2002年度から始まる新学習指導要領では、総合的な学習の時間が導入される。寺崎昌男・桜美林大学大学院教授は、各学校が創意と熱意をもって取り組めば、日本の子供たちの学びを変え、学校のあり方そのものを変えるのではないかと期待する。
教える意識から解放
校区に会社や官庁勤めの家庭の多い静岡県のある小学校の話である。母親参観日に「総合的な学習」の時間を当てた。思い思いに研究課題に取り組んでいる子供たちの姿を見学した母親たちは、口々に聞いた。「こんなことをしていて、私立中学校受験は大丈夫でしょうか?」。次の父親参観日にも、同じ時間を当ててみた。ところが父親たちは違った。異口同音に言ったのは「先生、こういう勉強をさせてください。これから社会で一番大事なのは、問題を見つけだして自分でやってみる力です」という感想だったという。
2002年(平成14年)度から、全国の小・中・高校で「総合的な学習」が始まる。今春からの前倒しも認められており、小学校ではある程度の数の学校がすでに開始している。だが、どのようにプランするか、テーマは何にするか、学校全体で始めるか、学年単位でやるか、クラスごとに始めてみるかなど、不安を抱える学校も多い。
まずは体験した学校の実況をじっくり聞いてみようということで、私の関係している研究所では、小学校八校、中学校八校、計十六校の先生方を逐次招いて、それぞれ丸一日かけて長時間の報告を聞き、インタビューを試みた。
一年目は、今次の改革とかかわりなく数年または十数年前から自発的に総合的学習を実践してきた学校を選んだ。二年目は、最近、試行中の学校を選んだ。学校の半数は、聞き手のうちのだれかが授業を見たり指導をしたりしたことがある学校である。
聞き取りの全記録は財団法人中央教育研究所から『「総合的な学習」の実践的研究』小学校編I、同中学校編1・2(1998〜99年)として刊行されている。
インタビューから実に多くのことを学ぶことができた。
第一に、「総合的な学習」の時間が成功するためには、教師の側の変化が決定的に重要である。いや、正確には、総合的な学習をあえて進めていくうちに「私たちの方が変わらないとうまくいかない」と、教師の側が悟らされるのである。
「転任してきた先生たちは、初めの一学期ぐらいは顔が引きつっています。あそこは総合的な学習をやっている、と闘かされて来られたんですね。いざ来てみると、生徒たちにいろんなことを質問されたり相談されたりする。緊張しているんですね。でも、そのうちに分かってきます。教師は答えなくていいんだ、一緒に勉強してゆけばいい。それが分かると、顔が和んで、生き生きしてこられるんですよ」
長い間、「人間としての生き方」をテーマに全校で実践を進めてきた愛知県の中学校の、女性研究主任の話である。
同じような話を幾度聞いたことだろう。「教師は教えなくてはいけない」「学習の行く先を知っていなければならない」という観念から解き放たれ、「児童・生徒と一緒に学んでいけばいいのだ」と悟る、そのときに新しい学習が創造されるというのである。
学力低下懸念小さい
第二に、自己認識変革の半面には、児童観の変化がある。
「子供たちは一人一人問題のつかみ方も違うし、探究の仕方も違う。それに任せておけばいいんだ、と覚悟したときに、初めて総合的な学習が滑り出したと思います」
「環境」をテーマに苦闘したある付属小学校の話である。これに気づくまでに二年かかったという。「環境問題なら社会科も理科も家庭科もかかわっている、それぞれ持ち寄ればいい、とやっていた間はだめでしたね。主人公は子供たち自身なのだ、と考えて教科の枠など取っ払って実行していくようになってから、初めてうまくいくようになりました」
神奈川県のある小学校は、「子供は本来、知的好奇心を持っている」に始まり、「表現することを好む」「他者や集団とかかわりながら自己を高めていく」「認められると意欲的になる」という四カ条のモットーを掲げて、「自分・環境・地域」を軸にした活発な総合的学習を行ってきた。他校の教師数百人が集まった研究発表会では、子供たち自身がステージに上がって、どんな学習をしてきたか発表し、大好評だったという。学校の研究発表会では異例のイベントである。
第三に、「総合的な学習」などに時間とエネルギーを取られると教科の学習がおろそかになるのではないか、学力低下は起きないか、という問題がある。冒頭の母親たちの心配に代表される。「基礎基本か総合か」。限られた授業時間の割り振りの中ではやはり大問題である。だが、聞き取りの範囲では、これが深刻に問題化している例はなかった。逆に、「世界の例を調べていくうちに学年をはるかに超えた知識や漢字をどんどん学んできて、面食らわされますよ」「総合的な学習でいろんな勉強をしているのを見てゆくうちに、ああ、教科指導のあそこが足りなかったな、と気づかされて、かえって授業改善が起こります」といった発言が相次いだ。
父母や地域巻き込む
第四に、総合的な学習の実践を本気でやった学校は、例外なく父母や地域と深いつながりを持つようになる。「環境・国際理解・福祉・郷土」というテーマで本格的な総合的学習を組んできた香川県のある中学校の先生は、地域の理解と諸施設の協力がいかに大切かを強調した。周知のように、地域と学校をつなぐ新しい組織として、小中学校には近く「学校評議会」が発足する。「その協議会も、各学校単位ではなく、本当は幾つかの学校をつなぐ形で出来なければならないのではないでしょうか」というのがその学校の意見であった。
総合的な学習は、様々な心配や険路(あいろ)を抱えている。例えば、自学自習のためには学校図書予算などが今のままでいいとは到底思えない。
だが、各校が創意と熱意をもってこの時間を運営すれば、それは日本の子供たちの学びを変え、さらに学校のあり方そのものを変えるのではないか。これが聞き取り調査を終わっての結論であった。
※ コラム
学校完全五日制に対応した教科内容の三割削減と、総合的な学習の時間の導入が、2002年度から始まる新学習指導要領の二本柱である。学校現場では、既存の教科の枠にとらわれない総合学習に対して、期待と戸惑いが交錯する中、準備に追われている。
総合学習は教科書のない時間である。学校や教師がそれそれの問題意識を持って、児童・生徒とともに授業を作っていかなければならない。「総合学習が学校を変える」という期待が高まる理由はこの点にある。実際、以前から総合学習に取り組んできた学校の授業には、目を見張るべきものが多い。だが、そうした授業は実は、多くの学校や教師が最も苦手とすることでもあった。「結局は他校と横並びの内容になる」「お遊びの授業になるだけ」といった批判は、総合学習の可能性は認めながらも、学校現揚がそれに応(こた)えられるのかという懸念の表明でもある。総合学習が成功するかどうかのカギは、教師一人一人が握っている。
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2000年(平成12年)11月11日(土曜日) 掲載