黒沢惟昭・東京学芸大学教授は、学芸大と中国の東北師範大学との学術交流を契機に、中国の重点師範大学六校を訪れた。中国の師範大学における教師教育の現状について、黒沢教授に寄稿してもらった。
文教政策の中軸に
中国の長春にある東北師範大学と東京学芸大学との問に学術交流が始まってから三年を経ようとしている。日本側の責任者として、この間十数回も訪中し、長春のほか中国の各地を巡る機会に恵まれた。
主たる訪問先は、東北師範大を振り出しに、北京、華束(上海)、華中(武漢)、西南(重慶)、陳西(西安)の計六つであるが、これらは国家の重点師範大学として有名である(カッコ内は所在地)。
教員養成とりわけ研修の実態調査のためにこれらの大学を見学しながら、スタッフをはじめ学生、院生そして研修中の現職教員とも親しく交流できたことはなによりの収穫であった。
大学のほか、日本の文部科学省にあたる北京の国家教育部、教育研究所、研修センターなども必要な限り訪れたが、至るところで日本の教育に対する強い関心を実感できた。
中国は、一九九〇年代初めの開放経済以降、「科教興国」(科学技術と教育によって国を振興する)、さらに最近では知識経済社会の到来に伴い「素質教育」(詰め込み暗記の「受験教育」に対して創造性と応用性を重視する)が喧伝されている。これら二つのキーワードをスローガンに、教育の発展に国を挙げて力を注いできたのである。
その中軸に位置づけられるのが教師教育であることに注目したい。中国の教師教育は日本と同様で、教員養成と再教育(現職教育)に大別されるが、前者については私たちの最近の研究成果(黒沢惟昭・張梅『現代中国と教師教育-日中比較教育研究序説』明石書店)を参者していただきたい。以下では、現職教育の二つの動向を見聞に基づいて述べてみよう。
一つは、かつて極端な教師不足の時代に資格が満たないままに教職に就いた教師の再教育である。これは前述の大学のすべてに設置されている成人教育学院において実施されているが、ここでは東北師範大学の例を紹介しよう。
五三年に創設された中国初の二年制の通信制研修施設で、その後まもなく三年制の専科を併設し、七六年以降四年制に移行した。二十五人の教職員が勤務しているが、講義は東北師範大の六十人のスタッフが担当している。研修生は全国統一試験によって選抜され、現在中・高・専門学校の教師、約六千人が研修中であった。創立以来九八年までの卒業生は二万八千八百九十人、専科生は一万七百十六人に上る。
独習、実験・実習が主な教育方法であるがテスト・評価によって不足した学歴を補う。スクーリングは夏・冬の休みを利用しての二、三週間で、巡回教育も実施されている。経費は国家の補助があるため、個人の負担は年間四、五百元(六、七千円)程度である。
学院の責任者、祝捷氏はいつも快く応対してくれる少壮の温和な学究であるが、学院の事業に話が及ぶと人が変わったように情熱的に語り出し、その気迫に私はいつも感動を覚える。
修了後はリーダーに
もう一つの注目すべき教師教育は基礎教育段階にお.ける素質教育推進のためのハイレベルな研修である。九九年初めに、国家教育部は「21世紀への教育振興行動計画」を公布したが、これに基づき全国から選抜された小・中校の中堅教師一万人を対象にして、国家レベルの研修を重点的に実施中である。経費はすべて国家負担であるが評価は厳しい。研修修了後は出身地に帰り、研修のリーダーになることが期待されている。この研修は継続教育と呼ばれ、長春と上海に国家教育部直属のセンターが置かれ、各地の重点師範大学と連携しながら研修を推進している。
昨年十二月に北京師範大に招かれ、実施中の研修の一端として、特別講義-日本の教師教育の現状と課題ーを行った。二時間の講義中目を輝かせて聴いてくれた三百人の教師たちの熱意に、さらにその後の鋭い質間の続出にも圧倒された。不登校への対応、塾の問題、「ゆとり」と「学力」の関連等々。予定時間を大幅に超え、私が教室を出てからもノートを携え質問を続ける者もいた程である。
大教室の講義のほかに小人数スタイルの研修も盛んである。西南師範大では、研修生が少数民族の居住地域での生活体験に基づいて作成したカリキュラムをいかに「素質教育」と結びつけるかについて指導教官を中心に数人の参加者が熱心に討論していたシーンがいまも浮かぶ。
グローバル化に備え
現在の中国は、日本の六〇年代の経済成長とその後の高度情報化社会が同時に進行し、さらにグローバリゼーションの大波が押し寄せている印象を受ける。この奔流を乗り切り、二十一世紀の新しい国づくりのために教育が最重要度に位置づけられ、その中心が継続教育による教師の力量アップである。
日本に目を転ずれば、一教員養成は制度的には早くから整備されてきたが、研修の面には様々な問題があることは最近の教養審三次答申(九九年)も指摘している。私の勤務する大学の例でも、中国の重点師範大学に比べて設備、スタッフの面で大きな後れを取っていることを認めざるを得ない。
教育の病理の回復、グローバリゼーションヘの対応のために多くの改革がここ十余年の間に急速に進められてきたが、期待された成果は上がっているとはいえない。改革を有効に進めるためにはやはり教師の実力向上に墓づく自信と意欲が不可欠である。具体的には、教育現場と大学をはじめとする高等教育機関との密接な連携による研修の充実、そのための教育資源の重点的投入が緊急の課題である。中国での見聞からこの点を痛感した次第である。
教師の資質向上・力量アップは、教育の質改善に欠かせない重要なテーマだ。
一九八八年の教育公務員特例法改正で初任者研修が導入されるなど、教員研修制度の整備は着実に進められてきた。現在は、初任者研修、教職歴五年、十年、十五年などの節目に行う教職経験者研修、主任研修や教科に関する専門研修など中堅教員向けの研修、管理職研修、長期社会体験研修など、様々な研修制度が用意されている。
しかし、校内での研修は内容が画一的で時間も限られている、校外の研修は講義中心で魅力に乏しいなどといった具合に、現行の研修制度に対する不満・批判は根強い。
一方で最近特に注目されているのが、大学での再教育だ。都道府県教育委員会が中堅教員を教員養成系大学の大学院などに派遣する制度も定着しており、夜間大学院や通信制大学院を利用して学び直す現職教員も増えている。
とはいえ、受け入れ枠や指導体制をはじめ、教員再教育に対する大学の取り組みにはまだまだ不備が目立つ。少子化で教員採用が減り存続の危機とまでいわれる教員養成系大学にとって、現職教員の再教育は自らの生き残りにもつながる。学校現場との連携を密にして現職教員の再教育にどのように関わっていくか、日本の教員養成系大学にとっても大きな課題になっている。
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