私の学習法
松井良夫
東洋エンジニアリング常務
98/04/06
今年初めに経営企画本部長に就任した。大学院の工学研究科を出てコンピューターを使ったプラント設計システムの開発など一貫してコンピューター部門を歩いてきた根っから理数系の私にとって、まったく初めて経験する分野だ。新しい知識や見識が求められるだけに、さまざまな工夫を迫られている。
まず人文科学系の知識を深めるために新聞や雑誌をよく読んだ。ところがそうして集めた情報を、どう生かせばいいのかがわからない。ある先輩が「社外の経営者とできるだけ直接会って意見を聞いた方がいい」と助言してくれた。それからは三井グループの「月曜会」や経済団体などの集まりに積極的に顔を出すようにした。こうした会では、例えばアジア通貨危機といったテーマについて、銀行の経営者などの生の声を聞ける。間接情報に比べ実にヒントになる。
しかも相手から良いヒントを得るには、こちらも旬の話題や他では聞けないような情報を提供しなければならない。雑多に思えた情報集めにも目的ができた。役に立つのはインターネットだ。各国政府や研究所、企業などのホームページをチェックし、あまり一般の目に触れていない情報を仕入れてから人に会う。
とはいえ「専門外」の経済や法律の話ばかりしていると、どうしても心のどこかにぽっかりと穴が空く。自分ならではの「軸」がほしい。それを埋めてくれるのが実は、私が五年ほど前始めた「和算」である。
和算とは江戸初期に発達した日本独特の数学のことだ。全国の神社に奉納されている「算額」と呼ぶ絵馬に書かれた和算の問いに挑戦するのが楽しみで、これまで三十面ほどを解いた。
神保町の古本屋で手に入れた三百年近く前の和算の参考書を眺めていると、難解な数式にひたむきに挑戦してきた昔の日本人の姿が目に浮かんでくる。複雑な問題と誠実に向かい合い、こつこつと取り組む姿勢は経営企画という仕事の参考にもなるのではないかと最近、感じ始めている。
イオンフォレスト社長
木全ミツ
1998/3/2/月
与えられた機会に、常に前向きに取り組むことをモットーにしている。
労働省時代は発展途上国の職業訓練に携わり、世界各国を旅した。同行した男性職員がホテルでパンとコーヒーの朝食をとっている間、一人で外に出て現地の労働者の行くような食堂で現地の料理を食べる。そうすることで、途上国の生の声が聞けた。
実は、これまで一度も「留学」を経験したことがないのだが、出張時に見聞を広げる努力をしたことで留学生に負けないようなたくさんの経験をしたと思う。一見苦しい状況でも、前向きに取り組めば有益な経験を積むチャンスに変わる。例えば、英国の自然派化粧品店「ザ・ボディショップ」の仕事にかかわるようになってからの八年間で偶然、三回も足を骨折してしまった。車いすや松葉づえを使わないと移動できないのは不便だが、くよくよ思いわずらっても仕方がない。車いすの目線でものを見る絶好のチャンスと前向きに考えることにした。
そうすると、今まで気付かなかったことが色々見えてきた。「今時の若い者は……」などといっしょくたにしがちだが、車いすで電車に乗る時に黙って手を貸してくれたり、席を譲ってくれたりする中学高校生ぐらいの男の子に出会った。半面、松葉づえでタクシーを拾おうとすると、私を避けていく車もあった。JRなどの駅にはエレベーターが備え付けられていないので、車いすにとってはとても不便だ。
ザ・ボディショップはただ商品を売るのではなく、ビジネスを通して環境問題や人権擁護などの社会問題に対処することを課題にしている。障害者のことも、自分なりに考えているつもりだった。しかし、車いすで生活し、思っていた以上の不自由さを実感した。理念では分かっていても、現実との間には差がある。
いわゆる勉強よりも、積極的に経験することの方が大切だ。与えられた機会をチャンスにできるかどうかは自分次第、そうして身に着けてきたものが私の財産になっている。
盛田 正明
ソニー生命保険会長
1998/2/9/月
自分より優れた人物、高度な専門技術を持つ人物に、いかに正確にこちらの意図を伝え、情熱を持って仕事に取り組んでもらうか----。ソニー時代、半導体を扱う厚木工場への転勤が、意思伝達の重要さを改めて認識する転機となった。
私は磁性素材が専門なので、厚木工蝪では副工場長でありながら専門外の担当となった。そこで、全体の方向性を定め、スタッフ一人一人の潜在的な力をいかに引き出ずかに腐心した。最初は思いどおりにいかなかった。相手に理解される話し方がもっとも大切だと気付き、それ以来、話し方の勉強を続けている。
二人の”教師”がいた。当時、厚木の工場長をしていた小林茂氏(故人)がその一人。相手に伝わるまで何度でも繰り返した小林氏からは、真摯(しんし)に話すことを学んだ。もう一人は昨年末亡くなった井深大氏。目標の与え方が抜群だった。相手がどの程度まで理解できるか把握し、その人のレベルに合 わせて話をした。与える課題は常に厳しかったが、エンジニアはみんな目漂を理解し、実現していった。
二人から学んだことを踏まえ、自分が話をする時は、相手の反応や感想を細かくチェックしている。例えば会議では秘書にメモを取らせ、伝えたいことが秘書にも理解してもらえたか再度調べる。ほとんど伝わっていなかったり、逆に思いのほか聞き手の印象に残った話は、その理由を考え次の機会に生かせるよう心がけている。
演壇に立つ場合も、会甥の設備が許す限り明るくしてもらい、聴衆の顔が見えるようにしている。自分の話に興味を持っているか、理解しているかは、聴衆の表情が教えてくれる。また、年齢層や相手の反応をみながら、最後まで細かく表現を修正している。
人の理解度には「70%ルール」がある。どんなに一生懸命に聞いても7割程度しか伝わらないという意味だ。例えば、私が部長に話し、部長が現場に伝えると、それだけで理解度は半分に低下する。話のポイントを本当に伝えたいことだけに絞り、繰り返しフォローアップするのが大切だ。
宇野輝
1997/6/23/月
住友銀行に在籍していた時から、企画の仕事に携わることが多かった。企画部では限られた時間の中で多くのものに手を付けなければならず、広く浅く様々な分野に目を通しておく必要がある。その時々に得た情報や知識は、後日、同じ状態に置かれた時、役に立つことが多く、関連する資料をきちんと整理しておくのが私の学習法だ。
土日のどちらかは資料整理に充てる。正月になると、もっと大がかりな資料整理に取りかかる。古い資料はエッセンスを残して、廃棄するようにしているが、それでも自宅には段ボール四箱分の資料が常にある。
七三年に支店の業績管理を担当する部署に配属された。この時に会得した業績管理のノウハウをノートに記述。八六年に住銀と平和相互銀行の合併準備の事務作業に携わった際、このノートが随分役に立った。八一年に企画部長として当社に出向、カード業界に初めて足を踏み入れた。その際には、米国クレジットカード業界の状況を詳述した本や資料などを集めた。その中の一冊である「バンクカーズ」という本は今でも大切に保存している。
書物は、米国人と日本人が書いたものの両方を収集した。偏るとバランスを欠くからだ。これらを読んだ後で、実際に現地を訪れると、カード産業の置かれている状況がよく把握できた。
七○年代後半に米シティバンクが二十四時間営業に踏み切った際の関連パンフレットなども集めた。八四年に住銀に戻り支店長を務めた時には、取引のあった有力企業のオーナーや幹部を紹介した経済雑誌のインタビュー記事などを集めた。記事を何種類も眺めていると、その企業の理念や経営戦略などが次第に明らかになり、支店長の仕事にずいぶん役に立った。
そうして集めた中には資料価値が高く、今でも大切に保存している記事も多い。資料を集めるだけでなくこまめにメモを取ったり、必要な情報をコピーし手帳に挟んでいる。そのため通常の手帳に加え、資料保存用の手帳を常に携帯している。いわば小さな資料箱というわけだ。
私の学習法970630
顧客から頂かっている資金の運用責任者なので、マクロ経済から企業財務、金利、為替、株式などの市場動同まで、それも国内外の動きが日常的に頭に入っていないと仕事にならない。しかし、そのすべてを網羅することはあきらめている。逆に言えぱ、余りたくさんの情報は必要ではないということだろう。私の仕事は「先を読むこと」だから、現状分析に拘泥していては始まらない。信条としているのは、何かを見通そうとするときに、まず「どのデータに当たれば十分か」を自分に問いかけ、厳選した情報だけを頭にインプットする。
流行のインターネツトでも駆使していれば格好はいいが、ファクスでさえ抵抗があったぐらいだ。自分自身がデータバンクになる必要はないと割り切っている。自社内で使っている主要経済産業統計は、物価や貿易など自分なりに必要な項自を使い勝手の良いように構成したものだ。
先を見通すことは創造性を問われる。オフィスや書斎に閉じこもっていては、新しい考えは出てこない。散歩したり喫茶店に入ったり、週末はハイキングをしながら考える。どこへ出かけるにも、さっと着想を書き留めるため、鉛筆とメモ帳は必携だ。このことは、野村総合研究所で研究員をしていたころ、東京海上MC投資顧問で副社長をして
いたころから変わらない。あるときなど、山手線にぐるぐる乗って考え込んだこともあった。
野村総研時代から自分でデータを加工した資料も、A3判のクリアファイルで二十冊ほどになった。会社が変わっても大事に取ってあり必需品だ。人の話を聞いたり本を読んだりするより、古いデータベースに当たって学ぶことは多い。「データから何が浮かび上がってくるか」を自分自身で考えることは有益だ。
自宅にはマクミラン社の経済統計集、二十年分ほどの企業財務データなどをそろえ、いつでも振り返れるようにしている。高橋亀吉の財界変動史,日本近代経済形成史など古い書籍もそろえており、これらをひもとくことはしばしばだ。
野村証券投資信託委託専務
田村 孝則
997/6/30/月
自社に好感をもってもらい、従業員共通の行動規範にもなるのがコーポレートアイデンティティー(C1)だとすると、自分を好意の目で見てもらうための施策をパーソナルアイデンティティー(PI)と称してもいいわけだ。
C1でいちばん基礎になるのはトレードマーク(商標)やロゴタイプ(造形文字)だが、PIでのそれは自分用のレターヘッド。欧米の仕事人は、社会にでると名刺よりも先にこれをつくる。だから海外の仕事人と文通する機会の
多い人には絶対の必要品だ。
レターヘッドとは読んで字のごとく便箋(びんせん)の頭部に氏名や住所、電話番号などをあしらって印刷したもの。由緒ある館に住んでいる欧米の仕事人は、館のイラストをあしらったりもしている。
相手に好印象や敬意をもって受けとってもらえるように、発注する店やタイプフェース(字体)、紙質や刷り色に凝る。有名作家が名入りの原稿用紙を発注するのに似ていないこともない。
発注先は、ロンドンの仕事人ならニューボンド街のスマイソン店、パリなら工リゼ宮の正門前のアルモリアル店、ニューヨークだとカルティエ店経由でクレイン社で印刷…,,といった具合になる。
もっともロンドンなら、女王の御用達でバッキンガム宮殿へも便第封筒を納めているフランク・E・シーリー社へ直接発注、という手もある。日本ではまったく知られていないレターヘッド専門印刷所だ。
ビジネスの場では、手紙よりも手軽で迅速なファクスや電子メールが重宝がられているが、ファクス用箋だって飲泉のレターヘッドと同じデザインにすることも考慮に入れることがこれからのPIだろう。パソコンからフアクス送信する場合は、あらかじめハードディスクのフアイルにレターヘッドを記録しておく。絵入りならスキャナーで取りこむ。
レターヘッドのデザインだが、美術大学のデザインコースの学生に小遣いかせぎをさせてもいいし、専門の印刷所(例えばオスティー 電話03-3324-7672)に相談にのってもらうのも手だ。
モノグラム(頭文字を組み合わせて図案化したもの)程度の単純なデザインなら自分でやってできないことはなかろう。ただし、どんなに美しいレターヘッド入り便箋であっても、書かれている文章に心がこもっており、しかも品格がないといいPIにはならないから念のため。(多摩美術大学講師 西尾 忠久)
東洋紡常務
福田卓司
「人生すべからく勉強」というのが信条。教科書は身の回りにいくらでも転がっている。そこからできるだけたくさんデータを収集し、解答を導き出すというのが私の思考パターンだ。その場合、様々なデータの収集分野や入手方法が偏らないことが肝心。異業種交流会や学界への参加に加え、新聞や雑誌の熟読など様々な機会をとらえて丹念に情報を拾う。
起床は朝五時。自宅で購読している新闇三紙をしっかり読む時間を確保するため、深酒で就寝時間が遅くなっても、必ず早起きして新聞をめくる。早朝の〃勉強部屋〃はトイレと決めている。家族には顔をしかめられるが、静かで集中力を一気に高められる個室が最適だ。一面、社会面、経済面の順でざっと見出しをながめ、必要な惜報をチェックする。
忘れてならないのは赤鉛筆。片手にいつも持っておいて、繰り返し使える情報ならその部分を赤線で囲み、後でまとめて切り抜いておく。
月に一度の割合で参加する異業種交流会もデータ収集には欠かせない。金融や輪送、エネルギーなど繊維以外のメンバーが多い関西生藤性本部の「経営幹部交流セミナー」を選び、時間が許す限り足を運ぶ。
母校である九州大学工学部の教授を中心とした集まり「椋ノ樹会」も興味深い情報の収集の場だ。もともと高分子の構造物性を専門とする学界人や民間の技術者の集まりだったが、話題は専門分野だけにとどまらず、時事問題や流行に関する情報も仕入れることができる。
データ重視は入社してすぐ携わったポリエステル繊維の製造方法を巡る特許係争がきっかけ。米国の化学メーカーから特許侵害だとして訴えられたが、繊維の結晶の物性測定や構造解析を重ね、反証となるデータを徹底してそろえた結果、法廷でのシロ判定を勝ち取った。以来、すっかりデータ主義だ。
最近ではパソコンを活用、データの整理に力を注いでいる。工場や営業現場からの情報収集にも有効で、データ主義者の私にとってパソコンは強力な秘密兵器になっている。
日本アイ・ビー・エム社長
北城格太郎
1997/7/21/月
日々激しく変化している情報通信産業に身を置いていると、一冊の本をじっくり精読する余裕はない。可能な限り多くの種類の媒体から短時間にできるだけたくさんの情報を仕入れ、その中から大きな流れをつかむのが私の学習法。媒体は書物だけではない。多くの人と実際に会って、生の声から現実の動きをとらえるのが重要だ。
マネジメント・バイ・ワンダリング・アラウンド(MWA)という経営学の用語がある。企業のトップが社内外を歩き回って情報を収集する方法だ。経営会議の場で役員の報告を聞くフオーマルな手法の対極にある。私もこのMWAを実践。ビジネスパートナーと会うのはもちろん、社内の第一線の営業マンや業界外の人とも可能な限り会って生の情報を収集している。
インターネットを使った学習法が注目されているが、ネットの中にはだれでもが閲覧できる公開情報しか入っていない。書籍や他人の講演会も同じだ。専門書を精読しても、他人の発想や論理展開をなぞっているだけ。本当の学習とは自力で生の声を取材し、自分の理解力と構成力でそれら雑多な情報をまとめ上げて論理付けることだ。この作業を通じてこそ本当に新しい発想が生まれてくる。
私は年間五百回以上の会議や会談をこなす。熟考して大量の情報を論理付ける時間もあまりない。そこで車や電車、飛行機で移動する時間が考える絶好の場になる。社用車では夜も電灯をつけて資料を見ながら考えを巡らす。
いま関心があるのは人間の行動原理だ。モチベーションや意欲などに関心がある。
外資系の社長だから英語をどう体得したかもよく聞かれる。私は中学時代には英語が最も苦手な科自だった。そこで、高校三年の半年間、徹底的に英語を勉強した。様々な参考書や雑誌を同時並行で乱読した上に、英会話学校にも通って英語を話す外国人とも知り合いになった。その結果、半年ですっかり英語を話せるようになった。多種多様の媒体を活用するとともに、人との会話の中から学ぶべきだ、という信条はこの経験から生まれた。
エム研社長
井上彰
1997/8/25/月
A工(人工知能)などを活用したソフト開発を手掛ける会社を経営しているが、技術は日進月歩で進化しており、先行してもすぐに他社に追いつかれてしまう。こうした分野では、仕事に関しては本から学ぶものはない。本を執筆している段階で、すでに情報が陳腐化しているケースが多く、その分野の歴史を学ぶためにしか役立たない。新聞や雑誌、論文、セミナーがもっぱら情報入手の手段だ。
ただ動きが激しい業界だけに、情報は毎日、山のように入ってくる。これに対し、人間の記憶能力は限りがある。そのため私は、情報そのものを覚えておくのではなく、入ってきた情報をうまく整理し、それがどこにあるかを覚えておくイメージ認識の手法を活用している。
イメージ認識はある情報を形や色に置き換えて記憶する方法だ。例えば、画像認識技術の一つであるニューラル・ネットワークに関連した項目は四角、そのなかで高速化に関遵した情報は赤と記憶する。こうすれば赤色の四角とうイメージを思い浮かべるだけで、ニューラル・ネットワークの高速化に関する資料がどこにあるかを簡単に割り出せる。
情報の収集とそれに関連した資料を結び付けるために、必要な雑誌や新聞の記事を欠かさずスクラップしている。そのとき肝心なのは記事に必ず目を通すことだ。内容を記憶できなくても、読むことによってどの媒体に何が書かれていたかをイメーヅできる。
そして、情報を効率良く活用するには、古い情報をいかに捨て去るかが大事だと思っている。学習するうえではやっかいなことだが、情報があふれ返る世の中で、細かい情報ばかりいつまでも覚えていると、木を見て森を見ずということになりかねない。
どこに必要な情報があるかを探るアンテナだけは、いつも広げておく。そのうえで、新しいものを受け入れるスペースを作るために、要らなくなったものは捨て去るこどが、知識を豊かにするコツではないか。
イントラネットシステム社長
山本収
グループで詩や小説を作る勉強を始めた。メンバーを主人公に短編小説や詩を作り、出来栄えを批評し合っている。あっと驚かせる作品にするため、ストーリーの組み立てや表現法に工夫を凝らす必要があり、なかなか骨の折れる作業だ。
わが社はイントラネットなどシステム構築を主業務にしており,商談はどうしても技術的な話が中心になってしまう。これでは味気ないし、互いの理解も深まらない。文章力を磨き、得意先に気の利いた手紙や色紙を贈ることができれば、もっと違った関係を築くことができると考えた。
勉強会には流通や保険会社など様々な業種の人が参加している。課題が与えられると、一週間以内に作品を完成させ、全員の前で朗読しなければならない。他人の考え方がよく分かる一方で、自分のこともさらけ出すことになるため、つい緊張してしまう。
ある参加者は、フィリピン人の妻を持つ別の参加者を主人公に小説を書いた。朗読を聞くと、セブ島の情景を細やかなタッチで表現している。セブ島に行ったこともないのにすごいなと思ったら、インターネツトで情報を集めて、作品を仕上げたことが分かった。
私は参加者の一人が横浜ベイスターズの監督になった想定で小説を書いた。選手全員にノート型パソコンを配り、対戦する相手チームの癖を分析。野村監督率いるID野球のヤクルトを 打ち破る内容にした。一晩徹夜して製本までしたら、相手に喜んでもらえた。悪く言えば「よいしょ」なのだが、興味を持っていると分かれば、相手は悪い気はしないものだ。
創作する側も文章の書き方に関する本を何柵も読んで勉強することになる。私はできるだけ多くの雑誌や小説に目を通すほか、大学の先生との交流などを通じて、表現力を磨く手法を採った。本業への効果は、まだ本格的に試していないため、はっきりしたことは言えない。ただ先日、社員の結婚式に招待され、長いスピーチの代わりに、色鮮やかな色紙に詩を書いて贈ったら大変喜ばれた。感銘する詩や手紙を贈ることで、話題が値引きの方に向かわなければいいなと思っている。
大和銀行取締役
青柳良
971117
年金や公的資金など十兆円近い資金を運用する仕事に就いているが、人々の老後資金を動かすには、その場限りの単発的な情報に左右されない長い目で見た運用姿勢が欠かせない。そこで縦軸に将来を含めた歴史観、横軸にグローバルな視点を置いた座標軸を自分に課している。自己中心にならず、偏見やうぬぼれから遠ざかることが必要だ。
ロサンゼルス、シカゴ、トロントと、通算で十年ほど海外に駐在、欧米の著名な美術館やオペラ劇場などを巡る機会に恵まれた。そして、現地の人たちが過去の遺産をどれだけ身近に思っているかを実感した。歴史観とグローバルな視点を重視するのはその時の経験に基づく。
時代を超えて評価されてきた芸術の鑑賞は、短期的な市場の変動に動じない平常心を保つ上で大変役に立つ。それに、一見関係ないように思える芸術と資産運用には共通点もある。一つは感覚的な面があること。
また生の情報に触れることがともに重要である。画集などで見た彫刻は実際に美術館に足を運んで見ると、印象が全く違う。同じ交響楽団の演奏も、劇場の大きさや湿度で響きが大きく変わる。機関投資家として国内外の株式や廣券に幅広く投資する場合も、現地の情報を直接、即座に得ることが極めて大切だ。
米国のニューエコノミー論やアジアの通貨事情などの時事トピックスについてフォローするため、内外の刊行物から幅広く情報収集している。しかし、海外の美術館やオペラ劇場で生の雰囲気に接するのと同様、定期的に有力エコノミストに会うことが重要だと考え、実践している。
芸術は人脈づくりにもなる。私は五歳ごろからバイオリンを弾くのを楽しみにしているが、駐在した海外ではどこでもビジネスマンに限らず、学生も交えで演奏ずる機会には困らなかった。今でも手紙のやりとりをしたり、家族ぐるみのつきあいをできるのはこうして知り合った友人たちだ。これらの友人から米国人などの考え方を教えてもらうことも今の仕事に役立つ。
シャープ常務
中川伊志巳
1998/2/16/月
質の高い情報を得るため、できるだけ現場に立つことを心がけてきた。ただ、その場合、どういう人の話を聞くかが問題だ。電話機担当の事業部長だった時、家庭用コードレス電語機が解禁になった。商品企画の参考にグループインタビューを考えた。日本にはコードレス電話を使ったことがある人はいない。そこで、半年以内に日本へ来た米国人を対象に使い勝手を聞いたことがある。
先入観が入ってしまう恐れがあるため、商品企画担当者はインタビューには加わらない原則がある。しかし、これは間違い。直接話を聞かないと必要な情報は手に入らない。コードレス電話の開発で無線技術者は「無線には雑音が入って当たり前」と考えがちだったが、米国人のユーザーは違った。「コードレスホンは雑音が多く長電話すると疲れる」という声が多く、最初の商品は雑音を取り除き音質向上にこだわった。
社内に「先生」を作ることにも努めた。私は文系で技術はよく分からなかったため、新入社員のころからよく研究所に通った。丁寧に教えてくれる実直な技術者は必ずいる。意思決定の際に「分からないから任せる」ではやりがいがないし、技術開発の現場まで行って、技術を理解すれば自信を持って商品を説明できる効果もある。
入手した情報を自分なりに加工して新しい仕事を始める前には、まず自分のアイデアを社外の友人に聞いてもらっている。反論を聞いて考えを練り直す。業種が異なれは考え方も違い、何らかのヒントが得られる。ヒントがあって方向性さえ見えれば、あとは組み立てるだけだ。
もちろん、仕入れた情報の整理も重要。そのために、パソコンを使った自分專用のデータベース(DB)を作っている。主要な経営課題は頭に入っているが、細かいデータまでは覚えきれないことが多い。これを補うのが目的だ。入力する情報は自分で選ぶ。他人任せで作ってもらうと、どこにどんな情報があるのか分からず、結局使いにくい。まだ未完成だが、手法が確立すれば部や課単位でも使える方法だと思う。
ジェシー・フーズ社
大河原愛子
国際会議や講演会に積極的に参加することが自分にとって一番の勉強法だ。年に十回は海外の会議や講演会に参加している。これまで北京で開いた世界女性会議に参加したほか、最近は一月末から今月三日までスイス・ダボスで開いた世界経済フォプラム年次総会にも参加した。会議ではないが、長野五輸の開会式にも出かけ、そこで米コカ・コーラの会長に会うことができた。
国際会議などは、ビジネスや政治・経済の世界に身を置く人の生の声、考え方に接する何物にも代えがたい貴重な機会だ。なかなか会えない一流の経営者や政治家の本音を一対一で聞き出すこともできる。
ピザ製造・販売のわが社のように一見、国内市場に根を下ろしたように見える会社も実際には原料チーズの輸入で為替差損が発生するなど常に国際経済の動きと無縁ではない。経営者にとって勉強とは、自分の仕事や会社を守り活性化するためのもの。学生時代の知識偏重型の勉強とは根本的に異なる。情報や知識の取捨選択を徹底し、ビジネスに直結し自分に役立つ情報を吸収する必要がある。会議場での交流は、仕事に緒び付く一次情報の宝庫といえる。
ダボスでも欧米の巨大企業の経営者や起業家に会えた。その際、欧州の経営者から聞いた話をヒントに、わが社では、三月から部課制をやめてフラットな組織に改めていくことにした。
現場での情報収集に備え、読書も欠かさない。時間がもったいないので風呂(ふろ)の中でも本を読む。マネジメント関連の本はほとんど全部読む。おかげで自宅の一室は数百冊の本がひしめき図書館のようになってしまった。
ただ、読書は私の勉強の中ではあくまで補助的なものだ。印刷物には、情報のタイムラグがあるし、著者や編集者の主観がまじる。最近は、国内の経営環境が厳しさを増してきたので、海外の会議に参加する余裕がなくなってきた。密度の濃い情報に接する機会が減るのは残念だが、今後もできるだけ時間をやり繰りして自己啓発に努めたいと思っている。
鬼怒川ゴム工業社長
三坂 泰彦氏
「書を捨て、現場に出よう」。これが私のモットーだ。「現場」の重要性を実感したのは、日産自動車で乗用車「シーマ」の開発に携わった時だ。社内で初めての部門間交流で、長く在籍していた営業部門から開発部門への辞令が突然舞い込んだ。文系出身で機械は苦手な自分に突然、「新しいクルマを作れ」と言われても、できるわけがない。まずは何か知識が得られないかと、手当たりしだいに本を買いまくった。
その中の品質管理の教科書だったろうか。「PLAN DO CHECK ACTION(PDCA)」(計画、実行、確認、展開)という標語が目にとまった。生産、開発のスタッフならだれでも知っている言葉らしいが、とにかく頭に詰め込み、計画づくりに取り掛かった。
とはいえ、部品や技術関連の用語が、まったく理解できない。その時に思い出したのがマーケティングを担当していた際の経験だった。さまざまな調査を調査会社に委託していた。五千人、一万人単位のヒアリング調査結果を分析して新車開発に生かしていたが、途中にだれかを介すると、正確な生きた情報が入ってこないと感じていた。
半分やけになって、こもりがちだった部屋から抜け出し、営業マン時代に知り合ったユーザー、友人など、とにかくたくさんの人に当たった。分からないところは開発スタッフにも聞きまくり、納得するまで説明を求めた。市場の声、開発現場の声を一つ一つ積み上げて作った「シーマ」は幸いにもヒットした。その教訓として教科書にあったPDOAを「DO CHECK ACTION PLAN(DOAP)」に改め、ビジネス訓とした。
ビジネスでも恋愛でもそうだが、成功へのマニュアルはないと思っている。とにかく実行。だめだと思ったらすかさず軌道修正、そして再び展開する。まずは現場に出て、手まめより足まめになって見聞を広めること。それが何事についても学ぶ際の基本的な姿勢だと思っている。
東京電力取締役
桝本晃章氏
1998/3/16/月
電気事業連合会に出向いていた時期を含め、二十年近く広報部門に携わってきた。広報は情報をいかに多く収集し、先を見通すかが大事で、広角に関心を持っていた方がいい。ここ二年ほどは、自宅でインターネットを使って情報を入手することが有効な勉強法になっている。
毎日、帰宅してから新聞などのメディアのホームページを開くように努めている。電力会社は原油や為替相場によって事業収支が大きく変動するなど、世の中の動きに密接につながっている。さまざまな動向の情報収集に当たり、上司への報告を求められる場合もある。そんな時にもインターネットが役に立つ。
例えば昨年の三月、動力炉・核燃料開発事業団の東海事業所で起きた火災爆発事故。夜八時ころの発生で最初は状況がよくわからなかったが、ホームページで惰報を得てとりあえず概要を把握、オーストラリアに出張中の社長に急いでファクスを入れた。
情報を得るだけでなく、勉強になることも多い。今年一月、ニューヨークやカナダのケベックで、百年に一度という「アイスストーム」が起きた。上から氷が降ってくる現象で、電力会社の鉄塔が倒れ、一時は百万世帯もの人が被害を受けた。この時も海外メディアやカナダの電力会社にアクセスして情報を集めた。
日本では倒れるような鉄塔を作っていいのかと大問題になるところだが、どうも海外では高いコストで壊れない鉄塔をつくるより、百年に一度の災害なら仕方がないという受け止め方のようで、ずいぶん日本とは違うと感じた。こうした情報は会社の中で知らない人がいれば、なるべく伝えるようにしている。
新聞や週刊誌などの書評欄もよく読む。分野に限らず自分のためになるなと思えば、まず切り抜く。そして一カ月後にスクラツプをもう一度見て読んでみたいと思った本は必ず買うのが私のやり方だ。情報過多の時代、何を読めばいいのかわからなくなることがあるが、一カ月間置くことで自分が本当に興味があるかどうかがわかるからだ。
ロータリーギフト社長
大塚 精一氏
企業の経営者というものは、強気でなければならない。その半面、常に不安を抱えているものだ。一見、事業が順調に進んでいるように見えても、いつどこに思わぬ落とし穴があって、自分が陥らないとも限らない----。そんな不安に駆られたとき、私は本を読むことにしている。
当社は金券ショップ(格安チケット店)の経営を中心に、創業十四年になる。この業界は競争が激しく、収益を拡大、安定させるには多角化が必要だ。だから最近、中国に飲食店や雑貨店を出店したり、四月には都内に漫画專門の有料図書館をオーブンする計画を進めているが、こうした新しい事業に乗り出すときは、いつも不安に押しつぶされそうだ。
松下幸之助氏の伝記を読んでいたときだ。松下氏は戦前、会社の成長期に「水道哲学」と呼ばれる企業理念を明らかにした。新しい製品を世に広めるには、大量に作れば、値段も安くなり水道の水のように各家庭に普及する、といった理念だ。これを読んで、世間に認知されることによって成り立つ金券ショップの商売も「ああ同じだ」と、自信がわき、えいっ、とばかりに決断を下すきっかけになったものだ。
私にとって、「勉強」とは、專門的な知識を吸収するためというより、商売に役立つアイデアやひらめきといったものを得るための作業だと考えている。だから、読書も乱読だ。
本を広げながら突然、事業展開のヒントがひらめくこともある。漫画の有料図書館のアイデアも、移動中のクルマの中で本を読んでいる最中にふと思いついたものだ。本を読む行為自体が身体や頭脳をリラックスさせ、潜在能力を引き出す効果があるのではないかと思っている。
車中での読書はここ二十年来の習慣だ。書店には時間の余裕を見つけては立ち寄る。これが自然と事業展開のための情報収集に役立ってきた。社内でも仕事に苦労している若い社員には「本を読め」とアドバイスしている。
ミスミ社長
田口 弘氏
私は東大出ではない。良い学校を卒業して一流企業で働いていたらその道で努力することを考えたかもしれないが、私の場合、ただ、他人のやらないことをやろうとだけ心がけてきた。
愛知学院大学を卒業後の二、三年間、ゼミナールの指導教授だった佐野守先生を囲んで学生時代の仲間と経営学研究会をしていた。当時、優良企業といわれた日本ガイシや段谷産業の成功のかぎを知ろうと、会社の人に話を聞いたり、仲間内で議論した。本当に勉強したと言えるのは六九年に現在のミスミの経営を引き受けた時だ。当時の私は会社をどう経営したらよいのか、さっばりわからなかった。
どんな判断にも確信が持てないため、経営学、流通論などの本を乱読して、少しでも多くの惰報に接するよう心がけた。暗中模索の状態から脱出するヒントになったのは、ピーター・ドラッカーの本だ。マネジャーの役割とは何なのか。ドラッカーの説く経営論が私には現実的なものに思え、納得しやすかった。ただ、注意しなければいけないのは、現実の問題に対する答えが、すべて書物の中にあるわけではないということだ。書物は他人の意見と同じで、自分の肥やしにするからこそ意味がある。
書物から得られる情報には限りがある。例えば英国の小売業、マークス・アンド・スペンサーの成功に学ぼうとする場合、@同社について書いた本を読むA経営者本人が書いた本を読むB本人に会って話を聞いてみる----というプロセスを経たうえで、成功の本質を自分で見極める作業が必要になる。
こうした作業を厳密にするには時間がかかる。人間の持つ時間は有限である以上、仕事以外の時間をどう過ごすかが重要だ。他人と違う自分になることを心がけている若い人には、アフターファイブの過ごし方について一度よく考えてみることを勧めたい。
=おわり
4月6日付から「発想着眼私の一工夫」を掲載します。
交渉学1
草野 耕一
交渉学と題してみたが、私が携わった交渉の大半は日本企業と欧米の企業間のものである。したがって、このシリーズでは欧米、特に米国の企業と交渉を行う日本の企業人の心構えを中心に話を進めたい。扱うテーマはいずれも戦術レベルのものであり、戦略レベルの話については末尾に掲げた拙著などを参考にしてほしい。
一般的に言って、わが国の企業人は国際交渉が下手だ。その原因は様々であるが、あまり知られていない理由の一つに「交渉担当者が権限を持ち過ぎている」という点が挙げられる。一回目の今回は、この問題を取りあげる。
具体的事例に基づいて考えよう。日本企業Xが米国企業Yからその日本における事業を買い取ろうとしている。XがYに申し入れた買い取り価格は六十億円だが、Yは百億円で売却することを希望している。Xの交渉担当者は次期社長の呼び声高い実力者のA専務である。AはXの社長から絶大な信頼を得ており、彼個人の一存で買値を百億円に引き上げることもできる。他方、Yの交渉担当者のBはMBA(経営学修土)の資格を持った有能なビジネスマンだが、九十億円以下で交渉をまとめる権限は与えられていない、社内における価格の決定権は財務最高役員(CFO)にゆだねられているのだ。この状況でAとBが交渉を行えば、Yの申し出価格である百億円に近い取引価格で変渉がまとまる公算が大きい。
要するに、交渉担当者が相手に比べて権限を持ち過ぎることは好ましくないのである。
米国の企業社会は驚くほどトップダウンの権力構造によって成り立っている。したがって、交渉担当者に与えられる権限は、日本の企業と比べると通常はるかに小さい。この点の認識を欠いたまま交渉に臨むと、こちらだけが一方的に譲歩を重ねる結果を招いてしまうのである。
交渉相手の権限を不十分と見抜いた場合には、それを「予傭的折衝」と割り切り、本格的交渉はワンランク上の人物と改めて行うことにするなどの配慮が必要だろう。
1997/11/3/月
交渉術3
交渉上手な米国の企業人を相手にする場合に有効な戦術は何か。いくつか考えられるが、汎用性の高い戦術の一つは「交渉に時間をかける」ことである。なぜ交渉に時間をついやすことが日本企業に有利に働くことが多いのか、具体例で考えよう。
日本企業Xはその子会社Zを米国企業Yに売却しようとしている。XにとってZの売却は決して死活問題ではないが、売却する以上はYが最善の売り先である。同様に、YにとってもZの買収は必要不可欠なことではないが、日本市場に進出するためにはぜひ買っておきたい企業である。こうしてXとYは買収交渉を開始し、それぞれの交渉チームは何度も相手企業を訪問した。しかし、価格 についての合意が得られないまま一年たってしまった。X,Yのバーゲニングパワー(交渉力)はどのように変化したであろうか。
この場合、XとYの両社を取り巻く経営環境に変化がないと仮定すれば、一年の歳月が持つ意味は一つに違いない。すなわちそれは、お互いにこの交渉のために多額の費用をついやしたということである。このことが両社の交渉力に微妙な変化をもたらす。
前回説明したように米国の企業社会は忠実義務をその行動原理としている。そこでは、個々の企業人が仕事の成否に対して明確な責任をとることが当然視されており、多額な費用をかけた揚げ旬に交渉が不成立となれば、交渉チームの責任者にはそれなりのペナルティーが科されそうだ。これに対して日本企業の場合はどうか。責任の所在があいまいであることは(企業に限らず)わが国の組織における共通の特徴である。加えて「外国人恐怖症」の伝統も根強く、できることなら外国企業との交渉などは回避したいと願う企業人は少なからず存在する。かくて、多くの日本企業では、交渉が不成立となっても、担当者の個人的責任が追及される可能性は小さいのではなかろうか。「残念会」を開いて痛飲し、翌日は「台風一過」のすがすがしい気持ちで新しい仕事を始める、それがわが国企業の常態であろう。
以上の違いがX・Y間の交渉力学に変化を与える。交渉を不成立とさせることが困難となったYの代表者は以前よりも柔軟にXの主張に耳を傾けるようになるかもしれない。
「We can wait.(我々は待てます)」。このメッセージこそが日本企業の持っ切り札なのだ。(国際弁護土 葦野 耕一)1997/11/17/月