発想着眼

1

小畑 茂樹

マイカルカード会長

日経新聞 1998/4/12/

私のビジネススタイルは「常に自分に都合よく考えようとする」ことだ。自分勝手だと言われるかもしれないが、すべ。て悲観的に考えていては何もできない。特に経営者という立場にたつ人間は、楽観的でなくては駄目だと考えている。

たとえ悪いことがあっても「そんなことは絶対にない、必ずこうなる」ど考えてみる、私はよく「自分で思い浮かべられないことはできるはずがない」ど言っている。思い浮かべられることは絶対に実現可能だと確信している。

銀行マンだったころにはそのように考えることはあまりなかったが、経営の苦しい会社に何回か出向して、経営者に近い立場についた経験を通じて考えが変わった。

出向したのは井関農機や蝶理、ニチイなどで、いずれもその当時は経営がかなり苦しかった。最初はどうすれば経営を建て直せるのだろうかと思い悩んだものだ。

しかし、そんな企業の経営に携わると、「これ以上悪くなることはない」と考えるようになる。そのうち「状況を改善することができれば自分の功績になる」という思考が身についてきた。

大学に入る前の一年間、仙人のような浪人時代を過ごしたことがある。食事をするとき以外は本を読んでいるような生活だった。だが、今考えると書物には現実離れしたきれい事しか書いていない。読書で身につけた経営哲学では何事にも対処できなかっただろう。

自分が自信を持てないことを人にやれと言ってもだれもついてこない。常に楽観的に物事を考え、それに向け論理的に筋道を考え実行することが重要なのだ。

「ツキ」は偶然の産物ではない。自分から呼び込むものだ。楽観的な見通しを立てて実現していく。それが結果として「ツキ」になるのだ。その意味では、今の日本経済も駄目な経営の典型だと思う。政治家が、国民がやる気を出し、ついていける、前向きなストーリーを提示しなければならないと思う。

 

杉山 知之

デジタルハリウッド社長

デジタルコンテンツ(情報の内容)を製作するクリエーターの養成学校を運営している。だから生徒の大多数を占める若者の考え方や気持ちを常に熟知していなければならない。そんな私にとって、町の路地裏をくまなく歩き回ることが、若者の生態を知り、ビジネスの着想を得る有力な手段になっている。

なぜ路地裏なのか----。まず、路地裏には若者文化のにおいが充満している。怪しげな店も一歩、足を踏み入れるとコンテンツ製作に役立ちそうなヒントで満ちあふれている。

もともと音響建築が專門なので路地裏の建物にも興味があり、隠れた流行を発見できる。一見、回り道のようでも、コンテンツ製作に携わっている者にはこうした発見が重要なのだ。ある地域の「勢い」を知るためにも路地裏を歩くのはもってこいだ。学校運営をビジネスにしている以上、どの場所に学校を開けば最も効果的かというマーケティングが必要だが、それは表通りを見ているだけではわからない。東京、横浜、大阪に開いた学校の立地はこうして路地裏を歩き回って決めた。米国・サンタモニカに学校を設ける際も、情報産業の盛んなカリフォルニア州だからというだけではなく、自分で昼夜を問わず実際に町を歩き、「初めて渡米する日本人留学生でも危険が少ない町だ」と実感したうえで決めた。

仕事上のヒントを得るうえで欠かせないもう一つの重要な手段が電車内の雑誌などの中づり広告を眺めることだ。通勤や移動の途中も、遊びに行く時も、目は窓の外の景色ではなく、ひたすら中づり広告を追っている。クリエーターは常に時代の先を読まなければならないが、それが十歩先では先走り過ぎ。「0.1歩先」を行くのが理想だが、それには中づり広告を眺めることがうってつけなのだ。国際問題からゴシップまで、中づり広告の話題は幅広く飽きない。そろそろ固くなり始めた頭を柔らかくするのにも役立っているかもしれない。

 

私の一工夫980608

上山 英介 大日本除虫菊社長

1998/6/8/

「亭主元気で留守がいい」「ちゃっぷい、ちゃっぷい、どんとぽっちい」こんな一連の「キンチョー面白CM」の源流は私が作った。家庭用殺虫剤という極めて地味な商品に少量の〃毒〃を含んだCMだ。こうした対比の妙を生む、ちょっと斜(はす)に構えてものを見るスタンスを忘れないようにしている。

私が宣伝を担当していた当時、CMは商品名を正確に伝え、効用をきっちりうたう、教科書通りのものばかりだった。ところが「キンチョール」の撮影中、偶然、タレントさんが容器を逆にして「ルーチョンキだ」と言った。「面白い。いける」と思ったが、大事な商品名を逆さまにするなどいかがなものかと役員会にかける騒ぎだった。

だが、このCMが大ヒットした。商品は前年の七倍も売れ、がく然とした。私には命の次に大事な商品も顧客には関係ない。少々思い切ったことをやっても問題ないと悟った。そうでなくても殺虫剤はスーパーなどの売り場で人目につかないところに並んでいる。いかに客を引き付けるかが勝負の分かれ目だ。

CMはハートにつめ跡を残す役割を果たす。小さなひっかき傷をつける要素が毒気、つまり本音だと思っている。十五秒間、さんざん商品名を連呼して最後に「今日、耳、日曜」とはぐらかしてオチをつけたり、常に本音に訴えるものを意識している。

八歳で迎えた終戦、その後の高度成長を経て世の中が百八十度変わる様を見たのも大きい。「欲しがりません、勝つまでは」と質素倹約を是としていたのが、消費を美徳とする世の中になった。うっかり信用できないと懐疑的に見てしまうのは、私の世代に共通かもしれない。

もう一つ侮れないのは子供の視線。ヒットするCMは子供から広がるケースが多い。例えば冒頭の使い捨てカイロ「どんと」のCMだ。石器時代を想定して、「寒い」。を「ちゃっぷい」とした。実は大学の先生によると同時代に本当に使われていたのは「しゃむし」という言葉だそうだが、あえて幼児語っぽくしたところが成功した。子供の純粋な反応にはどうやってもかなわない。

 

曽根 泰夫

三菱商事常務

1998/11/16/

最近、プレゼントされたペン型のレコーダーを愛用している。小型のディスクに最長で約七十分間録音できる。胸ポケットにも収まるので邪魔にならない。せっかくのアイデアも忘れてしまっては、なんにもならないが、ひらめきは移動する車中で訪れたりする。あるいは、ふらりと出かけた街角で思いついたこと、目にしたことを吹き込んでおく、ペンを取り出すわずらわしさもなく、気軽に使えるのがうれしい。

もちろん、メモ帳を捨てたわけではない。新聞や英字紙、雑誌の必要と思われる記事を切り抜き、さらにその内容の要約をメモ帳に記している。経済統計などは小さな一覧表を作ってまとめておき、国内外にある取引先のニュースなどもポイントを抜粋しておく。新しいビジネスのタネになるはずで、ヒマがあればパラパラとめくっている。

三菱商事はここ数年、全社をあげて情報化に取り組んできた。社内の情報化だけでなく、それを対外的なビジネスに結びつけようともしている。役員も大概の情報のやり取りは書類でなく、電子メールを使うようになっている。私が担当している化学部門だけでなく本社の調査部や業務部、あるいは米国や欧州の現地法人から一日三十−四十件のメールが寄せられてくる。これを上手に整理することが大切だ。

毎朝、出勤するとまずはパソコンを開き、その日の情報に目を通すが、出張などでオフィスをあけると、あっという間に未読メールが膨大な量になってしまう。今年の夏から携帯情報端末を購入して出先でもメールを読むようにしている。商社マンはテレックスの時代からキーボードには慣れており、部下への指示やスケジュール調整なども、電話ではなく端末を便った方が容易に感じられる。

というわけでカバンの中には携帯端末、レコーダー、メモ帳と新旧とりまぜた「情報機器」が入っている。日々の発想を助けてくれる心強い武器だが、あまり仕事に縛られても良くない。休日の少なくとも昼間は、カバンのふたは閉めたままにしている。

 

発想・企画980629

塚田 健雄

日本移動通信社長

1998/6/29/

自分の意思や考えを相手に正確に伝え、理解してもらうことが、ビジネスに携わる者には最も重要だと思う。このため、自分の考えをきちんと伝えたい時は、簡単な話でも、複雑な話でも、必ずA4判程度の紙一枚にまとめる。

効果は二つある。要約して書く作業を通じて自分の考えが整理され、相手にも簡単に理解できるようになる点だ。複雑な話を口頭ですると、あれもこれもと思いつきで話しがちになり、内容が矛盾してしまうことさえある。

もう一つの効用は、文書として残る以上、その内容に責任を持つことになることだ。口だけでは「そんなことは記憶にない」で終わってしまう。この習慣はトヨタ自動車工業の係長時代に身につけた。上司にくどくどと報告をして、「課題と結論と理由を書けば、ぺら紙一枚で済むだろう」としかられてからだ。

トヨタにはもともど「二行報告」などの文化が根付いていたが、それを徹底的に実践した私のメモは、からかい半分に「塚田語録」などと言われた。

トヨタの法規部長時代も部下に分厚い書類を一枚紙に要約させてから仕事を処理した。書類を作る場合も同じ。米ゼネラル・モーターズとの提携を準備していた際、UAW(全米自動車労組)会長との間で決めた労働協約の骨子は一枚紙に二項目だけ。その二つの項目を実現するため、事務局が細部を詰めていった。

今も部下には「書く習慣をつけろ」と言っている。部下は自分の仕事の全体像を理解できる。上司も処理すべき課題を全体に周知できる。目的意識を共有できれば、仕事はほぼ成功したようなものだ。

「それなら電子メールが便利」と言われることもあるが、相手を前に直接渡すことが大切だと思う。その時の表情も、意思を伝える味付けになる。マニュアル万能論を唱えているわけではない。びっしりと書くのでは意味がない。ポイントは多種多様な事柄を一枚の紙に簡潔に要約することだ。

 

野田 淳嗣

トーホー社長

1998/7/12/

テレビを見たり、本や新聞を読んだりしている時に、必要だと思う情報があれば、その場でできるだけ細かくメモしている。特別なメモ帳を用意しているわけではない。日々の予定を管理している手帳にそのまま書き込む。自分の日程も含め、必要な情報を一つにまとめて常に持ち歩く。手帳は書き込みでいっぱいになるので、見やすくするため、情報メモには赤で書いた見出しを付けている。

昨年、社長に就任して以来、特に意識してメモを取っている。トップとして自分の考えや経営方針を社員に分かりやすく伝えるには、裏付けになるような具体的な情報を集めることと、理論武装が不可欠だからだ。

また、メモした内容を読み返せば、自分が何を考えていたかという思考遇程を振り返り、考えを整理することができる、「思考の熟成」にもつながる。

最近は、環境問題に特に関心を持ち、こまめにメモを取っている。例えば、テレビの特集番組でリサイクルの先進地域を紹介していれぱ、「どこでだれが何をしている」という情報をすぐにメモする。そして、できるだけ早い時期に実際に現場を訪ねる。

先日も、福岡県のある町でプラスチックのごみを重油に再利用する取り組みが進んでいるとのテレビ番組を見て、現場を訪問した。

現場を訪問するのは、自分の目で確認することで、情報をより正確にするためだ。この場合もメモを取る段階で、現地で補足する情報や、より掘り下げるポイントなどをあらかじめ整理できる。メモは現場訪問の効率化にも役立つ。

こうしたメモ取りと実地見学を続ける中で、一つのアイデアが浮かんできた。「第三セクター方式のリサイクルセンター」を作り、高齢者ボランティアに参加してもらうというものだ。

リサイクルの促進と同時に、なにより高齢者の生きがいづくりにも通じるはずだ。当社のビジネスにつなげようと考えているわけではないが、ぜひとも実現させたいと考えている。

 

清田 瞭

大和証券副社長

昔から数学は特に好きだというわけではないが、数字は好き。だから債券の世界にすんなり入ることができた。

次々に生み出される米国の金融技術を学ぶ一方で、息抜きと称してSF(空想科学小説)をよく読んだ。荒唐無稽(けい)なストーリー展開を楽しむだけではない。作中の設定や技術など、一見、とっぴに思える発想を参考にしながら、それを現実に取り入れられないか、現実と常識に立ち戻りながら考えるのだ。そんな瞬間にふと思いついたことが道を開く。

債券やデリバティブ(金融派生商品)といった専門分野では、こうした発想が役に立つ。

八一年に「新国債ファンド」という金融商晶を発売した時のことだ。当時、ロクイチ国債と呼ばれた表面利率六・一%の国債は利回りが低く、投資家に人気がなかった。当時の債券ディーラーたちは毎年の確定利息を重んじる直利志向が強く、不人気も当たり前と思われていた。米国留学から帰ったはかりの私は、それを奇異に感じた。人気がない分、額面より安く購入できる。その分、償還時の差益は大きくなるのだが、日々の取引にどっぶりつかっている債券の専門家たちには、その魅力が見えにくい。

毎年受け取る利息と償還差益を合わせた最終利回りはかなり高いのだから、市場原理という常識に立ち戻って考えてみれば、不人気なのはおかしい。顧客が毎年のキャッシュフローを重視するなら、償還差益を毎年平均的に分配する仕組みに作り変えればいい。

部下と議論しているうちに、公社債投信という形のファンドにくくり直すのが最適だという結論にたどり着いた。こうして発売した新国債ファンドは、機関投資家を中心に、ちょっとしたブームになった。

発想を単なる思い付きに終わらせないための努力も必要だ。一日を終えて引っ掛かった問題点は翌朝、必ず整理して指示し直す。解決できない時は、スタート地点に立ち返ってみることにしている。

 

平 富郎

たしらや社長

1998/11/30/

経営上のアイデアを得る方法はひたすら店舗を見て回ること。売り場には流通業の”真実の瞬間”があり、自分に知的刺激を与え続けるために欠かせない。国内や海外、自社店鏑やライバル店にかかわらず、週に五−六店は見る。店頭公開してから社長業が忙し<なったので減ったが、パーティーや会食の間のわずかな時間に近くのスーパーを見に行くこともある。

売り場全体や商品の配置、客が買い物する様子をじっと見る。陳列してある青果がみんな新鮮だったら、よく売れている店だとわかる。天井や床、駐車場を見て「この店の坪あたり投資煩はいくらだろう」と考える。内装が簡素であれば「店内の雰囲気よりも商品とサービスを阪先しているのだな」と経営者の考え方まで透けて見える。

変化の激しい米国には、年一回は足を運ぶ。最近の出張でも発見があった。米国はチェーン理論のような画一的なスーパー運営が主流とみられがちだが、実際には地域住民の年収や宗教、文化によって品ぞろえを細かく調整している。

中南米系住民の多い地域の店ではタコスの材料を売っているし、高級住宅街のスーパーには調理のいらない総菜がたくさん並ぶ。多民族国家ならではといえるが、どれも同じような日本のスーパーとは違う。

社員にも常々「現場を見ろ」と言っている。新装開店する当社の店舗を視察したときのこと。「社長の指示をすべて盛り込んで改装しました」という責任者に「君のような幹部はかりだと会社はつぶれる」としかった。「社長よりも客の声を聞け」ということだ。

新しい発想は出そうと思って出るものではない。スポーツ選手が練習なしでファインプレーをできないのと同じで、日ごろの仕事量、勉強量がものを言う。

日本の政治経済が手詰まりになり、苦境脱出の妙案が出ないのは、今の中高年が高度成長時代に勉強を怠ったためだと思う。トップが現場を見られないなら、現場を知るブレーンを側近に置いてはどうか。

 

吉本 喬美

ユニパルス社長

1999/3/22/

これまで世の中になかった製品を生み出したい。七〇年に創業したユニパルスは「ユニークなパルス製品(電子機器)を作る」という意気込みから名付けたほどで、新製品開発が経営の原点にある。新しい製品を生み出すときのアイデアをひねり出すため何よりも重視しているのが現場だ。

新製品開発といっても画期的な発明が必要なわけではない。既存技術をちょっと改善したり、組み合わせて使うだけで見違えるように効果が上がる場合が多い。大事なのはニーズを見つけ出すことだ。それには現場に足を運ぶのが一番。現場の作業を眺めていると、業務が滞っているところなど改善点が見えてくる。

最近、椿本興業と共同開発したカートを使った物流システムも担当者が日用品メーカーの物流倉庫に通い、商品の流れを眺めるだけでなく、実際に仕分け作業に汗を流したことで生まれた。作業に従事してみると、疲れたときに誤配送が増えるのが実感できる。誤配送を防ぐため当社が得意とする重量計測センサーを使い、カートに載せる商品数などをコンピューターシステムで厳密にチェックできるようにしたのも、このときの経験からだ。

現場を重視するよう特に若い人に口うるさく言っているのは、モノを作る喜びを味わってほしいという願いもあるからだ。現場で実際に作業している人と言葉を交わし、時には苦労を共にすることで改善点が見付けやすくなるだけでなく、作業効率を向上させる新製品を開発できたときの喜びが倍増する。自ら問題点を見付けて解決策を模索するときの若い人は、こちらが驚くほど生き生きと働き、成長してくれるものだ。

残念ながら最近の若い人はパソコンを自作するときも初めからマニュアル本などを見ることが多く、自分で試行錯誤する経験が少ないようだ。私が学生のころは米軍が放出した壊れた無線機の部品などを安く買い、自分でアマチュア無線機などを組み立てた。若い人も一からモノを作り上げる経験を積み、モノ作りの喜びを知ってほしい。

 

池田昭彦

近畿コカ・コーラボトリング社長

1999/3/14/

三十年来のメモ魔である。書類や本、印象に残る会話など、気になった言葉はなんでもメモするようにしている。例えばミーティングの際は、常に一冊のノートを携帯するのだが、表側からのページには、決裁事項やスケジュールなど会議の本案を普通に書き込み、逆に裏側からは他人の発言の中でピンときた名セリフをメモする。

議題は一時的なものが多いから、数カ月も過ぎればノートの表側半分は不要になる。びりびりとノートを半分に破り、後半の名セリフ集だけを取っておく。また、読書の時はノートを傍らに置き、重要だと思う部分をそっくり書き写す。自ら文字にしてみると、借りてきた言葉も自然と自分の血肉になってくるように思える。

メモ魔になった時期はキリンビールで課長を仰せつかる直前だ。柔軟な発想ができない上役を見るにつけ、「リーダーは広い見識を持っていなければならない」という思いを強くしていた。だから初めての管理職になるにあたり、どうしたら教養が身につくかと思案した。そんなとき、中曽根康弘元総理が、雑誌か何かで「メモを取ると広く精通する」と語っておられるのを目にし、まねしてみることにした。

それ以来たまったメモを今でも時々読み返す。時代や立場、視点などが当時と変わっているから、違った感動や新鮮な発想を常に得ることができる。また、社長になると人前で話す機会が非常に多くなるのだが、メモの内容を思い返せば、話題にあまり困らない。

お小言がうまくなるのもメモの威力だ。この間、社内で組織の硬直化を戒めた際に使ったのが、「三遊間に線はない」という言葉。「自分の部署の都合だけを考えて行動すると、みすみすヒットを相手に与えてしまうよ」という意味で、あるビジネスコンサルタントの名セリフを引用させてもらった。もちろん、度を超すと「説教くさい」と言われるから注意が必要なのだが・・・。

 

黒川 湛

NECインターナショナル社長

1998/4/27/

当社はゲームソフトやパソコン用CDROM(コンパクトディスクを利用した読み出し專用メモリー)などマルチメディアのコンテンツ(情報の内容)を扱う、NECグループの中では異色の会社だ。これまでのハードの世界からみれば全く未知の分野だけに、九五年十月の会社発足に合わせて経営を任された当初は戸惑いが大きかった。

しかし、ソフトもしょせんは人が作るもの。むしろハード以上に個人のつながりが重要と考え、とりあえず国内外のクリエーターや出版関係者らに会って顔を売ることから始めた。

酒を酌み交わしながら仕事以外の話もする。古い情報収集手段という意味で「アナログ的」なのだが、デジタルの世界にいる人間にとってはこれが重要な発想につながる。

平日はほぼ毎日、昼夜とも初対面の異分野の人たちと食事をともにする日々が続いた。こうして築いた人脈が、今や財産になっている。

特に心を配ったのは、現場の若手ゲーム制作者や、顧客であるゲームマニアの話に耳を傾けることだ。とかく「おたく」などと偏見を持たれがちだが、実際に話してみると、みなしっかりとした自已主張を持ち、型にはまった偏差値教育からはみ出した異才に出会うことも少なくない。

当社の人気ソフトに「美少女系」といわれるアニメの中の女の子と対話しながら物語を進行するシミュレーションゲームがある。一月に発売した新作は実は昨年八月の発売予定だった。発売の遅れは、マニアの意見を参考に原画数百枚を書き直したため。こうした決断も数値化できないひらめきから生まれる。

先端的なイメージばかり強調されるマルチメディア事業だが、やはり人間臭い部分がないと、ヒット作は生まれない。

社長に就任した当初は、意識的にノーネクタイで出社したが、「ノリはソフトじゃないね」と冷やかされた。最近はそんなこともなくなり、ようやくソフト企画会社の社長が板についてきたのかもしれない。

 

橋口 隆ニ

ナムコ専務

1998/5/4/

コンピュータ−グラフィツクス(0G)がゲーム制作に不可欠の技術になってまだ十年ほどしかない。当社は八八年に、将来有望な分野とみて、国内のCG技術の草分け的存在だったベンチヤー企業を買収し、プロジェクトチームを発足させた。そのチームの初代部長に任命されたのが私だ。

大学は商学部、入社後も担当したのはライセンス管理や関連事業で、コンピューターの知識はまったくなかったが、社長にうまく説得されてしまった。あわてて勉強したところで専門家と渡り合えるわけでもないし、部下の信頼を得られるわけでもない。この際、思い切って「はったり」を利かせることが重要だと腹をくくった。

まずは憶せずにCGに関するセミナー、懇親会などを探しては片っ端から顔を出した。出席すると知り合いに出くわすこともある。それをきっかけにして次の会合にも出かけていく、という具合だ。

続けるうちに、そうした会合の出席者の中に大学の同期生がいたり、ハリウッドの著名人に人脈がつながったりする。「意外に狭い世界だな」と感じることができれば、しめたものだ。CG業界の可能性、今後の方向性といった「大局」に関する情報が入るようになった。部下に将来像を提示できれば、仕事の呼吸も合う。例えば会合の前に式次第などを調べて、それを基に、部下から、いくつか議題に上るであろう事柄についてのレクチヤーを受ける。その成果を何食わぬ顔をして披露すると、周囲の見る目が変わったりする。そんな「情報の入出力」の循環を作ることができたことで、部長としての大役が果たせたと思う。

人脈作りに精を出した結果、今では米国の「シーグラフ」を始め、CG関連の会合への出席は年間数十日に及んでいる。ただ、単に出席するだけでは傍観者でしかない。積極的に理事や世話役になることだ。受け身では何も始まらないことを実感している。

 

本田 憲司

山種物産社長

 

私は新聞の切り抜きを三十年以上続けている。新聞記事は生きた情報の集合体である。知識を得るには様々な方法があるが、最も有効だと思うのは、一つの専門分野に偏らず、あらゆる最新情報が集約されている新聞記事から知識を身に付けることだ。

頭の中を整理し、いつでも知識の再確認ができる。新聞記事は私にとって、いわば羅針盤である。

どんなに忙しくても、新聞の切り抜きだけは怠らない。カバンの中には常に様々な分野の記事の切り抜きを忍ばせてあり、仕事の合間や移動の間など、ちょっとした時間に読み返す。このことで知識を確かなものにするのだ。振り返ってみると、新聞に毎日接する習慣は、小学校の担任教師が毎朝、新聞の内容を解説してくれたことに始まる。そのとき先生は株価がずらりと並んだ紙面まで説明してくれた。私は毎日変わる数字を見るのが楽しみだった。後に金融業界に進むことになったのも、そんな記憶があったからだ。もともと営業担当だったので、様々な人と会ってきた。その際に必要だったのは何より金融の専門知識だったから、切り抜きも自然と業界に関係したものが多かった。

 

高橋宏

郵船航空サービス社長

1998/6/14/

禅の精神を表した「禅尺八」を吹くのが四十数年来の日課だ。半世紀近くもの間、どんなに忙しくても毎日欠かさずに続けてきたのは、禅尺八のたしなみが仕事にも大いに役立ってきたからである。出合いは大学時代、ある教授に勧められたのがきっかけ。禅の精神と尺八の音色にひかれ、社会人になって本格的に習った。禅尺八といってぴんとこなければ、時代劇に出でくる虚無僧を思い浮かべていただきたい。お経を唱えるのと同様に、心身を統一して尺八を吹くことは修行になる。私も毎朝、約二十分吹く。そうすると気分がすっきりして仕事に臨むエネルギーがわく。集中力が増し、出勤後も書類がスラスラ読める。そんな精神的な効果だけではない。相手に対し常に対等な立場で接するのが私のビジネスの信条だが、これは実は「臨済録」「無門関」などの禅書から学んだ座右の銘「本来無一物」に基づいている。

人間は本来、空(くう)であり、一物として執着すべきでない。人間はつかの間の一生を過ごして死んでいく存在だから、地位や名誉への固執は無意味。まして接する椙手によって態度を変えたりすることは厳に戒むべきだー−。そんな意味である。尺八を吹いて慢心を排し、克己に努めながら、その座右の銘を日々実践している。

経営者はよく孤独な決断を迫られる。人間関係のしがらみを乗り越え、冷静に考えて最良の選択を下さなくてはならない。そんな時も尺八を取り出して、気分を落ち着ける。ちょっと難しい話になってしまったが、もっと単純明快に禅や尺八がビジネスに効用をもたらす場合もある。国際航空貨物を扱う仕事柄、年百日は海外で過ごすが、もちろん尺八を携えてだ。訪問先が禅や尺八に興味を持ってくれることが多く、求められるままにオフィスで演奏したこともある。そんなきっかけで商談が不思議とうまく進むことがあるものだ。生まれながら短気な私がこれまで仕事を続けてこれたのも禅と尺八のおかげといっても過言ではない。

 

木山 茂年

東京デリカ社長

1998/6/22/

専門店の経営者が集まる勉強会での交流が、経営のヒントになっている。その勉強会、略称SSCS(スペシヤリティー・ストア・チェーン・システムス)の発足は二十年以上前のこと。ショツピングセンター(SC)草創期の当時、商店街を地盤としてきた専門店は、SCに出るか、商店街の一員として経営を続けるかで迷っていた。経営者同土で話し合う場が必要だと思い、首都圏を中心にした専門店の若手で結成したのがSSCSだ。一業種一社の構成で、メンバーはバッグ専門店の当社のほか、帰人服のキヤビン、宝飾のジュエルベリテオオクボ、日用雑貨のパスポートな、ど十四社。このうち十社がいま株式を公開している。

同業者がいないところがミソで、経営のノウハウや会社の現状を腹蔵なく話し合える。他業界での流行をすばやく把握し、自社の製品に生かすこともできる。一見、関係のない業界の話にも、若者の感性や流行を知る手がかりがある。

株式を店頭公開したのもこのメンバーの影響だ。すでに公開したメンバーは情報開示や株主にいかに報いるかで大変そうだったが、株式公開が経営に緊張感を生み、チャレンジ精神を失わないでいるのを見聞きして、当社も決意した。

メンバー各社の経験がケーススタディーとなり、お互いの経営の指針になる。バブル経済のころ、株や土地に積極的に投資するメンバーを見て危ういと感じたおかげで無駄な投資を回避できた。最近は不況に立ち向かうメンバーの姿勢に鼓舞されることが多い。社員教育の材料としても役立つ。例えばあるメンバーの「二生懸命料。は払われない」とい葦言葉に感心して、社員に精神論だけでない効率的な仕事の必要を説いた。人事評価やリーダーシップについても他社の実例がヒントになる。優れた発想やひらめきは実際の体験をベースにしてこそ出てくる。他の経営老の体験を取り込める勉強会は、最良の場所だ。私もメンバーの模範となるように努力していくつもりだ。

 

牛尾 治朗

ウシオ電機会長

1998/7/6/

祖父の時代からおつき合いいただいた陽明学の大家である故・安岡正篤先生の言葉が、私の原点だ。

十代のころ、陽明学といえば、「権力におもねる学問」と思い込み反発していたが、安岡先生に就職の相談に訪れたのを機に、本を読みあさるようになった。その中でも一番好きな言葉は張詠のこの言葉だ。

「事に臨むに三つの難あり。能く見る、一なり。見て能く行う、二なり。当に行うべくんば必ず果決す、三なり」

「能く見る」とは、観察力、調査力のこと。企業経営でいえばマーケティングにあたる。「能く行う」とは実行力。「果決」とは、果実が小さいうちに問引きすることを示す。つまり、大きな成果を上げるために調査、行動するが、最終的には何を間引くのかの選択を決断する必要があることを例えている。この言葉を知って、経営とは「果決」のプロセスであると学んだ。立派なリンゴを売るために、リンゴの果実十個のうち、どれを残すかを判断する時ほど難しいものはない。それは経営でも同じだ。

当社の経営上の経験で言えば、開発計画でそういうことがよく起こる。あるブロジェクトで三十人の技術者と二十億円の開発予算しかない時とすると、二社ぐらいとしか手を組めない。十社から提案がきている時に、どの二社を選ぶか。その決断で会社の五年後が決まる。さんざん議論したあとで、最終的にはトップが決める。この選び方に成功してきたからこそ、今でも高収益企業でいられると思っている。

引く手あまただからと言って調子にのり、全部とつきあおうとするとろくなことがない。よく出版社がベストセラーを出した後に働産すると言われるが、急に注文を増やすからだ。受注が好調な時には人を大幅に増やし、そうでない時に減らしながら、規模の拡大を目指すのも一つの経営手法ではあるとは思う。経営者の好みの問題だが、私は現在持っている経営能力と技術力予算の中で、最大の「果決」をすることが経営の本質だと思う。

 

古閑 双 氏

インペスコ投信投資顧問社長

1998/7/19/

社長として、上意下達のピラミッド型ではなくフラットな会社組織を目指している。社長はオーケストラでいえば指揮者。命令を下すだけでなく、まず部下を個人として尊重することから仕事が始まると思う。

こうした発想は米国の証券会社、キダー・ピーボディに勤務していた時代に培った。それまで勤めていた日興証券からキダーに移ったのは二十九歳の時。入社してまだ一週間余り後、雲の上の存在とばかり思っていたアルバート・ゴードン会長に同行してパユティーに出席する機会があった。会場に到着すると、右も左もウォール街を代表ずる大物経営者ばかり。ところが、始まって三十分したころ会長は突然、退席すると言い出した。「君があいさつした人の名前を、あす報告に来るように」----

恐縮する私に会長は「君が社員である以上、社を代表していることに変わりはない」とだけ言い残して、会場を後にした。その後ろ姿を見送りながら「自分は社を代表しているのだな」と自尊心をくすぐられた。

キダーでこんな経験を重ねているうち、「個人を尊重すること」の大切さを自然に身につけた気がする。今の会社でも、この精神を生かせないかと、小さなことから始めている。社員同士はすべて「さん」づけ。名刺に役職名は印刷してあるが、肩書は一切意味を持たないと考えている。新入社員もベテランも、責任を持つ社員として尊重されるべきだと思う。

また、「社内での行動は八割を論理的に」と、社員に話している。例えばちょっとした仕事を頼むとき、愛想がよく頼みやすい人に集中しがちだ。だが、頼む相手を考えてみると、もっと合理的に選択できないかと感じることも多い。

我々は仕事人である前に独立した人間だ。私は仕事の後はすぐ帰宅するし、社員にもそうしてほしいと願っている。欧米では当たり前のことでも、日本ではまだなじめないことも多い。個人の尊重に軸足を置きながら、仕事の能率を上げる方法を探っていきたいと考えている。

 

任田晃一郎

ユニシアジェックス社長

1998/7/27/

自分の判断力がどれだけ衰えているか、なかなか目覚できないものだ。「自分だけは大丈夫」と思っていると、しっぺ返しを食らう。無自覚のままでいるのはもっと怖い。単身赴任の私の机の上には、いつも「微分積分の問題集」が置いてある。大学受験用のものを本屋で買ってくる。会社から帰ると机に向かい、時にほ数時間、黙々と微分積分を解く。文系の方には信じられないかもしれないが、趣味と気晴らしを兼ねた私なりの自已診断方法なのである。

学生時代に比べると解けない問題が多くなっでいるのに愕然(がくぜん)とする。何度やっても解が合わず、計算用紙が鉛筆で真っ黒になってしまうことさえある、昨今の不景気で接待など夜の会合の席はめっきり減ったし、ゴルフもあまり好きな方ではない。夜七時、八時に帰宅して時間を持て余しているとき、問題集は格好の気分転換、暇つぶしの友になる。今さら頭の回転力を高めようとは思わない。「こんなに鈍ってしまったのか」と瞬(ほぞ)をかむのが目的なのだ。

学生時代は柔道に夢中で昇段試験を受けるために講道館に通った。東京五輪メダリストの猪熊功氏に稽古(けいこ)をつけてもらったこともあるが、今年、還暦を迎える私には当然、そのころの体力は残っていない。そんな体の衰えは歴然として分かりやすいが、アタマの鈍りは目に見えないのが厄介なところだ。この道何十年という経験と自負心が、目分の実情に目を向けさせないようにしてしまうのかもしれない。

ダイムラー・クライスラーの誕生など、自動車業界には世界的な再漏の波が押し寄せている。部品業界も一社完結の時代は終わり、どこと手を組むか、どの製品に重点を置くかなど、会社の運命を左右するような選択に瞬時に判断を下さなければならない局面が増えている。いつまでも判断力を維持・向上させようとは思わないが、自分がどれだけ衰えているかを知っておいても損はなかろう。真っ黒になってしまった計算用紙は「自分を過信するなよ」と戒めてくれる貴重なアドバイザーなのだ。

 

森和弘

松下電子工業社長

1998/8/3/

一週間のうち水曜日と金曜日を「社長の日」と名付けている。ふらりと工場を訪ねたり、外部の人と会ったりして過ごす。突然、社長が来たとなると部下も迷惑だろうが、自分なりに課題を見つけて解決していくのも、経営の最高責任者である社長の務めだと考えている。当然、人と会わず何かを熟考するのもいい。社長というのは忙しいボストだと思われているが、実際は周囲に振り回されていることも多い。会議にしても「業界ではうんぬん」といった、主語のない情報が目立つ。担当者の率直な意見を聞くには社長の日が有効だと思う。

水、金以外の三日は「みんなの日」。この日は社内での決済や部門間の調整をしたり顧客と会って営業を手伝ったりという、いわゆる社長業に充てている。通った中学、高校は勉強も運動もスパルタ式だったが、カトリツク系で西欧式の考え方を教わった。「その時代その時代の考え方を乗り越える意見を出さなければならない」という恩師の言葉が今も心に残っている。日本では先生と生徒、上司と部下という上下関係が強く、最後は「言うこと

を聞け」となってしまうが、そうではなく合理的に考えて意見を持つことが重要だと考えている。

最近、社員に投資を従来の三分の一にしようと訴えている。半導体部門では一工場の建設に一千−二千億円が必要となるなど、投資額が巨大化している。問題は、設備の大きさがそのまま事業の強さにはつながるわけではないことだ。半導体では微細化などに積極的に挑戦しなければいけないが、これだけ投資が大きくなると、どうしても無難なやり方を選び、リスクを伴う新しいやり方を避けてしまう。しかし、投資を二分の一にすると、リスクも三分の一になる。ノウハウや技能の伝承も容易になる。技術の進歩が速くなり、グローバル化が進んでいる現代には有効な策だ。お金を使うほど、人間は頭を使わなくなる。頭を便ってもの作りの原点に返る必要がある。

 

小林敏雄

チャコット社長

1998/8/9/

時間を見つけては、すずりと細筆を取りだし、巻き紙に字を書く。小学生のころから続けているこの習慣が、意外と経営上の発想に役立っている。こんな言い方は怒られるかもしれないが、書道とは字を書くというより、白い紙を黒色で理めていく作業である。文字の部分と背景になる白地の配分を時間をかけて考え、構図を整えるところにだいご味がある。つまり、バランス感覚が書道の決め手なのだ。

難題にぶつかったときには筆を取りだしてみる。使い慣れたすずりに手をかけると、気持ちが落ち着くのはもちろん、字の配置を考えていると不思議と仕事上の考えも整理され、問題の全体像が浮かび上がる。時間の余裕があれば、畳一枚ほどの大きな紙を使って大胆にやってみる。こうして身に付けた「バランス感覚」はこんな局面で役立つ。

例えば、多様な能力を持つ社員を、互いの個性をつぶすことなくどうやって生かすか。ダンス用品メーカーの当社には独創的なデザイナーが多いが、顧客の視点に立つ営業社員の意見をくみ取る必要もある。その組み合わせのバランスが商品を売るためのポイントとなる。

売り上げと利益の関係でも、いかにバランスをとるかが重要だ。映画「Sha11we一ダンス?」のヒットで社交ダンスの人気が高まったときには、一気に顧客層を広げる戦略が必要だった。しかし、消費低迷が長引く今は、売り上げの伸ぴを抑えてでも利益体質を強化する方針に転換している。

ところで筆文字は、人の心を和ませる力もある。最近、仕事で中国に滞在、予約していた飲食店を訪れたときのこと。テーブルの上に私の名前とその日のメニューが見事な草書で記されていた。店の人のもてなしの心が伝わり温かい気持ちになった。

仕事では便利さに負けワープロを使うが、展示会の案内状などは相手のことを思い浮かべながら筆であて名を書き、顧客や知人との距離を見失わないように心掛けている。

 

稲田 直太

ロイヤル社長

イントラネットを導入した昨年一月から、社員向けに電子メールでメッセージを発信している。外食企業で頑客にきちんとしたサービスを提供するには、一人でも多くの従業員に経営者が日ごろ何を考えているのか伝えることが重要と考えて始めたことだ。一年七カ月続けてみて、コラム的な文章を発信することが、自己啓発にも大いに役立つと分かった。

メールは毎週一回、月曜日に発信している。執筆するのは毎週土曜日。海外出張の際には二週分を書きためて出かけており、まだ一週たりとも欠かしたことはない。

メールは話題の事物からの連想とか、海外出張で面白かったことなど時々の身辺雑事などをもとにした内容で、二百字程度にまとめている。この字数で自分の考えを表現するのは難しいことだが、それ以上に「他人に発信するには、自分自身を充電しなければならない」ことを痛感した。

毎週メッセージを書かなければならないとなると、自ら見聞を広げて、新鮮な話題を探す必要に迫られるからだ。だから、メールを始めてから、フットワークが軽くなった気がする。以前なら例えば「『タイタニック』という映画が流行している」と聞いても、その情報を知識として持つだけのことが多かった。それが最近は、話題の作品があれは実際に映画館に足を運ぷし、新しいショッピングセンターができたとなれば、家内を誘って見に行くようになった。

社員向けメールの発信を始めるにあたっては、米国のホテル・外食大手、マリオツトのJW・マリオツト・ジュニア会長から「文章にしても紙では読まない社員もいる、繰り返し流すことが重要」とアドバイスを受けた。

今のところは社員から直接返事が返ってくる双方向なものではなく、一方通行のメツセージではあるが、社内のコミュニケーションと自己啓発のために長く続けていきたい。

 

成毛 真

マイクロソフト社長

1998/8/24/

毎月、「PB」と名付けた社員誕生パーティーを開いている。会社幹部とその月に誕生日を迎える社員が出席し、交流するのが目的で、「ピザとビール」を片手に気軽に語り合おうという趣旨だ。昨年十月から始めたが、いくら忙しくても必ず顔を出している。この誕生パーティーを始めたのは、会社の規模が大きくなり、一般社員との交流が少なくなったためだ。社員数はすでに千人を突破したが、社員の半分ぐらいの顔と名前が一致しない。幹部と社員だけでなく、異なる部署の社員間の情報交換の場としても活用している。毎月、五十人ぐらいの社員が参加しているから、出席率は比較的、高いようだ。ソフト会社といっても、何でも電子メールで解決するわけにはいかない。一杯飲みながら交わされる「生データ」の価値は高い。現場の社員から顧客のクレームの内容を直接聞いたり、ベンチャー系ソフト会社の最新情報を得ることもできる。先日もさっそく、その情報をもとにある顧客の技術サポート体制を拡充した。若手の社員から教えてもらったソフト会社と技術協力にこぎつけたケースもある。

マイクロソフトは米国の新世代企業の代名詞のように言われるので、日本企業のように社員親ぼく会などはないと見られがちだが、そうではない。英国法人では「カンパニー・ピクニツク」という社内旅行を毎年実施している。家族まで参加しているそうだ。ドイツ法人でも似たような催しがある。さすがに会長のビル・ゲイツを囲んで誕生パユティーをやっているという話はないが、米国本社でも様々な社員交流会が開かれている。

マイクロソフトは常にベンチャー精神を持ち続けたいと考えている。若手の一般社員の生の情報に接し、理解していかなくてはいけない。だが、豪華なパーティーなど肩が張る会合がいいとは思わない。「PB」は、我ながらうまいやり方だと思っている。

 

高原慶一朗

ユニ・チャーム社長

1998/8/31/

情報の交換については、社外からの電子メールはもちろん、社内でも電話などを使わずにメールの活用を促進し、デジタル時代に対応している。ただ、経営幹部とのコミュニケーションだけは意識的にアナログ方式を採用している。具体的には経営幹部や側近と、社業の現状や課題などについてノートを使って情報を交換しあっている。「報告」、「連絡」、「相談」を継続的に行うことがよりよい信頼関係を生むというのが持論で、私はそのノートを三つのキーワードの頭文字をとって「報連相(ほうれんそう)ノート」と名付けた。

情報を書き留める習慣は学生時代から三十年以上も続けているが、社長室に置いてあるノートも四百冊以上に達した。あえてノートにこだわるのは、過去からの流れが簡単に復習できるメリツトが大きいからだ。過去に自分がどのような報告や連絡、相談をしてきたかがすぐわかるし、相手がその内容に対してどのような判断や反応を示したかも簡単に見直すことができる。

手書きにすることの利点は二つあると思う。一つは業務上の内容以外で相手が持っている知識や知見が伝わる点。実際、私の決裁の可否を決めるだけでなく、知恵を授けたり、授かったりするケースが多い。二つ目は、私に伝えたいという社員の気合が伝わってくることだ。手書きにすることで私の本音もよく分かってもらえると思っている。それに情報交換した相手の潜在能力を含めたエネルギーを感じることもできる。何とか同じパワーでこたえようとするので、私自身のエネルギーも自然と高まる。

この四月から事業本部制を導入し、経営幹部への権限委譲を進めてきた。幹部には「悪い情報ほど早く流せ」と言ってある。ただ情報を流すのではなく、その情報を診断し、どう治療するかの処方せんを具体的に付けるよう義務づけた。経営幹部には評論家ではなく実務家になってほしいと思っているからだ。

 

稲田徹

東京船舶社長

 

人と会い情報を集めることも大事だが、本から得る大切な情報も多い。昔から神保町の古本屋街に通い続けてきたが、忙しくなった今も、それは変わらない。少し暇ができれば車を走らせ、神保町の行きつけの古本屋で本を買う。買う本は、経済、法律、政治、地理、文学と分野を問わない。洋書も読む。玉石混交だが、ともかく「面白そうだ」と思った本は買っておき、読みたくなったときに読めるよう書棚に入れてある。本を選ぶとき、先入観を持たないことが、自分の世界を広げることにつながる。蔵書は二千冊を超えた。

日本とインドネシアなど東南アジアの間のコンテナ海上輸送という仕事柄、アジア各国への出張が多く、まとまった読書時間は取れないが、自宅に帰ったときは就寝前の一時間だけ寝酒の赤ワインを飲みながら読書をすることにしている。そのとき欠かせないのが膏、赤二色のマーカーペンだ。育色のマーカーペンで人名や年代、統計、制度、名文句をなぞる。人名や年代などは薯者が調べ上げたものだが主観が入っていない。歴史物は史実を元にしているため、講演する際などに引用できる。

赤色のマーカーペンは文中の重要ポイントに線を引く。途中から読み直すときに赤線を引いたところを読み返せば、すぐにストーリ−に戻ることができる。読む本のほとんどがハードカバーだが、これはコレクションのためだけでなく、繰を引きやすいサイズであるためだ。このほか読書のときは、いつもノートにメモする。主に育線を引いた部分を書き付けておき、暇ができたときに一〜二回読み返す。そうすると、完全に頭の中に入る。

メモするのは、本の内容だけに限らない。まくら元にノートを置き、ベッドの中でひらめいた考えや部下に指示する内容を書いておく。夢の中に出てきたことも同じだ。眠っていても脳は休むことなく活動しており、意外と名案が浮かぶものだ。それよりも老化防止に役立っているのかもしれない。

 

榊原曇

NECデザイン社長

1998/9/21/

製品のデザインは、まさに発想すること自体が仕事だ。私の発想法は、製品の機能や特徴を一つずつ論理的に組み合わせていくのではなく、まず頭の中に全体像をひらめかせることから始まる。

「ビジュアル人間」のためか、打ち合わせをしているうちに、デザインが詳細まで目に見える形ででき上がってくる。イメージが完成したら、それを一気に紙に描くのがコツ。ペンを持って線を一本ずつ引いていては、次の線をどう引こうかと考えてしまい、自由な発想が出てこない。デザインを思い浮かべる際は、視界に何も入ってこないような広い部屋で、目の焦点をどこにも合わせず、虚空に視線を投げるようにしている。そうすると、おのずと空間に実像が浮かび上がって見えてくる。真っ白なキャンバスを前にイメージを巡らせる画家のような心境かもしれない。

デザインでは参考文献などを見ないというのもポイントだ。何かを参考にしようとすると、既成概念にとらわれ、目分のイメージを損なってしまう。日ごろ、目や耳から入ってくる情報を頭の中で常に阻腰(そしゃく)していれば、それで十分だ。

新しい情報を得るために、多くの人と会うようにしている。とりわけ、若者や女性は感性が鋭く、非常に勉強になる。彼らはモノをキャッチする眼力が優れており、私にとっては発想を養う「栄養補給剤」だ。

空っぽの空間にイメージを浮かべる発想法は、製品デザインだけでなく、組織運営などにも役立つ。例えば、何もない部屋につい立てを置き、人員を配置し、仕事風景を想像すると、組織再編案ができてくるといった具合だ。現在は、クリエーターをどういう環境に置けば、各自の能力をさらに高められるかということに思いを巡らせている。

バソコンは「ゼロ・イチ」を組み合わせたデジタルの世界だが、デザインは論理的な思考を一切排除したアナログ的発想の領域といえるかもしれない。

 

新谷功

川崎汽船社長

1998/9/13/

一カ月、三カ月、六カ月、一年先に世の中がどう変化しているかを常に頭の中でシミュレーションしている。外航海運という商売柄、日本のみならず世界の政治・経済・社会事象の変化が事業に大きく影響するからだ。パソコンや紙にわざわざ書き留めはしないが、人に話を聞いたり、新聞やテレビ、雑誌などで仕入れた情報は自分なりにそしゃくし、将来予測を立てる。

シミュレーションをことさら意識しているのは、若いころ海外で歴史的な出来事に直面したからだ。六六年にロンドンに駐在員として赴任したとき、一ドル=三六〇円、一ポンド=二・八ドルの固定相場は永久不変だと思っていた。六七年に英政府がポンド切り下げを発表、一ポンドが二・四ドルに下落したときは信じられなかった。

七一年に出張で訪れた米国でも、ドルと金の交換停止などに踏み切るというニクソン大統領(当時)の演説を、テレビで偶然聞いた。ブレトン・ウッズ体制が音をたてて崩れていく激動期に現地に居合わせたという経験から、どんなことが起きても右にも左にも動けるようにしておかなければならないと思ったのだ。円が一ドル=七九円台に上昇した九五年、社内は円高対策一点張りだったが、私自身は円高の進行で日本の輸出競争力は低下、貿易立国としての立場も危うくなるので一ドル=八五円より円高は行き過ぎと判断した。この時点で円売り・ドル買いを実行、ドル建ての借入金の返済資金を手当することで、約三十億円の為替差益を得ることが出来た。

これは先を読む思考方法の成功談といえるが、昨年のアジア通貨危機は全く予想外。能力不足を痛感した。社内誌では年二回ほど、情報収集の意義や将来をシミュレーションする大切さを社員に伝えているつもりだ。昨年までに一巡したが、東京事務所の社員を誕生月ごとに集めて懇談会も開いていた。半面、あまりシミュレーションをし過ぎると用心深くなって何もできなくなる危険がある。その点は自戒して機敏に動けるよう心掛けている。

 

三谷 貞和

志摩スペイン村社長

1998/9/28/

エンターテインメント産業は消費者の心のひだに潜む欲求を読み解き、新たな解を提示し続けないと成功はおぼつかない、どうしたら皆さんに心から楽しんでいただけるか。なぞ解きの第一歩は、運営するテーマパーク内をとにかく歩き回ることだと信じでいる。

出勤前に駐車場に立ち寄り、半時間ほど過ごすのが日課だが、この二年で来園者のマイカーが様変わりした。セダンが減り、RV(レクリェーショナル・ビークル)やワゴン車が約六割。来園者の顔ぶれも変わった。バギーカーを押した若夫婦だけでなく、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒の三世代グループが随分と目に付くようになった。

開園中も三、四時間は園内を巡回する。疲れた顔、楽しそうな表情、仲間内で交わされるグチや不満。目を凝らし、耳を澄ますと、サービスや業務改善の問題点が次々と浮き彫りになってくる。また巡回を日課にしていると、自然と問題が生じている場所に足が向かうから不思議だ。従業員の不手際で来園者が怒ってしまい、冷や汗をかいた経験も一度や二度ではない。

園内を回るときに欠かせないのが携帯用のテープレコーダー、思い付いたこと、感じたことをとにかく録音する。そして部屋に戻ってテーブをおこし、読み返す。この習慣が頭を整理するうえで役立っている。

九六年に現職に付いてから、部の数を八つから二つに減らした。この決定も、実はテープによるメモ作りが関係している。問題点を抱えた部署にメモを回そうと思っても、どこが責任部署かわからない。そんなことを繰り返すうちに、組繊の複雑さに気付き、フラットな体制に変更することを決心した。

むろん社内から上がってくる情報は大切だし、外部からチェックしてもらうために経営コンサルタントにリポート作成を頼むこともある。ただ、トップが本当に情報を肌で知っているかどうかは、いかに迅速に決断できるかの「経営のスピ〜ド」をはかる意味でも大きな違いがある、と考えている。

 

西脇健司

ジーンズメイト社長

1998/10/5/

経営者は幅広い分野から情報をキャッチしなければならない。情報源はたくさんあるが、外出の多い私にとり、テレビやラジオなど電波を使ったメディアは利用しやすいものではない。このため、家でも会社でも。移動中でも読むことのできる新聞を活用している。

朝は通常五時に起床する。外が明るくなるにつれ順番に配達されてくる一般紙、衣料関係の業界紙、スポーツ紙など四紙に目を通す。七時に出社するとさらに五紙。モーニングコーヒーを飲みながら、各紙を一面から順に読んでいく。

自社や業界他社、気になる話題の記事は社員にスクラップして保存するよう指示する。売上高ランキングなど頻繁に目を通す統計データが載っている記事は、紙面のまま家に保管する。じっくり読みたい記事は移動中などに精読する。外出先で夕刊紙を買って読むことも多い。今年四月から二十四時間営業のカジュアルウエア店舗を始めたが、このアイデアも新聞の情報からヒントを得た。東京都内に24時間営業の洋服店があり、深夜でもにぎわっているという。さっそく、朝まで飲み明かした帰り道にその店に立ち寄った。早朝だというのに客が数人。私もスーツを買って帰った。

このように新聞情報はできるだけ自分の目で確かめ、自分の体験として記憶するようにしている。さらに、新聞に載る異業種の動向にもちょっとした経営のヒントが隠れている。

二十四時間営業で業績を伸ばしているコンビニェンスストアには以前から興味があり、参考にするために、ある二十四時間コンビニのオーナーに会いに行った。話を聞いて「これはいける」と確信し、二十四時間営業店舗の新規出店、既存店舗の二十四時間営業化を進めることを決めた。

朝五時に起き、新聞を読む習慣は休日でも変わらない。午後六時以降は外出して取引先などと会食することが多いが、できるだけ深夜O時までには帰宅する。睡眠時間を確保して、朝からじっくりと新聞を読める生活ペースを守るように心がけている。

 

岩田弘三

ロック・フィールド社長

1998/11/2/

レストランを経営していたときを含むと、この商売を始めて三十年以上たつが、どんな情報も「商売に関係ないか」と見るよう心がけている。そうしていると、欲しい情報の方から私のところへ飛び込んでくると感じることがよくある。

例えば新聞。先日、百貨店に関する記事に「損失処理に備えて引当金を積んでいるのはA社とB社だけ」という一文が目に入った。百貨店に洋総菜店やコロッケ專門店を出店している関係上、見落とせない。丹念に読めば見付けられるだろうが、そうそう暇ではない。毎朝五時ごろに起きているが、ストレッチやジョギングで体調を整えることに時間を割いているので、新聞を読む時間は家でとっている三紙で合計一時間くらい。それでも、眺めているだけで、不思議と必要な記事が目に留まる。

情報に対する感度を高める訓練の一つとして、昔は人と会った際、重要だと思ったことは、すべて暗記していた。メモなどとらない方が身につくと考えていたからだ。だが、現在は携帯型情報端末にメモ入力している。最近、人間は情報を記憶できる量が限られていると感じるようになったからだ。お酒の席の会話でも、相手がトイレに立ったときなどに端末を使っている。端末はメモ入力のほか、自分なりのスクラップにも使う。移動時間中に読んだ雑誌などで気になる個所があれば、その要旨をペンで手書き入力している。時折読み返すと、思わぬ発見がある。

例えば缶入り日本茶の生産量が増えているというメモは、今度出店する和総菜店を企画するヒントになった。今まで家庭で入れていた日本茶の缶入り飲料が増えているのなら、総菜にも当てはまると思った。

さきごろ社員に、二年以内に社内の情報担当者と同水準のパソコンの使い手になると宣言した。いま、インターネットにも取り組んでいる。インターネット上の膨大な情報から必要なものを探し出すのにも、問題意識を持って、情報への感度を研ぎ澄ますことが有効だと思う。

 

加藤健一

東京トヨペット社長

1998/11/8/

パソコンを情報整理に活用するようになったきっかけは、トヨタ自動車の米国事務所長時代、販売店とのネットワークを構築するためだった。情報過多の時代に個人の記憶には限界がある。パソコンに情報を入力しておけば、何度でも指示や発言を確認できる。

現在はテーマごとに時系列で分類している。人事・事務関係、販売関連データといった具合だ。会った人の情報も入力してある。メモだと読み直した際に自分の文字でも判読できないケースがある。また、アルファベットやひらがなと違い、漢字は見ただけで情報の内容がイメージできる。

情報を収集するために、胸ポケットには赤ペンを持ち歩いている。気が付いたときに会議の資料や新聞に書き込み、すぐに入力する。最近の景気動向などを蓄積するため、スケジュールの項目に「特別詳細」というメモ欄を設けた。

パソコンは趣味でもあり、月に三回は秋葉原に顔を出すが、歩いている人が持っている荷物の大きさなどに注意する。テレビのような大きな家電が売れるようだと「景気がいい」と判断できるしタクシーの運転手さんに聞くこともある。

こうして情報を蓄積、整理しておけば考え方や行動に一貫性ができるし、約束や部下ヘの指示を忘れることもない。「社長の仕事ではない」と怒られるが、販売データの入力では自分で表計算もやる。自分でやると記憶が鮮明になるからだ。役員会や会合の前にちょっとパソコンを見直すだけで話題も出てくる。

先日、当社の物流センターで咲いた珍しいランの花の写真画像を送ってもらった。画像情報が増えたら大変だが、今は入力情報が文字や数字だけなので、パソコンは大量の情報を蓄積しておくのに便利だ。

週末に一気に入力する人もいるようだが、情報は日々刻々と変化するもの。「その場で」「その日のうちに」が重要だ。しかし、情報整理に時間をかけるつもりはない。大切なのは自分の基本的な考え方を明確にしておくこと。そうすれば、いくつかのキーワードを入力するだけで済む。

 

三ツ本和彦

コスモ石油副社長

1998/12/7/

情報を取捨選択するための自分の「フィルター」を持つことが大切だ。為替や原油価格、世界各地の政情など分列みで情報が入ってくるポストにいるだけに、判断の軸足を定めておく必要がある。

ただ、自分の基準で情報をふるい分けていくだけでは単なる独り善がり。重要な案件の場合はまず、相手の立場に立ち、話をじっくりと聞く。なぜ、相手がそういう判断をしてその情報を持ち込んでくるのか、事柄の背景を正確に把握する。また、情報は属人的なもので、人によって同じ案件に関する情報でも異なる場合もあるので、できるだけバランスよく情報を集める作業を繰り返す。

情報収集のルートの多様化も重要。特にインターネットなど電子媒体の活用は有効だ。私の場合、朝、会社に来るとまず三十分程度はパソコンの画面を開き社内外から情報を集める。接客時間は午前十時以降に設定、早朝は情報のインプットのために時間を確保できるよう工夫している。

ただ、情報収集の基木は"足で稼ぐ"ことだ。机の上に集まってくる情報に頼っているだけでなく、支店や現場に足を運ぴ、生の情報を取りにいくことも忘れてはならない。もちろん、現場の雰囲気を体感するといった、上っ面をなでるだけの自己満足に終わらせないようにしている。各ポジションの現状を事前に予習し、深い取材ができるよう準備する。

集めた情報をどのように自分なりに岨畷(そしゃく)していくかが、勝負の鍵(かぎ)を握る。移動時間や好きなクラシック音楽を聴いているときに、自分なりの基準で一つずつ丁寧に回答を出していく。

日本経済がバブルに踊った80年代半ば以降、大半の経営者が自分の視点を失い、情報に流された。採算性度外視の事業多角化や不動産投資などすべて「自ら調べ、自ら考える」基本動作を怠った結果だ。

情報を丹念に集め、それを判断するフィルターづくりに力を注ぐことは、経営者にとっての最も大切な工夫の一つである。

 

樋口行雄

河内屋酒販社長

199812/13/

日本で最初の酒類ディスカウントストア(DS)を開店し、これまでも化粧品の安売りや地ビールなど、様々な商売にチャレンジしてきた。そのため全国からいろいろな人が話を間きに来るが、常に心掛けているのが「できるだけすべての情報を相手にさらけ出す」ことだ。これが私の人脈作りの工夫であり、ひいては貴重な情報の収集につながる工夫でもある。

話すことは会社の経営実態から自分自身の経験、ノウハウまで、我が社の人間が思わずストップをかけるような内容までだ。話した同業者にまねをされることもあるが、これとても大きな障害にはならない。こちらが対抗して、もう一歩先に進めば済むことだ。大抵の場合、こちらが与えた情報と同じだけの量の情報が相手から得られるものだ。例えばある地域で競合しているDSの情報が、その土地にいなくとも私の耳に入ってくるようになる。すべてオープンにしてきたおかげで、日本全国どこに行っても、一人や二人、交流している人ができたためだ。

基本的に来る者は拒まない。世間話をするのはあまり好きではないので、会えば最初から、仕事の話を始めることにしている。そうすれば無駄な時間を過ごさずに相手の悩みを解決できる。初めのうちは相手の話をじっくり聞くが、最終的には会話の六〇%ぐらいが私のおしゃべりになる。相手が深刻な悩みを抱えている場合が多いので、自然と対話の時間は長くなる。だから昼食や夕食の時間を極力利用して、双方の時間の節約を図っている。

もともと頼まれれば断れない性格。多少の出費もいとわない。お人よし過ぎると周囲の人からもおしかりを受ける。ノウハウがすべての業界で、情報をさらけ出し過ぎる点を、時には反省したこともある。だが、相手の懐に入り込まねぱ、結果的には貴重な情報は得られない。だから今では、損をした、と考えることは、まず無い。すべてをさらけ出すことは、自分なりの工夫であると同時に信念にもなっている。

 

茨木皮三郎

キッコーマン社長

1998/12/21/

三十歳代から新聞をできるだけ読み込むことを情報収集の手段にしている。例えばこんな工夫だ。

まず、新聞のスクラップをしない。若いころはしていたが、今はやめた。スクラップをすると「いつでも読める」と思い込んで、実際には読まないケースが多いからだ。新鮮な情報はその時点でなるべくじっくり読む。その方が記憶にも残る。どうしても過去の記事を読み返す必要があれば、今はコンピューターで検索できる。

こうした方法は米国のコロンビア大学に留学していた時代の経験から身についたのかもしれない。米国人はとにかく読むのが速く、文章にいったん目を通し、試験前にもう一度読み返して勉強する人が多かった。日本人の私は彼らのように速く本を読めない。その代わり、集中して文章を正確に理解し、記憶にとどめるよう心がけていた。

若いころは時間にまだ余裕があって興味のある文化面から読んでいたが、今は多忙でそうもいかない。そこで、ふだんは見出しで二段以上のものを必ず読むようにする。海外出張などのときは、見出しが三、四段以上の記事に絞って読む。さらに時間がない時は一つの記事でも、最初の文の最後の方を読む。そこに記事の重要なポイントや結論が盛り込まれている。逆に企画記事や社説などは後半部分に大事なことが書いであることが多く、これも見逃さないようにする。

新聞はいくつもあるが、実際にはそんなに時間を割けない。だから、信頼できる新聞を一つ選んで深く読むこともポイントだ。最近、気を付けているのは、情報収集した内容を相手に繰り返し話すことだ。上司に「何度も同じことを話すな」と言われることを恐れて、会議でも「次は何か新しいことを発言しなければ」と思いがちだが、一度言っただけで相手が理解してくれているとは限らない。だから私も、社内で重要なことは何度も繰り返して話すようにしている。

 

森 馨一郎

第一生命経済研究所社長

1998/12/28/

既存の枠組みが崩壊、新しい枠組みが生まれる現在のような時期には、「歴史的なものの見方」が重要だと思う。私が調査業務に移った八八年ごろのこと。当時も経常黒字が急増、円も急騰、長期金利は七%弱から四%台に下がり、やはりそれまでの日本が経験したことがない末曽有(みぞう)の事態だった。この先、何が待ち受けているのか----

そこで、よりどころとしたのが「歴史」の視点だ。過去の債権大国がどういう経験をしたのかを調べた。すると一八二〇年以降の英国と一九二〇年以降の米国には金利、株価、為替、海外投資などに共通点があり日本が同様の道をたどっていることが見えてきた。そこで八九年にまとめたリポートで、「日本は債権大国化の初期にあり、英米の経験を踏まえると長期金利はさらに低下するしと指摘した。最近までの金利の推移は英米の経験則が今日の日本にも貫徹していることを示すものであり、歴史的な視点を改めて大事にするようになった。社内でその重要性を強調し、テーマ分析でも、そうした視点、手法を取り入れている。

その際のポイントは、統計データを五十年、百年と長期レンジでとり、比較する国と局面をそろえてグラフ化することだ。もっとも歴史はそのままでは繰り返さないので、その時代の特質(同時代性)などにも光を当てる必要がある。

同時代性の把握のため、一日に三十分から一時間は白毛のパソコンに向かい、インターネットで最新の情報を収集している。今年四月に買い替えたパソコンはすでに〃三代目"になった。

一方で新闇を四カ月から半年たってから切り抜く。こうすると、この間の変化を踏まえて冷静な取捨選択ができ、歴史的な見方をするために必要な、新たな発見をすることが多い。

最近は冷戦後体制の枠組みの変革を重視しており、六年前から岡崎久彦元タイ大使による情報分析会に出ている。同氏の話は透徹したもので、ここでも「歴史の目」の重要さを感じさせられている。

 

藤田 東久夫

サトー社長

偏った見方で最終決定を下さないようにするには、バランス感覚が必要だ。毎日、パソコンや新聞、雑誌などの媒体からおびただしい情報が集まってくる。これらをかき集めて整理するより、むしろ排除する能力が大切だと思う。バランスのとれた状態でいるために、私は「コントラストする」感覚が必要だと考える。コントラストとは、世間一般と違うことを志向することだ。

原点は英国留学していた高校時代に親しんだ夏日漱石だと思う。漱石の日記を読むと、英国に住む日本人というコントラストした感覚というか、あまのじゃく的な側面が垣間見える。

バブル経済期に不動産や株式などに投資した企業は多かった。わが社が全く手を出さなかったのは、周りと違うことを志向する、あのあまのじゃく的感覚が働いたからだと思う。また、わが社では勤務中にカジュアルウエアを推奨している。これは工場で一緒にジャンパー姿で働いていた同僚が、東京木社にネクタイ姿で現れたのをみたのがきっかけだ。ふと、日本の会社はスーツにネクタイ姿が一般的なスタイルだと気付き、やはりコントラスト感覚で、あえてカジュアルウエアを推奨したくなったのだ。社員からは動きやすくなったうえ、ひとりひとりの表情が明るくなったと好評だ。

人間には物事を論理的に考える左脳と、感情や情緒につながっている右脳があると本で読んだ。コントラストする感覚を持つには右脳の刺激が必要だという。多くの書類に目を通す合間にも積極的に音楽を聴いたり、好きなワインの雑誌や写真などを見て、右脳を刺激するようにしている。

アイデアは、人の話に耳を傾けることからも生まれる。異業種交流会と称して他社の重要ポストについている同級生と会ったり、社員からも毎日、「会社をよくする創意、工夫、気付いたことの提案や考えとその対策の報告」と題したメモを集めている。海外子会社からも集めており、実際に採用しているものも多い。

 

物事は様々な角度から相手の立場で考える

柴 洋二郎氏

興銀証券取締役

1999/3/1/

「縦、横、斜め、裏、表」---。若いころ、日本興業銀行でよく聞いた言葉である。.例えば一つの説明用資料を作るために何十回と書き直しを命じられる。内容には関係ない。上司がああ言えばこう言う式に四方八方から質問をぷつけてくるので、様々な角度から分析した資料を作成することになる。その過程で多様なものの見方が養われる。

最近は忙しくてそんな暇もなくなりがちだが、今でも時期を見計らっては部下に議論をふっかける。「相手の立場で考える」ことの大切さを教えるためだ。

こんな強烈な経験がある。インドネシア・ジャカルタの興銀の駐在事務所にいたときのこと。ある日、洗面所に入ると、パンツを脱いだ現地の人が洗面台にまたがって局部を洗っているのを見て驚き、その洗面所では手を洗えなくなってしまった。だが実は用を足した後に局部を洗うのはインドネシアの習慣。公衆トイレには「洗い場」があるのだが、興銀の事務所が入っていたビルは日本の商社が建てたので、それがない。そこで、ビルで働いていた現地の人たちは仕方なく洗面所を使っていたのだ。

実際、社用車の運転手に「私はあなたたちのようにしないが、あなたは私を不潔と思うか」と聞いてみると、彼はうなずいた。彼らにとっては私たち外国人こそ不潔だったのである。立場によって見方や考え方は違うものだということを、この経験から改めて思い知った。

もっとも、相手の立場で考えても、最後は自分の座標軸で物事を決めることになる。例えば私が現在担当しているシンジケーションの仕事は、できるだけ高い利回りで運用したい投資家とできる限り低い金利を希望する資金調達側の仲介役だ。両者を妥協点に導き、条件を決定するには、自分の軸も持っていないと行き先を間違う。

 

浅田隆治

ウッドラーンド社長

1999/3/29/

暇さえあれば他社の有価証券報告書に目を通すことにしている。役員の状況や会社の沿革、財務諸表、付属明細表などから総合して、その会社の成り立ちをおおむね想像できる。数字を注意深く見れば、その会社がどんな道のりをたどってきたかを示す痕跡が必ず残っているものだ。

例えば当社と同じ業務用コンピューターソフトを扱う外資系日本法人の場合、なるほどとうなる経営をしている。現金と短期保有の有価証券の合計である手元流動性は多過ぎず少な過ぎず、ちょうど年商の一カ月分。当座資産を見ると全部の流動負債をカバーできる金額だ。「商売の一カ月分の現金を持っていればつぶれない」との格言もある。

一方、余分なカネは日本に置かない。親会社に短期に貸し付けている。資金調達の必要があまりないのに株式を公開、ストックオプシ調ンを採用して社員に株式を分けている。日本企業として腰を据える姿勢かうかがえる。経営は教科書通り。基本をきちんと押さえている。

米国に比べ日本企業の情報開示は遅れているといわれるが、有価証券報告書を見れば実はかなり開示されていて、単に読み手に読み切る力がないだけだ。会計は経済学、経営学、哲学といった学問に比べれば難しくはないが、一時期に集中して勉強しなければならず、根気がいる。

ところが日本のビジネスマンは根気がなく、退屈なことに耐えられない。会計の常識を身につけるのは面白くないかもしれないが、ビジネスマンとしてある意味で当然の義務であり、不可欠な素養だ。その点、米国などはビジネススクールが昔及しており、基礎を学んだうえで社会人の第一歩を踏み出せる。当社の社員にも簿記二級を取るように奨励している。

経営のトップの資質に必要なのは第一に「識見」。これがなければどうにもならないが、次に大切なのは「勘定」だ。経営者として命の次にお金が大事なものに思えるよう暗示をかけるうえで、会計の知載や実務の経験は大いに役に立っている。

 

会田健二

日本触媒社長

1998/11/23/

着想というのは、得よう得ようと思ってひねり出すものではなく、自然にわいて出てくるものだ。仕事を離れているときに思いつくことが多く、毎朝、敵歩するときに考えることにしている。「健全な体に良いアイデアが宿る」ようで、脳に刺激を与えるとひらめくような気がする。

時間が許す限り、毎朝、川沿いに小一時間散歩する。あらかじめ二、三項目を決めておき、歩きながら集中して考える。新聞、雑誌の切り抜きなどの情報収集も、毎日欠かさない。なかでも抜き書きは有効だ。手を動かすことで整理され、記憶によく残る。

思いついたことは周囲の人に多少は話すことはあっても、すぐに取り入れることはしない。トップダウンで実行しようとしても、反発されるだけだと思う。当社は今年度から、二〇〇〇年までの長期総合経営計画の最後の三カ年計画を進めているところだ。二十一世紀に会社のあるべき姿を考えて作ったものだが、私の考えはその中にエッセンスとして盛り込めたと思う。

私の考え方は保守的で、なにごとにも慎重だ。入社してから三十年近く、工場などの現場に深くかかわる仕事をしてきたことが影響していると思う。工場で失敗すると不良品が大量にできてしまい、取り返しがつかない。常に「失敗したらどうするか」と、リスクを先取りして考える習慣がついてしまった。

特に、化学工場の場合、原料の純度や温度など、コントロールできない要素があり、反応に誤差が生じる。研究室のデータと違うことが起きるのを、いつも覚悟しておかなくてはならない。データも見るのではなく必ず読む。疑い深く、全部をすぐには信じない。物理の法則と同じで、プラスとマイナスは必ず表裏一体になっているものだ。

最近では、私の慎重さに社員も影響を受けてきた感じがする。化学はもともと地味な業界だが、地道にステップを重ねて行ければ、と思っている。

 

渡辺順彦

アテナ社長

週二回は神奈川県川崎市の自宅から東京・江戸川区の会社まで、車を使わずに出勤することにしている。街の風景を観察しながら歩くことで、世の中の動きに対する感度を高める。

当社はダイレクトメール(DM)やカタログ発送などを通して企業の販売促進を支援するサービスを展開しているので、取引先がどんなニーズを抱えているかをいかに的確に把握するかが重要になる。私の場合、その原点が、「足で情報を稼ぐ」ことなのだ。そのため、環境、福祉、建材など様々な業界の展示会にも足を運んでいる。情報ソースが偏ってはいけないので、一つの業界の中でも色々な展示会を見るように心がけている。

出展している取引先の新製品を直接、目にすることで、企業が消費者にどう向き合おうとしているかのトレンドをまず探る。そこから、取引先が当社にどんなサービスを期待しているのかを把握して、具体的に提案するわけだ。

例えば電車の中刷り広告を見ても、業界や企業の変化がわかる。盛んに広告を出していたのに見かけなくなることがある。そんな場合、大がかりな広告がもう必要ないほど事業が順調に伸びているのかもしれないし、逆に市場が飽和状態に入ったのかもしれないと読むこともできる。もし飽和状態なら、その業界には広告をどう差別化して商品を消費者に効果的に訴えるかというニーズが発生しているはずだ。

自宅や会社に届くダイレクトメール(DM)も重要な情報源になる。どんな業種、企業から届いたかを毎月、データ管理しており、その中から取引につながるヒントを探している。もちろん、変化が激しい時代なので、電子メールやインターネットを活用した情報収集、伝達手段も強化する。

ただ、文字で伝えるだけでは、その情報の重要性がすぐには伝わらない面がある。四月からは管理職や営業マンを対象に、ボイスメールを導入する予定だ。モノになると判断した情報を社内でどんどん発信していきたい。