診察のなかから
ダウン症候群の子どもたちが受診する特別外来から覗いた教育界は、とても面白い。いや、面白いという表現ではできない奇妙きてれっな常識がまかり通っている世界に見える。障害児が生まれると、その障害がいっそう増強されがちなのが、医療関係者と教育者の子どもに生まれた場合だとよく言うが、その背景には虚無主義のようなものがあると思われて仕方ない。
過去の1ヵ月の間に三人も同じ相談を受けて、同じ指導を行なったので、ここに記録しておきたい。三人ともダウン症候群の子どもである。いずれも地元の普通学級に入学した。一人は事前の折衝もなく、自然に普通学級に入学したもので、あとの二人は事前に就学前健診を意識的に受けないで、親の計画の下で普通学級に入学したものである。後者の二人とも、特殊ないし養護学校に行くように、普通学級の校長から打診を受けたのであるが、それを拒絶し、どうして普通学級に通わせたいかを主張して、親の意向を実現したものである。その際に、どちらも普通学級に入学しても、特別なカリキュラムを与えるという配慮はされないですヨという念押しがされていたのはもちろんである。親としては、普通学級の中でもまれて、少しでも健常児の生活態度を吸収させ、またそのリズムを会得させたいと願っての選択だったので、そのような学習上の特別な優遇待遇までは要求できないと遠慮したのは当然だろう。しかし、その結果、明らかになったことは………。
授業の内容は、あらかじめ厳格に計画されていた様子が伺えるのですが、少なくともダウン症候群の子どもたちの学習能力のいかんにかかわらず、どんどんと進められていき、早くも小学校一年生で次第に授業について行かれない状態となってしまいました。どうも、教師の意識も、落ちこぼれの一人一人に応じていては、一年間のカリキュラムを消化できないという判断があるのか、それとも別の思惑があるのか、ダウン症候群の子どもに対して、少しでも知的向上があるように努めているふうには見えないのでした。
現実にどういうことが起こったか。授業があっても、まったく理解できない小学一年生の生徒に対して、ある教師はノートを広げて、そのマスの一つ一つに「○記号」を書いて、その時間をつぶすようにさせていました。おかげさまで、そのダウン症候群の子どもは、一冊のノート全部にすみからすみまで、○ばかりが書かれています。これをもう半年以上続けています.これからもそうなることは誰の目にも明らかです。そして、親が別の教材を持たせて、そういう退屈な時間にそれを使わせようとしたら、担任教師から断られたというのです。どういう意図があってかの説明はなかった由、親はたぶん教師のぺ一スを乱されるのは困るという意志なのだろうと推測しています。
もう一人の生徒は、ノートの初めから終わりまでミミズがのたくったような鉛筆のなぞりがずっと書かれています。彼はまわりの子どもたちが書いている様子をまねして、そのノートに自分なりに授業参加している姿を残そうとして、そのような意味のない文字を書いて過ごしてきたのでしょう。それがやはり半年以上続いています。担任教師はそれを見ても何も言わないのです。生徒が猛烈に勉強をしたい、文字を書きたいという行動意欲を示しているにもかかわらず、ちょっとした工夫で働きかけをすることもしないのです。
最後の生徒はまったく放置されたままで、たいくつのあまり、外に出ようとするので、家庭への連絡ノートには「困った生徒です」とそればかりが書かれているという事でした。授業はまったくうわの空で、理解できないままでいます。しかし休み時間には実に愉快そうに同級生と遊んでいるので、そのまま普通学級に置いてやりたいという気持ちが親の側にも強くなってしまうのだそうです。果して、これが良い状態なのかと親も心配しているとは言います。
いずれも東京地区での事例です。親が強く希望すれば普通学級に入学できるようになりましたが、受け入れる側は決して歓迎しているわけではないのは、このような対応の仕方から良く分かると思います。ダウン症候群の子どもへの差別と偏見は、医療の現場にも当たり前のようにあって、それが減ってきたのはつい最近のことです。今でもあからさまに差別をして平気な顔の医療関係者、権威者が居ます。ダウン症候群の赤ちゃんが亡くなった時に、親御さんの気持ちを踏みにじる言葉として、「こういう子どもは、えてしてこういう亡くなり方をするのですョ」という説明があります。最初から、そのような目で子どもを見ていたことを白状しているようなものです。しかし、親たちがずいぶんと気分を害していますと教えてあげても、自分は医学的に自明のことをいったのに過ぎないと開き直るのがほとんどです。言葉の使い方一つにも医師としての素養が欠けています。
さて、同様な批判を心に抱いて、教育界を見てみましょう。同じことが見えます。ダウン症候群の子どもたちは、知的発達の上で障害があることが定まっている。だからそのためにわざわざ創った養護学校へ行けぱよいのに、何で普通学級に入れたがるのだ。きっと親の見栄のためなのだろう。子どもの障害を正確に親は認識していないからに違いない。親御さんと学校側あるいは行政側のやりとりを振り返ってみると、たいていは、このような理由づけが根底にあるのが分かってきます。
ダウン症候群の子どもたちにふさわしい教育はどんなものなのかは、現在、流動的になっていて、誰も確実なことは言えません。とくに世界的な趨勢としてある統合教育あるいはインクルージョンという理念から、ダウン症候群の教育を見直してみますと、あるいは、ダウン症候群の子どもこそがもっともその目的に合致した存在ではないかと思われる位です。つまり、統合教育あるいはインクルージョンの提唱者は、その哲学を徹底的に現実の場で検証する義務がありますが、ダウン症候群の教育こそがもっともその目的に沿っているものと言えます。しかし、あいかわらず、感情的情緒的な賛成論ぱかりです。厳密な批判精神でもってダウン症候群の子どもには統合教育がもっともふさわしいと結論する研究、あるいはその反対であると結論する研究が表立ってできないのはたいへん不思議なことです。
例えば、知的障害児が健常児のクラスの中に入ってくると、同級生の知的発達の水準が低下すると非難する父兄がいるそうです。根拠もなくそういうことを言う人が居るというのは信じられないことです。現実には、逆に健常児の知的ポイントがより高くなる傾向があるとされています(米国の話)。子ども同士の互いのプラスの関係があるように思えてきます。差別と偏見の特徴は、その根拠がないことに見出せます。根拠なく差別する人は無知であるが故かも知れません。でも、もう一つは、別の隠した意図があって、その意図を実現させるために嘘でも平気で事実のように言う場合があります。意図的に嘘をつくのは、無知よりも罪が重いでしょう。
かくして、この三人のうち、二人の親御さんには、私も強い態度で接しました。すぐにクリニックの扉を押して、一緒に外出するようにうながしました。道すがら「あなたのお子さんは、勉強したい、勉強したいと痛烈に願っているようだ。だからその望みに合った教材を探しに行きましょう」と親に言い続けました。
大きな書店に行きますと、さまざまな教材が見つかりました。子どもが自動車の絵本が大好きで、その絵本ならいつまでも見ていると親からの申告があれば、その関係で教材を探します。うまく見つかってそれを提示すると、親御さんが今更に、「こんな教材があるのですね」と驚いた風にします。これが問題の始まりです。子どもが勉強して、記憶する事柄は、うれしい、楽しい、わくわくするという体験と一緒に記憶された事柄が圧倒的に多いのです。退屈ばかりの授業を与えることは、子どもの心に何を残すでしょうか。教育者はついに教育を放棄したことを子どもに教えることになるでしょう。教師を期待するなと教えることになるでしょう。
最も非人間的な拷問は、無意味な作業をいつまでと教えることなく続けさせることだと言われます。ノートに無意味ななぐり書きを終りなく続けさせている背後に、普通学級から追い出そうと言う意図がなければ幸いです。親は普通学級に無理やりお願いして入れさせてもらったという構造を卒業しないといけません。教育を受ける権利は誰にも保証されています。統合教育あるいはインクルージョンの思想は、今みたいな状況を正確に把握してこそ、根付いてくるものと考えられます。
ダウン症児の教育プログラムを短期的、中期的、長期的の三つの異なる観点から想定することは、具体的な効果を期待する場合、とても大切なことです。今学んでいてどうしても理解できないことをなんとかして理解させようとするのが短期的視点です。近い将来ある課題を容易に理解できるよう今から準備しておくのが中期的視点です。大人になったらぷつかる能力差の認識などを避けることなく受けとめて、その時にできるだけ円滑に解決されるよう準備した人間的な教育をしておくのが長期的視点です。
今回は、中期的視点から、「数の概念」の教育にっいてとりあげます。ダウン症児が、熱意ある親御さんや家族の関わりにより、十分な知的刺激を受け、さらには統合保育等の環境も与えられていると、たいていの場合、健常児と、伍して社会行動ができるほどの高い知的レベルが示されるものと思います。義務教育年令となって、普通学級に入る子供たちが増してきたのもうなずけます。
さて、その後の学習成果ですが、子供によって大きなぱらつきがあるものの、多くの子供たちが最も苦手とする教科が算数であると思われます。それが分かっているからには、教育の視点からすれば、中期的視点の教育プログラムを創案することは半分以上義務と同じです。私からの提案を申し上げます。実地に指導提供しております内容そのものです。
まず、四才頃から以降になりましたら、生活のどの状況であっても、常に「数」というものを「意識」させるよう、親御さんに依頼しております。最初の段階は、「数」を表す「言葉」があることを教えないとなりません。風呂に入ったときに「数」を教える習慣は大変良いものであると思います。意味が分からなくても、「イチ、ニ一、サン、シー、…」と続けてもらいます。
次に実際の数を取り扱う機会を意識して教育に「利用」してもらいます。それも扱う「数」は「1、2、3」の三種類までと限定します。「数」を理解するにはそれで十分だという気持ちを持って戴きます。決してr4」や「5」や「10」を教えたいという誘惑がおこっても、この誘惑を退けて戴きたいと申しております。どうして1から3までの数字で十分かと質問されるなら、“人類学的”研究の成果だと言い訳します。古来からたくさんの異文化が研究されてきております。数字は3まででそれ以上はない文化がありましたが、社会の機能は十分に営まれていました。「3」は「三っ」であると同時に「たくさん」を意味していたとされます。よって、1、2、3、の数をしっかりと把握させる事が大事です.
また、1から3の世界が理解できた折りには、さらに4以上の数を理解することは易しいこととなっているはずです。「数」の概念は、そうできているからです。「ljは「イチ」であり、「ひとつ」であり、いろいろな呼び名があってよろしいことを教えてあげます。「2」も「3」も同様です。
「半分」も大切です.「1」から「2」が生まれる過程を繰り返し教えてあげます。
日常生活の中で、1から3までの数を取り扱う機会はいくらでもあります。一日本語は英語と違って、複数を意識しないで言葉を操れるという特徴があります。「数」を「意識」させる点では不利な言語です。「あそ亡にブタさんがいます」というのを英語に翻訳しようとする場合、ブタさんの「数」は一体いくっなのかを知らないでは正確な翻訳はできません。
大人になった親御さん達が全く忘れていることは、いつも「数」を「意識」して暮らしているということです。そう言われると、反発されるかと思います。でも、目に入った物体の大きさ、規模、数を一瞬のうちに察知して、できれば得するように行動しようとしている人間の姿に気付いてもらいたいと思います。こういった利得的行動の多くは「無意識」という「意識」の世界に押し込まれて決して道徳的な自己批判でいちいちの行動をするたびに、顔を赤らめないですむようになっているとは、近代心理学の研究が明らかにした人間の心理なのです。
「ちょっと、そこのおはしを持ってきて」と頼むのではなく、「そこのおはしを2本揃えて持ってきてちょうだい」と声をかけることが大切です。そして、時々、「そこからおはしを3本持ってきてちょうだい」等とバリエーションをかけるといいでしよう。
健常児は常に油断なく数を数えています。脳の神経系にそのような刺激がいつも加えられているからこそ、小学校低学年での「数」の教育に比較的短時間でついていくものだと考えております。その証拠に、「数」以前の「名詞」だけの学習にふうふういっている子供は、この急激な算数のカリキュラムに遭遇して、理解できないで、立往生してしまうのがほとんど全てといっても過言ではないと思われます。
「1」から「3」までの数を「意識」して取り組んだ会話をいつもしてあげて下さい。
診察の中から
私のクリニックでは、他の療育関係者がさじを投げたようなケースを呼び奇せて、問題解決をすることに誇りをもっている。現在9歳であるこの男児もまた興味津々のダウン症児である。
もう1年以上も前になるだろうか。鎖肛があって人工肛門をつける等、さまざまな体験をしつつ、それなりに発達してきたのだが、最近になって親の神経にさわるような仕草がとても多くなり、いつも動物のようなうなり声をあげるぱかりの状態となってしまった。言葉も少しなら喋っていたのが、段々と少なくなる一方に思えた。特に毎夜おフロに入る度に、大声で泣いている。どうして泣くのか誰にも理由が分からない。そこで私のクリニックに受診してきた。以後定期的に通ってもらっている。初回の診察時に、どんな原因でこうなったのか見当がつかず、ちょっと困った.しかしほんの僅かでも視線が合うので、人間的な交流の窓口はまだ開いていると思えた。初めは、どんなアプローチが効果があるのか手がかりもなかった。コミュニケーション強制方法としては、最強のものとして、互いの前額をくっつけて目をのぞきこむやりかたにも思うほどの反応がなかった。周りの人間に対して、接触を拒絶する態度である。それを破る方法はあるだろうか。そこで開始したのが音楽療法であった。もっと年長の人たちに音楽療法を試みて、既に一定の成果をあげていたので、期待をもっていた。途中を省略するが、総括としては、成果があった。しかし、顕著なめざましい効果があがったとは言えない程度であった。おフロでの大泣きは下火になった程度であった。クリニックで開催された音楽教室では、音楽を心から楽しんでいることは分かった。ギターが演奏された時など、ギターの音響板に自分の顎を乗せて、その振動をうっとりして楽しんでいた。やがて、この音楽教室は、クリニックの財政的な事情から閉鎖となってしまうのであるが、以後彼の心はどうなってしまうだろうか。とても心配されたが、最近、受診にやってきた。母親から最近の生活内容をこまごまと聞いてみた。すると、言葉が増してきたとのこと。とても驚く。この子供の場合、以前の状態があまりにもよくなかったので、言葉が出てきて、話す言葉の数も増したなどと言われると、驚くほどであった。ともかく、音楽療法を打ち切って後のことを心配していたが、それは杷憂であった。実際、この診察中でも、たくさんの単語を口ぱしるのであった。発音も当方にも理解できるほどの明確さである。
いよいよ身体検査の診察もする段になった。母親の膝に抱きかかえてもらって、聴診器を持ち出して、いかにも診察じみたことを開始した。すると、真っ先に目に入ったのが、彼の前額の中央にぷっくりとふくれた傷跡である。新鮮度から判断して、「この傷は2週間くらい前にできた…,と当方が言ったのと、母親が「2週間前にやったのがようやく治りかけて…・」と言ったのが、偶然に重なった。プロレスラーが頭づきをやって、前額が切れるが、それでも強くするために傷のうえに傷をつけると言われる。それとまったく同じ代物が目の前にあった。
「でも、どうしてこんな傷ができたのだろうか。一体どんな状態だと頭打ちの行動が出るのですか1と私はちょっときつめの口調で言った。悪いクセとは思っても、望ましくない自傷行為が公然と示されると、どうして防止する策がとれなかったと、くやしく思ってしまうから仕方がない。
「だぶん、バスの中ででしょう」と母親が答えた。私はまだ事情を知らないのに、「それはきっと学校に行きたくないからでしょう」と断定した。母親は、「いいえ、学校に行くのは大好きなのです。先生も子供のことをとても可愛がってくれて、この子が笑うと天下一品だね、と学校中の皆で言い合っているのですよ、と言ってくれる位です」と言った。学校と家庭では、以前のような頭打ちの自傷行為は、ほとんど見られなくなっていると、母親は続けて言った。そして、私は母親からパス通学の実情を聞いて、色を失った。
彼は、住居地区内の養護学級に通っているバスで通う。市立学校が私営のバス会社に契約して雇づている。運転手と添乗員の二名がついている。不幸にも、地区内の生徒たちをすべてピックアップするために、バスはおよそ50分かけて市内をぐるぐると走り、それから養護学校に入る。この子は一番初の乗客であった。そして、座席につくと、すぐに「縛り上げられて」しまう。勝手に立ち上がったりすると急停車した時に怪我をするからというのが理由だそうだ。さらに、他の障害児にちょっかいを出しても、出されても困るという。他の乗客は? と聞くと、おとなしいので『縛られる』ことはないとのこと。しかし、紙を始終ちぎるのが大好きな子供が居るが、乗客ルールとして、取り上げられる。
さて、彼のことに話は戻る。手足を縛られてしまって、何もできない。できることは、頭を振ることだけだ。そこで、通学途中はせっせと頭を前座席の後部についている金属性手すりにぶつけて過ごす。痛くてもぶつける。どうして、痛いのにぶつけるのでしょうかねえ、と母はいぶかるので、推測ですけれどと前置いて解説を試みた。
自由な精神を持っている人間にとって、縛られた状態は耐えられない屈辱であり、できるだけ早くそこから脱出したいと考えるのが自然であろう。しかし、これは現実に養護学校に行くには、必ず通過しないとならない難儀なのである。縛られることは甘んじて受けよう。しかし50分もの長い時間何もしないで過ごすのか。自由な魂はそれを諾とするだろうか。断じて『否』である。何かで自分の自由を確保しておかないと魂はどこかに置き忘れたことと同じになってしまう。多少の出血はものかわ、頭部だけは自由に動かせる。そこで、痛いけれど、自由を感じるために一心不乱に座席の金属性手すりに前額をぶつける。自由は何もしないでいると失われることを知っているかのごとくである。
文句を言いたいけれど、私営のバス会社がお情けみたいな態度でバスを走らせている風もあると母は言う。養護学校側も強いことを言えない。私は、自由のためにここまで抵抗している闘士に尊敬のまなざしを送るしかなかった。
(終わり)
診察の中から
エンゼル会 津市 大倉 10-29
0592-25-9351
前略 本日※※※子ちゃんの診察を行ないました折りに、母親より学校から依頼された伝言がありますとのことでした。伺いました処、担任教師から、今後どのように教育をしていくといいのか見当をつける上で役立つ助言みたいなものがあれば聞かせてもらいたいとの趣旨でありました。そこで、以下のように書きます。
まず、教育と医療の分野は重複するところがあるにせよ、専門職能の視点からすれば、互いに異なる分野であると申せます。違う分野についてくちぱしをはさむことの善し悪しもあります。私は、むしろ重複した領域での話なら、申し上げても失礼ではないのではないかと思いまして、ここに個人的な見解を述べます。
この重複した領域のことを「療育」と言います。医学的にみて、一般的ではない先天的な体質がありますので、どうしても学習に時間がかかり、また疲労し易い傾向があります。それがダウン症候群としての体質の特徴です。もっと具体的に申し上げましょう。
ダウン症の子供は、自らのハンディキャップをよく承知していると思われます。すなわち生まれつき筋肉の緊張が弱いことを自覚しています。それゆえ、運動面ではなかなか勇気のいる行動をとれません。慎重にして臆病と言われる所以です。しかし、それもすべては、自分の置かれた状況を適格に把握しているということから起こってきています。その意味からは、様々な要素をときほぐして、軽重の評価を下す能力にたけていると考えられます。
言葉の発達が遅れます。特に言われた言葉は理解できるのですが、嘆るとなるととてもその能力は遅れます。そのため、不当に当人の知的水準は過度に低くみられています。
しかしコンピュー夕ーや絵を使った会話をしますと、平均健常児よりも高い水準のものも多くみられます。だから、知的発達を測定する知能テストのプロフィールから、ダウン症候群児の知能を知ろうとしてもそぐわないとされています。一緒に遊んだり、学んだりする中で、その知的論理能力を計るしかありません。
頭脳はきわめて論理的です。それは時に頑固としか思われない位に、論理性が一貫しています。普段の生活リズムでもあまりにも規則的な生活習慣をつけてしまいますと、臨時にその習慣を破ることが出来なくなることさえあります。
普段から、自分を馬鹿にしている人たちと過ごしていますと、あえてその評価に逆らわず、知能の劣った「役割」を演じます。よって、ダウン症児のそばで彼らの自尊心を傷っけるようなことを言わないでいるべきです。彼らの学習特徴として、褒められると一層の意欲を増しますが、けなされたり叱られた場合、意欲が向上することはおよそありません。
統合教育の効果は顕著にあるとみなされています。しかしその裏付けデータは主として外国で得られています。我が国は行政の仕組みから、障害児教育は隔離政策の一貫として位置付けされてきましたので、統合教育の総合的な資料はありません。
ダウン症児は模倣の才能に恵まれていると言われています。親切に教えてあげるといつまでも飽きずに勉強します。
他方で、彼らの性格として、周りの大人の期待をがっかりさせたりしたくないと固く決心している節があります。すなわち、何かをやるとすれば、失敗したくないという必死の思いが抑制されたからだと考えます。ですから、ようやく話し始めた言葉の発音等を咎め立てしていますと、言葉を話さなくなります。がっかりした大人の顔を見たくないからでしょう。それは行動の面でも同様です。ですから子供が失敗しても大人ががっかりした顔を、見せるのは厳禁です。もちろん、ある程度のがっかり顔で信号を送るのが妥当な場面もあるとは考えていますが。
自分から勉強したいという欲求はきちんと持っています。好奇心は人一倍ありますし、それに呼応するような面白いカリキュラムを提示すると、実に長くついてきます。つまり学習意欲は極めてあります。こういった面白い学習のための機器も多く開発されています。それらを交えて勉学させますとよい効率を示してくれます。
さらに、機械を用いた学習の方が人間がやるよりも効果的であるということも言われています。人間は、子供が学習に失敗すると露骨にいやな顔つきをするのですが、機械なら何も感情的な反応を示しません。
臨機応変の能力が弱いことをお含みください。予定行動はきわめて従順です。それはすなわち彼らのハンディキャップの自覚から由来しているものとも思われます。予想外の対処をするとなると、パニックに陥りやすいとされます。ですから、普段から少しずつの臨機応変の練習を重ねておく必要があります。教室を変えての授業で、普段と違う教室への移動となってパニックに陥った事例があります。それでも充分な配慮をすれば、自力で自動車免許をとった米国のダウン症女性のこともあります。
筆圧が弱いことも考慮に入れてください、大きな音響に対して感受性が高いことも琴慮してください。数の概念をとらえるのが特別に下手だと思います。これは英国語でのダウン症児では目立たない特徴です。おそらく日本語会話に数を正確に伝える機能が備えられていないためでしょう[事例:私は犬を見た;Isaw a do9(or dogs)]。学校では健常児と交流することで、どのような言葉を喋れぱよいのかという一番適切なモデルと接しています。しかしいつも接しているために、相当のストレスを感じています。できれば1〜2週間間隔でダウン症児ともつきあって、同じリズムの者同志で過ごしてみる時間を持って戴きたいと思います。
健常児には、「ダウン症の同級生ていつも同情してあげないといけません」という価値観の吹き込みは無用です。むしろ「だれでも色々な個性がある.ように.※※ちゃんのすることは彼女でないとできないことです。互いに認めあってくださいね」とおっしゃってもらえれぱ、同級生もあまり怪訝に思わないだろうと思います。むしろダウン症児がいけないことをした場合に、rダウン症児だから例外的に許してあげる」というのは仲間との帰属意識がとんでしまいますので、よろしくありません。あくまでも憶えてもらいたいのは、健常児の学習態度と習慣です。そして社会性です。それは大人からではなく子供たちとの関わり方で得られます。
できるだけ早い時期から日記が書けるように励ましてあげてください。文字が書けるようになると、口語ではわからなかった豊かな文化性の高い世界が表現されてきます。
以上かいつまんで解説させて戴きました。
草々
友愛157号
1998年8月l5日発行海月1回15日発行)
ダウン症の療育では、健康の管理と教育が重要な柱となります。今回は、教育での要点を話題としましょう。それを「小さな達成感jという言葉に要約しておきます。「小さな達成感jとは何のことでしょうか。
子供の教育の要諦は、ダウン症児でも健常児でも変わりありません。子供の既に到達している理解力のレベルに応じたカリキュラムを提示することにあります.子供のレベルに応じたカリキュラムとは、その子供が十分に理解することができる水準をまず承知した上で、そのレベルよりもちょっとだけ難しい課題を与えることを指します。今までに学んだことから児の脳では、系統的な知識の整理がされています。その整理された知的体系に付け加えるべき新しい知的体験を与えるのが、教育の使命です。
でも、もしも児の知的理解能力をはるかに超えた難しい課題を示されたら、子供はまったく理解することができず、いかんともすることができません。まったく経験にもなりません。退屈な時間を過ごしたことでしかありません。そのような事態は絶対に避けないとなりません。子供の理解レベルに接近したレベルの解くべき課題を提示してやりますと、しばらく考え込んでいて、それから「分かった!」と子供はひざを叩きます。そして、その課題のレベルに知的水準が高められます。私はそれを“磁石の法則”と呼んでいます。距離を近くして誘えば強い吸引力で移動します。しかし距離が離れ過ぎてしまうと、吸引力はまったく働きません。
ダウン症児が例えば普通学級の一年生になったら、このような考え方でカリキュラムを設定してもらいたいと願っています。これは別にダウン症児に限らない考え方です。
次に・家庭でも学校でも「小さな達成感」を沢山味わえるようにして下さいとお願いしてしています。「小さな達成感」というからには、対極にはr大きな達成感」があります。「小さな達成感」とは、言い換えれば日常的な頻度の高い行為の達成感覚を意味しています。「大きな達成感」とは、長年月をかけて取り組んできた事業が目標通りに達成できることを意味し、どちらかと言えば、非日常性の事象です。
例えば、その日の絵日記を書くことは、書き終わった時に「小さな達成感」を抱かせます。例えば、長年月つめに火を灯すように節約して頭金をつくり、ついに自分の家を建てた時、これは「大きな達成感jとなるでしょう。
どうして「小さな」と「大きな」の違いがあるのでしょうか。それは、「小さな」がたくさん寄り集まって「大きな」があるからです。
ダウン症児の教育は、この「小さな達成感」を毎日ふんだんに体験させていくことで効果あるものとなるでしょう。一つのことに集中する時間が長くなるとか、忍耐強くなるとかの現象がみられるはずです。それはすべての子供に起こりえる発達の特徴です。
ダウン症児には、常に「小さな達成感」を与えることを目指して、周囲の人たちが教育にあたってもらいたいと思います。家庭には、その題材がたくさんあります。雨戸をしめてもらいましょう。閉まり終ったら、家族の人からかならず褒める言葉を与えましょう。それが「小さな達成感」です。食事が終ったら、自分の食器をかたづけるのも、良い機会となります。それを周囲の大人たちが、「やって当たり前の行為」として、何も声をかけなかったら、せっかく「小さな達成感jを感じさせることができたのに、逃がしてしまいます。大人が子供の宿題の面倒をみる場合も同じです。一つ一つの問題は、子供への挑戦です。それをうまく解決した時に、子供は「小さな達成感」を抱いています。それを大人は意識させるように言葉かけをします。すると、子供はさらなる「小さな達成感」を求めるようになります。これが集中力や忍耐力につながってきます。
学校での教育カリキュラムでも、そのような配慮は効果を発揮するでしょう。逆な場合は、目に見えて、子供は無関心な態度となります。
実態はその子供の心は欲求不満でいっぱいですが。授業時間は無駄な時間つぶしとなります。子供の理解力に応じた「磁石のような効果」を発揮するカリキュラムを与えることが求められています。
学校教育の機構は、細かい規則と財政的配慮から成立しています。子供の理解力に応じた個別の教育カリキュラムを、と述べても、現実には行うのは至難のわざとなりがちです。しかし、子供の生活行動の中に、いくらでも「小さな達成感」をはぐくむ援会があります。教育を学校カリキュラムに限定せずに、子供が起床してから、また寝どこに入るまでの何時でも教育カリキュラムが存在しているとみなすべきです。
昔話しになってしまいますが、しばしば「掃除」がすべての修業で最初に課せられていました。どうしてかな? 今は、「小さな達成感」の教育理念に照らしてみれば、立派な理由があります。掃除をする前は目茶苦茶に汚い場所が、一心不乱に身体を動かしている時間を経て、ふと気づいてみたら、その場所がぴかぴかになっている。それをやったのは、誰だろうか。それは自分なのだ! そのような自意識が育てられていきます。くりかえし掃除をしているうちに、自分は掃除の名人になったのだから、もしかすると他のこともやりとげられるかも知れないと考えるようになります。これをうぬほれと非難するなかれです。古今東西、社会的に偉人と言われた人たちは、強烈な自信、強烈なうぬぽれの持ち主です。
ダウン症児は、どうしてもそのラベルから想像される思い込みにさらされます。こんなこと、やれといってもやれないのではないか。ともかくやらせてから、途中で手助けしてやれぱいいか、などの思い込みが、かえってダウン症児の自信を削いでしまいます。健常児は、自然に自分の教師にもなっています。ちょっとの時間でも、ひまなく遊ぴを求めて行動します。目覚めている聞はいつもr小さな達成感」を求めて動き回ります。そしてたいていは「達成感」を味わいます。やりたいと思ったらやる。やったから「達成感」が生じます。ところが、ダウン症児はなかなか行動に移らない。周囲の人の目を気にします。どうしてこんな違いが生じるのでしょうか。
一つには、親の過剰な監視が原因としてあると考えます。親御さんにしてみれば、決して監視する気持ちなどないでしょう。しかし、ダウン症児が自由発想して、まずとにもかくにも体験をLてみようとした時そこに立ちはだかるのが親御さんであるということは大いにあり得ることなのです。なぜなら、ダウン症児の養育に一所懸命になればなるほど、子供から目を離す時間は少なくなる道理です。言い換えれば、子供のそばにべったりとくっついた状態の方が多くなります。果してこういった状況下で、子供は無邪気に自由気ままに行動することが許されているでしょうか。健常児程ではないと思います。ダウン症児の養育で、「健常児と同じに育てましょう」という意味は、このような違いを解消しましょうということです。
子供にやりたいことをやらせて、r自分はやれた!」という「小さな達成感」を積み重ねていくこと、それが「大きな達成感」を求める原動力になることを申し上げました。
(終り)
※書籍紹介
飯沼和三著「ダウン症は病気じゃない」
発行所 大月書店
定価
1470円
〒310円
飯沼和三著「ダウン症児の療育相談」
発行所大月書店
定価
1680円
〒310円
中川信子著「健診とことぱの相談」
発行所(7月新刊)ぶどう社
定価
2100円
〒310円
友愛170号
1999年10月15日発行(毎月1回15日発行)
知的障害児学級に居る子供の様子を観察するために小学校を訪問した時のことです。小学校1年生の女の子は、私のクリニックに定期的に通ってくる会員でありました。母親から、学校の厳しいやり方に不安があるという訴えを聞いて、それならまず実地検証をしてからと思い、見学を学校側に申し込んだ結果、運よく見学が許されたのでした。
さて、色々な場面でさまざまな想いが残りましたが、中でも特に印象深かったことをこれから述べさせてもらいます。
その女児はかぼそい身体で、一所懸命に皆と同じカリキュラムを消化しようと努めているのがあきらかでした。ところが、担任教師の示した態度たるや、残酷教師としか言えない姿でした。なぜなら、そばで着替えに悪戦苦闘している子供が居ながら、その様子をにらみつけているだけ。そんな仕事なら誰でもできると思わせられた。子供の方はすっかりおびえてしまって、ちょっと着替えの衣に両手を入れては、にらむだけの担任教師の顔色をうかがう。引きつった顔つきをあらわにした子供とその子供を脅迫するだけの教師。これはとんでもない環境に迷い込んでしまったと思っても後の祭り。結局、1時間をかけて、着替えができたのでしたが、その間まったく介助をしなかった担任教師の態度には驚いてしまった。こんなのが日本の特殊教育の教師なのかしら。
知的発達が多少遅れた子供に、例えば、着替えを教えたいなら、まったく別のやり方があるはずです。すなはちrゴールからスタートヘ」という原則です。
説明しましょう。着替えをする場合、最後の仕上げは、着替えるべき衣服に手を通し、頭をニュッと出して完成です。この段階がゴールです。では、まだ着替えを満足にできない子供に着替えの仕方を教える場合を想定しましょう。
着替えには色々なステップが必要です。そこで、まず最初に99%の課程は済んだ情況で、子供にあと1%だけの作業をすれば、完成となるような状況にします。つまり、最初は着せてあげて、あとは頭だけ出せばよい段階にして、子供に任せます。すると簡単な頭出しですから、子供はできないはずがありません。完成したらおおげさに子供を褒めてあげます。子供は大いに気をよくします。次の段階は、その着替えの作業の終わり段階を2%にして、子供に要求します。既に1%が自分でてきているのですから、2%を要求されても簡単至極というわけです。子供を大いに褒めてあげます。こうして、徐々に子供が自分でやる割合を増やしていきます。ゴールからスタートに向かって、着実にゆっくりと進めていきます。
こうして一連の必要な動作を子供はマスターします。
先に記述した特殊学級の教師が犯した誤りはもう読者には明らかでしょう。着替えの最初の手順から教えようとした段階で、もう特殊学級の教師は失格です。こういった教師が居たら、子供の精神的健康を侵害されないよう親は気をつけましょう。
(毎月1回15日発行)
小学校に入学して子供が毎日元気に通う道について、お話ししましょう。
まず小学校は6年間のコースですから、それだけの長期間定期的に通うという環境を利用したいと思います。普通なら、歩いて通うと思います。歩く事は健康にとっていかに大切か、医者でなくても皆さんよく知っていることです。六年もの間、雨が降ろうが、やりが降ろうが、規則正しく一定の距離を往復すれば、かならず足腰が鍛えられます。それはとりもなおさず、心臓と肺の機能を強くすることに繋がっています。もしも意に反して遠距離であるために自動車で送り迎えすることになったり、学校と自宅が隣り合わせでろくに歩く距離がないということを聞くと、長嘆息して頭をかくばかりです。
また親御さんに心して通学をさせて戴きたいことがあります。通学路を往復するなかから、精神の柔軟性を養うという願ってもない機会を生かしてくださいということです。通学路によって精神の柔友愛軟性を養うなんて、とっぴもないことと思われた読者もし、らっしやるかも知れません。
私の実体験をまず申し上げます。ダウン症の女児ですが、毎日学校に楽しく通っていました。途中にいくつか車の往来が激しい道路があり、信号機のついた横断歩道をいくつか渡らないとなりません。親御さん、特に母親がとても心配されて、子供さんの手を引いて、何度も予行練習をされたそうです。この道順をたどって、まっすぐに学校に到着するようにと幾重にも注意をして練習をされました。その甲斐があって、新入学して元気に登校しました。帰りもまっすぐに同じ道順を通って帰ってまいりました。
ある日、いつまでたっても娘さんは学校から帰宅してきません。心配した母親は学校までの道を娘の姿を探しつつたどって行きました。学校に到着するまでに姿はとらえられませんでした。夕方違くなって警察から迷子になった娘さんの保護をしている通知が届きました。もちろん親御さんはすっとんで行きました。どうしてこの娘さんは、迷子になってしまったのでしょうか。
母親は娘さんの話しを聞いて、はっと胸をつかれたそうです。娘さんは定路を帰ろうとしたら、朝方にはなかった「とうせんほ」の板にぶつかり、それで見知らぬわき道に入って、迷子になってしまったのでした。確かに母親が学校までの道をたどり歩いていた途中で、ただ今工事中という看板表示を見た記憶があります。娘さんは、その看板が示すように道路を閉鎖した工事によって、行く手をはばまれ、仕方なく一度も足を運んだことが無い路地に踏み入れたのでした。でもやっぱり道に迷ってしまいました。
ダウン症の体質がある子供たちが青年、成人に達して、しばしば頑固、意地っぱりという評価をされます。もっと臨機応変にたちまわれば良いのにと分別ある大人たちは思います。しかしちょっと待てよ。もしかしたら、彼らの教育においては、頑固、意地っぱりになるしかない教育をしてきたのではないかともとれるのです。家と学校の間を一本の線で結び、その線から決して逸脱しないように教育したのではなかったか。だからこそ自由な魂遊びの心を育ててあげて欲しいのです。自由とは逸脱です。遊びとは余裕です。余計なこと、余分なことを体験としてもっていることを意味します。登校する時は通れた道が帰宅時間になったら、工事中となって通せんぽとなっても不思議ではありません。不思議なのは、迂回路をとっさにとれる予備体験がないことです。
健常児はその点で良いモデルを示しています。彼らのほとんどは、まっすぐに帰らないのではないでしょうか。あっちヘフラフラ、こっちヘフラフラと往路の何倍もの時間をかけて帰ります。そのような寄り道の体験から、余裕が生まれ、自由な心が生まれます。帰り道に道草を食うとよろしいと唱えれば、学校の先生からお叱りを受けてしまうのは必定ですが、精神の豊かさを望むなら、ここは是非とも道草大歓迎のエールを送って欲しいのです。あまりにも心配なら、親御さんが下校する我が子を校門で待っていて、一緒に道草を食えば良いでしょう。新鮮な野菜のそれぞれについて親子で語り合い、おいしそうな果物について品定めをしたり、今にもかみつきそうな顔をした魚の名前を覚えたり、家に帰るまでに学ぶことが山のようにあります。時にはコンビニでちょっとした買物をして、お金を払わないと持ち帰られないことを教えます。
どんなルートにも抜け道があるという真理は、またどんなルールにも例外があるという真実を教えてくれます。人間の生き方がこれしかない、一つしかないというでは余りにも窮屈です。自由闇達な遊び心をめでるということが、生まれた時から「障害児」とレッテルを貼られて、ともすれば誤解をされている子供たちに、最大の救いをもたらすこととなるでしょう。通学路の往復は、それほどに大きなチャンスを恵んでくれています。
どうしても子供が迷子になっては困るという向きの方には、近頃はやりの衛星ナビゲーターを利用したPーdokoをお勧めします。信号発信器を子供の持物のどれかに潜ませておいて、随時、今どこに子供が居るかを知りたいとなれば、探索の入力をしてファクスから出力される地図を持てぱよいだけです。(この情報は千葉県の虎の子会、F様より頂戴しました)。寄り道、結構、何がおこってもなんとかなるサ、の気持ちで行きましょう。