目 次
はじめに:創造的科学技術開発を担う人材を育成する教育の展開に向けて
第1章 なぜ創造的人材が求められるのか
1.科学技術政策と教育政策の動向
2.産業界からの期待
第2章 創造性を育む教育への転換
1.創造的活動について
2.成長段階に応じた創造性の育成
(1)幼児教育期 ―― 子供の“なに?”に応える
(2)初等教育期 ―― 子供の“なぜ?”に応える
(3)中等教育期 ―― 子供の“何を、何のために”に応える
3.創造性を育む教育の方向
(1)創造性発揮を阻む要因の除去
(2)「教える教育」から「学ぶ教育」への転換
第3章 新しい理科教育の展開
1.理科教育の現状(理科離れについて)
2.教育政策の対応と理科教育への影響
3.今後の理科教育の方向 −自然科学の「原理・法則」の定着と「活用する教育」の展開−
第4章 創造的科学技術開発を担う人材育成への提言
1.創造性を育む環境・風土の醸成
2.新しい教師の役割
(1)自然科学の原理・法則を真に理解し、科学技術の進歩に対応した授業を展開する
(2)考え悩む機会を与え、個々の能力を引き出す
(3)地域の人々や社会人が教育に参画し、新しい教師の役割を担う
3.情報化手段の整備と活用
4.企業としての行動
(1)経営資源の提供
(2)体験学習・教員研修の受入
おわりに:政府が推進する教育改革への期待
≪ 資 料 編 ≫ 補足資料・データ等
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はじめに:創造的科学技術開発を担う人材を育成する教育の展開に向けて
経済同友会はこれまで、提言「新しい個の育成」(1988年)で教育目標、「『選択の教育』を目指して」(1991年)で教育改革の基本理念、「大衆化時代の新しい大学像を求めて」(1994年)で高等教育の改革、「学校から『合校』へ」(1995年)で初等中等教育における新しい学校のコンセプト、「『学働遊合』のすすめ」(1997年)で企業の意識改革と実行の決意など、教育に関わる重要課題に継続的に取り組み、提言を発信してきた。特に、学校、家庭、地域が連携して子供たちが学び育つ新しい場を作ろうと呼びかけた『合校』の考え方は、教育の現場から大きな共感を得たところであり、今まさに、そうした考え方に立って教育改革が進められようとしている。
こうした経緯を踏まえ、経済同友会では1997年度、これらに続く教育に関わる具体的な検討課題として、「日本経済の発展に向けて、主に科学技術面にスポットを当て、創造的科学技術開発を担える人材育成のための教育における施策」を取り上げることにした。これを受けて発足した教育委員会では、まず97年度は、企業の自助努力により向上可能な課題として、企業における研究者や技術者の教育について検討を行い、企業の実態を調査するとともに、将来に向けた課題と目指すべき方向を中間提言としてとりまとめた。そして98年度は、科学技術教育を軸としてより幅広い視点から、創造性あふれる人材を育成するための教育のあり方や政策について検討してきた。
本来、教育は極めて幅広く、かつ深い問題である。教育の目的である人格の完成のためには、子供の個性を尊重しつつ、思いやりや正義感、倫理観や社会性、創造性、国際性を育む視点が重要である。今回の最終提言ではこれらの視点のうち、特に創造性の育成に焦点を当て幼児期から中等教育期における教育のあり方について検討を行うとともに、より具体的な課題として、理科離れや理科嫌いなどが指摘される理科教育を取り上げ、その新しい展開と創造的科学技術開発を担う人材の育成のあり方を提言している。
第1章 なぜ創造的人材が求められるのか
我が国は現在、経済的、社会的、国際的にも厳しい環境下におかれており、この難局を乗り越えるために創造性発揮に対する期待が高まっている。21世紀に我が国が活力あふれる経済社会を構築できるかどうかは、創造的人材の育成にかかっていると言っても過言ではない。
1.科学技術政策と教育政策の動向
我が国は、急速な少子・高齢化、メガ・コンペティションの進展、地球環境、食糧、資源・エネルギー、難病克服などの内外の諸課題に立ち向かうため、科学技術創造立国を目指し、創造力と活力の再生により未来を切り拓いていくことが求められている。そのため科学技術政策面においては、95年に科学技術基本法*1が成立し、同法に基づき策定された科学技術基本計画によって総合的な政策が推進されている。その中で研究者や技術者の確保に関しては、大学院の教育研究機能の充実の必要性が指摘されている。
また、教育政策の面では、国民一人ひとりが将来に夢や目標を抱き、創造性とチャレンジ精神を存分に発揮できる社会をつくるために、あらゆる社会システムの基盤であり我が国の唯一の資源ともいえる人材の育成についての改革が求められている。政府は、97年に「教育改革」を政府の六大改革の一つに位置付け、「教育改革プログラム」を策定すると同時に、幼児期からの心の教育を含め幅広い改革を推進しつつある。
2.産業界からの期待
一方、我が国の産業はグローバルな競争場裏に立たされている。企業における創造的技術開発は競争力を強化するための重要経営戦略の一つであり、企業は多くの経営資源を投入して人材の育成に努めている。
教育委員会が97年度に企業を対象に実施した調査*2では、次代の研究開発や技術開発を担う人材に求められる能力や素養として「創造性・独創性」の重要性をあげる回答が最も多かった。ところが98年度に実施した調査*3では、多くの経営者は、
最近の新入社員や若手社員の思考力や応用力は「以前と変わらない」か
「以前より低く」なっており、このままでは将来の企業活動が憂慮される
と考えている。
豊かな創造性の育成は、人格形成期を過ぎてからでは遅く、幼児期からの家庭での教育、初等教育段階からの創造性教育や理科教育などに着目する必要がある。
第2章 創造性を育む教育への転換
ここでは“創造”の意味を確認した上で、創造性を育成・伸長するための子供の成長段階に応じた教育のあり方を検討し、創造性を育む教育への転換の方向性を示したい。ここで検討する創造性教育の目的は、ひと握りの天才やエリートを育てることではなく、誰もが豊かな才能を発揮し創造性あふれる社会を実現することにある。また、その対象は、自然科学ばかりでなく、人文・社会・科学・芸術などを含めて、幅広く捉えている。
1.創造的活動について
“創造”とは「これまでにないものを創り出すこと」であると考えられるが、創造という活動をどのように捉え、また、どうすれば創造性を発揮できると考えられるであろうか?
創造のプロセスは、大きく2つの段階に分けることができる。第1段階は、必要な知識と経験の蓄積をもとに、想像力や論理的思考力によって組み合わされた新しいアイディアが頭の中で孵化することであり、第2段階は、創意工夫をしたり他者の協力を得ることによって、頭の中で孵化した新しいアイディアを具現化することである*4。
したがって、創造性を発揮するには、その前提として、まず個性や自由な発想を認め尊重する風土があることが重要である。また、必要な知識を単に知っているだけでなく十分に理解し体得するレベルに高めるとともに、経験を蓄積することが創造性発揮の必須の条件である。その上で、創造的活動を促進させるためには、夢やロマンを追求する心、明確な目的意識と課題設定、必要な情報を収集・分析するためのリテラシー、他者とのコミュニケーション能力、外部の意見や評価を真摯に受け止める姿勢などが必要である。さらに、物事を成し遂げたときの達成感や感動の体験によって向上心を高揚させ、さらなる創造的活動へと自らを動機付けることによって、一層の創造性発揮が期待できる。
2.成長段階に応じた創造性の育成
(1)幼児教育期 ―― 子供の“なに?”に応える
小学校入学前の幼児期における家庭での教育が、全ての出発点である。幼児期は、親や家族の十分な愛情のもとで、安定した情緒を養うことや自由な発想を巡らせることを通して、創造性発揮の基礎である想像力を養う重要な時期である。
しかし、ともすれば親は子供の体や脳の発育を考慮せずに、行き過ぎた早期教育を提供しがちである。子供が自分を取り巻く物事の関係を理解すべき時期に断片的な知識が提供されてしまうと、子供が自ら興味、関心、疑問を抱くことを妨げてしまうことになる。
この時期には親や家族は、断片的な知識情報を提供するのではなく、子供の知的発達を助け促すように接し、身の回りの物事に対して子供が抱いた“なに?”という好奇心に丁寧に応えることが重要である。
(2)初等教育期 ―― 子供の“なぜ?”に応える
小学生の頃に基礎・基本をしっかり定着させることは、「生きること」や「学ぶこと」の出発点である。初等教育期は、「覚えること」よりも「考える姿勢」や思考力・応用力に結びつくような「学習態度」を身につける時期である。
しかし、親は横並び意識により子供に他人と異なることをさせたがらず、子供は塾通いなどのために時間的なゆとりを失い、知識の獲得が目的化してしまい、その結果、考える姿勢が身につかない。また、親や教師が子供の求めに応じて安易に正解を与えてしまうと、理解が深まらない。子供は「知っている」が「理解していない」ため、獲得した知識を活用したり、思考したりすることが不得手になっている。
この時期には、日常の遊びや生活を通して子供が抱いた“なぜ?”という疑問に応えることを通して、自然に必要な知識や経験を蓄積しながら、「考える姿勢」を身につけることが重要である。子供が失敗を恐れることなく試行錯誤の中から自ら納得し体得すること、自分の言葉で理解することが大切である。
(3)中等教育期 ―― 子供の“何を、何のために”に応える
中学生や高校生の頃に、自らの意志に基いた判断力を養うことは、自立した個としての自己を確立するための出発点である。中等教育期は、様々な体験を通して自分の資質や適性を発見し、将来の方向性を見出す時期でもある。
しかし、子供は子供自身の横並び意識により他人と異なることをしたがらず、受験競争を意識して精神的なゆとりを失い、大量の知識詰め込みを強要され、学習が動機付けられず、その結果、勉強や学校が嫌いになっている。
この時期には、子供が“何を、何のために”という学習の目的意識を持つことが大切である。自ら学ぶ目標を見出し、それを如何にして達成するかを考え行動するという課題設定・課題解決型の学習を通して、思考力、判断力、行動力を身につけることが必要である。自ら課題を設定し、解決し、そしてさらなる課題を発見するという主体的学習のサイクルを確立することが重要である。
3.創造性を育む教育の方向
(1)創造性発揮を阻む要因の除去
日本の社会風土や教育制度が、親や子供の間での横並び意識を作り出し、「多様な個性」や「自由な発想」の発揮の芽を摘み取っている。また、これまでの平均化・画一化・知識偏重型の教育と行き過ぎた受験競争が相互に悪影響を及ぼし合い、子供の学習意欲や思考力の低下を招いてきたことも否めない。
これらが結果として創造性の発揮を阻んでおり、子供が育つ環境・風土や教育のあり方の両面からの改善努力が必要である。
(2)「教える教育」から「学ぶ教育」への転換
これまでのキャッチアップ優先の時代において、良質で均質な人材が必要とされたことから、知識を効率的に与え、管理運営や評価判定も容易な、教育提供者主体の「教える教育」が行われてきた。しかし、これから必要とされるのは、「これまでにないものを創り出すこと」のできる創造力のある人材である。
個性を伸ばし創造性を育むには、学習の主体は学ぶ側にあることを再認識し、これまでの「教える教育」から
子供たちが自ら考え、自ら目的意識をもって学ぶ、子供たちが主体となる
「学ぶ教育」に転換する
必要がある。子供の頃に身につけた「自ら学ぶ姿勢」は、生涯にわたる貴重な財産となる。
第3章 新しい理科教育の展開
第2章で述べた「学ぶ教育」については、以前から重要性が指摘され、その方法論についても多くの検討がなされており、着実な実施を図るべき時期にある。しかし、今回の教育委員会の具体的検討課題である「創造的科学技術開発を担う人材の育成」のためには、「学ぶ教育」に転換するだけでは十分ではない。若者の理科離れに象徴されるように、理科教育の現状はかなり深刻であり、理科教育の改善について重点的な検討を行う必要がある。
1.理科教育の現状(理科離れについて)
各種調査によれば、子供の数学(算数)や理科に対する興味・関心は、小、中、高校生と進むにつれて、「面白い」と思う比率が徐々に低くなり、高校2年生では50%前後にまで低下している*5。
また、数学的な考え方や科学的な思考力を問う問題の正解率は、小学校高学年では比較的良好であるが、中学生になるとやはり50%前後にまで低下している*6。さらに、中学2年生を対象とした理科の学力に関する国際比較によると、我が国は全体としては高いレベルを維持しているものの、論述問題の正解率が低く*7、数学や理科を「好き」「大好き」と答えた生徒の割合は、比較対象国・地域の中で最低水準にある*8。
2.教育政策の対応と理科教育への影響
政府が推進している教育改革では、これまで経済同友会が提言してきたように、学校、家庭、地域の連携を強化しながら、知識偏重の風潮や知識詰め込み型の教育を改め、子供たちに「ゆとり」の中で「生きる力」を育み、一人ひとりの子供の個性を生かし、豊かな人間性や創造性を育むことを目指している。具体的には、完全学校週5日制、学習指導要領改訂による教育内容の厳選、中高一貫教育の選択的導入、大学入学年齢の特例措置(飛び入学)の導入、情報教育の充実、学校の自主性・自律性の確立などの施策が検討、実施されている。
こうした中で、2002年度(平成14年度)の学習指導要領改訂により、授業時間の週2時間削減、教育内容の3割削減が予定されている。これは学校教育に時間的なゆとりをもたせるとともに、教育内容を厳選して理解を深めさせることが目的である。ただ、これらが本来のねらいを実現し、成果をあげるには、学習指導方法の工夫や改善に合わせて取り組む必要がある。
特に、理科教育においては、子供たちが興味を抱き、学習への意欲が高まるような体験や実験の機会を増やすことなどにより、子供たちの科学的素質を育み、「理科好き」にしていかなければならない。従来の学習指導要領では教師の創意工夫が発揮でき難かったが、新たに導入される「総合的な学習の時間」では教育現場の裁量で授業内容の改善が可能となる。しかし、いきなり教師の裁量と判断に大きく委ねる方向に切り替えるのでは、教育現場の混乱は必至である。こうした混乱を回避するために、改善への動きがみられつつあるようだが、行政としては、教師の創意工夫を促す手法や先進校における事例を紹介することなどによって教育活動を側面から支援することが大切である。そうなれば、「総合的な学習の時間」には、教師の工夫や地域との連携などによって、楽しく、面白い理科の学習を実現できる可能性があり、その成果に大いに期待したい。
このように、これからの理科教育を考える上でポイントとなるのは、学習指導方法とそれを担う教師である。しかし、小学校では理数系を専門とする教師が少なく、高校では理科の各科目の専任教師が不足することが心配されている。こうした現状を放置すれば、理数系科目の専門性の維持・向上や、授業の十分な準備・研究が困難となり、理科教育の質の低下が懸念される。地域の人材や様々な場の活用はもとより、適正な教職員数の確保、教師の資質の向上、学習を助ける指導方法への転換、小学校教師の理科離れなどへの対応を急ぐ必要がある。
3.今後の理科教育の方向
−自然科学の「原理・法則」の定着と「活用する教育」の展開−
科学技術分野において創造性を発揮するには、その前提として、まず必要な知識と経験の蓄積が不可欠であり、科学技術の目覚しい発展に伴ない益々その必要性も高まっており、この点は決して軽視されるべきではない。そのためには、限られた教育機会のなかで最大限の効果を上げるために、学習指導方法や機器活用方法などの面での工夫が求められる。次に、真に理解し獲得した知識や経験を実際に活用することを通して確実な定着を図り、学習を動機付けることが重要である。さらに、動機付けられた子供が関心に応じて学べるように、学習の選択の幅を広げる必要がある。また、子供の習熟度に合わせた学級編成や学習内容によって、能力の一層の伸長に努める必要がある。
基礎・基本の定着を図り、自ら考える力を育成するという教育改革の考え方は、理科教育に関して言えば、
自然科学の「原理・法則」の定着を図り、それを「活用する教育」を展開する
ことと考えられる。ここでいう「原理・法則」とは、自然科学の様々な現象を理解し、真理を追求するめに不可欠な知識であり、日常生活にも幅広く活用できる必要な知識である。したがって、理科教育の内容は、自然科学の「原理・法則」という視点を判断基準として厳選するべきである。活用する教育によって、知識や経験の蓄積をもとに、自ら思考・判断・行動し、新たな局面や可能性を切り拓くことのできる人材の育成が可能となる。
第4章 創造的科学技術開発を担う人材育成への提言
ここでは、学習の主体である子供を中心とした「学ぶ教育」によって創造性を育成するという視点から、これまでの「子供の育つ環境」と「教師の役割」を見直し、「情報化手段」を効果的に取り込むことにより、新しい理科教育を展開することを提言する。また、新しい理科教育の実現のために、社会の一員としての企業が取り組むことを幅広く呼びかけるとともに、政府に対しては新たな政策展開を要望する。
1.創造性を育む環境・風土の醸成
子供たちは横並び意識の強い社会風土のなかにおかれており、無意識のうちに大きな影響を受けている。子供の多様で豊かな個性と創造性の芽を摘み取ることのないよう、親、家族、教師の横並び意識を改革し、創造性を育む社会風土を醸成することが重要である。また、経済同友会が提言「学校から『合校』へ」で提唱したように、子供が多種多様な場で、主体的に学び、成長できるよう、学校、家庭、地域の連携と努力・工夫が求められる。
そうした中で、2002年度の完全学校週5日制の実施に先立ち、99年度から実施される「全国子どもプラン(緊急3ヶ年戦略)」では、「子ども放送局」の推進、「子ども長期自然体験村」の設置、「子どもの水辺」再発見プロジェクト、「子どもパークレンジャー」事業、「子ども科学・ものづくり教室」の全国展開、「親しむ博物館づくり」など意欲的な政策によって、学校以外に自然に触れ、体験する学びの場が増える。子供がこれら多様な学習機会を積極的に活用できるよう、親子で参加したり、子供の参加を促したりすることが大切である。
また、学校教育の現場からは、教師は多忙で子供と接する十分な時間の確保が困難であるという意見が多く聞かれる。教職員の再配置や適正な人員の確保によって本来業務に専念できるような体制整備も含め、教師が精神的ゆとりをもって子供に接することができるような環境を醸成する必要がある。
2.新しい教師の役割
自然科学の原理・法則の定着と活用する教育を展開するためには、学校教育の担い手である教師の役割が極めて大きい。まず教師自身が、知識を効率良く教え込むという発想から、子供が自ら学ぶよう動機付けし、子供の主体的な学習を側面から支援するという発想に転換し、学ぶ教育を実践する必要がある。学習は一度動機付けられると、子供の学習態度は能動的になり、それを助けることが教師の主な役割となる。
(1)自然科学の原理・法則を真に理解し、科学技術の進歩に対応した授業を展開する
特に理科を担当する教師は、自らが自然の不思議さ、素晴らしさ、創造する喜びなどを真に理解しなければならない。教師自らの深い理解と豊富な体験があって初めて、子供たちに感動を与える授業を展開することが可能となる。また、科学技術の目覚しい進歩に伴い、子供が抱く新たな疑問に応えたり、授業にアップトゥーデイトな要素を加味するなど、教師にも科学技術の進歩への不断の対応が必要である。
(2)考え悩む機会を与え、個々の能力を引き出す
最近の子供は思考することが苦手で、考えたり悩むことなく、直ぐに答えを知りたがる。子供が正解を求めても教師が安易に与えない方が深い理解につながり、また思考力や探求心を養うことにもつながる。子供一人ひとりの個性、能力、習熟度に合わせてきめ細やかな指導をする上で、
複数の教師が指導にあたるティーム・ティーチングは極めて
有効な学習指導方法であり、これを積極的に推進する
必要がある。
(3)地域の人々や社会人が教育に参画し、新しい教師の役割を担う
特に理科教育においては、教師の専門性を高めることが重要である。現在、小学校では学級担任がほぼ全教科を指導しているが、
小学校においても、専科制を採用する
べきである。 また、授業内容を充実し、生きた理科教育を実施するためには、豊かな経験や高い専門的知識を持った人材(退職者を含む)や、NPO活動を通して培われた科学教育のノウハウなどを教育の場に積極的に取り込む必要がある。特に、2002年度から実施になる「総合的な学習の時間」を充実したものにしていくためには、早急に地域の教育力を活用できる体制を整備する必要がある。そのために、地域の教育委員会が中心となって人材情報のデータベース化や仲介の仕組み作りに取り組み、
社会人採用枠の設定、勤務先からの推薦制度の創設などを含め、
社会人を積極的に教育の場に採用する
べきである。
さらに重要なことは教師の意欲の向上である。そのためには、教師のモチベーションの高揚を図ることが不可欠であり、
能力と意欲のある教師を評価・抜擢するためのインセンティブ型の
人事・処遇制度を導入する
べきである。
3.情報化手段の整備と活用
これまでの学校教育における情報機器の活用は、子供が覚えなければならない学習内容をパソコンに入力し、そこから子供たちが知識を得るというように利用されてきたきらいがある。むしろ、情報機器は、情報リテラシーを身につけた子供が、創造性を発揮するための情報を収集・分析・生産・表現するためのツールとして位置付けて活用されなければならない。情報化手段は、教育の時間的・内容的な制約を越え、多様な情報の収集と分析を可能とするものであり、物事の本質に迫る思考力と新たなアイディアを具現化する能力を高めるものである。
情報化手段の活用に際しては、子供ばかりでなく、教師に対しても情報リテラシー教育が不可欠である。教師に対する情報教育研修の充実に加えて、高い専門的能力を持つ社会人を積極的に採用するべきである。
また、創造性育成のためのインフラともいうべき情報教育基盤について、日本は米国に比較して整備の現状も目標も大きく遅れており*9、早急に十分な体制を整備する必要がある。その際、整備目標は学校単位ではなく子供の数に応じた実効のあるものにすべきである。また、自治体によって整備状況に大きなばらつきがある現状は極めて問題であり*10、政府として情報教育環境の底上げに積極的に取り組む必要がある。
4.企業としての行動
経済同友会は、企業の行動が教育に及ぼしてきた影響を十分認識し、教育改革のために企業が変るべきことや取り組むべきことを一貫して主張してきた*11。今回の教育改革で明確になりつつある政策を踏まえて、我が国の将来を担う創造的人材を育てるため、我々経営者は積極的な行動を通して教育力の向上に貢献していきたい。
(1)経営資源の提供
豊かな経験(ベテラン社員、社員OB)や高い専門性(若手社員も積極的に)を持つ企業人が教育現場で活躍することによって、極めて高い教育効果が期待できる。98年度の調査でも企業経営者は、企業人やOBの教育現場への派遣に積極的に取り組むとしている*12。現在、非常勤講師や教育ボランティアについては一定の成果をあげつつあるが、企業からの人的貢献をより大規模かつ本格的なものとするために、受入れ体制を整備すべきである。また企業は、子供を持つ社員が家庭や地域の教育力向上に貢献できるよう、勤務地、勤務時間、休暇取得などに関し、より一層配慮していく必要がある。
企業が自社の事業に関連する情報を子供に教育目的で提供することに対しても、企業経営者は積極的である*13。今後は、アップトゥーデイトな要素を加えるなどの内容の充実、各社のホームページへの掲載などによる提供方法の多様化などによって、教育内容の一層の充実に貢献することができる。
(2)体験学習・教員研修の受入
企業経営者は、実験や体験を重視した教育を実施することや、民間企業での研修を通して教師の資質を向上させることが、教育水準の維持・向上に有効であると考えている*12。実際に、企業での体験学習や教員研修が大きな成果を上げている事例もあり、教育界からの期待も高まりつつある。企業活動のなかにある生きた学習や研修の機会を子供や教師に提供することは、地域社会の一員としての企業の責務でもある。
おわりに:政府が推進する教育改革への期待
現在、政府が推進している教育改革の方向は、これまでの経済同友会の主張と概ね軌を一にするもので、基本的には評価したい。
創造性の発揮は、必要な知識と経験の蓄積と十分な思考力があって、はじめて可能となる。単なる知識の詰め込みは論外だが、授業時間や教育内容の削減等によってゆとりさえ与えれば創造性の発揮が期待できるというものでもない。
我々は今回の検討を通じて、教育の“制度改革”に加えて、学習指導方法と教師の役割に着目した教育の“質的改革”が相まってこそ、若者の「理科好き」を増やし、創造的科学技術開発を担いうる人材を多く育てることができるとの認識を強く持った。
我が国の科学技術政策の基本的枠組みである科学技術基本法は、人材育成の問題意識を主に高等教育段階以上においている。科学技術創造立国を目指す科学技術政策と産業界の期待に応えるためにも、初等中等段階における創造性育成や理科教育の重要性を科学技術基本法において明示し、政策展開の基礎とすべきである。また、教育改革の推進にあたっては、2001年の教育科学技術省(仮称)の設置を視野に入れ、教育行政と科学技術行政が一体となって効率的かつ効果的な政策を展開することに期待する*14。
最後に、教育委員会では2年間にわたり、科学技術教育を主題として創造的科学技術開発を担う人材育成に焦点をあてて検討を重ねてきた。教育の“制度改革”上の難題である「入学試験のあり方」や、学習指導方法の工夫と教師の資質向上などの“質的改革”を支える「財政的な措置」など、十分議論を尽くせなかった幾つかの問題については、今後の教育改革の進捗状況を注視しつつ、引き続き検討を深めて行きたい。
以 上
[本提言は経済同友会「教育委員会」(委員長:金子尚志 日本電気 社長)が取り纏めた]
≪ 資 料 編 ≫
補足資料・データ等
※1.科学技術基本法について
1995年(平成7年)11月15日に「科学技術基本法」が施行された。 科学技術基本法は、今後の我が国の科学技術政策の基本的な枠組みを与えるものである。また、我が国が、21世紀に向けて「科学技術創造立国」を目指して科学技術の振興を強力に推進していく上でのバックボーンとして位置づけられる法律である。
科学技術基本法
第一章 総則(第一条―第八条)
第二章 科学技術基本計画(第九条)
第三章 研究開発の推進等(第十条―第十七条)
第四章 国際的な交流等の推進(第十八条)
第五章 科学技術に関する学習の振興等(第十九条)
附則
第十一条(研究者等の確保等) 国は、科学技術の進展等に対応した研究開発を推進するため、大学院における教育研究の充実その他の研究者等の確保、養成及び資質の向上に必要な施策を講ずるものとする。
2 国は、研究者等の職務がその重要性にふさわしい魅力あるものとなるよう、研究者等の適切な処遇の確保に必要な施策を講ずるものとする。
3 国は、研究開発に係る支援のための人材が研究開発の円滑な推進にとって不可欠であることにかんがみ、その確保、養成及び資質の向上並びにその適切な処遇の確保を図るため、前二項に規定する施策に準じて施策を講ずるものとする。
第十九条 国は、青少年をはじめ広く国民があらゆる機会を通じて科学技術に対する理解と関心を深めることができるよう、学校教育及び社会教育における科学技術に関する学習の振興並びに科学技術に関する啓発及び知識の普及に必要な施策を講ずるものとする。
(出所:「科学技術庁ホームページ」より)
※2.次代の研究開発や技術開発を担う人材に求められる能力や素養
教育委員会は、1998年1月に、東証一部上場企業(商業、金融・保険、などを除く、964社対象:251社回答、回答率26.0%)の技術教育担当者を対象としたアンケート調査(以下「97年度調査」)を実施した。
97年度調査では、次代の研究開発や技術開発を担う人材に期待する能力や素養について複数回答で質問したところ、@創造性・独創性(204社
= 81.3%)、A専門的な知識・能力(117社 = 46.6%)、B問題発掘能力(100社 = 39.8%)をあげる企業が多かった。
※3.最近の新入社員や若手社員の思考力や判断力について
教育委員会は、1998年12月に、経済同友会の会員(企業経営者1493名対象:365名回答、回答率24.4%)を対象に実施したアンケート調査(以下「98年度調査」)を実施した。
創造性の発揮という視点から、最近の新入社員や若い社員の思考力や応用力について質問したところ、@以前と変わらない(170名
= 46.6%)、A以前より低くなっている(131名 = 35.9%)、と考える経営者が多かった。
また、最近の新入社員や若い社員の思考力や応用力と将来の企業活動の関係を質問したところ、@やや心配である(151名 = 41.4%)、A心配である(72名 = 19.7%)、Bかなり心配である(32名 = 8.8%)、で約7割(255名 = 69.9%)の経営者が将来の企業活動への影響を憂慮している。
※4.James W.Young 著、今井茂雄訳、「アイデアの作り方」TBSブリタニカ、 1988年、より
※5.生徒の意識調査:数学や理科は面白いと思うか
※6.学習到達度調査における算数(数学)と理科の問題に対する正解率
※7.国際的な学力(理科)の比較:問題形式別の各国の平均正答率(中学2年生対象、42の国/地域が参加)
※8.国際的な学力の比較:数学と理科は好きか(中学2年生対象、数学は39、理科は21の国/地域が参加)
※9.教育におけるコンピュータやインターネットに関する日米比較
※10.都道府県別の教育の情報化への取り組み状況(インターネット接続状況)
※11.経済同友会が主張してきた「企業が取り組むべき課題」
経営者は、企業の活動が教育に大きな影響を与える(与えてきた)ことを認識する必要がある。経済同友会は、「大企業神話」や「学校歴神話」の崩壊など、時代の変化の予兆を伝え、企業自らが意識改革し行動することを主張してきた。過去に提言してきた「企業が取り組むべき課題」は以下の通り。
(1)採用面での取り組み
・就職協定の廃止、通年採用制度の導入 ・「学校歴」より「学習歴」、キャリアを重視
(2)人事面での取り組み
・企業内の「年齢輪切り主義」をなくす ・能力主義の徹底
・従業員のリカレント(再就学)の支援 ・親としての社員への配慮
(3)教育界に対する貢献
・学生のインターンシップへの支援 ・体験学習や教員研修の受け入れ
・学校への人材(講師)派遣、物的・資金的な支援 ・施設の開放、設立
(出所:経済同友会 教育委員会の過去の提言から抜粋)
※12.学校・地域・家庭の教育力向上に対する企業の取り組みの積極性
教育委員会の「98年度調査」によれば、学校・地域・家庭の教育力向上に対する企業の取り組みに関する質問に対して、@「人的取り組み」(67.4%)、A「学習に資する情報の提供」(48.8%)、B「既存施設の活用」(41.6%)、と回答する経営者の割合が高かった。(回答のうち「大変高い」と「高い」を合計した数字によってランキング)
※13.教師の資質向上のための具体策
教育委員会の「98年度調査」によれば、教師の資質向上のための具体策に関する質問に対して、@「多様な社会経験を持つ人材の積極採用」(89.3%)、A「民間企業への派遣研修の充実」(66.6%)、と回答する経営者の割合が高かった。(回答のうち有効性が「大変高い」と「高い」を合計した数字によってランキング)
※14.創造的人材の育成に対する行政の対応
教育委員会の「98年度調査」によれば、創造的人材の育成に対する行政の対応に関する質問に対して、@「教育行政と科学技術行政が一体となった対応が必要である」(49.6%)、A「教育行政と科学技術行政の両サイドからの対応が必要である」(26.6%)、と回答する経営者の割合が高かった。
以 上