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新学習指導要領「総合的学習」の課題

1999年(平成11年)6月13日(日曜日)


2002年度から実施される新学習指導要領の目玉が「総合的学押し。学校の授業に新風を巻き起こすとの期待がある一方で、学校現場の戸惑いも根強い。川村学園女子大学の古藤泰仏教授に、総合的学習の課題について寄稿してもらった。

川科学園女子大学教授 古藤 泰弘


教育は結果が直ちには見えない実践だけに願望やスローガンが先行しがちであるが、総合的学習では特にこの傾向が強い。「明治以来変わらなかった教科主義をやめる大事件」とか「従来の一方通行的スタイルの授業を180度転換」といった言い方は極端だとしても、ユートピア的賛辞でもって語られる場合が多い。

抽象的な「生きる力」
総合学習に関する研究会に参加した先生方に感想を尋ねると、「どんな授業なのか知りたくて参加した」との答えが大半だが、「準備が大変そうだ」「果たして授業といえるのか」「学力がつくのか」「生きる力との関連がみえない」などと戸惑いの声も多く返ってくる。一年間、先行的に総合的学習に取り組んだ小学校が子供たちの反応を調べたところ、「おもしろかった」という回答が六四%あった半面で、「つまらなかった」(一七%)、「わからなかった」(一九%)という回答も少なくなかったとの報告もある。
総合的学習といっても実践の中身は様々で、教師も子供も戸惑っているのが実情。共通のキーワードである「生きる力」にしても極めて抽象的だ。こうした戸惑いが、学校現場で「様子見」の傍観につながる危険性は大きい。先行的実験が一段落した今、総合的学習の特質を検討し、実践上の課題や可能性を探ってみる必要があろう。
総合的学習は「統合化・総合化」と「生活化・体験化」の二つのベクトルを持っている。この二つのベクトルに、総合的学習の特質や課題を解きほぐすカギがある。

国際理解など具体例
新学習指導要領は「統合化・総合化」を「横断的・総合的な課題」と提起、「国際理解、情報、環境、健康・福祉」などを具体例に挙げた。
これまで各教科は、基本的にはそれぞれ基礎学問(科学)を背景(横軸)に持ち、学習者の発達段階(縦軸)に対応させて系統的・体系的に学習できるよう編成されてきた。だが、近年の諸学間の発展は著しく、多くの専門領域や境界領域の誕生を促し、既存の教科区分では対応しきれない領域や間隙(かんげき)が数多く生まれた。こうした変化に、従来は学問や科学間の広領域的統合(例えば社会科や理科)や内容融合(生活科)をもってこたえてきたが、もはや、そうした対応ではカバーできなくなってきた。これが総合的学習が生まれた背景にある。
実際に、児童・生徒の興味・関心に基づいて総合的学習の授業を行っていく場合、こうした背景や意図を.踏まえて、追究課題(内容)の設定や展開を図っているのかが、第一のポイントである。その際に重要なのは、いわゆる教科至上主義が陥りがちな排他的傾向に、どう対処するかであろう。複数教科・領域にまたがる学習対象に対して、各教科や個々の領域の分化的・横断的な関与で済ませるようでは、「総合」の名を借りた個別教科学習の寄せ集めに過きず、個別教科的な知識や技能の習得に終わってしまう。総合的学習は単なる教科学習の延長ではないのである。
教科の偏狭的性格に正面から立ち向かい、横断性や複合性を保持したまま全体を統合し、総合的課題として取り組めるよう、いかに組織化を図るか--。総合的学習の狙いである総合的・応用的(従って創造的)な資質や能力の育成に欠かせない視点だろう。
次に、「生活化・体験化」について考えたい。教科は内容の系統性を尊重する性格上、学習と生活が遊離し、体験的な学習活動が不十分になったり、受け身の学習に陥りやすい側面を持つ。これを克服する一つの手法は、子供の生活体験をどう生かし、興味・関心をどう吸い上げていくか、地域や学校など身近な生活課題をどう取り上げるかということである。
とは言っても、「やりたい」「したい」とか、「おもしろい」だけでは課題になり得ない。児童生徒の意見や考えを取り入れる際、「統合化・総合化」の背景や意図を踏まえながら、どれだけ意味(内容)のあるテーマや活動に高められるかが、もう一つのポイントだ。先行研究の中には児童生徒の「やりたい」「したい」という声を生のまま受け入れ、課題性の乏しい活動が散見される。「子供を中心に置く」ことと、「やりたいことをやる」ことは違うのである。
このベクトルのもう一つのポイントは、体験活動であればそれでよいのかという問題である。新学習指導要領は「自然体験やボランティア活動などの社会体験、観察・実験、見学や調査、発表や討論、ものづくりや生産活動など体験的な学習、問題解決的な学習を積極的に取り入れること」とし、実体験を極めて重視している。
実体験は原体験として重要であり大切であるが、そこで得た体験知だけでは高次の精神活動には発展しない。問題解決的な能力に高揚していくには、体験知を総合的な認識に高める知的な営みが欠かせない。追究したり発表したりする活動があれぱよいのではない。コンピューターやインターネットを活用すれぱよいのではない。各教科での学習成果が統合的に反映されるような手だてが必要なのである。どんな知的な手だてを施すか、現場には真剣に検討してほしい。
特に個人の興味や関心に基づく追究活動の場合は、内容(統合化・総合化)との関連を十分に把握しないと、課題性を失った「お遊び」に終わってしまう恐れがある。

教科学習と補完を
以上、二つのベクトルの相関で検討してみると、@総合的な学習は、教科学習と補充・補完関係ないしほ克服関係にあるのであって、敵対関係にはないこと。従って教科学習を軽視してはならない A二つのベクトルの大小関係によって、さまざまなレベルの総合的学習が存在する B両ベクトルの合力が目指す能力(学力像)になる----ことがわかる。私は、これらを満たすものでなければ総合的学習とは言えないと考える。
最後に強調したいのは、大言壮語に惑わされず、自分の学校や地域の条件(特色)を基に、二つのベクトルの力関係を検討しながら等身大の実践を試みることである。他校のカリキュラム模倣からは、総合的学習は生まれない。


教師"情報収集"に懸命
文部省は六月初旬に告示した新学習指導要領の移行措置の中で、「総合的な学習の時間」を二〇〇〇年度から先行実施できることを明記した。各学校の準備状況が異なるため全国一斉というわけにはいかないが、かなりの数の学校で一年後には総合的学習の時間が始まることになる。小学校三年生以上で導入される総合的な学習は既存の科目の枠を超え、体験学習などを通して、児童・生徒が自ら課題を見つけ考える力を養うことが狙い。「学校再生の切り札になりうる」(寺崎昌男桜美林大学教授)との期待が集まる一方で、手探り状態でのスタートに不安を隠せない教師も多い。全国の学校現場は今、急きょ総合的学習の解説書を買い求めたり、研究会への参加、試験的に実施している学校の視察などを通して〃情報収集〃に懸命だ。
しかし、現場教師や保護者の間に、総合的学習の趣旨がどれだけ浸透しているか懸念が残る。
各学校や教師の創意工夫が一段と求められているにもかかわらず、近隣の学校の動向をにらんだ〃横並ぴ授業〃や、評判になった取り組みを模倣する〃コピー授業〃の横行、入試対策への流用などを心配する指摘も聞かれる。総合的学習が狙い通りの成果をあげられるか、学校現場の責任は重い。
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