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生活技術と現代の子供


目白大学の谷田貝公昭教授らのグループは、小学生から大人まで計二千七百三十九人を対象に、「ナイフで鉛筆を削る」など十項目の生活技術について、実際にどの程度できるのか、実技調査を行った。調査結果からは、生活技術をほとんど身につけていない現代の子供たちの実像が、鮮明に浮かび上がった。

「青少年の生きる力を育(はぐく)むための総合的調査研究」と名付けられたこの調査は、昨年八月から十一月にかけて、青森県弘前市、栃木県岩舟町・国分寺町、埼玉県岩槻市、東京都新宿区、鹿児島県鹿屋市・根占町で実施。実技調査では、@ナイフで鉛筆を削るAノコギリで板を切るBマッチで火をつけるCひもかた結び・花結びD二寸釘(くぎ)を打ち込むE箸(はし)を使うF鉛筆を使うG雑巾(ぞうきん)を絞るH生卵を割るI缶切りで缶詰を開ける−−の十項目について、定められた要領で実際に作業をしてもらい、その”腕前”をa,b,cの三段階で判定した。
<ナイフで鉛筆を削る>
ナイフ(肥後守)で鉛筆を二分以内に削ってもらい、削り口の長さや面の滑らかさが、だいたい鉛筆削り器で削ったときと同じようにできたものをa、削り口の長短はあるが削り面はだいたい滑らかなものをb、芯(しん)が削られていなかったり、a,bと異なる削り方で鉛筆として使えないものをCと判定した。
小学生でaが最も多かったのは四年生で2.9%。1〜3年生ではCが95%以上を占め、4〜6年生でも80%台。中学生になると、Cは各学年とも約65%の水準に下がるが、bが増えたためで、aが10%を超えた学年は皆無。高校生は、a 8.2%、b,cともに45.9%。小学生低学年ではほとんど全員が、高学年では5人に4人が、中学生は3人に2人が、高校生は2人の1人が、鉛筆として便いものになるようにナイフで削ることができなかったことになる。
大学生はa15.8%、b61.0%、c23.2%だった。大人でもaが40%を超えた世代はなく、ナイフを使うのが下手なのは大人にも共通した傾向。教員のaも37.8%しかいなかった。
日ごろ、「ナイフで鉛筆を削る」作業をよくやるという回答は、高校生以下では5%に満たず、子供たちの”ナイフ離れ”が進んでいることもうかがえた。
刃の部分がどこか分からず親指で刃を押さえ、刃の背の部分で鉛筆を削ろうとするなど、ナイフを扱ったり、見たことがないという子供も多く、小学生低学年で4−5割、高学年でも2−3割いたという。昔ながらのきちんとした削り方をする子供は少なく、鉛筆を机の上に置きノコギリで板を切るように削ろうとしたり、自分の方に刃をひいて削る子供もいた。手先や指の力が弱く、二分間で削りきれない子供もいた。

<着を使う>
伝統的な持ち方で使えるものをa、一見伝統的な持ち方をしているが指(特に中指)の使い方が異なるものをb、独自の持ち方をCと判定した。まともに箸が使える(判定a)割合は、小学生全体で15.7%、中学生23.1%、高校生23.7%、大学生29.0%。それ以降は50%台で推移するが、51歳以上でも65.2%で3人に1人が〃失格〃。子育てに最も深くかかわる26−50歳の年代でも、2人に1人がまともに箸が使えないことが、子供たちの箸の使い方に大きな影響を与えていると報告書は指摘している。

〈鉛筆を便う>
正しく持って使えるをa、人さし指または親指に力が入り曲がったり、親指が人さし指より前に先に出るをb、それ以外をCと判定。aと判定された者は、小学生から大学生まですべての学年で10%に達せず、大人も26〜30歳が7.9%、41一45歳が14.0%といった具合で、子供も大人も正しく鉛筆を持って使える人は非常に少ないという結果になった。
報告書は、Cと判定された人たちの鉛筆の持ち方を、「デタラメの一言につきるすさまじいもの」と指摘。具体例として、中指(薬指・小指)が鉛筆の上に乗っている▽げんこつにして人さし指と中指とで握っている▽親指が人さし指の上(中)にきている▽親指と人さし指が平行▽親指と人さし指で挟んで持っている▽その他説明のしようがないもの----を挙げている。
一方で、自分は鉛筆を正しく使えていると思うと回答した人は、各年齢層とも多い。特に教員では、正しく鉛筆を便えている人は17.3%しかいなかったのに、正しく使えていると思う人が80.7%もいた。

<生卵を副る>
卵を何かに打ちつけて、その傷口を手前にし、そこに両手の親指を当てて黄身を壊さずに割るをa,aの方法だが、その傷口に親指以外の指、あるいは傷口を上にして、そこに両手の親指を充てて割るか、黄身が壊れるをb、それ以外をCとした。
a判定は小学1年生で36.3%、2年生で45.6%だが、3年生になると51.4%で過半数を超え、6年生になると59.5%とほほ6割ラインに。日ごろ、生卵を割っているという回答も、他の調査項目に比べて高かった。
(細集委員  横山 晋一郎)1998/5/17/日



谷田貝公昭
目白夫学教授

谷田貝公昭・目白大学教授に、調査結果などについて話を聞いた。

ナイフで鉛筆を削る調査は、手先を使って道具を便いこなず力が世代を経て継承されているかが、端的に表れる。刃物を自由に使えることは、手を創造的に使う基礎でもある。昨今の少年事件の影響で、子供の世界から刃物をなくそうとする動きが出ているが、私は大きな間連いだと思う。刃物が危ないのではなく、安全に使いこなせないのが危ないのだ。だが、使わなければ上手になれないではないか。
今回の調査で、ナイフの使い方をはじめ、子供たちの生活技術がますます貧弱になっていることがわかった。その原因の一つは、子供に教える立場にある親や大人自身に、生活技術があまり身についていないことだ。まず大人が習熟に努める必妥がある。子供は親や教師の言うこと、やることをよく見、よく聞いて、それを取り込んでいる。親や大人は、子供のモデルにならなければならない。これはなにも生活技術に限ったことではない。現代は、大人が正しい意味で子供のモデルとなり得ているかが問われている時代と言える。
体験には直接体験と間接体験がある。遊びや仕事、野外活動などは前者だし、テレビや読書、学校で学ぶことなどは後者だろう。人間はそもそも直接体験を通じて成長するが、今の子供たちは直接体験が少なく、間接体験ばかりが増えている。
ある調査によると、今の小学生の一週間のテレビ視聴時間は20時間を超えるという。これは年間にすると千時間を超える。小学校高学年の一年間の授業時間1015時数を一時限45分で換算すると、約760時間だから、学校の授業時間よりテレビの視聴時間の方が長いことになる。
テレビがない時代には、この時間は遊ぴや手伝いなど、間違いなく直接体験に当てられていたはずだ。テレビ以外にも、ゲームや塾など、間接体験は増える一方で、子供たちにどうやって直接体験の時間を増やしていくかが大きな課題になっている。子供たちの生活技術が劣っているのは、直接体験が欠如した結果でもあるからだ。(談)