方法について述べる。
(1)観察法
観察法は、子どもを理解するために欠くことのできない方法である。この方法では、表面に現れたところから子どもの心を理解しようとするが、表面に現れたものがすぐさま心の中を表しているといえないところに問題がある。子どもは、親に叱られたとき、心から悲しんで泣くこともあるが、「泣けば親が許してくれる」と考えて泣く場合もある。おとなでも、「顔で笑って、心で泣く」ことがある。こんな場合には、表面に現れた行動(頭型)と目に見えない部分(原型)とがくいちがっている。したがって、表面に現れた行動だけ見ていても、子どものほんとうの気持ちはわからない。子どもの心を正しく理解するためには、頭型だけにとらわれないで、原型にまで目を通すことが大事である。この点では、行動心理学で考える低いレベルの推測にとどまらず、高いレベルの推測まで進むことが必要である。そのためには、どんな条件のもとで、どんな文脈のもとに、その行動がおこったかを理解し、さらに、のっぴきならない危機的場面で、どんな振る舞いをしたかを見ることが必要である。しかも、繰り返し見る、いろいろの角度から見る、一歩退き冷静に見る、などの配慮が必要である。なお、行動が自然におこるのを観察する自然的観察法だけでなく、一定の条件下で人為的におこる行動を観察する実験的観察法を用いることも必要である。
さらに、観察の対象が複雑なときには、時間見本法(5分とか10分とかの短い時間、あるいは毎週の初めにおこる行動を観察する方法)や行動見本法(観察すべき行動や種類をあらかじめはっきり決めておき、それらの行動がおこるごとに記録する方法)などを用いるとよい。
(2)評定法
これは、観察、評価をする場合に、集団内の成員の行動、特性、作品などについて相互に比較して順序に並べたり(序列法)、あらかじめ一定の尺度(例えば、5段階)を作っておき、評価しようとする対象をその段階にあてはめていく方法(評定尺度法)である。これには、教師など他の人が行う他者評定と本人が行う自己評定とがある。
なお、評定尺度法を正しく用いるためには、評価しようとする項目について十分観察した後に評価すること、評価しようとする項目についてその内容を細かに分析し、明確に定義しておこと、評価が一方に偏らないように、すなわち甘くなった
り、辛くなったりしないように基準を決めておくこと、などが必要である。
(3)質問法・質問紙法
これは、調べようとする事項について直接子どもに質問したり、質問事項をあらかじめ印刷しておき、それを本人に記入させたりする方法である。表面の行動を見ただけでは、心の動き
がわからないことがある。こんなときには、子どもに直接質問することによって、心の中を知ることができる。しかし、低学年の子どもでは、自分の心の動きを正しくとらえ、それを相手にわかるようにうまくまとめて表現できないこともある。夢中になったり、感情が高ぶっていたりするときには、一層うまくいかない。また、問題によっては教師や親に話したくないこともある。したがって、この方法によるときには、相手が思ったとおり話せるような雰囲気を作り、共感的に受けとめてやることが必要である。質問紙法を用いるときにも、子どもが理解しやすく、答えやすい様式にすることが大事である。
(4)テスト法
これは、実施や採点、結果の解釈についてあらかじめ一定の基準が決められているテストを用いて子どもを理解しようとする方法である。質問紙を用いるテストもあるし、一定の作業を用いるテストもある。また、観察法に基準を設けたテストもある。しかし、低学年から用いられるテストは少ない。知能テストには低学年用のものもあるが、性格テストには利用できるものが少ない。投影法の考えに基づいた幼児・児童絵画統覚検査は、絵を見せて、日常生活で抑圧されている欲求や不満を外にうつし出させることをねらっている。しかし、子どもの示した反応の解釈や判定には高度の熟練を要し、しかも主観的になりやすいという制約がある。
(5)作品法
これは、個人の日記、作文、描画などの作品を通してその人の心を理解しようとする方法である。しかし、日記や作文などは、教師に見られることがあらかじめわかっている場合には、ありのままに書かない場合もあるので注意が必要である。