教育関係資料目次へ

総合Menuに戻る

運動会


運動会の花形種目をめぐり、教育の現場が揺れている。運動会の定番といえぱ「徒競走」「リレー」。ところがここ数年、そうした種目が消滅あるいは変質しつつある。過度な競争の回避、足の遅い子供に対する心配りなどが背景にあるが、一方で存続論も根強い。さてこの論争、すんなりと「紅白」決善がつくかどうか。

「協力の中の競争」
秋晴れに恵まれた五日の士曜日(1996年)、埼玉県三芳町の町立三芳東中学で開かれた体育祭。この日、朝早くからカメラやビデオを手に集まった父母たちを、最も熱狂させたのは、徒競走でもリレーでもない。学生服に身を包んだ全員参加のクラス対抗応援合戦だった。「白組は歯が命。そして勝利が命」などごテレビコマーシャルのせりふをもじり、ユーモアたっぷりにクラス全員で繰り広げる応援に、会場がどっと沸く。父母たちも生徒席にぎりぎり
まで近づき、我が子を〃激写〃する。
同校はこの二十年、徒競走のない体育祭を続けている。リレーも、通常のリレに「障害物リレー」「むかでリレー」などを加え、だれもが「もれなく選抜される」仕組みだ。「協力の中の競争です」と話すのは大岡一雄校長。過度の競争心を植え付けるよりも、協力することの大切さを学ぶことに主眼を置く指導方針、という。
運動会でどんな種目を採用するかは、各学校の裁量にまかされている。教育関係者によると三芳東中のように連動会に徒競走を採用しなかったり、何らかの工夫を施して種目の競争色を弱めたりする小中学校はここ十年くらい、年々増加。徒競走の途中にじゃんけんをさせる、障書物を置くなど遊び的な要素を増やすとともに、足の遅い子供にも勝つチャンスを与えるよう配慮する傾向にある。

最後の年に初の1等
〃隠し技〃もある。あらかじめ全員の走るタイムを測定し、当日の徒競走の組み合わせは、背の順ではなくタイム順に。これで大差はつきにくくなり、足の遅い子供も一等になる可能性がでてくる。この方法を取り入れている学校は、全国でかなりの数にのぼるとみられている。
こうした措置をめぐっては、教育関係者や児童・生徒の保護者の間でも意見が大きく分かれている。徒競走存続賛成派の中には、運動会の競争に手心を加え過ぎるのは「悪平等」という意見が多い。
小学生の娘がいる横浜市の主婦は「一等賞を取るのを楽しみにしている足自慢の子供が、タイム順で走らされてビリになったらどんな気持ちになるだろう。運動の得意な子、勉強の得意な子、芸術の得意な子、それぞれの得意な場で活躍させてやるのが、本当の平等だと思う」と話す。
「タイム順」を採用する東京・大田区立洗足池小学校の棚橋務校長は「競争を悪いと一言っているわけではない」とことわった上で、こう説明する。「足の遅い子は徒競走で嫌な思いをする。どうせ私はダメなんだという気を起こさせないで、頑張れぱ一等になれると思わせることが大切」。同校六年のA子さんは小学校最後の今年、ついに百届走で一等になった。「タイム順」のおかげだ。校庭の隅にいた母親に駆け寄り「やった」と声をあげて喜んだ。そんなA子さんも、以前は運動会が嫌いだった。
母親は「算数のテストだって、名前を発表するのは点数のいい子だけ。なのに運動会だけ一番足の遅い子まで全員に知らせるようなことをするのは、子供の心を傷つけるだけ」と娘の気持ちを代弁する。

個人差,める教育を
東京・八王子市立由本東小学校の堀江邦昭教諭は1徒競走はない方がいい」ときっぱり。同校はここ数年、徒競走からクラス全員参加のリレー競争に徐々に切り替えている。今年は三年生もリレーを採用した結果、徒競走は一年と二年だけになった。1子供は走るのは好きだが、足の遅さを人前にさらすのを嫌う。
徒競走は授業でやれば十分。運動会当日になると、不登校になる子供もおり、こうしたことの繰り返しが体育嫌いの子供の増加につながっている」と堀江教諭。
徒競走をめぐる問題について長年研究している山本貞美鳴門教育大学教授は「懸命に走る場を子供たちに提供するという意味で、徒競走は必要」としたうえで、問題の本質は別のところにあると指摘する。「運動の苦手な子どもがいじめにあわないようになどと考えて競争を避けるのは教育の本末転倒。人にはそれぞれ能力差がある。昔はビリでもみんな拍手で迎えたものだ。学校はまず、個人差を認めあえる人間に育てるよう努力するべきだ」
1996/10/16/水 掲載記事