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道徳で育成したい考える力


1.道徳で育成したい「考える力」
道徳の時間のねらいは、道徳的心情、道徳的判断力、道徳的実践意欲と態度を培うことを通して道徳的実践力を育成することである。道徳的実践力とは、一人一人の児童が道徳的価値を自分の内面から自覚し、将来出会うであろう様々な場面や状況においても道徳的価値を実現するための適切な行為を主体的に選択し、実践することができるような内面的資質を意味している。
こうした内面的資質を育てるためには、資料中の人物、または動植物の行為や心情を考え、葛藤したり、共感したりすることを通して、価値についての自覚を深めていくことが大切である。また、話し合いによって高められた価値に照らして、自分のこれまでの生き方を振り返り、よりよい生き方を求め意欲をもつことがさらに重要である。
そこで、道徳の時間で育成したい「考える力」は、道徳的価値について深く考え、自分をみつめ、よりよい生き方を追求していく力と考える。


2.「考える力」をつける学習の事例

(1) 第4学年 主題名   人命第一(3−A 生命尊重)
資料名「人間愛の金メダル」 (出典 「4年生の道徳」文渓堂)

(2) 主題の目標と評価の観点
@ 主題の目標
生命の尊さに気付き、生命を大切にしょうとする心情を育てる.
A 評価の観点
[道徳的心情]
生命を尊ぶ行為に対して、共感したり感動したり喜びを感じたりする。
[道徳的判断力]
様々な状況や条件をのりこえて、生命が最も大事であることを判断する。
[道徳的実践意欲と態度]
生命の重さ、尊さに気付き、生命を大切にしようとする。

(3) 主題設定の理由
@ ねらいとする価値について
ここ数年間で、中学生のいじめを苦にした自殺、神戸の殺人事件、ナイフで仲間や教師を刺し殺すなどの事件が続いた。相手の生命の重さを考えず、自分の衝動を抑えることができない子どもが増えてきて、命というものに対して、あまりにも軽く考えていることに驚く。
そこには、生命に対する畏敬の念も、生きることを奪ってしまう罪の意識も恐れも何もないのだろうか。たった一つの生命の重さを、日常より繰り返し子どもの心に訴えていく必要がある。
そこでオリンピックの競技の中で実際にあった出来事から、レ−スより人命を選んだ選手の生き方を考えることを通して、生命は、何ものにもかえることができない尊いものであることに気付かせ、命あるものを大切にしようとする心を育てたいと願い、本主題を設定した。

A 資料について
1964年の東京オリンピックのヨットレ−スで、実際に起きた出来事である。江の島沖でスウェ−デンのハヤマ号がオ−ストラリアのダイアブロ号を追い越そうとした。ダイアブロ号のウィンタ−選手は抜かれまいと、ヨットから身をのりだしたところ、運悪く支え綱が切れてしまい海に投げ出されてしまう。それを目の前で見ていたハヤマ号のキエル兄弟は、レ−スと人命のどちらをとるか迷うが、人命を第一と考え、レ−スを中断し、投げ出されたウィンタ−選手を助けるという内容である。
横倒しになったダイアブロ号の危機的場面や二人の選手の心情をとらえ、キエル兄弟のとった行動について考えることにより命の尊さに気付くようにする。
(4) 本主題で身に付けたい「考える力」
@ 役割演技を通して組んでいる選手との会話のやりとりを考える。海の上であること、オリンピックレ−スであることを意識して選手の気持ちを考え、表現する。
☆ A 仲間の演技を見ながら、海に落ちた選手の恐怖、横倒しになった ヨットの上で戸惑う選手を助けるか、レ−スをとるか葛藤し、決意を迫られる選手の気持ちを考える。
B 救助後もレ−スを続行し、12位でゴ−ルしたことやインタビュ−に答えている内容から、自分はどう思うか考える。本音も含めて感想を出 し合う。
☆ C 自分の体験を振り返り、命が大切だなと思ったことを発表しあう。発表を聞くことにより、生命の尊さ、かけがえのなさを意識する。
     (☆ は、特に重視したいところ)
(5) 本主題における「考える力」の育成についての考え
@ 学習内容・教材
○ 資料の分析・吟味を十分に行う。
資料「人間愛の金メダル」は、東京オリンピックで実際にあった出来事だけに、子どもたちの興味・関心を喚起すると思う。ヨットレ−スの厳しさ、「レ−スをとるか仲間の命を救うか」の葛藤、その中で、キエル兄弟のとった行動など、考えさせる場面を分析・検討し、資料の提示方法や発問などを明確にする。

A 学習過程
○ 道徳的価値の内面化を図る過程を重視する。
導入(つかむ)では、オリンピックのヨットレ−スのビデオを視聴し、海の上での競技であることや日本もバルセロナオリンピックで銀メダルをとったチ−ムがいることを紹介して、資料への興味関心がもてるように工夫する。

展開の前段(深める)では、登場人物の様子や状況を理解し、人物の気持ちを自分なりに考え、役割演技で表現する。そして、展開の後段(みつめる)では、自分の生活を振り返りながら、生命ら、生命への尊さを深く考える。即ち、「生命」に対する身近な体験や状況を具体的に発表することにより道徳的価値への自覚を深めるようにする。

B 学習方法・活動  
○ 共感を大切にする

4名の選手たちがおかれている状況を理解し、選手たちの気持ちを考え、さらに、身体表現を交えて役割演技や話し合いにより、心の葛藤を考えさせる。
また、突然の遭遇した事故にもかかわらず、救助後もレ−スを続け12位でゴ−ルしたことや、終わりのさわやかな言葉にも注目させ、場面の写真提示を工夫し、共感できるようにする。

C 教師の支援と評価
○ 学習過程にそって、資料提示、発問等を工夫し、場面ごとの登場人物の気持ちや考えが出やすいように支援する。話し合いや役割演技の参加意欲、主人公への共感、生命の大切さへの気付き、自分を見つめ、よりよい生き方を求めようとしている姿勢などの視点から評価する。

(6) 本時の学習

@ 本時の目標
・資料の内容を範読、文章、映像、写真等から理解しようとする。
・決断を迫られる二人の選手の気持ちを考えることを通して生命の大切さに気付こうとする。
・体験発表をしたり、聞いたりすることにより、尊い生命を意識し、 大事にしようとする。
A 本時で育成したい「考える力」
資料中の人物のおかれている立場、状況や気持ちを考え、役割演技や話し合いを通して価値への自覚を深め、よりよい生き方を求めようとする。
B 本時の展開 
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資料

  人間愛の金メダル 
昭和39年(1964年)、第18回オリンピック東京大会が開かれたときのことです。ヨットレースは相模湾の江ノ島おき(神奈川県)で行われました。
10月14日、この日は朝から、北西の強い風がふいていました。しゅん間風速15メートル以上、雨まじりの風にたたかれた海は大きな波をいくえにも立てて、あれ始めていました。しかし、レースは予定通りに開始されました。
それぞれの国のヨットに乗り組む選手は二人です。スウエーデンチームのほこる「ハヤマ号」には、2年続けてスウエーデン選手けんをもつラースとスリグのキエル兄弟が乗っていました。午前11時、いよいよスタートです。21隻のヨットは、あれくるう波に向かって走りだしました。先頭のグループにすこしおくれたものの、スウエーデンチームの「ハヤマ号」は、あれるうみの波にびくともせずつき進みます。
「スリグ、スピードをあげよう、先頭に追いつき、追い抜くのは、今だ。」目の前には同じコースを選考するオーストラリアの「ダイアブロ号」がいます。
「ダイアブロ号」には、ウインター選手とダウ選手が乗り組んでいました。ヨットのかたむくのをふせぐために、ささえづなにつかまり、全身を外に乗り出していたウインター選手は、「ハヤマ号」がせまってくるのを見て、はっとしました。
「追いこされてなるものか、思いっきりスピードを上げてやれ」
乗り出した体をあお向けにして、ほの先を変えようとしました。そのとたんです。「あっ。」さえづなが切れました。ウインター選手は、あっという間にほうり出されて、波間に消えてしまいました。
ダウ選手はびっくりして、ヨットをとめようとしましたが、ものすごいスピードで走っていたので、すぐにはとまりません。「ダイアブロ号」は、そのまま百メートルもつっ走りました。ようやくとまったヨットは、風にふかれて、木の葉のようにもまれます。
ダウ選手は、マストにへばりつきながら、むちゅうでウインター選手のすがたをさがしました。もう、レースどころではありません。早く助けあげないことには、ウインター選手の命があぶないのです。
「ダイアロブ号」は、あらしの中で急せん回をしました。けれども風速12,3メートルの風にあおられて、そのまま横だおしになりました。「しまったこれじゃ、助けにも行けない。」救助用に配置してある船もとても間に合いそうにもありません。
たおれたヨットにつかまったままのダウ選手の顔はまっ青になりました。ハヤマ号はたちまち追いついて、そのそばを通りぬけました。
「スリグ、大変だ。オーストラリアの選手が海に落ちたぞ。」
ハヤマ号の上でとっさにさけんだのはラース選手でした。レースに勝つためには、このまま走りぬけるほかありません。しかも、ハヤマ号の調子は、いつも以上にすばらしいのです。
救助するのはおれたちの役目じゃない.このまま一気に走りぬけよう。いや、待て、きけんにさらされている人の命を見すごしていいものだろうか。ラース選手とスリグ選手の頭の中には、いっしゅんの間に、二つの考えが行きかいました。.二人は顔を見合わせました。そしてスリグ選手が言いました。
「兄さん、レースより人命だ.」、「うん」
目と目がきらりと光り、うなづきあいました.ハヤマ号はいったんレースを中断しました。風を巧みに利用して向きをかえると、百メートルもバックして、ウインター選手を探しました。
「あつ、あそこだ。」救命具に身を任せたウインター選手が、波の間に間にまれます。「がんばれ、今すぐ、助けるぞ.」近づいたハヤマ号から、ウインター選手に向かって、さっとロープが投げられました.。
ロープにつかまったウインター選手は、ようやくハヤマ号に救い上げられました。間もなくそこへ、事故を知った救助の船がかけつけました。ウインター選手を無事に救助の船に送り届けたハヤマ号は、再びコースに戻りました。
「レースはレース、最後までりっぱにはしりぬこう。」「ようし、がんばるぞ。」キエル兄弟は、ゴールに向かって、また、ハヤマ号を走らせました。
ウインター選手を助けるために費やした時間は、およそ30分でした。ヨットレースでは、とうてい取り返せない時間です。それでも、力走を続け、ハヤマ号は、第12位でゴールに入りました。
ゴールインしても、何事も無かったような顔つきのキエル兄弟のそばに、間もなく事故のことを知って、他の国々の選手たちが、相次いで集まってきました。新聞記者たちも、かけよってきました.次々にあく手を求められたキエル兄弟は、「助けるのが、海の男の友情だと思っただけさ。僕たちは、ヨットマンのルールを当たり前に守っただけだよ。」と、照れくさそうな顔で言いました。
「きみたちこそ、人間愛の金メダル。」
「われわれは、いつまでも、スウエーデンチームの名を忘れないだろう。」
人々は、そう言って、心からキエル兄弟の行いをほめたたえましした。