人間性によるリーダーシップ
(運動部 吉田 誠一)1998/6/8/月
サッカーノ日本代表がワールドカップ(W杯)フランス大会(六月十日開幕)を目前にしている。四十一歳の岡田武史監督のもとで、二十二人のチームをまとめているのは三十歳の井原正巳主将(横浜M)。前任の柱谷哲二(川崎)のような強力なキャプテンシーを発揮するタイプではない。無色透明な好青年の井原流リーダーシップを、岡田監督は「人間性によるリーダーシップ」と呼ぶ。(文中敬称略)
練習の雰囲気一変
井原の日本代表デビューは筑波大時代の八八年一月。以来、守備のかなめとして活躍し、百十六試合(日本史上最多)の国際Aマッチに出場してきた。九三年のJリーグ発足後は五年連続ベストイレブン。九五年はアジア最優秀選手。積み上げた実績が井原を自然に圭将に押し上げた。
九六年初頭、柱谷が代表から外れると、加茂周・前監督は井原を主将に指名した。前任者がファイトむき出しの言葉でチームを引っ張る「うるさい闘将」だったのに対し、井原はおだやかな「近所のお兄さんタイプ」。練習の雰囲気が一変してソフトになった。
柱谷、ラモス瑠偉、都並敏史と、にぎやかな個性派が次々と抜けた代表チームは、いつの間にか「おとなしいいい子の集団」になっていた。気勢を上げる人間がいない。成績が良ければ、問題はないが、準々決勝で敗退した九六年のアジアカップ以後、敗因の一つに「リーダー不在」が挙げられるようになった。
わき上がる柱谷復帰待望論を、加茂前監督は「強烈な個性が組織を壊してしまう可能性もある」と突っぱねた。「主将は試合前のコイントスだけすればいい」とうそぶいて、井原をある意味でかばった。
「批判をされて色々考えたけれど、僕はわざとらしくリーダーを務めるのが苦手ですから」というのが井原の言い分。性格に逆らってまでして闘将を演じようとはしない。三浦知良(川崎)とともに静かに、目然にランニングの先頭に立ちチームを引っ張った。
いまのチームの最大の危機は昨年十月の加茂解任。日本サッカー協会はW杯予選での低迷を理由にカザフスタンで、岡田コーチを監督に昇格させた。激震を受けた異国での深夜、井原は選手だけのミーティングを招集した。団結のエールを交換したわけではない。ソフトな井原らしく「それぞれがチームのためにできる役割を全うしよう」と説いた。おかしな方向へ大きく傾いた振り子をそっと戻した。激しい言葉で無理に力を掛けていたら、緩やかな和で緒ばれた優等生の集団は崩壊していたかもしれない。井原はそのあたりを意識せずごく自然に振る舞っただけだろうが、それはチーム崩壊の危機を救う好アシストだった。
日本はドン底からはい上がり、悲願のW杯初出場を果たした。組織の特色によって、求められる主将のタイプは違ってくる。すべての組織で闘将タイプが力を発揮するわけではない。
柱谷は外国人監督のハンス・オフト、ロベルト・ファルカンに仕えてきた。監督の代弁者となり表だって動く柱谷流は、言葉のハンディのある外国人監督を安心させたはず。人格で選手を引きつける井原流では心もとなかっただろう。外国人監督と日本人監督では求められる主将像は変わってくる。
若手への威圧感なく
「リーダーというのは監督が作らなくても自然に生まれてくるもの。監督は皆が認めるリーダーに権限を与えればいい」。岡田も加茂の考え方を踏襲して、強烈なリーダーを新たに移植しようとはしなかった。プレーの質本位にメンバーを選択し、その結果、井原が主将を継続した。
今春、日本代表には小野伸二(浦和)、市川大祐(清水ユース)という十代の若手が加わった。静岡での合宿で食事のたびに、井原は二人と同じテーブルについた。訓示をたれるわけではない。そっと二人の言葉に耳を傾けた。十年を超える代表歴を誇りながら、井原には若手を委縮させるような威圧感がない。新加入選手は井原のチームに溶け込みやすい。
カズの穴どう埋める
W杯へ向けて最終合宿を張るスイスニヨンで、井原はともにチームを静かにけん引してきた三浦知を失った。三浦知もげきを飛ばして選手をリードするタイプではない。一途(いちず)なプレーでチームに活を入れる。本質は似ているが気のいい兄である井原と、アウトローを気取る三浦知の二人が微妙なバランスを取りながら、チームを前進させてきた。その片方のかじ取りがW杯代表から漏れた。
二十二選手(18歳から32歳)の平均年齢は25.3歳。三浦知、北沢豪(川崎)の離脱で、九三年W杯予選でいわゆる「ドーハの悲劇」を味わった者は、井原と中山雅史(磐田)のみになった。
井原と同じ六七年九月生まれの中山は筑波大でのチームメート。底抜けに明るいキャラクターと手抜きのないプレーはチームの雰囲気を変える力を持つ。昨秋、中山が代表に復帰したことで、主将のチーム運営は楽になっていた。
ラモスや都並、勝矢寿延らわき役をそろえていた柱谷よりむしろ、くせのない集団を率いる井原の方が実は神経を使う。W杯という大舞台に乗り込むいま、三浦知に代わる一方のかじ取りとして、中山のより大きな力が必要になる。