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総合的な学習

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カリキュラムの型

このような総合的な学習にも、いろいろのタイプが考えられるが、これをカリキュラム構成と結びつけると、理解しやすい。
 まず、教科カリキュラムであるが、これは、学間の体系を重んじて、それぞれ独立した教科で編成するカリキュラムで、アカデミック・カリキュラムともいわれる。これは、よく組織化され、体系化され、単純化されている。したがって、子どもは知識・技能を組織的、系統的に学習することができる。しかし、これはややもすれば、生活や経験から離れ、抽象化されているため、難しく、学習意欲をひきおこさなくなり、学校の学習は、社会生活に適応する十分な力を与えないといった欠点が指摘された。
  そこで、他方において経験カリキュラムが提唱されるようになった。これは、子どもの日常の生活や経験、活動を中心にカリキュラムの内容を選定し、それから全体のカリキュラムを構成しようと考える。この立場は、「なすことによる学習」という学習の原理にもあい、単に記憶するのみでなく、自発的活動を含んでいて、固定した教科カリキュラムの弊を救うのに役立つと考えられた。しかし、これは、形式を排斥するあまり、ややもすれば、統一が失われ、単純化、体系化に失敗していると批判された。
 そこで、カリキュラムの構成では、生活場面を尊重しながら、それを体系化し、単純化することが求められる。そこで、その構成では、学年の進むにしたがって、すなわち心身の発達にしたがって、経験カリキュラムを体系化し、単純化し、抽象的な関係性を重んじ、教科カリキュラムの長所を生かして、生活環境を学問的に体系化する。つまり、両者の長所をとって相補的にカリキュラムを構成することになる。
 このように、教科カリキュラムと経験カリキュラムの長短が理解され、両者は相補的に利用されるべきことが主張されたが、ホプキンズ(1937年)は、この両者をカリキュラム形態の両極にすえ、その中間に表1のようにいろいろのカリキュラムを配置して教科型、経験型の統一を試みている。これによって、各々のカリキュラムの特徴を理解することができ、現在問題になっている横断的、総合的な学習の位置づけや役割を理解することもできる。
 そこで、表1にそって若干の説明を加える。
 関連カリキュラムは、それぞれ独立した教科を認め、それを基礎にするが、必要に応じて2個以上の教科を関連させて教授しようとするカリキュラムである。相関あるいは融合カリキュラムともいわれる。各教科の枠はそのままにして教科間の内容の関連を図ろうとする。関連のつけ方には、(ア)単に便宜上結合したにすぎないもの、(イ)同一分野の教科を結合したもの、(ウ)同一分野の教科が融合するように結合したもの、など程度の違いがみられる。例えば、「国語と歴史」、「理科と算数」といった異なる教科の教材を関連させるもの、「歴史、地理、公民」を統合して社会科とするもの」などは、それらの例である。
 広域カリキュラム(教科型)は、教科の枠をはずして広い領域から教育内容を編して総合的に学習させようとするものである。総合カリキュラムともいわれる。「歴史、地理、公民、経済、社会学など」を統合した社会科学は、その一例である。これにも、教科カリキュラムの痕跡を残しながら広い学習領域を枠として教育内容を編成するもの、完全に新しい分野を構成しているもの、などその総合の程度には違いがみられる。 広域カリキュラム(経験型)は、経験の中で何を中心とするかよりも、経験の範囲を広くとり、それをまとめて単元としたカリキュラムである。それを秩序立て、体系化すると、教科型の広域カリキュラムとなる。そこで、両者を合わせたものを広域カリキュラムと呼ぶこともある。
 コア・カリキュラムは、生活経験を中心に中核課程と周辺課程で構成するカリキュラムである。前者は、すべての子どもが共通に要求される基礎的経験の組織であり、後者は、各個人の要求に応えうる経験や活動を含んだ組織である。子どもの現実の社会生活から単元を取り上げ、これを発達に応じて順序立てる。この単元は、経験単元といわれる。活動を中心とするので、活動単元ともいわれる。
 これにも、いろいろの型があるが、子どもの生活上の問題を学習単元とする中核課程とし、これと関連をもった算数、国語などの体系的知識、技能からなる用具教科と音楽、図画工作などの表現教科とを周辺課程とする型もある。