もう一つの社会主義
教育はゆたかさの中で目標を喪失し、競わず、閉鎖的な環境のなかで混迷している。背景にあるのは、国が「サービス」の中身を一律に決め、学校や大学が従う仕組み。画一的で創意を摘むそうした配給型行政は、社会主義の旧体制にも重なって見える。
削除は問答無用
「『イオン』は斜線で消して下さい」---。一九九八年二月。中学理科の新指導要領を詰める会合が、旧文部省でひそかに開かれた。同省の担当官は物理や化学の基礎となるイオンをはじめ、今の指導要領から削除する主要項目を指示。残りで新要領をつくるよう言い渡した。
議事録は公開されず、参加者の名前も口止めされた。「戦後、国定教科書を墨塗りさせられたのと同じだった」。参加者の一人は問答無用の議論の過程をこう振り返る。民主化への解放感もあった、かつての墨塗りではない。二〇〇二年度から小中学生の学習内容を約三割減らす新しい指導要領は、こうした「密室」の会合で決まった。
どの項目を残すか残さないかについて、各教科の学会や教材会社は旧文部省に強く働きかける。学会が送り出す教員の採用数や教材の売り上げを大きく左右するためだ。
旧文部省OBは新指導要領を「利害調整の産物」と表現する。議論の過程をガラス張りにしないので、役所は水面下の調整に追われる。
官庁が情報と権限を独占し、業界内の調整に腐心する---。元文部省審議官の中島章夫氏は「カリキュラム全体のことを真剣に考える仕組みがない」と言い切る。
千葉商科大学の加藤寛学長は「国が予算や学習内容を画一的に分配する配給型の教育行政は限界に達している」とみる。国が過剰に介入する結果、統制ゆえの「共倒れ」の危険をはらんでいる。
「21世紀のパスポートは教育」。九九年のケルン・サミット(主要国首脳会議)で、各国は知識社会の到来を踏まえ、教育の重要性で一致した。米国では各州が一州ごとに定める学力到達目標の引き上げに動き始めた。
市長会が反乱
世界中で進む教育改革。そこでは国は明確な目標を示す一方、規制を極力排し、学校が競い合う環境を整えようとしている。日本ではいまだに何を教え、何を教えないかまで、官僚。が細かく差配する実態がある。
「全国一律の扱いは適当とは考えられない」。二月十九日、全国市長会は学校の完全逓五日制や新指導要領に事実上、反対する文書を文部科学省に提出した。公立校の運営や教員数は実質的に国の基準に左右されている。「何をするにしても役所の意向を聞かなくてはいけない」(西尾理弘・出雲市長)。地域の声を受け止める市長会が「反乱」を起こしたのだ。
12年前、日本の旧文部省や教育委員会にあたる行政機関が消えた国がある。ニュージーランド(NZ)ウェリントン市。郊外の公立小学校、カロリ・ノーマル・スクールに夕食を終えた親たちが集まる。月に一度の学校理事会だ。
「校庭を補修しよう」「コンピューター教育の財源は?」。親や校長、住民代表らで構成する理事会は予算の使い道や人事を決める権限を持つ。「施設はすぐに直せるし、教員採用も自由だ」。ゲオフ・レーン校長は、、八九年の改革前に比べ学校の自主性が格段に高まったと語る。
当時、教育省を頂点とする同国の教育行政は硬直化し、学校の施設を直すのに許可を一年も待つ状況だった。提言が短期間でまとめられ「教育省は一晩にして姿を消した」(NZ学校理事会協会のクリス・フランス会長)。
百年以上続いた教育委員会制度を廃止。初中等のすべての公立学校に理事会が置かれた。教育省は事実上解体され、職員は約千七百人から約三百五十人に減った。NZ教育研究所の九九年の調査では、八四%の親が子供の教育に「満足」と回答した。
九九年の政権交代に伴って、学校間格差など改革の問題点も指摘されてはいる。だが、トレバー・マラード教育相は「親や地域を学校運営に巻き込むようになったのは大きな進歩だ」と指摘。改革に後戻りはないと強調する。
自前で課程作る
仙台市立荒町小学校。同校は今年度から、通知票による総合評価を年二回に減らす「二学期制」を導入した。同時に週四日、毎朝十五分間の「スキルタイム」を設け、漢字の読み書きや計算力などの徹底にも取り組んでいる。
仙台市教委が学期編成を弾力化したのは、荒町小が二学期制導入を固めてから。同小がすでに設けている住民参加型の学校運営評議員会についても、教委は今年四月から市内各校での導入を正式に認める。学校の創意が制度や規則に先行している。
日本では教科書を学校単位で選ぷことはできない。だが荒町小の菊池修治教頭は「もう教科書は関係ない。教育課程を自前で作れるようにならなければ」と語る。
八○年代半ばに教育改革を議論した臨時教育審議会(臨教審)。その事務局次長を務めた元文部省局長、斎藤諦淳・常薬学園大学長はこう話す。「教育について国が最低限やるべきことを最初に確認し、それ以外はすべて自由という前提が必要。そうしなければ自由化は制度の例外を認める『弾力化』にすり替えられ、集権構造は逆に強まる」
「ゆとり教育」は学力低下と隣り合わせにある。しかむ、そうした目標のレベルダウンが情性の配給型行政の下で進められつつある。危うい現実が差し迫っている。
(「教育を間う」取材班)
2001年3月24日(土)
「Gambatte(がんばって)」という日本語を連呼して一日が始まる公立学校が、米ボストン郊外にある。
「金次郎」復活
アカデミー・オブ・パシフィック・リム。三月初旬、リーニアイアス君(M)は「がんばって賞」をもらい、級友や先生から喝さいを浴びた。昨年までは落ち着きのない問題児。六年の学年末テストで落第し、七年生になるのに二年かかった。居残り勉強のかいもあって、今年は成績が上向き始めた。努力の結果、進歩したことが「がんばって賞」の選考基準だ。
美術室で子どもたちが写生するのは二宮金次郎のブロンズ像。「まきを背負って本を読む姿をみて、勉強すれば成功はつかめることを伝えたい」(学校運営のディレクター、スペンサー・ブラスディール氏)。あきらめず努力すればより多くのものを得られる、という独立宣言の起草者トーマス・ジェファーソンの精神にも通じるというのだ。
生徒の七割は黒人。給食費を払えない貧困層の子どもも多い。低所得地域の公立校は犯罪が絶えず、落ち着いて勉強どころではない。だからこそ努力して大学に進めば人生を切り開ける、と日本でも忘れ去られた「刻苦勉励」を理念に掲げる。年間授業日数は周辺の公立校より六週間、毎日の授業時間も二時間長い。
チャーター2000校
生徒の自主性を尊重する米国にはそぐわないようにみえる教育理念。それがなぜ公立校で導入できるのか。独自の教育システムを公立校で実現する仕組みがあるからだ。税金を使って民間が運営する新しいかたちの学校(チャータースクール)---。州や地区の教育委員会から認可(=チャーター)を得れば、規制に縛られず、だれでも税金で公立学校をつくれる。税金を使う代わりに、説明責任が強く求められる。チャーターは、ほぼ五年ごとの更新制。成績向上の公約を果たせなければ閉鎖される。一九九一年にミネソタ州が導入して以来、全米で二千校に広がった。
パシフィック・リムは、ブラスディール氏ら数人の教員が九七年に開いた。昨年の州統一テストの成績は、州やボストン地区の平均を大きく上回り、入学の順番待ちは三百九十人にのぼる。
米国でチャータースクールが急成長する背景には、荒れる公立校への不信がある。それは日本も同じだ。
神奈川県藤沢市の小学校の往々木津平教諭は「湘南に新しい公立学校を創り出す会」を結成した。きっかけは学級崩壊への対応だった。二階からはさみやチョークが降ってくる---。荒れた学年で担任制をやめ、九八年に算数で習熟度別指導を導入。その効果で騒ぎは収まった。だが同僚からは「目立ちたがり」と冷たい視線を浴び、指導は二年で打ち切られた。
「学年の輪切りでなく、子どもの進度に応じて教える学校をつくりたい」。空き教室活用による新しい学校設立を地元教委に提案したが、壁に当たった。チャーターのルールがないのだ。日本で学校を運営できるのは国か自治体か、学校法人(私学)だけ。法律がそれ以外を想定していない。「多様なチャータースクールづくりが既存の公立校を変える」(民間シンクタンクの「構想日本」)、「一定数の署名を集めれば地域の有志が学校をつくれるようにする」(金子郁容慶応義塾幼稚会長)。新しい学校づくりを求める意見は強まっている。だが肝心の文部科学省の腰は重い。企業までが公教育を担う米国との距離は大きい。
教員も自社株
米店頭株式市場(ナスダック)に上場するエジソン・スクールズ(本社ニューヨーク)は、全米で百十三の公立校を運営する。九六年から運営するマサチューセッツ州のセブン・ヒルズ・チャーターズクール。「学校を良くするには生徒の成績を上げるほど教員、が報われる仕組みが必要」とボブ・マーティン校長は話す。
能力給とストックオプショシ(自社株購入権)---。エジソン急成長の秘密は教員のやる気を引き出す仕組みにある。教員の勤続経験だけでなく、生徒の成績を上げたかどうかを評価基準にする。エジソンには「もうけ主義」という批判もあり、サンフランシスコでは契約打ち切りの紛争も起きている。だがチャータースクールが全体として学校の活力を高め、地域の既存の公立校にも刺激を与える側面は否定できない。
ブッシュ大統領が州知事時代にチャーター法を制定したテキサス州。「伝統的な公立校がチャータースクールをまねて制服着用を検討したり、教育カリキュラムを変える動きがある」(同州チャータースクール支援センター長のパッツィー・オニール氏)
公教育の停滞をどう打ち破るか。新しい担い手に学校運営をゆだねる米国の試みは、一つの答えだ。挑戦なしに改革は始まらない。
(「教育を問う」取材班)
2001/3/25/日
2004年春、東大に21世紀の先端技術を扱う大型研究拠点が生まれる。照準はナノテクノロジー(超微細技術)のように、異なる領域の一級の技術を集積しないとできない分野にある。
出島だけの実験
日本でほとんど前例がないのは「大学」の縛りを徹底的に排除すること。学内外からテーマを公募、プロジェクトごとに予算を付ける。組織や国境を超えて異分野の研究者を集め、ノーベル賞級学者にも声をかける。そのために任期付き兼業制や成果運動型の給与を用意する。
財源はあるハイテク企業創業者の寄付など40億円以上。この仕組みを大学全体に導入すれば、先端的な学際研究が一気に進む。縦割りや年功序列に不満を抱く若手研究者も発奮する。小宮山宏工学部長も「本来ならそうしたい」と話す。それができない。
大学本体の人事・予算制度の変更には文部科学省や人事院の承認が必要。プロジェクト予算が入っても、制度が足かせになって適材を集められない。新拠点は、大学の他の組織から隔離された「出島」にしかならない。国立大学については、外部資金の導入などの自主性を高める独立行政法人化が検討されている。だが、それが実現しても行政のくびきが緩むかどうかは不透明だ。
「役員には事務組織の長を加えることができる」。2月末、国立大学の独法化調査検討会議。文部科学省が配った試案には、大学の事実上の意思決定機関として役員会を新設するとある。事務組織の長とは同省が多くの大学に送り込んでいる事務局長。出席者は大学の「間接交配」を手放さない布石と受け止めた。
文部科学省の予算配分や許認可の権限は強大だ。それは時に、「天下り」と結び付いているとみられている。
数年前、ある国立大教育学部の教授会。議案は定年直前の旧文部省の教科調査宮を教授として採用するかどうか。「受け入れないと院が立ち上がりませんので」。学部長はこう言い添えた。この学部は大学院新設を同省に申請、調整が難航していた時期だった。わずかな差の投票で採用が決まったのは「院の認可を有利にするためだった」(出席者の一人)という。
不透明な手続き
「マルゴウ」教員---。役所と大学関係者しか知らないこんな言葉がある。大学院で論文指導の能力があるとして「合格」のマルが付く教官のことだ。一定数いないと大学院新設は認可されない。通常は博士論文など高い業績が求められるが、「同等の能力」と認められればよい。代表例が教科調査官。旧大蔵省などのキャリア官僚も「銀行行政に精通している」などの理由から「マルゴウ」扱いだ。
教科調査官や官僚出身の教官に問題があるというわけではない。大学院などの設置審査の手続きが透明性を欠き、大学側の疑心暗鬼を生んでいるのだ。そもそもマルゴウ教員かどうかなど個別の審査に携わる審査委員は、氏名すら公表されていない。文部科学省は、批判に押されて来年度からやっと氏名を公表する。
「文部科学省と大学はかつての大蔵省と銀行の関係と同じ。教育の供給側の都合が優先し、学生や社会など需要者側の視点に欠ける」。規制改革委員会で教育を担当した大田弘子氏はこう指摘する。
弊害はいくつもある。首都圏の国立大の理系学部。毎春、三年生が研究室のイスをかけて、くじやじゃんけんをする。特定の研究室に希望が集中して定員を超えるからだ。外れた学生は他の研究室に回るので、不人気な研究室も自動的に定員を確保できる。定員は動がないのだ。
選別手段なし
日本のバイオの博士号取得者は年間千百人と米国の約六分の一。学部・学科はいったん認可されれば時代遅れになろうと、自動的に人材や予算が供給される。逆に成長分野の教育研究は後回し。社会主義の旧体制のような資源配分に企業は失望し、「バイオの技術者は海外の大学で探す」(宝酒造)ことになる。
米国には公立高校にすら、利用者による選別を働かせる仕組みがある。中西部ウィスコンシン州ミルウォーキー市の公立高校。高止まっていた中退率が直近は10.4%と過去十年で二番目の低水準に下がり、州内の学力試験の成績も改善した。
きっかけは授業料の一部を州で助成する教育券(バウチャー)の利用が急増したこと。公私立を問わず自由に学校を選べるようになり、「選ばれない学校は存続できない」(ジョン・ガードナー教育委員)との危機感から、大学受験対策や外国語教育など教育内容を競い出したのだ。
日本の大学には国公立・私立を合わせて年間三兆円弱の国費が投入されている。それを需要者の視点から再配分したら-…。鎖を断ち切るにはそんな発想も必要だろう。
2001/3/26/月
廊下の天井から壁を伝って、インターネットに接続する通信ケーブルが全教室に延びる。生徒は学習に、教職員は校務に、住民は学校を通じた地域交流にネットワークを自在に活用している。
教委に事後報告
昨年一月、企業並みの情報環境を整えた墨田区立墨田中学校(東京都)。公立中でも突出した設備は、最小限の予算で済んだ。サーバーなどの機器はメーカー数社から寄贈を受け、配線工事はボランティア団体の協力を仰いで実現したからだ。自治体や親に負担をかけず、知恵と汗で教育環境を改善する---。実はそんな試みは、従来の学校の「常識」を壊さなければできなかった。
公立学校が金品の寄付を受けるときには、通常、学校を管理・指導する教育委員会の承認がいちいち必要になる。配線工事で校舎の壁に穴を開けるのも同様だ。だがこれらの手続きは一切省かれ、墨田区教育委員会には事後報告をしただけだった。
「確信犯です」。当時、同校の校長だった森本秀男氏(現・墨田区立本所中学校長)はきっばりと言う。墨田区の公立中は財政難が壁となり、インターネットにパソコンがつながる学校はまだ三校だけ。墨田中はパソコンの台数だけでも他校のほぼ倍だ。「公立中で一校だけ独走するやり方を教育委員会が認めるとは思えない。話を通したら、思い切ったことはできない」
実際、墨田区教委指導室は「厳しい予算のなか、校長の判断でやったのはやむを得ない」と、黙認しつつ推奨もできないという反応だ。
一律予算の縛り
「予算の使途、人事に関する校長の裁量権を広げる」。昨年十二月の教育改革国民会議の最終報告。戦後の画一的な分教育の反省から、特色ある学校づくりのために掲げた提案だ。しかし現実には、隣の学校と違うことをするといっただけで校長が教委の反対にあう例は多い。
「防犯装置の改善を訴えたら、『おたくだけやるわけにはいかない。他校との兼ね合いもある』と断られた」(埼玉県内の元小学校長)。「校舎改築の際、一階部分を駐車場にしてその使用料を学校運営費に使う案を示したら、教委に一蹴(いっしゅう)された」(都内の小学校長)
財政難の国や自治体が十分な予算を公立校につけられる状況ではない。「『総合的な学習』の推進費で配分されたのは年間約五万円。あまりに少なすぎる」とある小学校長はこぼす。しかも印刷費など、学校予算は生徒数など学校規模に応じて細かく費目が決められている。
横浜市は来年度予算で小学校で三百万円、中学四百万円、高校正百万円という「裁量枠」を設ける。校長が何に使ってもいいという枠だが、こうした試みはまだまだ例外的だ。現場の校長が、予算を当てにして学校運営を工夫する余地はほとんどない。
「予算は一律、寄付をもらうのは慎重に」では、.現場の創意は生かされない。公教育の公平性という理念が、画一化にわい小化されている。「どこまで学校間の公平さが必要なのか、どこまで校長の裁量を認めるのか。そんな議論がないと横並びの学校運営を脱却できない」(筑波大の小島私道教授)
米では運営評価
欠けているのは学校運営を評価する仕組みだ。米国では実験が始まろうとしている。米ペンシルベニア、ミシガン両州は夏にかけて、大手格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による「学区評価」をネットで一般に公開する。指標は生徒の成績や学習環境、予算の規模とその効果など六つ。「州や各学区の教育委員会はデータをもとに、無駄な出費を見直し、効率的な学校運営を目指すことができる」(S&Pの担当者)
所得階層などが似た学区を比べて、実績があがっているところとそうでないところの違いを見つけ出す。学校の実情に即した予算の割り振りを促そうというねらいだ。
日本の行政にそんな評価の仕組みはない。だから「権限拡大など望まない校長が少なくない」(下村哲夫早大教授)。むしろ「人事や予算の権限があいまいで小さいことが、教員や親からの批判をかわす理由づけになっている側面があるしという。
学校は校長と教頭以外は、ぽぽ年功序列で賃金格差がない一般教員だ。「ナベブタ構造」といわれる。職員会議は法令上「校長が主宰する」のだが、現実には教員の意見を調整するのは簡単ではない。「新指導要領に向けた研究活動を呼び掛けても、負担が増えるからと反対される」と都内の小学校長は話す。これも校長の権限が「空文」になっている一つのあかしだ。
公教育の「横並び経営」をどう崩すか。特色ある学校づくりは、現場への権限委譲と、学校評価の導入なしには実現しない。
(「教育を問う」取材班)
「借金棒引きで再建を進める企業がある。なぜ大学には認められないのか」
昨年秋、日本私立短期大学協会の東北支部が開いた総会。岩島久夫アレン国際短大学長の発一言が、他の私学経営者から喝さいを浴びた。
70の学科が延命
岩手県久慈市の同短大は昨年経営陣を刷新し、市の支援も受けて再建途上にある。合併も考えて複数の私大と交渉したが、「借金の肩代わりは無理と断られた」(岩島学長)。学生数も減少が続き、今春の日本人学生合格者は十七人。二十八人の中国人留学生を確保し、ようやく八十人の定員の半数強を埋めるのにメドをつけた。
窮状に濃淡はあれ、短大経営は行き詰まっている。学生数が定員の半数を割ると、私立短大で収入の一割を占めるといわれる国の助成金が止まる。四年制志向の強まりに少子化が拍車をかけ、定員割れの学科を抱える短大は、全国で六割にものぼる。
危機に直面するのは四年制大学も同じだ。二〇〇〇年度の定員割れの学部は前年度比三割増の二百五十一。九二年に二百五万人いた十八歳人口が、二〇〇九年には百二十一万人まで落ちる。年を追うごとに「客」が消えていく。
ところが「行政にはスクラップ・アンド・ビルドの考えがなく、私学経営者は行政から保護されるという発想を抜け出せない」(国際医療福祉大学の高木部格理事長)。文部科学省はむしろ、救いの手を差し伸べている。二〇〇〇年度に私学助成金の給付基準を緩和した。学科で定員を大きく割り込んでも、学校全体で定員の五割以上といった条件を満たせば、助成金を受けられるようになった。これで難を逃れた短大の学科は約七十にのぼる。学生一人あたりの私学助成金額は九二年に比べ、一割増えている。
在籍数は非公開
自由な競争を促すために充てるべき支援が護送船団の維持に向かう。そこでは「知らぬは利用者ばかり」という珍現象が生まれる。
八十人募集したのに、在籍者は十人---。都内私立中学が進学塾向けに開く学校説明会。その授業見学で塾関係者が驚く。「五人、十人のクラスが珍しくない。そこで初めて本当の入学者数が分かる」。募集分だけ生徒がいると思ったら大間違いになる。
私学の多くは生徒や学生の在籍数を公表しない。「学生数が少ないことが、人気の低下に拍車をかけかねない」(埼玉県内の短大)という経営上の理由からだ。私学を経営する学校法人は助成金をもらうだけでなく、税制上の恩恵もある。なのに在籍者数や決算書などの公開義務はない。「文部科学省には報告しているし、人件費など公にしたくない項目もある」(私大理事長)
決算書を自主公表する私学もあるが「監査報告書を公開している学校はゼロ」(中央青山監査法人の山田幸太郎代表社員)。親は経営状態もわからないまま、寄付金要請などに応じざるを得ない。
少子化という痛みを分け合うための「談合まがいの協定」(私立高校理事長)もある。広島県内の私立高校は昨年の入試から各校が希望通りに募集数を決めた。当たり前にみえるが、そうではない。従来はまず公立、私立校で進学希望者の受け入れ数を七対三で分け、その中で私立校の募集人数を調整していた。ところがそれでは「私学全体が沈没してしまう」と、撤廃に方針転換したのだ。
公私で募集者数を調整する手法は、生徒増に学校増設が追い付かなかった七〇年前後に、旧文部省の通達によって全国に広がった。生徒が減って目的を失ったのに、東京都や大阪府などでは「需給調整」手段として今も残る。
自助努力に障害
生き残りへの当事者の思惑をよそに、破たんの足音は迫っている。大手都銀の融資担当者は「うちだけで二十の学校法人が破たん予備軍と認定されている」と明かす。
日本公認会計士協会は九九年から学校法人の合併や分割、清算を想定した会計処理方法の検討を進めている。そこで再編・破たん処理の「障害」に浮上しているのが、学校の設置基準。私学は自前の土地がないと学校を設立できず、建物の広さを定めた基準もある。このため「資産を切り売りできない」(会計士協会の斎藤力夫常任理事)のだ。参入規制が危機対応の手段まで狭めている。
慶応義塾の矢作恒雄常任理事は「供給側の競争を制限すればアウトプットの質が落ちる。いい学校は生き残り、そうでなければ淘汰(とうた)される仕組みを早く入れるべきだった」と強調する。
教育行政がサービスの供給者保護に軸足を置く限り、真の競争は実現しない。社会主義の旧体制のように、国費の配分むゆがめられる。何よりも、利用者はいつまでたっても蚊帳の外に置かれる。
(「教育を問う」取材班)
2001/3/29/木
「東京は早々に候補から消えた」。仏の経営大学院INSEADは二〇〇〇年一月、シンガポールにアジア校を開いた。同校のアルヌー・ド・メイェール学長は日本進出は眼中になかった、と話す。
大学でない大学
INSEADは英紙のビジネススクール世界ランキングで十傑に入る有力校。最初の候補地は東京を含むアジア十一都市だった。交通の便、国際性、政府の支援などの視点で絞って残ったのは「シンガポールと香港、クアラルンプール」。
最後はシンガポール政府の強力な誘致策が決め手となった。国立シンガポール大学そばの一等地を廉価で提供。五年で一千万シンガポールドル(七億円相当)の研究費も助成するという好条件を提示した。
「教育・研究でもアジアのハブ(集積地)に」。シンガポール政府には知識社会に対応する「数値目標」がある。一九九八年から十年で、経営や生命科学などの成長分野について世界の一級の大学十校を誘致する計画だ。すでにINSEADのほか米マサチューセツツ工科人、シカゴ大など六校の誘致を実現した。グローバル化が問う高等教育の質。だが日本の大学や大学院は海外の学校と競い合う機会がほとんどない。「鎖国」が続いているからだ。
東京・南麻布にある米テンプル大の日本分校。学部・大学院生ら約千七百人が学ぶ。学生に定期券の学割はなく、授業料の消費税も免除されない。日本の教育制度上は「学校でない」扱いだからだ。米ペンシルベニア州の本校は芸術や経営学に定評がある。日本でも英語で同じ授業をし、米大学の学位を取れる。だが日本の大学にはなれない。敷地も建物も自前、グラウンドも必要という、大学になる条件を満たせないからだ。
規制はまだある。文部科学省によると日本分校は「米国の大学でもない」(高等教育局)。「外国の大学」はキャンパスが国外になければならず、そこで学んだ学生には日本の大学に編入できる資格を認めている。しかし日本分校の学生には「編入は認められない」(同)ことになる。
リチャード・ジョスリン学長は「八二年の開校当初から文部省は歓迎していなかったし、支援もなかった」と話す。同校の卒業生は今、英語力を武器に外資系企業を中心に就職先を広げている。学部生の編入についても、役所の方針をよそに一部の国私立大が容認の姿勢をみせ始めている。
学科改編に重荷
国際人養成をねらい、経済界が中心となって八二年に設立した国際大(新潟県大和町)。国立大に比べ自由度の高い私大ではある。しかし「米国の州立大ほどの自由もない」と、MBA(経営学修士)プログラムのジェイ・R・ラシャセケラ研究斜長は嘆く。定員の上限や施設基準などの規制に縛られ、日進月歩のビジネスの変化に対応する学科の機動的な改編ができない、というのだ。
同大は香港誌の経営大学院ランキングで、国内ではトップだが、アジアでは十位。この数年、急速に力をつけているシンガポールや香港に水をあけられた。「教育における硬直性が日本の地位をおとしめている」(ラジャセケラ氏)。扉を閉ざし、官僚主義にとらわれた日本の姿は社会主義の旧体制にも似ている。
米の教材で学習
「グッド・ジョブ(よくてきました)」。パソコンから音が流れ、画面は次の問題へ切り替わる。四月に地元の公立小学校に入学する山梨県の田口真懐ちゃん(6)。毎日二十分、自分専用のパソコンに向かい、英語で出される分数の問題をゲーム感覚で解く。
真凛ちゃんは米国生まれ。父親で大学助教授の聡さん(37)は「グローバルに活躍できるよう、英語と論理的な考え方の基礎となる数学を身につけてくれれば」と話す。
教材は、米スタンフォード大の開発したネットによる英才教育プログラムだ。オリックスなどが出資するアイ・キャンパス(東京)が昨年十一月から提供を始めた。幼稚園から大学基礎レベルまであり、学力次第で年齢に関係なく上のレベルに進める。
上級レベルの取得単位はスタンフォード大の受験で考慮され、入学後は卒業の必要単位としても認定される。日本でも小学生ら約二十人が受講中。米国の大学に行かせたい、と願う保護者が多いという。
「英国は大戦後に高等教育で工業技術を軽視し、経済が停滞。『大西洋の孤児』といわれた。日本もこのままでは太平洋に独り、取り残されてしまう」と香西春・日本経済研究センター会長は話す。
変化に対応する高等教育をどう実現するか。シンガポールの戦略は「開国」にある。ネットでしか国を開けないとすれば、日本は凋落(ちょうらく)に甘んずるしかない。
(「教育を問う」取材班)=第4部おわり
取材班は原田亮介、平岡啓、吉田誠一、和歌山背彦、京増久夫、吉田ありさ、塚越慎哉、毛利靖子、青木慎一、米山雄弁、吉田渉、板津直快、水康弘貴、高橋香織、佐藤賢で構成した。