学級崩壊、増え続ける不登校、”落ちこぼれ”と言われる子供たち……。今、学校はかつてない危機に直面している。文部省が公表した学習指導要領案からは、社会の実態や子供たちとの間に、さまざまな”ズレ”を抱え込んでしまった学校を、何とか変えたいという思いが随所に感じられる。
新指導要領は、二〇〇二年度から始まる学校完全週五日制時代の、学校の学習内容を定めるものだ。完全五日制に対応するため授業時間を一割削減。さらに、学習内容は削減した時間数の八割の時間で勉強できることを目標に、大幅に見直した。現行よりおよそ三割減ったと言われる。
知鐵暗め込み脱却へ
日本の学校は、難しくて細かい知識の詰め込みに偏り過ぎという批判が絶えない。中央教育審議会が言う「生きる力」も、知識偏重教育に対する自己批判から生まれた。知識偏重詰めこみ教育のツケは、”落ちこぼれ”という形で顕在化している。文部省調査では、授業が「わからないことが多い」「ほとんどわからない」「半分くらいわかる」生徒の合計は、中学二年生で五五・七%、高校二年生では六二・七%にも上る。思い切って学習内容を見直さないと、学校が成り立たないほどに事態は深刻だ。
「厳選」の結果、二次方程式の解の公式や不等式、浮力、英文の筆記体などが義務教育から姿を消す。漢字も習う総数は変わらないものの、これまで、読み・書きともに一年でマスターしなければならなかったのを、読みは一年目、書きは翌学年と、二年がかりで修得すればよくなる。小学校で習う小数の計算は小数第一位まで、整数の掛け算もニケタ掛けるニケタ、または三ケタ掛ける一ケタまで。四ケタ同士の足し算、引き算もなくなる。
文部省の資料には、「削除」「上学年に統合」「軽減」などという言葉がずらりと並ぶ。内容が高度なものや、知識の詰め込みに偏りがちなものは、軒並み目の敵にされたようだ。
実践的な能力青成
一方で、時代の要請にこたえる取り組みも多い。その代表例がコンピューター。中学では、技術家庭で全員が電子メールのやり取りを学ぶ。美術にコンピューターによる表現が選択で登場し、理科や社会では情報ネットワーク活用を促すなど、コンピューターが本格的に学校に入り込む時代到来を予感させる内容が目立つ。算数で複雑な計算をやめ、漢字は書きよりも読みを重視し、英語から筆記体をなくすのも、コンピューター社会にふさわしい”読み書きそろばん”と考えればうなずける。
学校の学習が役に立たないと酷評される英語は、実践的なコミュニケーション能力の育成を重視して、失地回復を目指す。小学校の保健では薬物乱用防止で覚せい剤にも触れ、中学で性の問題行動への対応やエイズおよび性感染症の予防、覚せい剤や大麻などの依存症を学ばせるのも、子供を取り巻く今日的な状況を反映している。
小学校の指導要領総則に「日ごろから学校経営の充実を図り、教師と児童の信頼関係を育てる」との表現を追加するのは、学級崩壊現象を意識しでのこと。道徳は授業時間削滅の対象外とし、小学校の保健で食生活など生活習慣の乱れを学ばせたり、中学の保健にストレスが登場するのも、最近の子供の〃荒れ〃や心の教育への対応だ。このように新指導要領案からは、学校を取り巻くさまざまな環境変化や批判に対応しようという思いが、ひしひしと伝わってくるが、その狙いを定着させ、学校を変えていくには多くの課題も残っている。
月一回の五日制が始まったときから、私学の対応が五日制の成否を左右すると言われていた。文部省によると、今年四月時点で月一回以上の五日制を実施している私学は、小学校で八八・八%、中学五七・九%、高校七四・九%だけ。中高一貫の進学校の多くでは、中学段階で高校の教科書を学ぷなど指導要領の有名無実化が進んでいる。受験での公私間格差をさらに拡大させないためにも、私学が新指導要領にどのような対応をするかは、大きな意味を持つ。文部省は私学の特性を尊重しながら、地道な説得が必要だろう。
新指導要領定着には、入試改革も欠かせない。河合塾の調査では、高校教師の七割以上が「国公立二次試験、私大入試は改善を要する」と回答したが、その理由のトップが「高校の学習内容を逸脱」だった。私立中学校の入試間題が学習指導要領を逸脱していることは公然の秘密だ。指導要領を厳選化しても、入試の現実が変わらなけれは、塾通いや予備校通いをさらに増やす結果になりかねない。
教育環境の改書必裏
改訂も大きな目標の一つである〃落ちこぼれ〃の解消は、学習内容の厳選化だけで実現できるものではない。学習内容の削減は子供たちに朗報だが、学習内容が高度すぎることが、授業を理解できない理由のすべてとは思えないからだ。
八尾坂修・奈良教育大教授によると、米国では少人数の学級涌成が学力向上につながることが実証されたという。日本では一クラスの子供の数が多すぎて、きめ細かな指導ができないという嘆きをよく閲く。文部省は、少人数学級漏成など教育環境改善にもっと真剣に取り組むべきだ。
子供が理解していようがいまいが、スケジュールに合わせて進んでいく学校の授業の在り方そのものにも問題はあろう。前回改訂で導入されたはずの中学の習熟度別学習の現状はどうなったのだろうか。
こうした問題を一つ一っ検証し、なぜ子供たちが授業についていけないかを解明しでいかないと、指導要領改訂の度に学習内容の削滅が繰り返される事態に陥りかねない。今回の削減が学力低下につながると懸念する声も根強い。学校教育が子供たちに教えるべきものは何なのか、学習内容をめぐるもっと骨太な議諭が求められている。今回の改訂で文部省は、教育委員会や個々の学校が独自の発想で個性豊かな教育を実現するよう求めている。各教委や学校の責任はそれだけ重くなるが、文部省自身も早いものは九九年から始まる教科書検定作業などで、重箱の隅をつつくようながんじがらめの指導を慎むなど、裁量行政からの脱却が求められていることは言うまでもない。
(編集委員 横山 晋一郎)
1998/11/22/日