ゆとりの大切さが叫ばれながら、現実の生活は忙しくなるばかり。フランスでは、そんな風潮を見直す動きが始まっている。ビジネスマン養成セミナーの「ゆとり溝座」が人気を集め、「時間」について哲学論争する市民の姿が目立つ。パリ在住のジャーナリスト、山中啓子さんにリボートしてもらった。
セミナーの人気急謄
パリに本拠を持ち、欧州では最大級の経営管理者養成機関の「セゴス(CegOS)」。ここでは、1995年から新しいセミナーを取り入れている。「気持ちを明るく平静に保つ方法」「ゆったりとした態度」「時間の仕切り方」といったもの。人材養成セミナー責任者の丁・L・ミュレール氏によれば「担当する人材養成部門だけで年間六千人の研修生が参加するが、プログラムにゆとり講座を五%取り入れただけで、申込者の数が20%増えた。ゆとりを持つことが、企業での人材育成のポイントになり始めている」という。
携帯電話ができてから、だれかと話したいと思えば、現在進行形でコミュニケーションがとれるようになった。電話だけではない。一切の無駄をはぶいて最大効率を得るための新鋭器具が次々に考案された。ファクス、インターネツトの出現は、通信時間のロスを限りなくゼロに近付けた。
だが,こうして浮いた時間をわれわれはどう使っているのだろうか。前より時間に余裕ができたという声はどこからも聞こえてこない。それどころかだれに尋ねても、「仕事に追われている」「忙しくて死にそうだ」という返事が返ってくるばかりである。何のことはない、その分だけ生活のリズムが速くなっているのであり、きりきり舞いをさせられるのは結局私たち人間なのである。
90年代の初めにバブル経済かはじけると、この流れに変化が見え始めた。企業はそれまでの効率一辺倒に対して反省を迫られることになった。かつて「効率追求」のための猛訓練のセミナーに社員を送った企業は、同じ社員を今度は「心にゆとりを持つ」ためのセミナーに送るという現象が起きているのだ。
研修生、各分野から
セゴスには大企業、銀行、行政機関とあらゆる分野から研修生が送られてくる。一クラスは10人ほどで、内容は自已診断から始まり、ビデオ、シミュレーション、参加者たちの体験談の交換、成功した例、講師の話からなる。
受講者の反響は上々で、「物事に優先順位をつけられるようになった」「前より時間にしばられず、会議や打ち合わせの運営もうまくできるようになった」などの声がある。98年からはヨガに似た、心身の平静を保つための運動であるソフォロジーも追加される。
哲学者マルク・ソテ氏が1992年に始めた「哲学カフェ」の討論には年々参加者の数が増え、毎日曜日の昼近くになると,バスティーユ広場のカフェ・ドラ・ファールに百人近くのパリっ子が集まり、自由討論が2時間ほど続く。
ここで最近よく取り上げられるテーマが「時間」である。あらゆる科学をもってしてもいまだに解明できない「時間」の正体について、人々が差し迫った疑問を持ち始めたようだ。
メディア関係では、フランスの有カニュースマガジン、ル・ポワン誌が最近、「遅さへの賛辞」というタイトルで特集を組み、時間とストレスの問題に取り組んだ。担当のJ・コルドリエ記者によれば「これだけ多くの反響を呼んだのは、この数年来
初めてのことだ」とのこと。テレビ、ラジオでも、最近、時間を扱う企画が目立っている。
パリを合む首都圏の地下鉄では、近く乗客がICカードを持って通るだけの完全な無人改札にする計画を立てている。これが実施されれば、本人確認が0.22秒で済み、すぐにプラットホームに出ることができるという。なぜかチャップリンの早コマ回しのフィルムが思い浮かんでくる。
時間の操作は幻影?
われわれはじっくりと待っことを知らなくなった。時間のロスを圧縮し、その拘束から逃れ、二重三重に使うことによって、時間を操作できるという幻影を抱いているのではないか。ぼんやりしている時間、のんびりする時間はほとんど罪悪である。
21世紀に入り、これがさらにエスカレートすれば、もはや人間の生理では適応できなくなってくる。自ら生んだテクノロジーに操作されて、支配しようとした時間に逆に支配されることになりかねない。咋今の動きは、こうした流れに対するささやかな抵抗の始まりともいえる。
1997/10/22/水 日経新聞夕刊 掲載