●京都大学大学院 田中耕治先生に聞く「総合的な学習」の評価●
『ポートフォリオ評価法って,なんですか?』
この特集の実践例でも取り上げたように,最近「総合的な学習」の 評価法として「ポートフォリオ評価法」が 注目を集めています。
「ポートフォリオ評価法とは何か」、「今、なぜポートフォリオ評価 法なのか」、研究を進めている京都大学大学院助教授の田中耕治先生
にお聞きしました。
京都大学大学院助教授 田中耕治
●京都大学大学院教育学研究科教育方法学講座助教授
●「ポートフォリオ評価法」の入門書として『総合学習とポートフォ リオ評価法』(共著,日本標準)を12月刊 定価:2,100円(本体
2,000円+税)
●まず基本的なことからお聞きしたいのですが、「総合的な学習の時 間」では、「評価」はしなくてよいという考えもあるようですが?
「それは『評価』というと、『評価→評定=成績づけ』というイメ ージがあるからではないでしょうか。本来の評価とは,教師にとって
は「指導の反省や実践の改善」、子どもたちにとっては「自分がどの 程度の力がついたかを確認して、さらに前に進んでいくためのもの」
です。 もし、「評価」をしない教育実践が行われているとすれば、教師に とっては「教えたつもり、教えたはず」という指導となり、子どもに
とっては「学んだつもり、学んだはず」という学習となり、両者とも に「ひとりよがり」「ひとりずもう」の活動になってしまいます。と
くに総合学習で評価が行われないと、子どもたちの学習活動は質的な 向上がないままに、「はい回る」だけの活動になる危険性がありま
す。ですから「評価」は必要なのです。
ただし、子どもたちの主体的な活動が全面にわたって重視される総 合学習では、そのような活動を把握する評価方法としては、教科で行
われているようなテスト法では明らかに限界があります。そこで総合 学習にふさわしい評価法が求められているというわけです」
●わかりました。教師と子どもたちのどちらにとっても、その学習活 動がきちんと行われたかを検証するために「評価」が必要ということ
ですね。それでは「総合的な学習」にふさわしい評価法として注目さ れている「ポートフォリオ評価法」についてご説明していただけますか。
「まず,ポートフォリオという言葉ですが,これは画家や写真家が自 分の作品をファイルする「紙ばさみ」のことです。彼らはこれに作品
をファイルして,売り込みのときなど,自分の仕事の実績として相手 に見せながら説明をするわけです。
さて、『ポートフォリオ評価法』では,子どもたちの学習の文脈に 即して,学習のプロセスと結果から生まれた「作品」を意図的に蓄積
していきます。ここで大切なことは,蓄積していく「作品」は,完成 品だけでなく,その完成に至る試行のプロセスをうつしだしたものも
含まれるということです。具体的には,メモ書き,聞き書き,他の人 からのアドバイス,イラストなどがあげられます。
そうして,蓄積した作品を比べたり,整理したり,取捨選択した り,さらには先生,仲間,親や地域の人々に紹介・発表したりするこ
とで,子ども自身が自分の学習を振り返ることも重要な特徴です。少 し難しく言いますと、「メタ認知を働かせて,自己評価する」という
ことになります。こうして,子どもたちは,学習とともに評価の主体 にもなっていくわけです。
つまり、「ポートフォリオ評価法」では,子どもの自己評価を促す とともに,教師にとっては子どもたちの自己評価も含めて,より深く
子どもの学習をとらえることができるようになるのです。そして,そ の中で教師は子どもたちと協力して,学習の新しいめあてを創り出し
ていきます」
●「ポートフォリオ評価法」では,学習のプロセスを重視して評価す るということですね。「子どもの自己評価を促す」という点もたいへ
ん面白いと思いました。そこで「総合的な学習」の中で、「ポートフ ォリオ評価法」はどのように行われるのでしょうか?
「『総合的な学習』では,子どもたちの身近なことがらから問題を見 つけて探究活動を展開していきます。そのような探究活動をすすめる
中で,たくさんの作品が生まれます。例えば,絵や文による観察記 録,インタビューの記録,集めた資料,成果をまとめた冊子,発表会
の準備と本番で生まれる資料などです。こうした作品を一人ひとりの 子どもたちのポートフォリオに蓄積していきます。この「入れ物」と
してのポートフォリオについては,ファイル,箱など,様々なものが 使われているようです。アメリカでは専用のファイルも開発されてい
ます。
さて,これらの蓄積された作品を見ることで,教師は一人ひとりの 学びの足跡をたどることができたり,子どもたちが多面的な力を発揮
していることを把握することができます。また,こうした作品を素材 にして,子どもたち相互の学習を活性化させることもできます。さら
に,子どもたちは,いろんな機会を利用して様々な人たちと協力し自 己評価を行う中で,学習の進展に対する達成感を持つようになりま
す」
●お聞きしていて、「総合的な学習」の評価法として注目されている 理由がよくわかりました。これから「ポートフォリオ評価法」を始め
てみたいと考えている先生も多いかと思いますが,どのようにすすめ たらよいでしょうか?
「そうですね,例えば「総合的な学習」で「探究にあたいする問い を発見する力」を身につけたいとします。その場合
(1)「不思議だな」「変だな」,と子どもたちが思うささいなことを メモ(絵でも良い)させる
(2)新たな疑問が生まれたら,それもまたメモさせる
(3)このような走り書き程度のメモ類を作品として蓄積していく
(4)そして,ある程度作品の性格や量が決まり出したら,それを蓄 積・保管する「入れ物」を用意する
(5)このように作品が蓄積されてくると子どもたちの問題や関心のあ りようを把握できるとともに,一定量作品が蓄積されたら,子どもた
ちと一緒に作品を振り返って話しあう時間を持つ
こうして「ポートフォリオ評価法」の初歩ではあっても,確かな一 歩を踏み出すことができるでしょう。 まずは教師だけでなく,子ど
もたちも,ポートフォリオ評価法に慣れていくことが必要です。さら には,保護者や地域の人々にもポートフォリオ評価法を理解してもら
う期間も必要になってくるでしょう。
これから始めてみようとする場合,最初からあれもこれもと考えず に,特に力点を置きたい点にしぼって行うことが長続きするコツだと
思います」
■ポートフォリオ評価法とは?
「総合的な学習の時間」の評価法として脚光を浴びてきているのが「ポートフォリオ評価法」です。千葉大学講師で未来教育デザイナーの鈴木敏恵氏は「これから6カ月後に、日本でもブレークするであろう(*1)」としてポートフォリオ(評価法)を紹介しています。鈴木氏のホームページ内にある講演活動予定を見ると、ポートフォリオ(評価法)を演題にした講演が多く、世間でもポートフォリオ(評価法)について求めていることが分かります。
それでは一体、ポートフォリオ評価法とはどんなものなのでしょうか。『教師と子供のポートフォリオ評価(*2)』では次のように説明します。「ポートフォリオとは元々、書類入れやファイルを意味する。このポートフォリオを評価に応用したのがポートフォリオ評価である。学習活動において児童生徒が作成した作文、レポート、作品、テスト、活動の様子が分かる写真やVTRなどをファイルに入れて保存する方法をポートフォリオ評価という。」(p8)
佐藤学氏は総合学習とは一言で言えば「子どもの学びを成立させること(*3)」であり「自分自身がテーマとして追求していきたい問題。それをやっていこう。それを大切にしよう(*4)」ということだとしています。これを重ねると、ポートフォリオ評価法は一人ひとりの学習の足跡を見る上でも、学習の過程を見る上でも、その都度助言、支援をする上でも有効な方法のように感じます。
とにかく、この考えは今までのテストなどを通して得られた偏差値、順位、評定などの考え方とは大きく異なることは確かです。
■記録から評価へ
しかし、わたしには一つの疑問がありました。「保存」するということは「記録」であり「評価」にはならないのではないかということです。事実「学校検索(*5)」を使って検索をかけて出てきたもののいくつかは「ポートフォリオ=記録」という意味で使用している(とわたしには感じられる)ホームページがいくつもありました。
しかし、先程の『教師と子供のポートフォリオ評価』を読み進めていくと、わたしの疑問を解いてくれる文章がありました。「様々な資料を何でも集めることを、ポートフォリオ評価であるとするという誤解がある。それは単なる記録であって、評価ではない。評価はあくまで価値判断であって、記録ではない。子供が学習活動で成し遂げたことの中で、価値あるものと判断される事例をポートフォリオに組み込むことで、その価値を認めることがポートフォリオ評価である。」(p9)
それでは保存する価値に値するものとは何でしょうか。『教師と子供のポートフォリオ評価』で紹介しているのは「重要な達成事項を記録するポートフォリオ評価」です。この中では5つのカテゴリー(*6)と「児童生徒がそれまでできなかったことに始めて成功した場合」を保存するのだといいます。
これを読んで、わたしは日本の実践として「カルテ」の実践を思い出します。「イ カルテは教師が自分の予想とくいちがったものを発見したとき、すなわち「おやっ」と思ったとき、それを簡潔にしるすべきである[略](*7)」カルテの発想を広げたものと解釈すると一つのヒントになるかもしれません。
ただし、カルテ実践と大きく発想が違う部分があります。それは「この記録は子供の目の前で行われることが重要である。そのことによって、子供が達成したことを子供自身に明確に伝えることを目指している。」ということです。カルテは、あくまでも教師が今後の指導のために記録するものであり、カルテの内容を子どもへ示すことは意識しません。しかし、ポートフォリオ評価の場合は、記録する場面だけでなく、その内容まで子どもに見せます。子どもは「よくできたね」などといわれなくとも教師に受容されたことを知るでしょう。ここが評価と言われるゆえんなのかなと考えます。
■メタ認知能力へ
いくつかあるポートフォリオ評価法と今までの評価法の違いのひとつにメタ認知能力の育成にあると耳にします。具体的には、保管(記録)のところで、児童生徒を参加させるということです。例えば『教師と子供のポートフォリオ評価』では、メタ認知能力育成について次のように書いてあります。(要約、阿部)
(1)子供の事例がなぜ重要かを教師が説明すること。
(2)重要な事例が発見されたとき、ポートフォリオに組み込む際、子供の意見を聞くこと。
(3)ポートフォリオに組み込む事例の選択権の一部を子供にも与える。
(4)子供と教師がポートフォリオの事例の選択について必ず、話し合い、両者の合意の上で作成していき、かつ学習の次の目標についても話し合いで決めていくことである。
また、三浦章久氏は『総合的な学習の在り方(4)〜評価について(*8)』で「「何が重要なのか」の記録にあたって,重要な点が児童生徒に示されることが必要である。これは,「指導の改善に生かす評価」における観点の「何を学習すべきか,何を学習させるべきかを示す評価」(学習した内容のどれが重要かを示す,どこまで成功したかを示す)になると考えられる。」 と述べています。教師が一方的に評価するのではなく、児童生徒にも評価に参加してもらうことにより、自己を高めていく効果があるようです。
■自分で自分のポートフォリオをつくる
鈴木敏恵氏(*9)は言いいます。「「あなたは何が出来ますか?」という問いに対し、私なら自分の「ポートフォリオ」を見せるだろう。同様に、学生も「成績表」を見せるよりも、自分でつくった「学習歴/ポートフォリオ」を見せた方がずっといい。そこには点数刻みではない、その子の全体が表れ、その子だけが持っている特徴や個性やスキルが伝わるばかりでなく、「自己確認された成長の軌跡」さえも見えてくるのだから。」「私に限らず、建築家、コピーライター、写真家、ジャーナリスト、デザイナーなど、定型化せず独特のスキルや個性でオリジナル性の高い仕事を自分で開拓していくプロたちは、自分のポートフォリオを必ず用意している。」 わたしは公立小学校の教員として集団に埋没しています。埋没しきっているために、自分のポートフォリオというものは残念ながらありません。今まで行ってきた、履歴・仕事などもどこかにまぎれこんでしまっています。
自分で自分のポートフォリオを作成できる人間が増えた時、日本という国ははじめて個人の能力を大切にする国になるのかもしれません。
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*1 http://www02.so-net.ne.jp/~s-toshie/
*2 エスメ・グロワート著 鈴木秀幸訳『総合的学習・科学編 教師と子供のポートフォリオ評価』(論創社 1999)
*3 佐藤学講演『学びの共同体としての学校へ』(福島県郡山市立金透小学校体育館 1999年2月5日)記録は阿部による。
*4 同上
*5 http://sagasu.jr.chiba-u.ac.jp/index.html 教育関係専門の検索エンジン
*6 5つのカテゴリーとは◆身体技能の発達(例、道具の使用)◆社会的技能の発達(例、交替ですることができる)◆態度の発達(例、問題解決に自信を持つこと)◆概念の把握/概念の理解における進歩(例、幾つかの変化は不可逆的であることを明確に理解する)◆学習過程上の技能の発達(例、説明することができる)と説明されています。
*7 藤川大祐『「個を育てる」授業づくり・学級づくり』(学事出版 1993)の中から上田薫/静岡市立安東小学校『ひとりひとりを生かす授業──カルテと座席表』(明治図書)からの孫引きである。
*8 http://www.edunet.city.honjyo.akita.jp/kkennshutop.htm
*9 同*1