1膨大な「総合」関連情報だが……
小中学校では二〇〇二年度より、高校では二〇〇三年度より、「総合的な学習の時間」(以下、「総合的学習」とする)が設けられる。多くの教育雑誌が特集を組み、関連する単行本が続々と出されている。試みにデータベース検索を行ったところ、雑誌は約四〇〇件、単行本は約一〇〇件が、「総合的学習」関連でヒットした。
これらの文献では、大胆で魅力的な実践が数多く紹介されている。国際理解、環境、情報、福祉といった、「総合的学習」で求められる内容が、工夫されて扱われている。
だが、これらの文献を読めば各学校でも同じような実践が可能かというと、大いに疑問だ。なぜなら、これらの文献中の実践記録の多くが、各時間の具体的な展開が不明で実践の再現可能性に乏しいものだからだ。
たとえば、典型的な実践記録のスタイルは、次のようになっている(ある小学校が出している本の例)。
┌─────────────────────┐
│1 はじめに(実践の概要説明) │
│2 学習の構造(各教科との関連) │
│3 学習計画(数十時間のおおまかな計画) │
│4 学習の様子(学習中の子どもたちの様子の│
│ 概略) │
│5 おわりに(評価など) │
└─────────────────────┘
このようなスタイルの実践記録では、各時間の具体的な展開がわからない。もちろん、数十時間という膨大な実践であるから、すべての時間の展開を詳細に書くことは難しいだろう。しかし、数十時間の実践の中には、「ここだけはこのようにしなければならない」というような、重要な要素がいくつかあるだろう。そうしたところについて再現可能性を確保するということは、できるはずだ。
そのようにして、重要な箇所について再現可能性があるような実践記録を作っていかなければ、「総合的学習」の未来は暗い。いくつかの先進的な学校は魅力的な実践を行うことができるかもしれないが、そうした学校の記録を参考にして実践を行う全国の多数の学校では、重要な点を誤解して実践を進めていく可能性が高い。その結果、多くの学校で「なんだかうまくいかない」という状況が生じてしまうのではないだろうか。
2「追試」のできる「法則化」
では、再現可能性のある実践記録は、「総合的学習」に関してどんなものがあるのだろうか。「教育技術の共有財産化」に取り組んできた「教育技術の法則化運動」関係の文献に見るべきものがある。
「法則化」の機関誌である『教室ツーウエイ』誌は、一九九八年九月号で「今から用意しないと間に合わない『総合的学習』」という特集を組んでいる。この特集に載っているのは短い文章ばかりだが、この中に水野正司氏の「人とリンクする活動づくり」という次のような文章がある(小学校での実践、一部抜粋)。
┌───────────────────┐
│「福祉・ボランティア」「まちづくり」 │
│の体験学習として次の活動を計画した。 │
│┌─────────────────┐│
││聞きとりカウンセリング │
│└─────────────────┘│
│その方法を向山洋一氏が「教育トークラ │
│イン」'96年11月号で紹介している。 │
│┌─────────────────┐│
││@痴呆症の老人に「20分」の聞きとり │
││をする。 │
││A20分後に、聞きとった文章を読み上│
││げ、まちがいを訂正してもらう。 │
││B別れ際に次のように言う。 │
││「大変な人生だったのですね。でも、│
││とても素晴らしい人生だったのですね」│
│└─────────────────┘│
│以上が「聞きとりカウンセリング」の大│
│まかな方法である。 │
│たったこれだけのことで、痴呆がなおる│
│ことがあるという。 │
└───────────────────┘
短い文章であるし、教師の具体的な働きかけまでは書かれていない。しかし、子どもたちが何をするのかということは、かなり具体的にわかる。さすがに、「追試」ができる授業記録を強調してきた「法則化」ならではの書き方だ。
もちろん、右の実践については、その是非を議論することはできる。私は、たとえばBの記述が気になる。子どもに教えるときに、Bの記述のように教えてしまえば、子どもはたとえ「大変な人生」あるいは「素晴らしい人生」だったと感じていなくても、機械的にこのような言葉を発してしまうかもしれない。機械的に言葉が発せられれば、逆に老人を傷つけてしまうかもしれない。だから私が指導するのであれば、子どもに「どんな人に話を聞いても、大変な人生であり素晴らしい人生だったと感じられるはずだ」ということを言い、そしてそのように感じたら心をこめてBのように言えという指導をしたい。
だが、こうした議論が可能になるのは、水野氏の記述が具体的だからである。1で紹介したようなスタイルの記録では、このような議論はできない。
3出典を明記する
先の水野氏の文章では、出典が明記されていることも重要である。「総合的学習」に限らず、授業実践を構想する際には、たいてい何か別の文献をヒントにしているはずだ。だが、そのヒントを明記している実践記録は残念ながら少なく、読者はヒントまでたどることができない。
水野氏が引用している向山氏の文章を見ると、比較的短い文章であった。「聞きとりカウンセリング」は「浜松医大の永田先生」という方の話として紹介されていた。子どもにやらせるということではなく、カウンセリングの専門家が行う方法のようだ。このため、向山氏の文章ではBの点についても機械的に言うという印象は受けなかった。専門家ではない子どもにやらせる場合には、特に注意が必要であるはずだ。
元の文献にあたることによって、こうしたことがわかってくる。「総合的学習」については、今後も膨大な文献が出されるであろう。発表される実践は、まず間違いなく先行の文献をヒントにしているはずである。そうしたヒントについて、出典を明記するということを、もっともっと徹底していくべきだ。そうでないと、相互の関連のわからない実践記録が、使いにくい形で大量生産されてしまう。もちろん、著作権の観点からも、出典は明記されなければならない。
4豊富な実践記録を集めよう
「総合的学習」については、各学校が特色ある実践をつくっていくことが求められている。導入を3年後に控えた今、私たちがすべきことは、特色ある実践をつくるためのヒントとなるような実践記録を豊富に集めておくことだ。再現可能性のある実践記録を豊富に集め、その中からいくつかの実践をヒントにすることによって、各学校における特色ある実践づくりが可能になる。
では、どのような実践記録が必要なのだろうか。私は、次の三つの条件を満たした実践記録が必要だと考える。┌───────────────────┐
│条件1 扱っている内容が、国際理解、環│
│ 境、情報。福祉・健康など「総合的│
│ 学習」にふさわしいもの。 │
│条件2 扱っている実践の形態が、調査、│
│ 体験、討論など、子どもたちの活動│
│ が中心となっているもの。 │
│条件3 再現可能性があるもの。(ヒントと│
│ なった文献も明記されている) │
└───────────────────┘
条件1及び条件2について補足しておこう。
「総合的学習」では、さまざまな内容を扱ってよいことになっているが、国際理解などの例示された内容は当然扱っていく必要がある。このため、これまでの各教科の実践も含めて、条件1を満たす記録が豊富に必要である。
また、「総合的学習」では、教師が一方的に教えるような実践形態でなく、子どもたちの活動が中心となるような形態が求められる。こうしたことから、条件2も必要になってくる。
こうした条件を満たす実践記録は、本誌バックナンバーに、すでに数多く見られる。いくつか例を挙げよう。
仲野暢子「CMとのつきあい方−たばこCMを作ってみよう−」(一九九四年十月号)は、たばこのテレビCMを検討した上でグループごとにたばこCMの企画を立てるという、メディアリテラシーの実践。教師が一方的に教えるスタイルでなく、CMをつくる立場に立たせることで禁煙教育を行うという発想が、「総合的学習」的である。情報と健康の両方を扱っているという点でも興味深い実践だ。
石川拓「東京ディズニーランドに障害者福祉を見る」(一九九二年八・九月号)は、ディズニーランドを教材にした高校の授業。ディズニーランドについての情報提供にとどまらず、ディズニーランドで不当な差別を受けたという新聞投書についての生徒たちによる討論もなされている。福祉に関わる実践は、特に従来の教科ではあまり行われていないので、こうした実践は貴重だ。
佐藤好一郎「黒人べっ視マークよさようなら」(一九九〇年七月号)は、ダッコちゃんやかつてのカルピスのマークなど、黒人蔑視とされたマークを通して、人種差別の問題を中学生たちに考えさせる実践。身近な材料を通して、国際理解や人権問題を扱っているという点で、「総合的学習」の実践にヒントになるだろう。当時の最新ニュースにも注目させているという点で、情報教育も含んでいる。
石川晋「公共図書館見学&ブックトーク」(一九九四年九月号)には、中学生に公共図書館を見学させるという実践がある。図書館の活用は重要な情報教育だ。このような体験学習は、「総合的学習」で一定の位置を占めるようになるだろう。
これらの実践記録のように、3つの条件を満たした実践記録を集めることが、「総合的学習」の準備として、私たちがまずすべきことである。
5調べ学習から発表へ
二〇〇二年度より設けられる「総合的な学習の時間」(以下、「総合的学習」とする)では、子どもたちが調べ活動を行い、その成果を発表するという形態の学習が、一つの典型となりそうだ。これまでの実践記録にも、このような形態の学習が目立つ。たとえば、千葉県館山市立北条小学校の「館山市再発見」という5年生の実践では、子どもたちがそれぞれのテーマで館山市について調べ活動を行い、発表会を行うなど4段階で発表を行っていく。(千葉県館山市北条小21委員会『総合学習をつくる北条プラン30の実践』明治図書。以下、この学校の実践については本書による。)この種の学習に関して、私たちはどんな点に注意しておくべきだろうか。
6発表を意識した調べ学習
「館山市再発見」では、次のように4回にわたって発表の機会が設けられている。
┌───────────────────┐
│T 中間発表 五年の友達へ(6月) │
│U ビデオ収録 打瀬小学校の友達へ(9│
│ 月) │
│V 本発表会 五年の友達へ、大人へ(11│
│ 月) │
│W 「子ども文化祭」にて 全校の友達へ、│
│ 家の方へ、先生へ(12月) │
└───────────────────┘
このように、年間を通して発表の機会があるため、そのときごとの調べ学習が、発表することを意識したものになっていると考えられる。しかも、発表の形態が工夫されていて、子どもたちはどのようにしたら効果的な発表ができるかということをかなり考えざるをえなくなっている。
たとえば、Uのビデオ発表では、子どもたちが4年生のときに訪問した打瀬小学校の子どもたちに伝えるという形がとられている。打瀬小学校は幕張新都心にある最新のオープンスクールで、北条小の子どもたちは「圧倒されて帰ってきた」という。そして、子どもたちは、自分たちを圧倒した打瀬小の子どもたちに自分たちの館山のよさを知ってもらいたいという思いをもって、ビデオでの発表を行った。
また、Vの本発表会は「テーマパーク」の形式がとられ、テーマごとに発表の形態がかなり工夫されている。たとえば、祭りについての発表は、次のようになされている。┌───────────────────┐
│教室を使って、館山市の八幡神社の祭礼│
│を再現した。みこしで練り歩く様子や、お│
│化け屋敷や露店を実際に作って、参観者が│
│八幡神社の雰囲気に少しでもひたれるよう│
│な工夫をした。もちろん祭礼の歴史などの│
│資料の展示も行った。 │
└───────────────────┘
この「館山市再発見」という学習では、子どもたちが効果的な発表の仕方を常に意識せざるをえないようになっていることが重要である。発表を効果的にしようと思うから念入りに調べるということが、あるはずだ。もし発表が重視されず、「ともかくただ調べよう」という活動であったとしたら、子どもたちの活動は焦点が定まらず、ただ資料を次々と丸写しするようなものになっていたかもしれない。
7未来へ向けた提案
「館山市再発見」でさらに興味深いのは、Vの本発表会の際に、子どもたちが「館山市をより魅力ある市にするための三つの提案」を行っていることである。次のような提案だ。
・「房州うちわ博物館」の建設
・他の地域もまきこんだ祭礼の開催
・稲村城址の保存
これらの提案に対して、実際に市役所の企画部の職員が応答するということもあったという。
残念ながら、子どもたちがどのようにしてこれらの提案に至ったのか、詳細は報告されていない。しかし、子どもたちが単に市の歴史や現状を調べるだけでなく、未来に向けての提案を行ったということに、私たちは注目する必要があるだろう。未来に向けての提案を行うためには、子どもたちは歴史や現状を的確に捉え、さらに当事者意識をもって知恵を絞る必要がある。未来に向けての提案を調べ学習の目標とすることが、総合的学習の一つのパターンとして確立される必要がある。
8「未来総合科」に学ぶ
未来に向けての提案を行う授業というと、「提案する社会科」のこれまでの成果がある。
小西正雄氏が提案した「提案する社会科」は、近未来に関する提案を子どもたちにさせ、それらの提案をめぐって子どもたちに論争させるという形態の授業だ。たとえば、校区の消防施設に関する授業では、「あと1つだけ消火栓をつけるとすると、どの地区につけるといいでしょうか」という課題で、三つの地区のどこに消火栓をつけるかということが検討される。子どもたちに、価値判断や意志決定の訓練を可能とする授業だ。(詳しくは、小西正雄『提案する社会科』明治図書、など参照)小西氏は鳴門教育大学におられるが、鳴門教育大学の附属中学校では「未来総合科」という科目を設け、総合学習に取り組んできている。この「未来総合科」の実践は、その名の通り、「提案する社会科」と同様に未来志向の課題を扱う。「館山市再発見」よりもさらに徹底して、子どもたちに未来に向けての提案をさせる実践になっている。いくつかの実践を見よう。(以下、「未来総合科」については、鳴門教育大学学校教育学部附属中学校『未来総合科で生きる力を育てる』明治図書、による。)たとえば、1・2年生の環境領域の学習では、吉野川という身近な環境を取り上げ、次のような活動が行われている。(一部要約して引用)
┌───────────────────┐
│・もしも吉野川がなくなったら……レポー│
│トを書き、発表する。 │
│・吉野川と私たちのくらし……「吉野川総│
│合開発」を提案する。 │
│・水と私たちの生活……自分たちを取り巻│
│く水環境の近未来を予測し、よりよい方向│
│をめざして、私たちにできることを話し合│
│い、提案の形にまとめる。 │
└───────────────────┘
総合開発の提案の部分など、「提案する社会科」とほぼ同じ形態の授業と考えてよいだろう。「提案する社会科」の成果が、社会科の枠を超えて環境学習に生かされていると考えられる。
また、国際理解を扱う1年生の単元では、「正しく伝えよう私からのメッセージ」として、次のような場面が扱われる。
┌───────────────────┐
│コンサートの入場券を買うために、ずっ│
│と並んで待っていると、あなたの前に人が│
│平気な顔をして割り込んできました。 │
└───────────────────┘
このような状況における対応を、「受身的な対応」「攻撃的な対応」「主体的な対応」の3種類に分け、それぞれを生徒がロールプレイする。この実践は、次のような考え方によってなされている。
┌───────────────────┐
│これまでの国際理解教育はどちらかといえ│
│ば、友好と親善をモットーとする文化的交│
│流が中心であった。しかし、民族や歴史が│
│違い、宗教や信条が違う人々が暮らす国際│
│社会においては、対立やもめごとは当然避│
│けて通れないものであると考えられる。そ│
│のことを大前提として、対立やもめごとを│
│主体的に解決しようとする態度や技能を養│
│うことも、本領域がめざすものの一つであ│
│る。 │
└───────────────────┘
この考え方自体興味深いものであるが、この考え方を実現するために、架空の場面を持ち込んで、対応の仕方を生徒に考えさせ、演じさせるという手法に注目する必要がある。典型的な「提案する社会科」では互いの提案について議論をするが、ここではロールプレイという疑似体験の要素が取り入れられている。体験学習を重視する総合的学習ならではの手法と言えるだろう。
以上のように、鳴門教育大学附属中学校の「未来総合科」は、科目名の通り、未来志向をはっきりと打ち出した総合的学習となっている。この「未来総合科」の実践は、今後の総合的学習に大きなヒントを与えてくれるであろう。
9「課題なき調べ学習」に陥らないために
総合的学習における陥りやすいパターンの一つとして、かつて私は「課題なき調べ学習型」を挙げ、次のように説明した。(「『総合的な学習の時間』の授業をどうつくるか」本誌一九九八年四月号)
┌───────────────────┐
│「高齢化社会について」「地球温暖化に│
│ついて」といった漠然としたテーマで子ど│
│もたちに調べ学習をさせ、調べた成果を発│
│表させて終わるというものだ。〔中略〕 │
│このパターンの授業では、重要な事柄と│
│そうでない事柄が区別されない。〔中略〕こ│
│のため、子どもたちが行うことは、見つけ│
│たことを次から次へと丸写しするという単│
│純作業になる。このような単純作業は、価│
│値判断を伴なう現代的課題の学習にはそぐ│
│わない。 │
└───────────────────┘
今回取り上げてきたような実践も、ともすれば、単に館山市について調べるとか、吉野川について調べるというような「課題なき調べ学習」になってしまう可能性があっただろう。だが、これらの実践には、次のような特徴があった。
┌───────────────────┐
│子どもたちによる「出力」が意識されて│
│いる。 │
└───────────────────┘
「館山市再発見」の実践では、発表の場が4回も設けられ、子どもたちが発表の仕方を工夫せざるをえなくなっていた。また、「館山市再発見」でも「未来総合科」の実践でも、子どもたちは未来に向けての提案を求められ、価値判断や意志決定をしなければならなかった。このように、子どもたちが調べ学習の成果や自分たちの考えを出していく場がしっかりと設けられていることが、実践全体を漠然とした調べるだけの学習とは異質のものにしている。
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