鯨の竜田揚げ、脱脂粉乳、揚げパシー-。多くの人がそれぞれの思い出を重ね合わせる学校給食。一八八九年(明治二二年)、山形県鶴岡町(現鶴岡市)の小学校で始まってから百十年余りがたち、現在では九八%の小学校で実施されている。毎日の給食は、子どもの暮らしぶりを反映する鏡でもある。塾やけいこごとに忙しく、朝ご飯抜きや一人食へも多い今の子どもたちは、給食とどうつき合っているのだろうか。
「きょうの給食は何かなあ」。東京都足立区に住む小学四年生の雨宮あかねさん(9)は毎朝、慌ただしく朝食を終えランドセルを背負うと、家を出る前、給食の献立表をのぞき込む。あかねさんは、給食が大好き。親子丼(どん)や豚肉キムチなどおいしい料理もそうだが、「仲のいい友達とおしゃべりができるから」が一番の理由だ。
あかねさんの一日は忙しい。自宅から電車で四十五分ほどの千代田区の小学校に通っており、家を出るのは朝七時すぎ。放課後はほぼ毎日塾で、母と弟が食事を終えた夜八時半に帰宅、夕飯には母が付き合ってくれるが、父の帰宅は遅い。夕食後も塾の宿題に追われる毎日。昼休みと給食時間は友達と心置きなく話をしてほっとできる、ひとときである。
気分変える憩いの場
学校給食はかつて、食事の態度をしつけることが良いとされた。東京都稲城市立若葉台小学校の糸井好雄校長は「学級担任のころは『話さずに食べなさい』と指導した。でも今は給食を憩いの場にするのが基本」と話す。文部省も「和やかで楽しい会食をするなど、緊張から解放され気分転換を図る時間」を目指しており、学校は少子化で増えた空き教室を利用した給食用食堂の整備を進めている。
女子栄養大学の足立己幸教授らが一九九九年に全国の小学五、六年生約二千人に行った調査では、家庭での朝食や夕食より昼の給食が楽しいと答えた児童が三九%もいた。理由は「おいしい」と並んで「友達やみんなと食べられる」が多く、家庭での"孤食"が背景にあることを物語っている。
実際、一人で食べる割合は、朝食二六%、夕食でも七%。多忙で一人食べの多い子どもにとって、給食は肩の力を抜ける貴重な時間になっているようだ。
食べる時間は15分
ただ、食事時間が短いのが難点。日本体育・学校健康センターによると、小中学校の給食は平均四十五分だが、配膳(ぜん)や庁づけがあり、食べるのは十五分程度。「登下校の時間などを考えると、延長は難しい」(同センター)という。
東京都多摩市の小学六年生、市川奈菜さん(11)も、友達と話しながらの給食が大好き。四時間目が終わると、当番が給食の準備をして「いただきます」。好物のカレーライスなどをほおばり、友達の物まねを見て笑ったりしていると、先生が「そろそろ終わりにして」---。奈菜さんは「時間が短くて、残してしまうこともある」と漏らす。
心理状態を映す鏡
給食の残量は時間の短さの問題だけでなく、学級のまとまりや教師の指導力とも大きくかかわっているとの指摘もある。ある小学校教頭は「クラスの状態は給食の残量を見れば分かる。学級崩壊が起こると、子どもがいらいらして残りが極端に多くなる」と話す。
小学校で二十年以上給食を作ってきた調理員は「子どもの心をつかむのがうまい先生は、給食を食べるように上手に持っていく。だから残りが増えてくると、クラスが危ないなと感じる」。給食は、子どもたちの心理状態を映す鏡にもなっているようだ。
足立教授は「一人食べや欠食が多く、家庭での食事を楽しめない今の子どもにとって、給食こそが"人間復権"の救いの場。学校は、楽しい食事環境作りをさらに進めてほしい」と話している。
自分で食べるものを自分で作ってみよう---。給食で使う食材を子どもたちが自ら栽培するなど、食をテーマにした体験学習が盛んになってきた。地域の人たちと交流したり、郷土文化への理解を深めることにもつながっているようだ。
ぐっと身近になった
「自分たちのハーブが今日の給食に使われたと校内放送がある時は、やっぱりうれしい」。沖縄本島中部・与勝中学校の三年生、山内維織くん(14)がはにかむ。維織くんは有志十八人からなる「ハーブ隊」の一員。休み時間に校舎の裏でレモングラスやヨモギなどのハーブ(香草)を育て、敷地内の給食センターに買い取ってもらっている。
ハーブは、給食で魚の香草焼きやゼリーなどに使われる。一般にも販売、売上金で草刈り機を買って学校に寄付したほか、ハーブを使った献立をセンターに提案している。
ハーブ栽培を指導するのは、センターの野島孝司主任(40)。維織くんは「だれが給食を作ってくれるか分かり、給食がぐっと身近になった。先生と違って野島さんとは何でも気軽に話せる」。野島主任も「センターにもいい刺激」と話す。
沖縄県・西表島の大原中学校では今月七日、生徒とPTA、地域の人たち約百七十人が自分たちで育てた名産のサトウキビを刈り入れた。雨の中、高さ三秘近くの幹を次々に倒して地元の製糖工場に出荷した。生活の知恵学ぶ機会できあがった黒砂糖は、給食でくずもちや果糖パンに使う。三年生の大祓緑さん(14)は「自分たちの黒砂糖が出るなんて。早く食べたい」。最近は地元の人もサトウキビや黒砂糖をあまり口にせず、緑さんの家でも時折、サーダーアンダギー(沖縄の揚げ菓子)などに使う程度という。
指導にあたった高嶺春一さん(68)は「今は親を手伝ったことがない農家の子も多い。地域の生活の知恵を学ぶいい機会。私も生徒と話ができるので毎年参加している」。疎遠になりがちな地域の人との交流の場にもなっている。
こうした取り組みは沖縄県だけではない。滋賀県多賀町立大滝小学校の「イワナ給食」では、子どもたちが川原で串うちや火起こしに挑戦、自ら田植えや稲刈りをした米のおにぎりとと.もに舌鼓を打った。
東京都内でも、足立区立和平小学校は九八年から空き地を借りて「学校農園」を始めた。収穫した大根をおでんに入れるなど給食にも活用しており、そういう日は特に残りが少ないという。間引いた大根をかじってみた小五の女児は「普段は辛くて食べられないのに、自分で作ったらおいしかった」。保護者が豚汁に仕立ててマラソン大会後に一緒に食べるなど行事のもり立てにも一役買っている。
また、ビルの立ち並ぶ都心部の小学校は、群馬県の学校と提携。子どもたちが毎年現地を訪れて、農作業を体験している。
学校から児童・生徒への一方通行だった給食が、子どもや地域を巻き込んだものに変わりつつある。調理員に悩み相談も.コメや野菜作りが盛んで、できた作物を使ったシチューや赤飯が給食に並ぶ東京都の日野市立日野第二小学校。午前に収穫した菜っ葉を急きょその日のスープに加えることも。児童たちは、給食で出た生ごみから肥料も作っている。
日野二小では、食堂に置いている給食に関する意見箱に、料理の評価に混じって、悩みをつづった手紙が舞い込む。調理員が直接児童の相談に乗ることもあるという。子どもと給食室の距離は意外に近い。
給食開始の日を記念した二十四日からの「給食週間」では、郷土料理が出るなど全国で様々な取り組みが行われる。二十一世紀の給食は、子どもたちのどんな姿を映し出すのだろうか。
2001年1月19日(金)