各種(講演・研究会等)記録
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講演記録

平成7年1月26日(木) 晴れ

午後4時7分〜4時56分

於 横浜市立日野南小学校体育館


算数科・問題解決の「練り上げ」はなぜうまくいかないのか

伊藤 説郎先生(東京学芸大学教授)



「練り上げ」というのは,どなたも授業の中では重要な位置に置いているが,なかなかやりずらいもののようである。そういう練りあげを研究として取り上げたことに敬意を表したいと思うし,価値あるものではないかと思う。
今日はその背景についてお話をしたいと思います。

「「練り上げ」」指導の現状と問題点

ごく普通の学校で行われている「練り上げ」というのは,子供がまず問題を解き,それを発表してもらうかたちだが,それは「練り上げ」ではない。それは報告会で,誰があれをしました,かにをしました,ということで,報告会とか確認の会にしか過ぎず,それを「練り上げ」とは認められない。ひどいのは,よく先生方は何人かの子供を発表で指名するが,「練り上げ」というのは何かをつくるのだから計画があるはずで,「誰か発表してくれる人」ではいけない。また「誰と似ているか」とよく言うが,そんな,似ているかどうかというのは関係ないだろう。だいたい,同じ学年の子がやっているのだからやることは殆ど同じはずで,似ている似ていないというのは意味がない。また「どれがいいですか」とも言うが,品評会ではないのだから,それは「練り上げ」からは程遠いものと言える。

「練り上げ」に入るための準備はできているか

では,「練り上げ」を何のために,どういうようにやるのでしょうか。それが本校のサブテ−マではないか。
「練り上げ」がうまくいかないのは,しておくべきことができていないためで,8割以上はそういうことなんですね。では,「何をしておくのか」というと,今日はほんの一部だけで恐縮ですが・・・・。
まず2年生の学習ですが,「考えその一」「考えその二」と多く出していたが,「練り上げ」の前提は多様な解決があるということなのですね。できれば,一人の子が二通り以上考えられることです。そういうことが前提に無ければいけないのです。こういうことがあって,今日は問題解決していますね,ねらいに向かって解決すること,みんなが同じ方向に向いていないと「練り上げ」になりません。「練り上げ」に入ったときに,子供が,「あっ,そうか,今日はそういうことをするのか」と,初めて気づくというのでは,「練り上げ」がうまくいくはずは無いのです。先生が,個別の指導がしっかりできていないから「練り上げ」に参加できない子がたくさん出るのです。「練り上げ」の指導を授業者が,事前の準備や計画ができていないで,全く思いつきでは「練り上げ」がうまくいくはずはない。
こうした,3つの条件が揃わないと「練り上げ」はうまくいかないのです。

それぞれの解決の基となっている考えを明らかにする

何のために「練り上げ」をするのか。多様な解決を私は非常に大切なことと考えている。一つの問題を異なる4つの方法で解決するほうがはるかに価値がある,と考える人がいます。その問題を解決することでその子に何が達成されたのか,を考えるのが大切なのです。いろいろなかけ算で,既習のことからかけ算を作って答えを見つける場面で10個ずつ束ねる方法が一つ,色々な数の幾つ分という考えで解く方法,いろいろです。多様な考えでは,それぞれのもとにする考え方を追求するのに意味があるのです。新しい考えに含まれる既習事項の何と何があるのか,それが見えると既習事項がしっかり根づくことになるでしょう。既習事項の理解が深まるのです。それを,「わかりなおし」と佐伯先生は言っています。既に持っているものをいかにに拡張・発展させるか,その考えを今度使うときに影響が大きいのですね。いつどこでその知識が使われるか,と言うことがよくわかるのです。「よくできたね」と言うだけではその考えがどこで,どう使われるか,ということが見えてこないのです。既習事項がどこで使われるかをハッキリさせることが大切です。様々な解決を検討することで数学的によりよい解決と言うことができるのです。よりよい解決を追求することが大切なのです。とにかく答えが出ればよいというレベルで止まっていてはいけないのです。より高いレベルに進むのです。

より高い解決へ

先生は子供の一応の解決を認めた上で,更にどう解決してもらいたいかを子供に要求するべきです。「どうすればより高い解決になりますか」と,要求するのです。低いレベルの解決を取り上げるとすると,そこからどうすればより高い解決に高まるかを「練り上げ」にしなければいけません。6年の錐体の体積の学習では,高さ・底面積が等しい柱体と比べ,それを実験でわからせる,その方法は先生が教えるが,それは先生が3分の1になることを知っているからできるのです。これでは問題解決にはならない。よりよい解決にはならない。そいうい,結果を知っている人が考える方法では無意味でしょ,そういう解決では。児童は結果を知らないと思って取り組むことが大切なのです。3年のわり算の筆算の仕方を教えるとき,筆算を形式的に教えるのではなく,どうして筆算が必要なのかとか考えさせる。しかし子供に,あるレベルまでは考えさせても全てを考えさせるのは無理である。これまでの膨大な歴史があるからで,あるレベルから先は先生が教えてもよいのではないか。面積なんかもそうで,一番基本に据えるのはなにか,たまたま錐体の体積というのでは困ります。体積や面積を決める要素は何かに着目すれば,そういう考え方は他にも使えます。本当に子供の立場に立って考えることが大切なのです。
今日の授業では単位立法メ−トルといくつ分になるかを近似的にみつける。最終的には先生が教えるのだけれども,その一歩手前までは考えさせたい。だいたい世の中,近似値が多いのではないですか。近似値で出しているものを基にしてより精確に出すにはどうするか,にいき着いていくはずなのです。錐体でも,高さの働きにいき着くはずです。なら,高さを色々に変えてみればいいのです。高さが2倍なら,体積も2倍になるのではないか,と考えれば,かける高さというものを考えるはずです。どういう考え方が重要で,そういう考えにいかに迫っていくのかが重要ですね。よりよい考えに迫る基本の考えは何かにせまっていくことが必要ではないかと思います。

調べ学習

調べ学習について話したいと思います。
調べ方というのは非常に重要であります。答えを出しても,どのように調べましたか,ということを聞いて判断すること。結果だけではいけません。
また「この問題を解決することで,あなたは何が出来るようになりましたか,何が分かったと言えるのですか」と聞くのです。「答え」や「やり方」を覚えただけは応用力はつかないのです。問題を解決したときに,問題解決のために使った考えを含む「適用問題」というのがあります。ここが分かればそれを次にどう発展させていくことがわかる,それを含めて「練り上げ」をやることを勧めます。それを基に,もっと新しく広げた範囲に適応させる場面,発展させた問題,それが次の学習課題になるとよいのです。

解決の共有化

 より良い解決を共有化させる,ということについて。
 自分もよく分かった,友達の考えもよく分かった,ということが大切です。本当にそれがよく分かって,この次にその考え方が使えるだろうか。「よい考えだと思った」と子供は言いますが,その「思った」というではその考えを使うことはできませんよ。「思った」のなら,その考えで実際にやってみることが必要です。そのためにも共有化をはかるプロセスで,みんなに言わせてみる,その子の言葉で言わせる,というのはいい方法ですね。その子の言葉で言う,これは表現なのですが,集団の中でそういうことをする価値があります。集団で「練り上げ」る意義です。


今日は,「練り上げ」の部分の難しい所をやってくれたことに感謝します。
つまらないと教師が感じることをやっては子供も詰まらないですよ。教科書を見ていると詰まらないと感じるでしょうが,教科書に書かれていることは長い時間をかけて作られた貴重な財産なのです。そういうことを知るのは感動です。そういう感動を与えられるように授業を工夫してください。「練り上げ」をどう工夫するか,ということを考えて授業されたら,きっと素晴らしい授業になると思います。

4時56分 終了